究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

29 / 31
湿り気とヒルクライム

 

フリー走行中の騒々しさから一転、静まりかえったスタート地点。ぴったりと同じ位置に並べられたR32とFDの前で、高橋啓介と中里毅は組んだ腕が触れあいそうなほどの近距離で静かににらみ合っていた。

 二人の後ろで、レッドサンズとナイトキッズ、それぞれのメンバーが期待、あるいは不安を乗せた、戦々恐々とした雰囲気で自分達の代表の背中を見やっている。

 秋名のハチロクという前触れなく生えてきた突然変異の一台を除けば、長らく群馬エリアの東西トップとして君臨してきた自負のあるチームの決戦である。一切の不安なく信じきれている者は少数だった。

 

「……妙義の谷は深いぜ。FDはコーナリングが自慢だか何だか知らねーが、調子に乗って滑って落ちないようにするんだな。命は大事にしろよ」

 

 先に口火を切ったのは中里だった。視線はFDのリアに向けられている。

 

「ぬかせ。そっちこそ熱くなりすぎて止まれなくなって壁に刺さらないよう気をつけるんだな。オレのと違って、GTRはクソ重たいんだからな。ブレーキは大事にしろよ」

 

 啓介も視線をGTRのフロントに移して言い返す。

 

「……」

「……」

 

 時間にしては一秒足らずの再びのにらみ合いの後、中里はGTRに乗り込むべく啓介に背を向けた。

 

「フン……」

 

 中里の敵意と戦意がこもったにらみに、啓介の口角が自然に上がる。

 思えば走り屋になってから、対等な勝負というものは久しく無かった。直近の秋名での戦いにしても、上りのS13シルビアの男は最初から勝負を棄てていた。やる気が無いわけではないが、あれはあくまでも一秒でも長く食らいつき意地を見せてやろうとするものであり勝利そのものは目指していなかった。勝てるわけがないと諦めてしまっている。

 下りの藤原拓海はその逆だ。最初は何を考えているのか今一つ読み取れなかったが、いざ走り始めてみればこれ以上ないほど明白だった。何も考えていない。見る必要も考える必要も無かった。リソースを割くに値しない相手なのだ。

 

 一目見ただけでこのFDが自身の脅威では無いと見抜いてしまい、そこでもうやる気が失せてしまっていたのだろう。それがあの表情だったのだ。

 競技者の精神状態がパフォーマンスに大きく影響する事は常識だ。競ってすらいない、完全な独走状態でテンションなどまるで上がるはずもない。

 手抜きはしていないだろうが、本気とも程遠い。それがあの晩の走りだと啓介は思っていた。本気であれば、あそこからさらに何秒縮んだのだろうか。

 

 

 そして中里の目は、欲に溢れていた。全力で勝ちに行く、お前を叩き潰してやる、と勝利への渇望が瞳の奥にギラギラと輝いていた。

 

「バトルってのはこうでなくっちゃ、面白くないよな」

 

 この車を買う前、悪友達と毎夜のように悪い事に明け暮れていた、やんちゃだった頃を思い出す。

 

「喧嘩上等、なんてな」

 

 ぐっと拳を握り込む。物を掴むための拳ではなく、久しく作っていない人を殴るための拳だ。

 数度握っては開きを繰り返してから、大きく息を吐いて力を抜き、啓介はその手でドアを掴んだ。

 

 

 

 

 カウント役を引き受けたのはナイトキッズの下り担当である慎吾だった。

 

「カウント行くぞ。5、4、3、2、1……GO!」

 

 腕が振り下ろされると同時に彼の横を駆け抜けたのはGTRである。一拍遅れてFDがそれに続いた。

 

「やっぱスタートダッシュはGTRか!」

「高橋啓介も上手いんだけど、四駆相手じゃ出遅れるのは仕方ないよな」

「でも、FDもスゲーぞ。もう出遅れ取り返してケツに張り付いてる」

 

