騎士王の影武者   作:sabu

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 むげんのけんせい   

 無(接頭)
 1.名詞について、それを打ち消し、否定する意味を表す。

 無(む)
 1. 何もないこと。存在しない事。

 2.事象も現象も全く存在しない事。→有(う)・空(くう) 禅宗で、世界の絶対的な真の姿。有と無の対立を超越した悟りの世界。絶対無。
 

 現(げん)
 1. 玉の光が輝いていてはっきりしている意。隠れていたものが見えるようになる。

 2. 目の当たりにある。実際にある。この世にある。今ある。今の。

 現(うつつ)
 1. (夢・幻・霊魂に対して)現実。目が覚めている事。

 2. 正気(しょうき)なさま。正常な心の状態。本心。

 3.(「夢うつつの」の形で使われる事から誤って)夢見心地。半覚醒。

 4.(死に対して)生きている状態。
 
 


第73話 無現の剣製(UNLOST BLADE WORKS)

 

 

 

 祈りを込めよう。星にすら届くように、祈りを込めよう。

 人々の理想。こうであって欲しいという願い。今際の際に懐く、哀しくも尊きユメ。栄光という名の祈りの結晶。

 

 そう望まれたから、そうあるように。

 そう造られたから、そうあるように。

 

 剣は人々の想いを束ね上げる。

 

 だからそれの呼び名は星の聖剣。

 世界を救う時にのみ、正しく輝く、星の聖剣。いつだって、輝かしくある星の輝きを宿す者。その者に相応しき、約束された勝利の剣。

 

 でも祈りなんて身勝手なモノ。見方を変えれば醜いモノ。

 

 人々の怨嗟。何故あぁなれなかったんだという呪い。死の刹那に懐く、哀しく救いも無き呪詛。後悔という名の嘆きの結晶。

 

 それでも祈りは祈り。願いは等しく、全て祈り。

 

 だからその呼び名は星の聖剣。

 星に生まれた人々の為。祈りを束ね、輝きを放つ星の聖剣。泥のような闇の中、それでも輝く星の輝きを宿す者。そんな人にだって相応しき、約束された勝利の剣。

 

 希望から生まれた祈りでも、絶望から生まれた祈りでも、きっと同じだけの重さがある。

 含まれているモノが羨望でも、含まれているモノが嫉妬でも、きっと同じだけの価値がある。

 

 

 だから祈りを込めよう。星にすら届くように、祈りを込めよう。

 

 

 きっとどちらかは叶わない。きっとどちらかは報われない。

 でも希望が地に堕ちようと、光が影に呑まれようと、その剣だけは変わらない。

 栄光が暗闇を隠そうと、醜いモノに蓋がされようと、その剣だけは変わらない。

 変わるのは剣の担い手だけ。変わるのは想いを束ねる担い手だけ。剣はいつだって星の人々の想いを束ね上げるのだから。

 

 力強き誇りと誉れ高き信義が空へと届くのか。

 積み上げられた沢山の罪が地を埋め尽くすのか。

 

 どっちだって変わらない。

 どっちだって構わない。

 だって星に還るしかなくなった私達をいずれ忘れるから。

 

 

 だから祈りを込めよう。星にすら届くように、祈りを込めよう。

 

 

 人類の想い。人類の希望。人類の神秘。人類が持ち得る最強の切り札。

 世界を切り裂く開闢の星にすら抗ってみせるくらい、光として束ね上げてみよう。何が含まれていようと構わない。何かを求める希望でも。何かを否定する絶望でも。身勝手な願いだから変わらない。祈りだからどっちも身勝手だ。

 

 だってそうだから。私達とは違うから。

 醜いモノには蓋をしろ。汚いモノは綺麗にしろ。正しくないなら正しくしろ。相応しくないなら黙っていろ。

 あぁ残念。でも残念。

 誰かに押し付けた分だけ、いずれ乗り越えなければならない壁が大きくなるだけだから。その罪科は少しずつ積み上がるから。いずれ天秤を破壊するまで重なるだけだから。

 

 

 だから祈りを込めよう。星にすら届くように、祈りを込めよう。

 

 

 その身勝手な願いが叶っても、星の聖剣だけは変わらない。

 その身勝手さが爆発しても、星の聖剣だけは変わらない。

 でも空に太陽は二つも要らない。夜に月は一つしか要らない。星の聖剣は一つしか存在しない。

 

 だから祈りを込めよう。私達も祈りを込めよう。

 人類の切り札を持つ、全人類でたった一人の担い手の為。

 だから祈りを込めよう。

 人ではなく星の為。担い手に相応しき星の為。

 その星に任せよう。構わない。構わない。過去を忘れないから構わない。人を選ぶならそれでも良い。星を選ぶなら大万歳。

 

 見届けよう。見届けよう。星の行方を見届けよう。

 神秘の終わり。最後の神秘。最後の神代。最強の幻想(ラスト・ファンタズム)の、その行方。

 自分を許せない、担い手の一人に向けて。

 許されない罪を築く、たった一人の担い手に向けて。

 私達の星に向けて。

 

 だから祈りを込めよう。私達の星にすら届くように、祈りを込めよう——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——約束された勝利の剣エクスカリバー

 

 

 

 ——判断をミスった。

 そうルキウスは確信しながら、大地を駆け抜ける足に力を込めて宙に逃げる。

 足元を襲う黒い極光。身を翻して避ける。ただ僅かに掠っただけの足元が焼け爛れ、フロレントの対魔力がヒビ割れていく。体に浮かぶ黒い斑点が体を蝕み体力を削る。

 

 

 ふざけんな——

 

 

 思わずルキウスは悪態を吐きながら、剣光と魔力放出を織り交ぜた斬撃を放ち続ける竜を睨み付けた。

 僅かにも近付けない。隙がない訳ではない。剣光を放つ際と放った際には隙は出来る。

 ——僅か数秒。

 その間に剣光を避け、振り抜くその瞬間射程10m以上にまで拡大している、剣の薙ぎ払いを掻い潜るなど、あまりにも無理があった。きっと嵐を抜ける方がまだ余裕があるに違いない。

 

 垂れ流される魔力。竜の炉心とはここまで隔絶としているのか。にしても限度があるだろう。その場から僅かにも動かないのは、嵐の如き暴威を越えられないだろうという余裕の表れか。

 

 

 

約束されたエクス——」

 

「…………ッッ!」

 

 

 

 再び剣に集まる黒い霧。

 見ているだけで鳥肌が立つ、何か極めておぞましい黒い光。

 空中に逃げれば、その移動時間と対空時間の間に再び魔力が収束される。

 

 

 

「——勝利の剣カリバー

 

「くっ……——そがぁぁぁ!!」

 

 

 

 怒号を上げて、ルキウスは無理矢理身を翻して真上に向かって魔力を放出する。反動で瞬間的に落下する肉体。地面に叩きつけられながらも彼は回避した。

 

 だがそれで止まってはならない。痛みを気にしてはいけない。

 全て無視だ。精神で捩じ伏せるしか道はなく、肉体にどうしようもない限界が来るまで走るしかない。

 

 

 

「昏き湖よ——」

 

 

 

 地面に落下したルキウスに合わせるように、剣が振り上げられる。

 片手で無造作に。地面の石を弾き飛ばすように。それによって放たれるのは、黒い水。薄めた泥。魔力によって構成される津波。

 地面を侵食し、呑み込まれたらそのまま死亡が確定する拡散攻撃がルキウスに迫る。

 

 

 それを前にルキウスは、また地を駆け逃げるしかない。

 

 

 形勢は完全に逆転していた。

 速度で捉えられないよう逃げるのはルキウス。一撃でもまともに受ければ、即死か死に繋がる攻撃を放つのは竜の化身。

 もはやルキウスの思考はドロドロで、息は常に上がっており、生命力すら削る程に消費された体力の影響で視界が眩み始めた。

 

 

 そもそも、今生きているだけでも彼は奇跡なのだ。

 

 

 むしろ、死ねた方が楽だっただろう。

 黒く斑点が浮かんだ手足。いくつも折れた骨。それでまだ動けているというだけで、彼は人類の至高として称えられてもおかしくない程の事をしている。

 

 

 

「どうすれば勝てる………どうすれば勝てる………ッ!」

 

 

 

 足を止めれば死ぬ競争。追っているのは奈落。呑まれて死ぬか、限界を超えて走り続けて肉体が死ぬのが先か。そんなレースをしている感覚が付き纏ってならない。

 

 そんな中、彼は一手も間違えてはならないチェスをしているが如き思考能力を発揮せざるを得なかった。

 ただ竜の周りを駆ける訳には行かない。

 ルキウスと竜の位置がある場所に来た時——ルキウスの斜線上にローマがある時、躊躇いなく相手は剣光を放って来るのだ。

 既にもう三回。二回はローマ市街地に。一回は、ブリテン軍から敗走し逃げようとしたローマ軍に。ルキウスの後方にローマ軍だけがいる時、あまりにも冷たい平静さで、残酷にローマ軍を殺して来る。

 

 今まで一度もブリテン軍を巻き込んでいない。止めようにも止められない。

 ブリテン軍を後方に置いて戦えば、神速の三連撃に津波の如き拡散攻撃を連射してその場に居座る事を許してくれない。そして僅かにでも退けば、ルキウスを無視して躊躇いなくローマ市街地に剣光を乱射する。

 

 空中に居れば、その斜線上にローマが無い為安全かもしれない。

 だが現実は非情だ。空中にいるという事は、満足に次の一撃を回避出来ないという事。

 そして——対空の時間が嵩むという事。

 

