究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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ダーティシビックEG6

 ライムグリーンのS13シルビアが大きくリアを振り出し、タイヤから白煙を拭き上げてコーナーを大回りに回る。

 二、三度お釣りをもらいながらも立て直すと、そのままブレーキを踏んでシルビアは停車した。

 

「池谷、中々カッコ良くなったじゃん」

 

 路肩に立っていた健二がシルビアに近づくと、池谷は運転席の窓を開けて健二に笑顔を向けた。

 

「タイミングがやっと掴めてきたぜ。ドリフトは始める時より終える時の方が大事みたいだな。スライドを抑えるのが早すぎても遅すぎてもダメなんだ」

 

 サイドブレーキを使った初歩的なドリフト走行の練習をするべく、池谷達は秋名山のヘアピンが連続する場所で交代で走り込んでいた。

 走行だけに集中できるよう、今走っている一人以外は見張りとして路肩に立ち、対向車が来ないか監視している。

 

「最終的には、拓海ちゃんみたいにサイド無しで横向けれるようになりてぇな。今のオレらがやってもクラッシュするだけだろうけど」

「コーナー1個で気絶したくせに何でそんな事知ってるんだ池谷?」

「それぐらいは見てたわ。というか健二だって3つで気絶だろ、ヤバいと分かってた二人目でこれとかオレより情けないんじゃないのか?」

 

 にやにやと笑いながら『1個』を強調した健二に、池谷は指を三本立てて言い返す。

 

「……まあ、サイドでロック掛けないって事は、荷重移動だけで流してるってことだからな。相当にスピード出てないと出来ないだろう。アクセルで曲げるってやつだな」

「今の良い車しか知らないヤツには中々想像つかない感覚だよな。店長も言ってたけど、昔の車は足がへぼだから、ちょっと負荷かけるとすぐズルズル滑り出してたって。峠の制限速度ってオレらにはかったるい数字だけど、昔の車であれ以上出すとヤバかったとか」

 

 池谷のシルビアも、今はあえて安価な低グレードのタイヤを装着している。いつもの食い付きの良いタイヤではまだ上手く滑らせられないのだ。

 

「……次、健二行くか?」

「おう……あれ、何か来てるぞ」

 

 ブラインドのコーナーの先から、懐中電灯の明滅する光が見える。事前に決めておいた対向車接近中のサインである。

 池谷はブレーキを解除し、下りの重力に車を引かせながらシルビアを左側のガードレールに寄せていく。ヘッドライトもハザードランプも点いているので、もし今から来る車が対向車線にはみ出しながら走ってきていても気付いてよけてくれるだろう。

 

「いい音させてんなぁ。攻めてるぜ……来たぞ」

 

 池谷達の横を、赤い3ドアハッチバックの車、EG6シビックが駆け抜けていった。

 一瞬だけブレーキランプを光らせ、ヘアピンの先に消えていく赤い後ろ姿を見送った二人は、再び集まって顔を見合わせる。

 

「シビックか。この辺りじゃ見ないな」

「でもあれ、昨日も見たシビックだぜ。ヤバい突っ込みしてたからよく覚えてるよ。秋名も有名になっちまったもんだな」

「そうなのか?」

「池谷は昨日は居なかったなそういや。ただ通り過ぎただけだから、ステッカーとかはよく見えなかったけど……よし、じゃあ次はオレ、行くよ」

 

 健二はポケットから車のキーを取り出す。

 池谷も車をどかすと、エンジンを切って健二と見張りを交代した。

 

 

 

 練習がさらに一巡し、池谷は再びシルビアを走らせていた。

 コーナー目掛けて加速させている最中、池谷はミラーに差し込んだ強烈な光に目を細める。

 

(後ろから一台来てるな。ここ抜けたら譲るか)

 

 後方から猛スピードで追いついてきた一台の車がべったりと張り付き、前に出たそうにしているのを確認し、池谷は目前に迫った次のコーナーを抜けたら脇に寄せ、この車を行かせてやることにする。

 フットブレーキを踏み込み、前輪に荷重がかかったことを肌で感じた池谷はステアリングを切り込み、左手をサイドブレーキに掛ける。

 

(ここでクラッチ切ってサイドを……うおっ!?)

