尚ギャラハッドは、今まで全ての選択肢に於いて最適解を出し続け、これからも主人公に対し選択を間違わないモノとする。
そのままの流れで、ガレスは厨房に立っていた。
ガレスの後ろには厨房越しのカウンターに座りながら、ぼーっとガレスの後ろ姿を眺めているルーナがいる。
"空腹だから何か食べたい"
彼女のその一言でガレスは昔を思い出しながら、慌てて料理の一つを作り上げる事にした。
「えっと………何か、どうしました?」
「いや、何でもない」
彼女は左手を閉じては開いてを繰り返している。
それが何を表してるのかガレスは分からなかった。単純に手慰みなのか。それとも何か、イメージしているのか。
ガレスはルーナの事をじーっと見つめる。彼女は右手でコップを掴み、水を飲んでいた。もう五杯目だ。
「飢餓感がする。だからこうやって紛らわせてるだけだ」
ずっと見つめていたから、ガレスが何を考えていたのか分かったのだろう。
彼女はひたすらに水ばかりを飲んでいた。常に日頃からそうしているのだろうか。だと言うのに、彼女の体型は全く変化しない。
それは少しずるい気がすると考えながらガレスは手元の片手鍋を操る。
一介の騎士とはいえ………王とは一体何を食べているのかをガレスは良く分からなかった。だから取り敢えず宴で振る舞われるような肉を焼き上げて、豪勢な物にした。
「料理長は、亡くなったのか」
火で物が焼き上がる音が響く中、ポツリと彼女は告げる。
不意に出たその言葉は、彼女の心情を表している気がした。
「また、寂しくなるな」
「……そうですよね」
静かな口調で続けた彼女に、ガレスも追従した。
ガレスは彼に恩義はある。それもかなり長い期間分だ。彼女もそうなのだろうか。正直に聞くのは少し気が引ける。
「その、何か関係があったんですか」
しかしガレスは素直に、料理長との関係を彼女に聞いた。
あまり彼女は多くの関わりを作らない。そう言う人だ。だから料理長と彼女を繋げる接点が気になった。きっと今なら話してくれる。そう言う予感がして。
「別に。ただ私は、彼の人柄とこの場所を気に入っていただけだ。恩義と呼べるようなものはない。だが……そうだな。私は彼の葬儀に参加する資格くらいはあった筈だった」
淡々と告げた彼女の心情は分からない。
ただガレスが分かるのは、彼女が料理長の葬儀に参加していなかった事だけ。
彼の葬儀は静かに行われた。彼の親族と何名かの騎士と、ガレスだけしかいなかった。そこに彼女はいない。
「ここもいずれ、誰からも忘れられていく。使う者がいないからな」
「………………」
「新しい何かに塗り潰されるが、一つの形として続く物。
何にも穢れない代わりに、後に残されず消えていく物。
果たしてどちらがマシなんだろう」
「私は続いていく方が良いです。だって寂しいじゃないですか」
今の問いはきっと、答えを求めてのモノではなかったのだろう。ただの彼女の独り言。彼女はそうか、と頷くだけだった。普段の様子から何も変化はない。
「寂しい、か……そうだな。寂しくなるばかりだからな。
憂いを表情に込めて、彼女は言う。
円卓の席は、空席が目立ち始めているのだ。
七席のトリスタン卿が離脱した後、その席に座ったのはガレス。空席を埋められたのはそれだけ。トリスタン卿のライバル的存在だった九席のパロミデスは、彼を追うように円卓を抜けた。パーシヴァル卿の二席も空いたまま。
十二席のモードレッド卿の席も、やはり空白だ。
モードレッド卿がどこにいるのかは何一つ分からない。
王に不義を働き追放されたと噂されるが、モードレッド卿は追放された訳ではない。失踪したが正しいという事は円卓の騎士達だけが知っている。
新たに円卓の騎士達を入れ替えたりしないのか、と言われても彼女は応じない。空席の騎士の帰りを待っているとも代えても代えなくても意味がないとも、円卓の騎士に頼る時代は終わったとも、色々推測されている。
「あ、えっと。出来ました」
話している間に出来た料理を彼女に出す。
出された皿を彼女は一瞬見つめると、彼女は俯いた。
そうして——彼女はバイザーを外した。
「食事の時は外すようにしている」
「え、あ……そ、そうなんですね」
「着けていた方が楽か」
「い、いえ! お気になさらず」
動揺を見抜かれていたのだろう。彼女は無表情のままで訊いて来た。
あまり褒められた対応ではなかった気がするが、彼女は一切を見咎めず、一瞬黙った後食事に手を付け始める。
王としての体裁か、彼女の食べ方は綺麗だった。彼女も変わってしまったんだと、どうしてかガレスは彼女の一挙一動の動作が心に残る。
静かな動作。眉一つも動かさない。
つくづく端正な顔だった。人形のような肌。覗き込んでいると吸い込まれそうな瞳。いつしかガレスは、彼女の目に釘付けになっていた。
「…………薄い」
釘付けになっていたガレスは、彼女のその一言で一気に覚醒させられる。
