究極のJKドリフト   作:肉ぶっかけわかめうどん

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三つ巴のダウンヒル

 朝四時前に帰宅し、三時間経ってもまだ抜けきらない心地よい酒気と頭の中で格闘していた文太を電話が叩き起こした。

 

「はい藤原豆腐店……祐一か。なんだ朝っぱらから。切るぞ」

「いや要件くらい聞けよ文太。先週RX-7をちぎったハチロクに、今度はGT-Rがバトル挑むって話は聞いたか?」

「……あっそ」

 

 文太は煙草を求めて胸元のポケットを探り、出てきた空箱を小さく丸めてゴミ箱めがけて投げ捨てた。

 

「あっそ、って……もうちょっと何か無いのかよ。GT-Rのヤバさを知らないわけではないだろ」

「拓海がやりたいんなら好きにやればいいだろ。そんなこと伝えてどうすんだ。オレにできる事なんか何もないぞ」

「なんかこう、アドバイスとか、車弄るとかないのかよ。だいぶ前だけど、普段は豆腐運ぶように足は妥協してあるとか何とか言ってなかったか?」

 

 買い置きの新しい煙草の箱を開けて、一本火をつける。紫煙をゆっくりと肺に入れると、頭の中の靄が若干晴れた気がした。

 

「どんだけ昔の話なんだ。とっくに足は元に戻してるぞ」

 

 娘に豆腐の配達をやらせ始めた直後あたりは、一時的にもっと柔らかい足回りに設定していた時期もあった。一年もしないうちに完全に元の文太好みのセッティングに戻ったが。

 これがもし拓海がもっと下手で、そもそも運転自体の才能が無かったり、あるいは無茶苦茶に振り回して部品や燃費に優しくない運転をするようなら、頻繁な整備が必要になって藤原家の家計に小さくないダメージが入っていたかもしれない。

 

「心配なんかいらねーよ。そこが秋名の下りである限り、GT-Rだろうがポルシェだろうが目じゃねぇよ……ま、オレには負けるがな。じゃ切るぞ」

 

 

 

 秋名山頂上には、どこから話を聞きつけたのやら先週よりも多く人が集まっているように見える。

 

「しかし参ったな……さあ基本からやり直しだ、ってタイミングで次の挑戦者だ。これじゃいつまで経っても新生スピードスターズ計画が始められないぜ」

 

 高橋兄弟の姿すら見える大観衆に池谷がぼやく。

 いくら地元と言ってもそう毎日走りに来られるわけではない。平日は仕事があるので明日に備えたいのだ。

 格好の機会である土曜の夜に毎度のようにバトルが開催されては練習もはかどらない。

 

「でも池谷、もし今日のバトルで拓海ちゃんが勝ったらしばらくは静かになると思うぜ。あの高橋啓介や、妙義の中里でも勝てなかった相手に挑もうなんてヤツはそうそういねぇだろ……あれに勝てれば、だけど」

 

 既にスタート位置にGT-Rを待機させている気の早い中里に、健二がため息をつく。

 

「GT-Rが相手となっちゃあ、いくらテクがあったってハチロクじゃきついよなぁ」

「それを言うなら、FDだって普通ハチロクがかなう相手じゃないだろ健二。GT-Rだって、やってみなきゃ分からないぜ」

 

 その時、闇の向こうからヘッドライトの光と歓声が料金所跡に届けられた。

 

「……来たか!」

 

 十時きっかりに表れたハチロクがGT-Rの横を通り過ぎ、少し奥で切り返してから自身もスタート位置につく。

 

「こんばんは」

 

 運転席から拓海が降り、集まってくるスピードスターズのメンバー達に挨拶を返す。

 イツキがあからさまにホッとした顔で拓海に声をかけた。

 

「良かった……ギリギリになっても拓海ちゃん来ないからハラハラしたよ」

「さすがに食い逃げはしないって。ごめんね、ちょっとガラスの汚れが気になって拭いてたら遅くなって」

 

 イツキの肩を一度軽くたたくと、そのまま振り返って挑戦者の顔と車を見る。

 

(GT-Rか……)

 

 記憶にあるあの時は、GT-Rは凄い、GT-Rはやめとけと騒ぐ周囲に、そんなに言うならじゃあその凄さとやらを拝んでやる、とバトルに臨んだ覚えがある。

 とはいえ結局いつも通りただがむしゃらに走って、気が付いたら勝っていたというだけで、GT-Rの何が凄いのかを具体的に理解することはなかったが。

 

