対ローマ&対ルキウス戦 起 後編
重い、重い一撃だった。
巨大な竜が質量を以って落下して来たに等しい一撃。
その衝撃、先程相手をした日輪の下の太陽の騎士に肉薄するどころか圧倒するかもしれない。
未だ残る衝撃と圧力は、ただ力を倍化させたが故ではなく、一方向に放出された大地の熱量に匹敵する魔力故か。
「——ック、は………ははっ」
肉体が震える。
クレーター状に沈んだ大地。軋む骨。体躯に走る衝撃。岩に押し潰されているような圧力が肺にまでかかり、呼吸が乱れる。
それでもルキウスは笑った。愉しくて仕方がなかった。
何せ、目の前の少年騎士は——
「ハ、ハハハッ!!」
ルキウスは笑う。
ギリギリと擦れる真紅の魔剣フロレントと、血塗れの輝きを放つクラレント。
同じなのだ。起源を同じくする兄弟剣同士なのだ。決して聖剣ではなく、造られたその瞬間から最強に位置する神造兵器ではない——同じ剣なのだ。
だからルキウスは笑う。
相対する者の剣が、星の聖剣エクスカリバーで無かった事に魂の真髄から震える。故にルキウスは剣を押し返した。
「…………ッ」
まるで背負い投げをするかのように、返す剣閃でルーナが弾かれる。
空中からの落下すら乗せた全力の一撃でも、ルキウスは当然のように耐えた。大英雄に属する者達でも、手首を破壊してみせてやるくらいの一撃を耐えた。
——狂っている。
ルキウスがどう言う存在なのかを知っていても、思わずそう思案せずにルーナはいられなかった。
「面白い——」
「…………ッッ!!」
素っ気なく呟かれた言葉と共に放たれる一撃。
弾かれ、空中に浮かんだままのルーナに向けられた
「……ハ——」
ルキウスの
蹴りというただの肉体の動作で大気が震えた。風圧が彼方の大樹を叩き折る。それ程の威力を秘めながら、空振らせた回し蹴りの動きを利用し、ルキウスは体を回転させ、回し蹴りを放った逆脚で後ろ蹴りを放った。
即ち、右脚による円を描く攻撃ではなく、左脚による一点を突く攻撃。
それは鮮やかなまでに決まった、全て一瞬の内に一動作で行われた殺人体術だった。
まるでタップダンスでもしているかのように乱れはなく、しかしその一動作はあまりにも容赦なく。
剣の斬り合いの中、体重移動すらも利用する肉体全身を凶器とした、ローマの闘技場で磨かれたルキウスの格闘術の真髄が炸裂する。
「ぐっ……は、ぁ……………」
点を突くような後ろ蹴りを受け、受け身を取る事すら出来ずにルーナは地面に叩きつけられた。
最初の回し蹴りの風圧と、何とかクラレントの腹で受け止めた事により直撃を免れたというのに、凄まじい衝撃がしてならない。
急加速されて吹き飛んだ肉体が痛い。地面を転がされた衝撃で頭が眩む。
「——ハハハッ! お前も当然のように
地面を転がり、そのまま跳ねるようにしてルーナは体を立て直す。
明らかな追撃の隙があった筈だ。しかしルキウスは追撃をしない。先程のガウェイン卿に向けていたように、敵対している筈の相手に向けて讃えるような笑みと態度のルキウス。
——あぁ……腹が立って仕方ない。
その余裕。どう考えても根本的な面で此方を脅威に思っていないのだ。いや、もしかしたら思ってはいるかもしれない。
しかしだとしたら、目の前の男は理解し難い戦闘狂の類で、国の頂点に位置する皇帝とは思えない存在。
あぁ、やはりコイツとは相入れられない。
「いいやそれだけじゃない。お前は追い付いて来た。あまつさえ、この力を利用して俺を再起不能にさせようとして来た!」
「……………」
「あぁ本当に見事だ。あのまま蹴りを放っていたら、お前の片腕と肩を砕いた代わりに俺の足が消えていただろう」
ルキウスは先程の一瞬の攻防を讃える。
首元を狙った最初の回し蹴り。あの蹴りの直線上には瞬時に引き抜かれた
あのまま足を振り抜けば、間違いなく己自身の力で足を両断してしまっただろう。
早い。もしくは並外れた直感か。動体視力に関しては先程の太陽の騎士よりも速かった。続けて心臓に放った後ろ蹴りもクラレントで防がれている。
間違いなく強い。それも騎士としての強さではなく、あらゆる手段が問われる野戦、殺し合いの面で。
