騎士王の影武者   作:sabu

79 / 122
 
 
 選定(せんてい)
 1.(多くのものの中から)選んで、それに決める事。目的・条件に合ったものを選んで決める事。
 
 


第76話 滅びのセンテイ

 

 

 

 それは、アーサー王がキャメロットに君臨してから五年目の終わり。

 アーサー王が選定の剣を引き抜いてから十五年。

 そして——彼女の影が、十五歳を迎えた日。

 

 

 

「——ここに帰投致しました、アーサー王。ローマとの会戦、無事に勝利を収めました」

 

 

 

 白亜の城キャメロット。

 その大広間で、アーサー王の代わりとして軍を率いた騎士王の影武者の彼女がそう告げた。

 周りには円卓の騎士が数名と控えの騎士達の集団が幾つか。ブリテン島に残った騎士と、ローマとの会戦へと発った騎士達の両方だ。

 モードレッドとアグラヴェインは……この場にはいない。ベディヴィエールとギャラハッドは療養中だ。

 

 

 

「ありがとう、良くやった」

 

 

 

 返すのは騎士王。

 そしてアーサー王からの賛美と、ブリテンに持って来てくれた戦果への讃えが一言。それで終わる。次に情報共有や互いの戦況報告。時に作戦への相談など、簡素ながら影武者の彼女とアーサー王は言葉を交えていく。

 

 

 それは、あらゆる私情も感情も排除された言葉の交わし合い。

 

 

 一点のミスもない。何一つ無駄は存在しない。故に僅かに判断が狂いもしない。

 いつも二人が誰かとやっている事だ。それが騎士王とその影武者がやっているだけ。だから二人の言葉の交わし合いは非常に少なく、短く、淡々と、互いが互いを分かりきっているように事が進んで行った。

 

 

 

「——では、もう直に北への反転攻勢が始まるのでしょう。

 それ故に調整期間も含めて、ローマへと発った部隊に一日程の休息を」

 

「分かった。良いだろう。此方からは?」

 

「ケイ卿を借りてもよろしいですか。ベディヴィエール卿は今すぐにでも横にしたい。私一人では不安です」

 

「分かった。それも良いだろう」

 

 

 

 本当に簡素なやり取りだった。

 互いに状況を理解しているが故に、無駄な意思疎通の確認がなく、やり取りはそれで終了した。讃えも賛美も最低限。もはやただの社交辞令の域。次に何をするのか、何をしなければならないかの意識しかない。

 

 だから、影武者の少女は跪いた姿勢から立ち上がり、それではと言い残して踵を返し始めた。

 他に交わす言葉などはない。代表者同士のやり取りが終わった以上、後は彼女達は迅速に体を休め、次の戦いの為に全てを調整するべきであり、影武者の彼女に倣って他騎士も踵を返し、一旦は家族や仲間達の為、家に帰るべきだ。

 

 

 

「——アーサー王、貴方にお話しが」

 

「トリスタン卿」

 

 

 

 べきだが、一人その場に残ったまま、決心した表情の騎士が居た。

 あまりにも珍しい表情だった。普段の柔らかな笑みはなく、義憤に燃えていると思わしきトリスタン卿。見開かれた瞳は、彼の心情の表れか。次の瞬間には弓や剣に手をかけるのではと思える程の激情を表しているなど、戦術の中でも常に風を読む彼らしくはない。

 

 彼は止まらない。

 踵を返し大広間を出ようとした少女からの呼び声を聞いても、尚止められない。

 

 

 

「ベドグレイン城の一件について、アレは何なのですか。私達は貴方からの話を聞いておりません。私達は貴方の口から、貴方の思惑を聞く権利がある」

 

「トリスタン卿」

 

 

 

 背中に投げかけられる声。

 それが耳に入らない。彼女からの声だからこそ、耳に入らない。

 何よりも糾弾する立場にある彼女が言わないが故に、トリスタンはアーサー王に言わなくてならなかった。

 

 

 

「…………アレか」

 

 

 

 僅かに瞳を閉じた後、重い口を開いてアーサー王は続ける。

 それに、この空間が重くなり新たな緊張感を得たような感覚がした。

 アーサー王の選択について思うところがあった騎士も多い。当然、この空間にもそう言った騎士はいる。大半がそうだ。

 だから、続くアーサー王の言葉を騎士達は待った。

 

