ありふれない防人の剣客旅   作:大和万歳

26 / 41

 お気に入り数1000件突破!ありがとうございます!
 これからも本作を楽しみにしていただけると幸いです。




第二十六刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

 グリューエン大火山攻略よりもう数週間が経とうとしていた。

 

 王都脱出から考えれば既に1ヶ月は過ぎたろう中、風鳴空は未だアンカジ公国に滞在していた。

 と、いうのもこのまま旅をするにも食料などの事を考えれば路銀が些か心もとなかったという理由があり、そして空間魔法の習熟の為にも時間を割くという理由などによりしばしの休息を取っていた。

 空としてはその休息中に再びフュンフトの様な使徒が差し向けられる可能性を考えたが、先んじてエンリルによって押し切られた以上空としても仕方ない、と割り切った。

 事実、グリューエン攻略までの一週間近くはほぼほぼ駆け抜けてきたというものであり、空としてもまとまった休息というのを取るというのは決して否定出来るものではなかった。やろうと思えば、スタミナを戻す事が出来る力を得たがそれはそれ、精神的な部分の回復は重要である。

 

 

 だが、それが数週間というのは些か長いのでは無いだろうか。

 と、思うだろうが実際問題路銀集めをする以上依頼を二つ三つこなせば、はい終わりというわけではない。それなりに依頼をこなしていき、少しずつ路銀を増やしていく。これが一人ならばもう少し時間もかかったが一人ではなく、二人で依頼をこなしていった為に数週間程度で済むことが出来た。

 さて、二人。空の旅は空とエンリルによる一人と一柱ではないのか?と思うだろうが…………幸か不幸か、空とエンリルの旅に一名加わる事となった。

 

 

「…………ふむ」

 

「どうかしましたか?風鳴様」

 

 

 アンカジの行政区、その一画にある少しオシャレなカフェの様な店。その奥側にある席で空は珈琲もどき───何故か、ミルクを入れているわけでもないのにカフェオレ感のするブラックという概念を捨て去った珈琲───になんとも言えぬ感情を抱きつつ、カップをテーブルに置くと、対面から女性に心配そうな声をかけられる。

 空はそんな彼女に視線を向けて、問題ないと軽く首を横に振る。

 そうですか、と言ってアンカジの名産品であるフルーツが使われたシャーベットを楽しみ始める彼女を空は見る。

 空の対面に座る彼女は腰まで伸ばされた美しい黒髪に、大きく切れ長の瞳、少女にも大人の女性にも見える不思議で神秘的な顔立ち、全てのパーツが完璧な位置で整っており、そして身に纏っているのは巫女のような服装。しかし、巫女と言ってもその服装はおおよそマトモな巫女服とは言えまい。肩は大胆にも露出しており、椅子に座っておりテーブルなどで見えはしないがその麗しい太腿の柔肌すら露出している様は明らかに巫女服というものを勘違いしているだろう。

 初めて彼女の姿を見た時、空も表情には出さなかったが胸中では嘘だろう?と軽い混乱に陥っていたのだから。

 

 

『俺の趣味だ。良いだろう?震砕角笛(ギャラルホルン)の服装を参考に少し露出を増やしつつ布地を増やしてみたぞ』

 

 

 など、と彼女の服装などを設定した神はカラカラと笑っていた。そしてそんな話を聴きながら空はなんとも言えず天を仰いだものだ。

 締めるところは締めているが我が神は存外フリーダムである、と。

 だが、格好程度でとやかく言う空ではない。今思えば彼の記録に残っている服装のオリジナルとなったという震砕角笛(ギャラルホルン)を脳裏に浮かべてみれば、なるほど確かに彼女も彼女で露出度は低いがなかなか過激的な服装であった記憶がある。ならば、ある程度隠す分布を増やしたなら何も言えない。

 

 

「あ……風鳴様も一口如何でしょうか?」

 

「いや、結構だ」

 

 