これが笑わずにいられるだろうか。
あの剣光も。先程の人智を超えた力も。この戦い方も。何もかもが——自分と同じに見えて堪らなかった。
「……………ガウェイン卿、退いてください」
愉しさを噛み締めるように佇む、油断だらけのルキウス。
その中、彼女は攻撃を選ばず背中のガウェイン卿に語りかけた。
「何を——」
「ベディヴィエール卿が死ぬ」
短い言葉にして、それが全てだった。
息を呑んで、ガウェイン卿は反論を飲み込んだ。ベディヴィエール卿の傷。右腕を失うという大怪我。
下手をすればショック死という可能性がある中、何とか耐えても失血死という可能性が控えているのだ。本来なら一刻の猶予もない。倒れて気絶しているベディヴィエール卿がそのまま永遠に目を覚まさないという光景は、すぐ隣にまで来ている。
「ですが、貴方が——」
「ガウェイン卿、早く」
「……………———」
「上空を見てください。暗雲で太陽が隠れ始めた。
それに、後方の軍を指揮する者が必要です。だから、早く」
空を見上げれば、不穏さを出す雲が辺りを包んでいた。
黒い雨雲。嵐が吹き荒れる前の予兆。まるでルキウスと戦うのは貴様ではないと世界が言わんばかりに、星の光が遮られ始めている。
ここまで酷い空は、一体いつ程だっただろう。
それは、魂が震える程の咆哮によって暗雲を呼んだ——卑王ヴォーティガーンとの戦いの時だったか。
「安心してくださいガウェイン卿。アイツは——私が
「…………ご武運を」
右手に握り締めている歪んだ王剣から稲妻が溢れ落ち、真下の大地を黒く焼け焦がしている。
陛下としての口調が崩れているその姿からあまり冷静ではないように見えて、しかし気圧される程の集中と意識が周囲を圧迫していた。
だから、ガウェインは素直にその言葉に従い、ベディヴィエール卿を背負って後方に向かった。
卑王ヴォーティガーンとの戦いとは違い、隣で戦う騎士を見送るしか出来なかった自分に歯軋りしながら。
ブリテン軍、陣形後方。
ローマ市街地から広がる平原の先、約5km地点に広がる森にて、トリスタンは迅速に弓を引き、ローマ軍の戦士達を断ち切り続けていた。
「中隊を維持したまま後退を! このままでは囲まれる!」
ローマとの開戦からまだそれ程時間は経っていない。
故にまだ立て直せる。だが、ローマ軍の動きも早い。流石は世界最強の帝国。流石は世界侵略を最も進めた国。そう讃えるべきなのだろう。
統率の取れた隊を以って進み、陣形を成して取り囲もうとしてくるローマ軍は、もはや波に等しい。呑み込まれてはそのまま死んでしまうだろう。
陣形中央のベディヴィエール卿の働きによって、陣形前方と中央の円卓の騎士達を残し、ほぼ全軍が後退を完了している。それに最も相手をしてはならない剣帝と、スプリガンや後方の異能者達で形成される軍も、陣形前方の円卓の騎士達が抑えていてくれている。
なら、此方は通常戦力同士の削り合い。
故に囲まれてはならない。犠牲を重ねてはならない。ただでさえ、大地に刻まれた魔術陣が体を蝕んでいるのだ。円卓の騎士達ならまだしも、普通の騎士達は不味い。ローマ兵一人とブリテンの騎士二人を同程度と考えた方が良いだろう。
つまり陣形が崩れれば、そのまま死ぬ。
だが、後退を続けローマの包囲を抜けようとするブリテン軍の前に、森が立ちはだかっていた。
地の利は此方にはない。
森に入れば間違いなく野戦。損傷は避けられない。ローマ軍との距離も縮む。
いや……それだけではない。何かが森に潜んでいる。それをトリスタンは持ち前の聴覚と鍛え抜いた騎士としての経験で読み取っていた。
これもルキウスの策略か………どうすれば良い。
立ち止まっても、森に入っても状況は悪化する。
どうする………どうする——
「無事ですかトリスタン卿」
「ッ、ガウェイン卿……! そちらはどう、で………——」
「ベディヴィエール卿が死に瀕しています。私は無事です」
並々ならぬ感情を封殺しているのか、短く告げるガウェイン卿の姿が目に入らない程に、トリスタンは息を呑んで動揺した。
ガウェイン卿が背負うその先のベディヴィエール卿には、肩付近から右腕がなかったのだから。
