究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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FR殺しのデスマッチ?

 日の落ちた秋名山を、赤いイツキのレビンが登っていく。

 周囲に白いトレノの姿は見えない。もう上にいるのか、それともまだ下にいるのかは分からないが、来られないという連絡は無かったのできっと彼女は来てくれるだろう。

 

「うおーっ、いっけーオレのレビン!」

 

 エンジンが大きく唸り、興味のない人からすればひどい騒音でしかないような音を上げる。といっても、シフトレバーは1速に入れられているので大してスピードは出してはいない。

 ギアを2速を飛ばして3速に変え、迫るコーナーに備えて減速を行う。

 

「とりゃーっ」

 

 わずかに車体をセンターラインからはみ出させ、ブレーキを踏みながら右足をひねる。クラッチを切って踵をアクセルに叩き付け、ブレーキ踏力の増加により体がつんのめるのに耐えながら、クラッチをつなぎ直す。

 ものすごく機械に悪そうな音と衝撃がレビンを襲った。

 

「回転合ってない……でも今オレ、すごく走り屋やってるって感じがするよ。くーっ!」

 

 実際は吹かし過ぎでも不足でもなく、単にクラッチを繋ぐのが遅いので吹かした意味が無くなっているだけである。隣に『先生』がいれば駄目出しの一つも飛んだだろうが、今はいないので誰も指摘する者はいない。

 

「ん、何か来た?」

 

 イツキがふとミラーを覗くと、一対のヘッドライトがものすごい速さで迫り来ている。

 最初は彼女のトレノかと思ったが、それがリトラクタブルのライトでは無いと気付く頃にはもう後背にべったりと付いていた。

 

「シビックか……レビン乗りとして、シビックに道は譲れないなぁ、なーんて」

 

 イツキは右足に力をこめた。どうせやりあっても勝ち目なんてあるはずはないが、走り屋のバトルを気分だけでも味わってみたかっただけである。

 

「抜けるもんなら抜いてみろーっ……おわっ!?」

 

 いざコーナーへ向けステアを切ろうとした瞬間、背後からの衝撃を受け車が制御を失う。

 回転する視界の中、何が起こったのか理解できぬままただイツキはブレーキを踏み続けた。

 

「わ、わっ!」

 

 山の斜面に僅かに乗り上げて停止し、エンストによって明かりの無くなったくらいレビンの暗い車内で、走り去っていく赤い車と、仲間らしき2台の後ろ姿だけがフロントガラスで動いていた。

 安堵の息を吐くのもつかの間、自分が後ろから突き飛ばされたのだと理解すると、わなわなと怒りが湧き出す。

 

「この……!」

 

 ろくなウデもないのにバトルなんかするな、と言われてしまえばそれまでだが、それにしても突き飛ばすなんてあんまりだろう。わざとではないにしても、黙って走り去るのはどうなのか。

 

 イツキはレビンのエンジンをかけ直すと、怒りのままにアクセルを踏み込み、頂上を目指した。

 ちなみにロケットスタートの動作が完璧にできていたのだが、本人がそれに気づくのはもう少し後の事であった。

 

 

 

 出来合いの総菜と残り物を駆使した夕食と酒のつまみの準備を終えた拓海が、焼酎を湯飲みに注いでいる文太から借り出したハチロクで秋名山に到着した頃、山頂は普段そうは見ない物騒な喧騒に包まれていた。

 見慣れたスピードスターズの面々と、見慣れぬ3人組が道路の真ん中で向かい合い、剣呑な雰囲気で言い合っている。

 

「……騒がしいですね。どうしたんですか」

「来たか拓海ちゃん。あの赤いEG6の野郎、この間オレのS13にぶつけやがったヤツなんだ。ターンインの時に後ろから押して姿勢を崩してきやがった」

 

 先頭に立っていた池谷が、同じく向かいの先頭にいる男を指さし言う。

 指を差された相手の男は、顔に浮かべた嘲笑を崩さず、池谷に言い返す。

 

「だから言ってるだろ。あれはお前があんまりにもトロい走りしてるからだ。まさかここまでレベル低いやつとは思わなくてな。ブレーキが間に合わなくてこつん、ってな」

「この野郎……オレは百歩譲ってそうだとしても、イツキの件はどうしらばっくれる気だ。登りで大してスピードも出ていなかったはずだ。ウデはあるみたいだし、避けようと思えばいくらでも避けられただろ」

 

 池谷はイツキのレビンを指す。

 拓海が夕方まで乗っていたレビンを見ると、右のリアと左フロントのバンパーに跡がついている。

 

「大丈夫?」

「うん、大丈夫……傷はついちゃったけどね」

「そっか。なら良かった」

 

 イツキはそっと傷に触れた。

 

「そこの赤いレビンか……確かにぶつけたが、むしろ感謝してほしいぐらいだな」

「感謝だと……?」

「荷重移動も何もかもお話にならなくてな。あれじゃアンダー出して膨らんで、山に激突すんのがオチだっただろうからな。オレがスピンさせてやったから、あの程度で済んでるんだぜ?」

