ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
ちなみにですが、ハジメがオルクス大迷宮を後にするのは攻略してから2ヶ月後なので、まあ当たり前にフリードさんはまだグリューエン大火山に来ていません。
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彼らと別れ、商店で保存食の購入などの準備を終えて安宿で一晩を過ごした空は翌日、早朝には既にアンカジを後にしていた。
目指すのはアンカジ公国より北に約百キロ程進んだ所に存在しているグリューエン大火山。
火山と言っても種類は複数あり、噴火を何度も繰り返して溶岩や火山灰が重なって出来た『成層火山』、溶岩だけが噴出して出来た台地な火山『溶岩台地』、粘り気が強くほとんど岩の塊となった溶岩が火道から火口上へと押し上げられて柱状になった『火山岩尖』と言ったモノがある中、このグリューエン大火山は五キロ程の直径に標高が三千メートル、成層火山のような火山と言われて思い浮かべるような円錐状のものではなく、『溶岩円頂丘』という、溶岩に粘り気が多かったため、噴出してそのまま冷えて固まったドーム状の台地の火山に分類されている。
さて、そんな標高と規模であるならば百キロ近く離れているアンカジ公国からでも見る事が出来る…………という訳では無い。
「これが……確かにこれでは」
数十キロを踏破した空の眼前にその姿を見せるのはグリューエン大火山、ではなくそれを覆い隠す程という前代未聞な規模の巨大な砂嵐。
この自然が齎した障害を前に、空は気がつけば感嘆の息をこぼしていた。それもそうだろう、おおよそ地球で、とりわけ日本で生きていれば終ぞ見ることも無かった自然が起こした自然の恐ろしさを感じさせるこの現象。いったいどうして感動の感情を抱けぬものか。
人間性が欠けている、分かっている。だがそれでも、風鳴空は人間であり感動するのは当然だ。そして、アンカジの光景よりも空にはこの光景の方が好ましく感じた。人々が作り上げた人工的な光景よりもこの自然の恐ろしさを現す光景の方が。
それを前にしてしばし、自然の力強さを見上げていたが、外套のフードを深く被り直しながら口に砂が入らないようにマスクを伸ばし上げて、腰に下げている長剣の柄に右手を添えてこの流動する壁と言うべき砂嵐へとその身を投じた。
「ッ゛……」
身を投じた砂嵐、その内部はやはりと言うべきか赤銅一色に染まった世界、視線の先一メートルすら見通す事は出来ない。そして、視界の悪さだけではなく、砂嵐という特性上常に強く飛んでくる砂粒に動きが阻害される。
視界確保と動き易くする為に、魔法や布などを用いながら進んだとしてもこの地はグリューエン大砂漠。当たり前の話であるが魔物は存在している。
グリューエンデザートキャットやデザートリザード、グリューエンオストリッチと言った魔物などは流石にこの巨大な砂嵐の内部に入るなどという自殺紛いな行為はしない。
であれば、そんな砂嵐の中で行動するような魔物はいるのか、と聞かれればもちろんいるに決まっている。砂嵐という特性上問題なのはその風と飛んでくる砂粒、そして視界の悪さ。そんな問題全てが問題にならないような魔物ならば当たり前のようにこの砂嵐の地帯ですら行動範囲となるだろう。
では、どんな魔物がいるのか───
「…………そこ、か!」
瞬間、空は勢いよく前へとその身を投げ出す。
いったいどうしたと言うのか。
だがそれも数拍置いてすぐに分かる。軽い地鳴りが響き、直後先程まで空がいた場所の直下より何かが勢いよく飛び出した。
それこそはこの砂嵐地帯で伸び伸びと行動出来るサンドワーム。砂嵐の弊害などそもそも基本的に地中にて生活しているサンドワームにとっては何も影響はなく、寧ろ砂嵐という行動を阻害する環境によって足を踏み込んだ冒険者や迷い込んだ魔物を襲撃するには適切な環境と言えるだろう。
ましてや直下からの奇襲と捕食の同時行動ならば視界の悪さなど端から問題にすらならない。故にこの砂漠地帯はサンドワームにとっての絶好の狩場と言えるだろう。
さて、そんな完全アウェーにおいて、サンドワームの奇襲を避けた空がどのような手を打つのか、