 

 

「アレはどうしても必要な事だった」

 

 

 

 ただ一言。

 その言葉にトリスタンは落胆したような、失望したよう——絶望したような、そんな表情を織り交ぜて愕然とする。

 もしも彼が手に剣を持っていたら、そのまま手から溢れ落としてしまっていたのではないかという有り様だった。

 

 

 

「——必要……だった………?」

 

「あぁ、必要な事だった。最低限の犠牲で、最も多くの人を救うには。

 だから……ベドグレインも燃やした」

 

 

 

 淡々と告げる。

 いっそ無感動な程にアーサー王は告げる。

 

 

 

「それが、それが貴方からの言葉なのですか。それで全てだと。それ以外に言う事はないと。再び村を干上がらせ、過去その代償に奪還した城塞を燃やしたと、それだけだと」

 

「トリスタン卿。もう良い。控えてくれませんか」

 

 

 

 何かに駆られ始めたトリスタンは、傍から見ても平然さを失っていると分かる程だった。

 背中からの咎める声も、もうほとんどが聴こえていない。

 

 何故なら、本当に必要な事が何一つアーサー王の口から出ていないから。

 まず——彼女に言わなければならない事をアーサー王は喋っていないから。

 

 

 

「それが全てだと…………それが本当に全てだと言うのですかッ! ——アーサー王ッ!」

 

「あぁ。私から言うべき事はもうない」

 

 

 

 それはあまりにも致命的な齟齬。

 故にその言葉が最後の引き金。

 

 何故分からない。

 何故王は彼女を見ない。彼女は——何故王を見ない。

 まただ。またなのだ。

 

 

 

「それが、それがッ………彼への、仕打ちか…………!」

 

 

 

 彼女と言わなかったのはほとんど奇跡だった。少女の名誉を守る為、彼は本当の最後一線は踏み越えなかった。

 しかしそれでも、彼の天秤はこの瞬間に壊れた。

 彼は許せなかった。ただ何処までも許せなかった。

 

 また彼女が何も言わず、それが当然なのだと受け入れてしまう。また彼女が全てを自らの感情ごと全てを閉ざす。

 それが、それだけはどうしても——

 

 

 

「——最初に出る言葉がそれかッッ! 彼からの献身に、ここまでの仕打ちで返すのか、アーサー王ッッ!」

 

「…………………」

 

 

 

 トリスタンの糾弾が辺りに響く。

 その言葉に、先程までずっと平静だったアーサー王の様子が遂に。そして僅かと言えど、崩れた。

 

 

 

「それが……それが騎士王の名前を冠した者の本懐だと………ッ?

 故郷を燃やし、その戦果で得た城すら燃やし、彼の全てを踏み躙り——それしか口から出て来ないと——?」

 

「…………………………」

 

「——そんな事を何故貴方が許すッ!? 彼のここまでの、今までの全てに仇で返すのかッッ!」

 

 

 

 仕える主君に対して有るまじき暴挙。

 しかし、主君の騎士として有るまじき行為をトリスタンは糾弾する。

 かつて希望を見出した筈の騎士王へ。本物の忠誠を捧げていた騎士王へ。

 

 揺れていた。

 アーサー王が、その言葉に揺れていた。

 

 

 

「そんなモノ………もはや騎士ではない。

 いや——いいや……ッ! そんなモノ、もはや人ですら………——」

 

 

 

 トリスタンがその一歩を踏み出す。踏み外したとも言う。

 だから剣が動いた。室内で風が動く程の激しさで、刃が動く。

 トリスタンの物ではない。それは、背中合わせで彼の背後にいる——少女の剣。

 

 

 

「王には人の心が———!!」

 

 

 

 その言葉は途中で止まった。

 否、止められた。

 

 振り返らず、呼気もなく、戸惑いもなく、僅かな殺気すらもなく、首目掛けて放たれた凶刃の刃。

 影武者のサー・ルークがいつもやるように。蛮族を相手に、何の感情も見せずに刃を振り抜くように。叛逆者を、淡々と粛清するように。

 

 音速にも近い速度で飛んだ王剣の刃がトリスタンの首元、薄皮一枚の場所でギリギリ止まり、今の一瞬で切れた髪の数本を剣の風圧が弾き飛ばす。

 

