究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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赤城レッドサンズ登場

 夜八時前。夕飯ののち、二人分のさして多くない食器を棚に片付け、自室に戻るべく居間を通り抜けようとしたちょうど真横で藤原家の固定電話が鳴りだし、拓海は耳元での突然の大音量に思わず顔をしかめた。

 

 

 

「はい、藤原豆腐店です……なんだ、イツキか」

 

 

 

 電話をかけてきたのは拓海のクラスメイトである武内樹だった。

 

 イツキは単なる同級生としての付き合いなら小学校から、本格的に交友を持ったのは高校からの友人で、すぐ調子に乗っては痛い目をみてを繰り返す明るく能天気な男だが、人付き合いがあまり得意ではない拓海にはその明るさが心地よかった。

 

 イツキの人の好さは知っていたのでもっと早く友人になりたかったのだが、異性であるという影響は意外に大きく、ちょうどよいきっかけを得られぬまま高校まで進んでしまった。

 

 高校に入ってからのきっかけも大したことではなく、中古車のカタログを開き、AE85のページを穴が開きそうなほど見つめて皮算用するイツキに“それハチロクじゃなくてハチゴーだよ”と背後から指摘したのが二人の最初の会話である。

 

 

 

「拓海ちゃん、今ヒマ?」

 

 

 

 受話器の向こうから虫の合唱が聞こえてくる。公衆電話からかけているらしい。

 

 

 

「よかったら今から秋名山まで来ない?」

 

「別にいいけど、なんで?」

 

 

 

 小銭を追加投入した音がした。長くなるのだろうか。

 

 

 

「前にバイト先の池谷、って先輩の話したの覚えてる?」

 

 

 

 イツキのバイト先のガソリンスタンドには、三歳年上の池谷浩一郎という人物がいる。彼は秋名山をホームとする走り屋チーム『秋名スピードスターズ』を率いる人物でもあり、イツキにとっては仕事でもプライベートでも尊敬している先輩だ。

 

 このあたりの事情は説明されずとも拓海は覚えている。“オレ”もそこでアルバイトをしていた時期があるからだ。

 

 男だった頃はだいたい父親に任せっきりだった各種家事をなるべく引き受けるようにした事で、今の拓海はあまり時間が取れないためアルバイトは夏休みまでお預けだが。

 

 

 

「今夜スピードスターズの皆で走りに行くんだけど、そこにオレも連れて行ってくれる事になってさ。せっかくだから拓海ちゃんも誘おうかと」

 

(スピードスターズか……懐かしい名前)

 

 

 

 拓海の脳裏に、初めてスピードスターズのメンバー達と会ったころの記憶がよみがえる。あの時は二人で池谷先輩に乗せてもらって、そしてそこで赤城山から来た他所の走り屋たちと出会うのだ。

 

 池谷の代理の代理という形で拓海はチームの交流戦に出場し、ここで初めての峠のバトルを経験する。

 

 走り屋としての藤原拓海はすべてここから始まっているといっても過言ではない。

 

 

 

「……うん、行くよ。何時?」

 

 

 

 仮にも試験間近であるのは変わりないためあまり出歩くのはよろしくないが、それでも顔を出す理由としては十分だ。

 

 あの人たちにまた会えるかもと思えば、拓海の頬がわずかに緩んだ。

 

 

 

「オレは8時にバス停で拾ってもらう約束だから、拓海ちゃんもそれぐらいに……あ、先輩きた。じゃ秋名山で!」

 

 

 

 拓海が時計を見るとちょうど8時を指した所だった。もうちょっと余裕を持って誘ってほしい、と思いつつ受話器を戻し、ちゃぶ台で晩酌中の文太に声をかける。

 

 

 

「ちょっと出かけるから車借りるね」

 

 

 

 拓海に声をかけられた文太は、手に持ったコップ内のビールを一息に飲み干すと、ビンから次の一杯を注ぎながら答える。

 

 

 

