騎士王の影武者   作:sabu

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 屍の山に沈め——■■せよ。
 


第71話 約束された勝利の剣(I will kill you)

 

 

 

 ギャラハッドは考える。

 自分が不相応なのではないかという考えは不要なモノであると疾うに捨て去った。考えなければならないのは、どうすれば己の役割を全う出来るか。

 戦っているのは、人類という存在から逸脱した存在達。神話に名高い超常決戦と何ら遜色はないそれ。

 

 

 そこに人間が飛び込めばどうなるかは目に見えている。

 

 

 ……だが、仮にも自分の血には、赤き竜の化身を差し置いて円卓最強と呼ばれた騎士の血が流れている。肉体の強さではなく、ただ極めた武練を以って星の浮かぶ無窮の空にまで手をかけた人類の到達点の一つ。ならやれる。

 少なくとも人類という種族だから不可能だという事は有り得ない。その前提は既に——父親が崩した。ならば、その息子だって出来てもおかしくはないのだ。

 蠢く大地、噴火する火山のような圧力に逆らえ。大地を駆ける風のように、流れる水のように捌け。父親は両翼を振う黒き竜の一撃を捌いて見せた。

 だからやれる。その父親の子供なら巨人の攻撃を受け流す事だって出来る。

 だから………やって見せろ——

 

 

 

「——————」

 

「お前…………!」

 

 

 

 振り放たれる剣。赤い軌跡を刹那に残し、巨人が拳を振り上げたが如き破滅を具現化するその一撃。しかしギャラハッドはそれを受け止めた。走る衝撃が盾の形を広げるかのように拡大し、足先の大地が砕け周囲に真横の一閃を晒す。

 

 

 

「ぐ…………」

 

 

 

 だがその反動も凄まじい。

 受け止めた一撃の衝撃が体に広がり、腕を肩を足をと駆け抜けて圧迫する。一体後何回受け止められるだろうか。ただの巨人の一撃なら幾度と受け止めて見せよう。

 だが相手は人の形をした巨人。ローマの闘技場にて磨かれた殺しの技を放つ相手。単純な防御など、そう簡単には通用してくれない。

 

 

 故にルキウスはすぐさま連撃を放って来た。

 

 

 空気が破裂する音と共に刻まれる斬撃の軌跡。

 それが、一呼吸の間に視界を覆う程に膨れ上がる。

 一つ一つが必殺の一撃。対処しなければ一撃で鎧が砕け、そのまま肉体を両断される。

 

 だから受け止める。受け流す。

 針の穴を貫くが如き精密さで、ギャラハッドは巨人の一撃を防ぎ切った。

 少女のように膨大な魔力を一方向に放出する事など出来ない。だが——膨大な魔力をその場に固定し、城の如き壁にする事は出来る。

 

 

 それがギャラハッドの全力であり真骨頂だった。

 

 

 盾に宿る加護、守り、魔力。

 その全てを以って、谷の霊脈を制御する巨人の魔力放出を防ぐ。

 その名前は魔力防御。一国すら守護出来る、聖なる壁だ。

 

 

 

「アアアァァァァ゛ァ゛ァ゛!」

 

 

 

 咆哮と共に振り抜かれる、ルキウスの全力の一振り。

 生命を示す白百合を血の華へと染め上げた、真紅の魔剣フロレントによる一撃の剣圧は、触れ合った雪花の盾の後方の大地にすら衝撃を放ち線を刻んでいく。

 

 だが破れない。

 太陽の騎士なら一撃で再起不能にしてやると言わんばかりのルキウスの一振りを、雪花の盾が防いでいく。盾の下から僅かに溢れる息遣いと苦悶の声以外の変化はなかった。

 今のは後の事など省みず、牽制すらもなく放った全力の一撃。一つ一つが一撃必殺の存在になる者が力を込めて放った、大地を砕き割る一撃だった。

 それが、苦悶の声程度で済まされるなどあり得ない。

 

 

 驚く事に、竜すら屠れる巨人は人間の防御を喰い破れないでいた。

 

 

 牽制を防ぐのは当たり前。フェイントは偽物も本命も両方に対処出来るよう遮ってくる。まるで金属で出来た岩に向けて剣を振っているようだ。

 いや、ただの岩ならまだマシだっただろう。

 重い故に鈍重だろうと、盾を軸に後方へと回り込めば、合わせてくるように、自らの足と肉体を軸に盾を回転させてくるのだ。

 まるで短剣を手慰みに扱うように時に片手で盾を合わせ、常に盾を此方側に向けて来る姿は空恐ろしく、ダメージを受けても止まらない魔猪を相手にしているかのような圧力がある。

 

 しかしそれだけではない。

 剣を己の手の延長線上にあるように動かすとの同じく、この人間は盾を己の胴体の延長にあるように操る。

 手足を司る胴の動き。体重移動を利用し、時に肩や背で強力な打撃を放つ様に盾を操る。一方的に防勢に回り続けている訳ではない。手際よく守る為の攻勢。

 

 故にルキウスには隙が出来る。

 防御された隙。押し返された隙。盾の攻勢を防いだ隙。

 そして生まれる隙とは即ち——

 

 

 

「チィッ——!」

 

 

 

 死の気配。死の香り。体中に凄まじい悪寒が走った。

 足を振り上げ、眼前の盾に渾身の蹴りを当てて吹き飛ばす。吹き飛ぶ雪花の盾。その反動で己も同じだけ後方に吹き飛ぶ。

 

