究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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自分にないもの

「……ああ、分かった」

 

 C=121前からの報告を受け取った高橋啓介は、通話の切れた携帯電話をポケットに押し込む。

 

「アニキ、まだもつれたままってさ。仕掛けちゃいるが、仕留めきれないらしい」

「そうか」

 

 腕を組み、傍から見れば立ったまま寝ているかのようにすら思えるほど身動きをしない涼介は、閉じていた眼を薄く開いて答えた。

 

「アニキの予想通りか?」

「やや上回るが、概ねそんなところだ。思わぬ逸材がいたものだ」

「……もっと早くケリが着くだろうとオレは予測してたんだけどな」

 

 啓介は夜空を仰ぎながら、窓を開け放したFDの車内からペットボトルを取り出す。

 

「バトルはまだ半分も終わっちゃいないさ。むしろこの程度で決まるようなら拍子抜けだ。前半はろくに踏めていなかっただろうからな」

「たしかに、ここはやたら曲がりくねってるしな。多めにマージン作ろうと考えたら、踏む間なんて無くなるか」

「だが道幅や路面の状態、傾斜具合などに手足が慣れてくればもう少しマージンを削れるようになる。今まで50パーセントで流していたところを60で、やがては70パーセントまで攻められるようになってくる。駆け引きが始まるのはむしろここからだ」

「……なるほどな」

 

 たかが10パーセントといえど、拮抗した状況の中での一割加算は戦局を動かすには十分すぎる。

 啓介はペットボトルの中身を含む。冷気も炭酸ももはや欠片も残っていないかつて炭酸飲料だったそれを一口含み、蓋を締めて車内に戻した。こんな温く甘ったるいだけの代物、飲めば余計に渇きそうだ。

 

 

 少し離れた別の場所では池谷達が高橋兄弟の側に聞き耳を立てていた。

 

「聞いたか池谷、シルエイティが何度も仕掛けてるけど、捕まえきれてないって」

「やっぱ、知らないコースだとさすがの拓海ちゃんでも苦戦するかぁ……というか、初めてで地元に近いペース出せてる事自体がおかしいっちゃおかしいんだけどさ」

「池谷先輩も健二先輩も、どうしてそんなに弱気なんですか。むしろこっからじゃないですか、ここまでで抜かれてないなら、そこまで大きな実力差は無いってことっすよ!」

 

 不安げな声色を隠せない池谷と健二に、イツキが楽観を呼びかける。

 FDやGT-Rの時は常に拓海の側にあった主導権が、今回は未だシルエイティの側にある。それを不安に思う気持ちは理解できるが、悲観だけでなく楽観できる材料もある。

 最も苦しいであろう一本目の最序盤を乗り越えられた。現時点で追い抜けるほどの差が無いのなら、ここからどんどん状況は好転していくハズなのだ。

 イツキは拳を握り締めて力説する。

 

「イツキの言う事も尤もなんだが……オレとしては、もう一つ心配な事があるんだよ」

 

 徐々にヒートアップし始めるイツキを宥めながら、池谷が言う。

 

「へ?」

「確かに、拓海ちゃんもこの先もっとペースを上げていけるだろうけど、真子ちゃんも、最初はある程度様子見してたはずなんだ。このままじゃ不味いとなれば、当然本気を出すようになる。そして、後ろからせっつかれたら、前はもっと上げたくなるだろ?」

 

 勝負である以上、お互い熱が入るのは仕方ないだろう。煽られればさらにペースを上げ、前が逃げれば後ろは離されてなるものかとまたペースを上げる。 

 

「聞いてる限り、真子ちゃんも見掛けによらず熱くなっちゃうタイプらしいし……二台で際限なくペース上げた結果、どっちかが限界超えて事故りやしないか、なんて不安がな。今までは普通に拓海ちゃんが圧倒して終わりだったから、事故起こすなんて考えすらしなかったけど」

「考えすぎだって池谷。拓海ちゃんはウデあるし、あの真子ちゃんだって、やばくなったら横に乗ってる友達の子が止めるだろ。心配いらねぇよ」

「……だといいんだけどな。ふと頭をよぎっただけなんだけど、考えだしたら止まんなくなってさ。二人とも、無事に終わってほしいよ」

 

 

 一方、中里毅、庄司慎吾の妙義コンビはやる事もなく、微妙な感覚を開けて二人で並んで立っていた。

 

