ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
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一行が王都へと帰還してから三日。
ついに、帝国より使者が訪れた。謁見の間の中央、レッドカーペットに帝国の使者が五人立ったままでエリヒド王と向かい合っており、この場には彼ら以外に天之河や空を始めとする迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてやはり帝国の使者に勇者を紹介する為なのかイシュタル率いる司祭が数人そろっていた。
並ぶ使者からの値踏みするような視線を感じるもののそんなものはどうでもいいと流している空であったが、帝国のモノとは違う視線を感じそれを探ろうとしても、探ろうとした時点で途切れまた感じるという悪循環が起きており、そんなイタチごっこに空は早々に諦める中、話が始まっていく。
「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」
「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」
「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」
「はい」
国王と使者で行われる定型的な挨拶を交わし早々に、天之河たち勇者一行のお披露目と移っていく。
国王に促され天之河は一歩前へと出る。その姿は召喚された頃のものとは違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないが随分と精悍な顔つきになっている。そんな顔つきを、ここにはいない王宮の侍女や貴族令嬢、居残り組の天之河ファンが見れば間違いなく見惚れてしまうに違いない。
そうして天之河を筆頭に次々と国王は迷宮攻略メンバーを紹介していく。
そうして、地味に遠藤が飛ばされ最後に檜山らを紹介し終えて、使者が口を開いた。
「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」
使者は天之河を観察し値踏みするような視線を向ける。イシュタルという勇者の後ろ盾がいる手前、露骨な態度を取らないもののその視線にはやはり疑わしいモノを見るような色が若干ながら存在していた。
そんな使者の態度に天之河は居心地悪そうにしながらもその疑いを晴らす為に答える。
「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」
信じてもらおうと色々な提案をする天之河の様子を見ながら、恵里と空は聴こえないようにため息をつく。相手は完全実力主義の帝国。その使者である以上、そういう人種である事は間違いないだろう。
と、なればそんな相手に実力を示すのに武勇伝やマップといった目に見えるモノを示すのは大して意味が無い。
では、どうすればいいのか。それを二人が胸中で浮かべると同時に使者は首を横に振ってニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」
「えっと、俺は構いませんが……」
正しく完全実力主義と言うべきか。
使者の提案に天之河は若干戸惑った様に国王へと振り返れば、国王は視線をイシュタルへと確認するように向け、イシュタルは頷いた。
神の威光で帝国に天之河を、勇者を人間族のリーダーとして認めさせることは容易い話であるが、完全実力主義の帝国を本心から認めさせるには、実際に戦って実力を示すのが何よりも手っ取り早いとイシュタルは判断した。
「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」
「決まりですな、では場所の用意をお願いします」
これにより、急遽勇者対帝国の使者の護衛という模擬戦の開催が決まった。それに伴い一行は謁見の間から戦っても問題ない広さの場所へと移動していく。
そうして移動していく最中、イシュタルの傍らにいた銀髪の修道女がその視線を空へと向けていた。
天之河の対戦相手として出てきたのはなんとも平凡という言葉が似合うような男だった。
高いわけでもなく低いわけでもない身長に、個性が無いのが個性とでも言うような人混みの中に紛れ込めばすぐに見失ってしまいそうな平凡な顔立ち。
それだけ見ればまったく強そうに見えないが、その足運びを分かる人間が見れば間違いなく弱いとは思わないだろう。だが、天之河は相手が下であると無意識に考えているからなのか、観察するわけでもなく、足運びを見るわけでもなく目の前の刃引きした大剣をだらりと無造作にぶら下げ、構えらしい構えをとっていない相手を見て侮られていると怒りを抱いていた。
故に最初の一撃で度肝を抜いてやれば真面目にやるだろうと考え、最初の一撃は割かし本気で打ち込むことを決めて
「いきます!」
