ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
そろそろベヒモスも終わりそうですね。
少しずつ原作からオリジナル要素が増えてくる頃合いです
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ベヒモスは依然として騎士団員たちが創り出した『聖絶』による障壁に向かって突進を繰り返していた。
ベヒモスが衝突する度に周囲に爆発的な衝撃が迸り、それによって石造りの橋が悲鳴を上げるように軋んでいく。障壁自体も既に亀裂が全体にまで広がっており何時砕けてしまっても可笑しくない。
既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが一人増えた程度では焼け石に水でしかなかった。
「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」
「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」
「くっ、こんな時にわがままを……」
天之河の言葉にメルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。
この状況下で天之河はメルド団長らを置いていくという選択に納得が出来ず、そしてどうやら自分ならばベヒモスを相手にどうにか出来ると思っているようでその瞳は攻撃的である。
これでは、メルド団長が掻い摘んでこの場はどう動くべきなのかを説明したとしても暖簾に腕押しでしかなかった。
「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」
そんな天之河と違い、八重樫はしっかりと状況を理解しているようで天之河を諌めて撤退する為に腕を掴む。だがしかし────
「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」
「龍太郎……ありがとな」
そんな八重樫の言葉を遮るように天之河の相棒である坂上龍太郎の言葉が天之河のやる気を奮起させた。
どうやら、戦闘素人である天之河たちに自信を持たせようとして褒めて伸ばすメルド団長の方針が裏目に出て、自分の力を過信し過ぎているらしい。
そんな様に八重樫は舌打つ。
「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」
「雫ちゃん……」
彼らの姿に苛立ちを露わにする八重樫の名前を呟きながら心配する白崎香織。
これでは、もはやどうしようもなく、最悪の光景がメルド団長や騎士団員たち、そして八重樫らの脳裏を過ぎった時、一人の男子が天之河の前に飛び込んできた。
「天之河くん!」
「なっ、南雲!?」
「南雲くん!?」
南雲ハジメである。
どうしてここにいるのか分からないと驚く一同を前にハジメは必死の形相でまくし立てる。
「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」
「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」
「そんなこと言っている場合かっ!」
ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした天之河の言葉を遮り、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。
いつもの事なかれ主義じみた大人しいイメージとのギャップに思わず硬直してしまう天之河
「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」
天之河の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。
その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。
訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。
一人、空が突出して出来うる限りパニックの中にいるクラスメイトらへと襲いかかるトラウムソルジャーの量を減らそうと動いているがしかし、それでもまだどうにもならない。何より、空はリーダーに向いている性格ではない。
「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」
呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る天之河は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。
「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」
「下がれぇーー!」
すいません、先に撤退します。そう言おうとして天之河がメルド団長へ振り返った。
刹那、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。
それはさながら台風か何かの様に荒れ狂いながらハジメたちを襲う衝撃波。咄嗟の判断で、ハジメが前へ飛び出し錬成を使用して石壁を作り出すがしかし、その衝撃は凄まじく石壁はあっさり砕かれて吹き飛ばされるがある程度は威力を殺せた。
そんな衝撃で舞い上がった埃や土煙、それらで視界は塞がるがすぐにベヒモスの咆哮で吹き飛んだ。
視界が開け、そこに広がっていた光景が明瞭となる。そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。
どうやら、先の衝撃波を障壁である程度は防げたのだろうがそれでも半ばモロに受けたのだろう。ダメージに身動きが取れないようだ。天之河らはハジメの機転のおかげですぐに起き上がった。
「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」
苦しげながら天之河が問う。それに同じく苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。
「やるしかねぇだろ!」
「……なんとかしてみるわ!」
そう叫びながら二人がベヒモスに突貫する。
「香織はメルドさん達の治癒を!」
「うん!」