「相手をしている場合では、ない」
逃走一択。
いったいどうして相手に都合の良い環境で戦わねばならないのか。
砂嵐地帯を抜けるにはまだ距離がある。数キロに渡って存在する砂嵐をサンドワームに追われながら抜けるのと襲われる度にサンドワームを相手取って抜けるの、どちらが楽かといえば結果的に前者なのは間違いない。何よりも、まだ本命の七大迷宮であるグリューエン大火山へと辿り着いていないのに
「体力を使うのは馬鹿だろう」
だから走る。
内のエンリルがしっかりと真っ直ぐ走れているかを確認し、空は技能の気配感知を最大限に作用させながら走る。走る。走る。
砂漠を駆ける度に数瞬遅れて、先程まで自分がいた場所が吹き飛んで新たなサンドワームが大口を開いて地面から飛び出していく。
既に後方には数体のサンドワームが地面より生え出ている。索敵圏内であるためか、サンドワームたちは空を追いかけていくが例えサンドワームの地中を進む速度が中々のものであったとしても空の速度が上である以上、追いつけない。
このままならば、問題ないが───
『来るぞ、前方斜めからだ、二体』
エンリルがそう告げると同時に前方斜めから、その通りに二体のサンドワームが勢い良く飛び出して襲いかかってきた。
距離と速度、回避するのは出来なくもない。だが、回避よりもこの場合は
「邪魔だ」
見える範囲にその姿を現したと同時に双刃を引き抜き、一時的に加速し二体の間を双刃を広げながら突き進む。
吹き荒れる風に軽く身体が押されるがしかし、だからどうしたと双刃で風を裂きながら進みサンドワームの胴を切り裂き、悲鳴をあげるそれらを置き去りに駆け抜ける。後方で激痛に暴れるサンドワームに追いかけてきたサンドワームが巻き込まれ、同士討ちが始まっている。
それを後目に空は速度を上げていく。
そうしていると、さながら第二陣とでも言うように空の気配感知に前方から迫ってくる何かの群れが引っかかった。
サンドワーム?いや、サンドワームにしては数も速度も大きさも違う。それに警戒しながら進んでいけば現れたのはこのグリューエン大砂漠の砂と同じ赤銅色の巨大な蜘蛛やアリのような魔物。サンドワームと違い地中を進むのではなく地上を走るそれらを前にしてもなお、速度を落とすことはなくむしろ加速していき────
「“羅刹”」
前方へと低めに跳び出し横回転をかけながら突き進み、手に持つ双刃で前方の魔物の群れを切り刻んでいく。勿論、この時に方向が分からなくならないようにエンリルによる方向調整は行われており、そして。
ボバッ!と音を立てながら、砂嵐をついに抜け出した空はすぐに止まらずにある程度距離を稼いでから右脚を前に出しブレーキをかけて停止する。
「……これが、グリューエン大火山」
既に砂嵐も無いためにフードを外した空の視界に広がるのは青空の下にある巨大な岩山。
砂嵐の目と言うべきなのか風一つない。
一度ここらで休息を、と思いつつももしも仮に砂嵐の方から魔物がやってきた場合、面倒であると考えて空はそのまま岩山へと登っていきつつ露出した頭に皮水筒の水をかける。
軽く髪に入り込んでいた砂粒を水で洗い落とし布で髪を拭いながら、グリューエン大火山を登っていく。
露出した岩肌は赤黒い色をしており、あちこちからは蒸気が噴出している辺り、活火山である事が伺える。その為か、砂漠での暑さとは違った熱が感じられた。
七大迷宮としてのグリューエン大火山の入り口は頂上にあるらしく、標高三千メートル、直径五キロの火山を徒歩で歩きながらもしっかりと水分補給を取りながら登っていく。
『しかし、どうしてわざわざこんな所に迷宮を作るのか』
「教会が手出ししにくい過酷な環境であるからでは」
『まあ、それも分からなくはない。天然の要害を利用するのも当然か.......それで、解放者の迷宮、越えられるか?』
「越える必要があるのなら、問題なく」
当然の様にそう答えた空にエンリルは満足そうに笑い、内で考えを巡らせていく。
エンリルの心中に過ぎるのはつい先日、オルクス大迷宮の底にて多頭の大蛇を滅ぼした二人の戦い。
彼に自らの一部を紛れ込ませたエンリルは、彼が奈落へ落ちた時からずっと、ずっと彼の事を見ていた。
反転したのも理解出来る、その憎悪も理解出来る。
