騎士王の影武者   作:sabu

72 / 122
 
 対ローマ&対ルキウス戦  起 前編
 


第69話 我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)

 

 

 

 ローマとの戦線がぶつかり合い、陛下がルキウスを追って陣形中央まで移動した後。

 陣形前方の彼らはローマ市街地から進軍する戦力とすぐさま交戦を開始した。

 

 

 

「クソっ……! 何なんだコイツら!」

 

 

 

 ローマ市街地から約百m程後方の平原。

 ローマから進軍する武装兵力達を抑えている円卓の騎士の一人、モードレッドがスプリガンの一体を倒しながらボヤく。

 

 

 

「あー硬ってぇなぁっ! しかも何なんだ一体! ブリテンでもこんな奴見なかったぞ!」

 

「恐らく魔術師が産み出すか作り出した個体なのだろう。ゴーレムに近い」

 

「あぁホント……魔術師なんて碌なモンじゃねぇなぁ。もっと分かりやすい魔術だけにしろ!」

 

 

 

 アグラヴェインから交わされる言葉に、モードレッドは剣を振り投げスプリガンの首元に突き刺す。相手が怯んだ次の瞬間、首元に突き刺さった剣に飛び蹴りをかまし、スプリガンを首元から砕いた。

 しかし、砕けた岩の塊となったスプリガンが、次第に蠢き再生していく。

 感じる魔力の流れ。大地が敵に回っているような、そんな不穏な感覚をモードレッドは捉えていた。

 

 

 

「モードレッド卿」

 

 

 

 気味悪く再生していくスプリガンを見つめるモードレッドに、正面からかけられる、極めて平坦な声。その声が何を意味するのかを瞬時に直感で把握したモードレッドは、その場から跳躍して飛び上がった。

 次の瞬間、モードレッドがいた地点に2m近い巨大な盾が投擲される。

 水平に放たれた盾は巨大な質量として、先程までモードレッドの背後にいた、新たなスプリガンの首元に突き刺さり、続く盾の持ち主の追撃で倒れ伏した。

 

 

 

「別に今のは見えてたから礼は言わねぇぞガリア………いや、ギャラハッド……? で良いのか?」

 

「どちらでも構いません。お好きなように」

 

「…………………」

 

 

 

 興味がないのか、はたまた単純にそれが素なのか。

 ずーっと平坦な声色のギャラハッドに、やりにくいなコイツ……とモードレッドは内心で思っていた。

 これと似ている人物は知っている。しかし、今は陛下をやっている少年の方がまだ初対面から可愛げがあったのになぁ、と思わずにはいられなかった。

 

 

 

「はぁ……まぁ良い。しかしキリがねぇ。しかもなんか気持ち悪い。これも魔術か」

 

「さぁな。魔術師以外に東方の呪術師すら配下に加えた剣帝の仕えだ。呪いにも気をつけていろモードレッド」

 

「チ………市街地に入って後方を叩ければ」

 

 

 

 アグラヴェインからの発言に釣られて上方を見れば、良く分からない文様が幾十にも浮かんだ市街地と外を分ける障壁が映る。

 何かしらの結界なのだろう。ルキウスの配下の術者は飛び切り優秀な者達のようだ。

 全力で剣を叩きつけてもびくともせず、むしろ放出した魔力が吸われているような感覚がする障壁。

 例えるなら液体。純粋な威力や鋭さではなく、湖を蒸発させるくらいの多大なるエネルギー量を誇る力を与えれば突破出来る可能性はある。

 

 

 

「あぁ、クッソ。オレにも聖剣とか魔剣とかが有ればなぁ……」

 

「今ここで、それらを扱えるのはランスロットしか居ないようだがな」

 

 

 

