騎士王の影武者   作:sabu

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 対ローマ&対ルキウス戦 転
 次話でサー・ガウェインと緑の騎士並みに長かった生前編最大のイベント、対ローマが終わります。
 
 


第72話 卑王鉄槌(ヴォーティガーン)

 

 

 

 雑音がする。目障りな雑音がする。

 吹き荒ぶ嵐。ノイズを撒き散らす周囲の音。

 まるで壊れたテレビを周囲に置き、大音量で音を垂れ流しているよう。

 

 

 

「対象からの承認まで待機中」

 

 

 

 何も見えない。視界に映るのはノイズのような霧。暗闇。暗雲。

 雑音がうるさい。辺りの暗雲に赤い光が稲光る度にノイズが増していく。

 それは空回る風の音。己の内を荒び続ける風の音。

 

 

 

「対象からの承認まで待機中。対象からの承認まで待機中」

 

 

 

 空を見上げる。

 上下などなければ地面も空もないその空間、心象で……空を見上げる。

 

 

 

「対象への投影に成功。対象からの承認まで待機中」

 

 

 

 一寸先の自分すらも見えない程の暗闇に覆われたその世界、その空には星があった。

 たった一人で輝く星。周りには暗闇しか無い空にて唯一光を放つ星。

 ただ一つだけ輝く事を許された星。周囲の光を呑み込む事を運命付けられた星。そう言う運命、そう言う起源を以って産まれた星。

 

 

 

「対象からの同調に成功。対象からの承認まで待機中」

 

 

 

 あぁ………何を忘れていたんだろう。

 この身の半身。この身がこの身である理由。私が私である由縁。

 私は死者が報われない事が許せなかった。私はきっと死骸の上に立っている。

 でもそれ以前にまず前提として、私が竜として顕現したのは、滅ぼされた卑王の心臓があるから。だから今此処にいる。

 私の魂の裏側には、既にこの世から消え去り消滅した白き竜の意思がある。

 

 

 

「対象からの承認まで待機中。対象からの承認まで……………」

 

 

 

 なぁ——

 

 

 

「…………——対象からの承認を受諾。コマンドを再起動。理由:確認の必要性なし。目的:ブリテン島の滅び、及び——」

 

 

 

 ——少し黙ってろ、ヴォーティガーン。

 今まで散々私を利用しようとして、その裏で何もかもを、要らないモノすらも引き付けているんだろ。

 もはや疾うに消え去り、意思も消え、ただ本能と命令を実行するだけの竜の炉心。思考する脳もなければ魂も消えた、プログラムされた肉体の本能を動かしているだけの虫、その死骸のように成り果てた貴様。

 

 

 

「対象からの…………」

 

 

 

 本当に気持ち悪いんだよ。

 しかも、なぁ。少しくらい、私の我儘を聞いてもいいだろ。いや聞け。絶対に聞け。お前には聞かなくてはならない理由があるんだ。

 今がどうであろうと、如何なる事柄があろうと、少なくとも——私の村が滅んだ本当の原因は貴様だ。私が私になった理由も、私がこうなった理由も全て——貴様が理由だ。

 

 少なくとも私とお前の過去と因縁は決定している。

 だがあるのは今だ。私がお前無しでは生きていけなかったように、お前も私が居なければ、あそこでゴミのように死んでいるんだよ。

 

 

 

「対象……からの…………」

 

 

 

 だから——

 

 

            ——少し黙って私の言う事を聞いてろヴォーティガーン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——対象からの命令を受諾。コマンドを変更」

 

 

 

 雑音と周囲の暗闇が全て消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一撃を兆しに、戦場の空気が凍りついた。

 ブリテンの騎士もローマの戦士も、自らが剣を握って殺し合いをしていた事も忘れて凍り付く。遍く全てが停止する。彼らの脳裏には、未だ黒い光が染み付いていた。

 

 先程まで夕方だったというのに、真夜中なのではないかと思える程に光を遮る暗雲。

 その暗雲の中に走る赤い稲光。吹き荒ぶ雨と風。黒い雲が集まる中心から放たれた光の束。いや、もうそれは光などではなかった。

 人類が思い描く栄光の光とは程遠い、一寸先も見えない闇の集合。

 人類に刻まれた原初の恐怖。切り開き続けて来た暗闇。忌避し続けて来た宵闇。それが闇の極光となり、一直線に放たれた。

 

 大地が侵食されている。

 例えるなら黒い泥。大地に残り続け、その場所を中心に溶解させていく溶鉄。呪詛を放ち続け、黒い粒子が空へと残留していき、緑の平原を黒く染め上げている。

 その一振り。凡そ人類に向けて良いものではなかった。

 

 

 何せたった一撃で、ローマ兵が死に絶えていったのだから。

 

 

 極光に呑まれた射線上のローマ兵が跡形もなく、溶けるように消え去った。

 闇の光の本体を避けていながら、その近くに居て余波を浴びたというだけのローマ兵の肉体に、黒い斑点が瞬間的に浮かび上がって、呪われたような姿で死に絶えた。

 極光が放たれた地点は完全に大地が侵食され、隕石が落ちたかのような惨状を晒し、クレーター状に大地が溶け、付近にいたスプリガン達は灰となって完全に消滅した。

 大地に刻まれていた魔術陣は、極光を浴びた地点から泥に沈んでいくように溶け落ち、端から砂の模型が崩れていくかの如く壊れ、黒い粒子となって暗雲に消えていった。

 大地に接続してローマ兵とスプリガンを支援していた東洋の呪術師は、後方のローマ市街地で全身から血を吹き出して死亡した。

 ローマの市街地を覆っていた、蒼く輝く障壁が、極光が直撃した地点から赤く染まって溶け落ち、そこから広がるように至るところに黒い斑点が浮かび上がって腐り落ちるように壊れた。