 三秒。その秒数間竜がフリーになれば剣光がローマに飛ぶ。

 二十秒。その時間分重なれば、ローマは塵すら残らず灰になる。

 残り最大で六。その回数剣光を放たれれば、ローマの魔術師とローマの宝物は全て城壁維持の為に消滅する。

 

 走り続けないといけないのに、踏み外せば死が確定する綱渡りをルキウスがし続けているのは、自らの死の対価がローマの滅びに繋がっているからだった。

 

 

 

「—————」

 

「…………ッッ!」

 

 

 

 地面が揺れた。

 走る衝撃。襲う爆音。なんて事はない。ただ竜が一息もかけず踏み込みを行っただけ。目障りに吠える犬を黙らせるように、ドンっと地面を踏み鳴らして蹴り抜いただけ。

 

 ただ、その威力が破滅的だった。

 たったそれだけで地面に弧を描くようにヒビが入っていき、その衝撃で地面が巡り上がっていく。

 

 

 

「風よ、荒れ狂え——」

 

 

 

 亀裂が入って浮かび上がった地面。宙に浮く岩。土砂の塊。

 それが空へと飛び頂点へと達し、落下して来ようとしたその瞬間、竜は剣を振り抜く。

 

 

 

「——卑王烈斬(バースト・エア)

 

 

 

 片手で上空の雲を両断してやるが如き切り上げ。

 その斬撃から放たれるのは、大地を伝い地を這うように広がる黒い霧。五つに分かれた拡散攻撃。それが宙に浮かぶ岩を砕き、刹那遅れて襲う剣圧によって土砂が弾き飛ばされた。人の頭以上はあるだろう岩の塊数百が亜音速でルキウスに向かって吹き飛ぶ。

 

 

 

「ぐっ………ぅぅ、ぁ、ぁああッ!」

 

 

 

 並の存在が、音速に近い速度で放たれている質量の波に巻き込まれれば、瞬間的に地面に叩き付けられ踏み潰した果物の如き惨状を晒し、血肉となって地面の滲みになるだろう。

 だがルキウスは竜と同じく剣を振り抜き、剣圧と赤雷で対応した。だが持ち得る力と放つ暴威には余りの差がある。

 人の頭程はあった岩は、拳くらいの石に砕かれた。音速は弓矢程の速度にはなった。だが質量という波を全て対処出来る訳がない。

 襲う落石じみた衝撃は、ルキウスの肉体を傷付け、鎧にヒビを与え、その場に彼を拘束する事を余儀なくさせる。

 

 

 

「風よ、舞い上がれ——」

 

 

 

 そう。足が止まったという事はそれ即ち、死へと繋がる連撃が放たれるという事。

 竜の周りを走り、時に飛び、無理矢理回避を続けるルキウスを虫のように踏み潰すチャンスが来たという事。

 

 

 

「——風王鉄槌(ストライク・エア)

 

「………ぐぅっ……おおあぁぁっ!!」

 

 

 

 足を止めたルキウスに、目障りな虫を叩き落とすかのような一撃が飛んでくる。一々丁寧に収束させる必要もないと言わんばかりの黒い風の破砕鎚には、魔剣としての属性を強引に引き出されたクラレントの赤雷が入り交じっていた。

 

 ようやく質量の波が終わり落下していく岩を更に砕き、塵状に粉々にしていく風がルキウスを舞上げ、空中に運んでいく。

 並の鎧なら粉々に切り刻む風の刃を、ルキウスはフロレントの対魔力を無理矢理展開して霧散させていくしかない。

 悲鳴を上げる真紅の帝剣。遂に神霊にも等しき対魔力が穢れ始めた。風に交じる赤雷が、対魔力を抜けてルキウスの体を焼く。

 

 

 

「ぐぅぅあァァァ………!! ——魔剣限界解除!」

 

 

 

 空中に舞い上げられたルキウスは、埒が明かないと魔剣の拘束を外し、本気の解放を起死回生の一手へと賭ける。

 全拘束解放をする時間はない。力を縮小させた代わりに略式で放てる限界解除しか、手段がなかった。

 

 緋色の稲妻がフロレントに集まる。

 相殺して来るか、防御か。

 次の一手をルキウスは予想して、竜の行動はそのどれでも無かった。

 

 

 竜は漆黒に染まった右手の剣を掲げる。

 

 

 その剣に妖しい光が集まり、その光が最高潮に達した瞬間、竜はその剣を斬り払い空中から引き抜くような動作をした。

 何だそれは。お前は何を考えている。一体今——お前は何をした。

 

 変貌した黒き竜。もはや何も予測出来ない。あらゆる動作に油断が出来ない。

 今まで見せた事のない行動はそのまま未知の脅威となる。理解の及ばない魔術を目視し、次の一手が全く分からないという恐怖がルキウスを襲う。そして、その行動の結果はすぐに分かった。

 

 

 竜が剣を引き抜くような動作をした刹那、一瞬遅れて——フロレントに集めていた魔力が破裂するように全て霧散した。

 

 

 あまつさえ、霧散した魔力が赤い光の粒子が光の宝玉となって竜が握る魔剣へと収束していく。

 まただ。また、ごそっと魔力が抜けた感覚がする。また魔力が吸い取られた感覚がする。

 アレは一体何なのか。禍々しい呪詛。黒い呪力。多数の魔術師を知るルキウスが見た事もなく対峙した事もない系統のナニか。

 

 

 

「腐り堕ちろ——」

 

「ッッ!!」

 

 

 

 赤い光の粒子となり吸い取られた魔力。

 それが竜が握る漆黒に染まった魔剣に触れた瞬間、等しく黒い魔力へと染まり上がった。剣から流れ、身を包むは黒い粒子と霧。光を通さない湖のような膜が地面を侵食する。

 

 竜は剣を振り抜く。

 斬り払うように引き抜いた動作から刃を返すように、黒い魔力の刀身となった剣を片手で振り下ろして来る。

 

 

 

「——卑王鉄槌(ヴォーティガーン)

 

 

 

 騎士としての美しさはなく、荒々しく無造作に、地面に向かって石を投げ付けるかのように叩き付けられる刃。

 その刀身の長さは、なんと20m近くまで拡大されており、叩き付けられた魔力の残滓が泥のように溢れ、大地を染め上げていた。

 

 

 

「う——ぉぉぉおああああッッ!!」

 

 

 

 だが、ルキウスは前に飛び出た。

 破滅的な一撃。衝撃で大地に一閃が刻まれる。だがそれでもルキウスは寸前まで刃を引き寄せ、地面に着地した瞬間、竜に向かって跳躍する。

 地面の滲みにしてやると言わんばかりの刃を身を翻し寸前で避ける。紙一重で避けたというのに、余波で手足に斑点が浮かんで爛れていった。

 

 しかしまだ生きている。

 体は限界に近い。巨人としての性質はもはや八割が死んだ。それでもまだ闘志は消えていない。精神で無理矢理己を支え、ルキウスは竜に向かって飛び込み様に剣の一突きを竜に放つ。

 

 これが起死回生の一手になる事を願い、苛立ちを表したかのように振るって来た一撃の、今までの攻防から比べれば隙だらけな、振り抜いた刃の硬直に全てを賭ける。

 

 

 

「——ハ」

 

 

 

 放った剣の一突きが竜の頭蓋に届こうかという瞬間——相手は笑っていた。

 今までずっと無表情で、バイザーでその瞳が隠されていた竜が、口角を上げた。

 

 全身に鳥肌が立つ。

 初めて今までに無い感情を剥き出しにし、予想通り過ぎて仕方がないと言わんばかりに、あぁお前はこの程度かと嘲笑うような笑みを竜は向けて来た。

 だからこの攻防の刹那、ルキウスは理解した。理解して止められなかった。相手が苛立ちを表すように振り下ろして来た一撃。片手の一撃。

 左手が空いている——漆黒に染まった左手が、フリーになっている。

 

 ルキウスは見た。

 その左手が硬く筋張り、指先が地面に突き刺さっていた事に。

 

 

 

「———投影、開始(トレース・オン)

 

 

 

 僅かに身を引きながらの詠唱。

 瞬間、左手の指先から地面に光が走った。

 そして次の行動で、竜は左手を振り上げ——大地を捲り上げて来た。

 

 まるで、毛布を片手で放るような動作で、住宅の一部屋はあろうかと言う土と大岩が、ルキウスと黒竜の間に立ち塞がる。

 煌めく光の残滓は、シャベル代わりにでも使用した剣の群れが、今の衝撃で砕け散った物なのか。

 

 

 ——不味い。

 

 

 そう確信しながらも、ルキウスは放った刃を止められない。

 フロレントが、捲り上がった大地に突き刺さる。大地を突き抜け貫通した刃が、竜へと届かず停止する。

 

 これが竜が求めていた展開。

 嵐の如き暴威を撒き散らす竜に向かって、嵐ならその中心点に近付けば良いと痺れを切らし近付いて来た者への、カウンター。

 

 竜は剣を振り抜き、自分にとっても邪魔な地面を吹き飛ばす。

 煌めく刃の軌跡。それに反してあまりにも禍々しい黒い刃。一撃で粉々となり塵と化した地面は続く剣圧で、粉塵すら無くなり、怯んだルキウスに向かって彼女はルキウスの懐へ深々と踏み込む。

 放つは蹴り。振り抜いた刃の体重移動すら利用した、首を刈り取るが如き回し蹴り——(しな)る鞭のように鋭い回し蹴り。

 

 ルキウスが身構えた。

 即死を避ける為、この土壇場で剣を逆手に構え、此方の攻撃の直線上に合わせるかのように刀身を置く。並外れた経験を持つルキウスの咄嗟の判断だった。

 

 

 ——それに、ルーナは笑うしかなかった。

 