 その言葉に、一瞬ギャラハッドが腰に携える剣を気にした事を二人は気付かなかった。

 アグラヴェインとモードレッドが見つめる先には、淡く輝く無毀なる湖光(アロンダイト)を振るい、無言でスプリガン達を両断していくランスロットの姿がある。湖の加護を受けているランスロットにとっては、体に重りが掛かっているような感覚などないのだろう。

 岩、もしくは鉄といった強度を誇るスプリガン達を容易く一刀両断し、再生すら出来ないよう粉々に寸断していくその姿は、まさに円卓最強の名に恥じない活躍であった。

 

 

 

「さて………ランスロットばかりにやられては円卓の名折れだ。

 しかしまぁ相性というモノもある。オレはローマの戦士達を相手にするか」

 

 

 

 多少、ランスロットの活躍ぶりとそれを支える聖剣に思う事はあれど、私情は私情。役割は役割だと割り切って、モードレッドは向き直った。

 此方からは侵入出来ないのに、彼方からは障壁に干渉されず、ゾロゾロと進んで来るローマの戦士達。重厚な盾と槍の部隊。乱れなく整列した、ファランクスの兵隊。数は数えるのが嫌になって来る程。

 我先にと走ってこないのは、ブリテン軍による25万のローマ兵全滅という文字が浮かぶからか、もしくはローマ市街地にて控えているだろう膨大な戦力と足並みを揃えているからか。

 

 しかし恐れはない。

 流石にキツいだろうが、モルガンに狙われているよりかはまだ幾分も楽だ。精神的余裕に違いがありすぎる。

 剣を構え、威圧するようにモードレッドは刃を向ける。

 敵陣との僅かな睨み合い。緊張感が高まる。

 しかし——次の瞬間、その緊張感を破るように、後方から雷が落ちたような震動と轟音が辺りを襲った。

 

 

 

「………ッ、な……何だ!?」

 

「これは……」

 

 

 

 襲う衝撃波がローマの城壁に打ち付けられ、辺りを揺らす。大地が揺れる。

 身構えていなかった者はそのまま転倒する程の衝撃だった。隕石が周辺に落下したと言われても誰も疑問に思わないだろう。

 未だ、大地が蠢くかのように震えている。

 

 僅かに慌てるモードレッド。

 それに対し、片手を地面に着いて震動に堪え、後方に視線を向けるギャラハッド。

 

 

 

「申し訳ありません。陛下の元へ行っても構いませんか」

 

「…………良いだろう、行け。だが我々に失敗は許されない。分かっているな」

 

「勿論ですアグラヴェイン卿。感謝します」

 

 

 

 短い言葉を受け、ギャラハッドがその場を離脱していく。

 戦場が入り乱れ、音速の機動をする竜の化身と人の形をした巨人の戦いが始まるだろう故に、その場にいるだけで、盾の守護を周囲の味方に付与出来る彼の力なら、ローマの剣帝ではなく、対多数の敵を相手に彼を活かしたい。

 しかし、アグラヴェイン卿がそれを許したのは何か策があるのか、もしくはギャラハッドへの信頼故か。

 

 

 

「良いのか?」

 

「我々がローマに勝利する鍵は何だか分かるかモードレッド?」

 

「…………まぁ、陛下だよなぁ」

 

「そう言う事だ」

 

 

 

 数で圧倒的に劣るブリテン軍。

 たった一射で大地ごと敵兵力を焼き払う魔剣の光。

 つまり、かの少年をどれだけフリーに出来るかが鍵となる。必要とされているのはローマの侵略を耐え抜く盾ではなく、侵略そのものを消し飛ばす程の剣。

 しかしルキウスも、同じく剣光の使い手。ルキウスの剣光のエネルギーを真正面から相殺するか押し勝つ事が出来るのは、彼かアーサー王しかいない。

 つまり纏めれば、少年の負担を減らせれば減らせるだけ通常兵力も効率よく倒せるという事になる。理論上の話なら。

 

 

 

「じゃあ、オレ達はどうする。一旦後方に戻るか?」

 

 

 