 糾弾を停止させられ、完全に静寂した広間。

 もしあのままトリスタンが最後の言葉を放っていれば、本当に首を斬り落としていたかもしれない。今のはそれ程に無感動な一撃だった。

 事実彼女は殺すか殺さないかの二択まで迫っていた。

 

 

 

「トリスタン」

 

 

 

 彼女は凍える程に冷たく声をかける。

 トリスタンは冷や汗をかきながら、戦慄して振り返った。

 首元に添えられた王剣の刃。全ての機能と力を失ったように色が抜け落ちていたクラレントが、再び黒く染まりゆき、禍々しい脈動の如き波動を黒い稲妻として垂れ流し始める。

 

 

 

「やめろ」

 

 

 

 端的に冷たく。感情を見せず一言で。

 剥がれた普段の口調から覗くのは、彼女の本質か。

 

 

 

「二度は言わない。もし、それ以上に言葉を続けるのなら、私はお前を斬らなくてはならない」

 

 

 

 ただそうしなければならないから。ただそうする必要があるから。

 正しさなどどうでも良く、個人の思惑などどうでも良く、何もかもを全て事象として受け入れて、次の行動を出力(コマンド)していると言わんばかりに彼女は言う。

 

 

 

「——何故、何故貴方が」

 

 

 

 アーサー王を糾弾しない。どうして、最もそれを言う権利も立場もあるのに何も言わない。

 悉くを蹂躙され、尊厳も名誉も希望も信頼すらも粉々にされて、どうして何も表面に表さない。言葉無き残響を、彼女は無視し続ける。

 

 

 

「貴方は……貴方は——」

 

 

 

 だから気付いた。どうしようもなくトリスタンは、ここで気付いた。

 彼女は、もう人ではないのだと。少女はもう人でいる事を辞めたのだと。

 遂にこの瞬間、彼女は全ての感情を切り捨てる事に成功したのだと。

 

 もはや彼女には何もない。

 剣を手に取る時には確かにあっただろうソレを、騎士王にぶつけるに足るソレを、不要なモノとして消しさった。

 

 

 

「何故もなにも、特に私から言わなくてはならない事はない。必要がない。

 私と騎士王の間にあるのはただ相互理解だけで良い」

 

「——————」

 

 

 

 必要がないから。

 必要があるから。

 あらゆる基準を、そこにまで堕として彼女は淡々と告げている。

 

 

 

「ガウェイン卿。ランスロット卿。トリスタン卿を任せた。彼は気が動転している」

 

「…………………」

 

(みな)の者、全て私について来い。ローマの戦果とブリテンの現在の戦況を纏める必要がある」

 

 

 

 それが役割であり役目だからと、彼女はそれ以外に何も言わず、辺りの騎士達を連れていく。

 振り返りもしない。必要もないと表すばかりに戸惑いもない。

 コツコツと彼女が歩く音だけが響いていた。

 

 

 

「早くしてくれ。明日には、私は出陣する」

 

 

 

 トリスタン卿の先程のやり取りを咎める者は居なくとも、多くのモノはトリスタン卿とはまた別に動転しており、サー・ルークの動きを見送るばかりだった。

 だが、再三の言葉に彼らは動き出す。

 ローマ側へ発った騎士達の大半の動きに迷いがなかったのも影響したのかもしれない。大広間に居た全ての騎士達は、彼女の背についていき——彼女に影響されるように、次第に無言になっていった。

 

 騎士達は彼女に続いて行く。

 騎士達は、アーサー王ではなく彼女の声に従って、無言でついて行く。

 

 何に影響されたのだろう。

 その背に、騎士達は何を見出したのだろう。

 それは分からない。ただ、数少ない会話の応酬から、サー・ルークという騎士が変わったのは誰もが分かった。

 まるで全てを受け入れ(見限り)、もはや自分以外に成せる者は居ないと、一人の人間が歩みを開始したように見えたのは錯覚か。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 次第に人が消えて行く広間。その場に残された円卓の騎士達三人、トリスタン、ランスロット、ガウェインも、騎士とはまた別にして、その場を去っていく。

