ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
乗り越えられるかは、神ですら分からない。
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何度目になるか分からない、階段を降りるという行為を繰り返す。だが、今回は今までの階段と違いやや長く、唐突に魔物も現れなくなっていた。
そんな階段を降りていきながら皮水筒の水を飲み、喉を潤していき、そして階段ばかりの空間から途端に開けた空間へと辿り着いた。
「ここは」
『最深部というわけ、か』
階段を降り終え、視界に映ったのは、この迷宮で一度たりとも見た事がないような空間。少なくとも直径三キロメートル以上はありそうな広間にはマグマの海が広がっているが、階段を降りてすぐそこには大きな足場があり、他にも所々に岩石が飛び出していて僅かばかりの足場が見える。
広間の岩壁へと視線を巡らせば、大きく壁が迫り出している部分もあれば逆に削られて引っ込んだ部分もあるのが見える。
空中にはやはり当たり前のように無数のマグマの川が流れており、それらのほとんどは最終的にマグマの海へと注ぎ込んでいる。
そして、そんなマグマの海の中心にあるものに目を惹かれた。
『そして、あれが目的地という事だろうな』
マグマの海の中央にポツンと、小さいが岩石の足場よりかは広い、十メートルはある岩石の島があった。それだけならばただ大きめな足場でしかないが、しかし目を惹く理由は別にある。その小島の上をマグマのドームが覆っているのだ。
さながら小型の太陽か、球体のマグマが島の中央に存在している様は誰だって目を惹いて仕方がない。
すなわちあの島が目的地、神代魔法がある場所なのだろう、と当たりをつけてもう一度水を飲んで荷物袋を後方の階段へと放り投げる。
ここが最深部であるならば、番人がいるはずであり間違いなく戦闘は熾烈を極める。そうなれば荷物袋が壊れマグマの海に消えるという可能性を考えて安全地帯へと置いておく。もしかすればマグマの海の水位が上がる可能性もあるが。
『さて、ここがマグマの海という事は番人も恐らく巨大か……またはマグマに浸かっている存在なのだろうが』
そうエンリルが考察していく中、空は今いる入り口の足場と近場の足場への距離やその次の足場などの位置を見ながら、長剣の柄に右手を添える。
「……やはり、この迷宮の傾向を見ればマグマからの奇襲を第一に警戒するべきでしょう」
そう言って、足場を少し前へと進んで、直後、その警戒に応えるように空中を流れているマグマの川からマグマそのものが弾丸として空へと放たれた。
故に空は抜刀し、その勢いままに斬撃を放つことで飛んできたマグマの弾丸を両断し回避する。そして、それを皮切りに空は走り今いる足場から勢いよく前方の岩石の足場へと跳躍した。それに一瞬遅れて、先程までいた場所へと空中の川だけでなくマグマの海からも無数の炎弾が放たれた。
運がいい事に荷物が置いてある辺りの階段には炎弾による被害は出ていないようだが、着弾した地面は僅かに溶解しており、もしもあの場に居たら間違いなく大変なことになっていたであろう事が伺える。
「マグマの中か」
既に炎弾はマグマの海にある岩石の足場を跳んでいく空を追うように縦横無尽に飛び交い始めていた。
弾幕ゲームを思わせる程の空間を埋め尽くさんばかりの炎弾であるがしかし、恐らく威力重視なのだろう、その速度は例え近場からであっても空の反応の方が速く、空がいた場所を一拍所か、数拍置いて通っていくというものだった。
「……気配感知……効かないか」
マグマの海に潜んでいる敵を炙り出そうと気配感知を行うがしかし、どうやらここのマグマは大きなエネルギーを内包している為か、上層のマグマと違い気配感知をするのが難しく、マグマの中の魔物を感知出来ない。
気配感知は使い物にならなかった。
ならば、どうするか。
思考を回していき、空は弾幕が止んだ瞬間に空中で周囲に斬撃を放つ。放たれた幾つもの斬撃はそのままマグマの海や空中の川へと叩き込まれ、そして何かが割れたような音が聴こえた。
「……これは」
『どうやら、マグマの中の何かを斬り裂いたようだが…………どうやら、来るぞ』
いったい何が割れたのか、と思考する間もなくエンリルの声に視線を巡らせば、周囲のマグマの海から全身にマグマを纏った巨大な蛇が合計で二十体その姿を現した。