 

 それは、ルーナとルキウスの最初の攻防と全く同じ。

 このままルーナが足を振り抜けば、ルキウスの片腕と肩を破壊出来る代わりに、自らの膂力によって片足が消えるだろう。だからルーナは笑った——愉しくて笑った。

 

 

 

「——ごっ……ふ」

 

 

 

 ルキウスに襲ったのは、あのまま蹴り抜かれて竜の右足を落とした代わりに自らの片腕が破壊された衝撃などではなく——胸という一点に向かって放たれた、後ろ回し蹴り。

 

 即ち、右脚による円を描く攻撃ではなく、左脚による一点を突く攻撃。

 槍で貫く如き一撃を——ルキウスはルーナのようにフロレントの刀身で防ぐ事が出来なかった。

 

 それは鮮やかなまでに決まった、全て一瞬の内に一動作で行われた殺人体術。

 まるでタップダンスでもしているかのように乱れはなく、しかしその一動作はあまりにも容赦なく。

 剣の斬り合いの中、体重移動するも利用する肉体全身を凶器とした、ローマの闘技場で磨かれたルキウスの格闘術の真髄。それを——ルーナが放った。

 

 

 故に、その本人であるルキウスは受け身も取れずに地面に倒れ伏した。

 

 

 血を吐き、何とか立ち上がろうとするも体が動かない。

 全身が痺れている。剣の腹で受け止められず、胸へと吸い込まれた一撃の激痛が体と意識を焼き尽くす。その痛みの残滓が、手足の全てにまで広がり、肉体全ての関節が外れ落ちたような錯覚にルキウスは悶え苦しんでいた。

 

 

 

「——屍の山に沈め、崩落せよ」

 

 

 

 受けた衝撃に、呼吸すらままならないルキウス。隙だらけなその姿に、しかし彼女はルキウスとは違い、残酷なまでに剣を振り上げた。

 追撃に対する躊躇などはない。

 収束していく黒い霧。再び放たれるだろう黒い極光。それに対して、ルキウスは今度こそ明滅する視界で見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか、疲れたな」

 

 

 

 それは一体いつだったか。そんなに前では無かった気がする。

 確か数年前くらい…………あれ……本当に、いつだっけ。ずっと覚えていた筈なのに何で忘れているんだ。私が忘れていたらダメでしょ。何してんの。

 

 

 …………そう、そうだ。

 

 

 それは私がブリテンの騎士になってからすぐ頃くらいの話。私が史上最年少の騎士と呼ばれていた時の話だ。別にその日、何か特別な事があった訳じゃない。森で蛮族狩りをしていただけ。私にとっての日常。

 ただ何でだろう。その日、その日常に言い知れない何かを感じたのを覚えている。今でも良く分からない。負の感情である事は分かる。

 不安。嫌悪感。苛立ち。後なんか凄い疲れていた。背中がゾワゾワしていた。体が思うように動いてくれないみたいな、病気にかかって頭が働いてくれないみたいな、そんな感じ。

 

 

 

「あぁ……汚れた」

 

 

 

 でも、それでも一度切り替えれば体は動く。一度剣を振り抜けば精神は停止する。一度魔術を使えば、両方が固定化する。

 だから、いつも自分が返り血塗れになっているのは、全ての対象を殺害してからだった。

 そしていつも、気分が悪くなっている事に気付くのも、同じタイミングだった。

 

 人の死体を見て……まぁつまり、赤色とか酸化した黒色とか、散らばる人だった物とか、そういうものを見て気持ち悪くなっている訳じゃない。

 何というか、ストレスでお腹が痛くなって、それで吐き気がするみたいな、体が怠いなって感じてた。

 

 うん、しょうがないね。だってそれが私の選んだ道で、その為に選んだ手段の代償だからね。

 肉体と心を切り離す。肉体をただの機械にする。この時代の言い方だと人形。

 それは彼と同じ。正義という名の天秤で、最愛の女性を救えず、実の父を撃ち抜き、母も同然だった人を空で撃ち落とした彼。

 

 でも私は彼じゃない。私は正義の味方じゃない。

 当たり前だ。そんな事私の内情を知った人なら誰でも分かる。だからその代償を払うのは当然だよね。

 私は本当はただの一般人。何処にでもいるような少女。自分の精神を無理矢理引き上げ、継ぎ接ぎにしても根底は地続き。

 だからそんな人間が彼と同じ真似をしても、出来る訳がない。そう、心が追いついて来ない。

 

 だから慣れないといけなかった。

 今では返り血も浴びていないけど、汚れを落とすのが面倒なのもあるし。とりあえず剣を滑らせる事には慣れたのだ。

 

 

 ………あれ、慣れた……って、なんかおかしくないか……?

 

 

 その言い方だと、まるで最初は人を殺すのを忌避していたみたいな。

 いや……うん合っている。間違えてない。だって元から、私は人が死ぬのが嫌だったんだから、忌避してたのは間違えてないでしょ。何勘違いしてんの。

 

 

 

「キャメロットに戻る前に血を洗い流さないとなぁ……」

 

 

 

 キャメロットに戻る前に、返り血を洗おうと水浴びしている時、いつも思う。汚れていく湖を見て、ボーっとしながら思う。

 気持ち悪いなぁ、って。

 そりゃそうだ。人を殺める感覚。あの肉を断ち切る感覚なんて気持ち悪いに決まってる。普通の事でしょ。何言ってんの。誤魔化さないでよ。

 

 

 …………あれ………本当にそうだったのか。

 

 

 あの……あの日あそこで………そうケイ卿と一瞬にこなした、最初の任務を終わらせて、宿屋で言って来ていた。ケイ卿が遠回しに、人を剣で貫く感覚はどうなんだって心配して来た。

 それに私は、あぁ、こういう感覚なのか。別に問題なかったなって返してたじゃん。なのに人を斬る事を忌避してるって?

 ……何言ってんの。言ってる事おかしくない? あぁ……殺す瞬間は心を止めてるから何も感じないけど、それ以外は違うって事? 何それ。自分に都合が良すぎるでしょ。ふざけんなよ。

 

 

 …………。

 

 

 ………………………。

 

 

 待って。何か凄い気持ち悪い。何か凄い頭痛い。吐き気がする。

 これが鬱病って奴なのか。何かドロドロした何かを体中に浴びて、何とか捥がこうとすると、余計絡み合って来る。

 グチャグチャとした汚いモノを見たような、鼻を劈くような汚臭を放つ何かを嗅いだみたいな、そんな不快感がする。

 

 

 

「匂いは……落ちてるか分からないな」

 

 

 

 死臭がする。何千何百では収まらない死臭がする。

 昔からそうだったんだから今の私とかやばいじゃないか。水浴びしても、何か影に纏わりついてるような感覚がするから。嫌な体臭がする訳ではないけど、今の私なら、場数を踏んだ騎士の前に立つだけでヤバイ奴だって思われてそう。勘違いなら良いけどさ。

 

 

 

「あー……何か今日はあまり気分が良くない。キャメロットに帰ったら寝よう」

 

 

 

 うん。私は溜め込むタイプだから。だから不貞寝するしかないよね。

 寝ている時は、吐き気とか不快感とか何も感じないから楽だし。体力回復にもなる。

 私にはマーリンが居ないから、夢見が良いとかはあり得ないし、何なら最近は夢を見る程眠れてないんだけど。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 視界の下には、今し方剣で斬った蛮族。

 でも蛮族と呼んでいるのはブリテン人だけなんだ。特にサクソン人は、人種が違うだけで同じ人間。つまりサクソン人を斬るという事は、女子供も斬るという事。

 女性だからとか子供だからとか、そんな甘っちょろい事言ってられる余裕とかない。何なら私がそうだったし。

 でもその癖、ブリテンの騎士達の大半は盲目だった。普通に腹立つ。

 まぁ人間なんて、その場その場の正しさによって簡単に揺れ動くから、そんなモノ。大半は自分の正しさが全ての生き物。端的に言ってクソムカつく。

 あぁ……しょうがないしょうがない。代表者として私は切り替えていこうか。

 

 

 ……ぇ……何……? 待って今、私はどういう視点で人を語った?

 

 

 やばい。何か気持ち悪い。本当に気持ち悪い。

 私は普通の人間だ。三重人格とかじゃなくて、普通の。

 私だって悩む。私だって揺れ動く。その揺れ動きがあまりにも激しいなんて言われても私は知らない。人間なんて弱っている時はそんなモノでしょ。

 

 

 

「悪いな。私の事は好きなだけ怨め」

 

 

 

 当時の私は、そう言ってその場を去っていった。

 立場というだけで人は殺し殺されるから。そのせめてもの贖罪。

 何、意味がない事してるんだろう。その言葉は届かない事を知ってるのに、いちいち口に出すって。自分に向かって言ってるのかな。何か気持ち悪くない?