 彼女の提案を遠慮して、空は手元の簡易的な地図を見下ろす。彼女の記録にあったこのトータスにおける大陸地図、それを出来うる限り縮小して作製した地図。

 実は数週間経つというのに、未だに次の目的地が定まっていないのである。

 勿論、迷宮の位置は既に把握済みだ。

 

『オルクス大迷宮』、『グリューエン大火山』以外の迷宮『ライセン大峡谷』、『メルジーネ海底遺跡』、『神山』、『ハルツィナ樹海』、『氷雪洞窟』。無闇矢鱈と王国へ近づくつもりが無い以上、オルクスと王都後ろに佇む教会の総本山が存在する『神山』は候補から外れる。

 残りの内、『氷雪洞窟』は大陸の南側の東という今いる大陸の北側の西というグリューエン大砂漠から離れた位置にある。『ハルツィナ樹海』はグリューエン大砂漠との間に『ライセン大峡谷』を挟んだ形の東端。そして最後に『メルジーネ海底遺跡』だが…………。

 

 

「大砂漠の更に西。距離で言うならば最も近いが」

 

「海底遺跡、ですからね」

 

 

 最も問題事を彼女が続くように口にして、空は頷く。海底、海底である。勿論、どれほど深いところにあるのかは分からないが水圧というものが存在する以上、普通に潜った所で無謀極まりない。

 ならば、空間魔法で強引にという手段もあるが具体的な位置や深さが分からなければ、魔力が持つかどうかも分かったものではない。正直なところを言えば、空がオリハルコンのエネルギーを魔力の代替として使用すれば問題は無いのだが万が一を考えればそれは行うべきではない。

 

 

「ならば、一番安定となるのはやはり、大峡谷、樹海、そこから南側の雪原か」

 

「そうなりますね。ですが、樹海は厳しいかと。あそこは亜人が住まうフェアベルゲンがありますし、我々だけでは」

 

「なるほど……一理ある」

 

 

 今のところ、亜人というものを見たことは無い空としては差別どうこうに関しては何も言うことは無い。

 地球の方や前世では差別の問題云々が多かったが、差別問題は人類や、文明を持てば決して解決出来ないものであると空は思っている。

 神祖が言っていた様に人類というものはそういう存在なのだから。

 ましてや、宗教が絡めば差別問題などより一層捻くれることは間違いない。そして、空が亜人に対して差別意識を持っていなかろうとも亜人側からすれば人間なのだから、問題だろう───いや、それ以前に

 

 

「大和が民草以外は重要では、無い」

 

 

 防人としての優先順位がある以上、差別に口を挟むことは許されない。

 そこまで考えて、思考を切り替える。

 ならば、樹海は後回し。

 と、なれば自動的に順路は自然と大峡谷を通り、そのまま東側へと出た後に樹海を経由せず直接雪原へと向かう事になる。

 

 

「と、なれば魔人族か」

 

 

 大陸の南側へと向かうということは必然としてそちら側を支配圏としている魔人族と対峙する事は間違いない。

 故にまだ見ぬ魔人族へと思考を回しながら、その視線は再び彼女へと向けられる。そして、そんな空の視線に気づき、軽く微笑みながら彼女は話し始めた。

 

 

「そうですね。現在魔人族はアルヴヘイトの使徒、と言っても勇者方の様なモノですが……眷属神アルヴヘイトの使徒に任じられた迷宮攻略者が主に率いています」

 

「率先しているのは王ではない、と」

 

「はい。正確に言えば、魔王は眷属神アルヴヘイトが務めており、狂信者である攻略者の将軍がリーダーを任されています」

 

 

 そう、つらつらと魔人族の内部情報を語る彼女。

 いったいどうしてこうも魔人族の情報に詳しいのか…………。

 彼女の名は睦月。

 嘗てフュンフトという名で空をエヒトルジュエの元へ連れていこうとした真の神の使徒の一体だった存在。

 空が空間魔法の境界干渉を理解し、エヒトルジュエとの繋がりや魔力供給の経路を切り裂いた結果、自らの存在意義である主との接続を断たれ発狂し壊れたフュンフトをエンリルが心臓を破壊し、その代わりにオリハルコンの結晶体を炉心にした事で作り変えた、作り変えられてしまった哀れな神の人形。