 力無く放心したトリスタンに、アーサー王は何も言葉を語らなかった。単純に、何を言えば良いのか分からなかった。

 トリスタンを連れ、ガウェインとランスロットが広間を去る中、ランスロットだけが最後に振り返らぬまま、アーサー王に一言告げた。

 

 

 

「王よ。私はそれでも、貴方を信じております」

 

「………………………」

 

 

 

 一人残されたアルトリアは、暫くその言葉を反芻させた後、王座に座りながら俯いた。

 左手で震える程に王座を握り締めて、彼女は右手で顔を覆う。

 

 

 

「私は…………」

 

 

 

 徐々に壊れ始めている何か。

 彼女の声には、誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北からの蛮族の進軍。

 北を遮る壁が崩壊し、二つ目の壁を越えられれば島の全てが滅びるという、騎士と蛮族のブリテン島の命運を別つ決戦。

 しかしその大決戦は——端的に言って圧勝だった。

 

 一進一退だった蛮族と騎士達の攻防は、ただの前哨戦にまで堕ちる。

 騎士達が手加減していたと言わんばかりに、ローマから戻った円卓の騎士達とその精鋭を含めた連合部隊は、蛮族の侵攻を押し戻し始めたのだ。

 異民族のサクソンは八割以上が討ち取られ、その侵攻を手引きしていた大陸の帝国は頭と心臓を破壊された。

 残すはピクトのみ。残すブリテンの外敵たる悪は北の蛮族のみ。

 

 

 確かに苛烈を極めたその戦いは、何故か呆気ないモノとして騎士達に残る。

 

 

 常に戦場の最先陣を駆け抜ける一つの騎兵。

 赤き竜の化身をも置き去りし、地面を砕く跳躍によって空からピクトの戦列の中心に飛び降り、内側から陣形を崩壊させていく姿は竜そのもの。そのたった一騎の騎士は、黒き竜の化身とブリテン島の騎士達にすら密かに呼ばれ始めた黒の騎兵。

 剣光を放てない竜の化身など相手にならず………そう告げた、言語を解するピクト人の頭領の誰かは、騎士達の目にも映らずに死んでいく。

 ブリテンを発った影武者はより強大となり、竜となってブリテンへと帰還した為だろう。

 あらゆるピクト人が黒き竜に殺されていく。

 その戦いは、もはや蹂躙の域。十二番目の会戦までを巡るブリテン島を別つ会戦の全てに於いて、戦場の全てを支配していたのは、赤き竜ではなく黒き竜だった。

 

 放つ剣の軌跡は常に二つ。

 もはや短剣では力不足であるかのように、身の丈程もある剣を二つ握る。片手には黒く染まった赤雷の王剣。もう片手には灼熱の火炎を呼び起こす波打つ刀身。

 炎と雷。大気を荒らす剣圧。音速の機動を繰り返すが故の轟音。

 それは正しく嵐だった。呼び起こすのも残すのも。何もかもを巻き込んで蹂躙していく嵐の如き暴威だった。

 

 アーサー王の指揮の下、進軍するブリテン騎士。

 名だたる円卓の騎士。

 何かを祓うように剣を振るモードレッドだって、策略を全てアーサー王に任せ、無心のまま自らも剣を握って先陣をかけたアグラヴェインだって、全てが黒き竜には遅れていた。

 

 常に単独。たった一人で完成する遊撃騎士。部下と部隊は一人も居ない。

 追い付ける者は誰もおらず、見るのはいつだって荒れ狂う竜の姿。

 

 会戦の狼煙は、黒き竜の震脚が大地を穿ち、敵陣に飛び込む音。

 敵陣が壊滅し始めたと気付くのは、ピクト人の死体が黒き竜の振るう剣で灰塵となりながら、空まで浮き上がり始めた時。

 戦いが終わるのは、積み上がった死体の上で黒き竜がようやく停止した時だけ。

 戦いが終わったと騎士達が気付くのは、竜の剣圧以外の穏やかな風を感じた時だけ。

 

 

 いつだって残るのは、ピクト人の死体ばかりだった。

 

 

 それまでは決して止まらない。

 剣光を放たない代わりに、黒き竜は決して止まらない。

 もはや黒き竜は無敵だった。今までは、まだ人間の範疇。まだ人間の延長線上で済んでいて、円卓の騎士達と同列に扱われていた騎士はその日、ブリテン島にて黒き竜となった。

 

