究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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前か、後ろか

 

 

 

 碓氷峠の頂上は秋名の山のソレと違い、多数の人車が身を置けるスペースなどない。そのため観戦に来た者たちはいったん頂上を通り過ぎ、コースとは逆方向、峠の長野県側に車を置いて徒歩で戻ってくるというルートを強いられることになった。

 

 時折通るそれらの車両の邪魔にならぬよう道路脇に寄りつつ集まった本日の主役たる面々の一角、沙雪は、今日初めて相対する拓海の姿を一目見ると、そっと目をつむって考え込む。

 

(年下の女の子とは聞いてたけど……)

 

 事前に真子や慎吾の話は聞いていたが、実際に目の当たりにするとやはり衝撃である。

 運転技能は一朝一夕で身に付くものではない以上、上手いドライバーにはどうしても年配の者が多くなる。

 真子のように二十代に入ったばかりの歳で自在に車を振り回せるだけでも相当なものである事は疑いない。それよりも下、つまりまだ免許を取得したばかりであろう十代の子供がその域にいるなどという事は、常識的には考えづらいものである。

 沙雪としては理解を拒みたくなるような事実である。自分たちが三年掛けた艱難辛苦の道のりを三日で踏破してきたヤツがいるなど考えたくもない。三日は言い過ぎだが、十八歳という情報が事実なら、どれだけ長く見ても免許を取って数か月以内である。何をどうすればそんな短期間で上達できるのやら。

 これで同性だとくれば、嫌でも何かと意識せざるを得ない存在である。 

 

「ええと、あたしは真子のコドライバーやってる沙雪。今日のバトルでも真子と一緒に走るから、よろしくね」

 

 すっと手を伸ばし握手を求めると、周囲から驚いたような声が上がる。一人で走る事が大半の走り屋の世界で助手がいるというのは珍しい。

 女とはいえ、大人一人となればそれなりの重量になる。車が50kg重くなればその差は明確にタイムに現れるだろう。そのハンデを背負った状態でバトルに挑もうというのは。相手によっては挑発にも受け取られるかもしれない。

 

「藤原拓海です。よろしくお願いします」

 

 握り返された手に、特に込められたものは感じ取れない。

 ならば目を、と相手に視線を向ける。向こうの方が身長では上なので僅かに見上げる形になりながら彼女の目を覗いてみる。

 

 そこにあったのは、じっと見つめてくる沙雪に疑問符を浮かべるぼんやりとした黒い瞳だった。

 

(ああこれ、何も考えてないヤツの目だわ。ド天然の目)

 

 どんなヤツか見てやろう、と意気込んでいたのが馬鹿らしくなるような気の抜ける顔である。バトル前のドライバーがよく顔に浮かべるような、自信や緊張といった要素が欠片もない自然体。

 

 思わず笑いそうになるのを微笑むだけに堪えて、改めて藤原拓海という人物を観察してみる。

 身長は高い。160は優にあるが、170まではいかないか。

 スタイルもかなり良い。出るところはかなり出ているが、こういう手合いに多いぽっちゃり感は無い。筋肉質な感じはしないので、せいぜい日常レベルの運動量でこの体型なのだろう。体型維持のために多大な努力を心がけさせられる沙雪としてはいっそ恨めしい。

 体重だけはこちらが勝ってそうなのが慰めか。

 天然感漂う雰囲気は年齢相応、あるいはそれ以下の幼い印象を相手に与える。今までの対戦相手はまず彼女が本当に免許を持っているかどうかからまず疑ったであろう。

 

 格好はシャツにジーンズ。当人の容姿のお陰で最低限見れたものにはなっているが、正直その辺の貧乏な走り屋小僧でももう少し小洒落た恰好をするだろう、と思う。

 目立つのが嫌であえて地味に振舞う娘というのもいないではないが、当人を見る限り意図してやっているのではなく単に無頓着なだけに違いない。

 

(とはいえ、これは良い偶然ね。計算づくで戦うタイプより、センス一本で突っ走る天然の方が真子との相性はいいはず。悔いのない晴れ舞台になりそうなのは良かったわ)

 

 ついでに、このバトルが終わったら連絡先を聞き出して、その服飾センスの矯正を試みようと沙雪は決意する。真子にも多少手ほどきをしたことはあるが、こういう無駄遣いされている素材を見ると一言言ってやりたくなる。

 

「……あのー?」

 

 黙したまま長時間見つめていた目の前の瞳の疑問符が怪訝に変わる。

 

「え、あーごめんごめん、何でもない」

 

 何にせよ、今は目の前の勝負。

 沙雪は先ほどまでの走りと関係ない考えを捨てて、今日の本題に入る事にする。

 

「えーとそれで、今日のバトルについての話に入るけどさ……見ての通り、碓氷の下りってスタート地点から第一コーナーまでの間がすごく短いの。道も狭いし、横に並んでヨーイドン、ってのは難しいから、ここでバトルをする時は縦に並んでスタートするようにしてるの。先行後追いって私らは呼んでるけど」

 