 そうなると、敵味方入り混じりつつある戦線は良くない。

 言い方はアレだが、如何に彼が一方的に剣光を放てるかが勝利の鍵なのだ。まさかブリテンの騎士達に彼が剣光を放ってしまっては元も子もない。

 きっとそれを悟った、後方の円卓の騎士がブリテンの騎士達の軍を後退させている筈だろう。ルキウスが出て来て、ローマ側の戦略が分かった以上、ローマの土俵で戦う必要はない。

 だから後方に回るべきか。

 

 

 

「いや………ローマから進軍するこの兵力は騎士達の手に余る。特にこのような輩は。それに、大地に刻まれた陣を放って置くのも困る」

 

 

 

 崩れて崩壊したスプリガン達に目を向けながら、アグラヴェインは答えた。

 しかしそう告げながら、アグラヴェインは一汗もかいていない。膨大な魔力がある訳でもなく、精霊や湖の加護がある訳でもないのに何故そんな様子で居られるのか。並外れた精神力以外の答えが、モードレッドには見つからなかった。

 

 

 

「それに正面の門からではなく、他の門からもローマの通常兵力がブリテン軍を囲うよう出ている。抑える者が必要だ」

 

「成る程な。まぁしょうがねぇ。そう言う役割だ」

 

 

 

 色々と不安はある。

 後方の様子。先程の衝撃。剣帝ルキウス。だがそれは他の信頼出来る者に任せれば良いとモードレッドは割り切った。

 言い方は悪いが、あまり好きではない雑魚狩りという役目に徹するのも仕方ない。

 この戦いは、戦果や名誉よりも大事なモノをかけた戦いなのだから。

 

 

 

「じゃあ貴様も良いな? 剣光の斬撃は両断出来ても、剣光の奔流は両断出来ない——ランスロット」

 

「………………」

 

「貴様の役割はルキウスではない。他の騎士には手に余る中級の戦力を減らし続けろ」

 

「…………………………」

 

「あぁ一つ聞きたい。貴様はローマの城壁を両断出来るか?」

 

「出来ない。私は湖を断ち切れても、湖を蒸発させる事は出来ない」

 

「そうか」

 

 

 

 極めて無感動、無表情で交わされるランスロットとアグラヴェインの会話。

 互いが互いに向ける負の感情を隠していない。女嫌いのアグラヴェインは言わずもがなだが、特にランスロットが。

 突然判明した息子。しかも、実は今までずっと近くにいた知り合いが息子。更に何故か、息子のギャラハッドはアグラヴェインと良い関係を築いている。実の父親を無視して。

 だから二人のその光景を見て、うわぁ……と正直モードレッドは思っていた。

 

 

 

「貴様の実力だけは一切を疑わずに信用できる。だから働けランスロット」

 

「…………………」

 

「なんだ? 貴様の息子の事で私に私怨を垂れ流すのはお門違いだぞ。それに今は国の命運がかかった戦争。親子関係などブリテンに帰ってから考えろ」

 

 

 

 一切の容赦はなかったが、それは遠回しな激励だったのかもしれない。

 もしくは単純に嫌いな人間の苦悩を見て気が済んで、アグラヴェインには余裕があったからなのか。

 彼は煽るような言葉ではなく、ただ事実だけをランスロットに叩きつけていた。

 

 

 

「……………言われなくとも。今の私は如何なる相手であろうと負けはしない。私にもまだ騎士として成すべき事がある。お前こそ秘書官としての頭を回し続けると良い。鋼鉄のアグラヴェイン」

 

「フン。言われなくとも。貴様も汚れないように気をつけていろ。湖のランスロット」

 

「はぁ……何でオレはこう言うのに挟まれてばっかなんだ…………テメェらここで死んだら二人共戦場なのに私怨を振り撒いて無様に死にましたって吹聴してやるから覚悟してろよ」

 

 

 