 

 そこのドライバーのガキみたいなヘタクソじゃ、そんなの分かんなかっただろうけどよ。と、山肌に衝突して潰れる車の様子を身振り手振りで再現しながらへらへらと笑う。

 

「……謝るつもりはねーってか」

「そらそうだろ。まあ、どうしてもって言うなら……オレとここの下りでバトルして、もし勝てたら考えてやっても良いぜ。ルールはこっちで決めさせてもらうけどな」

 

「本当に、負けたら謝るんですか?」

 

「拓海ちゃん!?」

 

 拓海が一歩踏み出すと、その場の視線が一挙に拓海に集まった。

 

「……ああ、謝るとも。お前が毅(中里)に、黒のGT-Rに勝った例のハチロクか?」

「そうです」

「そうか。オレは庄司慎吾。ナイトキッズのナンバー2だ。後ろの二人はうちのチームメンバー。あいつがハチロクに負けたと聞いたんで、どんなヤツか興味が沸いたから秋名に来たが……なるほどな」

 

 ヘラヘラした笑いを顔から消し、見定めるように拓海と背後のハチロクに目をやる。そうした慎吾の後ろで、取り巻きの二人がどっと笑った。

 

「GT-Rに勝ったというからどんなのかと思ったら、まさかガキ、しかも女かよ。こんなのに負けるとか、中里さんの栄光ももう昔の話か」

「おーい、こんなカスぞろいのチームなんか抜けて妙義に来いよ。可愛い女の子ならウデに関わらず大歓迎だぜ!」

 

 わいわい騒ぎだした取り巻き二人に、完全に笑みの抜けた真剣な顔になった慎吾がぴしゃりと冷や水を浴びせる。

 

「おい、今オレが話してんだ。ちょっと静かにしろ」

「す、すんません慎吾さん……」

 

 慎吾は拓海の方へ向き直した。

 

「悪いな。オレの連れは、というか、ナイトキッズはああいうヤツが多くてな。オレは別に、女だからどうこうと言う気はないぜ。オレの知り合いにも『インパクトブルー』とか呼ばれてる女で走り屋やってるヤツらがいるしな。もしあいつらがナイトキッズにいたら、ナンバー3はあいつで確定するぐらいには上手いぜ」

「……それで、ルールとは?」

 

 慎吾は取り巻きの一人に指示を出し、車内から布製の粘着テープを持ってこさせた。

 

「こいつを使うんだ。ガムテープで自分の右手をハンドルに固定して、その状態でバトルする。オレ達の間では『ガムテープデスマッチ』って呼んでる」

 

 慎吾は何かを握り、その上からテープをぐるぐる巻きつけるような動作をする。

 

 

 拓海の後方で、池谷達が目の前に架空のステアリングを用意し、走行のシミュレーションをしていた。

 

「右手を固定すると……おい、池谷。これステアの持ち替えができなくなるぞ」

「持ち替え無しで走るという事は……そういう事か。拓海ちゃん!」

 

 これがどういうルールなのかいち早く理解した池谷が拓海に駆け寄った。

 

「このルールはヤバいぞ……オレでも分かる程度の事に気づいてないとは思わないけど、今からでも引き下がるべきだって。走り屋やってりゃ車ぶつけるなんてよくある事だし、運が悪かったと思ってオレもイツキも諦める事にするから!」

「大丈夫です池谷先輩。そんな事にはならないし、させませんから。あいつ負かして、イツキや先輩の前で頭下げさせないと私の気が済まないので」

「拓海ちゃん!」

 

 池谷の制止を振り切り、拓海は自分の車へと向かう。

 

「決まりだな。おい、お前あっち縛りに行け。途中で外れないようにがっちり止めろよ」

「分かりました慎吾さん」

 

 慎吾も自身のシビックに乗り込み、スタートラインに向け移動させる。

 

 

 適当なガードレールの切れ目に車を並べ、取り巻き達にガムテープを巻かせる。

 

「そこで良いのか?」

「ここで」

「わかった。巻くぞ……」

 

 開けられた運転席の窓から手を入れた取り巻きの片割れが、粘着テープの独特の剥離音を立てながら、右手ごとステアリングに巻き付けられる。数周巻き付ければそれだけでもう簡単には剥がれなくなるが、やけに巻く作業が遅いことに拓海は気付く。

 

「……」

 

 最初は手だけを入れていたのに、今では頭も入ってきている。その上、ちらちらと視線が下に落ちている。その事に気付いた拓海はとろとろと作業している手を軽くつねってやった。

 

「いたっ!」

「暑いんですからさっさとしてください」

「……終わりました」

 

 嘘のようにさっさと巻き終えた取り巻きが窓から体を抜くと、そのまま2台の間に立ち、片手を挙げてカウントの態勢をとった。

 

「カウント行きます……5、4、3、2、1、GO!」

 

 

 