 前にいる側が先行、後ろ側が後追い。後追いをぶっちぎれば先行の勝ち、逆に先行を追い抜けば後追いの勝ち。もつれたまま終われば前後を入れ替えてもう一本。

 

「ポジションはそっちで選んで。あたしら地元だし、それぐらいはね。相談する?」

 

 沙雪がそう言うと、拓海のすぐ後ろで池谷達が円陣を組んで会議を始める。

 

「おい池谷、どう考える?」

「どうって、このルールなら先行一択だろ。一本練習できるし」

 

 健二の問いかけに、池谷はちらりとコースを見下ろして答える。ここまで登りながらコースを眺めた感想として、池谷は先行有利と確信していた。

 狭く曲がりくねったこの峠には、秋名で言うところのスケートリンク前ストレートのような格好の追い抜きポイントと呼べそうな場所がろくに見当たらなかった。

 加えて拓海の技量があれば、いくら真子達が地元といえど追い抜きを成功させるのは困難であろう。

 先行で一本走れれば、その知見を活かして二本目で戦う事だってできる。走り込んで地元のアドバンテージを縮めることができれば勝利は十分狙えるところにあるはずだ。

 

「でも、初めてのコースなんですよね。だったら後追いもアリじゃないっすか先輩?」

 

 しかしそこにイツキが異を唱えた。

 

「前の車がいつブレーキ踏むのか見ていれば……」

 

 先行車のリズムを観察していれば、初めてのコースでも簡単には事故にはつながらない、という主張である。同じタイミングでブレーキを踏んでいればオーバースピードにはならないであろう。車の重量差が大きい組み合わせならともかく、ハチロクである。

 前の車に合わせて動き、コースの理想的な攻略法をトレースしてしまえば二本目を大きく有利にできる。

 

「……イツキの言う事にも一理あるか」

「イツキも成長してるんだなあ」

 

 池谷と健二は腕を組んで唸り始めた。

 なお、街中での運転中に、前の車のテールランプをもっと見るよう助手席から拓海に叱られた事が発想の元であることは秘密である。

 街乗りに慣れていない初心者の頃から走り屋達に交じって峠を走った結果、ブレーキのタイミングと車間距離の感覚が一般人のそれとは少々ズレてしまっていたのを指摘されたのだ。

 

「しかし、そうなるとますます難しいな」

「オレ達視点じゃなくて拓海ちゃん視点で見なきゃだめだしな……分からねぇ」

 

 組んでいた腕を解き、考えることを中断した池谷と健二は一人無言で議論を眺めていた拓海に直接尋ねてみることにする。

 

「どう思う?」

「……このルールでどちらが有利かとか、そういうのは無いと思います。ほとんど好みの問題ですね」

 

 先行、後追いのどちらも一長一短。また、例えば後追い時に相手の後ろについて走る事を、敵を観察できる利点と評するドライバーがいれば、相手のリズムに合わせて走らないといけない欠点と思うドライバーもいる。

 

「どちらかと言えば、私は後ろがいいですけど……」

「じゃあ、後追いにするのか?」

「いえ、先行で行きたいと思います」

 

 当人がそう言うなら、と後追いでまとまりかけた池谷達が一斉にぎょっとした目を向けた。

 

「えっ……でも、今後ろがって」

「そうなんですけど、ちょっと試してみたい事もありますし。そのための先行です」 

 

 拓海はふと池谷から目を離すと、周辺で遠巻きにこちらを見ているギャラリーの一団に目を向けた。池谷達がその視線を追った先にいたのは、ギャラリー達の中でも一際目立つ、存在感溢れる兄弟がいた。

 

 

 

 

 スタート地点の数少ない駐車可能な場所に置かれた赤城の象徴、白と黄色のRX-7と妙義のステッカーを張り付けた赤色のシビックEG-6を背に、四人の男が揃って一方向を向いて佇んでいる。

 

「なあ、あの二人お前の知り合いだって言ってたよな」

「片方な。小学生の頃からの腐れ縁だ。で、それがどうかしたか?」

 

 高橋啓介は愛車に軽く体重を預けつつ、今夜のバトルの情報を流してきた相手でもある妙義のナンバー2、庄司慎吾に問いかける。

 

「あのシルエイティの二人組はどういう走りをするんだ?」

 

 啓介はポケットから煙草の箱を取り出すと、喫煙の支度をしながら言葉を続ける。

 

「オレも色んな走り屋を見てきたつもりだが、ああいうのは初めてだ。赤城にいるどんなタイプにも当てはまらない。だから気になっただけだ」

 

 火をつけた煙草を咥え、啓介は吸わずにただ煙を味わう。慎吾は煙を嫌がるようにそっぽを向いた。

 

「……あいつらは上手い。上手いが、速さはまだまだ甘いってところか。あくまで車を振り回して楽しむのがメインだしな」

 

 慎吾はシルエイティタッグの片割れ、沙雪を視界の中心に据えて話を続ける。

 

「もちろん、タイムを削る事を意識していないわけじゃない。ただコンマ一秒になりふり構わない程熱を上げているわけじゃないってだけだ。まあこれは碓氷には他に競う相手がいなかったってのも要因ではあるだろうが」