「————……………痛みには耐えてください、ベディヴィエール」
「——ふ、うぅ………ぐぅ、っぁ……」
意識を取り戻し、トリスタンはすぐさまに動いた。
自らの弓を使い、ベディヴィエール卿の右肩を縛り上げる。
「…………これは」
「私の弓で、傷口部分を縫いました。簡素で血の流れを多少和らげるものでしかありません。
…………失血死までの時間が伸びただけです。早く適切な処置をしなくては」
「卿の部下を一人、ベディヴィエール卿につけて貰っても構いませんか」
「えぇ構いません。ですが……」
「成る程。そちらの状況は分かりました。私はどうすれば?」
後方の森に視線を寄越したトリスタンのその動作で、ガウェインは全てを理解した。
戦術、戦略。何が障害で何を取り除けば、ベディヴィエール卿を死の淵から助けられるのか。
「ベディヴィエール卿をお願いします。今から潜む敵ごと森を焼き払いますので」
「な………しかし炎上した森を抜けるのは——」
「いえ、炎上する森すら焼き払います。残るのは灰だけです」
必要以上の言葉はいらないと、ベディヴィエール卿を預けた後、ガウェイン卿は一歩前に出て、太陽の聖剣を真上に振り上げた。
脳裏に浮かべるは、灼熱の炎を体現した緑の騎士の姿。
死闘を繰り広げ、その末に太陽の加護を受け継いだ恩人の姿。
「——この輝きの前に夜は退け」
あの日太陽の光を浴びる為、斧剣を振り上げた彼の如く、聖剣を天高く放り上げる。そこに太陽を顕現させるかのように、日輪の輝きを聖剣に宿す。
「——虚飾を祓うは星の聖剣」
剣が降り落ちてくる。
灼熱と火炎を纏った剣が太陽の輝きを宿し、太陽の代わりとなってもう一振りの星の聖剣がガウェイン卿の手に収まった。
回転しながら落下した剣の勢いそのまま、真横に振り抜く構えを取るガウェイン卿。封殺していた感情をも込め、ガウェイン卿は告げる。
「——
振り抜いた聖剣の軌跡をなぞるように飛ぶ、灼熱の火炎。弧を描く焔の剣閃。
赤の斬撃が触れた瞬間、大木は焼け、崩れ、森が燃え上がる。だがそれだけではない。炎の剣閃が大地に刻み上げた刻印。その刻印から山が噴火したように灼熱が吹き上げ、太陽の聖剣によって斬撃された射程内の全てが焼き尽くされていった。
気付けば、森は全て焼けた。
残るのは灰と、僅かな緑の残滓だけ。
潜んでいたローマの兵士も、異形の生物も巧妙に隠された罠も、刻まれていた魔術陣も。その全てをガウェイン卿は焼き払って見せた。
「ブリテンでは解放してはなりませんね。ですが今は非常事態。
——行くぞ
己の役目を理解しているガウェインは、周囲の騎士達に向けて叫び、鼓舞する。
後退してばかりでは士気が落ちる。だが我武者羅な突撃をしては意味もない。
今の一撃で、ローマ側の進軍は鈍り、陛下に次ぐ聖剣の担い手であると彼らは理解出来ただろう。
いいや。元は此方が聖剣使い。王と起源を同じくする聖剣を握ってからの期間は此方の方が長い。ならばこの程度の窮地を切り抜けられなくては、聖剣の担い手としては——立つ瀬がない。
「トリスタン卿! そちらは頼みた——」
振り返ったその瞬間、再び周囲の大気を荒らす程の轟音が起きた。
そしてそれに次いで響く、金属と金属が激しくぶつかり合う衝突音に、岩が砕けたような衝撃音。
空が荒れている。嵐が訪れ始めた。
上空の空は不気味な暗雲に包まれ、冷たい風が吹き荒んでいた。
遠くの空で光る落雷。その落雷に紛れながら、全く音の威圧を減らさない剣の音。
「これは………」
「えぇ………貴方に任せましたよ——ルーク」
過去、城塞都市ロンディニウムにて、卑王との決戦を繰り広げた時のように悪化していく天候を見ながら、ガウェインはかの少年騎士に思いを馳せた。
正直言って、目の前の存在に良い感情は一切抱いていない。
そもそも抱く気もない。どうすれば抱けるか、和解出来るか、なんて感情もすぐに吐き捨てる。私は一方的にルキウスを知っている。が………所詮は知っているだけだ。
だから理解している訳じゃない。その人間性に触れ合った訳でもない。優先順位を履き違える訳もない。だから——殺せる。何の感慨もなく、本来ならアルトリアと相対した目の前の存在に剣を振るえる。