「……なあ慎吾、あの沙雪ってシルエイティの片割れだけどさ」

「お前今日あいつの話すんの何回目だよ。ただの昔馴染みだっての。たまたま家が近かっただけの関係だって……」

 

 その時、慎吾の脳裏にある可能性が浮かんだ。

 

「もしかしてお前、ああいう気の強い跳ねっ返りみたいなのが好みなのか?」

「え、いや別にそんな事は言ってないが……」

 

 ふっと顔をそらした中里を見て、慎吾の顔ににやりと笑みが浮かぶ。

 

(意外だな……ん、そういや誰か言ってたな、こいつが秋名行った時の事)

 

 以前中里が秋名へ向かった時、ギャラリーとして出向いていた妙義のメンバーの一人が何か面白いことを言っていたはず。

 

「それとも、アレか。何とは言わんが、アレが大きい女が好みか。秋名でもじっくり見てたらしいな。どうなんだ?」

 

 沙雪もスタイルの良さは中々のものだ。あれでもう少し性格が丸ければ引く手は数多となるであろうぐらいにはある。

 質実剛健な真面目男を気取っている割には俗な事である。

 

「……慎吾、一発殴っていいか?」

「いいぞ。帰りは乗せなくていいならな。妙義までタクシーにでも乗って帰れや」

 

 中里が反撃を試みても慎吾には響かない。ここまでの足が慎吾のシビックである以上、優位はこちらにある。群馬の西端である碓氷から東端の妙義までタクシーを走らせたら代金がいくらになるか、貧乏人には想像もしたくない。

 

「くっ……」

「まあ、今のはちょっとした冗談だ。悪かったよ……くくくっ、あーそうなのかー思わず目が行っちまうかー」

「妙義に帰ったら覚えとけよ……オレのR32で追い回してやる」

「お、やるか。下りならぜってー負けねぇぞ」

 

 けたけた笑う慎吾に今は何を言っても喜ばせるだけ、と反撃を取り止め、中里は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 

 

 

 木々の切れ目から僅かに覗いた空に、赤レンガ造りの巨大な橋が映り込む。碓氷第三橋梁、通称めがね橋とも呼ばれるかつて鉄道が通っていたこの橋は碓氷峠の下りももう終盤に近付いてきていることを示すランドマークである。

 

 迫りくる横Gに歯を食いしばり、沙雪は恐怖をぐっとこらえて正面を見据える。

 日頃、タイムアタックのため全力で走る事はままあれど、走っていて恐怖を感じるという経験は久しくなかった。

 こうして恐怖を感じるまでになっている原因は明確である。真子が自分のリズムで走れていないのだ。今の真子は前を行くハチロクを追いかける事に熱くなっており、これまで築き上げてきたコースの攻略が頭からすっぽり抜け落ちている。

 

(いや……この動き、もしかしてハチロクをなぞってる?)

 

 追う事に集中するあまり、無意識のうちにリズムとラインを模倣しているようだ。

 

(どうする……パートナーとしては当然、止めるべきなんだろうけど)

 

 コースを知らない他人のリズムに合わせて走るなど、走り慣れているという地元の強みを自分から投げ捨てる行いだ。

 それ以前に、今の真子には余裕が無い。初めての走りを真似ようとするのに手いっぱいで、マージンを意識できていない。

 

 どれほど限界の走りをしているように見えても、進入時には僅かに余力を残しているのが本当の上手いドライバーだ。

 だが今の真子は、本来ならマージンとして取っておくべき余力まで全てコーナリングに回してしまっている。今、彼女がうっかり操作ミスでもしたらどうなるか、など考えたくもない。

 ドライバーが無茶なペースで走っているのなら、止めるのがコドライバーとしての役割であろう。

 

(でも今の真子、今まで見た事ないぐらいスゴイ走りしてる)

 

 かつてなくハイテンションになり、極限まで集中力を研ぎ澄ませた真子のドラテクは、この土壇場でもう一段階進化しようとしている。

 ステアの舵角は小さくなり、コーナーではこれまでよりも奥深くまでブレーキを引き摺って攻め込んでいる。

 

(うん、決めた。今の真子に水は差さない)

 