その道程を見てきて、どうしてああも強くなれたのも理解出来る。その上でああも苦戦した大迷宮の番人、果たしてそれに今の空が勝利する事が出来るのか、そう考えて────
『五分五分か』
「どうしましたか」
『いや、なんでもない』
言葉に出ていたのか、反応した空をいなしてエンリルはどうするかを思考しながら
『(その時は仕方がない)』
そうエンリルは決めて目を瞑った。
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「空くん?……ねぇ、どうして?…………なんで?」
風鳴空が居なくなって既に一週間が過ぎた。
勇者である天之河やメルド団長などの嘆願により王国と教会によって捜索が行われたがしかし、それもほんの数日で取りやめられてしまった。
いったいどうして、何故、そんな思いばかりが彼女の胸中に波紋を生んでは消え、また波紋を生み出す。
どうして消えてしまったのか。
どこへ行ってしまったのか。
どうして何も言ってくれなかったのか。
それよりもそれよりも、どうしてこんなことになってしまったのか。
彼女は一人、部屋の中で嘆き嘆き嘆き返す。
本当に死んでしまったのか、と考えるがしかし自分の魔法による探知に彼が引っかかることはない。くまなく王都を歩いて地図を塗りつぶしながら探して探して探し続けた、だというのに彼の魂はどこにもない。
なら、まだ死んでいないのでは?そう心の何処かで思うがしかし、同時にそれ以上に探知範囲外で既に死んでいるのかもしれない、というもしもが思い浮かんで仕方がない。
どれだけ彼は生きていると信じようとしても心の中の暗い部分がもしもを叫んで壊れてしまいそうになる。既にクラスメイトのほとんどはもはや諦め何も言わない。天之河は捜索を頼んで捜索が行われてそして終わった、それでもう天之河の中では終わった話でしかない。
ましてや、王国も教会も捜索を止めた以上再びの捜索など起きるわけもなくて────
「…………教会?」
ふと、思い出す。
最後に会った夕食の時間、友人の少女より聞いた話を思い出す。夕食前に彼の元へ修道女が大事な話があると会ってきたという。
そして、捜索は打ち切られた……。あまりにおかしくないか?
「ふ、ふふ……」
つまりは、そういうことじゃないか?
探知に引っかからないのは、そもそも違う可能性。死んでいるのか、死んでいないのか、それは分からない、分からないがもしかしたら。
「だって、彼は少なくとも勇者と同等、ううん、天之河より強い───なのに?教会は簡単に、早くに手を引いた?」
ああ、つまり。
「彼を攫ったのは教会?」
その後に生かしているのか殺しているのかは分からない。それに何より、彼も言っていたじゃないか、戦争に宗教が絡むのは普通の戦争以上に複雑怪奇極まれる、と。
何より、勇者という在り方も性格も何もかも格好の人形がいるというのに、それよりも強い勇者の仲間?そんなものは教会からすれば邪魔でしかないだろう?
なら、彼に教会が手を伸ばすのは当然ではないか?詳しい理由は分からないが、間違いない。
「…………ふ、ふふ……ふふふ……」
ならば、教会は敵以外の何者でもない。
これによりもはや、少女の中でガチリ、と歯車が狂い始める。
暗い部屋の中、化粧台の鏡に映る自分が笑みを浮かべた。それは今まで自分が見たことがないような何処か色香を感じさせる、そして狂気に満ちた様な表情だった。
もしも、もしも、彼が死んでいたとしたら。
身体が死んで、腐って潰れて葬られていたとしても、例えその身体を奪われ中身を抜き取られていたとしても───
「大切なのは、想いであり、心だから」
くだらない神とその下僕たちに奪われた
「外側の器がどんなものだろうと構わない」
だって、愛とは何も血を求める事ではないのだから。もはや、彼女を押し留める枷は砕け散った、いやそれよりも何よりも、
「お前がこの世界の人間にだけ、迷惑をかけている内であれば多少の苦言は呈すかもしれない」
そう彼が言っていたことを覚えているから…………。
「大丈夫、大丈夫……みんなには手を出さないようにするから、」
───待ってて、私の愛しい人、必ず貴方を取り戻す
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