ありふれない防人の剣客旅   作:大和万歳

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第二十七刃

─────〇─────

 

 

 

 

 

「ふぅん……そっかぁ」

 

 

 ハイリヒ王国王城の地下牢にて一人の女がいた。

 地下牢らしく、薄暗く光源は石壁にかけられたランタンだけ、そんな地下牢には多くの呻き声ばかりが響いていた。

 地下牢なのだから、罪人がそこにいるのは当然でありその罪人が苦しんでいるのだ、と考えれば何もおかしい所はないがしかし……そんな呻き声に混じりながらカリカリと何かを引っ掻いているような音があるのだ。

 そして、そんな地下牢の中で一際目立つのは最奥の通路。そこにはいくつかのランタンが置かれ、地下牢ながらも中々の明るさであり、それらが通路に置かれたテーブルとその上に置かれたものとそこにいる女を照らしていた。

 

 

「やっぱり、実際に経験したりした人間でも複数人からの記録じゃないと穴が出るよね」

 

 

 テーブルに置かれているのは見るだけでも頭が痛くなりそうな程の書類の山と山。それらを読み耽りながら、女は思考を回す。

 女がそうしている間にも呻き声を上げながら地下牢に囚われている誰かは次々とカリカリと音を立てて…………羊皮紙へと何かを書き込んでいく。

 そうして書き終われば、通路に立っている看守らしき兵士がその羊皮紙を回収しては新しい羊皮紙を与え、回収した羊皮紙をテーブルの空いている場所へと置いていく。

 看守らと囚人らは皆一様に覇気のない無表情と言うような表情で黙々と与えられた作業をこなしていく中、女は提出された羊皮紙を読み進めていく。

 どれもこれも大した情報はない。もっともっと使えるモノは無いのか、と舌打ちながら椅子の背もたれへともたれかかり天井を見上げる。

 

 

「歴史とか、逸話とか、そういうのじゃないんだよ。()が欲しいのはもっと僕の力になるようなもので…………処刑された過去の人間の残留思念なんてこんなモノなのかな」

 

 

 思う様にいかない情報収集にため息をつきながら、彼女は想う。

 喪った大切な愛しい彼を想う。

 必ず必ず取り戻すから、果たして今日だけで何度目になるかも分からぬ誓いを零しながら、妖艶な笑みを浮かべて、愛しい彼と再会出来た時の事を妄想して、そして真っ先に脳裏を過ぎったのは彼と初めて出会ったあの日。

 

 

 

 あの日、自殺する為に家を出て橋の上から飛び降りようとした。

 母親が連れ込んだ男が彼女を襲い逮捕されてから、より一層醜悪な本性をあけすけにした母親に壊れてしまったから、死にたくなって。

 正直に言えば入水自殺には不向きな川で最悪打ちどころが悪くても死なない可能性のがまだあるような橋。それでも、飛び降りようとした時に、彼女は彼に出会った。

 

「飛び降りたところで死ぬのは難しいぞ。むしろ痛いだけだが」

 

 橋の欄干に手をかけ、半身を出してこのまま吸い込まれるようにというタイミングでそんな、死にたいのならまだ別の場所のが良いだろう、とでも言うような声音で話しかけてきた彼に何を言っているのか、と止まってしまった。

 

「大方、親だろう。俺はなんら、役に立ちはしないだろうがツテはある」

 

 その歳頃で自殺しようとするのは大抵、そういうモノだ。

 そんな風に言いながら、彼女の肩を軽く引いて橋の内側へと戻し、座らせて彼も隣に座りながら、淡々と彼は話した。

 

「無理に聞く気はないが……黙って死ぬよりも言って死ぬ方がまだ楽だ」

 

 あくまで君の意思なら自殺を止めるつもりはない。そういう彼に彼女は何を言ってるのか分からない、と何度も何度も瞬きをしながら彼の横顔を見ていた。そして、無理に聞きだそうとしなかった彼にいつの間にか、彼女は自分から話していた。

 同い歳だろう子供に彼女が受けた諸々など理解出来ないだろうが、それでも彼女はありのままに話して────

 

「公安の叔父に伝えよう。畑は違うだろうがあの人なら色々と動いてくれる」

 

