騎士王の影武者   作:sabu

80 / 122
 
 生前編後半。またの名をブリテン崩壊編。もしくは滅びへのカウントダウン。
 もう生前編は此方の方で終了しています。何があろうと生前編の結末は決定してます。そこからようやく原作に入ります。ここから生前編が終わるまでの期間は、あのzeroに入るまでの準備期間です。

 更に一月間を置いて、そのタイミングで一日に一気に数十話投稿するか迷いましたが、いつもと同じように投稿していきます。
 いつもの投稿タイミングと同じように見ていってゆっくり消化していくか、精神をやられないように敢えて間を置いて生前編終了まで一気に読むかは自由にしてください。

 生前編後半のイメージは…………フランス革命とか宗教戦争を少しマイルドにしたみたいな、そんな感じです。




第77話 剣に盾は要らず 前編

 

 

 

 

 円卓の間へと続く回廊。

 その一つ前にある広間にて、騎士達はごった返していた。

 ざわざわと、普段らしからぬ喧騒を騎士達は起こしている。それもその筈だ。だって、騎士王とその影武者が一対一で食って掛かっているのだから。

 

 

 

「本気ですかアーサー王。まさか乱心でもしましたか」

 

「何をまさか。私は乱心などしていないし、私は何処までも本気だ。そも私は貴方に本気ではなかった事などない」

 

 

 

 そうやって、騎士王とその影武者の言葉はヒートアップしていく。

 今の影武者の彼の言葉に容赦はなかった。そして余裕もなかった。以前の凍える程に冷徹な雰囲気は皆無で、アーサー王の判断の全てを受け入れるなんて気概は一切ない。

 

 

 

「そんな事を話している訳ではありません。何故こんな事を始めたと遠回しに私が言っているのが分からないと。それとも直球で諫言をぶつければ良いですか? 今、ここで」

 

 

 

 それどころか、彼の言葉は円卓の騎士の中でも飛び切りに悪辣なモノになり始めていた。

 言葉の節々に表れる苛立ちや、辟易とした口調が、まるでケイ卿のようだと思い至り始めた騎士達は多い。

 普段の冷たい様子とは違く、彼が一定の人物以外にはまず見せない、感情的な姿。

 

 

 

「その事についても円卓会議で詳しく話し合うつもりだったのだが、貴方には今ここで言う。次代の王を決めるという私の意思は変わらない。そして——私は貴方が次代の王になると思っている」

 

「…………あぁ、本当に自分を見失いましたか、アーサー王。貴方だけは違うと信じていたのに。何を一体」

 

 

 

 返す言葉は飛びっきりに軽薄。

 王に向ける態度とは到底思えない。だが彼を咎める騎士は誰も居なかった。誰もが、影武者の彼の意見は尤もであると考えており、何より——あぁやはり、次は彼なのかと納得していた。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 辺りを見渡して、ルーナは僅かに苦心する。

 良くない空気が流れている。誰もが疑問を抱いていない。場の流れは完全にアーサー王にあった。

 

 

 

「…………アーサー王、ご再考下さい。次代の王を決める意味がない」

 

「いいやある。今までずっと後回しにし続けていたのだから。故に、今決めなくてはいずれ爆発する」

 

「何をまさか。寿命、老化、衰退。先代の王が次代の王を選ぶのはそんな理由だ。

 そして貴方はそんな理に囚われない永遠の王。円卓会議なども必要ない。答えは決まっている。貴方から変える意味なんてない」

 

「本当に貴公はそう思うか?」

 

「当然です。貴方以外である必要がない」

 

「いいや、必要でなくとも意味がある。円卓会議はしなくてはならない。勿論私も選定の対象となる。ただそれだけ。再び選び直すだけだ」

 

 

 

 どうあっても退かない。互いに平行線だ。

 ルーナは不利を悟る。円卓会議に持ち込まれたら、そのまま平行線を維持したままアルトリアの思惑通りになるだろう。

 何を期待しているというのか。王として生きて来た者と、そうではない者の経験の差など誰が考えても分かる。

 寿命と言った人間的な限界のない彼女が、次の王を選ぶ意味はない。その筈なのだ。だが彼女は聞かない。完全に言い聞かせらない。

 言葉が通じないのではなく、通じて尚彼女は聞かないのだ。交渉の余地の場にすら立てていないこの現状。

 それもその筈か。自分かアルトリア。どちらを選びますかと、私がアルトリアに問い質しているようなモノなのだから。

 