「おう……配達までには戻ってこいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 秋名山頂の旧料金所跡に拓海がたどり着くと、そこにはすでに四台の車が停まっていた。

 

 

 

「おーい、こっちこっちー!」

 

 

 

 街灯の下でたむろしていた人影の中からイツキが現れ手を振る。

 

 その近くにハチロクを停め車から降りると、なぜか街灯の下でざわめきが起こった。

 

 

 

「イツキー、誘ってくれるのはいいけどもうちょっと早く言ってほしいな」

 

「ごめんごめん、バス停ついてから思いついたから」

 

 

 

 頭をぽりぽり掻いて謝るイツキ。そのイツキの背後から、ポロシャツを着た青年……池谷浩一郎が姿を現した。

 

 

 

「き、きみがイツキの言ってたと、友達か。俺は、池谷浩一郎、よろしく」

 

「藤原拓海です。池谷先輩の事は聞いています。よろしくお願いします」

 

 

 

 やけに声が震えている池谷に、拓海は何の気なしに愛想笑いを向けて挨拶を返すと池谷の肩が一瞬はねた。その背中を、何か哀れなものでも見るような目で他のメンバー達が見つめている。

 

 これじゃ一生無理だな、何がとは言わないけど……と誰かがヤジを飛ばすと、うるせぇ余計なお世話だ、と池谷が怒鳴り返した。

 

 

 

「緊張しすぎだっつの池谷。あ、俺は健二。気軽に健ちゃんとでも呼んでくれ」

 

「よろしくお願いします、健二先輩」

 

「健ちゃん呼びは却下か。それはそれとして……おいイツキ」

 

 

 

 健二がイツキの肩を抱き、くるりと後ろを向く。

 

 

 

「女の子が来るならそう最初に言えっ、俺らあの子が車降りてきた時マジでビビったんだからな。イツキの同類みたいな走り屋小僧を想像してたらそれを180度裏切られたんだから」

 

 

 

 それからメンバーとの自己紹介や雑談にひとしきり花を咲かし終え、そろそろ今夜の本題である峠攻めを始めようかと各々の車に散らばったころ。

 

 その音に最初に気づいたのは最も奥に愛車、180SXを停めていた健二だった。

 

 

 

「……エンジン音だ。上がってくる車がいるぞ」

 

 

 

 池谷も乗りかけていたS13シルビアのドアを閉め、耳を澄ませる。

 

 

 

「やけに台数が多いな」

 

 

 

 ハチロクのピラーにもたれかかっていた拓海の耳にもその音は届いていた。特に先頭にいる二台の音は特徴的で、拓海にとっては忘れられない音でもある。

 

 

 

(近いうちに会えるだろうとは思ってたけど……初日でいきなりか)

 

 

 

 

 

 夜の闇の中から姿を現した二台は白の旧型、FCと黄色の新型、FDの新旧RX-7。

 

 さらにその後ろから、一目で走り好きが所有者とわかる改造車がぞろぞろと続いてくる。

 

 

 

「池谷、あのステッカー……」

 

「ああ、先頭があの二台な時点で確定だ。あの高橋兄弟がなんでこの山に……?」

 

 

 

 池谷と健二がひそひそと声を交わしている間に、スピードスターズとは反対側に停められた車から次々にドライバーたちが降りてきていた。

 

 人が好さそうなのから柄の悪そうなのまで、何人もの男たちに相対された池谷達に緊張が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 互いに無言で見つめあう中、最初に口を開いたのは黄色のFDから降りてきた、金髪の青年だった。

 

 

 

「俺たちは『赤城レッドサンズ』ってチームだ。不躾な頼みで悪いが、ひとつ聞かせてほしい……この山で一番速いチーム、あるいは走り屋を知らないか」

 

 

 

 金髪の青年、高橋啓介の視線を受けて、池谷もゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「俺たちは『秋名スピードスターズ』ってチームだけど、俺たちはいちおう秋名最速を名乗ってるよ」

