究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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碓氷峠のレディースタッグ

 高速道路を降り、一般道をのんびりと走るようになってからも、池谷と真子の間にはあまり会話が弾まなかった。別に仲が悪いという事ではなく、単にお互いこういった状況に不慣れというのが大きな要因である。

 

「あの……池谷さんって、秋名のチームに入ってるんですよね」

「え、うん、スピードスターズっていうチームだよ。実は作ったのはオレだったり」

「池谷さんのチームって、きっとレベル高いんでしょうね……秋名って、私でも名前は聞いた事あるぐらいですし」

 

 真子の言葉に池谷はちょっと誇らしい気分になった。あれだけ戦果を挙げていれば秋名スピードスターズが有名になっているであろうことは疑う余地が無いが、実際に他人の口から聞くとリーダーしてひときわ感慨が深くなる。 

 

「そ、そうなんだ。オレ達も有名になっちゃったなぁ……」

 

 藤原拓海様々、という考えが浮かんだところで、池谷はふと思った。

 イツキはともかく、拓海をスピードスターズのメンバーとして扱っていいのだろうか。

 もちろん同じ秋名の仲間ではある。だが彼女はチームへの参加を表明してはいない。そして、今秋名が有名なのは、はっきり言って全て彼女一人の功績なのだ。

 それをチーム全体の物として扱うのはいかがなものか。レッドサンズが襲来したあの日より少しはマシになったとはいえ、それでも群馬の強豪たちにはまるで敵わない二流三流の集団なのには変わりがない。

 

「でも、オレなんてまだまだだよ……最近、後輩が二人できたんだけどさ。その内の片方がおっそろしく速い子でさ。チームが有名になったのは全部その子のおかげなんだよ」

「恐ろしく速い……それって『秋名のハチロク』ですか?」

「そうそう。あの子が来てから、秋名のコースレコードは秒どころか『分』単位で塗り替わったよ……て、知ってるの?」

「友達が言ってたんです。今、群馬の話題は秋名のハチロクでもちきりだって。もし良かったら、もっと詳しく教えてくれませんか?」

 

 意外なところに喰いつかれた池谷が戸惑いを見せた。

 

「詳しくか……一か月くらい前に後輩の一人が、同じ走り屋志望の友達だって言って連れてきたんだけど……」

 

 紹介されたその日がレッドサンズの襲来日と重なって両チームを巻き込んだ騒ぎが起きたり、その後の交流戦では池谷視点では雲の上の存在同然だった高橋啓介を一蹴、さらに群馬のもう一方の雄、ナイトキッズのトップ2との諍いなどを池谷は運転操作の合間に少しずつ語った。

 

「もうめちゃくちゃでね……一番速いヤツがリーダーって慣習で言えば、オレはあの子に役を譲るべきなんだろうけど。実際言ってみたら断られたけどね。私はそういう柄じゃないって」

 

 正面に迫った赤信号を認識した池谷は、車を停止線手前でなるべくそっと止める。

 止まり切る瞬間に車がかくんと揺れるが、池谷も真子もわずかに体を揺らしてショックに耐える。

 

「私……」

「真子ちゃん?」

「池谷さん、その後輩の子ってもしかして、女の人なんですか?」

「え、そうだけど。秋名のハチロクが有名になったなら、ドライバーの事も広まってそうなもんだけど」

「私の友達が、そんな事を言ってたような気が……その友達のさらに友達の話らしくて、私としてはちょっと話半分で聞いてたところがあって。でも地元の池谷さんも言うなら本当なんですね」

 

 真子は池谷の目をじっと見た。

 

「私、さっき池谷さんに、走り屋やってる女の人をどう思うかって聞きましたよね。そしたら池谷さんは、走り屋に男も女も関係ないって」

 

 池谷の心臓がどきりと跳ねる。意図的に考えないようにしていた話題を向こうから切り出され、同じく封印していた疑惑が再び眼前に突き出される。

 

「言った。車好きの女の子とか、むしろ歓迎だよ。オレらって車しかないから、車に興味ない人とは話題が何もないからね……それ聞かれた時から思ってたけど、もしかして、真子ちゃんも走り屋やってたりする?」

「……はい」

 

 意を決した池谷の問いに、真子は静かに肯定を返した。

 

 

 

 

 日も暮れ始め、真子を下ろす予定の駅前に車を着けた池谷は、先に車を降りてエスコートをしようと助手席の側に回った。

 助手席のシートから脚をのばして出てくる際、持ち上がった真子の短いスカートに目がいきそうになりバッと池谷が視線を逸らす。 

 

「え、ええと。真子ちゃん、今日はありがとう」

「はい、こちらこそ……あの、池谷さん。ひとつ聞いてもいいですか。池谷さんって、彼女とかはいらっしゃるんですか?」

「え、いやいないけど……真子ちゃんは?」

「私もなんです。私の友達とかには派手に遊んでるような子も多いのに、私だけそういうのと無縁で。その友達にアドバイスされてこんな短いスカートとか履いてみてるんですけど」

 

 真子はミニスカートの裾をそっと押さえた。

 