何せ、あるのは嫌悪感と敵意だけなのだから。
何か正当な理由がある訳でもなく、放っておいたら自分の故郷と周りの大切な人達が蹂躙され——事実ベディヴィエール卿に手をかけた存在をどう理解し得るというのか。
頭を回す。
ガウェイン卿が後方に退いた瞬間、己の本性を一切隠さず、どうすれば目の前の存在を殺せるのかを思考し続ける。
「ガウェイン卿が退いてくれるのを律儀に待っていてくれているとは。それは貴様の慢心か、ルキウス」
「いいやまさか。俺はブリテンを滅ぼしたい訳じゃない。そしてお前を殺したい訳でもない。むしろお前と対峙出来る瞬間を待っていた。だから、太陽の騎士が退くのを見過ごすに決まっているだろう」
「…………」
「だが——ッ!」
「…………ッ!」
地面を蹴り砕き、ルキウスは剣を振り上げて突撃して来る。
次の瞬間には降り落ちて来る剣。まともに受けてはいけない剣の一撃。
速い——が、その刃の軌跡だけは見えている。動体視力に関しては此方だって負けていない。谷の霊脈などなくとも人外の域に達しているんだ。だから……後はその刃に合わせるだけ——!
「——ぐっ………ぅ、ぅう」
「成る程。やはり伝え聞く通り、二刀流こそが貴様の真骨頂か」
鍔迫り合う刃が震える。押し付けられる衝撃で、筋肉の繊維が一本一本裁断されているような感覚がする。
ルキウスの一撃を受け止めたのは、クラレントとセクエンス。
この攻防を含め、僅か二回の攻防で、もうセクエンスが最終段階にまで達した。だが、代わりに加護は強力に働いてくれた。
両方の剣の身体強化の加護。これがあってようやく何とかギリギリだ。骨が軋むような音が脳に響いているこの状況。いやに集中力が阻害されて仕方ない。
「あぁ知っているぞ。俺はお前の事を知っているぞ——サー・ルーク!」
「……………ッ」
すぐさま刃を返し、舞う火花。
赤い軌跡が空中に刻まれていく。あまりにも重い金属音を響かせながらルキウスは叫んでいた。
……うるさい。黙れ。
その愉しげな言葉と態度が腹立たしい。
こっちは僅かなミスをすればそのまま鎧ごと両断されかねない恐怖の中、刃を交わしているというのに、その剣のやり取りで当たり前のように笑うお前の声が不愉快で仕方ない。
「————ッ!」
刃の交わし合いが衝撃となり、轟音が辺りに撒き散らされ続けていた。
会話を投げかけるという、ルキウスの明確な隙。
そこに捻じ込むように放ったセクエンスの刃が、当たり前のようにルキウスの片手で捕まれて、もう片腕の魔剣と魔剣が鍔迫り合って膠着状態になる。
「我が
——
鍔迫り合い互いに睨み合う最中、傲岸に笑い、さも当然の如くルキウスはそう言った。
それは、ローマ皇帝による降伏の勧告であるのか、もしくは再度の宣戦の布告だったのか。
「……何だと?」
「お前の剣光は本物だった。
赤き竜と対になるから、お前も竜と呼ばれたというだけではない事は
だからフロル王の死も当然だ。25万のローマが死ぬのも当然だ。たかが人間程度が貴様に勝てるものかよ」
「………………」
何を………言っている……?
対峙する中、ルキウスの言葉がまるで何かに狂っているような、そんな気配がしてならなかった。理解が出来ない。一体何を考えている。一体何を示している。
信仰する神の違いによっては人間は徹底的に理解し合えないと言うが、もっと根本的な何かが違うように見えてならない。狂信者。私にはそれ以外が浮かばなかった。
「だから俺は退いた。お前をここまで呼び寄せた。お前をローマにまで導きたかった。この空間、この場所。ローマにもブリテンにも邪魔されないよう、この場で戦えるように仕向けた」
相対しているのは、自分とルキウスのたった二人。
ローマ軍とブリテン軍は前方と後方に集中している。進軍するローマ軍も、ブリテン軍を囲うように動いていて、周囲数百mから数kmにかけて誰もいない。
両者共に大軍団を背にした一騎討ち。
まさか………ブリテン軍がどう動くのかも考えて、たったそれだけの理由で、ルキウスは一騎討ちの状況を作り上げたのか……?
