ありふれない防人の剣客旅 作:大和万歳
バーが赤色に.......!
UAも1万を越えました。読んでくださりありがとうございます。
これからも頑張りたいと思います。
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パニックより立ち直る事で生徒らは今までの訓練などの経験を思い出し始めた。そうしてまずは治癒魔法を使用出来る者たちが負傷者の元へと走っていき癒し始め、魔法適性の高い者らが後衛に下がりしっかりと距離を取って冷静に自分が使用出来るモノで最も威力の出る魔法の詠唱を始めた。
そんな後衛を護るように前衛職が前へと並び、新たに隊列を組み直していき堅実な動きを心がけていく。それを視界の端に収めた空も蹴りを目の前のトラウムソルジャーに放ちその勢いまま隊列の方へと下がる事で守護に参加する。
そうして時間を稼ぐ間に治癒が終わり全快と言わずとも傷や疲労を回復させた騎士団員たちが前衛へと加わっていくことで反撃の狼煙が上がる。
この世界にとってはチートと言える彼らの放つ強力な魔法と武技による波状攻撃が怒涛の如くトラウムソルジャーの群れへと殺到する。片っ端からトラウムソルジャーを破壊し殲滅していく光景は逆に相手が可哀想に思えるほどで、何時しか殲滅速度が魔法陣による召喚速度を上回った。
そのまま、魔物を削っていって、ついに階段への道が開けた。
「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」
天之河がそう叫びながら同時に走り出す。
それに続くようにある程度回復した坂上龍太郎と八重樫、そして空が駆けていきトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。
そんな彼らの後を追いかけることでついに全員が包囲網を突破した。それを追いかけるように開かれた通路がトラウムソルジャーによって溢れ閉じようとするが、そうはさせじと天之河が魔法を放ってそれを蹴散らしていく。
それを見て、生徒らは訝しげな表情を見せる。
それそうだろう。何せ、もう既に目の前には階段があり、これを登ってさっさと安全地帯へと行きたいと思うのは至極当然の事だろう。そんな彼らに白崎香織は叫ぶ。
「皆、待って! 南雲くんを助けなきゃ! 南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」
その言葉に生徒らは一様に何を言ってるのか、とそんな表情を見せるのも仕方がない話だろう。何せ南雲ハジメは『無能』という認識があるのだから。
だがしかし、数の減ったトラウムソルジャー越しに見える端の方、そこには確かに上半身が地面に埋まったベヒモスとハジメの姿があった。
「なんだよあれ、何してんだ?」
「あの魔物、上半身が埋まってる?」
その光景に次々と生徒らは疑問の声を漏らしていき、それに乗じてメルド団長が大声で指示を飛ばしていく。
「そうだ! 坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」
しっかりと響き渡るその声に一瞬の疑問と背後にある階段への未練があったが前へと向き直って気を引き締める。皆、頭の中にあるのは早く自分の身の安全を確保したいというもの。
故に未練がましく階段を見る者もいても仕方がない、だがしかし、そんな未練も団長の「早くしろ!」という怒声で断ち切らされ戦場へと戻っていく。
そんな生徒らの中に檜山大介もいた。そもそも今回のこの非常事態は檜山大介自身の浅薄さが招いた事である、とはいえ本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。
それでもメルド団長の怒声に仕方なく、戦場へと戻って、ふと檜山の脳裏にあの日の情景が浮かび上がった。
それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのことだ。
緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の白崎香織を見かけたのだ。
そんな初めて見る白崎香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、白崎香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。そのまま部屋に戻ればいいものを魔が差し気になった檜山が後を追うと、白崎香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ハジメだった。