 瞬間的に数mの地点移動をした。

 なら何とか回避した——

 

 

 

「——————」

 

「…………ッ!」

 

 

 

 ——もう追い付いて来やがった。

 僅かに振り返った視界の先。すぐ真後ろで輝く魔剣の煌めき。鋭い呼気から放たれた斬り上げが、弧を描きルキウスに迫る。

 その尋常ではない俊敏に咄嗟に息を呑んだルキウスは、まともに振り返られぬまま、後ろ手にフロレントと刀身を構え、剣の腹で防御して見せた。

 クラレントの刃の切先とフロレントの剣の腹が触れ合った瞬間、金属を研いでいるかのような甲高い音を刹那に残して煌めく稲妻の残滓。同時に空間を劈く爆発的な衝撃。剣圧を受けてルキウスは蹈鞴を踏む。

 

 

 ——いや、それはおかしい。

 

 

 不安定な体勢で竜の一撃を喰らえば数十m近く吹き飛ばさせる。

 なのに蹈鞴を踏むだけで済むなどあり得ない。ならば今のは牽制。本命へと繋げる為の一撃。

 

 

 

「そこかッ!」

 

 

 

 振り向きざまの一閃。

 彼方の先。後方の木々が真横に両断される。だが手応えはない。

 不味い。そうルキウスが確信した瞬間だった。

 

 

 

「——同調、開始(トレース・オン)

 

 

 

 振り抜いた剣の下から声がした。

 身を屈め、次の瞬間飛び込める体勢をしている小柄な黒の騎士の左手に握られているのは、白の短剣。

 振り抜いた魔剣クラレントとはまた別の剣——カルンウェナン。

 そのカルンウェナンに真っ赤な線が刻まれ、刀身の先まで赤い回路が達した瞬間、膨大な魔力を一点に放出し黒の騎士は飛び込んで来た。

 

 ぶれる肉体。揺れる手元。振り抜かれた短剣は視認出来ていない。

 僅かな軌跡だけが空中に刻まれる。

 その軌跡の先は、真紅の帝剣を振り抜いてガラ空きのルキウスの脇の部分。鎧で覆えない部分にして、心臓を貫き一撃で殺し切る為の刃が抉るように放たれる。

 

 

 

「——ぐっ……ぅ………ハ、ハハハハ!」

 

「……化け物め」

 

 

 

 しかしその必殺の凶刃が防がれた。

 フロレントを振り抜いた手とはもう片方の手で、ルキウスはカルンウェナンの一突きを受け止める。手の平を貫き、手の甲へと飛び出る刃。噴出する血液。

 だが痛みの声を漏らしても尚、ルキウスはすぐに笑みを浮かべる。

 

 

 

「何て速さだ! 俺が追い付けない! あぁ、やはりお前は戴くぞ!!」

 

 

 

 速さがあり得ない。どこまで振り切れているというのか。

 黒き竜は常に己の一歩先を進む。僅かにでも隙が有れば、その瞬間に叩き込まれる刃。即死を狙う一撃。時に振り抜く魔剣の全力を。時にフェイントを織り交ぜ、もう片方の短剣による首刈りや心臓への一閃を。

 気付いた時には懐にて刃を振り抜いている。気付けるのは常に、凄まじい死への予感を感じた時のみ。

 

 

 既にルキウスの体には、幾つもの傷跡が浮かんでいた。

 

 

 叩きつけられた魔剣の衝撃。

 僅かな隙に放たれ、肉体的なダメージを確かに刻んでいく短剣の一撃。

 即死を避ける為の攻防では、時に肉体の他の箇所を犠牲にする必要があった。

 

 一瞬足りとも気が抜けない。一瞬でも隙を晒してはならない。しかも、此方よりも常に早い。

 魔力放出による急制動を繰り返しながら、まるで風のように大地を駆け抜けるその機動は、竜が天高く空を飛び去っているかの如く、しかし稲妻が空を貫くが如く。

 

 偽物の魔力放出によって力を引き出し、魔術師達による決戦術式によって魔獣の如き力を宿した自分とは一つ次元が違う。

 ただ己の肉体で生み出す魔力。その単一の機構で成立した完璧な魔力放出を、更に短剣の加護で増幅させている。

 

 捉えるだけでも一苦労。

 一撃一撃は全て必勝へと繋げる為の、容赦のない殺意の塊。

 それを盾の騎士によって動きを阻害されつつ立ち回るなど、吊り縄を渡るかの様な死線を繰り広げていると言える。

 

 だがそれでもルキウスは笑う。

 笑いながら、縦横無尽に空と大地を駆ける黒き竜を撃ち落とす一撃を放つ。

 

 

 

「……………ッ」 

 

 

 

 口角を上げ、哄笑と共に振われたルキウスの刃。

 フロレントを真正面から受ければ肉体の骨が砕ける。セクエンスの身体強化が機能しないこの状況、一撃を受け止める選択肢は肉体へと過負荷となりダメージとなる。故にカルンウェナンの加護によって全力で回避をした。

 

 振り落とされる刃。

 真横に避ける。僅かに頭髪が切り抜かれる程のギリギリ。次の瞬間、地面を蹴ってルキウスの間合いからルーナは離脱した。

 次の瞬間、スイッチを切り替えるように突撃するギャラハッド。

 盾による圧迫。攻撃によって少女を守り、少女の一撃を繋げる為の戦闘姿勢。

 