 

「ほかに秋名を走るチームがいないってのもあるけどな」

 

 

 

 健二が小さく補足する向こうで、一人の穏やかそうな風貌の男がレッドサンズの人の波をかき分けて現れる。啓介に史浩と呼ばれた男はひとつ咳ばらいをした後、よく通る声で話し始めた。

 

 

 

「ちょっと話を聞いてもらいたいんだけど……」

 

 

 

 いくら車好き、峠好きといっても、いつもいつも同じ面子とコースではやがてマンネリしてしまう。

 

 さらなるレベルアップのためには他所のチームと交流して新しい刺激を得るのが一番。

 

 

 

「そこで提案なんだけどさ、来週の土曜、ここでうちのチームと交流会を開いてもらいたいんだ。まずはつるんで走って、最後は互いに代表者を出してタイムアタックをする……どうかな?」

 

 

 

 勝ち負けは二の次、あくまで交流目的だから、と史浩は付け加えた。

 

 

 

「……そういわれちゃ、断る理由もないけど」

 

「じゃ、決まりだな。さっそく俺たちも練習走行を始めさせてもらうよ」

 

 

 

 史浩のその言葉に呼応して、レッドサンズのメンバー達が次々に愛車のエンジンを始動させていく。

 

 FDを筆頭に道路へ飛び出していくレッドサンズの轟音に負けじと池谷と健二が声を張り上げる。

 

 

 

「俺たちも行こうぜ、秋名の山なら俺たちのが走り慣れてる分上だろ!」

 

「柔らかく言ってやがるけど、要は挑戦じゃねーか。赤城山の連中の実力見せてもらうぜ……イツキ、ここで待ってろ、終わったら迎えに来る!」

 

 

 

 

 

 

 

 スピードスターズの四台の車がけたたましく走り去る後ろで、拓海もまたハチロクのエンジンを始動させた。運転席からふとレッドサンズの側に目を向けると、レッドサンズの隊列の最後尾にいた白のFCが見える。

 

 目が合った。見えるはずもないのに、拓海は二枚の窓ガラス越しに確かにそう感じた。

 

 

 

「……涼介さん」

 

 

 

 赤城レッドサンズのリーダー、高橋涼介。弟の高橋啓介と並んで『高橋兄弟』として広く知られた凄腕で、拓海もかつて涼介の立ち上げた遠征専門チームに身を置いて関東各地に遠征を繰り返した。

 

 

 

(この人には敵わない、といつも思わされてばかりのすごい人だったな)

 

 

 

 今の自分がこの人に挑んだらどうなるだろうか。一度勝った事にはなっているが、あれは結局なんで勝てたのかわからないただのまぐれ勝ちだ。

 

 後になってこの人の実力を知れば知るほど余計にそう思う。

 

 この人が本気で、あらゆる手を尽くして勝ちにきたら、私はどこまで対抗できるだろうか。

 

 

 

(もう一度、今度は全力の涼介さんと、バトルしてみたいな)

 

 

 

 そのためにも、まずはこの人の視界に入らなくてはいけない。

 

 藤原拓海は、本気の高橋涼介でなくては対処できない相手だと認識させなくては始まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 FCはもう路上に侵入している。拓海は急いでサイドブレーキを解除すると、窓を開けて、街灯の下でぽつんと座り込んでいる取り残されたイツキに呼び掛けておく。

 

 

 

「イツキ、下まで降りたら私そのまま帰るから。先輩帰ってきたらそう言っといて」

 

「……どーせオレは車ないですよー。伝えとく」

 

「頼んだから。じゃあまた月曜に学校で」

 

 

 

 窓を閉め、スピンターンで車体を180度方向転換し、そのまま全開で路上へ飛び出る。

 

 一足早く加速を始めているFCに追いすがるべくアクセルを床まで踏みつける。

 

 

 

(今の“藤原拓海”の走りは、この人にはどう映るだろうか……)

 

 

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