投稿感覚の調整期間。
まだ一気に投稿はしない。
雲と雲の間から覗く太陽の光と、馬車が揺れる音でベディヴィエールは目覚めた。
周囲からは鎧甲冑の騎士達が歩く音に馬の嘶きが聞こえる。馬車の揺れが伝わりにくいようにと、毛布が下に敷いてあった。
一体自分は何故寝ていたのだろう。それに一体ここはどこなのだろうか。
「起きましたか? ベディヴィエール卿」
騎士達の集団では似つかわしくない少女の声が、明確にならず不明瞭な意識のベディヴィエール卿を次第に覚醒させていく。
その声に反応して、ゆっくりと彼は身を起こした。
「大丈夫ですか? まだ眠っていた方が良いのではないのですか?」
「…………陛下」
「いえ。もう陛下は辞めましたので。私の事を改まる必要はありません」
交わされる言葉は、ただ此方を心配するものだった。
馬車を引いているのは、彼女が騎乗している黒馬ラムレイ。荷馬車は小さい。ベディヴィエール卿一人を横にすれば、それだけで大半が埋まる。
仮にも王の馬に引かれている荷馬車を自分一人が占拠している事に、ベディヴィエールは言いしれない申し訳なさがあった。
「別に気にしなくて大丈夫かと。もしかしたら貴方はもう目を覚す事はないのではないかと不安だったのです。だから、私の目がすぐに届く範囲内に置きたかった。それだけですので」
俯いた姿勢で気付いたのか、当たり前の様に彼女は此方の内心を読んで来た。考えそうな事など筒抜けなのだろう。返す言葉は彼女からの善意で全てが儚く砕け散る。
「目を……覚まさない……」
「はい。ですが、一命を取り留めたようで良かった。トリスタン卿の止血のおかげですね」
「すみません………ここは一体。今は、何を……」
「……………」
ベディヴィエールの様子に、彼女は一瞬だけ雰囲気を硬くし、続ける言葉を惑わせる。
「これは………」
「ランスロット卿、お静かに。
トリスタン卿。ラムレイを頼みます」
「………分かりました。ですが」
「いえ、私の方が適任ですから。こういうのは得意なんですよ? 私」
しかし次には再び柔らかな口調と雰囲気で、彼女は隣のトリスタン卿にラムレイを任せ、荷車の方に乗っかってベディヴィエール卿の正面に座った。
得意げに笑う彼女の姿。
彼女は落ち着いて、普段と何ら変わらない口調でベディヴィエール卿に話しかける。決して彼の片腕を意識せず、不穏な空気も出さず、彼を傷付けないように。
「少し、記憶が混濁しているようですね。まずは貴方の疑問に答えます。
ここはブリテン。今はキャメロットへの帰投の最中です」
「ブリテン……? しかしですが、何か違うような。いや違うのではなく、私達は本来なら……」
「いいえ、ここは私達の故郷。私達のブリテンです。
ベディヴィエール卿は、本当ならここに居るべきではない筈だと、漠然とした感覚があるのでしょう?」
「………………」
「戦いは終わりました。私達はローマとの会戦に勝利したのですから」
ローマ。ローマとの会戦。
その言葉にベディヴィエールは次第に記憶を取り戻していく。
そう、戦いがあった。ブリテン軍の進撃に対し、空から何かが降って来た。そして、降って来た物と一緒に飛び降りて来た者と交戦して、それから——
「は————」
気付く。今更気付く。
それを認識した瞬間、途端に脳に走る違和感の集合。不快感の信号。重心のバランスが崩れたまま戻らない肉体。座っているだけなのに何故か安定しない。
右を見る。右半身を見る。感覚がない。瞳にすら映らない。あるのは包帯に巻かれた右肩。あるべきモノが肩から存在しない。
「は………、っぁ——」
「ベディヴィエール卿」
「な、ぁ………わ、私は——」
「——ベディヴィエール卿、落ち着いて」
動転し、混乱するベディヴィエールを落ち着かせたのは、彼女の平静な声と、ベディヴィエールの左腕に触れた彼女の冷たい手の平の温度だった。
見た目通り少女の体温は冷ややかで、触れ合っている指先の温度の実感が、片腕を失ったという事実に動転したベディヴィエールの鼓動を引き戻す。
「大丈夫ですベディヴィエール卿、大丈夫です」
「…………………」
「怖いのも分かります。何が何だか分からないのも私は知っています。
ですが、まずはゆっくりと呼吸をしてください。それだけで心臓の鼓動は落ち着いて、爆発しそうな程に痛む脳の痛みは沈んで行きますから」
「…………………」