 開始直後こそGTRに先行を許すも、第1コーナーとなる左にアプローチするタイミングでは既に接触の心配をされそうになるほどベッタリと背後に張り付くFD。

 コーナーからの立ち上がりこそGTRに離されるもすぐに追いつき、次のコーナー入口では煽るようにベタベタに接近する。

 その光景は見ているギャラリー達に加速のGTR対旋回のFDの構図を強く印象付けた。

 

 

 妙義の上りは始まってすぐは緩いコーナーが連続し、間に直線が挟まる高速区間となる。

 限界までブレーキを引き摺り進んでインに寄せ、出る時はアウト側へ目一杯膨らみつつの全開加速。GTRの強みたるブレーキとパワーを目いっぱい活かさんとする力強い走り。それを後方から見る啓介はFDの運転席で一人余裕たっぷりに口笛を吹いて見せた。

 

(おーおー、迫力たっぷりで良いねぇ。その辺の車に乗せられてるだけのヘボとは格が違うぜ)

 

 自身とマシン、一人と一台の特性と限界を理解していなければここまで攻め込む事はできない。いくらFDもまた性能自慢なマシンといえど、少しでも気を抜けばおいて行かれるであろう。

 

(限界目指して、とにかく死ぬ気で攻める。攻撃的で見てて楽しい走りだが、自分で思ってるほどにはタイムに繋がってない。自己流には限界があると、オレはアニキにまず教えられた)

 

 車の性能を限界まで使い切る事と速さは必ずしもイコールにならない。

 我武者羅な攻め方は無駄な動きで車に不要な負荷をかけ、あまつさえタイムを遅らせてしまう。しかしドライバーはタイヤとエンジンを限界までとにかく酷使する事が最適だと信じ込んでしまっており、無駄を無駄と気づけない。だから独学で速くなろうとしてもすぐに頭打ちする。

 スピードに慣れ、ある程度の制御技術が身に付いたのなら、そこから先は最適化のための理論が必要。

理論を頭に入れたらそれを現実で使えるようにする訓練。涼介が啓介に課していたものである。

 

(ブレーキをとことん遅らせつつ、立ち上がりで目一杯アクセル開けられるようにラインを描く。基本だが、GTRってのはその基本を突き詰めて走るようなクルマだしな)

 

 啓介の目から見て、中里のGTRはとにかくブレーキを遅らせる事にこだわっているように見えた。一人で何度も走り込んで、旋回が間に合う減速開始地点を詰めに詰めたのだろう。GTR使いでない啓介でもその積み重ねの厚みはうかがい知れた。

 

(だが、もっと攻められる。削りが甘いんじゃなく、削りすぎだ。そんなに余裕のないケツ見せられたら、ちょっかい掛けたくなってくるぜ)

 

 緩いコーナーが終わりに近づき、コーナーはきつく、直線は短くなっていく。その中の一つの右に狙いをつけた啓介は、GTRのブレーキランプが光り出す直前、そのタイミングを見計らいブレーキを遅らせてFDをその右後方にねじ込む。

 

(相手が仕掛けに来たと気付いたところで、このタイミングじゃ何もできない。予定が狂ったらどんなヤツでも一瞬は動揺する。その一瞬が取っ掛かりだ。さて、外に逃げるか、内に攻めるか。どっちだ?)

