究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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三つ巴のダウンヒル(後編)

 車一台がギリギリ通れない程度に内に寄せて走るGT-Rの後方に、ハチロクが接触寸前までべったりと張り付いている。あと数センチでも外に寄れば遠慮なく並ばせてもらう構えを隠しもせずあからさまに煽る。

 

「いっそ芸術的といいたいレベルのコントロールだな。きれいなリズムとラインで速く走るやつは大勢いるが、ベストを外していてなお速く走れるドライバーというのは希少な存在だ。強引なラインで失速しているGT-Rを余裕をもって追いかけている。この差は終盤で大きく響くだろうな」

「見てるだけでも冷や汗が出そうだぜ。あれだけ煽りかまされて、平静でいられる走り屋はそうはいないだろうな……おっと」

 

 後方から二台を眺める涼介と啓介の目の前で動きがあった。

 GT-Rがブレーキングしつつインに寄せた際に、僅かに目測を見誤り減速しすぎてしまったのである。

 

 

 ブレーキングが早すぎた事に気付き咄嗟に中里はペダルを緩め、ミラーで後方を確認するも、既にハチロクの姿はそこにはない。

 イン側にいないとすれば、ほかの候補は一つしかない。中里は右に視線を向ける。

 

「……外か!」

 

 アウト側、右方向にその姿を認めると、すぐさまステアリングを切りにかかる。インに来ないのならむしろ好都合、さらに広くラインをとって進入速度を稼ぐチャンスである。

 しかしその目論見はすぐさま潰える。

 まだ切ってもいないのに縮まる車間に、向こうも限界までインに寄せて来ようとしていることに気付き、中里は一度は緩めかけたブレーキを再び床まで踏み込む。

 お互いの車のサイドミラーが覗き込めるほど接近したままコーナーに進入、両車ともインベタのラインのまま立ち上がりを迎える。

 

(並んで立ちあがれるならこっちのもんだ……!)

 

 アクセルを思いきり踏みつけ加速にうつる。並の車ならタイヤを空転させるだけの暴挙のようなアクセル操作でも、GT-Rならばこれが最適解である。

 後輪のキャパシティを超えた分の駆動力を随時前輪に流し、常に最高効率での加速を心がけるコンピューター制御が売りのGT-Rでは、ドライバーはただ単にフル加速がしたいという『意思表示』をするだけでいいのである。

 

 

 

 コーナーを抜けた先にあった光景に、FCの助手席で啓介は息をのんだ。

 二台横並びでの加速競争は、出だしこそハチロクがわずかに前に出るも、すぐさま並んだGT-Rと数秒並走し、次の左コーナーで再びGT-Rが前に復帰した。これが左右が違えば結果は逆になっていただろうから、これは中里の幸運である。

 

「惜しい……それにしても、ずいぶん粘れるもんだな。直線加速となればハチロクに勝ち目はないと思ったけど、惜しいとこまで食い下がった。それだけ脱出速度の差が大きかったって事かな、アニキ」

「それもあるが……」

 

 涼介はそこでいったん言葉を切り、FCをシフトアップさせた。

 

「それだけではないのだが……上手く説明できそうにない」

「説明つかないって、どうしたんだよ。アニキでも分からないなんてことがあるのか?」

 

 珍しく言いよどむ涼介に、啓介はさらに問う。

 目測だけで自動車のおおよそのスペックを割り出してしまうことから、人間ダイナモシャーシなどとあだ名されたこともある涼介の観察眼には、啓介のみならずレッドサンズの多くのメンバーが信を置いているものである。

 

「あるさ。分からない事だらけだとも……あのハチロクの立ち上がりは、一般的なFR車と比べても踏み始めがワンテンポ早い。後ろから見ると、まるで4WDを追いかけているような気分にさせられる。あくまで、そう錯覚させられそうな程のキレというだけだが。これに無理矢理に説明をつけるなら……未来予知だな」

「未来予知だって……?」

 

 涼介の口から飛び出す科学的とは離れた言葉に、啓介は怪訝気に返す。

 

「ドライバーというものは、皆多かれ少なかれ周囲を見て、先を予測をしながら走っているものだ」

 

 攻める時だけに関わらず、街中をゆっくり走っている時でも、ドライバーは安全のために常に周囲の情報からある程度の未来を予想しながら運転しているものである。

 

「おそらく、この予測の精度が恐ろしく高いんだ。他の走り屋がまだ様子を見ながら微調整を続けているようなタイミングで、既にあいつは次の動作に移っている。コンマ1秒先に車がどうなっているかが完全に予測できているから、動作にタイムラグがない」