 

 

「…………………」

 

「少し待て。直に始まる」

 

 

 

 こうなった以上彼女はもう言う事を聞いてくれない。

 二人で、一対一で、あの庭園で……そんな状況にならない限り、彼女は本来の姿を見せない。そして、円卓会議までもう時間がない。

 どうする。どうすれば良い。迅る思考は空回るばかりで——じゃあ私が王になるなら何が変わる? なんて事を考えている自分がいるという事実を、ルーナはどこか他人のように俯瞰していた。

 

 

 

「——申し訳ありません。異議を申し立てます」

 

 

 

 彼女がそう思案して、アルトリアと膠着状態となっていた時だった。

 広間の扉を開く音。騎士達のざわめきの中に響く、一人の騎士の声。

 

 

 

「彼が、次代の王になるのに、私も反対します」

 

 

 

 雪花の盾を持ち、揺るぎない闘志を持って——誰かと決闘するのではとしか思えない程の気迫を持って、ギャラハッドはその場に立っていた。

 

 

 

「貴方は…………」

 

「私はギャラハッド。サー・ギャラハッド。湖の騎士の息子です」

 

「——————そうか」

 

 

 

 その言葉に、広間一帯が新たなざわつきを見せる。

 無名にして急に頭角を現し始めた青年。ルークという存在が居なければ最年少の騎士として名を馳せただろう逸材。

 あまり有名ではないとはいえ、ランスロット卿には故郷に残している息子がいるという事。更に詳しい人は、その息子の名前がギャラハッドと言う事も知っていた。

 

 なるほど確かに、サー・ランスロットの息子であればその卓越した能力も分かる。

 だがその存在が、今ここで自らの素性を晒し、アーサー王に意見を申し立てたという意味合いに騎士達は様々な思惑を脳裏に走らせるしかなかった。

 

 

 

「それで、何故ギャラハッドは反対する」

 

「一つだけ王に問いたい。王は、貴方が背負って来たモノを彼に押し付けるつもりなのですか」

 

「……………」

 

「もしそうだとしたら、私はそれが清きモノに見えません」

 

 

 

 ギャラハッドという真名を明かした事に対し、全てを悟り理解したような表情のアーサー王だったが、ギャラハッドの言葉に()しものアーサー王も僅かに押し黙っていた。

 

 

 

「確かに……そう思われても仕方がないのかもしれない。

 しかし私の真意は違う。決して。逃げ出したいなどという感情ではなく、この再びの選定は、次の、もっと相応しき者へ、次を生きる人へと繋ぐ為のものであると。自らが成し遂げた事に相応しき立場を約束する為のモノであると、私は騎士王の名の下に誓おう」

 

「…………そうですか。王の真意は理解出来ました。なら——もう面倒な言葉は不要です」

 

 

 

 ギャラハッドは一瞬俯いた後、再びアーサー王の瞳を見据えて告げる。

 

 

 

「直球に言います。サー・ルークの座る席次、第十三席を私にお譲り下さい」

 

「——何?」

 

 

 

 それに反応したのはルーナだった。

 何か違和感を感じていたとは言え、ギャラハッドの行いが自分の願いと合致していた故に先程までは二人のやり取りを見守っていたが、その発言には反応せざるを得なかった。

 

 

 

「何がしたい、ギャラハッド」

 

「十三番目の席は呪われています。

 いつか必ず災厄を撒き散らすと呼ばれる席。いずれ王へと仇なす裏切りの象徴。ならばその席、より相応しい者が居るなら、その人物が座るべきです」

 

「……………」

 

 

 

 一瞬、ルーナは続ける言葉に言い淀んだ。

 だってそんな事は知っているから。そう発言した者が、何よりも十三席に相応しい存在である事を彼女だけが知っているから。

 

 再び静寂が広間を支配する。

 影武者の騎士が身を引き、言葉を失い、アーサー王はそのやり取りを硬い表情で見届けたまま黙っている。

 その中続けたのは、再びギャラハッドだった。

 

 

 

「アーサー王。もし私がそれを証明すれば、私を十三席に座らせて貰えませんか」

 