 

 後方に張り付いていた車に押され、まだカウンターステアのあてられていなかったシルビアはフロントタイヤの向きに従って急速にインに旋回、スピン状態に入る。

 池谷は咄嗟にブレーキを踏み、車を止めようとする。こうなってしまったら無理に立て直そうとせず、とにかく減速した方がいいと判断しての事である。最悪どこかにぶつけるかもしれないが、速度が落ちていれば大怪我はしなくてすむ。

 

(よし、何とか止まってくれた……ラッキーだぜ)

 

 上手くコーナーのRに沿ってスピンし、どこにもぶつけずに済んだ池谷は己の幸運に感謝する。

 焦燥がため息と共に体外に出ていくと、今度は胃の底から怒りの炎が湧き上がってくる。

 元凶を探して周囲に目を向けると、その相手は逃げるわけでも、謝りに来るでもなくただコーナーの先に停車していた。

 

(あの車、さっきのシビックか!)

 

 見覚えのある赤いボディは先ほどここを登って行ったEG6シビックである。

 池谷が車を切りかえして正面に向けると、シビックも発進し逃げ始める。

 

(今のはわざとぶつけただろ……待ちやがれ!)

 

 アクセルを全開にし、シルビアを追い縋らせる。

 停止状態からの加速なら前輪駆動車であるシビックよりもシルビアに分がある。差はあっという間につまり、次のコーナーに入る頃には横に並べそうだ。

 別にぶつけ返したりする気は池谷にはないが、このまま逃げさせるつもりもない。前に出て相手を止めさせ、先の行為を謝らせない事には気が済まない。

 

 コーナーが迫り、池谷はブレーキを踏む。今度はサイドブレーキは使わずグリップでのコーナリングである。いきなりのバトルで使用するほどの自信は、まだ池谷には無かった。

 

(なに……!?)

 

 EG6シビックは途轍もない勢いでコーナーに進入していく。後輪を引き摺り、スキール音を奏でながら横を向く、先ほどまで池谷達がモノにしようと散々練習していた、サイドブレーキを使用したドリフト走行そのものだった。

 ブレーキランプを数度点灯させ、高速でコーナーを脱出したシビックが軽やかに再加速を始める。

 1.6L程度の排気量でターボも無し、それでいながらノーマル状態で170馬力も搾るシビックの加速は、1.8Lターボと格上のはずのシルビアでも追い縋るのは容易ではない。

 

「くそっ、ついて行けない……!」

 

 地元の池谷でもゾッとするスピードで駆け抜けるシビックは、あっという間に視界から消え失せた。戦意を失い停止した池谷の後方から、180SXを先頭にスピードスターズの面々が下りてくる。

 先のシビックを見ていた健二らが、走りだした池谷を慌てて追いかけてきていたのだ。

 

「大丈夫か、池谷。ぶつけられてたろ、ケガはないか?」

「ああ、なんとかな。あの野郎、態度はともかく、すげぇテクだ。余所者だし、コースもよく知らないだろうによく突っ込めるぜ……」

「ああ、でもあんなタチ悪い事するとは思わなかったよ。もし明日も来てたらチーム総出で取り囲んでやろう」

 

 

 

 池谷達が秋名で練習に励んでいた翌日、日の光を浴びて美しく輝く赤いAE86カローラレビンが、道幅はそう広くないものの、交通量が少なくのびのび走れる快適な道路をゆっくりと流している。上り勾配によりレビンのフロントガラスには青空が大きく映し出されており、気持ちの良いドライブに一役買っていた。

 

「くうーっ、最高だよオレのレビン!」

 

 運転席でステアリングを握りながら、歓喜の声を上げるのはイツキである。ようやく納車された念願のハチロク、それを自らの手足で思うがままに操れる喜びに、思わず体が震える。

 

「これで新車の匂いがしてれば、もうこれをおかずに飯食えるレベルだよ」

 

 外観と裏腹に内装には若干の傷などがあったりするが、古めの車だと考えれば綺麗な方だと言える範疇である。

 

「……そうかな、あんまり新車の匂いって好きじゃないんだけど」

 

 その助手席で窓枠に肘をつき、外を眺めている拓海。

 

「うーん、まあ好きじゃない、酔うって人もいるよね。それはそうと、今日はご指導よろしくお願いします、藤原先生!」

「はいはい。それでどこ行くの?」

「まずは街中ぶらぶらして、車に慣れようかなって。車運転するの教習所以来だし、ちょっと緊張してるんだよね。親父の車借りても良かったんだけど、あれFFでオートマだし、おまけにディーゼルだし」

 

 それに親父かお袋が絶対心配して付いてきて、横で細かいことでグチグチ口出ししてくるだろうし、そんな乗ってて楽しくなさそうなのはお断りだよ、とイツキは顔をしかめて言う。

 

「ある程度慣れたら、峠に行きたいな。明るい内に練習して、夜になったらいよいよ待ちに待った全開走行……といきたいけど、いきなりは怖いから少しづつペース上げてこう。皆にはちょっと出遅れたけど、オレもいっぱしの走り屋として胸張れる日を目指して……くーっ!」