 

 啓介の注視する先でGTRが動いた。よりアウト寄りのラインに変更するためGTRが外に膨らんだのだ。

 

(そっち行ったか。じゃあこのまま内からだな)

 

「FDが仕掛けたぞ!」

「で、でも行けるのかアレ!?」

 

 啓介の突撃を目の当たりにしたギャラリー達が悲鳴に近い叫びをあげた。彼らの目にはFDの進入速度は無謀なものにしか見えなかった。

 しかし彼らの未来予想図に反し、FDはせっかく譲られたスペースを使わなかった。並びに行くものと思われたFDはGTRの右後方に位置したままブレーキングを開始したのだ。

 中里は元々限界までブレーキを遅らせていたが、そこからさらに遅らせたFDにも当然、余裕など無い。並んだ勢いそのままにインから抜き去るのは困難だった。

 アウト側を回るGTRに張り付くように、その後方をリアを振り出したFDが旋回する。接触しない、空間が許すギリギリまで寄せている。

 オーバースピード気味に進入したFDと外回り故むしろ進入速度だけは上げられるGTR、二台の速度

が偶然一致した事で生まれた紙一重の状況である。

 

「さ、さすがに高橋啓介でもあれは無理か……」

「でも、あのスピードで曲がり切るのは凄いぜ。コーナーならFDの方が速いんだよやっぱり」

 

 啓介の仕掛けは失敗したかのように見えた。車体半分の差でGTRは前に出たままであり、加速勝負では勝てないFDはコーナーで抜ききれなかった以上先頭は譲り返すしかない。

 

(これで良い。別に一度に全てやる必要はない。ただほんの少しだけ、遠回りしてくれりゃ十分だ)

 

 啓介の狙いはそこではなかった。理想のラインより外を回らせることでロスを生ませる事が狙いであり、この次こそが本命なのだ。

 最初の仕掛けのために相手より速い進入速度でコーナーをクリアしなければならないが、元よりFDはGTRよりもよく回るコーナリングが自慢のマシン。この程度は無茶の範疇にも入らない。啓介が要求すれば、FDは二つ返事で応えてくれる。

 

(不思議な感じだ。クルマの戦闘力は変わってないのに、手ごたえがまるで違う。オレはやっと、本当の意味でFDに乗れるようになったんだ)

 

 出口から立ち上がらんと唸る二台であるが、差がこれまでのコーナーほど開かない。

 これ以上外に膨らめないGTRはアクセル開度に制限が掛かっている。鈍ったままの半端な加速では、FDを何時ものようには突き放せない。

 しかし突き放すまでにはいかないものの、逆転もできない。ガードレールから車体を離すことができれば、またエンジンに鞭を入れられるようになる。

 これで次のコーナーが逆の左であったならば、GTRは左車線を死守する事で逃げ切ったかもしれない。だが、次のコーナーもまた無情な事に右であった。もちろん、偶然ではなく意図して二回連続で右が来る場所を選んだのだが。

 

(ロータリー使いにこのポジションを許した時点でお前の負けだ。行かせてもらうぜ)

 

 再度ブレーキが後らされ今度こそ二台が並ぶ。

 ひとつ前と違い、今度は余裕をもって曲がり切れる。先に回り終わり、アクセルを開けてしまえばもう遮るものは何もない。

 鼻歌代わりのロータリーサウンドと共に、悠々と啓介はGTRの前にふんぞり返ってみせたのだ。

 

(こんなもんはただのじゃれ合いみたいなもんだ。まさか、これで終わりなんてないよな?)

 

 一般に、早すぎる仕掛けは悪手と言われる。時間さえあれば人は動揺から立ち直り、反撃の策を練る事ができる。それを許さぬために、最後の最後で仕掛ける事が推奨される事が多い。

 しかし啓介は、中里に立ち直る時間をあえて与えた。後で兄には小言を言われる……あるいはそれ以上が待っているかもしれないが、それでもリスクを取った。

 

(ひたすら追いかけまわして、ラストでぶち抜く。スマートに勝つならこれが一番なんだろうが、そんな事する気はねぇ。早くギア上げて来いよ。全開の勝負をしようぜ)

 

 実戦は訓練の代わりにはならないが、それでも実戦の空気の中でしか得られないものはある。

 兄謹製の特訓メニューをこなし、実力を大きく伸ばした実感はある。だが足りない。初めて乗った兄の助手席から見た赤城に、そして秋名のハチロクの後ろ姿に。あいつらはまだまだ先にいる。いつまでも、この段階に踏み止まってはいられない。

