ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
最近のお気に入り作業用BGMは雪音クリスの『SONG FOR THE WORLD』です
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男は帝国の底辺の生まれだった。
亜人の奴隷とその飼い主だった男との間に生まれてしまった、生まれてはいけないはずの生き物。
人間と亜人の混血、決してそういう存在がいないというわけではないが、大抵宗教的な意味合いや奴隷の労働効率的に孕んだ所で堕ろされ、生まれてこないもの。だが、幸か不幸か男は生まれてきてしまったのだ。
父親である存在の気紛れだった。
奴隷が苦痛に歪む表情が見たくて、身重ながらも嬲っていたかったから。そんな理由で堕ろされる事はなく、母の胎で育って赤子として生まれ落ちた。
亜人と人間、種族が異なる遺伝子が混じって生み出したのはやはり、どっちでもない半端者。どちらかと言えば人間に近い。耳も毛量も概ね人間と変わらないし尻尾も生えていない、だが爪は鋭利、犬歯は確かに発達し、二足よりも四足のが速い。そんな狼人族と人間族の間に生まれたのが彼だった。
混血児として生まれた彼に待っていたのは、当たり前の話になるが虐待だ。
奴隷の子供だから、同じ奴隷達に優しくされる?
そんなわけが無い。当たり前だろう、これが人間の奴隷が産んだ人間の赤子ならなるほど確かに母親もある程度の覚えはあるのだろうし、周囲の奴隷からもある程度は仲間意識などを抱かれるのだろうが、彼は亜人と人間の混血児だ。
亜人の奴隷たちからすれば、人間の血を引いていて自分たちとは違う見た目の彼などどう考えても化け物以外の何者でもない。彼の母親にとっては自分の胎から出てきた化け物以上に感情を抱く理由はない。ましてや自分たち亜人が有するはずのない魔力まで有しているのだから忌み子という意味合いも強かった。
故に彼ら奴隷にとって彼は化け物であり恐怖の対象であったが同時に同じ奴隷であるが為に八つ当たりの対象であった。殴る蹴るは当たり前だった。
だが、相手は赤子だ。そんなことをすれば、簡単に死んでしまう。
────だが、死ななかった。混血児だからなのか、亜人の身体能力と人間の魔力が噛み合っていたのか、彼はろくな栄養も与えられていなかったというのに死ぬことはなく、むしろ頑丈に成長していた。
三歳にもなれば、まだ膂力は年相応であれども周囲の奴隷達は手出しできなかった。
ロクな食事も与えられていないのに、普通の三歳児よりも頑丈に育つ?いったいどんな奇跡が起きればそんな道理が成立するというのか?奴隷たちはありえない化け物に関わりたくないと言わんばかりに離れていった。その中にはやはり、もしも反撃されたらという恐怖が混じっていたのかもしれない。
そうして奴隷の中で彼は一人で生きてきた。
誰かと積極的に関わることもなく、ただ自分に割りあてられた仕事だけをこなしていくだけの毎日。そんなある日、彼が新しい道を歩みだしたのは彼が五歳の頃の事だ。
彼の頑丈さを聞き及んだ一人の軍人が彼の血縁上の父親であり奴隷としての主人から彼を買い取ったのだ。
その日から彼はヘルシャー帝国の軍人としての道を歩むこととなった。
無論、ただの奴隷だった彼が、如何に頑丈といえども五歳の子供でしかなかった彼が、軍人として育てる為の過酷な鍛錬に耐えられるわけもなく、何度も何度も気絶し、血を吐いた。だが、それでも彼は段々とその過酷な環境に適応していくようにその頑丈さを発揮していった。
きっとそれは彼を育てていた軍人にとって、喜悦以外の何物でもなかった。ヘルシャー帝国のお国柄、彼らは強者を尊ぶ、だからこそ強さを求めて、自らが強くなる為に強者との戦いを望む。軍人もそれから零れぬ類の人間だった。
だからこそ、軍人にとって目の前の子供は化け物であること以上に何時か必ず自分がより強くなる為に必要な相手であると理解していた。もしかすれば、自分を越えるやもしれぬという思いすらあった。
故に軍人は彼に多くの事を叩き込んだ。