一陣の風となった。技能である“縮地”を用いて高速で踏み込む事で豪風を伴い唐竹に剣を振り下ろす。並の戦士であれば、視認することは難しい一撃、天之河とて怪我させるつもりはなくそれを寸止めするつもりであった────
「ァッ!?」
不意に襲った衝撃に天之河は短い悲鳴を上げて、吹き飛んだ。
護衛は剣を掲げるように振り抜いていた。
多くの人間は何をしたのか分かっていない様だが、空や八重樫という一部の前衛職は何をしたのか外側から見ていた為に理解出来た。
天之河が寸止めの為に一瞬、力を抜いた刹那にだらんとしていた剣が跳ね上がって的確に衝撃を天之河へと叩き込み吹き飛ばしたのだ。つまるところ、相手を舐めていたのは天之河の方だったというわけだ。
地を滑りつつも体勢を整えた天之河は驚愕の表情で護衛を見る。寸止めに集中していたとはいえ、護衛の攻撃をほとんど認識できなかったのだ。
そして、同時に護衛も表情には出していないが僅かに驚き、少し考えるような素振りを見せた男は不意に随分と不遜さを感じさせる態度と声音で尋ねる。
「……おい、勇者。元々、戦いとは無縁か?」
「えっ? えっと、はい、そうです。俺は元々ただの学生ですから」
「……それが今や〝神の使徒〟か」
いきなりの質問に天之河は声をつまらせつつも答える。その答えに護衛はチラリとイシュタルら聖教教会関係者を見ると不機嫌そうに鼻を鳴らして、天之河へと距離を詰める。
「腑抜けてるからなのか、それとも所詮こんなもんなのかは知らねぇが……構えな、勇者」
瞬間、天之河の背筋が粟立った。それに反応して天之河は咄嗟に聖剣を翳した。
その判断は正しく正解だろう。
「っうう!?」
盛大に火花を散らしながら凄まじい衝撃音が響き渡った。跪いた体勢で真上より振り下ろされた無骨な大剣を受け止めながら、いつの間にに間合いを詰められたのか、混乱する天之河。そうしていると不意に至近距離から見下ろしている護衛と目が合って、今まで感じた事がないほどの濃密な殺気が天之河を貫いた。
それによって、天之河は無意識に悲鳴とも雄叫びともつかない絶叫を上げて全身より凄絶な魔力の奔流を迸らせる。その力に押され、護衛は僅かに体勢を崩し、その隙を突いて天之河は聖剣の一撃を繰り出す。
その一撃は間違いなく護衛を切り裂く一撃であったが、寸前で動きが明らかに鈍った。模擬戦だから、などという意思ではない。もっと無意識的なものが要因であり───それを見て、護衛の瞳は細まり
「やめだ」
そんな冷めた呟きと同時に天之河の一撃を躱して距離を取って剣を収める。
いきなりの事に戸惑う天之河へと護衛は次々と言葉をなげかける。それはいったい何と戦うのかを天之河がしっかりと理解しているのか?というもの。
それに対して天之河が返すのはどこか曖昧なモノ。
そんな曖昧な答えに護衛は嘲りや侮りの色を持たぬ声音で淡々と酷評していき、それにカチンときた天之河は咄嗟に反論しようとするも遮られる。
「傷つけることも、傷つくことも恐れているガキに何ができる? 剣に殺気一つ込められていない奴が、ご大層なこと言ってんじゃねぇよ。『本気』なんて言葉はよ、もうちょい現実ってもんを見てから言え」
そんな突き放す様な言葉に反論しようとするが護衛は早々に踵を返す。
あまりに不遜極まりない。
神の使徒である勇者への態度に、自分たちから仕掛けた模擬戦をまともに戦わず一方的に切り上げるなど、あまりに不遜。というよりも失礼ではないか、と周囲がザワつき始める。
そんな民意を得たと言わんばかりに天之河は護衛へと抗議の声を上げ.......ようとして、それよりも早くに別の所から護衛へと声がかかった。
「ふむ。勇者殿は未だ発展途上。経験が足りぬのは仕方のないこと。そう結論を急ぐ必要もないでしょう。取り敢えず、今の発言は勇者殿を気遣ったものとして受け取っておきましょう」
でなければ教皇として信仰を確かめねばならない。
そう厳しく告げるのはイシュタル。そして同時に護衛の正体を看破した事で、護衛は周囲に聞こえない程度の声量で悪態をついて、右耳につけていたイヤリングを外せばたちまちにその姿が別人へと変化した。
四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。その姿に周囲は一斉に喧騒へと包まれた。
それも当然だろう。
「ガ、ガハルド殿!?」
「皇帝陛下!?」
この男の正体はヘルシャー帝国における最高権力者。つまるところ、現皇帝であるガハルド・D・ヘルシャーなのだから。
いったい誰が予想出来るだろうか。まさか、帝国からの使者の護衛の中に皇帝本人が姿を偽装した上で紛れ込んでいるなど。
皇帝がこんな所に来て、不都合は生じないのだろうか。そんな至極当たり前なことを心配する勇者一行の数人を余所に話は進んでいく。
「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」
「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」
謝罪する。そう言っておきながらまったく反省してる様子もない皇帝に国王はため息を吐きながら首を横に振る。どうやら、諦めたらしい。