それを見てエンリルは、この迷宮の番人は数で攻めてくると理解し納得した。下手をすれば足を滑らせて即死するであろうマグマの海、集中力を阻害する環境と奇襲する魔物、そしてそれらを踏まえて今まで以上にいつ出てくるか分からないマグマ蛇の群れに対処する。それが試練なのだ、と。
それを伝えられた空はその場から別の足場へと跳んでいきながら、近場のマグマ蛇の首へと斬撃を放つ。
「……再生するか」
首を切り落としたがしかし、その首は直ぐに再生した。
どういう理屈か、そう思考すればすぐさまエンリルより考察が飛んでくる。
『恐らくはスライム……この世界で言うバチュラムの類なのだろう。マグマという液体を魔石という核で一定の形を保っている……という事だろうな』
「つまり、殺すなら魔石を狙うしかないと」
ならば、先程の何かが割れたような音はこのマグマ蛇の魔石の一つが割れた音だったのだろう。
そう考えて、岩石の間を跳びながら斬撃を放つ。幾重ものそれはマグマの海との繋ぎ目から一定間隔でマグマ蛇を輪切りにしていき、一つの斬撃が魔石を切り裂き割ったのを確認して、空は魔石の位置に当たりをつけていく。
少し大きめの足場に着地し、マグマ蛇達からある程度の距離を取りながら額より浮き出た汗を袖で拭い、手の汗でやや柄が滑りかけたのに顔を顰める。
今までの階層での戦闘とはわけが違う。
所々にある足場を除いてマグマの海。相手はマグマの海を縦横無尽に移動でき、更には相手は炎弾での遠距離攻撃をしてくる以上、基本的には足場という足場を移動しながら戦わざるを得ない。
『スタミナが削れる一方だな……ああ、それとだが。空、島の岩壁を見てみろ』
「岩壁を……?……アレは」
エンリルに言われるがまま、軽く中央の小島の岩壁を一瞥してみれば岩壁の一部がオレンジ色に光っていた。遠目であるが故に正確なサイズまでは分からないが、拳ほどの鉱石だろうか、それが幾つか一定感覚で光っていた。
先程までは何も光っていなかった筈では?そう疑問に思えばエンリルがそれに答えた。
『お前が魔物の魔石を切り飛ばした際に光が灯った。そして、先の無差別な斬撃で聴こえた音の数分もだ……わかるか?』
「なるほど、岩壁の光を灯せという事ですか」
『そうだ。間隔と島のサイズから見て百は倒せばいいだろう』
百。
こんな過酷な環境で削れていくスタミナを意識しながら、百体。
キツい。そう弱音を吐きたくなる。
だがしかし
「問題無く」
長剣を構えながら、エンリルに空は応えた。
どちらにせよ、退く事は出来ない。この試練を乗り越えねばならぬならば、と。
そして、一定の距離を保っていたマグマ蛇達は重厚な咆哮を上げながら、一部のマグマ蛇は空へと突撃し、それ以外のマグマ蛇は次々と口を開いて炎弾を吐き出していく。それは先程の弾幕のそれだ。
「“嵐空”」
だが、時間は充分。
掲げた手より魔法が発動する。それにより空気は圧縮されていき、炎弾が迫る頃には壁となった。そのまま空気の壁は幾つもの炎弾を受け止めていき、大きくたわむ。そして、次の瞬間には受け止めた攻撃を次々と跳ね返していく。
風の中級魔法による結界が次々と攻撃を防いでは跳ね返していく中、風の結界の内側から斬撃が放たれていく。
炎弾と風の結界という目眩しを越えて放たれた斬撃は突撃してきたマグマ蛇の魔石を的確に切り飛ばしていく。
四つ、光が灯ったのを確認してその足場から跳び退く。
長居は無用、常に足場を変えていく事で不意打ちを防ぐ様に移動する。
跳んだ先で新たに生え出したマグマ蛇へと斬撃を放ち、魔石を破壊していき更に別の足場へと移動していく。それを何度も繰り返していく。
確実にマグマ蛇を殺していき、小島の光が灯っていく。既に二十は越えたのを確認しつつ空はまだまだ時間がかかるな、と思いながら次の足場へと跳んでいく。
だが、限界が訪れるのは当たり前の事だった。
瞬間、眩暈が空を襲った。
身体が軽くぐらつき、何とか足場へと着地したがそんな隙を逃さぬマグマ蛇ではない。マグマという身体を活かして空へと突進してきたのだ。
それを空は後方にある足場へと跳び退く事で避けて────
「ぐぅッ!?」
直下、新たに形成されたマグマ蛇の口部より先程までの炎弾などとは違う熱線と言うべきものが放たれた。
炎弾の速度と比べるべくもなく、熱線は空がマグマ蛇を認識すると同時に放たれそのまま空を直撃した。
回避するには、突如として襲った頭痛と眩暈が邪魔をする。身体を捻るものの、熱線は空の右腕を半ばで吹き飛ばした。熱で断面を焼かれ激痛が絶え間無く空を襲う。