「…………一体どうする」

 

「彼、サー・ルークとの一騎討ち」

 

 

 

 再び広間がざわつく。

 古きより、騎士達が己の義と信念を貫く為の手段にして、騎士であるが故の最大の誉れ。一対一の決闘。時に、神と神の名を受け、代表として争う事もある神聖な凌ぎ合い。それをギャラハッドは申し込んだのだ。

 

 

 しかも相手は、あの黒き竜の化身。

 

 

 五年近く前、サー・ランスロットに後一歩まで迫った存在。しかしその存在は、いっそ恐ろしいまでの加速度で成長を遂げている。

 単騎で数十万を超えるローマを打ち倒し、同じく蛮族や異民族も数万と倒した、ブリテン最大の武勇を持つ騎士。

 勿論相性の噛み合い方もあるが、彼方(かなた)の剣帝すら倒した今の彼は………もしかしたらランスロット卿ですら歯が立たなくなっているかもしれないのだ。

 あの暴威が、瞳と魂に焼き付かなかった騎士は一人もいない。

 故に、災厄の席に君臨する黒き竜に神聖なる決闘を望んだという意味は、遥かに大きい。

 

 

 

「この無理難題を私が果たして見せたのなら、災厄の席に座るに相応しい者と認めてください、アーサー王」

 

「…………………」

 

「まさか、貴方は拒否をしないでしょう?

 水平線に日が沈みゆく、あの黄昏の日に刻んだ私の誓い。それを私は成しに来ただけです」

 

「———……………分かった、良いだろう。言葉は違えない。騎士に二言はない。貴方が自らの名前を明かしたその意味、私は知っている。

 認めよう。決闘で勝利するなら、貴方が十三番目に相応しい存在だと」

 

 

 

 遂にアーサー王が折れた。

 椅子に座る姿勢を深くし、事の成り行きを騎士王は静かに見守り始める。その姿と様子を見据えた後、ルーナはゆっくりとギャラハッドに振り返った。

 二人は互いに姿勢を交差させる。

 そこにあるのは、信頼や信用を含んだモノではない。ルーナの、相手を見透かすような佇まいの視線を、相手の思惑に呑まれないように己の揺るぎない信念のみでギャラハッドを返す。

 だから、二人は一瞬で悟った。

 この場に於いて、自分達は同じ方向なんて向いていない。噛み合う事もない。だがルーナは、バイザーで見えていない筈の瞳を見据えて来るようなギャラハッドの視線が煩わしくて仕方なかった。

 

 

 

「勝手に話を進めてくれるな、ギャラハッド」

 

「すみません。言いたい事は決闘の後に聞きます」

 

「そうか。もうそれしかないんだな、お前」

 

 

 

 雪花の盾を構え、軸足を整え、見知った防御姿勢の裏から悪意のない敵意と闘志で此方を見据えるギャラハッドの姿に、ルーナは剣を構えなかった。

 ただただ、彼女は顔を俯かせる。

 

 聞きたい事はある。

 傷はもう、大丈夫なのかとか、本当に私と戦うつもりなのか、とか。

 別に——決闘なんかしなくても十三番目の席に相応しいのはお前だって、私は知っているから、とか。

 

 

 

「なぁギャラハッド。正直言うなら、私は別に円卓の席には拘ってない。何なら別に、今すぐお前に譲っても良いと思っている」

 

「——は………? …………え?」

 

 

 

 あぁ、だって私はこの席には相応しくないから……と言葉が出るよりも早く、あぁアルトリアもこういう気持ちなのか。何言ってんだろうな、私。と心の中で自嘲してルーナは別の言葉を続ける。

 

 

 

「だが、一つ聞きたい。

 私を十三席から降ろしたいのは、それは私を王にしたくないからか?」

 

「……………えぇ。言葉で飾っていても、貴方を十三席から降ろしたいという事に変わりはない。私は、貴方が王に相応しいとは思いません」

 

「そうか、素直でありがとう。

 じゃあもう一つ聞くが——お前の本心は私をもう戦わせたくないからだな?」

 

「…………————」

 

 

 