しかし、こんな状況に天之河たちは置いてきぼりであり、一部が心配している中、国王直々に説明が入った。
どうやら、この皇帝。皇帝という重大な立場の癖にフットワークが物凄く軽く、こういったサプライズを仕掛けるのも日常茶飯事らしい。
それでいいのだろうか、ヘルシャー帝国。だが、やはり皇帝だからか実力は高い、いや最強だからそういうのも許されているのだろう。改めて、完全実力主義の異様さを一行は体験することとなった。
「イシュタル殿。もちろん、貴方の言う通り、先の発言は危うい様子の助言のつもりだ。我等が神の使徒を侮るはずがない。粗野な言葉遣いは、国柄ということでご容赦を」
なんとも白々しい物言いで、皇帝はイシュタルへと謝罪なのかそうではないのかよく分からない返答をする。十中八九侮っているのは間違いないが一々口に出すつもりがないのか、それとも何か思惑があるのか、イシュタルは僅かに目を細めつつも穏やかな表情で頷いた。
この後は特段山も谷もあるわけではなく、微妙な空気もなあなあに取り繕われ、帝国と王国の形式的な会談が進んでいった。その際に皇帝から勇者を認めるという旨の返答をされたが、あくまでそれは将来的なモノを理由とした返答であり、分かる人間からすれば今の勇者に期待していないという意味合いにもとれた。
だが、一応帝国が勇者を認めるという今回の訪問の目的は達成した以上王国もとやかくは言うことなく帝国と王国の会談は幕を閉じた。
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「失礼、風鳴空さん。少々よろしいでしょうか」
会談も終わり夕食の時間となる頃合で重吾らと共に夕食へと向かおうとしていた空はふと声をかけられた。
もしや、帝国か、と振り返ってみればそこに立っているのは修道女。整えられた銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女性にも見える不思議で神秘的な顔立ちの彼女に空の周りにいた重吾ら男子はもちろん、辻や吉野の女子二人も見惚れていた。
女神と称される美少女である八重樫や白崎、貴人としての美しさを持つリリアーナ、彼女ら三人とはまた違ったベクトルの美しさ。いわゆる完成された人形めいたその造形美を持つ彼女。
呼び止められた空はいったいどうしたのか、と聞いてみれば
「大事なお話があります。ここではアレですから、どうかお時間をいただいても?」
微笑みながらそう返す彼女に、女子二人は顔を見合わせてから空と彼女へ視線を何度も移動させて、もしかして、と軽く頬を染め、男子三人は空へ視線の圧力をかける。
そんな姦しい女子二人の視線と男子三人の嫉妬の視線を受けながら、空は言葉を返す。
「申し訳ないがこれから友人たちと夕食だ。また後日でも構わないだろうか」
にべなく告げられた返答に五人の視線に圧が込められる。
しかしそれらを無視して空は彼女を見る。
彼女はしばらく逡巡し口を開く。
「分かりました。それでは夕食後でよろしいでしょうか?」
「問題ない」
「それでは、王宮内の聖堂にてお待ちしております」
そう言って軽く頭を下げて、彼女はその場を去る。
彼女の姿が廊下の角に消えた辺りで黙っていた彼らが動き始めた。
「おい、風鳴。お前、お前……」
「めちゃくちゃ美人さんの誘いを断るとか、おま」
「ウッソだろお前」
「風鳴くん、流石に今のは」
「無いよ」
嫉妬の視線を向けていたりしたのは誰だ、と言いたい物言いの男子と明らかにそういう話だと思っている女子の言い分に空は軽く目を瞑りながら。
「夕食の方が先約だ」
そう言って空は五人を置いてさっさと夕食の場へと向かって歩き始め、五人は嘘だろ此奴、とでも言いそうな視線を、いや、実際に言いながら空の後を追いかけていく。
後ろを気にせず歩く空、しかしその思考はいつも以上に回っていた。
『アダムの同類か』
「(やはり、人形ですか)」
『ああ、アダムと違いどうやら造形美に力を入れているらしいな。それと肝心なモノが欠落している辺り、傀儡として道具としての創造だろう。となれば、アダムの様な別の姿があるわけではないな……まあ、あの辺は多分にテトラグラマトンの趣味が反映された結果だが……全裸趣味しかり、真の姿しかり』
「(気になる話もありますが、つまるところ?)」
『この時期にわざわざ声をかけたということつまるところそういう事か。段々とエヒトについて分かってきたな…………十中八九、お前という依代を欲してるだろうな』
「(……では)」
そうして胸中でエンリルと話し合いながら、夕食の場へと着いた空。
女子二人から話が広がり、居合わせたメンバーに様々な視線を向けられたものの、全て無視するかのらりくらりとしてやり過ごし、早々に食べ終えて空は一人廊下へと消えていった。
この夜、風鳴空の姿を見た者は誰もいない────
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銀髪の修道女、いったいどこの誰ントさんなんだ.......