僅かに不満気な表情の彼女に動揺を隠せない。
「え………えぇ……!?」
「味がしない」
反応は正直だった。
彼女との仲だ。彼女も正直に感想を述べたのだろう。お世辞を言われるよりかはマシかも知れないが、それはそれとしてちょっとショックだった。
「あ、あれー………ちょっと厨房に立ってないだけで腕が落ちたのかなぁ……なんて………」
「いやいい。食べる」
そう言い残して、後は食べ終わるまで一言も喋らず彼女は食を進めた。
ちゃんと食べてくれたのは嬉しい。しかし上手くいかなかった料理を彼女が食べたと言う事に、一介の料理人としての心得のあるガレスは少しだけ複雑だった。
元々眉一つ動かさないのはいつも通りなのだが、食事中もそうだとちょっと気になる。怖いからだ。
食べるのは早い。もう食べ終わって、彼女はスッと立ち上がる。
「ありがとう。これで未練が切れた」
「え?」
「しばらく私はキャメロットを後にする」
再びバイザーを身につけて、彼女は外套を羽織る。
切れた未練というのは、亡くなった料理長の事か。
「それは、聖杯探索の事ですか」
「あぁ。正直言えばそんな都合の良い奇跡が、こんな都合の良いタイミングでこの国に齎されるのかと思っているが」
ブリテンは今、その話で持ち切りと言っても良かった。
救世主の杯。あらゆる願いを叶える万能の杯。その杯があれば、ブリテンを根本から救えると。
多くの人々や騎士がそう信じている。得てして、人は信じたいモノを信じる者だ。だから多数の騎士が聖杯を求めて、既に探索を始めている。
しかし、今の所目ぼしい情報はない。志半ばで帰還した騎士もいる。
主の奇跡にそう簡単に出会える訳がないと言う人もいるが、彼女は違うらしい。彼女は、奇跡そのものを疑っている。少し………嫌悪しているようにも思えるのは、果たして見間違いだろうか。
「簡単な証明だ。
人々が願う都合の良い神がいるなら、この世の嘆きに手を差し伸べない訳がない。故に、もう神は居ない。都合の良い奇跡など存在しない。
そも、神とは人間に理不尽を振り撒く側。神話の神なんて碌でもないモノばかり。だからきっと最古の英雄王は、神ではなく人の可能性を取った。神に期待する方が間違っているんだこの世界は」
「…………………」
「いや………いい。流せ。神を信じていながら神は人類の糧にはならないと考えている者の考えだ」
自嘲するように、彼女はかぶりを振って答える。
「私が戻るまでキャメロットを頼む。
かの英雄王のように、国に帰って来たら故国が無くなっていたなんて事になったら目も当てられない。私は彼のように、国を再建するなど出来そうにもない」
そう、聖杯探索には彼女も加わる事になった。
聖杯には選ばれた者しか辿りつけない。ならばそれに相応しい者は誰かとなれば、王の名が上がるのなど珍しくもない。それに彼女はあの第十三席だ。
当然、王がキャメロットを離れるのを危惧する声もある。が、王が聖杯を見つけ出すのを期待する声の方が大きかった。新王が聖杯探索を成功させれば、王の権威はより盤石になるだろう、とも叫ばれている。
「任せていいか?」
「あ、えっと」
振り返って彼女にガレスは思わず言い淀んだ。
肯定や否定の話ではない。今のガレスにあるのは、国の進退に関わる事ではなかった。
ガレスは気付いていた——彼女が自らの名前を呼ばない事を。
当然だ。彼女にはまだ自らの名前を告げていない。だから彼女が、ガレスと呼ぶ事はないのだ。しかしいつからだろう。彼女は、ボーメインとすら呼ばなくなっている。それが意味するところは何か。
彼女は、自らの本当の名前を知っているのだろうか。
だって彼女は、妹。勤勉な彼女の事だ。親族の名前を知っていてもおかしくない。当然母上から聞いている可能性もある。
「えっと………」
ずっと夢見ていた。いつか憧れの人に、自らの名前を言う日を。
血筋とか血統とか、そう言うモノ関係なしに絆を育んで、時が来たら自分の名前を言うんだと。
でも、それはいつだろう。
彼女に一騎討ちを挑んで、勝てたら嬉しいけど、でも別に負かしたい訳ではなくて——"彼"のあの澄まし顔を驚いた表情に変えてやるんだと意気込んでいて………結局その日は訪れないまま。いつの間にか、運命が彼女を遠くに奪い去ってしまっていた。
だから——
「……………————」
——だから、ガレスはここで一歩踏み切る事にした。
そう、こんな事で悩んでいるガレスではない。
自らをそうやって励まし、ガレスは猪突猛進に突っ込む。新王とか、聖杯とか、円卓とか、そう言うモノは知らない。考えたって始まらない。
元々自分と"彼"は、別に何でもない一騎士と騎士見習いだったのだ。
だから、あの日の誓いに不要な物なんて何一つ要らないのだ。
「——あの! ルーナさん一つ約束があります」
「なんだ」
「ルーナさんが聖杯探索から帰ったら——私と一騎討ちしてくださいっ!」
そう言ってから、あれなんかこの構図って告白っぽくない?