 

 

 中里の周囲で、ギャラリー達が騒めいている声が聞こえる。

 

「あの女の子が先週FDを軽くぶっちぎったハチロク?」

「間違いないよ、オレ先週もここで見てたもん。ちょっと目細いけどスタイル良くてイイよな」

「すげぇ走りだぞ。一回見たら夢に出てくるぞーあのドリフト」

「うわオレもそれ見たいなー、もっと下でギャラリーするんだった」

 

 フン、と中里は鼻を鳴らした。

 どいつもこいつも口を開けばドリフトの事ばかり。

 観客としては場を湧かせる派手なパフォーマンスをお望みなのだろうが、走り屋たるものまずは速い事が第一であって、見栄えだのなんだのは切って捨てるものであるのが中里の考えだ。

 

(それにしても、若いな……)

 

 あれだけのオーラの持ち主なのだ、てっきり自分よりはるか年上が出て来るものと中里は思っていたが、フタを開ければ現れたのは免許取ったばかりであろう年に見えるドライバー、しかも女性ときた。

 どう考えてもあのオーラの持ち主だとは思えない。あれはたかだか数年走り込んだ程度で身に付くようなレベルではない。

 

(どういうカラクリなんだ……いや、今そんな事を考えても仕方ないぜ。今は全力でこいつに挑むだけだ)

 

 ちょうど向こうがこちらに振り向いたタイミングで、中里は意を決して話しかける。

 

「……オレがナイトキッズの中里だ。そっちは?」

「藤原拓海です」

 

 特に緊張した風もなく、自然に名乗りを返される。その目にも特に明確な意思のようなものは籠っておらず、どこか遠くでも見るように、ただ真っ直ぐに中里を見ている。

 

 しかし、合わされた目の奥から感じ取れたオーラの炎の圧力に、思わず中里は視線を下げてしまう。向こうは威圧したつもりなど欠片もないのだろうが、ただの自然体の状態ですら中里に息をのませるには十分だった。

 

「……あの、そろそろ始めませんか?」

「……あ、ああ」

 

 固まっていたのはほんの数秒だろうか。

 かけられた言葉にはっと我に返った中里は反射的に愛車のドアに手をかける。

 さりげなく胸元を隠すように腕をかざしながらハチロクに乗り込む拓海の姿が目に映り、中里は自分がさっきまでどこに視線をやっていたのか思い知った。

 

 あくまでオーラから目をそらしたかっただけであり、彼に他意はないのだ。

 

 

 

 カウントダウンが終わりスタートを切った二台に向けられる啓介の意識を、涼介がFCのギアを一速に押し込んだ音が前方へ引き戻す。

 軽くエンジンをふかすと、周囲にいたギャラリー達が慌ててFCから距離を取った。

 

「シートベルトは締めておけよ」

 

 啓介が返事を返す間もなくFCはガードレールの隙間から車道へと飛び出し、ハチロクの後方へピタリとつける。

 追いついたことでアクセルが緩められ、シートベルトの締め付けから解放された啓介が息を吐く。

 前方では二台が前後に連なって加速し続けており、差はほとんど開いていない。

 

「中里のやつ、ハチロクを待ってるぜ……本当のスタートは、コーナーに入ってからだとでもいう気か?」

「……その余裕が、後半で命取りにならなきゃいいがな」

 

 見る間に第1コーナーが迫り、先頭を行くGT-Rのブレーキランプが点灯する。

 全開で加速しきっていないため、短い時間でブレーキングを終了し、イン側のガードレールに向けて黒い頭をねじ込む。

 遠めに設定したクリッピングを抜け出口に差し掛かれば、横Gを逃がすためにワイドな脱出ラインを描きながらアクセルを開け、四輪すべてのグリップを存分に使って車を再加速させる。

 

「上手いな、中里は。GT-Rの特性をよく理解した走りだ。十分に荷重をかけてアンダーを抑えている。堅実でスキが少ない」

「だけどただ堅実なだけじゃねえ。中里もいい根性してるぜ、重量級の車で下りのコーナーに思い切った突っ込みかますんだからな」

 

 まあそれでも、あのハチロクを振り切る事は出来ないだろうけどな、と啓介は付け加えた。

 