 体力。魔力。生命力。

 その姿を見れば誰もが悟るだろう。生命としての格が違った。ローマと戦っている時、剣帝に見せた暴威にも等しきモノがピクトを蹂躙する。

 黒い剣戟。世界の物理法則が黒き竜の前ではヒステリーを起こして絶叫する。無限にも思える力の波動が敵を滅ぼす。稲妻の剣閃が敵陣を焼き、火炎の剣戟が敵を呑み込む。

 

 

 黒き竜は——ブリテン島の上で、無敵だった。

 

 

 ならばもう、そこからは語るに及ばない。

 その戦果に至るまでの戦いの日々も、時間も、騎士達の感情の行方も、全ては些事だ。

 ただ黒き竜は示した。

 犠牲があったとしても、彼女はただ一つ——決して後悔だけはさせないと語り、事実彼女は後悔をさせなかった。

 

 

 故に、戦いは終結する。 

 

 

 追い詰められた敵はバドニクス山に集結し、最後の攻勢に出て——その全てをブリテン軍は殲滅した。残るピクトの軍勢は総数の二割を切り、唯一壁を越えなかった一割が生き残るか逃げ切り、大部隊を失った残りの一割は各個撃破されるように殲滅された。

 

 かくして、アーサー王が駆け抜けた十二の会戦の内の十一まで、いや、正確には——"アーサー王本人が駆け抜けた十の会戦の内の全て"は終結する。

 

 影武者の黒き竜がキャメロットを後にしてから一年。

 彼女が十五歳を少し過ぎ、アーサー王の統治が六年目を迎えようとする日、動乱の戦いは終わった。異民族と蛮族との戦いも平定し、帝国との戦いとも勝利し、もはや滅亡を待つだけだった国は平和を取り戻す。

 最初で最後の、もう二度と訪れない束の間の平和を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その決断は変わらないですか」

 

 

 

 トリスタンは、キャメロットの白亜の城門にて彼女に背を向けていた。

 後ろから響いて来るのは、何かを悟ったのか、いつの間にか当然のようについて来て見送ろうとしている少女の声。

 

 

 

「えぇ…………私はもう、騎士王と共には戦えません」

 

「ですが今までの会戦、その全てに貴方は参加していたではありませんか」

 

「はい。それが、騎士王への最後の忠誠と義理です」

 

「……………」

 

「もう、私はアーサー王の騎士では居られません。王も、私の顔など見たくもないでしょう」

 

 

 

 言葉が途切れる。

 元より誰にも告げずに旅立つ予定だったのだ。交わすべき言葉などはないし、むしろ彼女とは不要な言葉を交わしたくなかった。

 

 

 

「じゃあ、貴方はこれから何処に行くのですか」

 

 

 

 沈黙を破ったのは少女からだった。

 何処に行くのかという問い。ただの確認。

 

 

 

「貴方は……私の選択を咎めないのですね」

 

「まさか。貴方が選んだ道です。私には咎める権利などない」

 

 

 

 騎士王への忠心は………分からない。

 しかし、今まで戦って来てくれた少女への罪悪感はある。

 だが少女から返って来る言葉は簡素だった。いつもの様に、それが当たり前なのだと彼女は言う。

 

 

 

 

「それで、貴方はどうするのですか」

 

「分かりません。

 ……えぇ、分からないのです。人とは何か。騎士とは何か。一体何が正しいのか。私は全てを見失ってしまった」

 

「だから、それを求めてさすらうと」

 

「はい。きっと、しばらくは戻りません」

 

「…………………」

 

 

 

 再び会話が途切れた。

 吹き荒ぶ風が冷たい。

 その中、少女は何度か口を開いては閉じを繰り返し、ようやく言葉を口にする。

 

 

 

「違うのでは、ないですか」

 

「え…………?」

 

「正しさとか、人とは何なのかなんて、本当に関係があるのですか。

 礼には礼に返す者。故郷や領地を守る事を定めとする者。打ち上げた武勇を誇りとする者。悪を、何よりも優先して糾す者。

 誰かが笑ってくれればそれで良いから、なんて、そんな理由で剣を抜いた者」

 

「…………………」

 