 今では空同様エンリルの使徒だ。

 実際、エンリルとしては空を使徒という扱いなどまったくもってするつもりは無いのだが、空からすれば風鳴という家系のルーツを考えれば充分使徒の様なモノと考えていた。

 そういう理由もあり、元フュンフトこと睦月は空からすれば同僚の様なモノであり、殺し合った云々の蟠りは既に無い。なにより、彼女の役割は情報源と空のサポートなのだから。

 

 と、つまりはこうしてエンリルの使徒となった後でもフュンフトだった時の記憶などはしっかりと残っている為にその辺りの情報が聞けばつらつらと出てくるわけである。

 エヒトルジュエの使徒がなんで魔人族の中枢、深いところまで知っているのか、と聞けば先も言った通り魔人族の神は眷属神。つまるところ、そういうことである。

 

 

「それで、魔人族の神代魔法がどんなものなのか再確認するとしよう」

 

「はい。変成魔法……簡単に言えば生物の魔物化、魔物の強化、魔物の使役などと……所謂、有機物へ干渉する魔法になります」

 

「南雲が手に入れた、生成魔法とは対称的だな。アレは無機物に干渉する魔法だからな」

 

 

 エンリルから与えられた情報を思い返しながら、空は変成魔法について思考を回す。

 魔人族と人間族のバランスが崩れたのはつまるところ、その変成魔法が原因なのは間違いないだろう。空間魔法一つ取ってみても戦争の道具としては今までの常識を覆すものだろう。

 そして、そんな攻略者が魔人族のリーダーを務めているというのならば、

 

 

「当然、迷宮付近に監視者はいるだろうな」

 

「それは勿論。何せ、攻略して適性があれば神代魔法が手に入るのですから、軍拡の為にも迷宮そのものを掌握するというのは当然ですね。ハイリヒ王国における『オルクス大迷宮』の様に」

 

 

 そう屈託の無い美しい笑みを浮かべながら、そう言う睦月に空は息を吐きつつ、再び珈琲もどきに口をつける。

 少なくとも大陸を横断する大峡谷、途中迷宮を挟みつつも横断してから今度は敵対者である魔人族がいる大陸南側を駆け抜けて迷宮を攻略する。少なくとも二、三ヶ月はかかるだろう。

 空間魔法による座標計算による転移は流石にまだ習熟が済んでいないため、空自身が足を運ばねば不可能。帰りはともかく行きは大変だろう。

 

 

「足が必要か……流石に走りばかりというのもどうしようもないな」

 

「ふふ、そうですね」

 

 

 魔人族の版図に足を運んだ際に魔人族の迷宮攻略者またはその手の者と戦闘が勃発する可能性があるがしかし、既に空の中では対処出来ると判断していた。

 既に接続などといった経路を切り裂く感覚は理解している。むしろ、魔人族の使役している魔物との戦闘を行えばより一層その技術は深められるだろう。

 そして、大軍相手の戦い方も空の脳裏には幾つか出来始めていた。

 

 

「問題はないな」

 

「それでは」

 

「そろそろ、このアンカジから動くとしよう」

 

 

 路銀も問題あるまい。

 そう言って、珈琲もどきを飲み干して内のエンリルを覗いてみれば何かオリハルコンを弄っているようでこれといった反応は返って来ない。

 オリハルコンを弄っている事になんとも嫌な予感はするものの、空は見なかった振りをして睦月がフルーツシャーベットを食べ終わるのを待ちながら、どうやってアンカジから大峡谷まで行くか、思考を回していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────






 ちなみにですが、空は八重樫道場の裏側をしっかりと知っています。
 というよりも、八重樫道場を紹介したのが緒川の当主ですからね


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。