と、ガレスは思わず考えた。
死地に行く男性と、見送る女性。どう考えても色々とおかしいし逆だし、そもそも発言の内容は告白ではないが、そう考えると途端にそう思えて来てしまう。
彼女に、ついに一騎討ちの約束をしてしまったという興奮と、なんかこの構図のアレな感じと、ジッと此方を見つめているルーナに、ガレスは急速にしどろもどろになり始めていた。
「……………」
「あ——えっと違う……違くてですね!? 別に他意とかなくて! 何かそう言う事を言っているんではなくて、私は私で覚悟を決めた訳で………いや覚悟ってそう言う覚悟でなく——」
「——フ、フフ」
「…………——へっ!?」
硬直を破ったのは、彼女からだった。
想像もしてない反応。何というか………可愛らしいな……と思える微笑みを、彼女は堪え切れないように零していた。
その後も暫く続く彼女の笑みを、放心したようにガレスは眺める。
彼女の溢れるような笑みがようやくやんだ後、彼女は昔の様な、勝ち誇るような悪どい笑みを浮かべてガレスに答えた。
「——そうかそうか。いいぞ、分かった。
約束通り、私が戻った暁には貴公と一騎討ちを果たそう。だが、私が卿を一瞬でのしてしまって泣かれても責任は取れないからな?」
「お………ぉお」
「あぁ、勿論事前に言って置くが、責任を取ると言う言葉をそっちの方面には解釈するなよ? 私はそちらの頭がお花畑ではない事を深く祈っておく」
「な——………言いましたねルーナさん。その既に勝利を確信しているような根性許せません! 絶対に私がルーナさんを叩きのめしてやりますからぁ!」
「ほう? 良く言った。じゃあ期待している——ボーメイン」
ニッコリと微笑んで、彼女はその場を去っていく。
………最後に残した名前。それはつまりそう言う事ではないか。彼女も、ちゃんとした形で、姉から名前を聞きたいと言う事ではないか。
いやちょっと姉と妹の立場が逆かも知れないけど。そもそも彼女は兄弟に関してどう思ってるか分からないし、何なら今までの関係的に此方を手のかかる妹的な感じに思ってるかも知れないけど。
でも。それでも。
「………絶対に勝ちたい」
勝てる気はしない。でも何が何でも勝ちたい。
負けるイメージはつく。でも絶対に負けたくない。
必ず届かせる。今まで磨いた槍の極意を、空の星にまで届かせてやる。
そう、深くガレスは誓った。
彼女が去っていくのを見届けた後、ガレスはふと彼女が食べ切った料理の事が気になった。
彼女が薄いと残念がったそれ。残された皿が目にとまる。
日々疲れていて食事もおざなりにしているだろう彼女の事を考えて、濃い目の味付けにしたつもりだったが、薄かっただろうか。
行儀について咎める者はいないのだしと、残されたソースを指で掬ってガレスは一舐めする。
舌の精度に関しては、間違いなく普通より上のガレス。
伊達に何年も厨房で下積み時代をしていないのだ。だから病気になっている訳でも、味覚障害になっている訳でもない故にその味はガレスに正確に届いた。
味は充分、濃かった。
受け取った槍は重かった。
ずしりと腕にかかる実感的な重量。自分の身の丈を遥かに超える長柄の両手槍。白光の騎士は、これを片手に持ちもう片方に肩を覆えるような盾を身につけるのだから驚きだ。
手に取った槍の輝きを目に焼き付ける。
そう、この槍はケルトの魔槍のように決して癒えぬ傷を与えると呼ばれながら、あらゆる傷を癒す奇跡をも持つ聖槍。王が持つ聖槍と同じ、もう一つの聖槍。天と地の加護を受けた、ロンの槍。
「ギャラハッド。これを、貴公に託す」
だがその聖槍は、王の聖剣の鞘のようにはいかなかったらしい。
寝台で体を横にしていた——パーシヴァルは、ギャラハッドに己の槍を託してそう告げる。パーシヴァルには、左腕から先がなかった。
「それと、私の席をギャラハッドに預ける。
おめでとう。今日から君が第二席だ!」
彼の言葉に、ギャラハッドは素直に喜べなかった。