 

 

「はははは、いいぞ! これだ! これこそがローマではもはや味わえなくなった死闘! 神に等しき超越者同士の闘い!」

 

「黙れ」

 

 

 

 ギャラハッドとルーナの攻防一体の猛攻を剣だけで相対するルキウスには、確かなダメージが刻まれている。だがその事実すらルキウスにとっては愉しくて仕方がない。

 そのふざけた態度に被されるは、静かに怒りのボルテージが引き上げられ、少しずつ殺意一色に染まり始めている少女の冷たい声。

 

 

 

「——ギャラハッド!」

 

「———ッ」

 

 

 

 自らの名前を呼ぶ声に、ギャラハッドは一切も戸惑わず行動を起こした。

 己がすべき事。彼女が最も攻撃に専念出来るその状況を生み出す要。間違えているかもしれない。しかしそれでも、彼女なら自らに合わせてくれる。

 そう確信し——ギャラハッドは全力で盾をルキウス目掛けて投げ放った。

 

 

 

「それがどうしたぁ!」

 

 

 

 眼前に迫る盾。岩塊にも等しい質量。

 それをルキウスは緋色の赤雷を放つ魔剣で振り抜き弾く。しかしその盾の陰となる位置、真後ろにて——弓を構えている黒き竜の化身を見た。

 

 巨大で無骨な黒い弓。金属が撓んでいるのではと思わし音が響く程に引き絞られた洋弓。

 それに備えられた刃は細身の騎士剣が如き刃。十字架を模した、切先の尖った剣と思わしきモノが四本。

 

 なんだそれは。

 そうルキウスが考えるよりも早く、その刃の威力をルキウスはその身で味わった。

 

 

 

「——壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 

 

 瞬間的に赤い光の塊となった四本の刃が放たれ、ルキウスの甲冑鎧に触れた瞬間、局所的な爆発を起こし、ルキウスを後方に弾き飛ばした。

 だが殺し切れなかった。

 魔力を込め、最大限神秘を増幅した一撃ではある。しかしどうしても元が黒鍵だ。優れた武器ではあっても、神秘そのものである宝具の一撃には成り得ない。

 

 

 

「………残り残数16………」

 

「………………」

 

「そっちは無事か、ギャラハッド」

 

「えぇ、まだ。ですが………少し限界が」

 

 

 

 強がりたくとも、ギャラハッドは己の限界を理解していた。

 幾度と受けたルキウスの攻撃によって体が震えている。恐怖ではなく、肉体の限界としてだ。それ以前に集中力も不味い。僅かに手元が狂えばそのまま死ぬか、盾ごと押し潰されるか。その綱渡りを続けたギャラハッドは、心身ともに限界を迎え始めていた。

 

 

 

「——ハ、ハハ、ハハハハハハハッッ!!」

 

 

 

 遠くの視界にて、砂煙を雷電によって切り払いながらルキウスが立ち上がる。

 ダメージは入っている。その証拠にルキウスの鎧甲冑には所々ヒビが入り、砕け、血に汚れた手足があるのだから。今だって、ルキウスは血を吐いているのだから。

 それでもルキウスは立ち上がる。

 哄笑を絶やさず、ルキウスは剣を振り上げる。

 不死身なのか。不気味な笑みを絶やさないその姿を見て、そう思案してしまったのは当然だろう。

 

 

 

「あぁ今のはなんだ、まさか弓なのか!?

 ハハハ! あぁまさか弓も扱うとは聞いていたがこれ程とは! なんという——なんという奴だ! そんな存在、我がローマには存在し得なかったというのに、こんな存在が当たり前のようにブリテンにはいる。

 ならば戴くぞ! ブリテンもお前も! この(ローマ)の手中に入れて見せるぞ!」

 

 

 

 響く笑み。あまりにもおぞましい、魂からの歓喜にして叫び。

 天を感じるように腕を広げ、未だにルキウスは笑う。

 

 

 

「あぁ……本当に——気持ち悪いなぁ………」

 

 

 

 頭を掻きむしり、不快感を露わにする少女の声をギャラハッドは聞いた。

 普段は平静な彼女が、こうも容易く私情を露わにし、怒りや殺意と言った負の感情をも噴出させているのはあまりにも珍しい。

 如何なる敵でも己を殺し、淡々と敵に刃を滑り込ませる彼女がだ。

 

 

 

「ギャラハッド、まだ戦えるか」

 

「えぇ、まだ僕は立ち上がれます」

 

「そうか…………守りは……任せた。可能な限りで頑張ってくれ」

 

「遠慮せずとも構いません。そう言う役割です」

 

「ありがとう。世話になる」

 

 

 

 汗を流し、未だ整っていない呼吸のままギャラハッドは立ち上がった。

 その様子を見て、彼女も剣を構える。

 

 

 

「あぁ、本当。何もかもが私達に味方をしていないな」

 

 

 

 時間を増すたびに荒れる空。吹き荒れる風。遂には雨すら降り始めていた。

 だから彼女はギャラハッドに隠して、そして誤魔化した。

 ギャラハッドと同じくらい、自分も心身共に限界を迎え始めている事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神とは何だ? と問われたら、自分は迷いなく神祖ロムルスの事だと答えるだろう。

 だが、世界は疾うに神代を終えた。神……神霊達の権能は自然現象へと堕ち、神代の生物達は力を失った獣となり、精霊や妖精、竜や魔獣などの神秘に属するモノ達は地上の裏へと帰っていった。