本当にそれだけの為に、そんな事を理由に、10万以上のローマ軍を使い捨てるように——見殺しにしたのか?
驚愕ではなく、不快感と恐怖に身震いする中、ルキウスは続ける。
「お前の剣光と対峙して理解出来たとも。
分からないか? かの神祖ロムルスは人から神へと至り、そして雷となって昇天したという。ならば当代のローマ皇帝が雷を振るうのに何ら疑問はない」
真紅の魔剣フロレントから赤い稲妻を溢れ出て、擦れる刃と刃が真っ赤に染まっていた。
ルキウスは恍惚と語る。
これだけは言わねばならない。これだけは伝えなければならない。そんな戦場に相応しくない気迫を以って。
「……………ッ!」
……気持ち悪い…………気持ち悪い——
こうまで他人を見て吐き気がした事はなかったかもしれない。
ゼロ距離で全力の魔力放出、魔力解放を行い、周囲の空間ごと吹き飛ばす。自分の肉体を中心に稲妻と旋風が吹き荒れ、ルキウスを弾き飛ばした。
だがダメージは一切ない。魔力放出の稲妻がルキウスの肉体の表面に触れた瞬間、いとも容易く霧散する。
谷の霊脈。花神フローラの加護を持つ白百合の剣フロレントの加護。対魔力は神霊の領域に片足を突っ込んでいるか。
「あぁだが——お前はどうだ?」
僅かに離れた距離。当然のようにルキウスは語りかけて来た。
殺し合いの最中。命のやり取りが会話だとでも言うように。
「お前の振るう雷。放つ光。後に残す光の柱。あまつさえ、それを人間の血で染め上げた。星の聖剣ではなく、俺の持つ剣と同じその兄弟剣で。
あぁ、あぁ——! この俺の歓喜がお前には分かるか!?
何たる不遜! 何たる傲岸! 世界の理に対する叛逆!だがお前はやって見せた! お前は天上におわす歴代の皇帝達の元に一歩辿りついて見せたのだ!」
ルキウスは笑う。笑って告げる。
大剣を軽々と片手で握り、両手を広げ、まるで世界を感じるかのような佇まいで。
「なぁ。神に一番近い存在はなんだと思う? 幻想種最強の種族の名を冠したお前は」
「…………竜だとでも言うのか貴様」
「——あぁ! そうだとも!!」
「…………………」
「俺はお前の事を知っているぞ。お前の仕える王も。赤き竜の配下達も。お前の国も。ブリテンにはお前のような怪物がまだ他にもひしめいている事も。
ならば是非、この
言いたい事は言い終わったのか、恍惚としたルキウスの演説は終わった。
あんな島国で腐っている存在ではないと言いたいのか。もしくはもう、そんな簡素な言葉では済ませられない程の感情が渦巻いているのか。
しかし、少なくとも分かる事はあった。
目の前の男の話ではない。自分自身の感情という話。
目の前の男が何を言っているかなど、正確には理解出来ていない。する気もない。だから、この男の話を聞いて、自分自身は一体何を感じたのか。
「——あぁ………気持ち悪いなぁ…………」
受け入れられない。
そんなふざけた問いを突き付ける事、そのモノが許せない。
剣を突き付ける。バイザーの裏から、吐き気がするくらいの嫌悪と殺意を以って返す。
「端的に言う——死ね」
「ハ——あぁだろうな。だが貴様とブリテンは戴く。たとえ何があろうと貴様は戴く」
「良く言ってくれました、陛下」
清廉な声。真上から降り落ちて来る盾。
身の丈もある盾を下に、踵落としとともに放たれた大地を叩き割る戦鎚の如き一撃がルキウスを襲う。
「——ッ、あ? 誰だお前は」
「…………ッ」
しかし、大岩をも砕くだろうその一撃は頭上に構えられたフロレントによって防がれた。
先程のやり取りを遮り、突如現れた乱入者に対する不快感を視線に込め、ルキウスは頭上の盾の騎士を睨む。
重い。衝撃もある。だがそれだけ。竜の一撃には程遠い。
故にルキウスは言葉の交わし合いもなく、躊躇せずに攻撃を仕掛けた。
弾き返す剣戟。真上の盾を片手で掴み、地面に叩き落とす。叩き付けられた地面からの衝撃に一瞬浮かぶ盾の騎士に向け、甲冑に包まれた脚技を放つ。