絶叫を上げそうになるがそれを何とか抑え込み、肘付近を消し飛ばされ吹き飛んだ右手が握る長剣を左手を伸ばして掴み、そのまま何とか目的の足場へ着地する。
視界の端でマグマの海に消えていく、自分の右腕だったものを見ながら空はその無愛想な表情を歪める。まだ良かった。もしもこれが純粋に引きちぎられたのならば、空はどうしようもなかった。
断面から大量出血し、意識を保っていられるかも分からなかった。だがしかし、焼き消し飛ばされたが故に断面は焼かれて止血され、焼かれたことで神経も一部使い物にならず、痛覚が焼かれた事に対する反応だけで済んでいる。
治療出来たかもしれない幸運よりも、傷口が焼けた不幸を良しとして、空は左手で柄を握りしめながら、その視線をケタケタと嗤うマグマ蛇へと向ける。
そんな空の視線の先で右腕を喪うという無様を晒した空を嘲笑する様にマグマの海から次々とマグマ蛇はその姿を現していく。三体、六体、九体、どんどんと増えていき最終的に最初の時のように二十体となり、次々と口を開いては炎弾を放っていく。全方向からの炎弾はさながらマグマの津波のようだ。
それに対して、空は斬撃を一方向へと放つことで津波の包囲網の一角を吹き飛ばしてその方向へと飛び出し足場を転々と跳びながらマグマ蛇へと斬撃を放ち、魔石をマグマごと切り飛ばす。
何度も何度も何度でも。
それしか出来ぬと言う様に、左腕を振るい続けてマグマ蛇を何体も何体も斬り殺していくがしかし、そんな無茶は続くはずがない。
ただでさえ頭痛と眩暈がしているというのに、右腕を喪失して人体のバランスを大きく崩したのに加えて、決して回復したとは言えない蓄積された疲労、消えぬ熱による集中力の阻害、気配感知を用いてもなかなか気づかぬマグマ蛇の奇襲。魔法を使う余裕もない。全てが、全てが風鳴空を殺そうとして────
「……クッ!!」
着地した瞬間に、足場を抉るように新たに生え出てきたマグマ蛇が食らいついた。眩暈や頭痛を無視して、問題無い、避けられる。
そう、空が跳び退こうとしたが、僅かに左足が遅れた。それを逃す訳もなく、マグマ蛇は足場ごと空の左足へと噛み付いた。マグマで作られた蛇の顎は当たり前のようにマグマの塊である以上、どうなるかなど…………。
左足を焼き切られた。
「────ッッッ!!」
空中で身を翻し、斬撃を放って左足を奪ったマグマ蛇を切り飛ばし、自分はその際の反動で何とか別の足場へと着地する。だが、やはり片足。あまりにバランスが悪く、膝を着く。
残っている四肢は左腕と右足のみ。焼けた断面に激痛が走っているが、残念ながら空には回復魔法の類の適性は無い。
どうしようもない。
視線を中央の島の岩壁へと向ける。まだ、半分も鉱石は光を放っていない。
四肢を半分も欠損した状態で、五十以上のマグマ蛇を倒さねばならない。
───ああ、きっと出来るはずだ。英雄のように輝いて、限界を超えて、本気でやれば。
だが、そんな都合の良い覚醒など風鳴空には訪れない。当たり前だろう…………風鳴空は光狂いでは無いのだから。故に、この後どうなってしまうのか、そんな事は空自身理解していて。
一度退く、という考えもある。だが、だがしかし、今この場で引いたとしてどうする?マグマ蛇が階段まで追いかけてこないという保障などどこにもなく、ましてやこんな状態では奇襲に対応するのも遅れるだろう。
どうしようもなく、詰んでいた。
「俺は……」
既に二十に戻ったマグマ蛇が雁首揃えて口を開けている。
その開けた口内には当たり前のように炎が溜め込まれており、それを前にまだだ、と言う様に空は長剣を構えて放たれた炎弾へと斬撃を放って。
パキンッ、と鳴り響いた長剣に目を見開き
「嗚呼、無念だ、口惜しい……」
マグマの津波に呑み込まれた。
防人は、誰も知らぬ所でその生命を散らした。
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神に選ばれたら、めでたしめでたし……
────などという筈はなく、ましてやその生命が自由を得るわけが無い。
当たり前だろう、神に選ばれた時点でその人間は神の所有物だ。ましてや……
自分が遺した國を護る為の
『では、始めよう。俺の天羽々斬、お前に出来ないはずがない。可能性を見せてくれ』
瞬間俄に蠢き出すのは翡翠の光。
『神命下賜・
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水樹奈々さんが入籍御報告なされました。
一ファンとしてとても嬉しく思います。願わくば、水樹奈々さんのこれからの生活が幸せであることを。