 

 

 私の動力源は、怒りだったでしょ。凄まじい嫌悪感だったでしょ。あの日から私は受け入れたんでしょ。

 

 

 モルガンと一緒にキャメロットを訪れて、騎士王の凱旋を遠くから眺めて感じた事は何だったのか。

 殺意を感じた。妬ましいと感じた。正直言って皆死ねば良いのにくらいは思ったかもしれない。何? あの笑み。あの幸福。何か無性に腹が立つ。怒りは爆発力があるけど長続きしない筈なのに、未だに腹立つ。

 もしかしたら、ブリテン島に住む誰も彼もを滅ぼしてやる選択をした私がいるかもしれないくらいには、本気でカチンと来た。

 裏側の意思に少し同調するくらいには、うわって思った。

 

 でも見苦しいね。感情的だね。

 分かるよ。すっごい怒っていても、心の何処でそれは悪い事だって分かるから振り切れられないし、だからこそ本当に苦しい。振り切れたら振り切れたで、ただただ虚しいって事にいつか気付くし、苦しいから余計に感情の整理がつかなくなって精神が乖離していく。

 酷い悪循環。これがモルガンも苦しかったのかな。だからこそモルガンはどんどんおかしくなっていったのかな。知らないけど。というか、今のモルガンは全然おかしくなって無いんだけど。島の意思? それを聞くのは私じゃないから。

 

 でも私はそれを上手く誤魔化して、結果的にブリテン島の人を守っているし、報われない死だったと言わせないように結構体を張ってるから、少しくらい許されても良いじゃないか。

 私を人たらしめているのは、私を私でいさせる要が、彼らと同じ無辜の人々だって知っているから。

 

 だってほら、今も私頑張ってるじゃん。

 自分でそれを言ったらダメでしょとか、したり顔で人の心がない人は言うかもしれないけど、それでも私は言いたい。これが私の本心なんだよ。

 こんなさぁ。誰にも知られずに。私しか知らずに。

 

 

 

「私が本気で怨んだように、貴方達も私を怨む権利がある」

 

 

 

 見送る。短剣を終い、静かにその場を去っていく私を見送る。

 もはや全てを割り切り、自分の事を置き去りにして、取り返しのつかなくなった私の背中を見送る。

 

 

 

「だから——」

 

 

 

 誰が私にダメだって言うの。きっと誰もが、もう良いよって、もう十分だよって言って、誰か一番安心出来る人の胸に抱かれて眠っても良いって言ってくれるでしょ。誰も言わないけど。

 

 ……だから、もう良いじゃん。自分一人くらい、私を許しても。

 少しくらい、泣き叫ぶように、喚き散らすようにそれを誰かに教えて。

 もういい加減、私を許しても——

 

 

 

「——私の事は許さなくて良い」

 

 

 

 ……………。

 

 

 ……………………。

 

 

 …………………………………。

 

 

 待って。待って。何それ。

 何言ってんの。何だよその捨て台詞。ちょっとやめてよ。本当にいい加減にしろよ。

 一番過去を報いてないのは自分だって自覚は? 自分が一番私を殺し続けている事がまだ分からないの?

 死んでないからまだ大丈夫だとでも考えてんのかふざけんな。私はもう死んだも同然なんだよ。私一人だけはそれを理解している筈だっただろ。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 ………いや、本当に何を言っているんだよ、私は。

 落ち着け。いつも私は平静でいられただろう。

 これはただの過去。それを思い出しているだけ。何で思い出してるんだろ。いやそうじゃなくて。私は何を言っているんだ。

 さっきから言っている事がおかしい。メチャクチャだ。いや本当はそこじゃない。何だよこれ。あまりにも乖離し過ぎている。これは誰の視点から喋ってるんだ。私以外に誰が居るって言うんだよ。分からない。ただ、何か気持ち悪い事だけは分かる。そろそろ誤魔化しが効かなくなった。やばい。本当にやばい。気持ち悪い。すっごい気持ち悪い。

 

 口元に手を当て蹲りたい。

 頭を抑えて丸まりたい。

 ここまで自分の感情に苦しさを抱いた事はない。

 

 

 いや……何? 何だ? どうしたんだ私は?

 

 

 分かんない。分からない。

 止めどなく感情が溢れて来ている。

 胃も脳も、体中の何もかもをミキサーかなんかで掻き回したみたいな感じがしてならない。吐きそう。本当に吐きそう。多分何か……良くないモノを溜め込んでいる。心臓の鼓動が脳裏に響いて来て苦しい。

 

 苦しい。本当に苦しくて仕方がない。

 何か、やばい。今までで一番苦しい。今の私本当に、やばい——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ご……っふ」

 

 

 

 一瞬、自分が何を吐き出したのか分からなかった。

 瞬間的に這い上がって来た液体を口から吐き出して硬直する。途端に、力が抜けていく。眼前のルキウスを倒すという最後の最後で、剣に溜めていた魔力が霧散する。

 

 

 

「…………ぅ、ぁ……」

 

 

 

 右手が痺れる。左手に激痛が走る。

 その中、下を見た。吐き出した液体の行方を見た。

 そこにあったのは——血の塊だった。

 

 

 

「——ぅ、ぅぅう……ッぐぅ、ぁぁあ………!」

 

 

 

 痛みに悶える。足が崩れる。剣を取り零す。

 カランカランと音を立てて地面に落ちたクラレント。それが意識から外れるくらいの痛みが体を襲っていた。

 

 

 その痛みは体中から。そして、特に左腕から。

 

 

 体中に剣を突き立てたような痛みがする。

 左腕の血管全てが痛い。破裂するように痛い。そして——本当に左腕の血管が破裂する。左腕から——剣が飛び出していく。

 

 

 

「———ッ、…………ッッ! ………ぅぅッッ!」

 

 

 

 口をパクパクと開けて、言葉にならない悲鳴を上げる。

 ただ私は痛みに耐えるしかない。今正に体を蹂躙している激痛に、思考が動いてくれない。ただ下を見つめる。

 右手を地面につき、動かないのに激痛だけを伝えてくる左手を野晒しにして、下を見つめる。それしか出来ないからだ。

 

 だから、唯一視界の中で変化していくそれに気付く。

 吐き出した血が、大地の染みにならず——剣の破片に置き換わっていた。

 

 だが、それが意味する事が何かには思い至らなかった。

 ただ痛い。脳が焼き切れる程に痛い。失神しそうになる。でも倒れてくれない。だから耐える。荒い呼吸を繰り返す。

 

 内側から突き出る剣。刃。トゲ。

 体中至るところから鎧すら貫通して突き出ている。特に酷いのは左腕だった。指先から肘、肩にまでかけてが特に酷い。

 流れる血すら、刃に変換されているんじゃないか。痛い。苦しい。本当に死にそうだ。

 

 

 

「——ぅぅぅう……あ、あぁぁぁぁぁッッ………!!」

 

 

 

 突如、更に劈くような痛みが体を襲った。

 肉体の神経が全て引き抜かれていくような痛み。思いっきり転んで、傷跡に塩を塗り込むみたいな痛みはこんな感じなのかもしれない。

 

 

 何かが死んでいく。

 

 

 ただそんな確信があった。

 そして、左腕を突き破る破片が、次第に頬まで来て、更に胸と来て——心臓へと達した瞬間、ドクンっと言う大きな鼓動を発して——停止した。

 

 

 

「————————」

 

 

 

 いや、本当は停止していない。だって心臓が止まれば、人間は死んでしまうのだから。でもそう感じるくらいには、心臓の鼓動が弱々しくなっている。

 呼吸が出来ない。呼吸が止まる。陸に上がった魚のように、口をパクパクと開いて言葉にならない喘ぎを発する。

 

 

 

「は……ッ、はぁ……ッッはぁ——」

 

 

 

 ようやく息が吸えるようになって、途端に血を吐く。

 心臓を起点に、体のあらゆる同調が崩れる。死んだ方が楽だなんて本気で思える苦しさを感じる。でも私は耐えた。何とかまだ生きているし、意識も保てている。体の崩壊は心臓の停止と共に止まった。何とかギリギリ持ち堪えた。

 

 でも、苦しい。力が抜ける。自分に収めていた魔力が霧散する。

 左腕を包んでいた黒い霧はいつの間にか消失していた。ただ左腕は突き出た剣塗れになって、僅かに見える私の白い肌すら、途端溢れ出した血が汚している。

 

 他の部位は、左腕よりはマシだが傷だらけ。

 体に浮かんでいた赤い魔術回路は消えている。魔術回路が起動しない。魔力放出は軒並み死んだ。左腕は本当に酷い。もう左腕から一切の感覚がしなかった。左腕のあらゆる神経が全て剣に置き換わって突き出たような感覚は、もしかしたら嘘じゃないかもしれない。

 

 

 

「ハ、ハハハ………生き残ったぞ。俺は生き残ったぞ……!」

 

 

 

 ——あぁ、殺し損なったルキウスが立ち上がる。

 私が惨状を晒している間に、何とかギリギリ立ち上がって、ルキウスは空に向かって歓喜している。

 

 

 

「俺は越えた………俺は神の試練を超えた!

 生死の境を抗い………黒竜と対峙して生き残った——」

 

 

 

 黙れ。その口を閉じろ。

 なんて言葉は出てこない。さっきは荒々しく呼吸していたのに、今は弱々しく呼吸をしている。でもその呼吸の音が頭に響く。

 やばい。正直言って今までの人生で一番辛いかもしれない。

 何でまだ生きているんだ。明らかにお前はもう死ぬ寸前だろうが。もう全身の骨すらひび割れていて動けない筈だ。ふざけるな。さっさと倒れろよ良い加減。

 

 

 

「ハ、ハハ……スワシィの谷の霊脈を流れていた魔力が全て消えた。そうか——そうかお前は全ての魔力を使い切ったのか!!?」

 

 

 

 煩い。何もかもが煩い。

 風が吹き荒ぶ音も。相手の怒号も。自分の呼吸も。弱々しい心臓の鼓動も。

 音がする。遠くから脳裏に音が響いて来る。

 

 

 

「あぁ。あぁ! 俺は何がなんでも勝利して見せるぞ! 竜を乗り越え、もはや巨人の力が失われようと、まだ人としての力が残っている!