円卓の空席はある。だと言うのにパーシヴァル卿が第二席を譲るという事はつまり、パーシヴァル卿本人にも円卓を退く意思があると言う事。
もしくは、騎士王の第一の席の、その次の席である第二席に相応しい者はギャラハッドしかいないと言う思惑があるのか。
どちらにしろ、兄とも呼べるパーシヴァル卿が円卓の席を退くと言う事実が、少し悲しかった。
「こらこら。そう悲しむんじゃない。別にこれが最期の別れという訳でもないのだから、また会える」
パーシヴァルは右手でギャラハッドの頭を撫でる。
…………一時期パーシヴァル卿に師事していたのもあり、それに彼を兄のように思っているのも事実だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、こう分かり易く弟のように扱われるのは、少し言い難いものがあった。
「それにだ。今の円卓に必要なのは戦う為の力強さではなく、きっと必要とされているのは、傍で支える人だ。……まぁ私が言っても説得力が足りないかも知れないのだが」
「…………パーシヴァル卿は、聖杯探索には参加しないと?」
頭を撫でられながら、ギャラハッドはパーシヴァルに尋ねた。
今の発言、まるで自分を見送るだけで聖杯探索には行かないかのような言い方だった。
「いや、本当は行くつもりだったんだが………全盛期のように戦えない身としては特に。でも、陛下に絶対に行くなと止められてしまった」
陛下。そう呼ばれるのは——ルーナという少女だけだ。
だが、民草や普通の騎士ならいざ知らず、彼女は円卓の騎士達に自らを王と呼ばせる事を許さなかった。元より彼女がアーサー王と区別されて陛下と呼ばれていたのもある。それに彼女が、ブリテンに少女であると知れ渡ったとは言え、明らかに女性の名前であるルーナと呼ぶのは躊躇われた。
それ故、彼女を名前で呼ぶ者はまず居ないし、彼女が許さない。彼女がその名前で呼ぶのを許してくれるのは、ほんの一握りだけ。
だからか、彼女の本当の名前を知る者は、円卓の騎士達だけとなった。
「陛下が……」
「あぁ。片腕を失いながらも聖杯探索に赴きその果てに命を落とすなら、今ここで両足を折ってでも止めてやろう、とね」
「……………」
「うんあれは……本気の目をしていた。鈍ってばかりだからいけないと訓練をしていた私の下に、選定の剣を携えた姿で現れた彼女は……とても怖かった」
「は……訓練していたんですか……!?」
「あぁ勿論」
確かに、片腕が無かろうとパーシヴァル卿は並の騎士では相手にならない一騎当千の騎士である。だが流石に無理が過ぎるだろうとギャラハッドは驚愕した。
片腕で、本当に槍を握るつもりだったのか。
「君のように守る事、守護に関しては私も通ずるものがある。
だからギャラハッドのように、いっそもう盾兵になろうかと日々鍛えていたのだが、ふと日々の間に思い至った。盾を左肩に装着しようと。これであれば、盾とも併用出来る」
「……そうですか。無理はなさらないように」
確かに合理的なのかも知れない。
しかしそれでも左腕がない事に変わりはないのだ。それを成し遂げる為の体力と膂力、精神力は騎士の中でも随一というべきだろう。
「だから私は問題ありません、とそう言ったのだが……残念ながら陛下には聞き入れて貰えず」
「それはそうですよ」
「だから一騎討ちを申し込んだんだが………」
「……はい?」
今パーシヴァル卿は聞き捨てならない事を言った気がする。
思わず聞き返したギャラハッドに、パーシヴァルは苦笑いしながら答えた。
「陛下の瞳は本気だった。だから此方も本気であると示す為、正当に一騎討ちを申し込みはしたが……まぁ負けてしまった。
一撃必殺。彼女が相手だから最初の一撃で全てを決める覚悟を持って槍を放った。でも、頬に一筋の線を刻めはしたが私は返す刃で一撃だ。彼女はカリバーンを鞘に収めたまま。抜剣していないというのにね。
どうやらベイリン卿のようには行かなかったようだ」
「…………まさか、今パーシヴァル卿は両足を折られている………?」
