ありふれない防人の剣客旅   作:大和万歳

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 諸事情で少し時間を飛ばさせてもらいます。




第十二刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

 『オルクス大迷宮』百層よりも深い奈落の底、更に五十層を潜った層。仮称、奈落五十層にて有り得るはずのない人影が二つ、戦闘を繰り広げていた。

 片や白髪に隻眼隻腕のおおよそ鎧というモノは纏っていない軽装も軽装な男が右手に握る代物を走りながら撃ち放っている。

 片や一糸まとわぬ裸体の上からサイズ違いのぶかぶかとした外套を羽織る百四十センチ程度の十二、三歳ほどの見た目の金髪の少女。

 こんな奈落の底でそんな二人がぶつかり合っている───という訳ではなく、前者が後者を肩に担ぎながら走り回っていた。相手取っているのはおおよそ体長五メートル程の体躯の魔物。

 四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の脚をわしゃわしゃと忙しなく動かし、揺らめきながら掲げる二本の尻尾の先端には鋭い針が存在している。一番近しい生物をあげるとすれば、蠍だ。となれば、やはりその二本の尻尾には毒が存在しているのだろう。

 他の魔物と比べてあまりにも一線を画した強者の気配を撒き散らし、外殻を軋ませながらサソリの魔物は二人へとその尾を振り回し、四腕を振るいながら仕留めんとする。

 

 

「キィィィィィイイ!!」

 

 

 白髪の男は少女を抱えながら、その手に握る代物を構える。

 全長約三十五センチ。六連の回転式弾倉を搭載した長方形型のバレル。それはこのトータスにおいて存在するはずのない武装、すなわち大型のリボルバー式拳銃。ドンナーと名付けられたそれの砲口より、燃焼石の爆発力と固有魔法によって電磁加速した弾丸をサソリの魔物へと放っていく。

 しかし、どうやらサソリの魔物が速いのか、それとも純粋に本能からか、ドンナーより放たれた弾丸を回避して迫る。それに対して男は咄嗟に自分のポーチより閃光手榴弾を取り出しサソリの魔物の眼前へと投げつけ、閃光が迸る。

 それに目がやられたのかサソリの魔物は悲鳴をあげながら後ろへ下がっていき、男はその場で負傷を処置していく。

 銃撃しても四腕を振り回すことで恐らくダメージが入るだろう目や口を守られてはどうにもならない。

 そんな状況に白髪の男───南雲ハジメは舌打ち、どうするか思考を回そうとして────瞬間、共にいた少女、ユエがハジメに抱きついた。

 

 

「お、おう? どうした?」

 

 

 状況が状況だけに、いきなり何してんの?と初めは若干ながら動揺するがすぐにサソリの魔物から意識を逸らしてはならないとユエへと向けた意識をサソリの魔物へと戻そうとし。

 だが、そんなことは知らないとばかりにユエはハジメの首に手を回した。

 

 

「ハジメ……信じて」

 

 

 そう一言告げて、ユエはハジメの首筋へとキスをした。

 

 

「ッ!?」

 

 

 一瞬、走った痛みにハジメはそれがキスではなく、噛み付いたのだと気づいた。

 痛みのすぐ後に、体から力が抜き取られていくような違和感を覚えて、ハジメは咄嗟にユエを振りほどこうとしたが、すぐにユエが自分は吸血鬼であると名乗っていたことを思い出し、いま自分は吸血されているのだと理解する。

 「信じて」────その言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。

 そう考えて、ハジメは苦笑いしながら、しがみつくユエの体を抱き締め支える。それに一瞬、ピクンとユエは震え、更にギュッと抱きついて首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいではないだろう。

 

 

「キィシャァアアア!!」

 

 

 サソリの魔物の咆哮が轟く。どうやら閃光手榴弾のショックから回復したらしい。

 ハジメの位置は把握しているのか、地面が波打っていく。サソリの魔物の固有魔法なのだろうか、周囲の地形を操っているようだ。

 

 

「だが、それなら俺の十八番だ」

 

 

 そう言いながらハジメは地面に右手を置き錬成を行っていく。それによって周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁がハジメとユエを囲むように形成されていく。

 操られた周囲の地面より円錐の刺が飛び出していきハジメ達を襲うが、その尽くをハジメの防壁が防いでいく。しかし、防壁は一撃当たるごとに崩されていく。

 だが、ハジメは直ぐさま新しい壁を構築していき、寄せ付けない。

 地形を操る規模や強度、攻撃性はサソリの魔物の方が断然上であるが、錬成速度はハジメの方が上だ。錬成範囲は三メートルから広がっておらず、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりもできないが、それでも守りにはハジメの錬成の方が向いているようだ。

 ハジメが錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。

 

 どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐める。ユエの紅い瞳は暖かな光を薄らと放っていて、その細く小さな手は、そっと撫でるようにハジメの頬に置かれている。

 

 

「……ごちそうさま」

 

 