 

 

 故に、もう神はいない。

 

 

 居るのは人間と、枯渇した神秘の中に生きる過去の存在だけ。

 ならこの世界で神とは何だと問われれば……それは神祖ロムルスではなく、神祖ロムルスの立場を言うのだろう。

 ローマを建国したお方。ローマを作りし神。生きながら神へと至った者。

 

 建国王。神王。指導者。皇帝。

 呼び名が幾つの形へと変わろうと、ローマに於ける初代の王とはロムルスであり、同時に神である。絶対にして唯一。雷となって天へと昇天し今尚ローマを見守っているという存在。

 

 ならば、当代のローマを支配する者が雷を振るう事は当然であり——当代のローマの王が地上の神である事もまた当然。

 既に神なきこの時代。代わりに神の代弁者たる存在。それが王。元より王とはそういう存在だった。王とは人と神を繋げる存在。故に王とは、即ち神なのだ。

 

 

 故に手に入れた。あらゆるモノを手の中に納めて来た。

 

 

 大陸を支配するという事は、天上に(おわ)御方(神祖ロムルス)に代わり万物を統べるという事に他ならない。

 慈しみながら生まれる無辜の命達も、戦場で草木の如く刈り取られる無惨な命達も、全て等しく、尊さも惨さも、全てはこの手、この腕の中にある。

 

 

 王であるなら誰もが感じる、その全能感。

 

 

 民を庇護し国を栄えさせ、故に王には全てが与えられ、故に何もかもが許され——故に王は地上の神である。時に殺し、時に奪い、時に救い、時に導く。全て己へと終着させ己への糧とする。支配するという者はそれ程に選ばれている。

 だから、なぁ……

 

 

 

 ——本当はお前もそれを感じているんだろう?

 

 

 

 地上に在りし誰もがか弱き人間だ。決して神ではない。なんて綺麗事は通用しない。少なくともお前はそうじゃないだろう——黒き竜の化身。

 民を慈しむお前。私情を見せず常に個であり続けるお前。戦術で草木を刈り取るが如く剣を振るうお前。当たり前のように人の上に立つお前——人の血で染め上げた雷を振うお前。

 その在り方、何処をどう見ても人のそれではなく、理不尽を周囲に撒き散らし、気紛れに地上を救済する神のそれでしかない。

 

 ガイウス・ユリウス・カエサルは、ローマを世界最強の帝国にして見せた。

 ネロ・クラウディウスは、ローマを世界の華にして見せた。

 歴代の皇帝は、全て等しく地上の神の如き支配の下、ローマを造り上げて来た。

 

 

 ならお前はどうなんだ?

 

 

 俺はお前の事を知っているぞ、サー・ルーク。

 神代が停止し神の消えたこの世界で、唯一神代を残す島に顕現した竜よ。

 世界を去りつつあった神達に代わり、建国王ロムルスが人から神へと至ったように、神の如き力を光の柱として残す赤き竜に代わって——人から竜へと至った者よ。

 

 なぁ。お前はこの地上をどう見えている。

 お前はブリテンに、ローマに、騎士の王に何を思っている。

 お前は至ったその地点から何が見えているんだ? お前の瞳には何が映っているんだ?

 

 なぁ頼むよ。

 同じ存在として教えてくれよ。

 なぁ………俺に教えてくれよ——!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が悪かったかと言われたら、結局は相手が悪かったのだろう。

 冷たい雨を吹き荒ぶ風によって真横から肉体に浴びる中、二人の人智を凌駕した存在が稲妻を放出し叩き付け合っている。その中、耐え忍ぶ一人の人間がいる。

 

 

 互いに有効打足り得るモノはなく、彼らは攻防を続けていた。

 

 

 もう数え切れない程の一撃を盾で防御した。

 幾度と無く必殺の一撃を放ち、その度にダメージを与えて来た。

 二人の神懸った攻防を防ぎ、致命傷にならない傷を受けて来た。

 

 火花が散る。盾で受けとめた一撃の音が衝撃となり大気が震えてる。ぶつかり合った魔剣と魔剣から赤い稲妻が溢れ落ち、地面を焼く。神秘でしか成し得ない闘いの再現に、周囲の大地が荒れていく。

 決着が一体いつ付くかも分からない闘い。

 故にいつ何かを兆しに闘いが終了してもおかしくはない闘い。二人もルキウスも、本気で鎬を削り合っていた。

 だから結局のところ——二人に落ち度はなく、勝利の決め手になったのは地力の差と、鍛え上げた殺しの技だったのだろう。

 

 

 

「そこだぁぁぁああっ!!」

 

「…………ぐっ!?」

 

 

 

 繰り返される攻防の中、攻撃を受け止めたギャラハッドが、カウンターを入れるようにルキウスを盾で押し返した。岩が体当たりして来たような衝撃に、ルキウスは蹈鞴を踏みながら後方へと吹き飛ばされる。

 

 

 その一瞬の隙を、当然の如く少女は見逃さなかった。

 

 

 少女は真後ろから飛び込み魔剣の刃をルキウスに向けた。

 すれ違いざまに両断するように全力で剣を振り抜く。片手だろうが関係ない。自らの筋力ではなく、魔力放出によっての加速によって力を引き出す形故に、片手でも十分過ぎる殺傷力を持った一撃となる。両手よりは制御が不安定。だが良い。これで殺す。これで決める。

