究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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未知の攻略(後編)

 こここそがC=121である事を指し示す標識の下に、複数人のギャラリーが押しかけている。大半はここが碓氷峠アタックにおける最大の見せ場であることをよく知っている地元近辺の者であるが、一部それを見抜けた目敏い余所者もここに集っている。

 赤城レッドサンズのナンバー3こと中村ケンタもここを観戦場所に選んだ一人であった。

 

 本当は敬愛する高橋兄弟もいるであろう頂上に自分も陣取りたかったが、涼介よりここで見るよう、そして後で走りを見た感想を述べるよう指示されてしまったのでやむなくここへ来たのである。

 

 隣にはおなじくレッドサンズの一員であり、走る事は少ないが営業役や事務役としてチームの運営に大きく貢献する史浩もビデオカメラを手に立っている。

 

「なあ、レッドサンズってあの秋名のハチロクとも戦り合ったことあるんだろ?」

「そうだけど、結果は知ってるだろ?」

「そりゃ聞いてるけど……どんなヤツなんだ、秋名のハチロクのドライバーって」

 

 現在二人は地元のドライバー達に絡まれている真っ最中である。

 あまり他山との交流の無い碓氷の住人でも、高橋兄弟や赤城レッドサンズの名くらいは流石に聞いた事がある。そのレッドサンズのステッカーを張った車に乗ってきたという事で興味を抱いた地元民たちから次々と世間話やドラテク話を振られていた。

 

「ぱっと見は……パッとしない感じだった。なあ史浩さん?」

「そうだったな。そのバトルはオレが司会やったけど、本当にこの子が代表で合ってるのか、って思ったよ。ある程度上手い走り屋って皆覇気というか、自信の表れみたいなの纏ってるけど、あの子はそういうの一切無かったし。完全に自然体って感じで」

「でも走りだしたら滅茶苦茶速い。ワケ分かんねぇスピードでハチロクがかっ飛んでいくんだよ」

 

 目当ての二台が来るまではどうせ暇なのである。二人はいつしか身振り手振りも交えて交流戦、そして交流戦前の顔見せの日の話を聴衆に語っていた。

 

「へー、そんなすごいヤツなら、なおさらここ通るのが楽しみだな。シルエイティのドリフトも痺れるけど、余所者がここをどう攻略するのか見物だぜ。オレもここの振りっぱなし、やってみた事あるけどてんでダメだったぜ」

 

 ピンクのポロシャツを着た地元の走り屋の一人がC=121の先を見つめて言った。

 同じく挑戦経験があるのであろう、複数の走り屋が懐かしむように同じ方を向く。

 

「このC=121とかいう場所だけどさ……そんなに難しいのか?」

 

 ケンタはコーナーの頭から終わりまでを視線でなぞる。

 何やらとんでもない難所のように彼らは語っているが、ケンタにはそこまで難しいとは思えなかった。

 

 勾配やRのキツさはかなりのものだが、これだけでは何処の峠にも一つはあるだろうキツいヘアピンでしかない。何度か練習すれば振りっぱなしでクリア程度はそう難しくないだろう。レッドサンズの一軍であればこのぐらいは当然だ。

 

「はははっ、初めてのヤツは皆そう言う……C=121の恐ろしさはむしろこの先にこそあるんだぜ」

 

 ケンタのような反応も経験があるのか、ポロシャツの走り屋は笑いながらコーナーの先、夜の闇に隠れて何も見えない場所を指さす。

 

「ここからだとギリ見えないけど、この左ヘアピンの突き当りは狭くなってる上に奥にもう一個左があるんだよ。さらにその先はゆるく右に折れてるんだ。ゆっくり走れば別々のコーナーだし、最後の右はコーナーにカウントされるかすら怪しいレベルだけど、スピード保って一気に抜けようとすると難易度が跳ね上がる」

 

 C=121を全開でロスなく駆け抜ける最も理想的な方法は、二つの左を一度の旋回で抜けつつ、最後の右の入口で理想的な位置につけるようなラインを描いて曲がる事。

 全開での突っ込みと、一本の正解のラインに車を乗せる精密さ。どちらか片方か、あるいは何回かに一回成功で良いならやれる者は何人かいるが、同時に、かつ毎回正確にやってのけるのは真子と沙雪のみであった。

 

「二つ目の終わりまで長いから、度胸一発、死ぬ気で突っ込まないとドリフトが続かないんだ。けどスピードを意識し過ぎてライン取りをミスると途中でドリフト止めて修正しなくちゃいけない。そしたら最初から普通に走った方がマシだったくらいロスが出る訳だ」