 彼はしっかりと理解した上で解決の為の道を示した。

 それはある種、救いだったのだろう。嘗てそれは駄目だ、と選ばなかった選択を易々と当然の様に提示した事に、彼女は彼女にとって当たり前ではなかったモノを当たり前のように示した彼にどうしようもなく救われた、と感じたのだ。

 何時しか泣いていて、そんな彼女を労わるように彼は隣にいた。

 その後は、驚く程にトントン拍子だった。公安警察に務めているという彼の叔父の動きもあり、そして元々彼女の母親の男が彼女を襲った事件もあった事で警察や児童相談所がマークしていたという事実もあって、彼女は母親の元から離れる事が出来た。

 結果として転校する事となったがそれからの数年間は彼女にとって救ってくれた彼に対する感情を強く強く煮えたぎらせる様な時間だった。彼に会いたいそんな想いが強く深くなっていて、中学の三年生となり受験を考える時期に彼女は気がつけば電話を手にしていた。

 相手は彼の叔父であり、何かあればと電話番号を教えて貰って……彼女は彼が何処の高校に行くのか知らないか?と聞けば簡単に教えてくれた。だから彼女は彼に会うためにその高校を受験した。そして、当たり前のように受かって彼女はついに彼と再会出来たのだ。

 

「ああ、あの時の。叔父から聞いたのか」

 

 彼は憶えていた。その事実に嬉しくて嬉しくて胸が張り裂けそうで、だから当たり前のように告白しようとしたが、彼女はもしかしたらと恐れ何も言えなかった。

 だが、彼からすれば彼女の抱えているものは何となく察していたようで普通ならば女子に言わないような事をズケズケと言う。自分の想いを泥のようなど、と表現する彼に彼女は笑ってしまった。

 そんな事では霞むことなどありはせず、だから彼女は必ず振り向かせて見せると誓って、そして彼の前では自分らしくあろうとして───

 

 

 

 

「………………あぁ」

 

 

 新しい羊皮紙を置きに来た看守に気づき、現実に戻されてしまった彼女はつまらなそうにため息をついて新しい羊皮紙へと視線を通し始める。

 こうして、自分の魔法を使い手駒を増やし、囚人を殺して地下牢で死んでいった人間たちの残留思念を憑依させて呻く事しか出来ない人間タイプライターへと変えてひたすら多くの有用そうな情報を集めるようになって早数週間。

 ろくな情報が集まらない。

 有用そうな情報か、と思えば他のタイプライターが書き出していくものと見比べれば誤解していたり、解釈が異なっていたり、大したモノではないということが分かってしまう。

 そういう状況に僅かに苛立ちながら、彼女は情報を読み解いていく。

 最近得たモノといえば、宝物庫の管理を行っている兵士を手に入れて、使えそうなアーティファクトを手に入れたぐらいである。使えるアーティファクトがあった所でそれを活用出来る情報が無ければ何も意味が無いと言うのに。

 

 くだらない情報ばかり。

 だが、あればあるほどいい。そんな言葉を胸に彼女はひたすらタイプライターが出してくる情報を読み解いていって────

 

 

「…………これ」

 

 

 嘗て王族ながら、神殿騎士の一人ながらも政争に負けた挙句地下牢で自害したという男の残留思念を憑依させたタイプライターが書き上げた羊皮紙に記されている情報に女は目を見開き、そして直ぐに細めながら笑みを浮かべた。

 そこに書いてある情報は当たりだった。残留思念は基本的に嘘をつかない。そういう風に操作しているのだから、当然だ。だからこそ、そこに書かれているモノが見過ごせなかった。

 

 

「…………神代魔法……神山……魂に干渉する魔法…………ふふ、ふふふ……」

 

 

 面白い情報を見つけた、と女は妖艶な笑みを浮かべながらより多くの情報を、と一層笑みを浮かべて杖を手にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アヌンナキ・エンリルにとって、この世界トータスはあまりにも気に入らなかった。

 いや、正確に言えばトータスが気に入らないのではなく、この世界の状態が、だ。嘗てエヒトルジュエの使徒であったフュンフトの支配権を手に入れ、自らの使徒へと改造したエンリルは彼女の中にあった記憶をオリハルコンに記録して見漁った。

 南雲ハジメに仕込んでいたオリハルコンの粒子体の一部を通して聞いたオスカー・オルクスが語った真の歴史を神の使徒の目線からエンリルは知った。

 だからこそ、唾棄した。

 