 

 

 

「——ハ」

 

 

 

 振り抜かれる刃。当たれば死ぬ。巨人の体を貫く。

 走馬灯のようにゆっくりとなって見えた魔剣の刃。

 だが、ルキウスは笑った。一か八かの賭け。間に合うかは分からない。しかしそれでも——ルキウスは翔んだ。

 

 魔剣の刃が振り抜かれている後方に蹈鞴を踏んだ勢いそのまま地面を砕き、背面飛びの形で、正真正銘必殺の一撃を避ける。

 凄まじい剣圧と込められた魔力の残滓に背中を焼かれながら、しかしルキウスは少女の後方に着地した。

 明確な隙。明らかなる、攻守交代の時間。

 

 

 

「ッ———!!」

 

 

 

 不味い。

 そう直感する己の胸に従って、彼女は全力で後方に跳躍したルキウスに攻撃した。

 振り返ってからでは間に合わない。振り抜いたクラレントでは間に合わない。故に振り返り様に、左手に持つ短剣を後方に滑り込ませる。

 

 

 

「——見えてるんだよ!」

 

 

 

 だがその刃は届かなかった。

 二刀流という都合上。もしくは単純に染み付いた癖なのか、片方の武器で攻撃した後、次にもう片方の武器で攻撃して来るという事をルキウスは見抜いていた。

 

 振われる白の短剣。

 それをルキウスは自らの傷など無視して握り——そのまま破壊した。

 

 

 白い光を残してカルンウェナンが砕け散る。

 

 

 意図的に左手に魔力を集中させたその膂力。竜とは違い、偽物だからこそ無理な形に歪められる魔力放出による一撃。

 その代償として、ルキウスの左手は壊れたカルンウェナンでズタズタになり、左腕も筋肉の繊維が数本以上断ち切れ痙攣し続けている。動かすだけで凄まじい激痛が走るが、しかし今のルキウスにとってそれは些細な事でしかない。

 

 体を動かす。次の一撃を狙う。

 竜が空を駆ける為の武装は消えた。追い付けない速度を出す竜を遂にたたき落としたのだ。

 

 

 

「ぁ……」

 

 

 

 拳が飛んで来る。

 受けてはいけない。死ぬ。このままでは死ぬ。

 すぐにセクエンスを取り出し、ルキウスの一撃を受ける以外の選択肢がない。

 

 加速する思考。

 その中に浮かぶのは……あぁ死んだ、という諦念だけだった。セクエンスは動かない。クラレントの加護でなんとか致命傷を避けても、だから——それで?

 傷は癒えない。聖剣の鞘による回復は存在しない。腕が折れればそのまま。内臓が潰れたらそのまま。都合の良い奇跡なんて存在しない。

 

 あぁここで、私は負ける。

 剣など使わずとも、たった一撃で私を再起不能にする攻撃が飛んで来る——

 

 

 

「——先輩ッ!」

 

 

 

 その声が飛び込んで来ると同時、自らの体に衝撃が襲った。

 しかしそれは自らの体を砕くような破滅的なモノではなくて——それ以外に手段がなかったから突き飛ばした。そんな衝撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "アグラヴェイン卿が最初に言っていたでしょう。僕が守りに専念するから、貴方は攻撃に専念出来ると"

 "……僕は貴方を守れなかった"

 "———えぇ、次は必ず。理不尽な状況でも守り切れるだけの力を、必ず"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば最初から予感はあった。

 あぁ、絶対にコイツとは相入れられないという感覚。

 許せない。コイツだけは許せないという怒り。

 コイツの存在そのものが受け入れられない、生きているという事実すら許し難いという——そんな魂からの嫌悪感。

 あらゆる意識を投射し、自らの感情全てを……ただ殺意一色に染め上げられる程の激情。

 

                  音がする

 

 

 

「ギャラハッド」

 

 

 

 倒れて動かなくなったギャラハッドに駆け寄る。

 盾も放って走り出したのか、ギャラハッドは生身でルキウスの一撃を受けていた。内臓をやられたのか、口元から血を流していて、それが止まらなかった。見た目以上に深刻なダメージを受けているように感じてならない。

 

                  胸の裏側から音がする

 

 

「……ギャラハッド」

 

 

 

 声をかける。

 動かない。

 体を揺さぶる。

 動かない。

 何をしても返事がない。

 

                  ドクン、ドクンと音がする

 

 

 

「あぁ、そいつに防がれてしまった。

 だが——良い、良いぞ! 何て奴だ! 太陽の騎士でも数度しか防げなかった俺の一撃を何十、何百と防いで見せた!」

 

 

 

 背後から聞こえてくる愉しげな声。

 命のやり取りをしているというのに、当たり前のように笑う者。

 気持ち悪い、気持ち悪い。あまりにも気持ち悪い。

 相対しているだけで魂が嫌悪感を吐きだす。対峙しているだけで体が拒否反応を起こす。剣をぶつかり合わせる度に浮かぶおぞましい哄笑に吐き気がする。

 その姿。その態度。何もかもが気持ち悪い。

 

                  地の底から鼓動の音が近付いて来る。

 

 

 

「あぁなんと心地良いのか。サー・ルーク——お前もそうだろう? 」

 

 

 

 何を言っている。何をそんなふざけた言葉が吐ける。

 理解が出来ない。理解が及ばない。コイツの人間性を理解出来ない。

 ただ一つ分かるのは許せないという事。こんな存在と同じ扱いをされたくないという事。

 

