ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
諸事情もとい私事が良い感じに終わったので余裕もでき、しっかりと投稿することが出来ました。
そして、やはり恵里ちゃん……
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目的地である『ライセン大峡谷』。
そこは嘗て処刑地として使われていた天然の地獄。その深さは平均にして一キロを越えており、峡谷の幅は一キロ弱から最大八キロ近くまであるという。
それだけならば、空を飛べる存在からすれば問題は無いだろうがしかし、この地が地獄であり処刑地であるには他に理由がある。
断崖の下ではほとんど魔法が使う事が出来ない、何故ならば魔法を発動しようとして込めた魔力が分解され散らされてしまうという不可思議な環境であり、そして峡谷には多数の強力で凶悪な魔物が住んでいる。
そんな大峡谷が西のグリューエン大砂漠から東の『ハルツィナ樹海』までこの大陸を南北に分断している。
西の砂漠から東の樹海まで行こうとすればこの大峡谷を進むのが最速で最短でまっすぐなのだが、しかしそんな地獄をいったい誰が自ら通るというのだろうか。一応、大峡谷へ降りていく道はあるらしいが…………。
さて、そんな地獄を徒歩で進む愚か者がここに二人。
基本的に白を基調とした衣服に身を包む男女。
片や身の丈程の刀を手にし、片や無手。おおよそこの大峡谷を移動するにはあまりにも心許ない装いで、間違いなく魔物に襲われればひとたまりもないだろう。
しばらく歩いていれば巨大な双頭の魔物が姿を現した。例えるならばT・レックスだろう。
頭の数が増えたからどうなのだ、という話であろうが、双頭の魔物───ダイヘドアはその二つの首で猛々しく咆哮し、前方を歩いてきている二つの獲物を見つけそれ目掛けて走り始める。
逃げようとしたところでおよそ常人では逃げられぬ速度であり、哀れな迷い人はダイヘドアの餌食となる。
───普通なら。
走り始めたダイヘドアはそのままその身体が右と左に別れて崩れ落ちる。
そうして、そんなダイヘドアだったモノにまったく気にすることも無く二人は歩き続ける。
この大峡谷に住まう強力で凶悪な魔物の中でも一、二を争う生態系の頂点に立つはずのダイヘドアをまったくの反応も起こさせずに殺すなど並ではない。
「…………やはり、なんとも言えんな」
「流石に使徒と同等のステータスで苦戦する方が可笑しいかと」
そんな風に会話しながら峡谷を行くのは勿論、風鳴空、睦月のエンリルの使徒である。
如何にこの『ライセン大峡谷』が地獄だの処刑地だのと言われていようとも結局の所、それはこのトータスの一般的な現地民からの話でしかなく、睦月が口にした様に真なる神の使徒を倒すステータスでここらの魔物が危険になるはずがない。
一ヶ月近く前にアンカジ公国を目指す道中で通ったグリューエン大砂漠と大峡谷の境目の最も近い場所へと空間魔法を用いて転移した二人はそこから数時間をかけて大峡谷へと辿り着いて断崖を空が睦月を抱えて空間遮断壁の応用でさながら滑り台のようにし、一キロ以上を滑り落ちて断崖の下へと降りたのが昨日の出来事。
これまた空間魔法の応用で安全地帯を作って夜を過ごしていたがこの大峡谷という環境下での空間魔法の使用は魔力消費量が馬鹿にならない。その消耗で壁を貼るだけ貼って、そのまま眠りについているが安全を確保する為ならばその程度の消耗は問題にはならない。
そして、今日が二日目。
食事はアンカジで多めに買った保存食で軽く済ませながらひたすら二人は歩き続ける。
流石の神の使徒も迷宮への入り口の場所は知らないようでこの大陸を横断する長い長い大峡谷を歩きながら、周囲に注意しながら探さねばならない。
「…………」
「…………」
道中は静かと言う他ない。
時折現れる魔物の鳴き声などがなければ、この二人の間に会話という会話はほとんどなく、無言で歩き続け靴が砂利や石を踏み、蹴る音だけが虚しく響くばかりである。
元より多言ではない空とこれといって話す事も無いため黙々と歩き続ける睦月。ましてや、互いに迷宮への入り口が無いか注意深く断崖へと視線を向けながら、歩き続けているのだ。
わざわざ喋る事はなく、互いに気まずいという事は思わない為にこのまま迷宮への入り口が見つかるまでこの空気は続いていくのだろう────だが、その前に
『…………お前ら、静か過ぎるだろう』
それに耐えられない
最近、何やら黙ってオリハルコンの調整をしていたエンリルが声を上げる。どうやら、調整も一段落が着いていたようでこの静か過ぎる空気が嫌になったようだ。
そんな彼の言葉に各々自分の考えを口にしていく。
「特にこれといって話す様な事はあまりないので」
「迷宮の入り口を探している以上、会話にあまりリソースを割くべきではないのでは?」
『お前たち……』
圧倒的に組ませたら何も無さすぎる二人である。
そもそも思い返せば、空とエンリルだけの時もどちらかと言えばエンリル側から話が始まっていたわけであり、元々こういう男であるし中身も中身で元々口数の多い方ではなかった……妹や父親の話題を除けば。