 そう言ってユエは、おもむろに立ち上がりサソリの魔物へ向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない程の莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのだろう――黄金色が暗闇を薙ぎ払った。

 そして、神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらとなびかせながら、一言、呟く。

 

 

「『蒼天』」

 

 

 瞬間、サソリの魔物の頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が発生した。

 直撃しているわけでもないのに余程の熱量なのか悲鳴を上げてその場から離脱しようとするサソリの魔物。

 だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。それに操られ青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリの魔物を追いかけて、そのまま直撃した。

 

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 

 サソリの魔物がかつてない絶叫を上げる。明らかに苦悶の悲鳴だ。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。ハジメは腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。

 やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅し、跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて悶え苦しんでいるサソリの魔物の姿があった。

 もはや、傍から見ても致命傷、いつ死んでもおかしくは無いサソリの魔物はこの後ハジメが取り出した手榴弾を体内に叩き込まれ、足掻く事はなく体内で爆発しその息の根が止まることとなった。

 

 かくして、奈落に落ちて死んだはずの南雲ハジメは左腕と右眼を失いながらも強く生きて、憎悪を胸にパンドラの箱を開きユエという名の吸血姫を得る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハジメがユエという名の仲間を手にした同日、既にハジメが奈落へと落ちてしまった時よりおおよそ一ヶ月近くが経つ中、天之河をはじめとする勇者一行は再び『オルクス大迷宮』へとやって来ていた。

 だが、訪れているのは天之河ら勇者パーティーと、檜山達小悪党四人組、そして永山重吾という老け顔で大柄な柔道部の男子生徒率いる男女六人のパーティーだけだった。

 風鳴空は前回同様、永山重吾のパーティーメンバーとしてこの第二次大迷宮遠征へと参加していた。

 どうして彼らだけなのか、それはやはり未だ他のクラスメイトらの中にあるハジメの死の影が消えていないからだ。

 教会の復帰を促す声も続いていたがしかし、それに猛然と抗議した人間がいた。メルド団長、ではなくそれは畑山先生だ。ショックより目を覚ました彼女はこれ以上の犠牲者を出さない為に教会による生徒らへの戦闘訓練の強制に抗議し、見事勝利することが出来た。

 

 畑山先生の天職は『作農師』という特殊かつ激レアなものであり、その力には農地開拓などのこの世界における食糧関係を一変させる可能性が存在しており、そんな彼女が不退転の意志で抗議しているのだ。

 教会との関係が悪化する可能性を考えた教会は彼女の抗議を受け入れ、戦闘訓練に参加するのは自ら望んだ者たちだけとなった。

 そして今回、再びの訓練を兼ねてメルド団長や数人の騎士団員が付き添いながら『オルクス大迷宮』へと挑んだ。

 

 

 今日でもう、迷宮攻略は六日目。

 現在の階層は六十層。現状確認されている最高到達階数である六十五層まで残り五層という深度まで彼らは進んでいたのだが、立ち往生していた。

 正確に言えば先に進むことが出来ない、というわけではなく彼らは皆脳裏に嘗ての悪夢が過ぎって思わず立ち止まってしまっていたのだ。

 彼らの目の前には何時かのものとは異なっているが、似たような断崖絶壁が広がっており、次の階層へと進むにはこの断崖絶壁にかけられている吊り橋を進まねばならなかった。それ自体には問題ない、しかしどうしても思い出してしまう。

 とりわけ、白崎は奈落へと続いているかのような崖下に広がる闇をジッと見つめたまま動かなかった。そんな彼女を心配するように八重樫は彼女の名前を呟く。

 

 

「大丈夫だよ、雫ちゃん」

 

「そう……無理しないでね? 私に遠慮することなんてないんだから」

 

「えへへ、ありがと、雫ちゃん」

 

 

 しかし、眼下を眺めていた白崎は顔を上げてゆっくりと頭を振り、心配する八重樫に微笑んだ。

 その様子を見て、八重樫も微笑みを浮かべた。白崎の瞳には強い輝きがあり、そこには現実逃避や絶望は存在しておらず、洞察力に優れ他者の機微に敏感な八重樫には白崎が本心で大丈夫だ、と言っているのだと理解し、白崎の心の強さを改めて実感した。

 ハジメの死は確定事項であり、その生存は絶望的という言葉すら生ぬるい程のものだ。それでもなお、白崎は逃避や否定ではなく自らの納得のために前へ前へと進もうとする様に八重樫は親友として誇らしい気持ちで一杯となっていた。

 そんな様子を離れた所で見ていた空は自分の中での白崎の評価を再認識した。今まで彼女を相手の事情等々を鑑みない所謂恋に盲目なフィーネの同類と思っていたが、やはりフィーネやアヌンナキの依代の少女レベルに心が強く、正直なんとも言えぬがともかく強いな、と再認識した。