 アグラヴェイン。ランスロット。モードレッド。

 お世辞にも関係が良い者とは言えない者同士だったが、今この時ばかりは、この関係故にローマへの不安が洗い流されていた。

 アグラヴェインは、本当に私情を挟まず。ランスロットも同じく私情を挟まず。モードレッドは、何処までも平静で。

 ギャラハッドが抜けた以上、此方はかなりの激戦区となるだろう。名誉は貰えない。だが構わなかった。縁の下の力持ちという、不遇な立ち位置を戸惑いなく彼らは受け入れる。

 三者三様に、ただブリテンの勝利の為、彼らは剣を抜き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう簡単には事を運ばせてはくれないという事か」

 

 

 

 あぁ、だがそれが良い。

 そう続け、2km近い距離を跳躍し、ブリテン軍の陣形の中心に着地したルキウスは愉しげに呟いた。

 周りには焼け焦げ再起不能となったスプリガン達。これでスプリガンの部隊は半壊した。

 残りはローマ市街地に控えている。東方の呪術使い達に再生させるにしても一体どれだけ時間がかかるだろうか。

 

 成る程、初手でブリテン軍に大打撃を与えるつもりだったが、その悉くを対処されてしまった。精々がスプリガンの残骸によって潰された十数人と、着地の衝撃で踏み潰し、クレーター状に沈んだ大地の滲みにした一人とその程度。

 

 

 

「——————ッッ!!!!」

 

 

 

 視界の後ろから、僅かな息遣いで放たれる剛剣の一閃が揺らめいた。

 火炎の波とも呼べるその力がルキウスに迫る。

 灼熱の圧力を纏った一撃の威力は、真紅の魔剣で今の一撃を受け止めたルキウスの体躯に凄まじい衝撃を走らせ、足先から後方の大地に線を刻む程の威力だった。

 

 

 

「炎を纏った質実剛健の剣。そしてこの威圧。お前はあのサー・ガウェインだな?」

 

「………ッ貴様」

 

 

 

 だがルキウスは当然のように耐える。

 日輪の下にて加護を受けている筈のガウェイン渾身の一撃を正面から受け止め切っていながら、一歩も引かなかった。

 ギリギリと魔剣と聖剣にて鍔迫り合うガウェインとルキウス。

 そのあり得ない光景に内心で絶句する程に唖然としながら、ガウェインはさらに力を込める。

 

 

 

「それがお前の全霊か?」

 

「……ッ、ぅぐ……貴様」

 

「どうか俺を落胆させてくれるなよ」

 

 

 

 ガウェインとは違い、余裕を残しながらルキウスは涼しげに告げた。

 次の瞬間、なんとルキウスはガウェインは弾くように剣を振るって一歩を引かせる。

 

 

 

「不意打ちか。騎士としての誠実さはどうした」

 

「黙れ………貴様が地面の滲みへと変えて足蹴にした者は、私の大事な部下の一人だ」

 

「あぁ成る程、悪いな。だが俺は着地の衝撃で足が痺れた。どうか退かしてくれ」

 

 

 

 刹那斬りかかるガウェインに呼応するように応えて飛び込む魔剣の一振り。

 ルキウスのそれはあまりにも早く、重く、そして鋭い。騎士というより剣士。剣士というよりは戦士。ローマの闘技場にて磨かれた、殺し合いの技がガウェインを襲う。

 一合、二合、とほぼゼロ距離で斬り合いを続ける。

 

 ガウェインは押されていた。

 太陽の加護を受けているというのに、自らの肉体が少しずつ削がれている気がする。

 何とふざけた相手か。目の前の剣帝、陛下がローマへの出立の前に警告していた武勇に偽りはなし。まさかルキウスは、あの緑の騎士と同じ……もしくはそれ以上の膂力を持っている。それを人の形に納め、四肢を利用した武練を以って放って来ているのだ。