 その反動でローマの魔術師達は強制的に魔力切れとなって、干からびて死んだ。

 

 ようやく動き始めた思考が、視界の先のその惨状を明確に認識させていく。

 ブリテンの騎士達は、ただただその一撃が此方に放たれなかった事に、放心するように安堵するしかなかった。

 

 

 

「あぁ…………」

 

 

 

 戦場で誰かが放心しながら呟いた。

 竜が顕現している。竜が荒れ狂っている。竜の逆鱗に触れている。

 戦場は恐怖が支配していた。もはや両軍共に士気が瓦解している。ブリテン軍は放心している。ローマ軍は次の瞬間には狂乱し始めるだろう。

 

 唯一、ブリテン島の騎士達だけは気付けた。放心していた心の隙間に入り込んで来るように、過去の情景を思い出した。

 それは絢爛な白亜の城キャメロットが、暗雲に包まれた城塞都市ロンディニウムだった時の話。

 その昔、人類を見限り、人類に神秘が裏返される事を悟り、島の守護の為だけに島の意思、島の分身として現れた白き竜の化身ヴォーティガーン。

 騎士王とその配下の円卓達を最も追い詰めた魔王の光が、ブリテンの外で具現化している。その息吹が、ローマに向かって放たれている。

 

 だから、ブリテンの騎士達は静かに確信した。

 ——あぁ、今日この日ローマは滅ぶのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………おい、お前ら無事か」

 

 

 

 陣形の前方付近にて、不気味に侵食され崩れていくローマ市街地の障壁を眺めながら、モードレッドはアグラヴェインとランスロットに語りかけた。

 放たれた極光の射線上。つまり陣形中央から前方のローマ市街地に向かって放たれた一撃の付近に彼らは居た。

 流石に此方の事は脳裏の片隅にはちゃんとあったのか、極光本体の射線上には居なかったが、モードレッドの直感で二人を担ぎ上げて瞬時に離脱しなければ、普通に此方側も危なかったと言えよう。

 円卓の騎士達は頑丈であり、精霊の加護や対魔力、並外れた精神力を持つとはいえ、あの極光の危険度はその余波で城塞の上で奮戦していた筈のローマ兵や、障壁から出て来た獣達が軒並み死に絶えた事がそれを物語っている。

 

 

 

「………………アレ、剣光なんだよな」

 

 

 

 放心するように、ボソッとモードレッドは呟いた。

 黒い極光。もはや光と称するのすら正しくないように思えてくる、何かの波動。人類が保有していいモノではなく、人類に向けて放ってはいいモノでもない、何か本能的に忌避してしまう一撃。

 

 パリシウスの地にて放ったアレとは程遠い。

 アレは剣光であった。アレは雷を纏った剣の一撃だった。

 だが今のは何だ? 剣という形を以って具現化している別のナニかなのではないかと言う予感が、モードレッドから離れない。

 

 当時、己は創られたばかりなのもあり分からないが、伝えに聞くアーサー王を最も追い詰め、ブリテンに災いを引き寄せた卑王ヴォーティガーンの息吹がアレだと言われたら、そのまま納得してしまいそうな程である。

 それ程に、あの極光は禍々しかった。

 

 

 

「なぁ…………大丈夫だよな」

 

「当たり前だろう。疑問に思う事すら馬鹿馬鹿しい」

 

 

 

 不安がるモードレッドの言葉に、隣のアグラヴェイン卿が即答して答えた。

 僅かに責めるような意識すら含まれている。

 

 

 

「モードレッド。お前は剣光に何が含まれているかで態度を変えるのか?

 パリシウスで彼がやって見せた事と何も変わらないのにか?

 己の手が汚れるだけ、誰かは汚れなくて済む。今の極光は、まさにそれを体現した一撃だとしか私は思わない」

 

「…………………そうか、そうだな」

 

「戦場に齎すモノと、手にする戦果は変わらない。光から闇に変わったところで、最後は決して変わらない。目指しているのは我らの勝利だ

 ただ彼は背負っているモノと、勝利までの過程が違うだけ。そこに一体何故疑問を挟む必要がある。

 だから、疑問に思うならそれはあの極光が、ただブリテンにのみ放たれた時に考えれば良い。まず前提が違う」

 

 

 

 無駄を挟まず告げたアグラヴェインの言葉に、モードレッドは溜息を吐いた後、拳で兜を叩き、先程の不安と憂いを呑み込み捨て去った。

 

 

 

「はー…………アグラヴェインにあまりにも正論すぎる説教をくらうとは、オレも平和ボケしてたみたいだな。これじゃあルークに申し訳が立たねぇ」

 

 

 

 ヴォーティガーンがどう言う存在で、その白き竜の化身の息吹がどれほどに禍々しかったのかは、ブリテンの騎士に刻み込まれている。

 勿論アグラヴェインもそうなのだ。それでも彼は、あの極光を放った少年に露程の不安も抱いていない。むしろ、良くやって見せたと褒めるような雰囲気すら感じられる。

 ただアグラヴェインは盲目なのではない。鋼鉄の如き忠誠心と精神力で、少年の芯の部分を信じているのだ。

 あぁ、なんか悔しいなぁとモードレッドは思っていた。

 