「右腕に意識を向けても構いません。きっと止めたくても止められないでしょうから。だから、まずはゆっくり、大きく呼吸を繰り返してください」
冷静沈着なベディヴィエールがまず見せない動揺と動転。
それに対して、駆り立てるような言葉なんて言わず、ただ諭すように彼女は言葉をかけていた。
ベディヴィエールは彼女に倣う通り、ゆっくりと呼吸をする。呼吸によって揺れる胸のせいで体が揺れ、それで右腕を気にしてしまっても、彼はもう少女に醜態は晒せないと、ゆっくりではあるが次第に落ち着いていった。
「すみ、ません。とんだ醜態を」
「いえ。落ち着いたのなら良かった。
大丈夫ですか? ご自身の状態を自分から説明出来ますか? 私からは何も聞きません」
敢えて右腕という単語を出さず、彼女は語りかける。
彼女から状態を聞くつもりはなかった。ただ彼女は、ベディヴィエール卿が自身の口で、彼自身のペースで自らの状態を受け止めるのを待ち続けていた。
「説明したくないし聞いても欲しくないのなら、私はもう退きます。
ただ横になりたいのならそうしてください。失われた血はまだ回復していませんから」
「………いえ——いえ。大丈夫です。もう大丈夫です。
私は私に何が起こっているのかを理解しました。お手数をおかけして申し訳ありません。
痛みもほとんどありませんので、お気遣いのほどは」
「……………」
一瞬だけ、彼女の口元が何かを惜しんだような、悲しんだような、憐れむような、でも嬉しむような………そんな言い知れない感情を混ぜ込んだ風に緩む。
だが本当にそれは一瞬で、何を意味していたのかベディヴィエールは分からなかった。
「そうですか、それなら良かった。落ち着いたようで何よりです。
流石ですね。でも無理はしないように。絶対安静に変わりはないのですから」
「……申し訳ありません。貴方が居てくれなかったら、私は狂乱していたやもしれないのですから」
「何を。あぁですが、そうですね。私の話術はただ敵を惑わすだけのモノではなく、こうやって精神分析にも使えるんだという事を証明出来て良かったです」
荷馬車の中、ベディヴィエールと相対しながら、彼女は口元に小さく笑みを浮かべる。
「まぁ、全て適当な嘘ですが」
「………はい?」
「いや、私は精神分析とか知りませんし、動転した人の落ち着かせ方とかは知りません。教わってませんから。
だから別に、何か特別な事を言った訳ではなく、分からないからただ貴方を諭し続けていただけですよ。結局貴方が貴方自身で持ち直したのが全てです。
言葉には少しだけ気をつけましたが」
「その…………少し、雰囲気が変わりましたか……?」
その問いに対して、一瞬だけ彼女は口元をいつもの無表情に戻した後、再び微笑んで告げた。
「いいえ。私は元からこうでしたよ」
彼女は言い残して、トリスタン卿に任せていたラムレイを受け取り、再び騎乗する。
「………………」
「ベディヴィエール卿、今の内に横になった方が良いかと。
今は一種の興奮状態の為痛みはないかもしれませんが、直に肉体が不調を訴えるかもしれない。まぁ——ご安心を。貴方の右腕については考えがありますから」
騎乗しながら、彼女は横顔で振り返り、ベディヴィエールに微笑んだ。
それに、ナニか言い知れない何かを感じる。
そのナニかが一体何なのかは分からない。でも何かが気になった。彼女の後ろ姿。横顔。微笑み。彼女はここまで微笑む人だっただろうか。このように安心させるように笑う人だっただろうか。
ベディヴィエールは、彼女の姿がどうしてか、何かに重なるようで——
この剣を引き抜けた者は次代の王である。
この剣は王にしか引き抜けぬ聖剣なり。
この剣の主、ブリテンを救う宿命を受けた者。
その剣はそう呼ばれた。
その逸話が幾つの形になろうと、その黄金の剣を抜いた者は選ばれし者だという事に変わりはない。
血筋に意味はなく、剣に認められた者のみが引き抜け、故にこの聖剣は血より確かな王の証を所有者に刻む。
その剣が目の前にある。
決して過度に飾りつける訳ではなく、悪趣味にもならず装飾された
寂しい平野の真ん中、大理石に突き刺さった選定の剣。
誰も抜けなかったからと、初めから無かったモノとして放っぽかれた、もう一振りの勝利を約束する黄金の聖剣。
歩を進める。
あれ程賑わっていたのに、もう辺りは静まり返っている黄昏の平野を歩く。
一歩。二歩。三歩。
手を伸ばせば剣の柄に手をかけられる距離になった。
だから剣に柄をかけた。
"抜けるのですか?"