斥候としての技術を、行軍中に必要な事を、戦士としての戦い方を、多くを学ばせた。流石に頑丈さと能力の高さが同じというわけではなく、教えた事柄に対しても向き不向きが生じるのは当然の帰結ではあったが。
「───死にたくない」
彼の中にあったのはそれだけだった。
この世に生を受けてから、彼の中にあったのはただそれだけ、たった一つの願い。親からの愛なんてものはなかった。生まれた時から殺意と嫌悪と恐怖だけを向けられてきた。
何度も何度も死にそうになった。
いっそ手放せば楽になれるのに、彼は死にたくないその一心だけで痛みも何もかも耐えてきた。
軍人に引き取られてからもそうだ。
彼は死にたくなかった。
どうしてかは分からないが、死にたくなかった。歳を取るにつれて、知識をつけるにつれて、彼はどうして死にたくないのかを考えるようになった。
成長して成長して、大人になって戦場に出るようになって、戦うようになって、他者を殺すようになって、それでもなお、彼は自分が死にたくない理由をまだ知らない
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「んぁ?どうしたよ、ルクス」
ハルツィナ樹海外周部。
一度足を踏み入れれば、即座に霧に飲まれ覆われる樹海に入るか入らないか、という場所で二十人程の人間が野営をしていた。
大型の馬車が数台並び、野営している様子は商隊か何かのように見えるが、そこにいる人間たちの格好が商隊ではない、と如実に伝えていた。
皆、自分が座っている近くに盾、剣、槍といった武装を置いており、そして全員がカーキ色の軍服のように見える衣服を身にまとっていた。
彼らはヘルシャー帝国の兵士だ。
帝国では亜人族を積極的に奴隷にしており、また国内の巡回と称してこのハルツィナ樹海外周部で一個中隊で訓練を行っていた。その中で亜人族を運良く捕まえる事が出来れば、万々歳と。
そんな部隊の中の小隊の一つである彼らはここで野営をする事で近くにまで来た亜人族を捕らえる役目を与えられていた。無論、人間族ではハルツィナ樹海へと足を踏み入れれば即座に霧に覆われ、出る事も進むことも出来ず迷い魔物に襲われ死んでいくものなのだが、彼らの小隊は別だった。
「…………いや、なんでもない」
野営地の中央で休んでいる彼らと違い外側で警戒をしている兵士の中に彼はいた。
周囲の兵士たちよりも頭一つ分抜けた長身に口許を覆ったマスク、深々と被った軍帽。
ルクスと呼ばれた彼は不意に視線を樹海から、峡谷側へと向けた。その様子を目敏く察した同僚がどうしたのか、と問いかければ彼は首を横に振りすぐに視線を樹海へと戻す。
この小隊にとって、ルクスは重要な役割を持っている存在であった。本来亜人でなければ自分がどこを歩いているのか分からなくなるハルツィナ樹海の霧の中を亜人ほどではないが明確に移動出来るのだ。流石に亜人と違って道案内が出来るほど自由自在ではないが。
同僚が別の方向を警戒し始めたのを見て、再びルクスは先程の方向へと視線を向ける。索敵、斥候を任されるルクスは峡谷側から何かが来るのを強く感じていた。魔物?違う。もっと強く恐ろしい存在が近づいてきているのをルクスは敏感に察知していて───
「クッ…………」
気がつけば笑みを浮かべていた。
それから、十数分後。
ルクスらハルツィナ樹海巡回部隊第三小隊はとある旅人らの姿を捕捉した。
男女の二人組だ。
黒い鎧の上から白いコートを纏った身の丈程の長剣を携えた剣士の男、同じく白い衣を纏いながらも肩と太ももを大胆に露出した黒い髪の美女。
警戒の任に着いていたルクスとは別の帝国兵の報告を受けた、小隊長が遠見のアーティファクトを用いて見てみればその二人はまっすぐこちらの方へと向かっているのが見て取れた。一体どういう目的なのかは分からない。
この野営地がある場所は大峡谷とハルツィナ樹海の間であるが、ハルツィナ樹海へと向かうならばわざわざこちら側に来る理由もない。ならば野営地の向こう側へ向かうつもりか、と小隊長は考える。
確かに大峡谷を越えているがまだ人間族の活動圏だ。魔人族の支配圏の境界近くに人間族の集落がないわけではないがそんな都合よくその集落へ向かう二人組がここを通るとは思えない。