 

 

「おい行くぞ、ランスロット。ここに居るとルークの邪魔になる」

 

 

 

 冷静さを取り戻したモードレッドは、すぐさま行動を開始すべく、未だ放心していたランスロットに語りかけた。

 元よりこの戦いは、彼がどれだけ剣光を放てるかにある。しかも今は最高の状況なのだ。

 ブリテン軍は後方に引いていて、彼の剣光を邪魔しない。ローマ軍は包囲するべく、真夜中に陣取って大きく戦力が二つに分かれている。未だ放心しているか恐怖しているか、ローマ兵は動けていない。不安の芽となる、ルキウス以外の異能者は魔術師、強大なるスプリガンや獣は最低でも半壊した。ローマ市街地の障壁は、射線上にあったが故に木っ端微塵に砕けてしまい、ローマは攻めの態勢から守りの態勢に移行せざるを得なくなった。

 

 唯一問題はルキウスだが………心配の必要はないだろう。

 剣帝は彼が抑えている。今度は此方の番だ。彼が何の憂いもなく剣帝と戦えるよう、周囲のローマ兵は自分達とブリテンの騎士達が相手をすれば良い。

 まぁ、剣帝が今の光で生きていたらの話だが、彼があそこまで警戒していたローマの支配者なのだ。まだきっとしぶとく生きている。

 

 

 

「あぁ…………」

 

 

 

 暗い空を見上げながら、ランスロットは心此処に在らずの状態で呟いた。

 しかしそれも一瞬で、次の瞬間には決心した表情へと変わり、聖剣を握り締める。

 

 

 

「…………行こう。ローマが面食らっている今がチャンスだ」

 

「おう」

 

 

 

 三人はすぐさま駆け出した。

 陣形中央には近寄らないよう、円を描く形で動き、後方のブリテン軍を囲うように動いていたローマ軍を斬り伏せながら、戦場を風のように駆け抜けていく。

 

 

 

「——剣を持てッッ! ブリテンの騎士達ッ!! 戦場の流れが変わった今がチャンスだッ!」

 

 

 

 後方へと近付く中、響いてくるガウェイン卿の叫び声。

 ブリテンの騎士達を鼓舞する将軍としての掛け声。己の憂いと、未だに抱く暗雲への恐怖を捩じ伏せる意味も込め、彼は生涯の中で一番の声と気迫を以って叫ぶ。

 

 

 だが、ブリテンの騎士達の大半は、未だ放心していた。

 

 

 やらねばならない事は分かる。頭も体もまだちゃんと動く。

 だが心が追い付いて来ない。ガウェイン卿が掲げる聖剣の光を正しく認識出来ない。

 

 

 

「——何やってんだテメェらぁッ! パリシウスの地での戦果を忘れたのか!?」

 

 

 

 響く粗暴にして力強い声。

 陛下と同じく稲妻を纏い、落雷が落ちたような爆音を移動と共に響かせながら、兜の騎士は怒号を上げる。

 

 

 

「——己の手が汚れる事も構わないと受け入れて置きながら、今更ここで怖気付いてんじゃねぇッ!! お前らは何の為にここまで来たんだッ!」

 

 

 

 叫ぶ声を兆しとし、波紋を引き起こすようにブリテンの騎士達の意識が変革していく。変革されていく。そう。もうそんな事を気にする時間でもなければ、それを受け入れた筈なのだ。

 大地を焼く極光を見た。ならば大地を滅ぼす極光など今更な事でしかない。何故なら——罪に汚れゆく自分達には相応しい昏い光なのだから。

 

 

 

「続けぇぇ!! 今がチャンスだぁぁ!!」

 

 

 

 モードレッドの叫び、ガウェイン卿の掛け声に続き、ブリテンの騎士達は脈動する大地を轟かせる程の雄叫びを上げた。戦況が完全にブリテン側に傾く。

 ブリテンを殲滅する為に分散したローマが、今度は逆に各個撃破される番。

 慌てふためくローマは、完全に息を吹き返しあまつさえ数で勝る己達を殲滅し始めるブリテン軍を見て、恐怖を以って称する。

 

 亡霊の群れ。嵐に引きつれられた亡霊達の軍団だ。

 人より堕ち、生者を呪う集団が、嵐を纏った竜と共にローマを襲いに来たぞ、と。

 

 

 

「——投影、装填(トリガー・オフ)

 

 

 

 戦場に再び竜の咆哮が響く。

 黒い光が陣形の中心にて立ち昇っていき、暗雲よりも濃い闇の息吹が空へと繋がり、周囲に赤い落雷を叩き落としていく。

 陣形の中心で、神話の戦いが繰り広げられていた。そして陣形の周りにて、竜の軍団が現在人類史最強の軍団を襲いにかかる。

 

 

 

「——全工程投影完了(セット)

 

 

 

 たった一撃でローマ兵達の心を叩き折り、攻勢を反転させ、ローマが誇る戦力の悉くに厄災を呼び起こした竜の息吹が——再びクラレントに装填された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地の底でそれは蠢く。心臓の鼓動と言う形で少女に力を与える。

 もはやこの世界から消滅し、竜としての機能しか残っていない卑王の心臓は常に待ち続けている。

 

 

 

「対象からの承認まで待機中」

 

 

 