「地元の走り屋の男の人達も、私の事全然そういう目では見てくれなくって。だから今日、池谷さんが車好きな女の人歓迎って言ってくれたの、嬉しかったです。だからもし、池谷さんが迷惑じゃなかったら、また遊んでくださいね」

 

 連絡待ってます、と真子は池谷に一礼し、駅内へと歩き去っていった。

 池谷はその場で五分ほど意識が飛んでいた。

 

 

 

 

 翌日、池谷はスタンドにて昨日の一部始終を語っていた。早朝の時間帯故、客はまだ来ていない。

 店の従業員が一塊に群れて会話に興じている光景はさぞ目につくであろうが、道行く人たちにはあまり気にされてはいないらしい。朝礼にでも見えるのだろう。

 

「へぇ……池谷の事だし、会話が弾まなくて気まずくなるだろとは予想したけど、まさかの向こうも走り屋とはなぁ」

 

 意外な結果に健二は腕を組んで唸っていた。

 

「健二先輩、その走り屋の女の子って、昨日聞いたシルエイティの事じゃ?」

「シルエイティ?」

 

 イツキが健二に発した言葉に、池谷が疑問をうかべる。

 健二もイツキの言葉に得心したように頷いた。

 

「ああ、昨日別れた後でさ、せっかくここまで来たのにただ帰るんじゃ高速代が勿体ないからどこか行こうってなってさ、ちょっくら碓氷峠まで足を運んでみたんだ。そんで途中寄ったガソスタで、この辺りの走り屋事情について聞いてみたんだよ」

 

 地元走り屋事情に詳しそうな兄ちゃん曰く、この碓氷峠では女の子二人組が転がす青いシルエイティが地元最速として知られているとの事。

 シルエイティとは後ろ半分が180SX、前半分がシルビアという特異な外見をした改造車の通称である。書類上の正式名称は改造元の180SXのままだが、外見が大きく変わるため区別の為通称で呼ばれることが多い。

 

「オレも車種までは聞かなかったけれど、女の子の走り屋なんてそう人数いないし、真子ちゃんがそうである可能性は高そうだなぁ……今度一緒に走ろうなんて言われたらどうしよう」

「まあ、そん時は諦めろ。下手に意地張らずにあれこれ教えてもらった方がいいんじゃないのか……しっかし、聞けば聞くほど何で池谷なんかにあんないい子がって感じだな」

 

「オレも同意見だな。お前らの年代でそんな出会いは普通まずできないぞ」

「店長、聞いてたんですか?」

 

 いつの間にか二、三歩離れた位置に立って聞いていた祐一がにこやかに笑っていた。

 

「さっきから聞いてたら、まるで学生みたいな内容の金かけてないデートだったらしいのに、楽しかったまた遊ぼうなんて言ってくれるなんてな。普通は社会人ならもうワンランク上のデートを要求されるもんだぜ。可愛い走り屋の女の子なんて周りが放っておかないだろうし、とんでもない掘り出し物に違いない……なあ?」

「え、私ですか?」

 

 祐一は同じく聞きに徹していた拓海に話を振った。

 

「女性の目から見て、池谷は今回いけそうだと思うか?」

「私もあんまりそういう話は得意じゃないんですけど」

「それでも、友達とそういう話になったりする事はあるだろう。今どきの若い女の子の視点からの意見は他に言える人がいないからな。池谷は魅力ある異性に見てもらえるのかね?」

 

 拓海はやや考え込む素振りを見せる。

 そういう話になるとは言っても、拓海に利用できるサンプルデータの量はそう多くはない。女子の語る理想の男子像は、男性から見た理想の女性像と同じく、とてもじゃないが現実には存在しない完璧超人である。

 高橋兄弟のようなのは非常に希少な存在だ。

 

 池谷に近そうな、普通なかつ奥手な男に好意を持ち、かつ拓海にその話を事細かにしてくれるような知り合いというのはまずいない。

 

 だいたいどこぞの運動部のエースだったり、成績優秀だったり、容姿端麗だったりするようなのばかりが女子達の話題になるような男子である。

 あるいは欠点を隠して余りあるような金持ちか。

 

「……そうですね。あまり魅力的とは言いづらいかもしれません」

 

 拓海の発言に、池谷は分かりやすくショックを受けている。

 

「車が趣味っていうのは評価が分かれるところだと思いますよ。理解できない人には単なる金の無駄にしか見えませんから」

「で、でもよ拓海ちゃん。そんなの趣味全般に言えることだろう?」

「車の場合は特に、という事ですね。派手に飾った外観や爆音が嫌いな人もいますし、なにより、お金が有り余ってる人がセカンドカーとかでやるならともかく、池谷先輩は車のためにそれ以外を削ってるじゃないですか。裕福じゃないのに浪費はするって普通は大きなマイナスですよ」

「うぐ……」

 

 思い当たる節がありすぎる池谷が押し黙る。私服が二枚のポロシャツとジーンズしかない等、まさしく車のために削れるだけ削っている生活である。

 

