「おーい、バディファイトしようぜー」
授業終了の鐘とともに、そんな声があちらこちらから響き渡る。
相棒学園では、いや、この世界では当たり前のような光景だ。
バディファイト。大流行しているカードゲームで、この学園ではバディファイト専門コースなんて物があるぐらい社会に浸透している。
私が少し家から遠いこの学園に入学したのは、実はその専門コース目当てだったりしたのだが、まあいろいろあって普通科に行ってしまった。
でも、まあいいのだ。なんだかんだ仲の良い友人がけっこうできたし、楽しいから。
「ねぇ、
「えぇっ、本当?! 見せて見せて!」
友人が目の前に出した端末を借りると、すぐにその画面を見る。勇ましい緑竜とともに空を駆け、クリミナルファイターを追いかける噂の人物がいた。
龍炎寺タスク。私達と同い年なのに、たぐいまれなる才能をもつバディファイターとして全国で有名なバディファイターだ。しかも、私達と同い年だというのに少年バディポリスとして大活躍している。
バディのジャックナイフドラゴンも見る度にため息が出るほどかっこいい。
「あー、もうっ、かっこいいなぁ……」
「ほんと、好きだよねー」
「まあね」
「えっ、結希って龍炎寺タスクのファンだったの?」
近くに居たバディファイト専門コースの人が話しかけてくる。
「え、あんたしらないの? この子のデッキ、タスク様のファンデッキよ」
「まじか。てか、お前もサマ付けってことは」
「もちろんファンよ。まあ、結希ほどじゃないけど。あ、デッキ見せてよ!」
「いいよ」
いつも使っているかばんからデッキケースを出す。デッキケースを取り出そうとして、中を見て、思わず固まった。
いつもは学校に持ってこないようにしていたデッキケースだ。慌てて、いつものファンデッキを探し出すと、かばんをしっかりと締めてなにも見なかったことにした。
幸い、友人達は端末を操るのに夢中だったり話していたりで気づいていない。ほっとしながら、カードを出した。
そのうち、他のクラスの初等部からの友人もちらほらと集まってきて、やがて、みなでバディファイトを始めるのは当然のことだった。
そして、負けるのも。
「だからさー、龍炎寺タスクが回してるデッキって絶対俺らじゃ回せないから!」
「なんてったって天才だもんね~」
わいわいがやがやと、帰り道をファイトの反省をしながら歩いて行く。先ほど、先生に早く帰れと怒られたところだ。
デッキ構成を変えた方が良いよとアドバイスをもらい、適当に頷きながら曖昧に笑う。
「そうだけど、私バディファイターじゃないし、ファンデッキだしさ」
「あー、まあそうだけど」
そう、私はバディファイターじゃない。デッキはファンデッキだ。
そう、言い訳をする。
「じゃあ、ばいばーい!」
「あ、わたしもそっちだから一緒に帰ろう!」
少しずつ、人が減っていく。
それと共に、ファイトの話から、だんだん当たり障りのない話とかになっていく。
そして、最後になぜか、あのバディファイト専門コースの人が残った。
今日、一度ファイトしたけれど、武装騎竜のデッキで完膚なきままに倒された。まあ、あのデッキでは当たり前だろう。
クラスの一員で、仲が良いわけではないが少しは話をしたことがあるし、知らない間柄ではないが、ふと疑問を持つ。彼は、この辺の人だったっけ、と。
「瀬川くん」
別に親しくないので、名字で呼ぶ。というか、名字は覚えたけど名前はちょっとうろ覚えで自信が無かった。
名字を呼ばれて、彼は一瞬驚いた顔をする。そんなに驚かなくても良いのに。
「なんだ?」
「家、この辺だったの?」
「いや、ちょっとカードショップよろうかと思って」
「学校帰りに寄って良いの?」
「大丈夫大丈夫」
そういいながら、彼はふと思い出したように言った。
「なあ、橘さんのもってたあのデッキケースって、なんのデッキなんだ?」
「……え?」
思わず、顔がこわばった。
「ごめん、ジャックのデッキを出したときにちょっとかばんの中が見えてさ。やっぱり、緑龍のデッキなのか? それとも蒼芎騎士団とか、もしかして武装騎竜? いや、違うワールドだったり?」
思わず私は目をそらした。
「いや、違うよ。その、カードの……使ってないカードを入れてるだけだし」
「そう?」
じっと見つめられていることが分かる。
でも、その嘘を突き通すしかなかった。
「そっか、残念だな」
「……」
心の底から、残念そうに言う。
私は別に嘘をつくことが上手ではない。絶対に、ばれているけれど彼は、何も聞かなかった。
「もし違うデッキ持ってるなら、そっちでもファイトしてみたいなって。ほら、ワールドごとにも属性ごとにもいろんな特性があるじゃん?」
あ、ファンデッキを貶している訳じゃないんだ。そう、彼はフォローを入れる。
「ほら、バディファイトの事を興味なかった人が興味を持つきっかけになったりするし…………ごめん、変なこと言って」