 その機構に意思はない。

 ただ命令として残り続けているコマンドを成熟させる為、次に相応しきモノを探し続けてる。対象を相応しきモノにさせる為に行動し続けている。

 

 

 

「対象からの承認まで待機中。対象からの承認まで待機中」

 

 

 

 そこに善意はない。悪意もない。

 あるのはただの機構。神経節。対象の魔術回路として駆動し、対象を支え続けるプログラム。

 思考する脳を持たず、ただ本能に刻まれた行動を続ける虫。神秘のない世界で虫に意思など宿らない。故に卑王の心臓は無機質に行動する。

 

 

 

「対象への投影に成功。対象からの承認まで待機中」

 

 

 

 対象からの接続があった。

 故にそれは、心臓から流れる魔術回路を通しその対象者の願いを成就させる。

 

 

 

「対象からの同調に成功。対象からの承認まで待機中」

 

 

 

 溢れる魔力を持つが故、本来なら必要ない魔術回路を持つ対象への接続を強固にしていく。

 対象の魔術回路は、ただ魔力を魔術という形に収める為のモノなどに非ず。

 それは卑王の心臓から伸びる末端の神経にも等しい。繋げたモノの悉くを呑み込む侵略機関と何も変わりはしない。

 

 

 

 "あぁ………何を忘れていたんだろう。

 この身の半身。この身がこの身である理由。私が私である由縁"

 

「対象からの承認まで待機中。対象からの承認まで……………」

 

 

 

 

 

 

 

「…………——対象からの承認を確認。コマンドを再起動。理由:確認の必要性なし。目的:ブリテン島の滅び、及び——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 遂にその時が訪れた。

 対象からの呼び掛け。対象からの認識。

 それを対象からの承認だと無感動に決定して、即座に発動するコマンド。定められた命令。起動する島の意思。定められた滅びに抗う邪魔な障害を抹消する為の、世界からのプログラムが動き出した。

 だから、次の言葉は想定されていなかった。

 

 

 

 "なぁ——少し黙ってろ、ヴォーティガーン"

 

 

 

 それは有り得ない筈の問い掛け。竜に対する叛逆。

 神話に於いて世界を滅ぼす竜に正義と信念を以って英雄へと至った人間のように、ただの人間だった少女が、世界を滅ぼす為に動く白き竜に自らの怒りをぶつけた。

  

 

 

「対象からの…………」

 

 

 

 機構にノイズが走る。想定されていないコマンドが走る。

 受け付けていた命令は対象からの受諾だけ。ボタンを押すかのように処理される事象だけ。

 

 

 

「対象………からの…………」

 

 

 

 機械に本来なら想定されていない電流を命令として流すように、機構に成り果てた竜の炉心に不具合が生じる。

 

 

 

 "だから——"

 

 

 

 ただ呑み込むだけの昏い闇が、あらゆるモノを呑み込んで進み続けた昏い光に塗り潰され始める。

 大地の熱量を生み出す、世界を滅ぼす為の意思の残り香が、大地の熱量に匹敵する怒りを溜め込み、世界を呪い続ける意思に侵食される。

 本来なら有り得ない。だが有り得てしまった。

 島の意思を継いだ王にはただそうする権利があるというように、また彼女も、そう出来るだけの資格を持ち合わせているが故に。

 

 

 

           "——黙って私の言う事を聞いてろヴォーティガーン"

 

 

 

 

 

 

 

「——対象からの命令を受諾。コマンドを変更」

 

 

 

 

 

 

 

 想定されていないコマンド。本来なら有り得ない機構。

 呑み込み組み替えて来たように、逆に呑み込まれて組み替えられる。

 オーバーヒートして暴走する機械のように、バグを許容出来なかった端末のように、卑王の心臓が無理矢理己を稼働させる。

 島の王にのみ許されている神秘と共に蠢き出す。

 

 

 

「理由:対象からの命令。目的:対象の怒りを顕現させたもの」

「目標:剣帝。目標:生存している眼前の剣帝」

「行動:速やかなる殺傷。行動:最速なる殺害」

「目標:捕捉終了。目標:固定完了——」

 

 

 

 ブリテン島から離れた異邦の大地で。          

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハ、ハハ…………」

 

 

 

 はっきり言って生き残っていられたのは運が良かったからだった。

 魂の奥底から凍り付き、黒い極光に呑み込まれる定めだったのに、肉体が動いて避けてくれたのはほとんど偶然。

 極光の余波に耐えられたのは、手にしている真紅の魔剣フロレントが、花神の加護を持つ白百合の皇帝剣だったから。

 疲労し、確かに傷負った体でもまだ生き残れているのは、霊脈の谷を制御する決戦術式によって、肉体が頑強となり傷を治癒してくれる回復効果すらも含まれていたから。

 

 

 

「——投影、装填(トリガー・オフ)

 

 

 

 極光で焼け爛れた大地から後退りするルキウスは明確にその声を聞いた。

 吠え上がる竜の咆哮。集まる魔力に震える大気。

 視線を戻した先に、息も乱していない黒き竜の化身が当たり前のように再び剣光を放とうとしている。

 

 

 

「——全工程投影完了(セット)

 

 

 

 たったそれだけで再装填される。

 僅か数秒にも満たない時間で、戦場の何もかもを一撃で塗り替えた黒い竜の息吹の、二撃目が放たれる。振り抜かれる刃。一色に染まりゆく視界——

 

 

 

「——————ッッ!!」

 

 

 