 

 まだ車が前に向ききっていない、他のドライバーならまだ踏まないタイミングで、躊躇いなくアクセルに足をかけている。

 踏み始めが早いから立ち上がりも早い、といえば単純だが、一歩間違えれば制御不能の大惨事。絶対の自信無くしてはやれない、一般的に言えば無謀な運転である。

 

「気の遠くなるほど走り込み続けて、コースと車への熟練度を上げ続ければ、いつかはたどり着けるかもしれない。そんな領域だな。その年で、どうやってそこまで磨き上げたかは想像もできないが」

 

 突然のスケールの大きな話に、啓介は開いた口が閉じなくなった。

 

 

「とんでもない話だぜ……オレもそこに行けると、アニキは思うか」

「いつも言ってるだろ。オレの理論に、お前のセンスが合わされば最強だと。後はお前のやる気次第なんだ。とはいえ、あれが絶対無謬な正解だとは、オレは思わない、いや、思いたくないがな」

「え……?」

「まだこれからの話さ。今は、この戦いを見届けようぜ」

 

 

 

 

 コースも後半に差し掛かった頃、中里は運転席で一人舌打ちしていた。

 

(ブレーキの効きが、悪くなってる気がするぜ……)

 

 まだ気持ち感じる程度にではあるが、ABSが作動するまで踏みつけても減速しなくなりつつある。

 もちろん気のせいという可能性もまだある。秋名の下りは前半より後半の方が勾配がきついため、単にそのせいでブレーキが効かないのだと考えることもできる。それならお互い条件は同じである。

 

 だがもしこちらのブレーキだけが危なくなっているのだとしたら問題である。効きが悪いからと言ってより長く踏めばさらにブレーキの過熱が進む悪循環である事は言うまでもない。

 最小限のブレーキで曲がれるようスピードを抑え、冷えるまで堪えるしか手はないが、今はバトルの真っ最中なのである。

 GT-Rを最強足らしめるトラクションも、アクセルを開けられなければ役に立たない。踏めないGT-Rなどただの鈍重なFR車だ。

 

(下まで持つか……?)

 

 今はまだ、微かなレベル。ゴールまで持ちこたえてくれれば良いが、持ちそうにないなら、これまで以上にブロックを意識する必要がある。

 中里がミラーに目をやれば、いまだにぴったりと喰いつき続けるハチロクが映っている。

 

(スキなんか見せてやらねぇぞ)

 

 普段なら、峠の下り一本ごときでブレーキが悲鳴をあげることなどない。

 しかし、後方をけん制すべくラインを狭く取り続けた結果ブレーキの使用量が大幅に増加している。強く踏むだけなら大したことはないが、長く踏むのはてきめんにブレーキを弱らせるのだ。

 

(ちょっとくらいブレーキが怪しくたって、ハチロクなんかに負けるわけにはいかねぇぜ)

 

 

 

 ハチロクの運転席で、拓海はステアリングから離した左手で汗をさっとぬぐった。窓は当然閉め切られているので車内はかなり暑いのだ。もうエアコンのスイッチを入れてしまおうかとも思うが、いまさら入れても効き始める前にゴールしてしまうので結局入れなかった。

 

(もっと早く決まると思ったんだけどなぁ)

 

 コースは早くも終盤の名物、5連続ヘアピンに近づいている。

 GT-Rの方はようやくブレーキが怪しくなってきたようだが、やろうと思えばまだまだ粘れるだろう。

 やはり今までやった事の無いものを、いきなりやろうとしても上手くはいかないものらしい。

 とはいえ今から作戦を無かった事にするのも悔しいが。

 

(5連続ヘアピンでもう一度仕掛けてみて、ダメだったら全開でやるということで……)

 

 拘って負けては元も子も無いので、次でダメならミゾ落としその他を解禁する事を決意し、拓海はギアを4速に押し込んで直線を駆け抜ける。

 

 

 

 5連続ヘアピンは名前こそ5連続だが、4つ目と5つ目の間にはそこそこの長さの直線があり、さらに5つ目の次もかなりきついコーナーなので、実質4連続とも6連続とも言っても間違いではない場所である。

 テクニカルな場所故ギャラリー人気も高く、今夜も多くのギャラリーが各ヘアピンに詰め寄せていた。

 