 

 立ち上がりで離れていく特徴的なテールランプを見つめながら、拓海は思う。前はただがむしゃらに走っただけだが、改めてじっくりと見れば、あの時周囲があれほど騒いだ理由もよく分かる。

 4WD車ならではの立ち上がりの速さは言うまでもないが、コーナーの速さも相当なものである。状況に応じて後輪駆動と四輪駆動を自動的に切り替えるというGT-Rのシステムを知識としては知っていたが、実際に後ろから見れば確かにこれは凄いものだ。

 これが普通の4WD車ならこの速度での進入は、ドリフト状態に持ち込むなど一工夫必要だろう。しかし旋回中はFR車としての性格が強くなるGT-Rならグリップ走行でクリアできる。

 

 だが弱点も同時に見えてくる。とにかく重いのだ。加速、減速、旋回。全てに車の重量差は重くのしかかってくる。

 今は強力なブレーキとエンジンパワーが覆い隠しているが、酷使し続けていれば長くは持たせられないだろう。

 平坦なサーキットを走るなら殆ど問題にならなかった要素が、常にフロントに負荷のかかり続ける峠のダウンヒルでは致命的な要素になる。荒い路面で重たい車を制動し続けるのはさぞ負担になっている事だろう。

 

(そう長く持たないだろうし、攻めるならそこまで待って、なんだろうけど……でも一本だけならギリギリ持つかもしれないしなあ)

 

 高橋涼介あたりならともかく、拓海では相手の車が消耗するタイミングを正確に掴むまではできない。

 待った挙句逃げ切られましたでは笑えないし、もう待てないと最後の最後で『奥の手』を切らされるのは拓海的には勝った気がしなくて面白くない。

 

(とりあえず揺さぶってみようか……)

 

 ヘアピンカーブに差し掛かり、しっかりと車速を落そうとしているGT-Rの隣に、ブレーキを遅らせて頭を突っ込みインに並ぼうとする素振りを見せてみる。

 狙った通り、GT-Rは一瞬ブレーキを緩めると早めにインにつき、こちらが通れないようブロックしにかかってきた。

 インよりのラインを取るためにより大きく減速する必要に駆られ、GT-Rのドライバーはブレーキを離すタイミングを遅らせなくてはならない。フットブレーキを長く使用すればするほどブレーキが終わるタイミングは早まる。

 

(この調子で……)

 

 ふっと口元に笑みが浮かぶ。

 前はバトルと言えばただ必死に逃げる、あるいは追い縋るばかり。ラリードライバーになってからはタイム等を競うことはあっても追いかけっことはそもそも無縁。

 自分ひとりで作戦を考えて戦うなんてとても新鮮な気分だった。

 

 

 バックミラーに映り続ける姿に、中里は思わず舌打ちする。

 先週の、高橋啓介とのバトルをギャラリーした時から、ある程度の想定はしていた。あれだけコーナリングが速い相手なら、スキあらばどこであろうと飛び込んで来るはずだ、と。

 ここまで早い段階でもう仕掛けてくるとは思わなかったが、おかげで心のどこかにあったハチロクは古いマシンだと侮る気持ちは完全に吹き飛んだ。

 

(絶対に前には出さない……抜けるもんなら抜いてみろ!)

 

 前にさえ出さなければ、後はGT-Rのトラクションが全てをねじ伏せてくれる。

 ターボ車であるS13でも抜ききれない相手に、たかがノンターボの1.6L車が敵うはずがない。

 いくらでも仕掛けてくるがいい。その全ての攻撃を防ぎきって勝ってみせる。

 

(このまま逃げ切って、ゴール地点で悔し泣きする姿でも拝ませてもらおうじゃねぇか。ドリフトでは勝てないって現実を教えてやる!)

 

 FR車で華麗なドリフトが決まれば確かに気持ちは良い。だがそれは派手なだけで決して速くはないのだ。

 本気で峠で速さを求めるなら、パワーのある車でキッチリとグリップ決めながら走行する、サーキットでのレースに近いスタイルへと自然に近付いていくはず。

 非力な車を横に向けて遊んでいるだけの幼稚な走り屋に、GT-Rが負けるわけにはいかない。

 

「サーキットで最強のマシンは、公道でも最強だぜ。オレのRに付いてこれるか!?」

 

 

 

 

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