 全身から悪寒を発する程の警告がルキウスを動かす。

 ほとんど反射的にルキウスは跳躍し空に飛び上がった。刹那、自らが居た場所を黒い光が灰塵に還す。

 そして斜線上にあるローマの市街地を焼く——寸前、砕けて蒸発したローマの市街地の城壁が一部分だけ復元し、次の瞬間には砕け散った。

 

 

 きっと何とか生き残った者達の抵抗。

 

 

 何とか市街地が滅び去る事は回避出来たが、今のだけで魔術師達は数十人単位で干からびて死んだだろう。幾つかの宝物を灰に変えてもまだ足りない。声にならない悲鳴が聞こえてくるようだった。

 

 

 

「………ふざけてやがる」

 

 

 

 思わずルキウスは身震いした。

 もはや谷の霊脈の魔力を保有している事など利点になるのかも分からない。大地の熱量に匹敵するどころか、大地の熱量そのものを垂れ流されている。

 幻想種最強。時に事象そのものとなり、時には神として現れる万物の頂点者。ただの呼吸で莫大な魔力を生み出す人域外の生命。

 しかしそう。これが——

 

 

 これが——竜の化身。

 

 

 笑みが溢れる。

 生命としての本能的な恐怖も、今尚フロレントによって何とか呪いを弾いているような背筋が凍る気配も、次の瞬間には我らがローマすら滅ぼされているかもしれない怖気も……その全部を全うに感じながら、しかし感じる畏怖と高揚感はルキウスを奮い上がらせた。

 

 

 

「はははッ! これがお前の本性だって言う——」

 

 

 

 空中にて黒い極光が駆け抜けた後、高揚感と共に竜の化身がいる場所に振り返って——そこには誰もいなかった。

 放出されていた黒い泥すら跡形もなく、クレーター状に侵食された大地だけがある。

 不気味な静寂。思考の空白。そして——真上に誰かがいるような感覚。

 

 

 

「の………か………」

 

 

 

 ルキウスは振り向く。

 その先には——逆手に黒いクラレントを握り、体中に赤い回路が浮かんで変貌した竜の化身が居た。

 

 速い、速すぎる。敏捷を加速させる短剣は砕いた筈だ。

 あり得ない。もう真後ろにコイツがいる。何も感知出来ていない。何一つ、一切追いつけなかった。

 

 

 

「————ッッ!!?」

 

 

 

 そんなルキウスの思考を黙らせるかのように逆手による一撃が放たれる。

 首を一直線に狙う首狩りの凶刃。秘めた剣閃の威力は、もはや先程のそれとは比べものにならない程禍々しい。受ければ死ぬ。即死する。首が消える。

 

 振るわれる刃。

 その軌跡に合わせ、振り向きながら咄嗟の判断でルキウスは軌道上にフロレントを置く事に成功した。

 火花を散らす剣と剣。

 片手に響く痙攣と引き換えに何とか即死の刃の軌道を逸らし、更に体を捻った回避で刃を避ける。ルキウスを捉え切れなかった魔剣の一撃の風圧で、遠くの地面が抉れる。

 なんて威力か。当たれば死んでいただろう。しかし回避に成功したのだ。

 どうだ回避したぞ。まだ俺は戦えるぞ。振り抜かれて宙を斬る凶刃にそう考えて——次の瞬間にルキウスの体中が総毛立った。

 

 

 

「死ね」

 

 

 

 もはや感情すら消えた冷たい声。

 左手に逆手で握り、振り抜き切った刃で回転する胴体の勢いそのまま、ルキウスに叩き落とされる右手の肘。

 胸を砕き、肋骨ごと肺を貫き、心臓を破裂させてやると言わんばかりの一撃がルキウスを襲った。

 

 

 

「——がっ………は、あぁ」

 

 

 

 今までにない衝撃。

 胸に穴を空けられ衝撃が背中に走ったような感覚がする。内臓の場所をぐちゃぐちゃに崩されたような痛みが走る。

 吐き気そのままに口から吐き出るのは胃酸ではなく血の塊。間違いなく骨を何本か粉々にされた。

 

 空中で心臓を抉るような一撃を受けたルキウスが落下していく。

 く、の字を描き、地面に衝突し視界が眩む。衝撃で呼吸が止まる。

 明滅する視界に映るのは——両手で剣を振り上げ切り、暗雲から落ちる落雷ごと真正面から落下して来る黒い刃。

 

 

 

「くっ……そっ……が!」

 

 

 

 避けるしかない。避ける以外に選択肢はない。

 無理矢理体を捻り、ルキウスは魔力放出で転がる。瞬間、先程までの場所に落雷を纏った刃が振り落とされた。

 

 蜘蛛の巣状に走る亀裂。

 轟音で耳が潰れる。

 衝撃が体幹を破壊する。

 溢れる魔力が空間を爆発させる。

 

 捲り上がる大地が局地的な地震となり、衝撃としてルキウスを更に吹き飛ばした。

 ほとんど呼吸が出来ていない中、山で足を踏み外したかのようにルキウスは地面を転がり鎧と体に細かな傷を作っていった。

 

 

 

「貴様はこれが楽しいのか」

 

 

 

 舞う粉塵を片手の一閃で消し飛ばし、凍える程に冷たい声で倒れ込んだルキウスに黒竜は問う。

 その姿は完全に変貌していた。

 刻まれている赤い回路は、もはや血管のような形へとなっており、その赤い線は心臓付近から爆発したかの様な形で体中に伸び、鎧や衣服まで染まっていた。

 握る血塗れだった魔剣は漆黒に染まり、常に禍々しい呪詛の霧で覆われ正確な刀身が分からない。

 