それを見た檜山は頭が真っ白になった。檜山は白崎香織に好意を持っている。しかし、檜山は自分の在り方を何となくでは自覚していた。白崎香織は決して自分とでは釣り合わない高嶺の花であると思っており、天之河のような相手ならば所詮住む世界が違うと諦められた。
だがしかし、ハジメは違う。檜山にとって南雲ハジメなど自分より劣った存在でしかない。そんな奴が白崎香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば巫山戯ているとしか思われないようなと考えを檜山は本気で持っていた。
それによってただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。白崎香織が見蕩れていたグランツ鉱石を碌な警戒もせず、メルド団長の静止の声を無視してでも手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからなのだろう。
その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑えているハジメを見て、今も祈るようにハジメを案じる白崎香織を視界に捉え……ほの暗い笑みを浮かべた。それが一人の一線を越えさせかねない最悪の一手である事には気がつかぬまま。
そろそろ自分の魔力が尽く頃合だろう、そんな風にハジメは考えていた。もう既に魔力回復薬は無く魔力を回復する手段はない。チラリと背後を一瞥すればもうクラスメイトたちは全員撤退出来たようであり、隊列を組んで詠唱の準備に入ってるのが見て取れた。
そうして視線をベヒモスへと戻せば、ベヒモスは相変わらずもがいているがしかし、この分ならば錬成を止めたとしても数秒は時間を稼げる。その数秒で少しでも距離を取らなければいけない、そう考えると一気に汗がダラダラと吹き出していく。
数秒、たった数秒。それがハジメへ極度の緊張をもたらしており、それに伴いハジメの心臓はバクバクと今まで聞いた事がないほどの大きな音を立て始めている。
だが、そんな緊張の中、ハジメは勇気を振り絞りながら見極め始める。ベヒモスが暴れ、一体何度目になるのか分からない亀裂が走ったと同時にハジメは最後の錬成を行いベヒモスの拘束を行って、一気にその場から駆け出した。
ハジメが脇目も振らずに疾走してベヒモスより逃げだしておよそ五秒ほど経っただろうか、地面が炸裂し粉砕された事でベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その瞳には憤怒の色が宿っており、今までの散々な目にあった事への苛立ちを考えれば至極当然といえた。そんな憤怒を宿した鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探してハジメを捉えるのもまた当然の話だ。
ハジメを捉えた事で再び怒りの咆哮を上げるベヒモス。そしてハジメを追いかけるために四肢に力を溜めて────残念ながらうまくはいかない。
次の瞬間にありとあらゆる属性の攻撃魔法がベヒモス目掛けて殺到したのだ。
さながら満天の流星雨。色とりどりの魔法がベヒモスをその場に打ち据える。流石に天之河の本気の一撃ですら無傷で耐えたベヒモス、打ち据えてくる魔法によるダメージは全くと言っていいほどないがしかし足止めとしてはこの上ない。
それを一瞬だけ、背後を見て、確認したハジメはこのままいける!と確信して転ばないよう注意しつつ万が一魔法に巻き込まれないように頭を下げながら全力全開で後先考えず本気で走っていく。
すぐ頭上をハジメなんかが当たればまともに動けなくなるほどの威力の魔法が次々と通っていくのは正直生きた心地がしないがしかし、ハジメは自分のような無能と違う彼らがそんなミスをするはずないと信じて駆けていく。段々とベヒモスとハジメの距離は広がっていき、三十メートルは既にあるだろう。
このまま大丈夫、とハジメの頬が緩んで
刹那、ハジメの表情が凍り付いた。
無数に飛び交っていく魔法の中、一つの火球がいったいどうしたというのかクイッと軌道を僅かに曲げて、ハジメの方へと向かってきたのだ。
偶然?ミス?