 言い淀んだその様子、表情。それでルーナは全てを悟る。

 言葉のやり取り、交渉。同じ土俵に至ったのなら、彼女は自分の持ち得る全てを以って見抜いて来る事をギャラハッドは知っていた。

 自分の事ではなく相手を理解するという事に関しては、特に。

 故に彼女は自らを偽り、他人を真似る事が出来る。たったそれだけで。

 

 

 

「——そうか、なら私の席は譲れない」

 

 

 

 彼女は剣を抜いた。

 灰色に燻んだ王剣。黒い短剣。

 右手にはクラレント。左手にはセクエンス。

 長さの違う二つの剣。やや変則的な二刀流を以って、彼女はギャラハッドに対峙した。

 

 

 

「別に席に拘っている訳じゃない。だが、私は戦いから身を退く気は毛頭ない。

 故にギャラハッド、お前が私を守るのではなく、私を退かせる為に戦うというのなら、私はお前の言う事は聞けない。

 私にもな、この席に座るが故に背負っているモノがあるんだよ」

 

 

 

 返す言葉は冷たかった。

 ギャラハッドの信念を真っ正面から叩き折り、その闘志を凍えさせると言わんばかりの威圧が周囲へと流れていく。

 

 

 

「………確かに、私は貴方をただ守るのではない選択しました。

 貴方の信念を無視して退かせる戦いと糾弾されても、自分勝手な願いだと言われる謗りも、甘んじて受け入れます。

 ですが、一つだけ訂正を。

 私は、私の為ではなく——貴方の為に戦うんです」

 

「何をギャラハッド。

 やらない善よりもやる偽善だと言うが、私が思っていたお前は、そんな偽善的な事を言う存在じゃなかった。お前は、善も悪も両方受け止めてくれる存在だと思っていた。

 まさか堕ちたのか? ギャラハッド。お前は誰に会っても、何があっても気高い、星のような人間だと信じていたのに」

 

「…………………」

 

 

 

 僅かにギャラハッドは瞳を瞑る。

 しかし、次に開いた時の瞳に迷いは一切なかった。

 ルーナに返されるのは、強く決して穢れない信念だけだった。

 

 

 

「分かった………良いだろう。ならばお前の盾——ここで砕く」

 

 

 

 決然と刃を構え、ルーナは一歩を踏み出した。

 いずれ父をも超えると呼ばれ、ただ一人だけ、次代の円卓を担う者と呼ばれる筈だった雪花の騎士を倒す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光を見た。

 それはきっと、最初はかすかで、僅かで、小さな光だった。

 穢れ無き白亜の城に相応しい、儚く温かな花畑。白い花畑の中で唯一黒い少女の姿。でもそれでも、やっぱりそれは輝いていて、でもいつか壊れそうだと思った。

 最初はたったそれだけだった。

 

 光を見た。

 天へと昇る光の柱。血濡れの雷光。全てを呑み込む極光。自分そのものすら呑み込み、溜め込み、あらゆる色を混ぜ込んで、黒一色へと染まった光。

 でもそれでも、やっぱり彼女は元は何色にもなれて、故に何色にも染まっていなかった白い花のように純白で、いつか枯れ果ててしまいそうだと感じた。

 だから、いつか全てを失ってしまいそうだと、そう思った。

 

 

 

 "私にもな、この席に座るが故に背負っているモノがあるんだよ"

 

 

 

 だから思った。

 きっとこれが最後のチャンスだと。ここでこの選択をしなかったら、必ず自分は後悔するのだと。

 ここが最後なのだ。

 彼女が——人間のままでいるか、人間ではなくなるかの瀬戸際。きっと、彼女はいつか一人になる。たった一人でも戦い続け、誰も追い付けないまま全てを取り零す。そう言う不明瞭な予感があった。

 

 だから、これはアグラヴェイン卿に唆された訳ではない。

 彼女を王にしたくないのではなく、彼女に王になって欲しくないから。彼女を王に据えて、国がどうなるかまでは分からない。

 ただこれは自らの選択なのだ。これは——国ではなく一人の人間を取ったギャラハッドの選択だった。

 

 

 

 "お前は、善も悪も両方受け止めてくれる存在だと思っていた"

 

 

 

 心の中で彼女に言い訳をして、ギャラハッドは盾を向ける。

 きっと失望されるだろう。きっと怒られるだろう。お前は何をやっているのだと。

 

 

 

 "まさか堕ちたか? ギャラハッド"