 

 

「ハ……ハハ。あぁ愉しいとも! ——愉しいともさ!」

 

 

 

 乱れ続ける呼吸。口元から溢れる血液。激しい痛み。

 回復効果があるとはいえ、盾の騎士との連戦のダメージは確かに刻まれている。

 だがルキウスはふらふらとしながらも立ち上がり、そして笑った。

 正に神話に名を轟かせる神の次元に到達しているとしか思えない竜と相対しているというその事実だけで、ルキウスには無限の闘志が湧き上がって来る。

 

 

 

「そうか。なら——」

 

 

 

 短く吐き捨てるように告げて、黒竜は剣を構えた。

 剣を右肩まで上げ、刃の切先を相手に向ける、盾を使わず剣だけで完成する攻防一体の構え。

 

 それに合わせてルキウスも剣を握った。

 ここからが正真正銘、全てをかけた戦いが始まる。

 そう予感して——始まったのは戦いですら無かった。

 

 

 

「(——は?)」

 

 

 

 黒竜の姿が消える。

 真正面から見据えていたというのに、その速さに追い付けない。

 ただ前に踏み込んで来た。たったそれだけの行為。間合いを詰める跳躍。それに思考が追いつかない。

 

 瞳に映っているのは、蹴り砕かれ爆発した地面と、捲り上がった大地の土砂。それを粉々にする黒い泥のような魔力。

 それは、黒い竜の底無しの殺意を事象として世界に顕現させた魔力放出の一撃だった。

 剣が振り抜かれる。

 もう目の前に居る黒竜が、肉体を両断するべく剣を振り落とす。

 

 

 この瞬間、ルキウスは初めて死への予感と恐怖で体が動いた。

 

 

 肉体がしっかり動いてくれたのは、ローマの闘技場で対人戦闘をこなして来たから。

 判断を見誤らなかったのは、対峙する竜の化身の戦い方を分析し続けていたから。

 反射的に体が動いて、真上に剣を構える。

 刹那、襲う衝撃。

 その一撃は今までとは比べ程にならない程禍々しく、速く、強大で、そして重い。巨人の肉体が震える。骨にヒビが入る。筋肉の繊維が裁断されていく。

 

 

 

「——ここで貴様を殺してやる」

 

 

 

 周囲に遅れて放たれる衝撃波を劈くように、冷たく吐かれた宣言。降伏などはもう要らず、お前だけは必ず殺すという殺害の布告。

 

 

 

「人外の戦いが望みなら乗ってやる」

「望んでいる通りに、真正面から蹂躙してやる」

「貴様が言ったように、戦場で草木の如く刈り取られる有象無象のように殺してやる」

「神が人を気紛れに殺すように、無惨に踏み潰される虫のように貴様を殺してやる——」

 

 

 

 黒い霧が流出していた。

 まるでそれが竜の怒りを表すが如く、鬼気迫る黒い竜。

 対峙するクラレントから泥と霧が溢れ出る。

 超高圧縮した呪詛の塊。鍔迫り合う白百合の帝剣フロレントが悲鳴を上げ、呪詛を弾く対魔力の加護を削岩機の如き速度で削っていた。

 

 

 

「………ッ、ハ……! 大層な口を利いて見せたな!」

 

 

 

 体が動いた。高揚に段々と混じる恐怖。

 それを自覚しないままルキウスは目の前に蹴り込みを放った。

 極光を乱射されたらひとたまりもない。だが今は超至近距離の鍔迫り合い。嵐の暴威は、嵐と同じく中心では放てない。

 故に放ったルキウスの鍛え上げた対人技術と殺人技術が炸裂する。

 

 (しな)る蛇が如き蹴撃。東洋の格闘術。

 剣と剣の斬り合いの中、予想外の角度から放たれる首狩りのカマにも等しい一撃で魔剣を叩き落とした。

 なら、もうそこからはルキウスの番。流れるような連撃の脚技が再び放たれる。

 それが眼前の竜の化身の首に当たる瞬間——その蹴り足を砕きにかかる裏拳が、竜から放たれた。

 

 

 

「———ッぐぁ……」

 

 

 

 ルキウスの脚と黒き竜の化身の片腕がぶつかりあった瞬間、圧縮され炸裂する空気の波動。ルキウスの片足の鎧甲冑が砕け散る。

 互いの攻防の結果はあまりにも対称的だった。

 先の一撃で、ルキウスの片足の骨にはヒビが入り、酷い内出血をしたように腫れ上がった。砕けた鎧の破片で血塗れでもある。

 

 

 それに対し相手は——無傷。

 

 

 ダメージは皆無であり、ぶつかり合った肉体の震えすらもない。竜に震えなどない。

 

 おかしい。あり得ない。

 速度はまだ分かる。だが我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)を持つ此方が——膂力で押し負けた?

