ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
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風鳴空は転生者であった。
たまさか死んで、たまさか転生しただけ。運が良かったというだけで何か大いなる意思だの神様だのと出会ったわけではない。
せいぜい、その死因が決してありふれたようなモノではなかった以外に特殊性など皆無。転生自体が特殊と言われれば確かにそうではあるが。
転生者というものは大なり小なり何らかの特異性を持っているものだが、その中に当然として彼も分類されていた。
彼は空っぽだった。
彼の父親、風鳴八紘が不器用ながらに考えた『青空のように広々と清々しく伸び伸びと育って欲しい』そんな意味を込めて名付けた『空』という名前は諸事情故に空は空でもまったく別の意味合いを彼は体現していた。
『空っぽで、伽藍堂で、虚しくて、何も無い』名は体を表すとはまさにこの事だったろう。まるで自分を持たないような、人間性が欠落しているようなその様は、生まれてから一年近く経つまで変わらなかった。
転生者である以上、前世からある程度意識や記憶、精神性を引き継いでいるはずなのにそれはいったいどういう事なのか、その理由は当時、彼本人にも皆目見当がつかなかった。
周囲から発達障害などを疑われたが、しかしそれでも明確な反応もあり、そして異父妹が産まれる頃合にようやく身体は自我を反映するようになった。
だが、残念ながらその自我も何処か制限がかかっているようで、内心の思考と身体の口調がチグハグ。
常に寡黙で冷静沈着?そんなわけがあるか。
確かに面倒事が嫌いであるしそこまで弁が立つ訳ではなく口数が多いわけではなかったが、だからといって寡黙だったという訳ではなく、やや離れた場所から物事を見る気質ではあるが存外熱がある方で冷静沈着という訳では無い。つまるところ、魂ではなく身体(器)に引っ張られているのだろう。
それを明確に理解したのは十代を越えた頃合だろう。
鏡に映る自分の姿を見て、風鳴空は理解した。
父親に似た仏頂面に灰か白か、やはりどことなく父親に似た髪色、何処か何か決定的なモノが抜け落ちた様な───運命も無く、物語も無いような男の姿に「────」だった魂は嘆息し理解した。
彼は鏡に映る男を知っていた。
フィクションの存在である筈の男に、自ら斬るしか能がないと語る
この世界が一体どんな世界なのか、風鳴空は知っている。
自身が生まれた家系がいったいどういうものなのか、風鳴空は知っている。
そして、何よりも自分では土俵にすら立てない、それを風鳴空は知っている。
だから、だから────だからなんだというのか。
未来を知っている、血筋を知っている、土俵に立てないと知っている。
「俺は『
だから、風鳴空は心に決めたのだ。
六歳の時分に剣にならねばならぬ運命を与えられてしまった妹を助く為に、老害によって殺される運命が訪れる父を救う為に、きっと手に入れるはずだったかもしれない運命と物語を投げ捨てる選択を。
鏡に映る
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閉じていた瞳を開き、空はざわつき騒ぐ周囲と違い至極冷静に周囲を見渡した。
まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画。
縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせてうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていて────そこまで見て、自分の中の何かがそれをくだらないと吐き捨て、それに呼応する様にその壁画が間違いなく碌でもない存在であると断じて視線を外しながら、それ以外のものへと視線を巡らせる。
大理石にも似た美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物、美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ天井はドーム状になっている大聖堂のような巨大な広間。
空たちがいるのはそんな広間の最奥にある台座のような場所。
そして周囲にいるのはクラスメイトたち、約一名生徒以外がいるが気にするまでもなく、空は一人つい先程教室で起きた事態を反芻する。そして、同時にこの場にいる者らはたった一人を除いて巻き込まれた被害者でしかない事を理解した。同時にこの場が何処なのか思考を回していく。
まず、この場が日本国内であるかどうか。日本国内であるならば、後ろで繋がっていない限りは大量拉致のブラックアートを保有する組織に自身の叔父が司令を務めている二課かその辺りが動くかもしれない。
次に国外であった場合。まず、どうしようもない。その場合、敵がいったいどのような組織であるのかはおおよそ見当が付くものであるが……。
そして、第三としてここがまったくもって異世界であった場合。最悪のケースを考えて、そこで空は思考を打ち切り自分たちが乗っている台座の前にいる自分たち以外の人間らへと視線を動かす。
「………宗教家、か」
異端者共め。
気が付けば、そんな冷えた言葉が自分の口から飛び出ていた事に空は表情には出さないが驚愕した。運が良く、飛び出た言葉は周囲の誰にも拾われることは無くそのまま喧騒に塗れて消えていく。
内面と外面に齟齬があるのはいつもの事であったが、こういった反応はさしもの空も初めての事であった。が、すぐにそれも沈静化し目の前の宗教家たちを分析していく。
数は三十人ほど、祈りを捧げるように跪き、両手を胸に組んだ格好だ。白地に金の刺繍が施された法衣を纏い、傍らに錫杖を置いているが余程の馬鹿でなければこれだけで彼らが宗教家だというのは理解出来るだろう。だが、そんな奴らなど空にはどうでもよかった。
そんな一団に一人、一際目立つ男がいた。
最も豪奢で煌びやかな法衣を纏って宗教家のトップらしくミトラというより烏帽子に近いモノを被った老人。外見年齢は七十代ほどであるが、空から見れば外見年齢というものは存外役に立たない印象があった。
死ねばいいと思っている実の祖父なんぞ百歳は越えているというのに筋骨隆々で六十代と言われてもまだ納得せざるを得ないのだから。