 もし単独でこんな運転をしていたら、確実に真子を止めているだろう。安全を考えればそれは当たり前の行いだ。

 しかし、沙雪はこうも思うのだ。もしかしたら、自分は誰よりも真子の事を理解しているつもりで、実際はまるで見えていなかったのかもしれない。安全だの効率だのと、尤もらしい理屈をこねては彼女の成長の機会を奪ってしまっていたのかもしれない。

 導いているつもりで、実際はただの邪魔な重りでしかなかったなど笑えない話である。

 

(行けるとこまで行ってみよっか、真子。もしもの時は一蓮托生だよ)

 

 どちらにせよ、今から水をかけて引き戻したところで、一度冷えた真子のテンションが再び温まる頃にはもうゴールである。

 結末がどうなるかは分からないが、せめて悔いのない一戦となってほしい。

 

(とはいえ、ただ乗ってるだけの本当の重りってのも癪だしね。何かアドバイスできそうな事は……)

 

 沙雪は前を見る。

 その走りを観察していて真っ先に目につくのはその立ち上がりでの速さである。ほとんど同じリズムで走っているハズなのに、立ち上がりで一歩離されている。あちらの方が車が前を向くタイミングが一歩速いような気がするのだ。

 少しでも直線があるならすぐに取り戻せる程度のものであるが、コーナーが連続する区間ではその一歩分を詰めるために次のコーナーの進入でもう一歩分の無理をしなくてはならなくなる。

 

 当初はNAとターボの差と考えたが、それはやはりあり得ない。このシルエイティのエンジンはターボ抜きでもハチロクにパワー負けなんてしない。となれば、やはり乗り方、踏み方の違いにあるのだろう。

 だが、真子が踏み遅れているような感じはしない。今より早いタイミング、まだ旋回が終わり切っていない時に加速を掛ければ車は明後日の方を向いてすっ飛んで行ってしまうだろう。

 これは自分では手を付けられそうにない。

 

 ならば他の点はどうか。

 

(気になるのは……ブレーキの使い方?)

 

 ハチロクのコピー版である真子の今の走りと、従来の真子の走りを比べて感じることはブレーキの使い方の違いか。

 ただ全力で踏むのではなく、時にはあえて半端な踏み方をしていたりと一般的に考えられるようなセオリーとは違いも多い。テールランプは点灯しているのにさほど減速していない時もあるので、アクセルは煽ったまま左足でブレーキをかけているらしい場面もある。

 

(ブレーキをなるべく減らそう、ってまず考えるのが一般的な走り屋だけど……)

 

 減速の時間を減らし、加速の時間をコンマ一秒でも長く取る。速く走るにはどうすればよいか、と聞かれたとき、それが一般的な答えになるだろう。ブレーキを踏まなければタイムを縮められる、と勘違いしたヘタクソがブレーキを遅らせすぎてコーナー入口で自爆、というパターンが碓氷でもたまに起きるぐらいには多い。

 

 制動にタイヤのグリップを全て使用した状態でいくらステアを切っても車は曲がらない。これがコーナー入口での強いアンダーステアとして表れる。

 減速のためのブレーキは手前までで終わらせる、コーナーに入ってからのブレーキはあくまでも姿勢づくりのきっかけ、というのが沙雪の思う正しいブレーキングのあり方だ。グリップを全て曲げることに使うのが理論上最も速いコーナリングである。

 

(どちらかと言えば、ブレーキの使い方というよりはタイヤの使い方、か。四つのタイヤへの荷重の掛かり具合を常に意識しながら走ってるような感じ)

 

 タイヤを遊ばせず、全て使って速さに変える。適宜荷重を後ろから前へ、前から後ろへと調整を繰り返してアンダーステアの度合いを維持している。

 平たく、一周の短いサーキットのような場所なら自分でも練習すればやれそうだが、ここは峠である。狭い道幅に荒れ気味の路面、そして地面の傾斜具合なども計算に入れつつ、あとどれだけ負荷をかけられるか予測しなければならない。

 10メートル先がどうなっているか分からない初めての場所でそれをやり続けている車が前にいる。

 

(どう考えても、18歳が持ってていいテクじゃないっての……)

 

 意識したところでどうにかなるものじゃない。このスピードでは考えてから動いていても間に合わないのだから、手足が勝手に動くレベルになるまで乗り倒して感覚を染みつかせる必要がある。

 

(そんで、問題はこいつをどう攻めるかって点だけど……どこから手着ければいいのよこれ)

 

 沙雪が唯一自由になる頭で、どこかに攻略の糸口が無いかハチロクの一挙手一投足を注視していた矢先、インに切り込んだハチロクが跳ねた。

 

「えっ、うわっ!」

 

 何が起きたのか訝しむ前に、シルエイティの左のフロントタイヤも跳ねる。

 その動きと、一瞬見えた砂色で沙雪は今の跳ねがインを攻めた際に路肩にこぼれていた土砂を踏みつけたものだと理解する。

 素早く立て直した真子は相変わらず集中したまま口を開かない。

 

(しまった、気づかれた?)