「……待て慎吾」

 

 慎吾の話を遮って、隣にいた妙義のリーダー、中里毅が声を上げる。

 因みに彼の愛車であるR32GT-Rはここには無い。妙義から碓氷までは慎吾のシビックに同乗していた。

 交通費が勿体無いから仕方なく、本当に仕方なく二人で協力する事にしたのだ。

 

「甘いって表現がイマイチ分からん。そんなとろい走りをするような下手なドライバーにはとても見えんが……」

 

 中里の目が真子を見据える。彼女は速い、彼の直感は間違いなくそう告げている。

 走りを直に見たことがあるであろう慎吾の話を否定する気はないが、納得するにはもう少し材料が欲しかった。

 

「甘いってのはまだ突き詰める余地が残ってるって事だ。お前も前はFR乗ってたんだから分かるだろ。綺麗なドリフトができるヤツは多いが、本当に速いドリフトができるヤツは少ない。タイムやバトルの勝利への貪欲さがなけりゃ、そういうテクニックってのは身に付きづらい」

「そう言う事か……」

 

 カウンターを大きく当てる派手なドリフトはとても見栄えが良い。観衆は盛り上がるし、ドライバーもマシンを思うがままに操る陶酔感に心地よく浸れるだろう。

 しかし、そこから先に進めるものは少ない。何を足し、どこを削れば速くなれるのか。ただ楽しむだけでも、ただ我武者羅なだけでも、それに気付くことは困難だ。

 

「だが、無駄と余裕ってのは区別が難しい。個人差も大きいしな」

 

 啓介が煙草を消しながら後を続ける。

 

「削っちゃならない無駄まで削り落して自爆するマヌケは赤城にも大勢いたぜ」

 

 無駄と安全マージンはとてもよく似ている。

 その境目を読み違えた走り屋は、もれなくガードレールに突き刺さる事になる。

 

「その辺突き詰めた走りとなると、神経すり減らす地味な走りになるしな。一人でやってて楽しいもんではないな」

 

 当人たちにとっては全開のつもりでも、それが本当に限界かどうかは分からない。

 無意識のうちに己の手足にリミッターをかけているかもしれない。今までマシンの限界だと思っていたそのラインは、本当は人間側の恐怖による自制心かもしれない。

 

「一番手っ取り早い方法は自分より上手いヤツと走って、まだ行ける、もっと攻められるって現実を見せつけられる事だろうが、それができるヤツが身近にいなかった」

 

 啓介はここでちらりと一方的に敵認定したハチロクの足を睨みつけた。

 足の性能は間違いなくこちらが上なのに、あの車と同じ速度で走れない。全く別の車種になったかのように暴れるFDを必死で抑え続けたあの戦いは、啓介の限界という名の思い込みを微塵に打ち砕いた。

 

「……このバトル、もしあのシルエイティが先行なら、どこかしらでサクッと抜かれて終わるだろうな。このコースは狭いが、それでも勝負に出られそうなポイントはある」

「もし沙雪達に勝ち筋があるとすれば、それは後追いだ。まだペースが上がり切らないうちにどれだけ目で見て盗めるか。そういう勝負になるな」

 

 啓介と慎吾が横目で視線を交わしながら話す隣で、中里が声を上げる。

 

「始まるみたいだぞ、ハチロクは……先行か!」

 

 眠っていたシルエイティとハチロクのエンジンが目を覚まし、その音に車が好きで仕方ないギャラリー達も活気づき始める。

 

 静かにそろそろと走り始めたハチロクと、その後背にぴったりと張り付いたシルエイティ、二台のテールランプが第1コーナーの向こうに消えると同時に、闇をつんざく二重奏が一帯に轟く。

 

「始まったぞ、全開走行だ!」

 

 ギャラリーの誰かが吠えるがいなや、ギャラリーの歓声が中里達の聴覚を押しつぶした。

 

 

 

 

 歓声とどろく一団から一歩下がり、啓介は先ほどから微動だにしない隣の長身に声をかける。

 

「なあ、アニキ。さっきからどうしたんだよ。黙って突っ立ってさ。何か言ってくれよ」

 

 彫刻のように動かず、喋らず。ただ今宵の主役たる三名を見つめていた高橋涼介は、ようやく、啓介主観では約二時間ぶりに口を開いた。

 

「少し考え事をな」

「アニキの事だから、やっぱあの二人についての分析でもしてたのか?」

「……啓介、もし藤原と戦うとして、お前はどう、走りたい」

 

 涼介はうっすらと隈のうかぶ瞼を閉じる。

 

「……どう、って?」

「何でもない。忘れてくれ」

 

 この兄が余人には理解しがたいことを言うのはいつもの事だが、ここ最近は輪をかけて変な気がする。

 

「アニキ、最近あっちこっち遠出してるみたいだけど、ちゃんと休んでるか? チームの皆も姿見せないから心配してるぜ」

「善処する」

「……」

 

 それっきり再び自分の世界に閉じこもった涼介の姿に、啓介は満天の夜空を仰いでため息をついた。

 

 

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