 

 説明されるにつれケンタと史浩もこの場所の難しさを理解してくる。

 どんなコーナーにも理想的なラインとスピードというものは存在するが、ミスでそれらを多少外してしまったところでタイムロスはコンマ数秒程度のものである。その程度が勝敗の分け目になるのは余程の上級者同士の対決ぐらいであろう。

 しかしここで失敗すると2、3秒、立て直しでさらにもたつくような事があれば5秒は失いかねない。お互い細かいミスを重ね続ける並の走り屋の戦いでもさすがに致命傷だ。

 

「それはキツイな……だから涼介もここを撮ってくるよう言ってたのか」

 

 史浩は手元のカメラに目を落とした。

 初見で挑戦するには難易度が高いが、走り慣れた地元のトップを相手にするなら挑戦しないという選択肢は無い。己が安全策に逃げる一方で相手が成功させたなら、そこでついてしまった大差を取り返すのは不可能に近い。

 熟練と初見、二台の同時アタックの一部始終を収めた映像は高橋涼介にとって値千金の価値ある資料になるだろう。撮影要員の都合がつかなかったなら、涼介は頂上ではなくここで観戦する事を選んでいたに違いない。

 

「……来た!」

 

 視界の端に光が映った。闇の中で絶え間なく動き続けるそれが競り合う二台のヘッドライトであるのは姿を確認するまでもなく分かる。

 先ほどまで談笑していたギャラリー達は一斉に動きを止め、通り過ぎるその一瞬を見逃すまいと目を凝らし始める。

 史浩も撮影準備が万端である事をもう一度確認し、顔の前に構えた。現地に早めに入って吟味したこの位置なら、最小限の動きで二台を追えるだろう。

 

 

 

 

 勝負所としては誂え向きな事に、C=121前はそれなりの長さのストレートになっている。

 

「前の動きをよく見て、真子」

 

 沙雪は自らだけでなく、真子にも注視を指示する。このポイントで仕掛けるにあたり、沙雪は二つのパターンを用意していた。

 

 一つは前を行くハチロクが威勢よく飛び込んでいった時。

 進入後オーバースピードに気付いて立て直しをかけた結果、一つ目と二つ目の間で大きく車速が落ちたところで並びに行く。二つ目までに並べれば、その次で抜ける。もし三つ目の右まで耐えられても、その次に待つのもまた右コーナー。再加速勝負、ブレーキング勝負、いずれでもこちらが圧倒的に有利だ。

 

 もう一つは事前にしっかりと減速してきた時。

 この場合は進入速度の差を活かして外から頭に被せる。一つしか無い最適最速のラインを先にこちらで抑えてしまえば向こうはもう先を譲るしかない。

 

 もし奇跡的にこちらと同じ、最適のタイミングで飛び込まれたら?

 可能性はゼロではないが、あまりにも低すぎるのでわざわざ対策を用意する必要はないだろう。

 練習でできない事は本番でもできない。それどころか練習自体をしていないのだ。素人目では完璧に成功したように見えていても、熟練の目から見れば何かしらの詰めの甘さは出る。そこを目敏く突けばいい。

 

「……行ったよ、沙雪!」

 

 そのポイントを過ぎても、いまだハチロクはブレーキングを始める様子はない。

 真子が全開の集中とわずかの緊張を手足に纏わせて鋭く叫ぶ。どれだけ走り込んでも、ここだけは気楽にとはいかない。

 

「突っ込んだか。じゃあこっちも派手にいこうよ、真子!」

「うん!」

 

 沙雪が手足を踏ん張りシートに一層体を押し付けると同時に、フルブレーキングのショックが後ろから襲い来る。シートベルトが強く胸に食い込み呼吸を妨げるが、慣れと根性で耐える。

 助手席の沙雪の側からでは今の正確なスピードは分からないが、ブレーキングを始めるポイント、終わらせるポイントと進入ライン、いずれもかなり理想に近い形で描けたと直感で感じる。

 

(ここまでは良し……ハチロクはどうしてる?)

 

 そしてハチロクの動きを確かめるため、視線をさまよわせてその姿を探した。

 

(あそこか!)