 

 土砂といっても大した量ではなく、何事もなく立て直せる程度のものであるが、問題はそこではない。

 

 危惧した通り、その次のコーナーからハチロクのラインにブレが生じ始めた。

 走りを真似しようとされている事には薄々気付いていただろうが、それがこちらの作戦なのかどうかまでは分からなかったはずだ。しかし障害物の回避に失敗した事で、それが作戦ではなくナビゲートが機能していないのだとバレてしまった。

 狙ってやっている側は後からどうにでも修正できるが、何も考えず真似している真子はそのブレに振り回されて少しずつ遅れ始めている。

 

 シルエイティが追い、ハチロクが逃げる展開だったこれまでと攻守が逆転した瞬間である。

 

 

 

 少々ペースを上げたところで振り切れるなどとは思わなかったが、ようやく離れてもらえそうである。

 ミラー越しでも鬼気の迫りようが感じ取れるシルエイティの走りであるが、その内容がこちらをなぞっているのだと気付いた時は思わず驚愕しそうになった。

 普段走り込んでいる場所であればあるほど、日ごろ染みついたやり方が新たな挑戦の邪魔をする。理屈的な部分は全てパートナーに丸投げしている佐藤真子だからこそ、そういった先入観を持たず違うものを取り入れられたのかもしれない。

 高橋涼介以外の人物からこういったことをされるのは想定していなかったので、一つコーナーを抜けるごとにコピーの完成度が増していくシルエイティを見ていると何だかむず痒いような気分になる。

 このまま二本目、三本目と続けていった時、最終的にどこまで化けるか見てみたくもある。

 

(まあ、負けたくないから、それを利用させてはもらうけど)

 

 当初目指していた高橋涼介の走りとも、普段の秋名での走りとも随分違う内容になってしまったが、これはこれで悪くないとも思う。

 進入を抑えめにして立ち上がりで取り返す走りから、気が付けばいつもよりやや控えめ程度まで突っ込みを伸ばして後でライン調整で帳尻を合わせる走りに切り替わっていた。

 

 軽く後方に向けた揺さぶりも混ぜていきながら、拓海は最終的にこの形に落ち着いた今回の走りについて考える。

 

 毎朝の豆腐の配達。特に早起きの習慣があったわけでもない一中学生には苦痛であった。早く帰って二度寝したい一心で、行きこそ豆腐のために慎重に走るが、帰りはそれはもう飛ばして帰る日々を繰り返し、そしてその過程で藤原拓海はコントロールの技術を身につけていった。

 もちろん不慣れな頃には無謀な速度で進入しては対処で冷や汗を掻くことも何度もあった。

 

 この、オーバースピードで進入してはそこからの立て直しを図った経験の蓄積こそが『藤原拓海』流の走りの原点とも呼ぶべき部分であり、今日の碓氷での走りはある意味初心に帰ったような気持ちになる走りだった。

 

(と言っても、これは私のではないけど)

 

 あくまでも『藤原拓海』の初心であって、藤原拓海の初心ではない。

 彼にとっての走りがそうであったとして、自分にとってのそれは何になるのだろうか。乗る車も、転がす技術も今は全て他者からの借り物でしかない。

 自分のオリジナルと呼べるようなものは、今はまだ何もなかった。

 

 

 考え事に意識を少し割きながらも、後ろへの嫌がらせの継続は忘れない。

 と言ってもそこまで手の込んだことをする必要はなく、各種タイミングやラインをほんの少し前後にずらしながら走り続けるだけで効果は覿面である。

 これまでは何とか追従できていたシルエイティも、コーナーを抜ける度に一歩ずつ遅れていく。

 

 

 

 ゴール地点、という事になっている看板の下をシルエイティが抜けたのは、ハチロクが通り過ぎてから3秒後の事であった。

 

 

 

 

 

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