                  溜め込んだ溶鉄が腹の底で煮え滾っている。

 

 

 

「こんな戦い人類に出来る事ではない。正に神話の戦い。超越者同士の戦い。地上の神たる我らの領域だ! これを既に地上を去った神の代わりに我らが代弁するというその全能感——お前も感じているんだろう!!」

 

 

 

 そう。思えば最初から予感はあった。

 きっと今は大丈夫なだけで、コイツと対峙したら自分は嫌悪感を剥き出しにするのだろうという予感。

 私はこの人間を知っていた。知っているだけだ。

 だから理解には遠い。ただその人間の情報を文字として認識しているだけに過ぎない。だからブリテンでは大丈夫だった。

 昔居た極悪人を本で知っても情報としか認識できないように、遠くの誰かが傷付いても何も思わないように。でもそれが今覆った。目の前にはその極悪人がいる。遠くではない身近な誰かが傷付いている。

 

                   吐き出す吐息が黒い息吹になったような錯覚がする。

 

 

 

「確かに盾の騎士は神に挑む人類の至高と言える存在だっただろう。その力、極めた武練と勇気には最大限の敬意を向けなくてはならない。

 だがここからは、人智を凌駕した者同士の戦い。神の座に手をかけた者同士の、全てを競い合う決闘だ」

 

 

 

 コイツが何故そのような人間性になったかは理解出来ない。想像の域を出ない。

 だがこの人間の思考回路は分かった。

 態度。言葉。剣を交わし合って分かった。

 

 この人間は自分以外の何もかもを思っていない。

 他人を讃えるがそれは自分の為。他人と鎬を削るがそれは自分の為。

 殺し、笑い、叫び、それを全て自分の血肉にする事だけがこの人間にとっての至高。

 自らを高め、何かに近付く事だけが喜び。

 

 その為に幾らの犠牲が在ろうとも構わない。

 だから自らの軍に不必要な犠牲を抱かせてもコイツは笑う。

 ブリテンの傑物達も十分味わえば次を探し、躊躇いもなく捨てる。

 この人間にとっては、周りの何もかもが消費をするだけの対象でしかない。

 

 だから笑う。何処までも不遜に。何処までも傲岸に。おぞましく笑う。

 この人間にとって終わった存在は目に入らない。どうでも良い。コイツは死者を報わない。

 今いる人間も、その生き様を称えながら使い捨てて、次に終わった者として扱い——それで終わる。その後は過去、己の踏み台となった存在として忘れられる。あぁそういう存在が居たなと記憶と共に捨てられる。糧となった?

 それで、だから何だ。私が想っているのは、そんな使い捨ての消耗品じゃない。

 

 あぁ、やっぱり私はアルトリアが好きなのかもしれない。

 あの誰よりも立派に頑張って、でもそれを誇るのは違うから、それを周囲に知らしめたいから頑張っている訳じゃないから、他にも頑張っている人がいるから、だから……一人静かに在る、慎ましく自分を定める王の姿が好きなのかもしれない。

 

 そんな生き方をするんだ。

 そんな生き方が出来るんだ。

 そんな生き方をしてくれる人が一人でも居るんだ。

 

 

 だから私は、アルトリアの生き方が何よりも私達の救いに見えて、好きなのかもしれない。

 

 

 それに比べて、ルキウスは何だ。

 もう私は無理だ。コイツが許せない。

 その態度も、その在り方も、その笑みも、何もかも。

 許せない。許せない。何もかも全てが許せない。殺してやる。そんなお前が恵まれた力を持っている事すらもが許せない。絶対に殺してやる。何だこれは。嫉妬か嫉みか。分からない。お前がやったように、お前を踏み潰される虫のように殺してやる。振り切れた感情の行方は何処に向かっている。ただ吐き気がする。吐き気がする事だけは分かる。頭が痛い。胸が裏返って逆流しているような嫌悪感がする。

 

 あぁ本当、気持ち悪いよお前。

 同じ存在だと僅かにでも思えるその自信になんか吐き気しかしないんだよ。

 お前が言う全能感なんか欠けら程も感じないんだよ。

 

                  暗雲を呼ぶ咆哮が、暗い昏い奈落の底より響いて来る。

 

 

 

「これで気持ち良く邪魔者はいなくなった。さぁどうする? お前は次に一体どんなモノを見せる。さぁ——やって見せろよ!」

 

 

 

 あぁ……本当——

 

 

 

 

 

 

 

                    ——ムカつくんだよ、テメェ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が悪かったと言われたら——結局は相手が悪かったのだろう。

 ただルキウスにとっては知る由もなかったというだけ。どうしようもなく、彼にも彼女にも運がなかったというだけ。

 

 だからこれは、そう言う運命だった。

 本来の運命が捻じ曲がった果ての、定めだった。

 ルキウスからすれば、自らが特級の地雷だったという事が分からなかった。

 彼女からすれば、ルキウスという人格が最大の引き金だった。

 

 だからその引き金が引かれる。

 今日この日、彼女の三つと裏側に一つ、合計四つある理性の内の二つ目が引き抜かれた。

 それはつまり、天秤が並行になるという事。遂に天秤が釣り合ったという事。壊れず狂わなかった天秤の象徴であった彼女に、ヒビが入ったという事。

 