 その大勢のギャラリー達の歓声が、前を走る二台を包み込む。

 大柄な図体とは裏腹にコンパクトに第1ヘアピンをクリアするGT-Rに、やや距離があったにもかかわらずブレーキングでべったりと張り付くハチロク。

 

「先週も見たけど、やっぱ上手いぜハチロクのブレーキングドリフト!」

「古くて非力だけど、下りならめちゃ速とか走り屋として最高にシブいよなぁ」

「妙義の中里もたまんねえよな。ハチロクに煽られっぱなしとかプライド傷付きまくりだろ……」

 

 そして2つ目のヘアピンへと飛び込もうとする二台と、やや後方に続くFCを見送ろうとしていたギャラリー達から、再びの、そして驚きの歓声があがる。

 

「ハチロクが、外からいったーっ!」

 

 

 中里は外側に陣取ろうとするハチロクをにらみつけると、ブレーキをしっかりと踏む。自分が有利な側にいるのだ、焦る必要などないと落ち着いて減速させ、接触しないギリギリまで外に振りながら最短距離を回る。

 

「行かせねぇっての!」

 

 向こうもラインの自由度の少ないヘアピンを無理して抜けてきているのである。脱出速度はさして稼げていないハズ。

 2.6リッターの排気量を誇るGT-Rの心臓、RB26エンジンならば、まだブースト圧が立ち上がりきっていない状態でもハチロク相手なら十分なパワーを絞り出せる。

 

 予想通り、3つ目のヘアピン入口までに前に出なおせて一息つこうとする間もなく、ミラーの中で動きが起こる。

 ミラーから消えたヘッドライトの光を追って左に目をやれば、ハチロクが再び外から回ろうとしている。

 

「ウロチョロと、目障りな!」

 

 再びインベタをきっちり旋回する。ミスさえしなければ追い抜かれはしないことはもう分かっている。

 減速がわずかに足りなかったのか、フロントタイヤの応答が少し怪しいが、中里はさらにステアリングをこじって強引にアンダーステアを抑え込む。

 

 そして二度目の立ち上がり競争を終え、ブレーキングポイントを目前にしながら中里が再びミラーを覗き込むと、三度アウト側へと消えようとするハチロクが垣間見える。

 

「またアウト……懲りない女だな、しつこいぞ!」

 

 外側に入り込んでくることを予測し、そちらにある程度のスペースを残したうえで外に振りつつラインを作りにかかる。

 いざステアをきってターンインにかかるべく、進行方向である左前方へと目を向けた中里はそこでありえないものを見る。

 

「……インだと!?」

 

 ほんの一秒前まではアウト側にいたはずのハチロクが、今はイン側で鼻先をねじ込みにかかっている。

 いつの間にそちらへ移動したのか、後方のチェックは欠かしていなかったはず。

 今ならまだ間に合う、と咄嗟にブレーキングをやめ思い切りステアを切り込み、頭を抑えにかかるが、GT-Rは中里の意思に逆らいインへ行こうとはしてくれない。

 

(アンダーかよ、こんな時に!)

 

 そんな急旋回を許容してくれるほどには減速できていなかったGT-Rの車体は外に向かってズルズルと流れてゆき、外側のガードレールと擦れ始めたあたりでようやく前を向く。

 さらに激しく擦れる事にも構わずアクセルを開けるも、既にハチロクは前に出てしまっていた。

 ガードレールの抵抗もあり失速してしまっている今の状態では、さすがのGT-Rでも5つ目のヘアピンまでに抜き返す事は不可能だろう。

 

 

 

 ガードレールと接触し失速したGT-Rの姿を拓海はミラー越しに確認し、少々の罪悪感に苛まれながら逃げの態勢に入る。

 擦るだけで済んだようなのは良いが、それでもやはり車が事故る光景というものは走り屋としてあまり気分の良いものではない。

 走り屋が山で事故るのは自己責任が原則とはいえ、もし怪我でもしていたり、損傷がひどいようなら申し訳ない気持ちになる。

 

 二度の外回りで注意を引き付けてから、前走車のミラーの死角に潜り込む形でのイン攻めは想像以上の手ごたえだった。

 向こうはまだ追いかけてくる気でいるようだが、抜かれた事にか、愛車をぶつけてしまった事にか、はたまた両方か。もう車に覇気を感じられなくなっている。

 もう普通に走るだけで終わりだろう。

 

(怪我でもしてたらアレだし、後で一声くらいかけてから帰ろうか……)

 

 その後、GT-Rがミラーから消えるのに、さして時間はかからなかった。

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