「だから、何が正しいなんて関係ない。

 ただ、その人にとって何が大切だったのかだけ。その人の拘り。人を人足らしめる思い。騎士達が信念や矜持と呼ぶもの。

 それがただ、アーサー王と人々にとっては違うだけで、そして互いに、人間として大切な事があった。本当にただ、ただそれだけなのではないのですか」

 

 

 

 その言葉に、トリスタンは思わず振り返って彼女の姿を見る。

 いつもと変わらない、自らの素顔を隠す少女の姿。だが、此方を見据える彼女の姿には、哀しみと憂いが確かに存在した。

 

 

 

「貴方が………それを言うのですね」

 

 

 

 だからこそ、トリスタンは嘆きを隠せなかった。

 彼女の生い立ち。彼女の生涯。本来なら彼女よりもそれを言わなくてはいけない騎士が、アーサー王の下には十一人は居るというのに、それを彼女が言った。最もそれを言うに相応しくない言葉を、彼女が一番最初に口にしたのだ。

 

 

 

「でも、私は変えられません。見失ったのは自分自身なのです」

 

 

 

 そう。分からないのは己自身でもある。

 彼女は断言出来ても、自分には断言出来るナニかがない。分からなくなってしまったのだ。信ずる騎士道を見失った、そんな存在など円卓に居る立場ではないだろう。

 

 

 

「…………そう、ですか。ならもう、私から言う事はありません。貴方が選んだ道です。どうか最期に後悔しないように、胸を張って進んでください」

 

 

 

 ただ一つだけトリスタンが安堵するなら、それは彼女の事だった。

 彼女のその言葉。何もかも斬り捨てた彼女にも、まだ人を想えるだけの気持ちがあると。全てを見失った自分とは違い、彼女は未だに自分を見失ってはいないのだと。

 それが、それだけはトリスタンは嬉しかった。

 

 

 

「一つ——良いですか」

 

 

 

 トリスタンは腰に携える己の騎士剣を外す。

 そして、少女に振り返って跪いた。

 

 

 

「どうか、受け取ってはくれませんか。陛下」

 

「……………………」

 

「それと、右手を私に」

 

 

 

 彼女は一瞬の間を置いた後、トリスタンの騎士剣を受け取る。

 次にトリスタンの言うがまま、彼女は右手をトリスタンに向けた。

 一体どう言う意味が。そう思案する彼女は、すぐにトリスタンの意図に気付く。

 

 

 ——トリスタンは彼女の手を恭しく受け取り、手の甲に誓いの口付けをした

 

 

 それは、仕える主へ行う臣従の儀礼。

 捧げる剣は、臣従の証そのもの。

 

 

 

「必ず、必ず私はキャメロットに戻ります。

 それがいつかは分かりません。ですが、どうかそれまで、私の剣を貴方が預かっていては貰えないでしょうか」

 

「………………………」

 

 

 

 長くは語らなかった。

 その意味。その真偽。いずれ彼女の元に戻ると告げた、その目的。

 だが、一つだけは伝わると確信してトリスタンは言う。いつか、彼女に忠誠を捧げる騎士として。

 

 

 

「…………分かりました。貴方が帰って来るまで、私がこの剣を預かっています」

 

「私の元に帰って来るまで、なんては言ってくれないのですか?」

 

「ふざけないでください。こんな時に」

 

 

 

 まるで人間のように。ケイ卿に悪態を吐いている時のように、彼女は言葉を咎める。

 それで会話は終わった。

 騎士や王の代わりなんて立場などはない、一人の人間と一人の人間としての、最後の会話。

 

 その場を去る為の短い言葉を残し、トリスタンはキャメロットを去って行った。

 トリスタンの後ろ姿を、彼女は見えなくなるまで見送った後、彼女もその場を去り、キャメロットへ戻っていく。

 

 

 

「——さようなら、トリスタン卿」

 

 

 

 去り際、悲しそうにそう告げて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが事の顛末の行方である。

 内乱を繰り返す原因だった蛮族と異民族との戦いは平定され、帝国からの侵略の手は伸びなくなった、その代償。

 円卓第七席、サー・トリスタンの離脱。

 離反でなかった事だけは喜ばしいが、今までの戦いにより欠けた円卓の席は、より大きな形となった。

 

 

 

 "円卓総会議を始める"

 

 

 