天之河の指示で白崎香織が走り出した。ハジメは既に団長達の元に寄り、戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。簡単に砕けかねないがしかし無いよりマシだろう。
そうして、天之河は今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始する。
「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――『神威』!」
詠唱と共に聖剣を真っ直ぐベヒモスへと突き出すその刀身より極光が迸った。
先の天翔閃と同系統の一撃であるがその威力が段違いだ。その一撃は橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。
詠唱が完了するまでベヒモスと対峙していた坂上龍太郎と八重樫は、天之河の詠唱が終わると同時に既に離脱している。存外、ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。
放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。
「これなら……はぁはぁ」
「はぁはぁ、流石にやったよな?」
「だといいけど……」
坂上龍太郎と八重樫が天之河の傍へと戻ってくる。天之河はどうやら莫大な魔力を使用したようで肩が上下している。
先ほどの技は文字通り、天之河の切り札。
消費魔力は放たれた一撃の規模から分かるだろう。天之河の残存魔力のほとんどが持っていかれた。
そして背後では、白崎香織による治療が終わったのか、メルド団長が起き上がろうとしている。
そんな中、徐々に光が収まり、舞い上がった埃や土煙が吹き払われる。
その先には────
その巨躯に一切の傷を持たぬベヒモスがいた。
低い唸り声を上げながら、天之河を射殺さんばかりに睨んでいる。と思えば直後、ベヒモスはスッとその兜がついた頭を掲げた。
掲げられた頭の角より甲高い音が発せられていき、同時に角が段々と赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。
「ボケッとするな! 逃げろ!」
それを見たメルド団長が叫び、ようやく無傷という現実のショックより正気へと戻った天之河達が身構えた。だが、それと同時にベヒモスが突進を始めた。
このまま蹴散らすつもりなのか、と考えたがしかし唐突にベヒモスは天之河らがいる場所よりもかなり手前の位置で跳躍した。
その巨躯でありながらそれなりの高さにまで跳躍したベヒモスは空中で赤熱化した頭部を下に向けて、体重に任せてそのまま隕石のように落下した。
巫山戯た話だ。天之河らは咄嗟にそのまま落下しないようにある程度考えながら横っ飛びをして回避するが着弾時の衝撃波が天之河らを飲み込み吹き飛ばした。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍だ。
そんな彼らへどうにか動けるようになったメルド団長が駆け寄ってくる。他の騎士団員は、いまだ香織による治療の最中だ。
そんな中、ベヒモスは落下した勢いで橋にめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。
「お前等、動けるか!」
メルド団長が叫ぶように尋ねるも返って来るのは呻き声ばかり。先ほどの団長らと同じく衝撃波で体が麻痺しているのだろう。内臓へのダメージも相当のよう。
メルド団長が香織を呼ぼうと振り返る。その視界に、駆け込んでくるハジメの姿を捉えた。
「坊主! 香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」
ハジメにそう指示する団長。
光輝を、光輝だけを担いで下がれ。
その指示は、すなわち、もう一人くらいしか逃げることも敵わないということなのだろう。
唇を噛み切るほど食いしばりながらメルド団長は盾を構えた。ここを死地と定めたようだ。
そんな団長にハジメは必死の形相で、とある提案をする。それはこの場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。
ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、ハジメが一番危険を請け負う方法だ。
そんな提案にメルド団長は逡巡するが、ベヒモスは既にめり込んでいた頭を抜いて戦闘態勢を整えており、再び頭部の兜が赤熱化を開始している。もはや時間はない。
故に。
「……やれるんだな?」
「やります」
ハジメの決然とした真っ直ぐな眼差しを受けて、メルド団長は「くっ」と笑みを浮かべる。
「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」
「はい!」
メルド団長はそう言うとベヒモスの前に出て簡易の魔法を放ちベヒモスを挑発する。
どうやらベヒモスは、先ほど天之河を狙ったように自分に歯向かう者を標的にする習性があるようでしっかりとその視線はメルド団長へと向けている。
そうして、赤熱化を果たした兜を掲げ、突進し跳躍する。
メルド団長は、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。その様は恐怖など感じていないように思える。そして、小さく詠唱をした。
「吹き散らせ――『風壁』」
詠唱と共にメルド団長はバックステップで離脱する。
その直後、ベヒモスの頭部がつい先程までメルド団長がいた場所へと着弾した。それにより発生した衝撃波や石礫は『風壁』を用いてどうにか逸らしていく。
大雑把な攻撃なので避けるだけならばなんとかなる。倒れたままの天之河達を守りながらでは全滅していただろうが。
そうして再び、地面に頭部をめり込ませたベヒモスへとハジメが飛びついた。
未だ赤熱化の影響が残っている為ハジメの肌が焼けるが、しかし、そんな痛みなどハジメは無視して詠唱する。名称だけの詠唱。最も簡易で、ハジメが扱える唯一の魔法。
「――『錬成』!」
石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まった。周囲の石を砕きながら埋まった頭部を引き抜こうとしても、ハジメが砕いた石をすぐさま錬成して直してしまうからだ。