 だから結局何が悪かったと言われたら、運命の巡りが悪くて、本来なら相手にしなかった存在と向き合ってしまって——絶対に踏み入れてはならない領域にルキウスは入ってしまい、彼女はその地点までの侵入を許してしまったというだけ。

 

 

 

「……………ラムレイ。ギャラハッドを頼んだ」

 

 

 

 両手を広げて、ルキウスは待ち侘びた本命との対峙を待っていた。

 邪魔者はいない方が良い。だから彼は、黒馬が盾の騎士を運びその場から離脱していくのを見逃した。

 

 

 

「…………凍結、解除」

 

 

 

 顔を俯かせ、不気味な幽鬼のようにゆっくりと動いて彼女は振り返った。

 空が荒れる。風が吹き荒れる。雨が降り落ちる。

 大気が酷く歪み初めていた。

 空を覆う暗雲。暗雲の中に走る稲光。荒れ狂い始める——嵐。

 

 

 

「検索……選出……解析——」

 

 

 

 彼女自身の体を染め上げるように、心臓のある胸から赤い回路が浮かび、指先へと走り、彼女が握る魔剣クラレントへと伝わっていく。瞬間、クラレントがカタカタと震えていた。

 稲妻が垂れ流される。血染めの雷が雨のように溢れ大地を焼く。そして次第に溢れ落ちる紫色の雷が——全て黒い泥に置き代わり、剣が黒一色に染まり始める。

 

 

 

「——憑依経験、投影開始」

 

 

 

 遠くの空で落雷が落ちた瞬間、クラレントの二つの封印拘束が、破裂するように砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ…………?」

 

 

 

 戦いの最中、モードレッドは呟いた。

 呟ける余裕があった。ローマ兵もブリテン騎士も、戦いを忘れて悉くが停止する。心臓を鷲掴みにされた。そんな幻覚で冷や汗が止まらない。

 何かが大地を駆け抜けたのだ。心臓の鼓動のような衝撃。不明瞭な何かが破裂したような感覚。

 それは、何かに穴が開いたような感覚に似ていた。陣形の中央で、何かが落下したような錯覚がする。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 アグラヴェインは無言で上空を見つめた。

 空が動いている。空気が動いている。魔力が動いている。

 ある一定に向かって、まるで落下していくかのように全てが動いて呑み込まれていく。

 

 

 

「これ、は…………」

 

 

 

 トリスタンが身震いした。

 落下が進む度に大地が吠えていた。一定周期で震え、地震を起こすローマの大地。地の底から咆哮をするように、ローマという大地に近付き、不気味な何かの脈動が大地を伝って吠えている。

 

 

 

「光が…………」

 

 

 

 ランスロットは自らの聖剣を見て呟いた。

 青い光を放つ聖剣から光が消えていく。星の光が飲み込まれていく。淡い光の残滓となって輝きが霧散し、風に乗るように陣形中央に吸い寄せられていく。

 

 

 

「——ヴォー………ティ、ガーン…………」

 

 

 

 ガウェインが光を遮る暗い暗雲を見て、放心しながら呟いた。

 陣形の中心、ルキウスとあの少年が戦う地帯にて向かって何かの力が吹き荒れ、彼らがいるだろう場所を中心に渦を巻き、うねり、そして収束している。

 空が荒れている。光を遮る暗雲が集い、赤い稲光が雲の中で荒れ狂っている。

 あの日のように——城塞都市ロンディニウムでの決戦と全く同じ咆哮が空を狂わせている。

 

 

 

 

 

 

 

——卑王鉄槌

 

 

 

 

 

 

 

 

 その力。その息吹。脈動する大地の中心にて、彼女はそれを告げた。

 瞬間、落下の衝撃が全て形となった。

 彼女の周囲全てが黒く染まる。彼女だけの竜の炉心から溢れ出る魔力が泥となり周囲を満たし、クレーター状に辺りを呑み込んでいく。

 大地に刻まれた魔術陣が溶けて、あまつさえ呑み込み、術式を辿ってローマそのものを呪い、彼女を中心に大地が侵食されていく。

 

 

 その光景、まるで世界に穴が空いたかのよう。

 

 

 一つの光も通さない暗闇。底無しの黒。その穴の奥底にて不気味な何かが蠢いており、竜の咆哮が足元より聞こえてくる。

 それはただの幻聴か、もしくはそうではないのか。分からない。誰にも分からない。だから、ルキウスは眺めている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

——極光は反転する

 

 

 

 

 

 

 

 

 泥の中心に浮かんでいる彼女は、ゆっくりと剣を振り上げた。

 クラレントが染まっていく。

 封印拘束が完全に砕け、機構は崩れ、もはや剣という形だけになった至高の宝剣に泥が入り込んで満たし上げていく。内側からも外側からも染まっていく。赤を超え、血色を超え、紫すら超えクラレントが黒一色に堕ちた。

 唯一浮かぶのは、剣の中腹に刻まれた赤い連なる輪。そこから剣の切先と鍔の部分に伸びる赤い線。

 咆哮する竜の息吹の如き灼熱の赤色が、僅かな輝きすらない漆黒に刻まれた剣となったクラレントを黒い霧が包んで、巨大化したようにその魔力の威圧を周囲に撒き散らす。

 

 

 

 

 

 

 

——光を呑め

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのクラレントを、彼女は振り下げ、腰だめにてその息吹を抑えるように構えた。