その一撃、雑多ながら竜すら超えた巨人の一撃。たった一足で大地を砕く猛攻。
「は——あぁぁあ!!」
逃げ場もなく、防御姿勢も取れない空中。
だが彼は反応した。ルキウスの一撃で崩れた盾を片手で呼び寄せ、すぐさま両手で構え、身を屈める。
次の瞬間襲う衝撃。だが真正面から受けた訳ではない。十字に円を取り付けた盾で、彼は今の一撃を受け流して見せた。
しかし場は空中。
故に盾ごと回転し——その勢いそのまま、ルキウスに向けて回し蹴りを放って見せた。
不意を突かれる形になったルキウスは、その一撃を真正面から受けざるを得ない。
場所は首。躊躇いもなく、今の一撃で再起不能にさせてやるといった程の敵意を以って返した、巨人の膂力を活かした攻撃は、ルキウスを数十m吹き飛ばした。
「…………無事ですか」
「あ………あぁ」
「すみません。今の一撃で決めてみせるつもりだったのですが……仕留め切れませんでした。なんて存在なのか。攻撃した僕の方がダメージが大きいかもしれません。少し、右脚の震えが止まりません」
先程回し蹴りを放ったギャラハッドの右脚は痙攣していた。
恐怖から来る反応ではない。岩や大地に向けて蹴りを放ったような感覚。その反動。
「……お前こそ大丈夫か?」
「はい。所詮は痺れです。数秒もあれば戻せます」
「そうか…………いや、分かってはいるんだが。お前本当に強いな……」
「それ程でもありません。カウンターには自信がありますが、敵を討ち倒す技については、少し」
短い会話の中、軸足の調子を取り戻したギャラハッドは、自然な形で盾を構えて前へと出た。
普段の無表情のそれとは違い、鋭く細められた瞳と気迫で吹き飛ばした先のルキウスを睨む。
「——ハ、ハハ。今のは堪えた。一瞬意識が飛んだぞ」
晴れ始めた粉塵を真紅の刃の一閃で吹き飛ばしながら、ルキウスがユラユラと近付いてくる。ギャラハッドの一撃の反動をもろに受けた影響なのだろう。
だが、あまりにもダメージが小さい。言葉も意識も明白だ。
歩を進め、血を吐き出し、口元を拭う動作でルキウスはもう先程と変わらない程に回復していた。
「あぁ、本当にブリテンは魔境のようだ。
……だがな、本命はお前じゃない。だからそこを退いて貰おうか」
「断る」
剣を振り上げ、睨むルキウスにギャラハッドは短く返した。
言葉を交わす気もなかった。
「ギャラハッド……少し良いか」
「なんでしょうか」
「私の事を守ってくれ」
「………………」
「代わりに私がアイツを攻撃する。その方が良い。火力はある」
「……………………」
「正直お前が来てくれて助かった。あんな啖呵を切っておきながら、実はルキウスに勝てる気がしなかったんだ」
少女からの言葉。
回復した右脚を気にしながら、ギャラハッドは彼女からの言葉を反芻させていた。言いたい事は少しある。攻撃するとはつまり、前に出る人を守れと? なんて事も思ってしまった。
でも………でも——もう良い。
そんな事は些細な事だろう。自分が彼女に追い付けば良いだけの話なんだから。それに——守ってくれと言われて拒否する気など浮かぶものか。
「——了解です。任せてください。先輩」
「ありがとう。私が合わせる」
剣と、盾を。
二つを合わせる。自分が持たない片方の武装を、隣の人に合わせなくてはならない。
一方は剣しか持たず、もう一方は盾だけ。
故に、自らにはなし得ない一切全てを隣に任せる。信頼を育む程に戦闘経験は積んでいない。だが信用は出来る。必ずやってくれる。絶対に追いついてくれる。その筈だという信用が。
「………………」
「…………来るぞ」
空が荒れ始める。
遠くで落雷が落ち、暗雲が辺りを暗闇に包んでいく。
示し合わせたように飛び込んで来たルキウスに、二人は同時に動き出した。
片手に短剣。もう片手に長剣という、宮本武蔵スタイルのルーナ。
ローマ側と円卓側の描写が済んだので、これでようやくルキウス戦に集中出来る……