「うんうん、別に気にしてないよ」
少しだけ、ばれたのかと思っておびえていただけだ。
しばらく彼は無言で、そのうち分かれ道でばらばらになってしまった。
家に帰ると、小走りで二階の自分の部屋へと向かった。
父も母も仕事で、まだ帰ってこない。一人っ子だから家に誰も居ないけれど、扉に鍵をかけて、座り込んだ。
ぬいぐるみやアクセサリーの入った小箱が転がる女の子らしい部屋だ。が、その一角にはカードを入れるストレージがいくつもあった。
震える手でかばんを開く。
入っていたのは教科書や文房具と、いつも学校に持って行くデッキ、そしてもう一つ。
そのデッキを握りしめ、そして中を確認する。
そこから出てきたのは、ドラゴンワールドのカードではない。一撃必殺を狙うことができるカタナワールドでも、魔法カードが充実しているマジックワールドでも、子どもが憧れるヒーローワールドでも、最近流行し始めているダンジョンワールドでも、エイシェントワールドでもレジェンドワールドでもない。
『そのカード、昨日――――――――――――――――――』
昔、言われた言葉がリフレインする。
デッキをまた元通りに閉じると、すぐにストレージの上に置いた。
もう、学校には絶対には持って行かない、と。
次の日から、放課後になると、いつの間にか瀬川君も仲間の中に入っていた。
雑談をしたり、バディファイトをしたり。
私は相変わらずファンデッキで、手札が回って運が良いと勝ったり、だいたい負けている。
「あれ、今日もワールドが違うの」
いつものファンデッキを出すと、瀬川君はだいたいいつも違うワールドのデッキを出す。
この前はレジェンドワールドで、その前はヒーローワールドだ。
「全ワールドのデッキを作ってるから」
「
「おい、前言っただろ、親父がカードショップやってるからって」
仲の良い男友達に苦笑しながら瀬川君は言う。
もしかして、この前行くと言っていたカードショップはお父さんの店なのかもしれない。
「どんな、デッキ持ってるの?」
なるべく平然を装いながら、私は聞いた。
「カタナワールドの忍者とか、ダンジョンワールドは冒険者デッキ、マジックワールドは72柱、デンジャーワールドはデュエルドラゴン、エイシェントワールドはドラゴンロードで……」
「……なんで」
「ん?」
「いや、なんでもない」
うまく、笑えただろうか。ごまかして、みたつもりだけれど。
内心の動揺を隠して、私は笑っていた。
帰り道、今日も瀬川君がカードショップに寄るのだと最後まで私と一緒になった。
たわいない話をしているうちに、ふいに彼は立ち止まる。
「そういえば、教室で何を聞きたかったの?」
「え?」
「ほら、ぼくがデッキの話をしているときに」
ごまかしきれなかったのかと、私は思わず身をこわばらせた。
いや、まだばれていない。そもそも、ばれるような話もしていない。大丈夫だ。
「なんで、全ワールドのデッキを作ってるのかと思って、さ。だって、ワールドにもいろいろあるでしょう? あんまり使い手の居ないワールドとか、あんまりいいうわさの聞かないワールドとか」
ワールドごとの特徴は、人を選ぶ場合もある。バディが人を選ぶこともある。そして、人も選ぶ。
「あー……そうだね……」
彼は、少しだけ笑った。
「ちょっと、長い話になるんだけどさ……昔、バディファイターになりたての子に、ひどいことを言ったんだ。その子の使ってるワールドを侮辱して、その子はそのワールドを使わなくなった。バディファイトを楽しむこともなくなった。だから、その……もし、むかしのぼくみたいな事を言う奴がいたら、どのワールドだって楽しいんだって胸を張って言えるようになろうと思って……全部のワールドで遊んでるんだ」
「………………で…も?」
「え?」
「……デンジャーワールドでも?」
「……うん」
『そのカード、昨日クリミナルファイターが使ってたやつじゃん』
誰が言ったのか、分からない。というか、覚えては居ない。
ただ、一番楽しくて一番大好きなモンスターのいるワールドを、私が初めて作ったデッキを、初めて学校に持ってきた日だったと覚えている。
強いねと言ってくれた友だちだと思ってた人たちは、私を犯罪者だと騒ぎ立てた。
デンジャーワールドはなぜかクリミナルファイターが使っているワールドに一番多い。だから、クリミナルファイターイコールデンジャーワールドという方程式があったのだろう。
クリミナルファイターと呼ばれて悔しかった、でも、それ以上に、クリミナルファイターが使っているカードだと侮辱されたモンスター達、彼等のことを肯定できなかった自分が悲しかった。
だから私は、バディファイターになるのをやめた。
やめてしまった。
「デンジャーワールドも、だ」
思わず走り出す。
顔を見られたくなかった。