 

 

 

 そう言われたら、そうなのかもしれない。

 いつからかは、良く分からない。あの日彼女を見た三年前……

 

 

 

 "まさか…………一目惚れとはもっと燃え落ちるようなモノでしょう"

 

 

 

 ………の当時の自分はそう言って否定していた。

 でもきっと、三年前初めて少女を見た時、彼女に()ちてしまったのだろう。そう言い訳をする。きっとこの言い訳は良くない。都合の良い体裁で心を整えて戦おうしている。

 罪悪感で守るのと……好きだから……守るのとは明確な差がある。

 

 だからダメだ。

 彼女を前に退くか恐れるかしたら、彼女は見限るだろう。

 彼女は、弱い人間が大嫌いだろうから。

 だから兎に角返す。ギャラハッドは自らの意思を示す。

 

 

 

 "分かった良いだろう。ならばお前の盾——ここで砕く"

 

 

 

 走る衝撃。耳を劈く轟音。

 思考は後回しにして、ギャラハッドは己よりも年下の少女の剣を迎え打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣と盾がぶつかり合った。

 初手はまるで互いに力量を測り合うかのように愚直で、それ故に早かった。王剣による真っ正面からの袈裟斬りをギャラハッドも正面から受け止める。

 だが、ひとえに二人はブリテン島という神秘の島国の中でも頂点に位置する場所にいる者同士。衝撃が大気への振動となり、空間が揺れる。その攻防に追い付ける騎士達は少ない。

 

 

 

「もう傷は治ったか。ギャラハッド」

 

「………………ッ」

 

 

 

 剣と剣が鍔迫り合いかのように盾と剣が擦れ合う中、彼女だけは余裕の立ち振る舞いでギャラハッドに話しかける。

 クラレントとセクエンス。その二つの加護を受けたルーナの純粋な身体能力は更に加速されていた。そして、内に秘める魔力量には生物としての絶対的な差があるのだ。

 魔力放出と魔力防御。例えるなら竜と城。

 ぶつかり合った瞬間、少しずつ城を崩されていくような感覚がギャラハッドから離れない。

 

 

 

「治っていないのなら潔く退け。

 生憎だが、私は人の殺し方しか知らなくてな。手加減など出来そうにもない。手負いの騎士を痛ぶらせるのはやめてくれないか」

 

「何を………ッ!」

 

 

 

 その煽るような言葉は此方の集中を削ぐ為の一手でもあるのだろう。

 言葉に返すように、ギャラハッドは一歩の押し込みを放ち、盾を以ってルーナを圧迫する。 

 足、腰、肩、手。

 体重移動を以って放った、軸足の動きだけで完成させたシールドバッシュ。

 しかし、その攻防の結果が出るよりも早くギャラハッドは判断のミスを悟った。

 ——軽い。

 まるで何もない空に向かって盾を押し込んだようだった。盾に残る重さがない。盾の裏から少女の姿を見る。そこには体勢を維持したまま一足で後退していた彼女の姿があった。

 

 当然のように、ギャラハッドの攻勢を把握し、まるで理解していたかのようにルーナは対応した。

 ルーナの眼前に迫る盾。

 彼女自身が小柄なのもあり、壁そのものが迫って来るような圧がある。だが関係ない。あるのはただの理解だけ。私は——ギャラハッドよりも速く動ける。

 

 迫る盾。円型に近い形の盾。曲線を描く表面に彼女は王剣の刃を添える。

 そのまま彼女は盾の曲面を滑るように動き、その場で舞ってルーナは盾の衝撃を完全に避ける。

 ほぼほぼ完全な体重移動。全身が独立した武装の如き舞い。剣の斬り合いだけではなく、身体全てを武器へと変えたそれは、二人が嫌に成る程見たローマの剣帝ルキウスの格闘術が如く。

 

 

 攻勢が切り替わった。

 

 

 曲面で構成される盾を前に、その円を滑るように動いたルーナは即座に身を屈み、盾の隙間を縫ってギャラハッドに迫る。瞬時に握ったセクエンスの刃を盾を掻い潜らせて放つ。

 ギャラハッドに迫る刃。素早く容赦なく迫る剣で。彼女はいきなり勝負を終わらせようとしている。

 

 

 受けられない。

 