とにもかくにもそんな老人が前へと進み出てきて錫杖を鳴らしながら口を開いた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
そう言って、イシュタルと名乗った老人は好々爺然とした微笑を見せた。だが、そんなモノ、空からすれば自らロクデナシと名乗っているように感じたが……果たして明らかに外道な老人と腹に一物も二物も隠した老人、どちらがマシなのだろうか。
さて、イシュタルはこんな場所では落ち着くこともできないだろう、と混乱覚めやらぬ生徒らを促して落ち着ける場所へと誘った。
そうして誘われたのはいくつもの長テーブルと椅子が置かれた別の広間。
その広間も例に漏れず煌びやかな作りであり、素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうと分かる。それを見ながら空はなんとも眩しく感じるそれらに眼を細めながら上座に近い席へと視線を向ける。
上座に近い席に座るのは当たり前の事だが巻き込まれてしまった教師である畑山愛子先生、そして恐らくクラスの中心人物であり間違いなくこの面倒事にクラスを巻き込んだ原因であろう天之河光輝、その幼馴染ら三人。
ちなみにだが、空が腰掛けたのは最後方でありハジメの対面の席である。
全員が着席すると、丁度よくカートを押しながら給仕らが入室してくる。男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドの姿にこんな状況だというのに思春期男子だからかクラスの男子らは空を除いてメイドらを凝視している。哀しきかな、それを見る女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさであるが。
見ていない男子など飲み物を給仕してくれたメイドを凝視しようとしたら悪寒を感じて正面の空へと視線を固定したハジメとそもそも記憶に保存されているメイド服の妹の姿を思い返して彼女らにまったく興味を示さない空だろう。
全員に飲み物が行き渡ったのを確認してイシュタルが話し始めた。
「さて、あなた方におかれましてはさぞ混乱されていることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
そう言って始めたイシュタルの話は実になんともファンタジー極まりなく、そしてやはりどうしようもないほどに勝手極まるもの。
簡潔に言えば、人間族と魔人族という種族が何百年も戦争しており、魔人族の力と人間族の数で拮抗していたようだが魔人族が使役することがほとんどおらず出来てもせいぜい一体か二体ほどしか使役できぬはずの魔物を使役するようになったと言う。これにより拮抗が崩れ人間族が滅びの危機を迎えている。
「あなた方を召喚したのは『エヒト様』です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。この世界よりも上位の世界の人間であるあなた方は、この世界の人間よりも優れた力を有しているのです」
そこまで聞きながら、空は顔を顰める。この後の言葉が何となく察せられたからである。
「あなた方には是非その力を発揮し、『エヒト様』の御意思の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救っていただきたいのです」
どこか恍惚とした表情を浮かべながらそう言ったイシュタルに空は吐き気を催したがそれを胸中に無理矢理収める。イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。
その話を聞きながらよくもまあ、他の宗教が生まれなかったなと考えるがすぐに神がいるなら、異端神罰とでも言って簡単に殺せるのだろうと空は思いつき、やはり宗教は面倒だ、と胸中で呟く。
そんな中、一人突然立ち上がり猛然と抗議する人間が現れた。
畑山先生だ。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
怒りを露わにする彼女の言葉は教師として当然のものだろう。だが、相手は宗教家でありしかも自分たちとはまったく異なる世界の相手だ。
イシュタルに食ってかかる彼女の様子を眺めてほんわかとしている生徒らはイシュタルが口にした言葉でその表情を凍らせた。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
静寂が満ちていく中、空は一人「だろうな」と零し、畑山先生を含む生徒らは皆一様に何を言われたのか理解出来ないといった表情をイシュタルに向ける。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
畑山先生が叫ぶがしかし、飄々とイシュタルは返した。
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々があの場にいたのは、単に勇者様方を出迎える為と、エヒト様への祈りを捧げるため。人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
脱力したように椅子に腰を落とす畑山先生。そして次第に現状がどれだけ危機的であるのかをようやく理解した生徒らが口々に騒ぎ始めた。
パニックになる彼らを見ながら、さてどうするか、と空は再び思考を回す。当たり前だが給仕された飲み物を飲んでいる彼らと違い空は一口もティーカップに口を付けていないどころか指すら触れていない。
異世界でこんな状況である。それ以前に見知らぬ信用すら出来ないような相手から差し出されたモノに口をつけるなど不用心極まりない。
そして、視線をイシュタルへと向ければその目が微かに侮蔑の色を帯びているのが察せられた。大方、「神に選ばれておいて何故喜べないのか」と思っているのだろうと理解出来た。そこでふと、どうしてそれを理解出来るのだろうか、と疑問を抱いたがすぐにそれも今考えることではないとして隅に置いておき─────
「………さて、どうなるか」
胸元へと右手を当て、服の上からその下にあるペンダントを握りながら風鳴空はそう天井を見上げながら呟いた。
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