 

 横を向いた車の助手席からでは見えづらいが、視界の隅に白い姿が見える。

 C=121の入口は車三台半は並べられる広さがある。その横幅を目いっぱい使って攻め込んでいるが、あの速度では出口で膨らみすぎるだろう。減速と修正のためにカウンターの切り増しを行うはずだ。そこへ後ろから張り付いてインにねじ込めばこちらのもの。

 

「真子、もう5センチ外へ振って!」

「分かったわ!」

 

 ベストラインから僅かに外し、最終的な位置と速度を調整する。これで最後にピッタリ横に並べるだろう。臨機応変な微調整、今こそコドライバーの出番である。

 

 

 

 C=121で見物していたギャラリー達は一斉に息をのんでいた。

 

「つ、突っ込んだ!」

「真子以上の速度で突っ込むとか、とんでもねぇ馬鹿だ!」

「頼むから事故んじゃねーぞ……」

 

 ハチロクとシルエイティがほぼ同時にブレーキングを始めた時、ギャラリー達は皆ざわついていた。先行車の方がよりコーナーに近い位置にいるにもかかわらず同時という事は、ハチロクの側がそれだけブレーキングを遅らせてきたという事だ。

 シルエイティのブレーキングが早すぎだと思っているものなどいない。ここを一番上手く走る彼女達がそうしているのなら、きっとそれが最善のタイミングなのだと地元の者たちは信じている。

 

 ケンタと史浩も開いた口がまだ塞がっていない。

 後追いのシルエイティが下手でない事など見れば分かる。あの無駄のない、いっそ美しさすら感じるアプローチ。赤城のコーナーで同じことができる者は何人いるだろうか。

 それ以上の速度で進入したハチロクは明らかにやりすぎである。

 

「ヤバいぞ……」

 

 ケンタはハチロクの走りに焦燥を覚える。人の多いレッドサンズではそれだけ事故の数も多い。ケンタも己の見ている前で自爆、あるいはあわや寸前の事態が起きた経験はあるが、今のハチロクの動きはその時とよく似ている。

 タイヤのグリップを100パーセント使い切っている。今あのハチロクの足はもう追加の命令を受け付ける余地が無い。これ以上の負荷をかければたちまちスピンし始めるだろう。

 まだ超えていないのならいいじゃないか、ではなく、超えてしまったらもう手遅れなのだ。

 

 隣では史浩が抜かりなくカメラを構えたままであるが、やはりその横顔は強張っている。最悪の事態を想像してしまったのは同じなのだろう。

 

「史浩さん!」

「……待て、ケンタ。様子が変だぞ」

 

 史浩の言葉に、ケンタも再度視線を戻す。この間にもかなり先に進んでしまったようであるが、まだコントロールが失われたような様子はない。

 

「えっ……?」

 

 そしてそのまま、衝突音など響かせることなく二台ともコーナーの向こうに消えてしまった。

 これ以上の負荷に耐えられないハズのタイヤを引き摺って、さらに別のコーナーをクリアした。今まで培った己が知識と経験では分析しきれない事態に、閉じかけた口が再度開いた。

 

 

 

 ここで必ず仕掛けてくる。

 それだけは予想できていた拓海は、対抗策としてあえてオーバースピードでの進入を考えていた。このC=121は入口から中間は広いが、その先は狭い。強引にでも前に出てラインを奪取してしまうのがここで一番簡単な抜き方だろう。

 それを防ぐならこちらがそれ以上のスピードで入るしかない。

 

「よっ……と」

 

 右足を置いたアクセル。左足を置いたブレーキ。そして両手のステアリングを慎重に操作して、元々左へ回っている車をさらに左へ曲げる。

 既にタイヤは己の限界を拓海に訴えている。これ以上は無理と叫ぶタイヤにそれでも曲がれ、もう少しだけ頑張れ、と頼み込む。

 

 グリップを100パーセント使ったからといって、直ちにタイヤが地面を掴むことを諦めるわけではない。

 コップに容量以上の水を注いでも表面張力で耐えるように、タイヤもごくわずかなオーバースピードなら持ちこたえてくれる。

 101パーセントは行けるが、102パーセントはクラッシュするだろう。刻一刻と変化する状況の中、狭すぎるレッドゾーンの上を維持し続けるのは普通の人間にはできないし、拓海もこのハチロクを用いて、かつ数秒間限定でなら挑戦はしてみる、という程度のものである。

 

 ガードレール直撃コースから、ガードレールを舐めるように大外を回るコースへと車の向きが変わってくれたのを確認したら、すぐさま右へ切りかえす。

 コースの攻略としては先の左でしっかりと内に寄せて旋回を終え、最後のゆるい右はほぼ直進で抜けられるようにラインを設定するのが正しいのだろうが、これ以上内には曲がってくれない。

