究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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池谷に舞い降りた天使?

 深夜が迫り、静まりかえったガソリンスタンドで、一人戸締りしていた祐一の耳に、聞きなれたエンジン音が近づいてくる。

 その音は照明の落ちた真っ暗な店先に停まると、短くクラクションを二回鳴らす。

 

「はいはい。今日はもう終わりだぞ」

「かたい事言うなよ。ハイオク満タンだ」

「ハチロクのくせにハイオク飲もうとは贅沢な……このやり取りすんのも随分久しぶりな気がするな。文太」

 

 先ほど締めた鍵の束を祐一がちらつかせるも、車の運転手は目もくれず。エンジンを切った車内からのそりと這い出てはポケットをまさぐっている。

 ドアに『藤原とうふ店(自家用)』と大きく書き込まれたハチロクトレノが、久々に本来の主人藤原文太を伴っての来店であった。

 

「まあ実際ガソリンはまだ先でもいいんだけどな」

「わかったからそこで吸おうとするんじゃない。中入って話そうぜ」

 

 一分前に施錠したドアを再び開け、祐一と文太は店内のソファーに腰を落ちつけるとお互いに煙草に火をつけた。

 

「しかし、綺麗なもんだな。池谷達の話を聞く限り、もっと派手にいってそうなもんだと。昨晩、思いっきりぶつけたらしいじゃねえか」

「今まさにそれを直してきた帰りだっての。まあ別に大した事は無い。ただ凹んでるだけだ。上手くガワだけぶつけてある」

 

 文太は灰皿のふちで煙草を叩き、灰を落とした。 

 

「池谷達、昨晩の顛末を拓海ちゃんから聞いた後、吹き上がってたぞ。やり口がやり口だけに、警察呼んどいたほうがいいんじゃないか、とかな」

「ほーん。止めたんだろうな、祐一?」

「当然だろ。走り屋同士でもめたからって警察駆け込むヤツがどこにいるんだ。普段自分たちがやってる行いについて警官になんて説明する気だ、ってな」

「なら良い」

 

 缶コーヒーを開ける音が静かな室内に響いた。

 

「わざとか否かなんて関係ない。そこで起こったあらゆる事の責任を、一人で背負って泣き寝入りする。その覚悟が無いなら走り屋なんざ名乗る権利はないね。もし警察だなんだとか言ってたのが拓海だったなら、オレは今すぐあいつからハチロクのキーを没収してた」

「お前には向いてないからやるな、ってか」

 

 祐一が静かに笑った。

 

「法に守ってほしければ、まず自分が法を守らないとな、って事だろ文太」

「そうとも言える」

 

 ただ対処が後回しにされているだけで、決して走り屋という存在は世間に容認されているわけではない。いざ本腰を入れて取り締まりをやれば走り屋などあっという間に全国の山々から駆逐される程度の存在なのである。

 峠を走っていたいなら、決して警察の世話になどなってはならない。

 

「まあその池谷達も、いざ当の相手が頭下げに来たら怒りはひっこめたけどな。負けたら謝るとは言っていたが、まさか本当に来るとは思わなかった、って。それに、一番被害受けてるはずの拓海ちゃんが何も言わないから、池谷達も何も言えないしな。話聞く限りじゃ、こっぴどく負けたそうだからさすがに何か思うところでもあったんだろう」

「あっそう……」

 

 二人がほぼ同時に、ほぼ吸い終わった煙草を灰皿に押し付けた。

 

「そうだ祐一。ハチロク直すついでにちょっと気になってたパーツ入れてみたんだが、お前もテストに来るか?」

「行くのは構わんが……攻めるのは無しだぞ」

「分かった分かった。じゃあ久しぶりのドライブとするか」

 

 文太は空き缶を手に取り、ほど近い場所にある空き缶入れを見た。

 そして腕を僅かに持ち上げる。

 

「投げても良いが、明日の朝ここを掃除するのは拓海ちゃんだぞ」

 

 文太は立ち上がり、空き缶をそっと捨てると、灰皿の灰と吸い殻もついでにゴミ箱に放り込んだ。

 

 

 

 

 数日後、今日も今日とてそれなりの客入りのガソリンスタンドで、池谷は一枚の紙きれを手に熱弁をふるっていた。

 

「……それで池谷、オチは?」

 

 懐疑的な視線を池谷に向ける健二。

 

「オチなんかねぇよ」

 

 池谷はむすっとした顔で健二を指さした。

 