誰かがそう言った。多分自分自身。
もしくは…………いや、どちらでも変わらないだろう。
抜けるか抜けないかで言えば——抜ける。
だって、そう言う風に育てられたから。自分が王に相応しいからという自惚れからじゃない。ただ十五年間、先王の宮廷魔導士だった花の魔術師と養父に育てられたからという、二人への信頼。
酷い出来レースだ。そう定められた剣と、そう定められた人間。
うんだから抜ける。というか——抜いたのだ。
抜いた剣を空へと掲げる。
淡い光。星の光。
正直言うなら怖かった。恐れがあった。
自らの結末に対する恐れではなく——自分よりも相応しい者がいるのではないかと言う恐れ。
だってそうだろう。
これを抜けたのはそう育てられたから。端的に言えばズルい事をしている。
だから他に本当は相応しい者がいるんじゃないかと思うのは当然の起結だし、そう言う風に育てられたからではなく、自らの意思だけで全ての艱難辛苦を乗り越え、時には踏み砕き、己の道を進んだ者の方がこの剣に相応しいと思うのは当たり前。
"本当に貴方はそう思っていたのですか?"
分からない。
歪だ、なんて言われたらきっと否定出来ないだろう。
でも、時々思う事がある。私は違うのだと。
だってそうだ。時々ケイ兄さんから遠回しに言われる事がある。
お前は何を守りたいんだ。そこまでして、お前は何がしたいんだ、と。それはそうだ。物心ついた時から、ずっと王の教えを受けて来た。鄙びた地で、血の繋がらない兄と養父、それに魔術師に育てられて来た。
だから私には——守りたいものの実体験が何一つない。
私は、家族の温かさを知らない。
"じゃあ——家族の本当の温かさを知る者が王をしたら?"
……剣を鞘に収めて、後ろを振り返る。
振り返った先には、吹き荒ぶ風に頭髪を揺らしている彼女がいた。
名前も知らない少女。全てを失った少女。バイザーで表情を隠した少女。
まだ、選定の剣に手をかけていない少女。
そして——私の影。
「ごめんなさい。私には良く分からないんです」
小さく微笑みながら告げた言葉に、彼女は返事をしてくれなかった。
「は…………?」
海岸線の港から上陸し、キャメロットへと帰投する軍団の最前列。
少女達と、三人の円卓の騎士達は見た。
「…………なんで——」
山の中腹から、丘を越えた平野の先の城を見る。
その城は、キャメロットになる以前の城塞都市ロンディニウムに次ぐ要塞。ロンディニウムと、コーンウォール北の森の中間地点にある城。
「なんで——ベドグレイン城が燃えている」
そして——過去、一つの村を干上がらせたその代償に奪還に成功し、卑王ヴォーティガーンを倒す為の決め手でもあった城。
それが、悲惨な程に燃え上がっていた。
立ち上る火の手。舞い上がる黒煙。灰となり一部が崩れていく城塞。
何かが焦げたような異臭がここまで漂って来ている。
本来ならあってはならない気配。戦場にて響く戦の音。
「————————」
彼女と、ランスロット、ベディヴィエール、トリスタンは放心していた。
そんな光景など想定していなかった。ローマからの戦いから帰ってみて最初の光景が、悲惨な程に燃え上がっている城塞都市など受け入れられる訳がない。
一体何があったのか。何故ベドグレインが燃えているのか。ブリテンは、キャメロットは——
「——居た、居たぞ」
思わず駆け抜ける思考と、円卓の騎士達以外の周囲の騎士達のざわめきもあって、彼らはその声に気付かなかった。
「——騎士王がここに居たぞ」
続く声で、彼女達は気付いた。
故に声の主の方へと彼女達は視線を向ける。
そこには、一人の青年とその後ろの荷馬車。その荷馬車に乗った家族と思わしき数人が居た。青年の目は激情を表すように血走っていて、顔は赤く染まっていた。
青年は走る。
本来なら決して許さない行為である事も承知で、いやそんな事はどうでもいいと——影武者である事に気付けず騎士王と思わしき彼女に掴みかかった。
「何を……………」
「何故だ、何故だ答えろ騎士王ッ!」
混乱したまま、思わず言葉を溢す彼女の姿なんて、青年は見えていない。
だから言葉をぶつけた。
それが騎士達に、アーサー王への忠誠に決定的なヒビを入れる事となる最初の呼び声になる事など誰も知らず。