 

 そう悟ったギャラハッドが選択した攻防は——盾から手を離して後退する事だった。

 ギャラハッドにとって盾とは、円卓の騎士達の聖剣にも等しい。ギャラハッドは盾なくしては力を発揮出来ない。

 

 どう言う事だ。

 判断を見誤っているとしか思えない選択にルーナがそう思案した時、彼女に襲ったのは凄まじい衝撃だった。

 

 

 

「————ぐ……ッ!?」

 

 

 

 その衝撃で気付く。

 何て事はない。ただ単にギャラハッドは後退しながら盾を蹴り飛ばしただけだ。

 だがその判断と、刃の一撃を回避しながらそれを成し遂げた練度と技量があり得ない程高い。

 

 

 故に、掻い潜った盾にほぼ密着していたルーナは、その一撃で盾と一瞬に吹き飛んだ。

 

 

 大広間の柱近くまで彼女は吹き飛ばされる。

 蹴り飛ばされて、ギャラハッドとルーナの中間地点で静止し質量的な鈍い音を響かせる雪花の盾。すぐさま体勢を立て直したルーナが見たのは、走りながら落ちた盾を握り取るギャラハッドの姿だった。

 盾を前方に構え、駆ける速度のまま突進して来るギャラハッド。

 淡く光り輝き、魔力をも展開したその突進は魔猪の一撃をも超える。受け止める選択肢はない。真上に彼女が跳躍したのと、ギャラハッドの突進がその場に迫ったのはほぼ同時だった。

 ギャラハッドの突進の一撃で、ルーナの真後ろにあった広間の柱が砕ける。その衝撃は、間違いなく回避しなければならなかったと悟れるだけの一撃。

 

 

 だが、その瞬間にルーナは光明を見いだす。

 

 

 真上に跳躍した勢いそのまま、彼女は体を縦に回転させてギャラハッドの脳天目掛けて踵落としを放った。

 強固な盾はそこに無い。明確な隙。盾は前方を守れても、後方の真後ろは守れない。故に、真後ろを向いているギャラハッドに彼女は攻撃を仕掛けた。

 

 

 だが、その脚技は防がれる。

 

 

 防いだのは、またしても盾。

 後の先を突いた一撃に対し、ギャラハッドは突進の衝撃を全て軸足に使って急制動を果たし、ルーナの攻勢に間に合わせて来た。

 彼は盾と自分の肉体を入れ替えるように回転し、その一撃を受け止めたのだ。

 胴体がもう一つあるかのように振るう盾の捌きで、竜の攻撃が止まる。

 

 

 弾かれる。弾き飛ばす。

 

 

 空中で蹴り放った反動。それを受け止めた反動。

 片方は宙を旋転しながら舞い、着地し、もう片方は地面に縫い付けられていた。

 十数m近く離れた二人の距離。戦闘が開始される前のように出来た距離。二人は互いに睨み合って膠着状態となる。

 

 一瞬の攻防だ。

 過去、竜の化身がランスロット卿と繰り広げたような、一撃一撃が全て必殺となるやり取り。それがまた行われている。

 互いに一手間違えばその瞬間に敗北する。しかし一手も間違えない。故に、いつ勝敗が決するか分からない。考えるうる限り最強の剣と、国の中で最も強大で堅牢な盾のその攻防に、周囲は釘付けだった。

 

 

 

「らしくないな、ギャラハッド。そんな綱渡りするような戦いがお前の領分だったのか?」

 

 

 

 間合いを測るような硬直状態の中、彼女はギャラハッドに語りかける。

 

 

 

「いや、それもそうか。お前は誰かを倒す戦いには向かない。

 さっさと退け。無理を押し通せば負けるのはお前だぞ」

 

「何を、貴方こそ。そうやって言葉で相手を揺さ振るという思惑が透けてますよ。

 らしくもない。貴方は戦いと奸計は分ける筈でしょう」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 交わす言葉が中断される。

 互いに互いの間合いを測り、ジリジリと円を描くように二人は動く。

 ルーナは刃の切先を地面に落とした。型無しの姿勢。ギャラハッドは盾を構えたまま。型無しであるが故に、あらゆる武芸を影として形作る彼女に対応出来るように意識を研ぎ澄ます。

 