 今までのあらゆる大前提が崩されたその驚愕に思考が空白になる中、ルキウスは見た。

 ルキウスの脚甲冑と同じく、裏拳を放った竜の化身の片腕の籠手が砕ける。

 そこから覗く肌は白ではなく、あまつさえ人類の色ではなく——魔剣から溢れる泥と全く同じ漆黒だった。

 

 

 

「が——ッは」

 

 

 

 驚愕に囚われ刹那の隙を遂に晒したルキウスに、一切の躊躇もなく黒竜は殺しにかかった。

 触れ合っている脚を捻り、引き寄せ、地面に叩きつけながらルキウスの首をもう片方の右手で握り潰しにかかる。

 

 圧迫される酸素。怪物のような暴威を、機械のような精密さと無感動さで向けてくる。格闘術を修めた己が、格闘戦で負けている。呼吸が出来ない以前に、地面に叩き付けられた硬直で動けないその間に首の骨が粉々にされる——

 

 

 震える程の恐怖の中、ルキウスに浮かぶのは何故という疑問だった。

 

 

 未だ残る勝利への渇望が、思考を加速させてルキウスを動かす。

 あの瞬間からあらゆる形勢がひっくり返った。

 速度はもう分からない。純粋な力すら負けた。此方の攻撃力が減ったような気さえする。しかも此方の格闘術すら、まるで理解しているかのように対処して来た。

 そうまるで——自分の格闘術と我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)を使っているかのように。

 

 

 

「(——まさか……本当にそうなのか)」

 

 

 

 喉元に竜の指が食い込み始めた。

 両手で、絞まりつつある竜の片手の指を開こうと足掻き、何とか首の骨が折られるのを避けているだけの状況。右足は竜の漆黒に染まった左手で捻られ、触れ合った部分が焼け爛れていく。この状況では唯一自由に動く左足に力を込められない。

 真っ赤に染まりながら暗転している視界の中、ルキウスは確信に至る。

 

 何かが落下したような感覚と同時に、自分に接続している谷の霊脈の魔力がごそっと抜け落ちたような感覚があった。何かに呑み込まれたような感覚があった。

 まさか、我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)を削撃するどころか、支える魔力すら奪い取り、自らの魔力放出として使用しているのか。

 もはや自分の身体能力が奪われたにも等しい。此方は弱体化し、相手は奪い取った力で強大化した。

 ……ハハハ、ふざけている。

 あらゆるモノを侵略し呑み込んで来たローマが、たった一匹の竜に呑み込み返されたのだ。もうそれは神などではない。世界そのものを単独で滅ぼせる災厄だ。

 

 このまま絶命するのか。

 意識が落ち始め、視界が眩み手足の感覚がなくなり、遮られるモノが無くなったルキウスの首を黒竜が折り、握り潰してやろうとしたその時——運命はルキウスの味方をしてくれた。

 

 

 

「……………ッ」

 

 

 

 真横のローマの市街地。

 そのボロボロになった城壁の上から、数人の魔術師と呪術師が黒竜に向けて一撃を放った。

 強化の魔術と置換の魔術を組み合わせた、本来の何倍の威力に引き上げたバリスタの一撃。その一撃は砲弾の一撃にも等しく、黒竜を鈍らせ蹈鞴を踏ませるだけの力があった。

 そして——たったそれだけだった。

 

 

 

「…………約束されたエクス——」

 

 

 

 今の一撃で怯み、緩んだ腕の力。

 その隙を突き、地面を転がってルキウスは竜の腕から逃げる。

 だからルキウスは対処出来ない。今正に死にかけたのもあって、その行動を防げない。防ぐ為の攻撃を放つ余裕などない。

 

 先程のルキウスの攻防で振り落とされた、漆黒の魔剣と化したクラレントを拾い上げる動作は、酷くゆっくりだった。

 ボソっと、その魔剣の名前ではなく、最強の聖剣の名前を竜は告げた刹那——

 

 

 

「——勝利の剣カリバー

 

 

 

 余人では手元の剣が消えたように見える程の速度で剣を振るう。

 振り向きながら放たれる黒い極光。

 まるで箒を使って薙ぎ払うかのように真横に一閃された黒い光は、城塞上のローマの兵士達ごと、今度こそローマ市街地の城塞壁を蒸発させ、後方の宮殿の塔や角を爆発と共に崩壊させた。

 次に黒い粒子となった、極光の残滓がローマを襲う。

 

 今の極光の余波だけで数百人が死んだだろう。

 先程の支援をくれた魔術師と呪術師は塵すら残らず蒸発した。

 もう、黒い極光を防ぐには純粋な魔力量で勝る障壁で防ぐしかない。ローマの魔術師や異能者、魔力を含んだ聖遺物等を収めた宝物庫、その合計数千数万全てを生贄にしても、数回防げれば良い。それ程の威力。

 

 

 

「————————」

 

 

 

 黒き竜の化身は、無言でゆっくりとルキウスに振り返った。

 息も切らしていない。変貌する前に消費された筈の体力は一体どうしたのか。ダメージらしいダメージなんてもの、最初から一つも与えられていない。

 唯一は竜の左腕の籠手を破壊した事くらいだが、そこから覗く皮膚は、鎧と見比べをつけるのが難しい程に暗闇に染まっていて、びっしりと赤い血管のような回路が浮かんでいる。

 

 

 ただそれだけ。ダメージに換算する事など出来ない。

 

 

 竜にあるのはただひたすらに真っ黒な敵意。底無しの殺意。

 もはや会話もなく、ただ放たれている圧力だけがルキウスへの心情を表している。それ即ち、享楽もなく、酔狂もなく、高揚もなく、理解も降伏などもはやどうでも良く——ゴミのように殺してやるという心情。

 

 

 

「——ハ、ハハ………ハハ、ハハハハ………」

 

 

 

 ルキウスには笑う事しか出来なかった。

 何を以って、何に笑っているのかも良く分からない。ただ今の感情を表せるのが、笑みしか無かった。

 