「だからこそ、車に、速く走る事に理解がある人が向こうから来てくれたのは大チャンスですよ。これをモノにできないと一生独り確定だと思った方がいいです」

「まさしく、神様がくれた最初で最後のチャンスか……」

「池谷先輩はいい人ですから、何度か遊んでれば人柄も理解してもらえますよ。頑張ってください」

「くぅーっ、こうまで言われちゃ頑張るしかねぇ……」

 

 池谷が今にも走りだしそうに拳を握り締めていると、乗用車が一台、スタンドの中に入り込んできた。本日の朝の自由時間はこれにて終了である。

 

「ほーれお前らお喋りは中断だ。仕事を始めるぞ」

 

 祐一が手を叩いて店員たちを散らばらせると、自身も店の中へと戻っていく。

 一声で仕事モードに切り替わった各々が、客の車を誘導したり、あるいは邪魔にならないよう店の隅に引っ込んだりする。

 虫の声を聴きながら、今日も一日炎天下での接客の開始である。

 

 

 

 

 長野県と群馬県を結ぶ峠道の一つ、碓氷峠の麓に停まった軽自動車の周りに、飲み物片手に語らう二人の女性がいた。

 明日には返却される代車での最後のドライブは、昨日のデートもどきを肴にした佐藤真子の恋愛話に決定されていた。

 

「年の割に清らか過ぎるとは思うけど、まあ初めてにしちゃ上出来なんじゃないの?」

 

 腕を組み、まるで親が子に、師が弟子に向けるような微笑みを向けているのは佐藤真子の親友、沙雪。

 

「で、真子から見て、その池谷って男はどうなの。アリな感じ?」

 

 へそが見えそうな丈、ちょっと段差に足をかければ中身がちらりと行きそうな裾。露出面積を限界まで伸ばすことに血道をあげていそうな沙雪は、最近自分の真似をしてようやくスカートの裾を切り詰め始めた友人の顔面をぴしりと指さした。

 

「アリって?」

 

 真子は質問の意味を理解しかねた様に首をひねった。

 

「だから、彼氏として、伴侶としてアリかって意味よ。アンタ、それが欲しい一心でそのミニスカート買ったんでしょ。真子から見た、池谷って男の印象はどうなのって聞いてるのよ」

 

 真子はようやく合点がいったような表情を浮かべた。

 

「それならそうと言ってよ沙雪……池谷さんは、優しそうな人だった。隠し事とか、そういうのすっごく下手そうで」

「うんうん」

「私が走り屋だって知られてからも、特に態度とかは変えてなかったし、その……」

 

 言葉を探そうと俯いて考えこむ真子の肩に、沙雪がそっと手を置いた。

 

「つまり、馬鹿正直そうな男って事ね。うんうん、真子には多分、そういう男が一番似合うと思ってたのよ。あんた、腹の探り合いとかまるっきり無理そうだし、そういうのが一番いいわよ」

「探り合いって、沙雪はそういうことするの?」

「たまにね。何人も男見てると、そういう嗅覚は自然と身に付くわよ。お互い遊びと弁えて、ルール守って楽しく遊べるヤツだけなら楽なんだけど、そうじゃないヤツもいたりする。そういうのを素早く察知して、逃げの一手を打てるようじゃないと、夜遊びなんて恐ろしくてできやしないわよ」

 

 沙雪は過去に遊んだ相手でも思い出したのか、うんざりしたような顔をうかべた。

 

「正直アタシも、身を固めろって言われたらそういう相手が良いし。一晩ならともかく、この先永遠に気なんて張ってられないし、ちょっと馬鹿なくらいの優しい男を適度に尻に敷きながら生きるのが一番幸せよ。そんな相手を一発目で引けた真子は超ラッキーなんだから、グイグイ行っときなさい」

 

 沙雪は真子の肩を強く叩いた。

 

「いたっ、ちょっと沙雪」

「はは、ごめんごめん……ところでさ、あっちの件はどうするの?」

 

 真子と沙雪の顔にあった喜色が消え、真面目な、走りの話をしている時の顔に戻った。

 

「うん、そっちも次に池谷さんと会った時に頼んでみる」

「池谷とやらのお陰で理由半分消えてるみたいなもんだけど、いいの?」

「うん、いいの。そっちとは別に、私自身も興味出てきたし。秋名のハチロクのドライバーが女だって噂は本当だったみたいだし、どうせ最後ならそういう相手がいいなぁって思うから」

「ちょっと待って」

 

 沙雪が真子の話を遮り、その両肩を掴んだ。

 

「アンタまさか、この沙雪様が仕入れてきた情報を信じてなかったの?」

「うん……さすがに突拍子もないかなって。でも、池谷さんに聞いたら本当らしいって分かったから、疑ってごめんね?」

「まあアタシもちょっと衝撃受ける内容だったし、この話持ってきたのが慎吾じゃなかったら流してた可能性が無くもないけどさ……それはそれとして、パートナーの事は信じなさいよっ!」

 

 

 週明け、労働初日を目前とした静粛な夜の山に、暫し女二人の姦しい声が響き渡っていた。

 

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