 重い。受け止めた一撃毎に骨が軋んでいく感覚がする。

 

 

 

「騎士にはキツイか?」

 

 

 

 剣と剣のやり取りの中、自然な流れでルキウスは足を振り上げ、ガウェインを蹴り抜いた。

 吸い込まれるように受けた蹴り技の一撃は、聖剣ごとガウェインを吹き飛ばし、その衝撃で聖剣を握るガウェインの手首と鎧にヒビを入れる。

 

 

 

「ぐ………ぅ、く………は、ぁ………」

 

「——ハハ。耐えたな? 俺の我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)を耐えたな……!」

 

 

 

 数メートル吹き飛ばされ、聖剣を杖に立ち上がり睨むガウェインに、ルキウスは笑いながら告げた。己が誇るモノに耐えたという怒りではなく、良くやってみせたと言わんばかりにルキウスは笑う。

 

 

 

「太陽の騎士! 日輪の下にて無双のガウェイン!

 成る程流石だ。ローマの闘技場では知り得る事が出来ない武練と力強さ。何より巨人と只人が打ち合えるなどあり得ない。

 あぁ——本当にブリテンは魔境なのか!」

 

 

 

 戦場のど真ん中。怯み隙だらけのガウェインを目の前に残しながら、ルキウスは笑う。

 傲岸な笑み。不遜な哄笑。この男はガウェインを只人と称したのだ。

 しかしルキウスに見下すような雰囲気はない。むしろ讃えるような喜びを以って、ルキウスは笑い続ける。

 

 

 

「お前達の事は調べ上げてあるぞ」

 

 

 

 ……あぁ、私も貴様の事は知っているぞ、とガウェインはルキウスを睨みながら心の中で応える。

 陛下が語ったルキウスの逸話。

 ローマ帝国の闘技場が突如衰退し始めた原因の男。ローマだけに飽き足らず、大陸最強と謳われた剣士。軍略の天才。極東の格闘術すら修め、手に持つ剣以外に己の肉体全てを凶器に仕立て上げた、殺しの天才。

 こんな存在が、霊脈の力によって人外の膂力すら保有してしまったなど、恐ろしいにも程がある。

 

 

 

「さぁどうする。次はどう来るんだサー・ガウェイン。

 陣形中央に俺の本命は居なかったが、その本命が来るまで楽しもうじゃ——」

 

 

 

 不意に途切れる言葉。

 後ろから小突かれたような衝撃を受けてルキウスは僅かに揺れた後、顔を後ろに向ける。

 そこには、自分の肉体に突き刺さった剣があった。

 金属の鎧と甲冑の縫い目。防御の薄い腰を貫いた細身の騎士剣。

 

 

 その狂刃を放ったのは、同じく陣形中央に居たベディヴィエール。

 

 

 ベディヴィエールは今この戦場に於いて、前方から進撃して来るローマの最精鋭達と、陣形中央に飛び込んで来たルキウスを確認して、一時ブリテンの軍を後退するべきだと悟り、周囲の騎士を指揮し、同時に逃がしていた。

 

 

 

「あ……? お前、誰だ」

 

 

 

 弱者には全くの興味がないのか、ガウェイン卿という獲物を発見したから一切の意識を回していなかったのか。

 隙だらけだったルキウスに、自らのやるべき事を終えたベディヴィエールは、渾身の力と最高のタイミングを以って攻撃した。

 

 だと言うのに、ルキウスは全く平然としている。

 鎧の隙間を抜けている。肉体には突き刺さっている。なら鍛え抜かれた体躯が刃を防いでいるのか。巨人と称される程の相手に対し、そもそもとして自分には力がないから——

 

 

 

「………チ」

 

「…………ッ」

 

 

 

 先程までガウェイン卿へ向けていた愉しげな表情が消えていた。

 興が乗っていたの邪魔をされた。目障りな存在が鬱陶しい。そんな、途端に溢れて来た不快感と嫌悪感を向けられ、ベディヴィエールは息を呑んだ。

 