 だから誰もが、ルーナさえ当たり前の事だと考えた。

 欠けた円卓。異民族との戦いを平定し、平和を取り戻したブリテン。節目の終わり。まだやるべき事はある。戦後の処理だって当然だ。だから、その為の円卓会議だろうと。

 

 

 

 "そして——"

 

 

 

 だから、続く言葉に誰もが驚いて——唯一ルーナだけが戦慄した。

 しかしそれも当然の事だろう。平和を取り戻した代償がサー・トリスタンの離脱だけで済む訳がないのだから。火種は疾うに、導火線に着火していたのだから。

 

 国全体に布施が、広められる。

 先王ウーサーから、王の補佐を続けているマーリンが再び語った。

 それはまるで、卑王を討つ為に王を選定したあの時と同じように。

 

 

 

 "——次代の王の選定を行う"

 

 

 

 それは、ルーナという少女が十五歳を迎えた年の事。

 今まで彼女が築き上げたモノが、遂に彼女を地上の星に(まつ)り上げる程までに積み上がった。

 

 

 


 

 

 

【WEAPON】

 

 トリスタンの騎士剣

 詳細

 

 

 カーテナ。

 それは、弓の高名さ故にフェイルノート以上に名が広まらなかった、トリスタン卿が使用していた剣の名前である。

 決して壊れないとされた絶世剣デュランダル。また聖騎士シャルルマーニュが使用していたとされる聖剣ジュワユーズと同じ材質と製法で作られたとされる聖剣。

 

 ただし無益な殺生はしてはならないという意味が込められており、この剣の切先は欠けている。

 生前、とある村を干上がらせるのに加担して以降、トリスタン卿がこの剣を使用する事はなくなった。

 

 

 また本来なら竜殺しの逸話を持っていた剣だが、彼がアイルランド島に渡る前に、いずれ忠誠を捧げる人物に自らの感情ごと剣を預けた為、この剣には何の逸話もない。

 故にこの剣から宝具としての格と神秘が大きく軽減。英霊トリスタンからセイバーとして資格が消失。代わりにアーチャーとしての適性に特化。

 また少なくとも、彼女の手でこの剣が聖剣となる事はない。

 

 砕けぬ絶世と同じ剣でありながら、切先の欠けた剣。

 慈悲の剣でありながら、多くの人を見殺しにして来た剣。

 愛と正義に生きた騎士の嘆きの残滓。

 

 

 

 

 騎士王への糾弾 EX

 詳細

 

「王には人の心が———!!」

 

 度重なる戦乱から抜け出せなかった国。

 そして、犠牲を許容しなければ成し遂げられぬ勝利。

 誰よりも愛と正義に生きた彼は、王の在り方に賛同する事が出来ず、共に戦ったある少女の姿を思い描きながら騎士王に糾弾する。

 

 だがそれは、誰よりも騎士王に糾弾する立場にあったとされる影武者の少女に止められた。

 彼はここで気付く。気付いてしまった。

 彼女の在り方の方がもうどうしようもなく歪んでいるのだと。その影武者の少女は遂にその瞬間、人でありながら、人としての心を切り捨てたのだと。

 そして嘆きの騎士は人とは何か、騎士とは何か、忠誠とは一体何かと、その答えを求め、さすらう事となる。

 

 

 その果てに——イゾルテと再び出会う。

 

 

 彼と騎士王、そして影武者の少女を象徴する有名な逸話故に、彼の言葉には言霊と類似した非常に強力な力が乗る。

 王特効。勿論、王でなくともこのスキルは通用する。彼が意識してこのスキルを使用すれば、対象の精神にすら作用する程。精神汚染か狂化スキル等を持たなければ、まず彼の言葉を無視出来ない。

 ただし、唯一の例外として影武者の少女だけはこのスキルを完全に無効化し、否定する。

 

 

 

 

 

 

 

【保有スキル解放】

 

 

 

 

 

 

 

 凍る鉄心 E-

 詳細【現在一部解放】

 

 反転していようといなかろうと、生前の内から保有する彼女の固有スキル。

 固定された概念に自らを浸し、己を帳尻を合わせる為の天秤へと変える精神汚染の象徴。

 

  

 




 
 ストックの方で生前編が完結するまではゆっくり投稿したい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。