 二人には確信があった。

 きっと、勝負は一瞬で決まると。

 ギャラハッドは兎も角、ルーナもがそうだった。

 なにで決まるかは分からない。ただ、何故かは分かる。きっと互いに相手の事を理解しているから。戦い方も、その癖も、戦闘時の心情も。

 だから、もうすぐこの決闘が終わる。

 拮抗が崩れた瞬間、人間と人間の戦いのように、一手で終わる。

 

 

 

「……………………」

 

「…………—————」

 

 

 

 間合いを測り倦ねてに膠着していた摺足が終わった。

 無言のまま、構えを取ったルーナに反応するように、ギャラハッドは姿勢を深くする。

 ルーナは左手のセクエンスを投げ捨てていた。ギャラハッドが見据える彼女の構えは二刀流ではなく、王剣を両手に持った普遍的な構え。彼女は左足を引き、右足を相手に向ける。

 何をするつもりか。

 そうギャラハッドが警戒した途端、ルーナの握る王剣を中心に風が吹き荒れ始めた。室内でありながら台風の如き風が広間を荒らし、ルーナの頭髪を揺らしている。

 

 あの風を幾度となくギャラハッドは見た事はある。

 集めた風の塊。放つは嵐を収束させたに等しい破砕縋。

 対処方法を考え、集まる風の暴威を見据えるギャラハッドが次に見たのは、剣の切先を向けた突きによる風の解放ではなく、袈裟斬りを放つかのように剣を振り上げるルーナの姿だった。

 

 

 今まで見た事のない何かをしようとしている。

 

 

 その警戒を深めるギャラハッドはルーナの次の行動を見据え、彼女が真上にまで刃を振り上げた時にそれは起きた。

 魔力放出による突撃。

 大気が破裂し地面が砕ける轟音。

 今まで幾度と聞いた超高圧超高出力の魔力が動いた爆音に、反射的に体が動き、彼女との距離を目測して——もう目の前でルーナが剣を振り下ろしていた。

 

 

 

「————は」

 

 

 

 その瞬間、ギャラハッドは気付けなかった。

 背中、真後ろにまで来る程に振り被った王剣より真後ろに放った風の弾丸。それを以ってルーナは超加速していた事に。

 音速を数倍以上も凌駕し、音すら置き去りにした跳躍は、衝撃波を周囲に撒き散らして広間のステンドグラスが砕ける。地面が捲れ上がる。

 

 ギャラハッドは動かない。単純に反応出来ない。

 剣が叩きつけられる。盾に叩きつけられる。その一撃による衝撃が盾越しにギャラハッドを駆け抜けながら、風の魔力の残滓が未だに残り、ルーナの制動を無視した攻防の余力がギャラハッドを圧迫していた。

 想像も出来ない衝撃と、真正面から盾を砕きにかかって来たという予想外の一撃に不意を突かれたのもあってか、その場からギャラハッドは吹き飛んでいく。

 地面を転がるギャラハッド。その途中、彼は当然の如く盾を地面に落とした。盾を握っていた両手の感覚がなかった。

 

 

 その隙をルーナは見逃さない。

 

 

 風の残滓を残したまま、再び速度を加速させて跳躍する。

 刃の切先をギャラハッドに向ける。隙を晒し、盾もない彼を今度こそこの一撃で決める。

 だが吹き飛ばされる中、迫る彼女の刃を見据えて——ギャラハッドは悟った。

 その刃の切先が外れている事に。額ではなく、首の横に刃の切先が向けられている事に。

 当たり前だ。だってこれは殺し合いなどではない。互い殺意なんてない。だからルーナは、ギャラハッドを殺す事などしない。

 

 反応出来ていなかったギャラハッドに致命的な攻撃を加えず、盾に剣を叩きつけたのは、きっと………彼女が優しかったからだ。

 ただ悟る。そう悟る。

 

 だから、ギャラハッドは動いた。

 彼女が本気で殺す気なら負けていただろう。

 心の中で彼女に詫びながら、ギャラハッドは彼女に隠して来た秘術を抜き放つ。

 それは殺しの技しか知らない少女に絶対的に勝り、尚且つ彼女だからこそ通用する、ギャラハッドの——剣術。

 

 

 

「—————ッ!?」

 

 

 