 ——お前もまだ動けるんだろう! 黒き竜の化身ッ!」

 

 

 

 音がする。

 風が吹き荒ぶ音がする。それは周囲を吹き荒れる風ではなく、己の心の中で空回り続ける風の音。空洞に延々と吹き込む、ノイズみたいな風の音。

 

 

 

「——煩いなぁ………」

 

 

 

 音がする。

 吹き荒れる風の音に混じって——何かの金属を叩いている音がする。

 

 音がする。

 カン、カンという金属の音。燃える金床に鉄を打ち付けているような音。

 

 音がする。

 体の裏側で、脳裏に響くくらいの音量で——剣を(つく)っている音がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嵐の如き暴威が止まり、その場で蹲り始めて動かなくなったルーナを、すぐさま躊躇いなくルキウスは蹴り飛ばした。

 最初に剣で斬りかからなかったのは、もはや機能していない我が巨人の腕(ブラキウム・エクス・ジーガス)よりも、鍛えた格闘術の方が信頼出来たから。

 それに、ここまでの惨状を晒してもルキウスはルーナを戴くつもりだった。むしろその欲求は、戦う前よりも高まっている。

 

 

 

「——ぐっ………ぅぅぅう………ぅぅぇぇ、ぁぁっ、ぅぅっ」

 

 

 

 蹴り飛ばされて数m地を転がり、ルーナは嗚咽を溢していた。

 蹴り自体は痛くない。ルキウスにはもう力などない。

 だが、転がるたびに体から突き出た刃が更に体を抉る。その痛みが彼女にダメージを与え続けていた。

 

 

 

「なぁ。何でお前は死にそうになっている」

 

 

 

 それはルキウスからの純粋な問い。

 先程までの暴威からは比べ程にならないくらいに、今は竜の化身が小さく見えた。だから彼は、怒りでも憐憫でもなく、本当に純粋な疑問でルーナに聞いていた。

 

 

 

「それがお前の力の代償なのか?

 まさか、伝え聞く島の呪力を我が大陸で使用した影響か?」

 

 

 

 分からない。だがまだ黒き竜の化身は動く。絶対に。

 それはルキウスの確信だった。だが——

 

 

 

「お前は何の為に戦っているんだ?」

 

 

 

 そう。それが分からない。

 対峙していて、あぁコイツは何が何でも戦い続けるだろうという確信はあった。だが理由が分からないのだ。

 

 

 

「なぁ、俺に教えてくれよ。俺はお前に教えただろう?」

 

 

 

 ルキウスはルーナに近付く。

 一歩一歩と、横たわるルーナに近付く。

 そして、後1.5mというところまで近付いた瞬間——"剣の形をした黒い瘴気"をルーナが振り抜いて来た。

 

 

 

「————————」

 

「——————ッ!?」

 

 

 

 途端にルキウスはその剣閃に合わせる。

 ぶつかり合い、衝撃でヒビの入る黒い瘴気。その瘴気の下には——クラレントがあった。

 

 何故だ。先程コイツはクラレントを落としたままだった筈だ。

 蹴り飛ばされたなら尚更、持ち得る筈がない。

 

 そう思案して、鍔迫り合いながらルキウスは振り返る。

 先程までクラレントがあった地点は——穴が空いたかのように黒い泥に覆われていた。

 

 

 

「ハ………まだ、島の呪力は生きているという事か!」

 

 

 

 瞬間的な移動。大地への接続。人ならざる神秘。

 死に掛けの状態でありながら、目の前の存在は未だに人智を超えた力を発揮する。

 いや、その人智を超えた力がこの少年を介して動いているのか。

 

 

 

「——————」

 

 

 

 振り放った剣が弾かれる。明らかに間に合う筈のない攻撃が防がれる。

 攻撃しているのはルキウス。防いでいるのはルーナ。

 

 攻撃が通らない。

 ルキウスは両手。ルーナは右手一本。

 互いに力量は万全の時とは程遠く、むしろ何故動けているのかが分からなくなる程だ。特にルーナは酷い。左腕は僅かにも動かず、体がフラフラと揺れている。

 

 だが、ルキウスの猛攻は一つも通らなかった。

 人智の領域では収められない直感が動かしているのか。まるで——剣そのものが今までの経験を呼び起こしているように剣閃を放っている。

 

 だが、そんなルーナにも唯一通用するもの。

 それは——

 

 

 

「そこだぁぁッッ!」

 

「うぅ……っぅぅ……」

 

 

 

 ルキウスが磨いた格闘術だった。

 即死に繋がらないが故に直感が働かないのか、フェイントを交ぜた脚技はルーナに殆どが当たっていた。

 巨人としての性質はもうない。しかしそれでも、ルキウスの決戦術式はまだ生きている。竜が周囲に振り撒き続けた魔力の残滓を糧とし、ルキウスはルーナを十m以上吹き飛ばした。

 

 

 

「さぁ………お前はどうしたんだ!

 ここから先は我らがローマの首都だぞ!」

 

 

 

 だが、それでも再び立ち上がるルーナに、ルキウスは笑う。

 いつの間にか、二人はローマの城門があった場所にまで来ていた。長い激闘の末、気付かない間に移動をしていた。

 それが、このままローマが勝てる前触れではないかとルキウスは思っていた。

 

 

 

…………体は…………剣で出来ている

 

 

 

 だから気付かない。彼は知る由がない。

 竜の試練を乗り越えたのは、ルキウスだけではない事に。

 疾うに死に絶えたルーナの左腕に、鍛錬し続けた剣のように鋭い回路が刻まれ始めている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が偽物である事は分かっている。

 それは立場だったり、役割だったり、能力だったり……この体だったり。

 

 

 そしてこの投影魔術だってそう。

 

 

 あの少年の魔術とは程遠い。

 無限の剣なんて無理だし、贋作すら作れない。私のは贋作じゃなくて、形だけが同じな偽物。

 うんだから、私の剣製は何かを作る事ではないんだろう。形だけは……本当に同じ形になるのだ。じゃあ何だと言われたら分からない。心象を表すって何だ。私の心象って何だ。浮かぶのは何もない空洞。全てを無尽蔵に呑み込む暗闇。あぁ、この空洞なら無限の剣を呑み込めるだろう。剣じゃなくても行ける。まぁ、だから一体何なんだか。

 

 ……あぁ、なんか頭痛い。

 とりあえず私の場合、心象を表すモノではないんだろう。

 私がずっと上手だったのは、誰かの真似をする事だけ。私が知る本物達の真似をするだけ。いや、本当にこれは得意だった。これが出来なかったら、多分私はもう死んでる。

 だってこんな世界で一から作り上げてる暇ないでしょ。

 特に私のスタート地点が酷すぎる。何だよアレ。はっきり言って初手で殺しに掛かってる。もうここで死ねと言わんばかりだ。

 うんまぁだから、私に時間なんて無かったから、もう作り上げ切ってる誰かの真似をした方が何倍も早いに決まっていたのだ。

 

 

 ……酷いな言ってる事。つまり私は誰かの力を奪う事が得意なのだ。

 

 

 黒鍵もそう。魔術もそう。弓も剣もそう。役割とか立場も。人と人の繋がりとかも。本物を見て、本物と同じ事をして。

 …………でもそれってつまり、好意的に見れば本物と同じじゃない? 一応は。だって結局、私が居ても最終的には何も変わってない。一をそのまま一に。十をそのまま十に。

 

 

 だから、偽物が本物に敵わない道理はないんじゃない?

 

 

 酷い証明かもしれないけどきっとそう。

 私は偽物だけど、しかし本物とそう大差はない。私は本物の代わりになれる。正しくはないけど、まぁ相応しくはある。

 つまるところ、無限の剣を持ったところで究極の一には対抗出来ないけど、究極の一に究極の一をぶつけられるなら対抗出来るという話と似ているのではないか。一を百集めるのではなく、百と同じ百で対抗する。

 うん絶対にそうだって。無数の一振りの中から、それを究極の一にまで仕立てた担い手達ならきっとそう言う。

 

 

 ……うん、だからそれで? って言われたら終わるんだけど。

 

 

 知ってるよそんな事。知らない訳ないでしょ。私には無限なんてない。究極の一なんてまだ持ってない。持てるかどうかも分からない。

 ……ねぇ、■■■。ねぇ、■■■ ■■■。

 体は剣で出来ているって、貴方達はどういう信念と覚悟でこれを口にしたんだ。後、私はここからどうすれば良い。心象ではなく、何を以って私は剣製すれば良い。

 

 あぁ、本当に意味が分からない。

 私の心象はずっと空のままだ。それに私はずっと影なんだよ。本物が居て、それでようやく私という存在が成立している影。決して本物ではない、世界の異物。

 何? 私が究極の一にでも成れば良い? もう、体は剣で出来ているって、つまり私にとっての剣製は私自身を作り上げていく事だって……そういう事だって解釈して良い?

 あぁもう。一体何に私は怒っているんだ。

 本当にもう、先の見えない暗闇を走るような感覚が辛いんだよ。私だって完璧じゃないんだから、少し失敗したり愚痴を吐いても良いだろ。

 本当にもう、この——脳裏に響く、剣を(つく)っている音が煩いんだよ。

 

 

 …………。

 

 

 …………………。

 

 

 ………………………あぁーーー…………。

 

 

 ねぇ。あんまり褒められた事じゃないのは分かっているけど、我儘を言っても良い?

 いや私が謝るのは貴方じゃなくて世界中なんだろうけれど、でもやっぱり貴方に言うよ。きっといつか現れる赤毛の少年。貴方が完璧には出来ない投影。貴方が完璧には出来ない、無限の剣製ではなく究極の一を作り上げる、究極の剣製。

 いや、私の場合究極の剣製ではないか。作る訳じゃないから。まぁ良いよ名前なんてどうでも。ただ、ただ言いたい。

 貴方の不完全。それを私が完全にする。私ならきっと完成させられる。

 貴方は担い手じゃないから。貴方は百を百のまま使う人ではないから。だから貴方では出来ない投影。でも私なら完璧に出来る。多分。だから私が借りても良い?