遠き未来で——少女の流伝が、滅びの流伝と呼ばれた理由をつける事になるなど、青年当人には分からず。
周りの制止も、動揺も、後方の家族の事も忘れて青年は彼女に掴みかかったまま、それを告げた。
「——何故、俺達の村を干上がらせたッ!」
アーサー王が駆け抜けた十二の会戦、その終盤。運命の丘に続く旅路。
軍議のない日はなく、野営しない夜もなく、王は戦いに赴いた。覚悟を表すように常に先陣を切る姿。戦場を駆け抜けるその姿に迷いなどなかった。
否、迷いなど許されなかった。
知っている。
迷えば死ぬ。迷えば負ける。迷えば島の全てが共倒れとなり、滅びる。
故に常勝の王は余人では足が竦み、そのまま共倒れになるだろう二択の選択を選んだ。
知ってるに決まっている。
戦いに出るためには、多くの民を切り捨てねばならなかった。
戦いに出たからには、全ての敵を斬り捨てねばならなかった。
島を守る戦いの為に、小さな村を干上がらせて軍備を整えるのは——"常道"だった。
知ってるに決まってるだろ、そんなの。
分かりきっていた事だ。
王とは人ではない。人の感情を持っていては、王は人を守れない。
その誓いを厳格に守り続け、己を王という機構にしたのが騎士の王だった。
私だって、同じ立場なら同じ選択肢をした。
しかしそんな事など、騎士達や民は知る由もない。
蛮族を相手に自分達の故郷を燃やすなんて王を、民は知らないからだ。
当時とは違う。今は故郷を失った人々をキャメロットに収容するという選択肢だってある。
故にそう言う意味では、騎士王ほど多く人間に憎まれた人はいないだろう。
当たり前だ。仮に余裕があって村人の移住先が決めてあろうと、故郷を奪われた人々の気持ちなど癒せない。そう言った村や故郷の為に戦う騎士達だって少なくない。
分かってた。知っていた。干上がる村など一つでは済まないなんて事。
そうしなければより多くの犠牲が出ると理解している人がいたとしても、それが"正しい"選択など分かっていても、受け入れられる人など、居なかった。
だから、彼女にぶつける感情なんてない。そんな権利など、その選択をした彼女以外に存在しない。
誰もが地に堕ちるこの状況で完璧なほどに"正しく"あるほど、騎士達は自らの君主に疑問を抱いた。
騎士王は、騎士達の恐怖の対象になっていた。
…………でも、じゃあ、その感情の行方はどこに向かえば良い。
あらゆる問題を解決した。
誰もが舌を巻くほど政務に励んだ。
寸分の過ちもなく人を処断した。
その在り方は先王ウーサーより、いや、あの卑王ヴォーティガーンよりも冷徹なモノとして騎士に映っただろう。
そう。最初からそう。ずっとそう。私が始まったあの日から終始そう。もう、疲れた。どうしようもない事に襲われるのに私は疲れた。
誰にでも分かる。世の道理も知らない小娘でも分かる。
人が竜を恐れるように。民は王を恐れた。それだけの事だ。
本当にどうしようもく、当然の摂理で、たった——それだけの事だったのだ。
バキッ、と心の中の何かが壊れて、ヒビが入ったような感覚がした。
掴みかかった青年は、俯いた表情で一向に返事をしない彼女の姿に明確に苛立ちを募らせていた。
騎士王への疑問を罵詈雑言として、青年は彼女に言葉をぶつけ、彼女の胸倉を掴んだまま揺さぶる。いっそ不気味な程に彼女は無抵抗だった。
揺さぶられて、体が揺れて足元のバランスを崩している。
「…………………」
「———ッ!」
その姿が余計に癪に障って仕方がなかったのだろう。
青年は拳を振り上げて、彼女に殴りかかった。
「………………—————」
振り下ろされる拳。
そんなのルーナからすれば見えている。対処する事なんて容易い。別に鍛えてる訳ではなく、感情的に振り下ろされただけの攻撃など、受け止めるのも反撃するのも容易でしかない。
そして、普段から磨いて来た戦闘術と直感で肉体が反射的に動きそうになって——兄が死にかけた日の事を思い出したからやめた。
拳が当たる。
振り下ろされた拳で、ただでさえ揺さぶられていたのもあって、彼女は容易く倒れた。力のない青年の一撃だから数mも吹き飛ぶ事もなく、糸の切れた人形のように彼女はその場に倒れた。
「何だよ………答えろよ騎士王………ッ!!」
「もう良い……もう良いやめてっ!」
倒れた彼女に再び掴みかかって殴ろうとした青年を、背後の家族の女性が止める。