 神々の盤上。神の遊戯。

 

 ああ、なんてくだらない。

 和平したという亜人族や魔人族と人間族の終戦を祝うパーティー、それであろうことか和平条約を結ぶ為に奔走した人間族の王族を洗脳してそこで相手の王族やパーティー参加者の非人間族を殺していくという非道。多くの、気に食わないから、そっちのが面白いからという理由で行われていった非道を見ていき、エンリルは腸が煮えくり返るようだった。

 正直なところ、エンリルからすれば亜人族も魔人族もそもそもこの世界の人間族もどうでもいい存在でしか無かった。当たり前だろう、彼にとって大切であり護りたいと願うのは大和が子らである日本人と大和國(日本)なのだから。

 

 

『だが、違うだろう』

 

 

 彼らを玩具のように扱うアヌンナキがいなかったわけではない。

 事実、ルル・アメルを管理していた頃、エンリルはどちらかと言えばそちら側に近い存在だった。実験に必要だから、と申請された事項を淡々と承認し泣き叫ぶルル・アメルを見て何も思わなかった。

 好奇心から壊した時もあったが、結局そんなに楽しくなかった、と処分した事もある。

 流浪の果てに彼らに出会ったからこそ、己は変わったと自覚しているエンリルにとって、エヒトルジュエはあまりにも認められなかった。東の果てへと辿り着かなかったら、大和の民草と出会わなかったら、自分はこのようになっていたのではないか?地球でこのような遊戯をしていたのではないか?

 そんな、『もしも』が心中を過ぎっては煮えくり返るようだった。

 

 

 別にこの世界に生きる彼らを想っての怒りではなく、ある種の同族嫌悪の様なモノが原因の怒りなのかもしれない。

 だが、どうしても彼らと『もしも』で自分が弄んだかもしれない大和が子らが被ってしまってどうしようもないのだ。

 支離滅裂かもしれない。

 だが、理屈じゃないんだ。

 

 

『俺はこの世界を救う事は出来ない。俺は彼らの神にも救世主にもなることは出来ない』

 

 

 だけれども

 

 

『俺はお前を認めない。エヒトルジュエ、異邦の邪神よ。お前を赦さない、お前を生かさない』

 

 

 何より、既にあちらから宣戦布告をされている。

 

 

『俺の愛する大和が子らに手を出したんだ、赦せるものかよ────勝つのは俺たちだ』

 

 

 俺が、俺の天羽々斬が、大和が子らがお前の思惑を破壊してやる。お前の勝利など何処にもない。

 そう悠然と誓いながら、神は依代の中でオリハルコンを操作し続ける。全ては愛しい子らを大和へ帰すために、大和へと手を出した愚痴蒙昧な邪神を殺す為に。

 

 

逢魔ヶ時(ラグナロク)を待つがいい、エヒトルジュエ。

 邪神滅殺の瞬間を────』

 

 

『夜久毛多都、伊豆毛夜弊賀岐、都麻碁微爾』

 

 

 既に計画は始まっている。

 この身は素戔嗚尊。大神素戔王(ヴェラチュール)に非ず。

 ならば、俺が成すべきは神天地(アースガルド)の創造などではない、人の世を護りたいのだ。何れ来る嘗ての同胞(シェム・ハ・メフォラス)すらも殺す誓いを胸に秘めながら、俺は歩き続ける。

 

 

『夜弊賀岐都久流、曾能夜弊賀岐袁』

 

 

 分かっているんだ。何れ俺のような存在()は要らなくなるって。

 でも、いや、だからこそ。

 

 

『────大和万歳(コンプリート)

 

 

 俺は止まらない。

 立花響(ガングニール)風鳴空(天羽々斬)、どちらでもいい。きっと彼女らが彼奴が俺に、俺たち()が知らないヒカリを見せてくれ───

 

 

 その為にもお前は邪魔なんだよ。

 

 

擬装超新星(Imitation)───』

 

 

 今を生きる彼らの未来を護る為に、アヌンナキは依代の中でその意思を渦巻かせる。

 全ては、あの日抱いた人間への愛故に。

 全ては、大和に生きる彼らを防人らん為に。

 全ては、これから生まれる子供らの平和の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────〇─────






 いつも御愛読ありがとうございます。
 諸事情で明日の更新が間に合わないかもしれませんが更新出来るように頑張りたいと思います

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