そして、睦月に関しては元々フュンフトだった時のを引きずっているのだろう。主体的に何か談笑するのはそこまで多くない。と、なれば必然的に話題を提供するのはエンリルの役目という事になり……。
『…………これは、俺が悪いのか』
まるで子供の育て方を間違えた父親の様になんとも言えぬ声色が虚しく響く。
そんな主君に対して使徒はすぐさま否定の声をあげる。
「いえ、これは俺の不徳が致すところであり」
「も、申し訳ございません。私の未熟さを恥じ入るばかりです」
そう我々が悪いので御身は悪くない、と言い始める二人にエンリルはなんとも言えずしかし、反目し合うよりはマシか、とため息をつく。
そんなエンリルの心中を知らぬ、睦月は不安げな表情で空は相変わらずの仏頂面である。
間違いなくまだまだ時間はかかるだろう。睦月の情報によれば、この大峡谷の端から端まで歩くとすれば二十日はかかるらしい。無論これはあくまで常人が魔物と戦いながら、というものが付く為空や睦月といったおおよそ常人ならざる彼らならばそこまではかからないだろうが…………。
『なら、走った方がいいのだろうな』
「俺としてはそちらでも構いません。お望みならば走りましょう」
「私も異論はございません」
それは暗に走ったところで周囲の観察を行うには大した支障は無いという事を伝えている。
エンリルとしてもそれで問題ないと思っているがしかし、本当に注意深く観察すれば見つかるものなのか?そんな予感があった。
その予感は決して一蹴することは出来ない。
故にエンリルは意図的に取らなかった方法を提示する。
『空。空間魔法に関してはどの程度の消耗だ』
「……昨晩の結界の消耗からして基本的に十数倍の消耗はかかるかと」
『オリハルコンのエネルギーを魔力変換すれば、問題ないか?』
「…………問題はないかと」
オリハルコンの膨大なエネルギーを魔力に変えながら空間魔法を使う。なるほど、確かに魔力の消耗量以上の魔力を常に確保できるだろう。ましてや、元々の魔力も高い。
戦闘を睦月に任せて空間魔法に集中すれば……
『一定範囲内の峡谷に空間魔法をかけて、空間を把握して入り口を探す。それならば例え隠されていても見落とすことは無いだろう』
「───御意」
瞬間、エンリルの指示に空が地面に膝を着き掌を当てて空間魔法を使用する。壁を張って安全地帯を確保するだけでも本来の十数倍の消耗はするというにも関わらず、オリハルコンのエネルギーという無限供給されるそれを魔力へと変換しながら力任せに暴力的に無理矢理に魔力が走っていく。
その反動か、空の頬や肩、それ以外の身体の部分が裂ける様に出血し、それを閉じるように結晶化していき傷口を封じ復元していく。
痛みを堪えるわけでもなく、淡々とそれを行っていく。
マトモな人間が見れば、その光景は恐怖以外のなにものでもない。何せ、どう考えてもそれは苦しみのたうち回っても可笑しくない痛みが走っているはずなのだ。
体内に膨大なエネルギーが駆け巡り、それを魔力へと変換する。ほら、現に無理矢理だから血管が弾けているのだ。にも関わらず、表情を歪めることなく淡々と行っている。それがあまりにも恐ろしい。
だが、ここにいるのは神とその使徒。
身を案じる事はあれども、恐れることなどありはしない。
『───睦月』
「はっ」
そして、そんな周囲から目を引く様な行為をすれば、周囲にいた魔物が反応しないわけもなく。
魔物が傍から見て無防備を晒す獲物を前に躊躇などする筈もない。本能が忌避しようとも、逆に本能が溢れる魔力に当てられ酩酊して忌避を忘れそのまま獲物を求め走らせる。
だが、それもすぐに終わる。何処からともなく取り出した大剣をもって、睦月は疾駆し迫る魔物を殺す。
逃げるならば、殺さない。
だが、向かうなら皆殺す。そう言わんばかりに空を中心としたある程度の範囲内へと入ってきた魔物を次から次へと殺していく。
それはさながら、作業だ。使う主人が変わっただけで彼女の本質は何も変わらない。
エンリルという神の人形として、エンリルの命令を粛々とこなしていく。
そして、唐突に魔力は鳴りを潜め、身体から砕け粒子となった結晶を零しながら空はその場から立ち上がる。
口から粒子化していく結晶が零れ落ちつつ、空は口を開いた。
「…………このままのペースで徒歩十日と少しかけたところの断崖内に幾つか通路のようなモノがあります。恐らくそこが迷宮かと」
『ある程度走れば五日ぐらいか……なら、問題ないな。休息は必要か』
「いえ、問題ありません。魔力変換による体力の消耗もそこまで影響はないようで」
『そうか』
微塵も辛さを感じさせない空の言葉にエンリルは良しとする。そして、空は視線を魔物の首を切り裂いている睦月へ向ける。
その視線に気づいたか、空中からの回転縦切りをしてダイヘドアの双頭を離ればなれにした睦月が大剣を消して、空の元へ戻ってくる。
「どうでしたか風鳴様」
「恐らく迷宮の入り口だろう場所は把握した。走れば五日程度で着くだろう」
「なるほど、我が主はなんと」
「このまま走る」
「御意」
そう短い会話を終え、二人は走り始める。
無論、しっかりと休息を挟むことは前提としているが。
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