恐る恐るギャラハッドが聞くと、パーシヴァルは清々しく笑った後に話す。
「いや、折られなかった。
折ってでも止めると言った手前か、陛下は私を倒した後も悩んでいたようだけど、結局やめてくれた。私の頬に一閃を届かせた証としてやめてやる、と。
それはそれで、聖杯探索への参加は拒否されたが、まぁそれはしょうがない」
パーシヴァル卿のガッツに、思わず溜息を吐いている彼女の姿が頭に浮かんだ。
だが意外と、片腕がないというハンデを負いながら自らに傷をつけたパーシヴァル卿に彼女は悩んでいたのではないだろうか。聖杯探索に参加させるか、否かを。
過酷な旅になるだろうとしても、人に任せるかどうかを。
「だから——彼女の事は君に頼む。いいかい? ギャラハッド」
不意に彼は、力強くギャラハッドに尋ねる。
柔らかな雰囲気だったが、パーシヴァル卿の瞳は強くそして真摯だった。
「先達として情け無いのは、ある。
だが彼女の瞳を見て悟ってしまった。あれはきっと誰もつけずに聖杯探索に赴くつもりであると」
「………………」
「だからギャラハッド。君に任せる。もしかしたら、もうキャメロットを発つつもりかも知れない」
「分かりました。ありがとうございます。
今までの御恩は、この胸の中に今も。貴方の槍、貴方の席。私が受け継ぎます」
ギャラハッドの言葉に、パーシヴァルは満足気に微笑む。
彼の端正な顔には、普段よりも大きな慈愛の表情が浮かんでいた。
「君なら彼女にだって追い付けるだろう。きっと、必ず」
その言葉にギャラハッドは頷いた後、パーシヴァルの部屋を退出した。
彼女にだって追い付ける。その言葉は多分、今すぐ旅立つ準備をしている彼女に追い付ける……と言う意味ではなかったのだろう。
パーシヴァル卿からの発破の意味を自覚しながら、ギャラハッドはロンの槍を手に持ってキャメロットの回廊を歩き去っていった。
「見送ってばかりか……」
部屋に残るパーシヴァルは、窓の外に広がる青空を見て黄昏れる。
あの槍。槍に収められた、その宿業。ギャラハッドならきっと完璧に成して見せる。聖騎士と呼ばれる彼に、嘘偽りなどないのだから。
そう、パーシヴァルは信じる。
その想いが、正しく成就される事を祈って。
今までもそうだったが、この一年最も戦いに身を置いて、そして最も人を殺して来たのはやっぱり彼女なのだろう。
華々しい英雄譚とはそれ即ち、どれだけ多くの者を殺して来たかに通ずる。
そうではないと言う人もいるかも知れないが、少なくとも彼女の場合はそうだった。だからか、後ろに立った瞬間にすぐ気付かれた。
「…………………はぁ」
彼女はキャメロットの門前で、騎馬に荷物を載せていた。
小さな足音と気配で振り返って、それだけで彼女は察したのだろう。振り返った先のギャラハッドの見て、彼女は溜息を吐いている。彼女の雰囲気は酷く冷たかった。
「もしかして一人で行くつもりでしたか」
「あぁ。そうだ。一人で行くつもりだった。
何よりお前をついて来させたくなかった。だから今の内に言う。もしも私について来るなと言ったら、お前はやめるか」
「いいえ。きっと貴方が私を吹き飛ばしても、こっそりついて行きます」
「……………………」
「"ついて来たい者だけ、私についてこい"。
貴方についていくのは、自由なんですよね」
「もし選べるなら、私は選ぶ」
「でも貴方は、今まで選ばなかった。
怖いから選ばないんじゃない。貴方は無慈悲な程に慈悲深いから、選択を人に委ねた」
「…………頑固者め。お前はその硬い守りに比例して頭も固い。だから私はそれなりに苦労している」
「すみません。言い訳の余地もありません。
でも僕は、臆病者にはなれそうにもありません」
「……………機微の分からない奴め。本当に頭が固くなってどうする」
「すみません」
「…………………」
彼女はギャラハッドの瞳と、その手に持つ武装を見て再び溜息を吐く。
いつもの雪花の盾は当然として、新たに携えているのはもう一つの聖槍、ロン。
「本気か」
「本気です」
「素顔を晒された事、忘れてないからな」