 慎吾は横に並ぶハチロクを見つつ思案していた。第1コーナーまでの直線は長く、AE86とEG6のパワー差なら先行も後追いも慎吾の意思ひとつで決められる。

 いつものやり方で行くのなら、ここは先頭は譲って後追いの立場をとる事になる。だが、慎吾の走り屋としての勘は先行を訴えていた。

 

(あいつを一目見た瞬間に分かった……あいつはとんでもなく速い。R32を負かすだけの実力があるんだ)

 

 妙義下りのタイムは中里より慎吾の方が上だが、そう極端な差がついているわけでもない。その中里を負かした相手なら本来はいくら警戒しても足りない相手ではあるが、FR車であるならばガムテープデスマッチに持ち込みさえすれば勝てると慎吾は判断していた。

 

(どうする……このルールでペースダウンしないFRなんか普通はいないが、なぜかあいつ相手じゃその確信が持てない。あいつならやりかねない。そんな気がしてくる)

 

 自分より速い相手に先行させたら、その先にあるのは順当な敗北だ。

 

 最悪速さで勝てなくとも、潰してしまえばいい。クラッシュは負けだ。ただ潰せばいいだけなら、相手の方が速くともいくらでも手はある。

 ただしその場合、負けではないが勝ちでもなくなる。

 自分より速い相手にぶつけるためには、こちらは限界以上のスピードを出さねばならない。自分でも制御できないスピードで、相手だけ事故らせるというのは難しい。

 

(もしこの勘が当たれば、引き分けか負けの二択だ)

 

 だが先行していたならば。

 自分の方が速ければそのままちぎるだけであるし、ほぼ差が無いのならその場合でも逃げ切りが狙える。

 もし抜き返される程の差があるのなら、その時は潰す作戦に切り替えるだけだ。少なくとも一度は横並びになる瞬間がある以上、相手だけを潰せるチャンスはある。それすらダメでも引き分け狙いが残っている。

 

(勝たなきゃやる意味ねーんだ。ここは先行で行くぜ)

 

 185馬力までチューンアップさせたB16Aエンジンに鞭を入れ、ハチロクの前に出るよう慎吾は指示する。視界から下がっていくハチロクには目もくれず、左手をシフトノブにかけて慎重にブレーキングポイントを見極める。

 

「群馬ナンバー1の下りスペシャリストはこのオレだ……それを今夜証明してやるぜ!」

 

 

 

 去ってゆく二重のエンジン音を背景に、ため息と嘲笑の2つが道路を挟んで飛び交う。

 

「コーナー何個持つのか見物だな。このルールはホントFRにはキツイからな。一人で走るだけならともかく、慎吾さんもいるんだからなぁ」

「でも慎吾さん、さっき前に出たよな。いつもなら後ろに付くんだけど」

「考えようによっちゃ、前にいる方がやれることは多いぜ。後ろからなら精神的に、前からなら物理的にだ」

「なるほど、今回はそういう作戦なのかな……それはそれとして、お前、さっき見てたの感想聞かせろ。どうだった?」

 

 慎吾の取り巻きをしていたナイトキッズの二人は、若干の戸惑いを含みながらも楽観を多分多量に含んだ笑いをあげる。

 

「本当に始まっちまった。いっそ力づくででも止めるべきだったか……?」

「あの、池谷先輩。オレ、さっきのやり取りの意味がよく分かんなかったんですけど」

 

 第1コーナーの方角をじっと見つめていた池谷の元に、イツキが歩み寄る。

 

「イツキか。お前、ちょっと自分の車に乗ってみろ」

「はい……これでいいっすか」

 

 言われたイツキがレビンの運転席に座る。

 

「その状態で、右手を離さずにどこまで曲げられるか試してみろ。左右どっちでもいい」

 

 イツキはハンドルに掛けた右手を下に引く。停止状態の車のハンドル操作は大変なので手を滑らせるだけであるが。

 

「よっ、と……あ」

「分かっただろ。緩いコーナーならともかく、ヘアピンもそれでクリアしなくちゃならないんだ。全コーナーでドリフトする事になるけど、ターンに入ってから微調整できる範囲が極端に狭いから、目測を誤ったら即クラッシュなんだよ」

「で、でも、拓海ちゃんはドリフト得意だし、相手だって同じ条件じゃないですか。同じ土俵で秋名の下りなら、負けるわけが……」

「同じじゃない。FF車のシビックなら、もしアンダー出して膨らんでもサイドブレーキでケツを振り足せるし、オーバーはアクセル踏むだけでいい。後輪駆動で同じことをやったらスピンか、立て直せても大失速だ」

 

 池谷はイツキに車から降りるよう促すと、再び視線をワインディングの向こうに戻す。

 

「確かに、拓海ちゃん程のウデがあれば、片手縛ったまま走るなんてわけはないかもしれない。だけど、この勝負のポイントはそこじゃない。もし『不測の事態』を起こされたらどうなるのか。それが心配だよ……」

 

 

 

 

 

 

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