彼女は動かなかった。
巨人すら殺した黒き竜の化身は、たった一人の無辜の人間の一撃で動かなくなっていた。
「良い。私の事は気にしなくて良い」
流石の事態に動き出した周りの騎士達を制止して、彼女はゆっくりと立ち上がる。
雰囲気は一変している。バイザーで隠されていても分かるくらい、感情は抜け落ちていた。
「彼と彼らに処罰などいらない。丁重に保護を。彼らはキャメロットに送ってくれ。私に関する事は全て無視しろ」
周りのざわめきを無視し、間をおかずに告げたそれは、自分の正体を彼らに明かすなという意味でもあった。
青年の罵詈雑言が響く中、彼女の命に僅かに戸惑った後、周りの騎士達はその命に頷いて彼らを保護する。
「ルーク……………」
隣のランスロットの言葉に、彼女は一切の反応をしない。
僅かに俯き、右手で髪をかき上げる姿勢で停止している。浮かべている感情は何か。分からない。単純に何かを堪えるでもなく、何も浮かんでいないからだ。
「これは………帰投なされたのですねルーク卿……!」
ようやく彼女は顔を上げる。
声の先には、伝令兵と思わしき騎士の一人が居た。
「ベドグレインで何があった。簡素に言え」
「…………それは」
「騎士王への所感はいらない。事実のみを私に教えろ」
顔を上げた彼女の様子に、僅かに動揺した騎士は続く言葉に言い澱む。
少しした後、彼は重い口を開いて説明をした。
「……数週間程前、ローマとの戦いは決着し、サクソンの領域は消滅したと騎士王がブリテン中に広めました。
その影響か、帝国の擁護も加護も失い、帰投するブリテン軍に挟み撃ちにされると悟っただろう、ブリテンに残るサクソン人が決死の侵攻を開始しました。
それにより………ベドグレインとその一帯がサクソン人に占拠され…………それで…………」
「集まったサクソン人ごとベドグレイン城を燃やし、一網打尽か」
「はい…………」
「成る程。殲滅戦は?」
「………え?」
「残りの殲滅戦は終わったのか?」
「…………えぇ、もう終わりに向かっています。協力は終わっています」
騎士の様子、佇まい、声の調子を不気味な佇まいで観察した後、彼女は無感動に口を開く。
「そうか。嘘じゃないようだ」
「……………」
「数週間前なんて、まだ私達がローマに勝利したかなんて分からないと言うのに。
それに北の蛮族の相手をしながら、南のサクソン人を今度こそ一網打尽にしてみせるとは、なんとまぁ騎士王には感嘆しか湧かない」
抜け落ちた感情で、彼女は言う。
何も浮かべず事実だけを言う姿は不気味でしかなかった。
「情報感謝する。もう行くといい。貴公の役目はまだ残っているだろう。私達はこのままキャメロットに帰投し、アーサー王と謁見する」
「分かりました…………——陛下」
そう言い残し、一度跪いた伝令の騎士はその場を去っていった。
残されたのは、再び俯き始めた彼女と、三人の円卓の騎士達。彼女と因縁が"あった"三人の騎士。
「行くぞ。最前列が詰まっていると進軍が遅れる」
それだけを言い残し、彼女は返事も待たずにラムレイに騎乗して、再び何も無かったかのように軍行を進めた。
「トリスタン…………?」
「————————」
しかし彼女について行かず、その場で項垂れて居るトリスタンにランスロットは話しかけた。
返事はない。
肩は震え、拳は血が滲む程に握りしめて、トリスタンは憤慨する。
刻まれた深い溝、深い因縁の果て、それでも共に戦った少女の姿を思い浮かべて、彼は悲憤を露わにする。
「——これが、これが彼女への仕打ちか。アーサー王」
矢で射抜くより早く、流し目で女性の心を射抜くと呼ばれた美貌のトリスタンの瞳は、血走っていた。
騎士王への諫言 B
詳細
かの騎士王に刻んだ決定的なトラウマ。
伝説においては心を抉るような悲しい諫言であるが、サーヴァントとして召喚された円卓の騎士達は口々にこう告げる。
「いや、我々は貴殿が何をやらかすかが一番わからん」
本人としても、最後に残した一言としてはあまりに心無い発言であるため、いたく反省している模様。
騎士王への■■ EX
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【保有スキル解放】
凍る鉄心 E-
詳細【現在解放不可能】