「信じてない、って顔だな」

「いや信じられるわけないだろ可愛い子なんて。だって池谷なんだぞ?」

「そりゃどういう意味だ健二?」

 

 池谷の顔を指し、ハッと健二が鼻で笑うと、池谷はさらにむすっとした顔を深めて健二に一歩にじり寄った。

 

「……さっきから何の話をしてるんだ?」

「店長!」

 

 その時、店長の祐一が店の奥からのそりと現れた。

 

「客がいない時なら多少の私語も構わんが、争いになりそうならさすがに止めるぞ。何があったんだ?」

「実はですね……」

 

 事の発端は昨日、池谷が一人街中をうろついていた時である。

 ボンネットを開け、いかにもトラブル中ですといった軽自動車を道端に見つけた池谷は、自身も車を止めて様子を見に行ったのだが、その軽自動車の持ち主は若い女性であったという。

 エンジンが急にかからなくなって困っていた女性に代わり車を見たのだが、一般人ならともかく、多少なりとも知識がある者ならば何と言う事は無い軽微な不具合だったので池谷はその場でささっと直してあげたという。

 

 お礼がしたいから、と連絡先を書いた紙を池谷に握らせ去っていった、先ほどから池谷が熱心に語っている女性の名を、佐藤真子という。

 

「それで、かけたのか、その番号。まさかとは思うが、お掛けになった番号は現在……なんてこともあるかもしれんぞ」

「はい。ばっちり繋がりましたよ店長。明日、軽井沢まで一緒に行く約束までしましたよ」

「ほー、そりゃいいな。お前その子に気に入られたと思っていいぞ……まあまだスタートラインに立っただけだし、ここから台無しになる可能性もあるんだけどな。頑張れよ」

 

 祐一は池谷の肩を軽く叩くと、また店の奥へと帰っていった。

 

「くーっ、明日が楽しみで仕方ないぜ。今夜しっかり眠れるよう、今のうちにたっぷり疲れとかないとな……さあ仕事仕事!」

 

 帽子を深くかぶり直し、珍しくも自主的に掃除用具を取りに行った池谷を、いまだ疑わしい目で健二が見つめていた。

 

 

 

 翌日。

 高速道路を安全運転で流す緑のS13シルビアの後ろを、車種が判別できるギリギリの距離を保ちながら180SXが追跡していた。

 

「いやーどんな人が出てくるのか。楽しみっすねー」

「とりあえず、普通以下なのは間違いないぜ。一度舞い上がると止まらねぇからな池谷は」

 

 助手席にイツキを乗せ、健二は慎重にアクセルを操作して等速を維持する。

 後席には誰もいない。もう一人誘おうと藤原とうふ店まで訪ねはしたが、店番中だったので仕事の邪魔するのは悪いと引き返した。

 

「まあ池谷だしな。下手に不相応な美人に惚れちまうよりは良いと思うぜ。気後れして間違いなくチャンスを逃すだろうし……それはそれとして」

 

 トラックを追い抜くべく車線変更したシルビアを追いかけるべく、ウィンカーの操作レバーに手をかけながら、健二はふと話題を変えた。

 

「なあイツキ。ぶっちゃけ、お前ってあの子の事どう思ってるの?」

「あの子って……拓海ちゃんの事ですか?」

「そうそう。前からいっぺん聞いてみたいと思ってたんだよ」

 

「どうって……うーん……よくわかんないです」

 

「いや、わかんないってどうなんだよ」

 

「ホントっすよ……最初はものすごく舞い上がってたんすよ。学校で、事務的以外の内容で女の子が話しかけてくるなんてそうないし、ただ挨拶させてくれるだけでも嬉しかったんです。でもさすがに、しばらくすると慣れてくるというか、落ち着いてくるんですよね」

 

 イツキは目をつむり、首をひねりながら言葉をひねりだそうとしている。

 

「落ち着いたあとで、改めて考えてみると、なんで拓海ちゃんみたいな子がオレなんかに、とは思いましたよ。男子人気高いし、オレが唯一自信あった車の知識でも遥か上だし。一人の車好きとして憧れはしますけど……」

「そうだろうなー。オレはたまに仕事ぶりを横で見るだけだけど、知識凄いのはよく分かるよ。やっぱオレ達みたいな、車しか取り柄の無い男どもとしては思うところがあるよな。彼女の車をさっと直してあげたりして、キャー健ちゃんすごーいとか言われてみたいけど、あの子の場合は逆にオレ達が直してもらう側なんだから」