 

 吹き荒ぶ大気と、荒れ果てた大地の中、二人の間に冷たい風が吹く。

 

 

 再び二人は対峙し始めた。

 揺るぎなく大地に立ち、黒き波動をその身に宿した竜の化身。

 必殺となる谷の霊脈の魔力をごっそりと奪われ、魔力回復も失われ、後方からの支援も完全に消え、血だらけとなっているルキウス。

 片方が握る剣は黒い霧を放つ漆黒の魔剣。もう片方は、自らの血が伝って汚れ、花神の加護が侵食されて壊れ始めた真紅の魔剣。

 

 風が吹く。周囲から悲鳴が響く。

 それは全てローマ兵の悲鳴だった。

 構成した陣地は、それを支える為に接続していた魔術師ごと死んだ。異能者や呪術師達も、世界そのものを滅ぼしてやると言わんばかりの極光で死んだ。

 通常戦力も、鎧を容易く引き裂く怪物達も、悉く全てが死んだ。

 

 最初の開戦からの光景とは、あまりにも真逆で、あまりにも想像がつかない惨状だった。

 

 

 

「風よ、吠え上がれ——」

 

 

 

 きっかけなど何もない。

 ただ、まだ息のあるルキウスを蹂躙し、そして亡き者にする為の刃が振るわれる。

 腰だめに構えた黒い剣。剣は横に。一秒程度の溜めで黒い霧が完全に収束し、臨界点に達し、刀身を巨大に覆う。

 

 

 

「——卑王鉄槌(ヴォーティガーン)

 

「ッ…………!!」

 

 

 

 神速の速度で放たれる、三連撃の斬り上げ。

 大気を荒らし、大地を捲り上げながらルキウスを襲う、威力を縮小しただけと言わんばかりの黒い極光。

 もう、今のルキウスに攻勢に出る余裕はなかった。ただ避けるか逃げるかで精一杯。

 

 そして再び襲う刃からルキウスは逃げ続ける。

 空を飛ぶ虫のように極光と斬撃の縫い目を避ける。嵐の如き暴威の中、死の綱渡りを繰り返す。

 だから竜の化身は、そのルキウスを殺す為、より攻撃の手を破滅的に引き上げていく。故にルキウスはまた逃げるしかなくなる。疲弊し、肉体の幾つかの骨にはヒビが入るか折れ、血だらけの姿でもルキウスは動き続ける。動きを止めればそこで死ぬ。

 故に、少しずつ、少しずつ殺意と嵐の暴威が引き上がっていく。

 

 

 だから二人は気付けなかった。

 

 

 もはや竜は自分が見えていない。ルキウスは見る余裕などない。

 だから二人は、水面下で何かが進行している事に気付かなかった。少しずつ、少しずつ竜が破滅の暴威の段階を引き上げる度に、クラレントがヒビ割れるかのように赤い回路が刻まれている事に。

 また、クラレントで竜の息吹を放つ彼女の肉体そのものにまた、ヒビ割れ始めているかのように、今浮かんでいる回路とはまた別の線が刻まれている事に。

 

 

 二人は気付く事なく、竜による一方的な殺し合いが始まっている。

 

 

 国どころか大地を滅ぼせる程の熱量が放たれ続ける二人の戦いの中、吹き荒れる風と雨だけが冷たかった。

 しかし遂に始まった。僅か一瞬。されどその一瞬で何もかもが終わる本当の戦い。

 荒れ狂い自らを見失っている竜と、触れてはいけない竜の逆鱗に触れてしまった巨人の、本気の一騎打ち。

 後の世で畏怖と戒めとして語られる、黒き竜の息吹を吐き出し続けローマを滅ぼそうとする黒竜と、それに立ち向かう事を余儀無くされた巨人の戦い。

 

 その決着は近かった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「宝具解放」

 

 

 

 

 卑王鉄槌(ヴォーティガーン)

     

 ランク C

 

 種別  対人宝具

 

 

 詳細

 

 彼女だけが持ち得る、もう一種類の鞘。

 尚この宝具は、彼女が彼女であるが故に使用出来るモノであり、たとえ反転した騎士王でもこの宝具は持ち得ない。

 反転した騎士王の場合、魔力放出によって、この宝具の表面的な効果を再現しているだけである。

 

 この宝具は、彼女の肉体に宿る自らの呪詛を用いて、光を呑み込む闇を武装に纏せ、自分に都合の良い属性を剣に宿す事が出来る。

 また魔力放出と組み合わせる事で斬撃の威力をより増大させたり、魔力によって刀身を伸ばす事が出来る。

 この宝具使用時、自らの魔力に包まれた武装は、常に暗雲の様な黒い闇で覆われる様になり、正確な刀身を視認する事が不可能となる。

 

 鞘としての機能は副次的なものであり、本質は別。

 真の効果は影によって宝具の性質を呑み込み、自らが使用するに適した機構に組み替える事であり、宝具などを縛り付ける封印や拘束、要となるモノを全て破壊する事である。

 

 尚、この宝具のランクが意図せず低いのは、彼女が無意識下でこの宝具をセーブしているからである。

 またこの宝具は、彼女自身すらも対象にする事が出来る。

 

 

 

 




 
 使用技としての卑王鉄槌(ヴォーティガーン)は、Fate/unlimited codesのアルトリア・オルタの卑王鉄槌(ヴォーティガーン)か、fgoのセイバー・オルタのEXアタックをイメージしてください。あれです。
 
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