 

 

 

 

 スタート地点で、啓介が前に出たと報告を受けた涼介は一人静かに肩を震わせた。別に怒ってはいない。笑っているのだ。

 

(おいおい……やりたい放題だな。好きにしていいとは確かに言ったが)

 

 涼介は息を吐いて笑いを鎮めると、周囲を見渡した。周囲にいるレッドサンズの面々の反応は喜ぶものと、困惑するものが半々といった具合である。仕掛けが早すぎる危険に気が付いている割合は意外と多いようだ。

 

「涼介、大丈夫なのか?」

 

 レッドサンズの広報部長であるが、今回はあまり仕事が無かった史浩が心配そうに尋ねて来た。

 

「これも作戦の内だと良いんだが……」

「特にそういうわけでは無いだろうが、心配は不要だろう。啓介はあれでいて慎重な一面はある」

「啓介ってあんまりそういうイメージじゃないけどな……」

 

 史浩は困ったような顔をした。

 

「あいつは勉強はともかく、頭は良いんだ。一見リスクが大きく見えても、許容範囲だと判断したか、全部頭から吹き飛ぶくらいブチ切れているかのどちらかだろう」

「つまり、啓介は勝てる算段があって、その上であえてやっている……ただ勝つだけじゃなくて、勝ち方にこだわっている、という事か?」

「そうなるな。順当にやれば勝てる、というのはオレも同意見だ。もっとも、計算は無意識にやっているだけで、本人視点ではただの直感だろうがな。まあ、今はあいつの計算を信じるとしよう……ああ史浩、悪いがオレの車から傘を持ってきてくれないか」

「傘?」

「面倒なのが来たぞ……予想より早い。降ってくる」

 

 涼介は空を見上げる。一般人の史浩には変わらぬどんよりした空に見えるが、涼介は何かを感じ取ったのだろう。史浩は彼から鍵を借り、FCへ向けて歩き出した。

 

 

 

 一方、同じく連絡を受けたナイトキッズ陣営でも、慎吾を中心に衝撃が走っていた。

 中里毅と庄司慎吾が距離を取っており、他のメンバーも自然と二つの派閥に別れと仲のあまりよろしくないナイトキッズであるが、それでも中里の速さは全員が認めるところである。彼のGTRがあっさり抜かれるなど俄かに信じられる事ではない。上りで中里に勝てるものなど妙義にはいないのだ。慎吾でさえ手も足も出ない。

 もちろんこれは車の性能差であり、技術の差ではないというのが慎吾派の主張であり、下りなら負けぬとそこは譲らないのであるが。

 

「慎吾さん……」

 

 中里がバトル中の今、自然とナイトキッズの面々は慎吾を中心に置き、彼を取り囲むように集まっていた。

 

「毅がこうも簡単に、ってのは衝撃だな」

 

 慎吾は腕を組み、遠ざかり続けるエンジン音を目で追い続けている。

 

「だが、こんな序盤から全開で飛ばしてはいなかっただろ。抜かれて火が付いた毅がもっとペースを上げて追いかける展開、になるとは思うんだが……」

「そ、そうですよね!」

 

 慎吾の希望的観測に、メンバー達は皆そろって顔を明るくする。

 どこかぎこちないながらも、全員が中里の勝利を願っていた。普段何かと張り合い、喧嘩も珍しくない荒れ気味のチームであるが、それでもナイトキッズの名とステッカーに掛けたプライドは皆持っている。余所者に地元で負けるなんてあってはならないのだ。

 

(負けんじゃねぇぞ毅……ここに、お前がこのまま終わるなんて未来を望んでるヤツなんて誰もいねぇ。ナイトキッズの全員がお前を応援してんだぞ)

 

 今この時だけは、派閥も実力も愛車の駆動方式も関係なく、妙義ナイトキッズは団結していた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。