 

 ミラーに度々ライトを映り込ませて存在を主張する後方のシルエイティはこの最後の右でイン側のポジションを取りたいらしい。

 どの道外側一杯に膨らむしかないこちらにとってインに付かれること自体は仕方ないが、問題はこの次である。

 向こうがどれだけ闘争心を漲らせてくるか、それは読めない。

 

 

 

 シルエイティのタービンは軽快に回り、エンジンにさらなる空気を送り込んでいる。

 既に過給圧は十分なこちらと、これからようやく加速を始められる向こう。パワーの差がある二台はあっという間に横並びになる。

 

「C=121で決められなかったのはちょっと残念だけど……ここで決めるよ、真子。横並びならもう逃げられない」

「うん、もう逃がさない」

 

 右コーナーでインを抑えられた。後は普通に曲がれば終わりだ。

 もう左隣は見なくていい。落ち着いてインベタでの進入に最適なブレーキングポイントを図る。

 それでいいと思っていた。

 

「……っ!」

 

 横は見ずとも、正面の視界には二台分のヘッドライトの光が映っている。それが少しずつ近寄ってきているのが見えるのだ。

 反対側の車線にいたはずのハチロクは今はセンターラインに片足を乗せ、さらにこちらに寄せ続けている。

 少しこちらが右に逃げれば、向こうはさらにその分詰めてくる。

 思わずアクセルを踏む足が緩む。

 

「真子、見ちゃダメ。アンタは前に集中!」

 

 沙雪が叫んだ。その声にもほんの少し、震えが混ざっているように感じられた。

 

 これはこちらよりもブレーキを遅らせて前に出るつもり、という強い意思表示だ。

 こちらが踏めば向こうが前へ、向こうが踏めばこちらが前へ。もちろんいつまでも踏まなければ曲がり切れずクラッシュ。

 これではブレーキング勝負というよりチキンレースである。

 

 両車とも同時の場合、インを取っているこちらが勝てる。その時点で大きくこちらが有利な駆け引きであるが、バトルの経験の少ない、横並びという状況に対処した事の少ない真子の感じるであろうプレッシャーを差し引けば、あるいは互角か。

 

「くっ……!」

 

 この間にも迫り続けるコーナーに先に音を上げたのはやはり真子であった。

 これ以上は突っ込めない。インベタのラインを維持するにはあまり速度は出せないのだ。ここまでの走りで向こうの方が限界越えの状況からの引き出しが多いのも分かっている。

 立ち上がりでもたつけば結局差し返される、と判断し真子はブレーキペダルに足をかけた。

 

 

 

 正直、分の悪い賭けだった。

 これが高橋啓介や中里毅だったなら絶対に引いていない。それどころか限界までアクセルを踏み抜いただろう。

 群馬エリアの一流どころである彼らどころか、たとえ同じ場所にいるのが秋名スピードスターズの誰かだったとしてもおそらく引かない。不利ならともかく、絶対有利な状況で引き下がるほど弱気で闘争心の無い彼らではない。

 後でもたついたところで気にする必要はない。オーバースピードなのはお互い同じなのだ。

 

 何が何でも前に出てやる。

 

 そういった気迫を向こうはあの時点ではあまり持っていなかったからこそ、かろうじてこの賭けは拓海が勝てた。

 あれだけのテクニックと土地勘を持っていれば、彼女達とまともに勝負できる者など周囲には誰もいなかったであろう。煽られてプレッシャーを掛けられるという経験など持ち合わせていなかった事がここ一番での動揺を招いてしまった。

 

(でも、多分二度目は無い)

 

 拓海の知る限りの情報でも、真子と沙雪は自身の技術、経験に自信とプライドを持っていることは疑いようがない。

 勝てた勝負を落とした事は彼女らのプライドをいたく傷つけただろう。

 

 『記憶』に残るかつての勝負で、終盤にてさらなるペースアップをしてきた時のように、ここからは本当の全力で追い詰めに来る事は間違いない。

 彼女達の全力は恐ろしい。あの時も、後追いだからこそついて行けてただけで、先行していたらさっくりと抜かれていただろう。つくづく、コースを知らないハンデの重たさを思い知らされる。

 

(とはいえ、こっちもようやく分かってきたところだし。ここから本番、か)

 

 こちらもようやく碓氷のリズムに体が順応してきたところである。これでもう少しペースを上げられるようになるだろう。

 

 

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