 

 無限の剣を内包した世界を作るんじゃなくて——失われた究極の一を自分に内包していい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これも運命かもしれないなぁ!」

 

 

 

 蹴りを放つ。ルーナが飛ぶ。

 一体それを何回繰り返したか。何とか避けたり、地を駆けて逃げたりもして、彼ら二人はローマ市街地を移動し続けていた。

 

 

 そしていつの間にか、ローマのコロッセオに辿りついていた。

 

 

 ルキウスが過去、一方的な死闘を繰り広げ頂点者となったローマの闘技場。

 今は崩壊し見る影もないが、その昔ローマ皇帝ネロ・クラウディウスが作り上げた黄金劇場の跡地に建てたと呼ばれるその場所。

 

 ローマの聖火が燭台にて燃えるその空間も相まって、長い決闘の果てに、ここが最後の決戦——人と人との一騎討ちになる予感をルキウスは感じ取っていた。

 故に、ルキウスはルーナと同じく死に瀕した体を動かし攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「うぅぅぅ、ぐぅ………ッ」

 

 

 

 遂にルキウスの攻撃が頭にヒットした。

 剣戟は何とか回避し、格闘術が当たるのは胴体か手足ばかりだった筈なのに、遂に致命傷足り得る頭にヒットしたのだ。

 

 

 

「さぁっ! お前はここからどうす——」

 

 

 

 だから、数m以上吹き飛んで、ローマの聖火台にまで続く階段の中腹に衝突したルーナを見て、ルキウスは驚愕した。

 

 

 

「————女………?」

 

 

 

 そう———バイザーが外れていた。

 頭に受けた蹴りの衝撃で、顔を隠し認識に幻惑をかけていた仮面が地に落ちて、彼女の素顔をルキウスは知る。

 

 素肌は不気味さを感じる程で、でも人間離れした美しさを出す程に白く、薄い金髪が揺れている。中性的で、女性としても男性としての美しさ両方を合わせた、類い稀なる美貌。疲労困憊で、意識が朦朧としている姿すら完璧に整っている。

 そして何より、見ていたら吸い込まれそうな——"澱んだ青紫色"の瞳。

 

 

 

「————————————」

 

 

 

 思わず、ルキウスは見惚れていた。

 何故だろう。目が離せない。整った美貌が美しいのは分かる。しかし、先程まで対峙していた彼女の顔が、どうしてかとても特別で、そしてこの——ネロ皇帝が建てた黄金劇場の上に建つコロッセオに相応しいモノに見えて仕方がなかった。

 

 

 だから、ルキウスは見逃していた。

 

 

 自分を睨んだ後、ルーナがいきなり背後を振り返り、ローマの聖火を見て驚愕していた事を。

 ゆっくりと、しかし彼女にとっては素早く階段を登り切り、ローマの聖火に向けて——自分の左腕を突っ込んだ事も。

 そしてローマの聖火に突っ込んだ左腕に刻まれた回路が、遂に完成し形になった事も。

 ルーナが、詠唱をしている事も。

 

 その全てが、ルキウスには正しく認識出来なかった。

 

 

 

「——全工程投影完了(セット)

 

 

 

 そして、最後の詠唱が放たれる。

 ローマの聖火から——炎の揺らめきのように波打つ、赤い剣を引き出し、彼女はその真名を放つ。

 ここに投影は完了した。あらゆる工程の投影に成功した。

 かの薔薇の皇帝が持つ神秘。宝具。固有結界とは似て非なる大魔術。

 そう、その真名は——

 

 

 

「———是・招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)

 

 

 

 敬愛するローマ皇帝の黄金劇場の呼び名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これも運命かもしれないなぁ!」

 

 

 

 気付いたのは、私が宙に浮かんでいる時だった。

 

 

 

「うぅぅぅ、ぐぅ………ッ」

 

 

 

 あぁもうホント辛い。

 今まで我慢していたり押し込めていた私の素が流出するくらいには辛い。もう何なんだよコイツ。私をここまで心身共に追い詰める奴は、もうきっと現れないだろう。

 何でまだルキウスは戦えるのか。自分以外に失うモノなんてない人間なんて大っ嫌いだ。

 

 

 

「さぁっ! お前はここからどうす——」

 

 

 

 蹴りの衝撃で、回転しながら地面に叩きつけられる。

 その衝撃でバイザーが外れた。でもそんな事気にしてられないくらいには体中が痛い。頭も痛い。意識が朦朧とする。

 

 

 

「————女………?」

 

 

 

 あぁそうだよ。だから何なんだ。

 ルキウスを睨む。ようやく回復して来た視界でルキウスを睨む。

 

 

 いや………———まて。何だよここ。ここは何処だ。

 

 

 思案してすぐに思い至る。

 此処は、ローマの闘技場。現代にまでその一部が残るローマのコロッセオ。いいやそれだけじゃなくて、何だかこの場所に見覚えがある。

 この空間。この形。壊れて、汚れて、新たな物に建て直され、その残滓しか感じ取れないけど、でもこの空間に残る神秘の形が私には分かる。

 そう、ここは——

 

 

 

黄金劇場(ドムス・アウレア)——」

 

 

 

 ネロ皇帝が作り上げた建築物の中で、最高の建築物の黄金劇場。それがここにある。いつの間にか、彼女の薔薇の黄金劇場があっただろう場所に来ていた。

 

 

 思わず見惚れて——私の真後ろからの熱量に振り返った。

 

 

 階段を登った先に、ローマの聖火台が煌々と燃え盛っている。

 何でこの時代に、この場所にローマの聖火が………いや、そうじゃない。アレは聖火なんかじゃない。きっといつか、アレが伝承として聖火になるだけで、あそこに燃え盛り波動を放っているのは決して聖火ではない。

 

 何かが、炎の形として揺らめいている。

 そして——私はその揺らめいている何かが分かる。

 

 分からない。何で分かったかは分からない。

 ただ見えたのだ。炎の中で揺らめいている——剣が。波打つ刀身が。ネロ皇帝が鍛え上げた隕鉄の鞴が。そう。ネロ皇帝が愛用した赤い薔薇のような炎の剣。その名前は——

 

 

 

「——原初の火(アエストゥス・エストゥス)

 

 

 

 階段が駆け上がる。地に這い蹲りながら、ローマの聖火台にまで近付く。

 近付けば近付く程感じる、剣の圧力。

 もうこれしかない。もうこれ以外に、ここからルキウスに勝つ手段がない。

 

 

 …………でも、私には出来るのか。

 

 

 分からない。いや、良く考えれば無理だと分かる。

 築き上げた神秘は本人でなくては使えない。真価は本人以外には使えない。

 だって私はネロ皇帝じゃないから。私は偽物だから。私は——

 

 

 

「——いいや違う。そうじゃない。そうじゃなかっただろ、私は」

 

 

 

 誰が言った。

 偽物が本物に敵わないと誰が言った。

 あの少年は反抗したぞ。そんな道理はないと。悉くを凌駕し、本物を叩き落とすと告げたぞ。

 なら、私だってそうな筈だ。

 私だって偽物だけれど、それでも本物を凌駕出来たっておかしくないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ——あぁそうだ。ずっと私はそうだったじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 死に絶えていた左腕を動かす。

 

 

 

「ずっとずっと、私は"私"に投影していたじゃないか」

 

 

 

 脳裏に響く剣製の音が明瞭になる。

 

 

 

「私は心象を表すんじゃなくて、私に誰かの心象を重ね続けていたんじゃないか」

 

 

 

 だからイメージするのは自分じゃなくて、他の誰か。

 

 

 

「だから私には出来た。だから私は、奪って来た」

 

 

 

 自分を作り変えるんじゃなくて、自分に作り変える。

 都合良く自分の形に変換して、他人の究極を強奪する。

 一切合切を呑み込む。

 

 

 

「私は影。本物の光によって生まれた、同一の影だ」

 

 

 

 左腕を炎に突っ込む。

 熱い。文字通り皮膚が焼かれる。私に許された時間は長くない。

 その間に全てを済ませなくてはならない。

 

 

 

「だからそう——」

 

 

 

 私は赤毛の少年とは違う。

 私は真逆。

 最強の私をイメージして、それを外界に出力するんじゃない。

 最強の皆をイメージして、それを内部に投影する。

 だから私の場合は——

 

 

 

「——順序は逆」

 

 

 

 今ここで魔術回路を作製する。

 再び作り上げる。

 私は偽物など作れない。

 ただ本物を本物のまま使用するだけだ。

 だから創造理念など鑑定する必要はない。

 故に基本骨子など想定する意味がない。

 更には構成される材質など関係がない。

 

 そう。だから必要なのは最後の三つ。

 制作に及ぶ技術。

 成長に至る経験。

 蓄積された年月。

 

 それで足りる。それを完璧に再現する。

 逆に言えばそれが不完全だと全てが破綻する。少しでも集中が途切れれば、今度こそ私は内側から破って来る剣の群れで、血すら剣に変換されて死ぬ。

 

 順序は全て、反転させる。

 一つも正しく有ってはならない。

 何か一つでも欠ければ、己のイメージは霧散する。

 

 

 

「イメージしろ……イメージしろ……イメージしろ………!」

 

 

 

 私は知っている。だからイメージ出来る。

 かの皇帝のかの黄金劇場。燃える炎のように生き、何もかもを与え何もかもを奪わねば気が済まなかった薔薇の皇帝。そして燃え尽きた……民から理解されなかった少女。

 その生涯。その最期。三度落陽を迎えても尚足掻いて、でも果てた彼女。

 