決して頭が良い方ではない小隊長は、首を捻り頭を掻き回しながら思考を巡らせるがどうしてここを通るのかまったく理解出来ず────一つの荒唐無稽な予測を立てた。
「そうか、奴らは我々人間族の裏切り者だ」
だから、南側の魔人族の版図を目指しているのだ。
どうしてここを通るのか、それは何時でも樹海へ逃げ隠れる為だろう。大峡谷と違い樹海では魔法が使えないというわけではない、だから彼らには樹海内を移動出来る手段があるのだろう。もしも追手が来た時すぐに撒ける為に樹海の外周部を沿うように移動しているのだ、とそんな少し考えればありえないだろうと思えるような予測を小隊長は立て、だからこそ。
「我々は人間族の代表として裏切り者を捕らえねばならない」
そう周囲の部下に聴き渡るような声音で告げた。
その表情は好色に濡れたモノで、遠見のアーティファクトで見た美女の身体を脳裏に浮かべている。
罪人を捕らえた後、どうするかは自分たちの自由だ。
ならば、つまりはそういう事をしても誰も咎める人間はいない。そんな上官の思惑を悟った兵士たちは次々と自分の武装を用意して何時でも仕掛けられる用意をしていく。
そんな彼らに少し離れた所から呆れた視線を向けるルクスは嘲る様に鼻を鳴らして、自分の武装を確かめるように腰に手を当てながら、もう少しした後の光景を脳裏に思い浮かべて馬車へと足を向けた。
かくして、言いがかりを発端として彼らはまったくもって無実の二人組の旅人へとその武器を向けた。
「君たちは国家反逆罪で指名手配されている。大人しく投降したまえ。抵抗すれば……命の保障はできない」
そんな言葉を浮かべながら、帝国兵たちはニヤニヤと下卑た視線を美女の露出した柔肌へと向けていた。
彼らは帝国兵だ。
当たり前のように常人よりも強く、場合によれば冒険者の様な十把一絡げな存在ですら勝てないような実力を持っている。ヘルシャー帝国という実力至上主義国家であるが故に兵士たちにも高い実力が求められていた。
さて、帝国の実力者は大きく二種類に分けられる。
片方は強者を尊び自らをより強くする為に強者との戦いを望む存在。強さに貪欲な人間。これは主にヘルシャー帝国皇帝やその側近、軍の中の上層の人間に多い。
そして、もう片方は下劣。自分が強者であると驕り高ぶり弱者を甚振る粗暴畜生な存在。とりわけ、自分が強者である事に満足し、それ以上強くなろうという気概がない存在。強さに増長する人間。これは帝国兵全体に多くおり、現ヘルシャー帝国皇太子もこれに当たる。
後者の人間は自分の力こそが正義であり、明確な強者でもなければ相手を下に見るのが多い。いや、相手の実力を理解出来ないと言うべきだろう。
つまり何が言いたいのか、それは…………目の前の相手が正しく怪物同然の実力だと言うのが分からないのだ。
「悪く思うな」
「申し訳ございません。ですが、先に手を出したのはそちらですので」
刹那、宙を舞うのは小隊長の首。
瞬間、光の砂粒に変わる同僚の姿。
迸る鮮血に、舞い散る粒子。そんなありえない現実に彼らは阿鼻叫喚の有様となる。帝国兵らしく立ち向かう?無理に決まってるだろう、剣士の男が長剣を振り抜いたのが見えなかった。美女がいつの間にかに取り出した大剣に触れればたちまち粒子に変わる。
どうしたって勝てる存在ではないことが最初の一撃で分かってしまった。
だから当然彼らは逃げる。
そんな彼らを見て、二人組───空と睦月は視線を交わして、殲滅を選んだ。
彼らをわざわざ殲滅する理由はない。だが、それ以上に逃がす理由がどこにもないのだ。
指名手配などというものは間違いなくでまかせであるのは理解しているから敵対する理由はないが、既に敵対している以上逃がして本格的に国家に敵認定されるということは望んではいない。
で、あれば此処で殲滅して国へ情報を持ち帰らせない。魔物に襲われて全滅した事になってもらうより他はない。
「一切斬滅────」
振るわれるのは絶刀。放たれるのは銀光。
速やかに帝国兵は殲滅されていき、最後の一人へと空の絶刀が放たれて斬滅される。
「────いや、まだだ」
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