「……言い訳の余地もありません」
「………………」
「でも、本気です」
「はぁ…………本気なんだな」
目の前の少女が面倒そうに肩を下ろすの佇まい。
今まで何回も見て来た動作で、ずっとずっと変わらない佇まい。そう——本当に変わらないのだ。選定の剣を抜いた日からずっと、まるで彼女を固定するように。
この一年でギャラハッドは成長した。だが彼女は成長しない。
遂に彼女は、肉体の方も停止したのだ。
「バイザーは、外さないんですか」
「…………………」
途端に、彼女はバイザーを外した。外してくれた。
露わになる彼女の素顔。瞳は切れ目で、眉は窄めていて、視線は冷たい。
「フンッ。これで良いか?」
「………………」
「何を動揺してる。外してくれと言ったのはそちらだろうに」
「いや、いえ…………本当に外してくれるとは思わなかったので」
「別に。時間を食うのが嫌だっただけだ。面倒臭い。お前に対しては仮面を着けている方が余計な気を使う」
不機嫌そうに鼻を鳴らして、彼女は踵を返した。
馬に自らの手荷物を載せて、騎馬の蹄を整えて——鞍をギャラハッドに投げ渡す。
「え……」
「どうせ何を言っても私について来るんだろう。お前を止められる気もしない。だから——ついて来たいならついて来れば良い。好きにしろ、もう。面倒臭い。頑固者」
半ば暴言と愚痴にも等しい言葉を彼女はぶつけて来る。
バイザーを外しているから良く分かった。彼女は本当に嫌そうな顔をしてた。
「………………」
「言っておくが、もしかしたら一年以上かかるからな。その間はキャメロットには戻れず、私とずっと二人旅だからな。過酷な旅にもなるんだからな。それでも本当にお前は良いんだな?」
その問いに対し、ギャラハッドは戸惑わなかった。
むしろ、だから何だとすら思える。そんな事は何の障害にもならないし、数週間なんて短い時間でそう簡単に見つかる訳もないのだから。
だからギャラハッドは、その問いに深く頷いた。
「はい。当然です。構いません」
「そうか。そうだったな。じゃあ——」
馬の蹄を整え終わったのか、彼女は立ち上がって振り返らず告げる。
「じゃあお前は自らの意思で聖杯探索に行くんだな——?」
その問いには、僅かな不安が包まれていたような気がした。
何故彼女が不安そうに尋ねたのか、ギャラハッドには分からない。どうして、彼女が恐れているのかもまた、ギャラハッドには分からなかった。
「あらゆる願いはなく、故に私欲はなく、故にただ使命に殉じて聖杯探索に赴き、そして無欲さ故に聖杯を天に還し己も昇天する。なんて事は、しないな」
「…………まさか。そんな事はしません。そんな事をする為に、貴方について行く事はしません」
「………………」
振り返らないまま、彼女はその問いの何かを噛み締めていた。
恐れているというよりも………怯えている。そんな感覚がしてならない。さっきまでは、ああに強く己を保っていたと言うのに、今の彼女は何か。
「分かった。なら、良い。お前の事を信じる」
「…………」
「行くぞ、ギャラハッド。私について来い」
彼女は振り返る。
振り返った瞳には、冷たさはなかった。
彼女はもう旅立ってしまう。
自らの名前を……
私は——
1. ……要らない憂いを抱かせる。やめよう。
2. 今ここで自分の本当の名前を言おう。
→3. 思い出せ。一番最初、彼女に何を抱いたのか。それは——
——「——あの! ルーナさん一つ約束があります」
「ルーナさんが聖杯探索から帰ったら——私と一騎討ちしてくださいっ!」
彼女は一人で聖杯探索に行こうとしている。
なら、自分は——
1. 彼女を見送る。
→2. 見送らない。自分もついていく。
【パーシヴァル卿の生死について】
Garden of Avalonでは聖杯探索の末に死亡。
FGO内のプロフィールではロンの槍を持ち帰った者との記述とガレスの死を嘆いた、として恐らく生存。
尚、どちらにしてもパーシヴァル卿の最期は明確には明記されていない。
本作では……