 思わず震える。

 その生涯の過酷さに足を引かれる。

 私が………私がやって良いのか、なんて思う。

 

 焼かれる。炎に左腕を焼かれる。

 脚がすくむ。故に炎が容赦なく体を焼く。

 途切れた集中と霧散するイメージの代償として、体が殺されていく。

 

 

 

『 ——ほう? 我が至高の摩天に手をかけるのか? 』

 

 

 

 だからか、声がした。その後ろ姿を見た。

 煌びやかで絢爛な黄金劇場の上に立ち、民から喝采を受けている彼女の姿を見た。

 

 分かっている。

 これは幻聴だ。これは幻覚だ。私が身勝手に空想しているだけの、彼女の姿だ。

 でもこれは——剣に宿る彼女の心象でもあるんだ。

 

 

 

『 何を情けない。そこまでの覚悟をしたのならやって見せよ 』

 

 

 

 揺らめく炎を模った剣を突き立て、僅かにだけ振り返って彼女は私に告げる。

 何を迷う。何を怯えている、と。

 少し彼女らしくはない、挑発して煽るような、背中の民を導くような——皇帝としてのカリスマ溢れる表情で。

 

 

 

『 だが——あぁ余の黄金劇場を再現するのは難しいぞ? 』

 

 

 

 ニヤリと、出来るのか? ——ついてこれるか? と言わんばかりに彼女は笑った。

 知っている。あの空間。彼女の生涯を表したような至高の摩天。それを、ただイメージだけで再現してやると言うのだから。

 

 でも。でも——そんな事言われたら、返す言葉なんて決まっている。

 出来る。私なら再現出来る。彼女の光を以って、私はその影となり、空想を現実へと作り変えよう。その失われた神秘を再び具現化させよう。その基盤は私が知っている。その心象は私が見た。その為の力と魔力は裏側の心臓が支える。

 

 讃えよう薔薇の皇帝。至高の光を示そう黄金の劇場。

 既にこの世界から失われ、忘れ去られてしまった彼女の万雷の喝采を、私が謳い上げよう。

 

 

 

『 ——うぅむ! 天晴れ見事! 気持ちの良い叫びよ! ならば余の劇場を存分に讃えてみせるが良い! 』

 

 

 

 そう言って、彼女は華が咲くような、人懐っこい笑みを浮かべた。

 そう姿。その笑み。その笑みに至るまでの憂いも怒りも悲しみも、その全てを以って私は彼女を再現しよう。

 ならば私が言うべき言葉は——

 

 

 

「——投影、開始(トレース・オン)

 

 

 

 私の投影は剣を作る事じゃない。

 だから基本骨子など必要ない。ただ読み取れ。ただ理解しろ。

 創り出すは己自身。剣製するは己自身。

 あらゆる概念。創作者の思想思惑道徳信仰から起源そのものを投影する。

 

 

 

「——投影、装填(トリガー・オフ)

 

 

 

 故にそれは復元ではなく投影。

 其は真物より落ちる同一の影。

 

 

 

「——全工程投影完了(セット)

 

 

 

 真紅の天幕。黄金に飾られた劇場。

 でもそれは、決して美しいだけのものじゃなかった。

 華やかな日々も、残酷な裏切りも、無慈悲な不理解も、果たされなかった祝福も。それら全てを、彼女は愛し、美しいと謳い上げた。

 

 だから私も謳い上げよう。

 炎が形となり、彼女の剣を引き抜き、本物のローマ皇帝とは何かを今の皇帝に示して見せよう。

 

 万雷の喝采に花束を。

 薔薇の皇帝に祝福を。

 決して報われた終わりではなかった筈なのに、それでも笑う彼女に最大の敬意を。

 彼女の生き様の頂点、ここに示す。

 故に紡ごう。その劇場の名は——

 

 

 

「———是・招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)

 

 

 

 ローマでたった一つの、彼女だけの世界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——我が才を見よ!

 

 

 

 声を聞いた。

 ルキウスは確かに、幻聴ではない声を聞いた。

 それは童女の声。しかしカリスマ溢れる皇帝の声。

 

 

 

万雷の喝采を聞け!

 

 

 

 剣が突き立てられる。

 先程まで対峙していた黒竜が、ローマの聖火から引き抜いた赤い剣。

 まるでそうするが定めのように、彼女は剣を突き立てる。

 

 

 その瞬間、世界が切り替わっていく。

 

 

 天幕のない無骨な闘技場は、真紅の天幕を翳した宮殿に。

 飾り気のない茶色のコロッセオは、煌びやかな黄金劇場に。

 そこは至高の摩天。疾うに失われた筈の、ローマの華そのもの。

 

 

 

「あぁ………あぁ!!!」

 

 

 

 ルキウスは空を仰ぐ。

 ただ彼は、感涙に咽いでいた。

 何故ならその空間は、彼が夢にまで見た世界。ネロ皇帝にしか再現出来ず、芸術の天才だったネロ皇帝だけが作れる黄金劇場。

 夢想し、空想し、思い描く事しか出来ないルキウスにとってそこは、天上の世界にも等しい。

 

 

 

「ここが………ここが………ネロ皇帝の黄金劇場(ドムス・アウレア)——」

 

 

 

 今までの生涯が陳腐に見えてくる。

 それ程にその空間は美しかった。今のローマでは到底作り上げる事が出来ないと悟れる、至高の宮殿だった。

 

 夢を見た。夢を見続けていた。

 それは歴代のローマ皇帝が辿り着いた至高の地点。天上の頂点。神祖ロムルスのように。皇帝カエサルのように。皇帝ネロのように。

 彼は至高の光をここで見た。天幕から覗く光の柱。天上におわす歴代の皇帝達が辿り着いた世界は、こうまで美しかったのだ。

 

 

 

しかして讃えよ——

 

 

 

 いつの間にか、正面には彼女が立っていた。

 赤い薔薇のような炎を周囲に轟かせる、炎の揺めきのように波打つ剣を携えて。

 

 

 

——黄金の劇場を!

 

 

 

 左手に剣を持ち、宙に向かって彼女は何かを投げる。

 それは魔力によって再現された赤い薔薇だった。

 

 放り投げられた赤い薔薇が頂点に達し、そして落下し、彼女の表情を一瞬だけ隠す。

 赤い薔薇が地面に落ちた時、ルキウスは彼女と目があった。

 

 此方を見据える揺るぎない瞳。

 燃える宝剣。赤い薔薇。天幕から彼女に差し込む光。——光の柱。

 

 

 

「あぁ———」

 

 

 

 何故分からなかったのだろう。

 左手に持つのは、散文化しもはや本当にあるのかも分からない、芸術の天才自らが鍛え上げたという隕鉄の鞴。

 神祖ロムルスが稲妻となって昇天したように、ローマ皇帝が雷を操るのは何ら不思議ではない——なら歴代の皇帝たる彼女も稲妻を使っても構わない。

 ローマの民に何もかも与え、何もかも奪った皇帝になら、人の血で染め上げた稲妻を操るなんて当たり前。

 この空間を再現出来るのだって——ネロ皇帝、本人なら当たり前。

 

 性別なんて関係ない。

 ネロ皇帝は性別を超越した芸術と美術の天才で、対峙していた黒き竜の化身も性別を超越した美しさと強さを持っていたのだから。

 だからルキウスは、彼女がネロ皇帝だと確信した。

 

 

 

是・童女謳う(ラウス・セント)——

 

「貴方は————」

 

 

 

 炎の宝剣の切先を此方に向け、彼女は此方を睨んで来た。

 たが、そんな事ルキウスの意識から吹き飛んでいた。仮に反抗の意思があったとしても、自らに絶対的な有利となる法を敷くこの空間ではルキウスの敗北が決定していたが、ルキウスには反抗の意識なんて皆無だった。

 

 だって、彼にとっては神に等しい皇帝がこの空間に居るのだから。

 その場に居るのが、彼にとってはネロ皇帝であるようにしか見えなかったのだから。

 彼が夢に見た、ローマの天上の世界の一端を見る事が叶ったのだから。

 

 だから、彼は一足で飛び込む剣を振るう行為に反応出来なかった。

 視界に灼熱の剣閃が飛び込んで来ても、彼は最期の瞬間まで、ネロ皇帝の勇姿と至高の黄金劇場に心を奪われたままだった。

 

 

 

「——華の帝政(クラウディウス)ッッ!!