ならば、とベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするがしかし、今度はその足元が錬成されていき、足元が一メートル近く沈み込んでいき、更にダメ押しと言わんばかりにハジメは、その埋まった足元を錬成して固める。
しかしベヒモスのパワーは凄まじいもので少しでも油断すれば直ぐ様周囲の石畳に亀裂が生じて抜け出そうとするが、その度にハジメは錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたままもがくという間抜けな格好だ。
そうしてハジメが時間を作っている間に、メルド団長は回復した騎士団員と香織を呼び集めて天之河達を担いで離脱しようとする。
トラウムソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めているようだ。
立ち直りの原因は、実は先ほどハジメが助けた女子生徒と最初から一人出来うる限り数を減らそうと戦っている空の二人。
「待って下さい! まだ、南雲くんがっ」
撤退を促す最中、白崎香織がハジメを置いていこうとするメルド団長へと猛抗議する。
「坊主の作戦だ! ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! もちろん坊主がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退だ!」
「なら私も残ります!」
「ダメだ! 撤退しながら、香織には光輝を治癒してもらわにゃならん!」
「でも!」
なお、言い募る香織にメルド団長の怒鳴り声が叩きつけられる。
「坊主の思いを無駄にする気か!」
「ッ――」
メルド団長を含めて、メンバーの中で最大の攻撃力を持っているのは間違いなく天之河である。空も確かに天之河に匹敵するがしかし一撃の威力はどうしても聖剣と同調する天之河に軍配が上がってしまう。
その為、少しでも早く治癒魔法を掛けて天之河を回復させなければ、ベヒモスを足止めするには火力不足に陥るかもしれない。そんな事態を避けるには、白崎香織が移動しながら天之河を回復させる必要があるのだ。ベヒモスはハジメの魔力が尽きて錬成ができなくなった時点で動き出す。
真にハジメを助けたいと想うのならば、天之河を回復させなければいけない。
「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――『天恵』」
そんな現実に白崎香織は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光が天之河を包んでいく。身体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔法だ。
メルド団長は、白崎香織の肩をグッと掴み頷く。それに白崎香織も頷いてもう一度、必死の形相で錬成を続けていくハジメを振り返った。
そして、天之河を担いだメルド団長と、八重樫と坂上龍太郎を担いだ騎士団員達と共に撤退を開始した。
トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。
だがしかし、そんな数が一気に生徒らを襲うという最悪の状況は起きていない。
前線も前線、群れの半ばで一人空がその長剣を振るい、時にはトラウムソルジャーから奪い取った剣を投げ放つ事でトラウムソルジャーの数を減らしているからだ。
そして騎士団員たちの必死なカバーが空より抜けてくるトラウムソルジャーたちから生徒らを生かしていた。その代償に皆ボロボロであるが満身創痍という程ではない。
だがしかし、生徒らよりも空と騎士団員たちの疲労は間違いなく蓄積されており、この状況が長く続けば空の奮戦も瓦解しより多くのトラウムソルジャーが流れ込み騎士団員たちの負荷が大きくなっていくのは間違いない。
そのまま、もしも空の奮戦と騎士団員たちのサポートが無くなれば、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、もう数分もすれば完全に瓦解する事になるだろう。
生徒達もそれをなんとなく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。先ほどハジメが助けた女子生徒の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようで泣きそうな表情だ。
誰もが、もうダメかもしれない、そう思ったとき────
「――『天翔閃』!」
純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。
その衝撃に橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。ギリギリ射線外であった空は斬撃を放つことで切り裂き吹き飛ばされることはなかった。
斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。
今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。
「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」
そんなセリフと共に、再び放たれた『天翔閃』が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づいていく。空はもう少し射線を考えろと言わんばかりに背後から迫ってきたトラウムソルジャーの顔面を裏拳で殴り砕きながら、胸中で舌打つ。
「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」
皆の頼れる団長が『天翔閃』に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒していく。
いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活していき手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。精神を鎮める魔法を白崎香織が用いて更に効果を強めていく。本来ならばリラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。
漸く反撃が始まるのを空は呆れながらも不敵に笑った。
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