 

 健二は一瞬だけハンドルから手を離し、顔の前で組んで、いかにも黄色い声を上げる乙女のようなポーズをとった。

 すぐに手を戻し、些か気持ち悪い乙女風の笑みを消して今度はやや神妙そうな顔をする。

 

「つまり、イツキとしては近付きはしたいけど、気後れもしてるといった理解でいいか?」

「……それでいいっす」

「まあ、男として、女の子とは対等以上でありたいって気持ちは分かるぜ。ちょっとやそっとの努力で埋まるレベルの差じゃないし、何か別の取り柄があれば、そっちに注力って選択もあるんだ、が、な……」

 

 健二は今己の視界にライムグリーンの物体が入っていたことに気付いてしまった。 

 慌てて走行車線側を確認すると、そこにはとてもよく見慣れたシルビアと、その運転席で無表情にこちらをにらむ池谷の姿。

 こちらが増速したのか、それとも向こうが減速したのか。いずれにせよ、話に夢中になってしまった健二は尾行対象との相対速度の変化に気付かず、横並びになってしまったのだった。

 

 

 

 池谷は尾行していた健二たちに佐藤真子の紹介だけして帰らせると、向こうが出ていったのを確認してから自身も再度サービスエリアから高速道路に合流した。

 

「ごめんね真子ちゃん……まさか追ってきてるとまでは思わなくって」

「い、いえ大丈夫です。みんな優しそうな人達で安心しました。池谷さんって人望あるんですね」

「そ、そうかな……ありがとう」

 

 背中まで伸びた黒髪をそっと視界の端に捉えながら、池谷はぎこちなく話す。

 

「何かあったら言ってね。そっと走るつもりだけど、走り屋の車って、乗り心地は褒められたもんじゃないから……」

「私は大丈夫です。私、走り屋って好きだから……」

「そ、そう?」

 

 好き、と言われ、池谷は思わず手に力が入ってしまう。 

 

「ほら、走り屋って運転上手い人多いじゃないですか。私、高い外車とか見せびらかしてくる人より、普通の車でも上手に、丁寧に乗ってる人の方がずっといいと思います」

 

 池谷は胸が熱くなるような感覚を覚えた。

 

「あの、池谷さんは……峠とか、走り屋の真似事やってるような女の人がいたらどう思いますか?」

 

 じっと、真子が視線を送ってきているのが、見なくても分かった。

 

「……いいと思うよ。別に走り屋に男も女もないって。少なくともオレの周りには、女だからって下に見るヤツなんか一人もいないよ」

 

 池谷の脳裏に、秋名最速と誰もが認める女の子の姿が浮かぶ。

 走り屋は速さが第一。それ以外にどんな問題があるヤツであっても、ウデさえあるなら一定の尊敬は集めるのだ。

 

「そうなんですか!」

 

 真子が嬉しそうに声を上げた。

 

 きっと彼女は、走り屋の世界に興味があるのだろう。とはいえ、走り屋の世界は男がほとんど。そんな世界に飛び込んで、本当に受け入れてもらえるのか不安があったのだろう。

 

 自分が先輩として手取り足取り、いずれは肩を並べて……そんな妄想を広げた池谷の前に、再び藤原拓海の姿が浮かぶ。

 そう、彼女が初めて秋名スピードスターズの集まりに来た時も、こんな事を自分は考えていたのだ。

 もちろんその甘い期待は、その遥か斜め上をかっとばれる形で消え去ったわけだが。

 

 もしかしたら、今横にいるこの佐藤真子という女の子もそうではないのか、という考えがふと池谷をよぎる。

 彼女はすでに走り屋をしていて、しかしそれが自分に受け入れられるか不安で、そんな事を聞いているのではないか。

 

(いやいや、あんな規格外の女の子がそういてたまるか……)

 

 とはいえ否定できる材料もない。

 

 そんな事を考えているうちに、降りる予定のインターチェンジが近付いてくる。

 余計なことなど考えなくていい。仮に真子がそうだとしても、そうでなかったとしても、それで彼女への気持ちが何か変わるわけではないのだ。

 今はただ、このむさい男のさえない匂いが充満するこの狭い空間へ、嫌な顔一つせず乗り込んでくれた彼女とのひと時をとことん楽しむだけだ。

 

 池谷は、そう決意を新たに、高速料金を払うため、精一杯の金額を詰め込んだ色あせ気味の財布をズボンから引き抜いた。

 

 

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