 

 イツキはタコメーターのレッドゾーンに目を落とす。今はまだ少ししか回していないが、今夜は思いっきりぶん回して4AーGEUエンジンの咆哮を全身で楽しむのだ。その時を妄想するだけで思わず声にならない叫びが口をつく。

 

「それはいいけど、前見て。一時停止だよ」

「あっ、ごめん……おわーっ!?」

 

 前方にそびえたつ一時停止の標識に気が付いたイツキが全力でブレーキを踏み込む。

 ホイールロックした4つのタイヤを引き摺り、何とかレビンは停止線ぎりぎりで停車する。急ブレーキでロックの掛かったシートベルトから解放され、イツキはほっと息を吐く。

 

 落ち着いたイツキは周囲をさっと見渡す。後続車は居なかったので急ブレーキで後ろが迷惑することはなかったようだ。

 右を向くと、茂みに隠れていて見えづらいが、白と黒の特徴的なツートンカラーの普通車がこちらに頭を向けて鎮座している。その正体に気付いた時、イツキの心拍数が一気に跳ね上がった。

 

「げ、パトカーいるじゃん……」

 

 運悪く今日の取り締まり場所にここは選ばれていたらしい。声をかけてもらえたこと、何とか止まれたことの幸運にイツキは感謝した。納車したその日に切符をきられようものなら今夜は家族会議待ったなしの事態だった。

 そしてそれ以上に、隣に女の子を乗せた状態でのサイン会など男として格好悪すぎてしばらく立ち直れない事間違いなし。

 

「ごめんごめん、次は気を付けるから……」

 

 気を取り直し、ギアを1速に押し込む。ここは上り坂だが、イツキは坂道発進は得意な方と自負している。教官に坂道発進を褒められた事はちょっとした自慢なのだ。

 教科書通りのサイドブレーキを用いた坂道発進をしても良いが、ここは先ほどの挽回の意味も込めてブレーキ無しで行くことにイツキは決めた。素早い踏みかえによるスムーズな発進はサラッと決められると格好良いのだ。

 

 マニュアル車の運転の基本にして極意はアクセルだ。イツキに付いていた自動車学校の教官はそう言っていた。

 クラッチにばかり目が行きがちであるが、多少のクラッチ操作のミスはアクセルで誤魔化せる。初心者こそ恐れずにしっかりとアクセルを踏まねばならない。

 

(……それっ!)

 

 ぐっとアクセルを踏みしめ、クラッチペダルに置いた左足を持ち上げる。

 タコメーターの針が急降下し、じわりと車が前進を始める。回転数が再び上昇を始めた事を確認してからそっとクラッチから足を離し、巡行に移る。

 

「ふぅ……」

 

 車内に漂った焦げ臭さを意識して無視し、1速で引っ張りすぎたのでショックを恐れて2速を飛ばし3速へ繋げる。

 

「ところで、話は変わるけどさ……拓海ちゃんって、進路とか、何か考えてたりする?」

「進路か……無難に、県内で就職しようぐらいしか考えてないけど」

「そっか。オレも、近場で良さそうなところが見つからなかったら、あのスタンドにそのまま社員として雇ってもらおうかなって思ってるよ。店長なら、頼めば入れてくれそうだし、何より車に関わる仕事したいし」

 

 給料はお察しだけどね、とイツキは笑った。池谷という実例が既に存在するため待遇面はおおむね想像がつく。

 

「もう高3だし、あと半年もしたら卒業なんだよなぁ。やっと自分の車ができて、憧れの人と同じステージに上がれるようになったし、今が一番人生楽しい時期だと思ってるよ。それもあと半年で終わりだって思うと、なんか悲しくなってくるよ」

「……そうだね」

 

 無言になった両者の隙間に、シフトショックの振動ががくりと挟まった。

 

「……夕方になったら一旦家まで送るから、夜になったら車持ってきてよ。秋名を一緒に流したいんだ」

「いいけど、横でなくていいの?」

「走り屋って、チームの皆が列になって走るでしょ。オレ、あの列に加わってみたかったんだ。一番後ろで、余裕で置いて行かれるだろうけど、一度はやってみたかったんだよね。池谷先輩たちも今夜は来てると思うし、長年の夢を一つ叶えたいよ」

 

 走り屋のチームでは、お互いの邪魔にならないよう、より上手い順に一列になって走るという事はよくある。その末席に自分の車で加わるというのはイツキにとっては長年の、やってみたい事のひとつだった。

 

「分かった。帰ったら聞いとく。あ、買い物しときたいから夕方スーパー寄って」

「はいよ。夕方のスーパーの駐車場か、今から緊張してきた……」

 

 

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