 

 

「失せろ」

 

 

 

 長く言葉を語る必要もない。そう言わんばかりにルキウスは周囲を舞う羽虫を払うかのように、ベディヴィエールに手をかけた。

 騎士剣を強引に引き抜き、剣を握るベディヴィエールの体勢を崩す。そのままルキウスは体ごと振り返り、剣を払い——ベディヴィエールの右手を両断し、斬り落とした。

 

 

 

「ぐ、ぁ—————」

 

「邪魔を、しないでくれ」

 

「——ぐっ……ぅあ、あぁ……あぁぁぁぁァァァっっ!!!」

 

 

 

 斬り落とされた右手。細身の騎士剣と共に落ちた片腕。

 剣圧でバランスを崩し、何より痛みに悶え意識を保てていないベディヴィエールにルキウスは躊躇わず追撃を加えた。

 

 俯く視線のベディヴィエールを襲う、鋭い鞭のような蹴撃(しゅうげき)。浮かび上がったベディヴィエールの肉体に、すぐさま容赦なく鎧を砕く程の重い拳を喰らわせる。

 空気が破裂したような爆音。

 その音を残し、ベディヴィエール卿が吹き飛んでいく。

 

 

 

「ベディヴィエール卿——ッ!!」

 

「ベディヴィエール? あぁ、アレがか?

 なんだそうか……期待外れだった」

 

 

 

 十数メートル以上吹き飛び、血塗れとなって動かなくなったベディヴィエールにガウェインは叫ぶ。

 その声を聞き、先程の騎士が誰であったのかを理解したルキウスは、酷く落胆するばかりだった。

 

 

 

「貴様ぁぁっ!」

 

「あぁだが、太陽の騎士を本気にさせる事は出来たな。なら良い。価値はあった」

 

「——————」

 

「さぁ来いガウェイン! 太陽の灼熱は如何程なのか示して見せろ!」

 

 

 

 その態度。その在り方。その笑み。

 激情に駆られ、ガウェインは無理矢理に立ち上がり聖剣の切先をルキウスを向ける。

 絶えず笑ったままで余裕げなルキウスと、ルキウスを睨み続けるガウェインは対象的だった。

 ルキウスを斬る。間違いなく今の一撃で死にかけているベディヴィエール卿を窮地から救う。その両天秤の前で立ち止まっているガウェインは、下手に動けずルキウスと膠着状態になっていた。

 

 二人の間で吹き荒れる風。

 その風を劈くように、辺りが光った。

 まるで落雷が落ちたが如く、眩しく撒き散らされた光。その輝きを辿り、ガウェインは上空に視線を向ける。

 

 

 

「なんだ……?」

 

 

 

 釣られて、ルキウスも上空を向いた。

 上空からの輝き。先程の落雷じみた光。それは——血染めの紫電だった。

 空から人影が降り落ちて来る。

 空へ向けて放った紫電を足場にして空を駆ける黒馬ラムレイから飛び降り、ルキウスの元へ真っ逆さまに落下して来るのは——魔剣を振り上げる人の形をした竜。

 

 

 

「——ルキウスゥゥゥウウウウッッッッ!!!!」

 

 

 

 渾身の叫びと共に打ち込まれる、落下の衝撃の全てを乗せた竜の一撃。

 逆鱗に触れたが如き感情を稲妻として周囲に撒き散らしながら、宝剣の加護を増幅し拡大して放たれる、魔剣の一振り。

 幻想種最強が誇る魔力量によって加速されたその一振りは大気を揺らし、空間を凌駕し、最優の名剣と謳われたフロレント越しのルキウスの肉体を圧迫した。

 