 さて、そんな二人の様子や空気をまったく読まない馬鹿が一人。

 そう、天之河である。彼の目には、どうやら眼下を見つめる白崎の姿が、ハジメの死を思い出して嘆いているように映ったようで、クラスメイトの死に優しい香織は今も苦しんでいるのだ、と結論づけ、更に思い込みフィルターもあって彼には微笑む白崎の姿も無理しているようにしか見えない。

 故に天之河は白崎にズレた慰めの言葉をかける─────

 

 

「香織……君の───」

 

「あ、天之河くん。メルドさんが呼んでるよ?」

 

「え? あ、わかった。ありがとう恵里」

 

 

 だが、白崎に認識されるよりも先に恵里によって遮られ、未練がましい表情をするが流石にメルド団長を無視する訳にはいかないと、すぐにメルド団長の方へ向かっていき、天之河の接近に気がついていた八重樫は微笑む恵里に苦笑いしながら、手を合せて謝辞を伝える。

 そんな彼女の所に恵里は谷口鈴を連れてやってくる。

 

 

「大変だね、雫ちゃんも」

 

「まあ、慣れてるし……」

 

「鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 

「ありがとう、鈴ちゃん」

 

 

 恵里はハジメの生存も死も特段気にしていないが、親友───本人に空がそういえば気恥ずかしげにあくまで友人と言いながら最終的に親友であると認める───の気持ちを察して一応応援していた。

 鈴は恵里とは違い、普通に親友である白崎のハジメが奈落へ落ちた日の取り乱し様に彼女の気持ちを悟り、目的にも賛同して応援していた。

 高校で出来た親友二人に、白崎は嬉しげに微笑む。

 

「そうだ、死んでたらエリリンの降霊術でカオリンに侍らせちゃえばいいんだよ!」

 

「す、鈴、デリカシーないよ! 香織ちゃんは、南雲君は生きてるって信じてるんだから! それに、私、降霊術は……」

 

 

 女子四人で話していると、谷口が暴走し始め、それを恵里が諌めるという何時もの光景を見せる二人。

 話に出てきたが、恵里は自身が降霊術を扱える事を隠している。降霊術もといそういった類が苦手で、死者を使役することに対する倫理的な嫌悪感により才があってもまるで使えないという体で隠しており、どうして隠しているのかを以前に空が聞いた時に返ってきた答えは「え?だって、情報って大事でしょ?」というものだった。

 

 

 

 そんな、会話も気がつけば終わり彼らは吊り橋を渡って再び下へ下へと進んでいき、特にこれといった問題も生じることなく遂に歴代最高到達階層である六十五層へと辿り着いた。

 

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 

 付き添いのメルド団長の声が響く中、ふと空は先程から感じる妙な感覚、第六感に触れるような何かを感じ取り長剣ではなく腰の後ろに下げていた二振りの剣を引き抜く。共に同じ意匠の青い両刃のソレは王宮の宝物庫より見つけてきたアーティファクト。

 それを手にした空を見て、パーティーのリーダーである重吾は目を細め拳を握り直し、『土術師』の野村や『暗殺者』の遠藤は唾を飲み込む。

 前衛職であり勇者の天之河にも引けを取らない実力の空はこのパーティーにおいて重要な立ち位置である。『重格闘家』でありリーダーである重吾はその天職上、前へと出ざるを得ない為リーダーとしてのパーティーへの指示は疎かになってしまいかねないが、前衛を空に任せ、遠藤による遊撃、後衛職三人による支援、そしてその三人を護りながら戦う重吾という役割分担を成立させていた。

 そして、空の知識は重吾らにとって役立ちアドバイスも的確という面から彼らにとって空は地球にいた頃はその風紀委員という立場と雰囲気から近寄り難い存在であったが今では充分信用出来る存在となっていた。

 

 そうして進んでいけば、唐突に大きな広間に出た。それにより重吾らは、やっぱりと胸中で漏らし戦闘準備を整えていき、それに遅れて他のパーティーらも嫌な予感を覚え始め、応えるように広間侵入と同時に部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。

 赤黒く脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 

 天之河が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 

 坂上龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。

 

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 

 いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。だが、天之河がそれに不満そうに言葉を返した。

 

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

 

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

 

 坂上龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルド団長はやれやれと肩を竦め、確かに今の天之河達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。

 そんな様を見ながら、重吾は足止めの用意をする様に野村に伝え、残念ながら微妙に忘れられている遠藤に空は憐れみながらも同じく足止めの用意を頼む。そして、『付与術士』である吉野が前衛である空へ次々と支援魔法を付与していく。

 支援担当である為か、既に熟達し付与に慣れた彼女が必要な魔法を付与させ終わった頃に件の魔法陣が爆発したように輝いてかつての悪夢が再びその姿を現した。

 

 

「グゥガァアアア!!!」

 

 

 咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが天之河達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

 全員に緊張が走る中、空は一人その両の手に握った双刃の柄頭を接続させ両刃剣へと変えて、その冷たい視線をベヒモスへと向ける。

 

 

「そこを退け────」

 

 

 あの時、見逃した畜生を殺す為の戦場(いくさば)が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

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