悲しいような嬉しいような、苦しいような、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、視界が歪む。
そして、自分の部屋へと駆け戻ったのだ……。
次の日。今日も放課後にバディファイトがはじまる。
瀬川君は――デンジャーワールドのデッキを持ってきていた。
「へー、今日はデンジャーワールドなんだ」
友人が声をかける。
「バディはデモンゴドルなんだけど……」
思わず、顔がこわばる。
「デンジャーワールドね……あんまり使わないなぁ……」
「そうそう。ちょっとね……」
隅で、声が聞こえた。
やっぱり、そういうモノなのだ。
使うのを、ためらったりするような……そんな、ワールドなのだ。
「でも、強いんだよ。ソウルガードが二回ある上に、反撃持ち。ソウルガードがなくなったら、コールコストにして次のデモンゴドルをコールするなんてこともできるし」
「へー」
「あと、単純にかっこいいぞ」
そう言って、デッキを見せびらかすように出した。
なんだなんだと友人達はそのカードを見ていく。
女子はふーんとあまり興味のなさそうな人が多いが、男子はあっこのモンスターかっこいいじゃんと見ていく。
その姿に……その中に、自分ははいれなかった。それなのに。
「ねぇ、どう?」
そう言って、瀬川君はデモンゴドルのカードをこちらに見せた。
知っている。
デンジャーワールドが好きだったから、デモンゴドルはもちろん持っていた。
だから、分かってる。かっこいいって。
守備力は低いけど、デンジャーワールドには魔法カードに闘魂合身もあるし。ソウルガード二回は強い。
瀬川君のデッキは、デモンゴドルを常に出し続けて殴る、デンジャーワールドらしいデッキだった。
「……」
「緑竜もかっこいいけどね」
「……アーマナイトだってかっこいいよ」
ぽつりと言ってしまい、失言に気付いて口を塞いだ。
「アーマナイトもいいよね。アーマナイトとクレイドル育成型のデッキを組みたいとは思ってるんだけど、まだカードを集めきってなくって」
「……」
「……そうだ、よければファイトしない?」
私は、無言でファンデッキを出す。
いつもと変わらない、自分では回しきれないデッキを。
デモンゴドルを見たとき、大きい声で言いたかった。アーマナイトアークエンジェルの方がかっこいいと。
物騒な武器を装備したケルベロスやイブリース、タイガー、リトルドレイク、ナーガ、ウィスプ……自分は、やっぱりアーマナイトが好きだった。重火器を構える彼等の姿が好きだった。
武器のソウルとなり、効果を与えるAのアーマナイト達と一緒に戦うのが好きだった。
彼等と、戦いたかった。
「今日は、ごめん」
カードケースからデッキを出しかけたが、手が動かなかった。
「明日でもいい?」
そう言って、立ち上がる。
「今日、用事があったんだ。ごめん、先に帰るね」
特に強制で残っているわけではなく、ただ暇だから集まって遊んでいただけの友人達は、またねーと特にいつもと変わらずにさよならをする。
瀬川君も、それ以上なにも言わなかった。
学校から出た私は、次第に早歩きになった。そして、いつしか走り出す。
あのデッキを見て、思ってしまった。
やっぱり、私はデンジャーワールドが好きだ。
彼等と、一緒に戦いたかったんだと。
家に帰ると、大切に保管されたデッキケースを震える手で開けた。さらに、予備のカードなどを保管しているストレージも出す。
デッキを広げて、カードを見る。
アーマナイトとアーマナイトAの混合型のデッキ。バディはアーマナイトカーリーだ。
先ほど会話に出てきたデンジャラスクレイドルも数枚デッキにいれてあるが、クレイドルはカードがそろったら使う程度でイブリースやアークエンジェル、ケルベロスと一緒にリクドウ斬魔や闇紡ぎ、岩抉りで戦う。そんな、デッキだ。
「……私だって」
あんなふうに、言いたかった。
『でも、強いんだよ。ソウルガードが二回ある上に、反撃持ち。ソウルガードがなくなったら、コールコストにして次のデモンゴドルをコールするなんてこともできるし』
あんなふうに……。
『あと、単純にかっこいいぞ』
自分の大切な仲間を、見て欲しかった。
ぽつり、ぽつりと雨が降る。
「私だって……」
次の日は、雨だった。
だが、放課後のいつもの様子は変わらない。カードゲームは雨だろうと変わらない。
「瀬川君」
「あっ、もしかして」
明日と言ったから、待っててくれたのだろう。
瀬川君は昨日と変わらない、デモンゴドルのデッキを出す。
私は、いつもと違うデッキケースを出した。
「うん」
中に入っているのは、緑竜のデッキではない。
「私と、バディファイトしよう」
ずいぶんと長い間、このデッキを誰かと一緒に回したことがない。
負けるかもしれない。勝てるかもしれない。その結果は分からないけれど……終わったら言おう。
私は――やっぱりアーマナイトが、デンジャーワールドが好きだと。