 

「ネロ皇帝———」

 

 

 

 灼熱の剣閃がルキウスを焼く。

 所有者にあらゆる有利を働きかける空間が、灼熱の剣閃を太陽の聖剣の一撃すら超える、焔の刃へと変え、ルキウスを燃やし続ける。

 

 

 

「どうか………どうかこれを」

 

 

 

 しかし、ルキウスは炎に炙られながらも歩く。

 ネロ皇帝の眼前にまで歩き、跪き、己の剣を捧げる。

 

 

 

「この………大陸全土の支配を象徴する剣を。

 再び、貴方の帝政をローマに………我らがローマを、永遠のローマに——」

 

 

 

 それがルキウスの願い。

 言いたい事はある。今まで自分は何をしていたんだという懺悔もある。

 だが時間がない。だからルキウスは彼女にそれだけを伝えた。

 

 

 

『 要らぬ 』

 

 

 

 返されたのは短い拒否だった。

 何故。そう問いを返そうとするよりも早く、ネロ皇帝は再び告げた。

 

 

 

『 それは貴様がローマ皇帝として成した象徴であろう。余に明け渡してどうする。それを送るなら過去ではなく未来に送るのだ 』

 

「——ぁぁ」

 

『 うむ。分かったのならば良い。

  ルキウス。剣帝ルキウス。貴様の生涯。貴様の生き様。余がしかと見届けた。故に安心するが良い。余が居なくとも我らがローマは不滅。我らがローマは永遠よ。貴様も我らとローマの行く末を見届ける番だ 』

 

 

 

 跪いた姿勢で天を仰げば、ルキウスの視界には赤いドレスに身を包み、柔らかい微笑みを浮かべているネロ皇帝が居た。

 そして、いつの間にか黄金劇場の天幕が消えていた。天井無き黄金劇場。差し込むのは、彼が夢を見続けた光の柱。

 

 空へと浮かぶ。

 ネロ皇帝に手を引かれ、ゆっくり、ゆっくりと空へと浮かんでいく。

 天上の光に近付く度に意識が曖昧になっていき、そして——光の柱となってルキウスは空へと昇天していった。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 そして——燃え尽きて、跪いた姿勢から崩れ落ち、遂に果てたルキウスの亡骸を見下ろしながら、ルーナはネロ皇帝の宝剣、原初の火(アエストゥス・エストゥス)を霧散させた。

 炎のような残滓を残して消えていく原初の火(アエストゥス・エストゥス)は、次第に一つの線となり、ルーナの肉体に呑み込まれていって——魔術回路の一本として彼女の体に保存された。

 

 

 

「ルキウス。剣帝ルキウス。貴様の生涯。貴様の生き様。私がしかと見届けた」

 

 

 

 燃え尽き、地面に零れ落ちた真紅の魔剣フロレントをルーナは拾う。

 

 

 

「——故に、貴様の剣は要らない。受け取りたくもない。

 だから貴様の願いは叶わない。ここで無様に死んでいろ、ルキウス」

 

 

 

 嫌悪感を僅かに晒し、ルーナは魔剣フロレントをルキウスの亡骸に突き刺す。

 まるで墓標のように。己が殺した標をここに刻むように。

 それがルーナが表した、ルキウスの最期の願いをあえて踏み躙る行為であり、しかし最後の慈悲でもあり………もう終わった者へのケジメでもあり、訣別だった。

 

 突き立てた剣の音が、甲高い音となり黄金の劇場に響き渡る中、一気に襲う疲労感に彼女は眩暈を起こす。

 襲う頭痛。纏わり付く吐き気。不快感。そして強烈な飢餓感。ダメージは回復した訳ではない。意識を失う寸前にまで来ている。

 

 しかし決着は終わった。勝者はただ一人。

 竜の試練を乗り越え、竜の息吹を耐え抜いたのもただ一人。

 立ち続けたのは、ルーナだけ。

 

 

 

「……勝った。私は勝利したぞ」

 

 

 

 故に彼女は、その安堵に天を仰ぎながら少しだけ笑う。

 次第に元の形を取り戻すコロッセオの中で、しばらくルーナは勝利の余韻を感じて佇んでいた。

 

 

 

 


 

 

 

 

【宝具解放】

 

 

 是・招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)(■■)

 

 ランク B

 

 種別  対陣宝具

 

 

 詳細

 

 

 ネロ皇帝が愛用した隕鉄の鞴【原初の火(アエストゥス・エストゥス)】に宿るネロ皇帝の経験と記憶の全てを己に投影し、現世に再現した黄金劇場。

 ランクは一切劣化しておらず、宝具の効果に欠損は一つもない。それどころか、内に秘める魔力量に絶対的な差がある為、この空間はネロ皇帝が使用するそれよりも高い持続力と強度を誇る。

 

 ネロ皇帝が建造した劇場を異界として一時的に世界に上書きして作り出す、固有結界とは似て非なる大魔術にして、絶対的な皇帝圏。

 一定範囲内のあらゆる対象をこの空間に引きずり込み、全ての対象に自らの定めたルールが強制される。

 この空間内にて信用出来るのは、己の培った経験と力のみ。

 

 この空間内に存在する敵と判断された全存在のバフを解除。筋力と耐久のステータスを1ランク低下。

 この空間内に存在する味方と判断された者の筋力と耐久のステータスを1ランク上昇。

 【是・童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)】の使用権利解放。

 

 再現率100%

 ネロ皇帝が使う宝具そのものである。

 

 

 

 

 是・童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)

 

 ランク ———

 

 種別 ????

 

 

 詳細

 

 

招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)】使用中にのみ使用出来る、ネロ皇帝が誇る最強剣技。

 ヴェスビィオスの火山の如き炎を【原初の火(アエストゥス・エストゥス)】に帯びさせ、突撃と共に灼熱の剣閃を対象に浴びせる。また、その炎はネロ皇帝在中最大の事件、ローマの大火の様に、対象を燃やし尽くすまで消えない。

 

 この剣技の威力は【招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)】の効果と合わさり【転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)】と拮抗する程の威力を有する。

 

 厳密には宝具ではない。

 

 再現率100%

 ネロ皇帝が使う必殺技そのものである。

 

 

 

【保有スキル解放】

 

 

 

 投影魔術 D(憑依経験投影のみEX)

 詳細

 

 イメージでオリジナルの鏡像を魔力で作り出し、数分間だけ複製する魔術。

 彼女の投影魔術そのものは、精度は良い方だが普通の粋を逸脱することはない。

 

 

 本質は別であり、彼女の投影魔術自体は多少の応用は効かせているとはいえ、後述の結果を作り出す過程で枝分かれした術理でしかない。

 

 

 彼女は鏡像より模造品を作り出すのではなく、自身の肉体を鏡像と同一の影とし、その鏡像となった肉体にイメージを変換して投影している。

 故に彼女は複製を作り出す事ではなく、経験や技術を解析し読み取り、武具に宿る意思と所有者の経験を自身に投影する事にのみ特化している。

 

 彼女の場合は、その英雄の武具が英雄固有のスキルや能力を不可欠とする物以外なら、初見であってもその英雄と全く同じように使いこなす事を可能とする。

 さらに一度解析が終われば、次から自身に投影する際に時間を要さず、一瞬で投影が終了する。

 また、技術を自身に変換するにあたり、その武器の持ち主を完全に模倣するのではなく、自身の肉体に合ったものに変える為、彼女の模倣した技術を模倣された本人が認識すると、リズムや体の動かし方がズレ、一時的ながらステータスが低下したレベルで動きが劣化する。

 繊細な動きを必要とする宝具の場合は使用すら不可能にさせる。

 

 代わりに、固有のスキルや能力を必要とする宝具の真名開放の場合はそもそも解析出来ないか類似した能力のナニカにしかならず、再現出来たとしても特殊な補助がない限り、最低でも3ランク低下する。

 

 尚、真名開放の際、彼女の投影は武器に宿る意思だけを抽出して自身の肉体に投影する事が出来る為、武器そのものの仕組みや構造を解析するという過程を必要としない。

 その為、神造兵器の類であっても一切のランクを落とさず真名開放が出来る。通常の武具の真名開放に対しても同様。真名開放を必要としない、保有しているだけでよい、攻撃を当てれば良いだけ、などの常時発動型の宝具であれば、その宝具のランクを維持したまま彼女の宝具となる。

 

 投影出来るものに限りはなく、剣というカテゴリなどの制限もない。

 仮に投影する為の鏡像が存在しなかったとしても、何故そうなのかという理論。それに至るまでの過程。そしてそこから出来上がる結果を完璧に理解しているのなら、彼女は投影せずとも己のイメージだけで技量を一部再現出来る。

 そこから先は、ただ己の修練のみ。自分の形に変換している都合上、場合によれば本物すら超える。

 

 

 無数の贋作を作り出すのではなく、唯一無二の真作を身勝手に使いこなす為だけの魔術。

 宝具を使い捨ての弾丸にした最低の侮辱行為ではなく、あらゆる過程を無視し結果のみを引き出す、その技術を磨き上げた英霊そのものへの最悪の侮辱行為。

 卑王の力。呪力。彼女が持つ異邦の知識、そして彼女の魔術が組み合わさったが故に使用出来る、彼女だけに許された反則技。

 

 厳密には投影魔術ではない……どころか、魔術という指向性を持っているだけで、厳密には魔術ですらない。

 

 

 

【解説】

 

 

 

 彼女の起源から連なり、卑王の心臓から繋がる魔術回路と魔力によって使用出来る、彼女最大の神秘。

 かの少年との違い、彼は固有結界の副産物として投影魔術を使えるのに対し、彼女はこの投影魔術を副産物として、戦闘能力を発揮している。つまり順序が逆。固有結界ありきの彼と、投影魔術ありきのルーナ。

 尚、ルーナが保有しているスキルや彼女自身が持ち得る宝具のほぼ全てが、この投影魔術の派生かもしくは影響を受けたモノである。

 

 

 

 

 




 
 Q 
 つまり彼女の投影魔術ってどういう事?

 A 
 端的に言うとそこら辺の物を宝具化出来ない代わりに真名解放が出来る、ランスロットの騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)。もしくは手に取って解析する必要がある代わりに、あらゆる制限から解放された岡田以蔵の始末剣。
 この宝具は投影出来る、出来ないを全て決めていくと際限がないので、細かいのはその都度に。


 つまりはルーナは条件が揃うと本当にやばい。
 武装として残る宝具があればある程ルーナの戦闘能力が無制限に拡大・増幅していく。
 条件が厳しいが、条件をクリアするとランスロット以上に戦闘能力が上がる。
 無毀なる湖光(アロンダイト)が特にやばい。もしルーナに無限の剣なんて与えたら更にやばい。



 ちなみに、ルーナに無限の剣を渡せて、尚且つ性格的にも協力してくれそうな人物が一人居るんです。
 衛宮士郎って言うんですけど。
 
 



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