 刃の切先を向け突進するルーナは驚愕を隠せなかった。

 ギャラハッドは盾を拾わず、無手で突進し迎え打ってきた。鈍重な盾を使わないが故に早く、盾を拾う動作を無視したが故に一足で、吹き飛ばされた制動を反転させるかのようにルーナの懐の真下に入り込む。その流れるような動作は湖の騎士の武練のように。

 

 ギャラハッドは盾しか使わない。

 その先入観に騙されて、ルーナは対応出来なかった。

 突進の速度のまま放ったルーナの突きが、居合斬りのように放ったギャラハッドが保有している、鞘付きの聖剣に弾かれる。完全なタイミングと完璧な角度のパリィ。手に残る鈍い衝撃は二人とも同じ。だが、反応するのはギャラハッドだけ。

 

 

 返す刃。連撃の突きでギャラハッドはルーナを狙う。

 

 

 鞘から刀身は抜いていない。最初から。

 当たり前だ。ギャラハッドだって彼女を殺す気はない。だが狙うは頭。正確には——額。

 それがギャラハッドの選択。それに元から、額の"それ"を砕くつもりだった。

 

 狙いと選択に容赦はない。

 竜の化身であろうとも同じ人の形をしている以上、人体の弱点は通用する。殺傷せず、彼女を気絶させるのなら脳を揺らし、脳震盪を起こして気絶させる。

 吸い込まれるように、ギャラハッドの剣の突きがルーナの額に当たった。

 

 

 

「———ぅ………ぁ………」

 

 

 

 鈍い音と共に、彼女が吹き飛ぶ。

 放物線を描いて空を飛び、地面に倒れてルーナは動かなくなった。

 頭から流れる血。刀身を抜いていないとはいえ、鈍器として使用した剣の突きがルーナの心身を破壊し、彼女は痙攣すら起こらず地に伏していた。

 数瞬の攻防。決着は呆気ない。勝利したのはギャラハッドだった。

 

 

 

「………………———なッ」

 

 

 

 だがそれを見守っていた騎士達の驚愕は全くの別だった。

 ギャラハッドがあの竜の化身に勝った。その驚愕は確かにある。しかしそれを塗り潰したのは——見た瞬間、脳裏に叩き込まれる程の美貌を放つ少女の姿。

 

 悉く全員が理解する。

 地面に倒れた姿勢のまま動かないその姿でも、あまりにも明白。

 その端正な顔立ち。あまりにも白い肌。魔性の領域にあるその美貌。額から流れ出る血の赤色すらいっそ艶かしく、しかし美しい。

 

 

 そう——

 

 

 

        ——ルーナの着けているバイザーが砕け散っていた。

 

 

 

 




 
【WEAPON】

 血統騙しの仮面(ロスト・オブ・ペディグリー)

 ランク ———

 種別  ———


 詳細
 
 その素顔と性別を隠し、キャメロットで行動し易くする為にモルガンから授かった仮面。
 マーリンがアルトリアにかけている幻惑と似た加護を持ち、彼女の素顔や声といった性別に繋がる要素に対する認識があやふやになる。
 ただ、マーリンの幻術と違い、この仮面を媒体に幻惑がかかっているので仮面を外すと幻惑が外れる。また一度幻惑が破られた相手にはもう効かなくなる。
 目元を完全に隠す形をしているが、このバイザーを付けている本人の視界を奪う事はない。


 モードレッドが保有する【不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)】の様に防御効果もなく、また毒になどに対する抵抗もない。
 代わりに鎧を必要とせずこのバイザー単独で隠蔽効果を持ち、また宝具解放時でもこのバイザーを外す必要がない。
 隠蔽効果という点ではモードレッドの不貞隠しの兜よりも強力であり、このバイザーを付けている限り、彼女は自身に繋がるあらゆる情報を隠す事が出来る。


 
 ギャラハッドに破壊されその素顔と性別が国中に知れ渡り、後世でも彼女が男性と語られなかったという"事実"により、生前の段階で意味を失った物である、として宝具の神秘性と格が消失。
 自らのステータスなどの情報を隠す効果が消失し、表情を隠すバイザーでしか無くなっている。この宝具は彼女の素顔を知らず、また彼女自身が英霊となる前の生前の段階、という特殊状況でしか機能する事はない。
 
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。