 走る衝撃。真正面から竜の一撃を受けたフロレントの刀身が震え、ルキウスが踏み締める大地がヒビ割れ陥没する。刹那、遅れて周囲へと放たれる衝撃波。

 それは大地を駆け抜け、平野を揺らし、丘を打ち砕き、ローマの城塞を叩き、樹々の葉を吹き飛ばす。

 その場にひしめくブリテンの騎士達とローマの戦士達全てに響き、大地に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる程の一撃。

 

 人の形をした竜と、人の形をした巨人。

 起源を同じくする、兄弟剣の魔剣と魔剣の運命的激突。

 後に、人ならざる有り様として両軍にて語られる、黒竜と巨人の戦い。停止した神代で披露される神話の戦い。その最初の一撃は、竜から振り下ろされた。

 

 

 

 


 

 

 

 我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)

 

 ランク EX

 

 種別  対人(自身)宝具

 

 

 詳細

 

 ローマ皇帝ルキウス・ヒベリウスが誇る最大の宝具にして、己を人智を凌駕する存在にまで強化する決戦術式。

 彼が神代の停止した大陸に在りながら、竜すら超える程の身体能力を誇るのはこの為。

 それを支えるのは、スワシィの谷の霊脈。それの全てを司る魔力。

 竜が大地の熱量に匹敵する魔力を生み出すというのなら、ルキウスは大地そのものと言える魔力を保有し、接続しているに等しい。

 

 自らの筋力・耐久・敏捷のステータスに自らのステータスとは別にしてA+相当の補正を常時かけ続ける。また自らのスキルに、魔力放出 A+ (偽) を付与する。

 更にその膨大な魔力量故に後方の魔術師の支援を受ければ、四肢が焼け焦げる程の怪我を負っても、数秒で完治する程の回復力を得る。

 

 この宝具は、その性質故にローマという地形でしか真価を発揮出来ない。

 サーヴァントとして現界した場合とは、また微妙に効果が異なる。

 

 

 

[解説]

 

 

 

 蒼銀のフラグメンツにて名前だけが出て来た、ルキウスが語る決戦術式と思われるもの。

 表記上は宝具として扱う。

 また、描写が少ないので解釈が分かれそうだが、この作品ではスワシィの谷の霊脈を制御する術式として扱う。

 

 ただし、本作ではスワシィの谷から離れている&大地の魔術陣の魔力源としても使用した事により若干弱体化。

 蒼銀のフラグメンツのルキウスが10だとしたら、この作品だと8くらい。勿論身体能力だけを換算した話であり、技量は一切変化していない。

 

 尚余談だが、蒼銀のフラグメンツにて、ルキウスは日輪の下のガウェイン卿を剣閃によって一蹴したとあるが、Garden of Avalonのアルトリア時空だと、ガウェインは不貞を犯したランスロットとの一騎討ちで治療中の為、ローマ戦に参加していない。

 蒼銀のフラグメンツでは、ガウェインは同じくランスロットとの一戦で負傷しているが、無理を押してローマ戦へ参加したとある。

 その為………もしかしたらルキウスが一蹴したガウェイン卿は、3倍ガウェインではなく、2〜2.5倍ガウェインくらいの可能性がある。

 それでもルキウスがめちゃくちゃ強い事に変わりはない。

 

 




 
 ベディヴィエール卿の隻腕の経緯について、円卓時代から隻腕だった。最初は隻腕ではなかったが途中から隻腕になった。等様々あって、片腕を失う理由も様々だと思いますが、この作品ではこう言う経緯で片腕を失ったとします。
 Fate世界で、ベディヴィエール卿の隻腕になるまでの経緯そのものは、確か不透明だった筈………stay nightでもfgoでも、何処にも無かったような。
 
 Q 
 主人公は3倍ガウェインより強い?

 A 
 "まだ"弱い。どうでも良い余談ですが、怒りで主人公が覚醒するイベントって、やっぱり王道でカッコいいですよね。どうでも良い余談ですが、主人公まだ溜め込むばかりで本気の怒りを表した事ないんですよね。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。