 霧散した光もローマの大地に満ちていた魔力も、悉く全てが闇に呑まれて一色に染まり上がった。光を失い停止した魔術陣。不穏な気配を放っていた大地が、たった一人に染め上げられ黒い霧へと変わり果てる。

 

 空へと昇る黒い霧。黒い粒子。

 世界を呪う呪詛が、世界を滅ぼす意思と適合していく。

 剣に集まる黒い光。それが竜の息吹となり、剣の形に広がり、強大な魔力の渦が剣から溢れ、刀身を拡大していく。

 もはや剣の中だけには収められていられなくなった魔力の波動。

 大地を削り、大気を震わせ、不気味な脈動を加速される黒い十字架。

 

 

 

 

 

 

 

約束されたエクス——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 軸足を引き、刀身を後ろに流し、両手でその剣を構える。

 体中に赤い回路が浮かぶ。心臓のある胸から爆発するように広がる、血管のような線。両手両足。顔からバイザー裏の瞳、鎧にすら侵食するかのように浮かぶ真っ赤な線。怒り狂う竜の鱗のような印。

 

 

 それを彼女は受け入れた。当然のように彼女はそれを支配した。

 

 

 瞬間、自らの体全体の回路が全て起動した刹那、爆発するように膨れ上がり解放の瞬間を待つ竜の息吹。最高潮に達した竜の咆哮。あらゆるモノを中心点に収束する嵐の如く回転する竜の炉心。遂に次の適合者を発見した竜の炉心。

 

 刃は横に。

 収束し、回転し、臨界に達する反転した星の光。

 故に彼女は振り放つ。躊躇いもなく、全ての側面を殺意一色に染め上げた感情を以って剣を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「——勝利の剣カリバー

 

 

 

 

 

 

 それは星の聖剣。最強の幻想(ラスト・ファンタズム)という殻を纏っただけの空想。

 即ち——神秘の時代の終わりと共に自らの破滅を望んだブリテン島の意思の具現。それを継いだ白き竜の化身の息吹。次に三面の魔女が継ぐ筈だった、黒い呪力。

 

 

 あらゆる工程の同調に成功した。適合者に投影が終了した。ここに顕現は完了した。

 

 

 光を喰らう息吹。星の光すら呑み込み、灯火にまで貶める暗闇。

 遍く全てを呪う黒い極光がルキウスに向かって放たれた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 投影魔術 D(■■■■■■のみEX)

 詳細

 

 イメージでオリジナルの鏡像を魔力で作り出し、数分間だけ複製する魔術。

 彼女の投影魔術そのものは、精度は良い方だが普通の粋を逸脱することはない。

 

 

 本質は別であり、彼女の投影魔術自体は多少の応用は効かせているとはいえ、後述の結果を作り出す過程で枝分かれした術理でしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 厳密には投影魔術ではない……どころか、魔術という形に収まっているだけで、本当は魔術ですらない。

 

 

 

 白鴉の短剣(カルンウェナン) (消失)

 

 ランク C

 

 種別  対人宝具

 

 詳細

 

 

 アーサー王が選定の剣を十全に扱える様になる前、諸国漫遊時代に護身用として扱っていた短剣のもう一振り目。

 小さな白い柄手を意味し、鴉の羽の様な印象を受ける白い短剣。

 

 所有者の俊敏に+を付与(実質的な倍加)する事が出来る。

 また常に所有者の足元を覆う様に微弱な魔力が張られ、特殊な魔術によるトラップなどが張り詰められていない限り、所有者はフィールド上に於いて減速する事なく移動し続ける事ができる。

 

 その素速さは、所有者が静止状態から加速状態に移行する際に一瞬姿が掻き消えて見える程に速く、この短剣を持つ者はまるで"影に潜んでいる"様だ、と言わしめた。

 別名を【早駆けの短剣】。

 

 

 ルキウス戦にて破壊され消失。

 強力な知名度補正を受けられる地、もしく特殊な現界でない限りこの宝具は基本的には持ち得る事は出来ない。

 

 

 

 

「宝具解放」

 

 

 

 

 約束された勝利の剣エクスカリバー

    

 ランク A+++ EX 

 

 種別  対城宝具対■■・対■■宝具

 

 詳細

 

 

 いずれ辿り着く地点。いずれ手に入れる称号。いずれ完成される真作を超え、本物を塗り替える贋作の宝具にして、星より生まれた人類の切り札。今は資格だけを持つその証。

 しかし■■■■■■■■■■存在の究極点。その前借り。一部のみを意図的に抽出し、再現し、溶解させた空想。

 英霊ルーナ自身ではまだ不完全で、黒化英霊アルトリア・オルタでは再現出来ない、反英霊■■■■■■■■が島の意思と共に所有している竜の息吹。

 それをルーナが想像出来る限り最強の剣とその真名、という空想の形を以って、殻として固定し、反英霊■■■■■■■■が呑み込んだ星の聖剣の極光を中身とし、投影魔術という形を以って彼女の体に降ろした贋作。

 

 再現率0%。

 傍から見たら似ているだけの、本来のモノとは程遠いただの偽物である。

 

 

 しかしそれは、反転した騎士王が放つそれと比べればの話である。

 故に、いずれ完成されるこの宝具の真名に偽はつかない。何故ならこの宝具は——

 

 

 再現率100%

 島の意思として顕現した、終末装置である竜の化身。卑王■■■■■■■■が放つ息吹そのものである。

 

 

 




 
 感想が怖いので今日は静かに生きてゆっくり寝ます。
 
 

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