何を馬鹿な話をしているのか、こんなあからさまなモノどう考えたとしても明らかにハジメを狙って誘導されたに決まっているだろう。
「(なんで!?)」
目の前へと迫ってくる火球に疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡っていき、ハジメは愕然とする。
咄嗟にそれを避けようと踏ん張って止まろうと地を滑るがしかし遅い。直撃ではないもののハジメの目の前の地面に火球は着弾した。その際に衝撃波が発生しそれをモロに受けたハジメは、来た道を引き返すように後方へと吹き飛んだ。直撃では無いため、動けない意識がないといったことは無いが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまったようだ。
ハジメはフラフラとしながらも少しでも前へ前へと進もうと立ち上がるがしかし、忘れてはいけない。
後方でやられっぱなしだったベヒモスが少し自分側へと戻ってきた怨敵を前に咆哮し、三度目となる赤熱化を行った。
嫌な予感につい振り返ってしまったハジメの視線と憎悪に濡れたベヒモスの眼光がかち合った。一瞬の硬直の後再びハジメはフラつきながらも走り始め、同時にベヒモスはその赤熱化した頭部を盾のようにして飛び交う魔法全てを無視しながらハジメへ向かって猛進する。
フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。
なけなしの力を振り絞りながらハジメは必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの一撃で橋全体が震動する。
そして、着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が生じていき、メキメキと橋が悲鳴を上げ始めて────
そして遂に、橋が崩壊を始めた。
都合三度ものベヒモスの強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂にその耐久限度を超えたのだ。
「グウァアアア!?」
悲鳴を上げながら崩壊し傾いていく石畳を爪で必死に引っ掻いて何とか踏み留まろうとするベヒモス。しかし、引っ掛けた場所は崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていき、奈落よりベヒモスの断末魔が木霊する。
巻き込まれたハジメもなんとか脱出しようと這いずるが、ベヒモス同様しがみつく場所も次々と崩壊していく。
「(ああ、ダメだ……)」
そう思いながら対岸のクラスメイト達の方へ視線を向ければ、白崎香織が飛び出そうとして八重樫や天之河に羽交い締めにされているのが見えた。
他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でハジメを見ていた。
そして、空と視線が合った。呆然と愕然と目の前の現実が理解出来ないとでも言うような、あまり変わらぬ最低限の変化しか見せない空の表情が初めて大きく変化した様を見た。
その様を見たのと同時にハジメの足場も完全に崩壊し、ハジメは仰向けになりながら奈落へと落ちていった。徐々に小さくなる光に手を伸ばしながら。
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南雲が奈落へ消えた。
その事実が激しく空の頭を殴りつけていた。
あまりに唐突なそれに空は動く事が出来なかった。呆然と愕然とその場に硬直してその光景を見ていた。見ていただけだった。
周囲の音が遠くなっていく。視界が白んでくる。
四肢の末端から力が抜けていく。指先が感覚を失っていく。
どうして、どうして、どうして。
そんな答えなんて返ってこない自問自答が繰り返されていく。
如何に防人、風鳴の家に生まれようとも未だ風鳴空は17歳の高校生でしかなかった。少なくとも適合してしまった妹と違い、父親である風鳴八紘は空に防人以外の道を示した。残念ながら空は『
その力を持っていた妹と違い一学生でしかなかった空はノイズにも出会わず、目の前で誰かが死ぬ事もなく、生きていた。
そんな人間がいったいどうして、目の前で友人が奈落に落ちていく光景を見て咄嗟に反応出来るというのか。これが本家本元の『
千年に一人の剣才を持って生まれた
「……俺、は……」
そうして脳を過ぎるのは一昨日の事。
「お前が望めば俺も幾らでも力を貸そう」そんな言葉を偉そうに宣っておきながらこの始末か?
もしあの時、火球の衝撃で吹き飛んだハジメを見た時走り出していれば───助けられたのではないのか?
そんな考えが脳裏を過ぎる。
動いていれば助けられた。
動けなかったから助けられなかった。
「俺は……南雲を、見殺しにした、のか」
頭を殴りつけられたかのように身体がフラついて
『傲慢だな。自分ならば助けられた、と宣うわけだ』
瞬間、内より響いた
『果敢なき哉。アレを予期していろ、と?まさか、自分が少なくとも装者たちの戦いの未来を知っているから、自分ならばどうにか出来ると勘違いしてはいないか?戯け。
エンリルは淡々と空の思い上がりを突いていく。
『いいか。勝手に背負うな。割り切れとは言わん、だが引き摺るな。そして、こんな事が起きるのが嫌だと言うのならば強くなってみせよ。どうせ、千年に一人の剣才を持っているわけではないのだから泥水啜ってでも足掻いてウィリアム・ベルグシュラインと同じぐらいに強くなって見せろ風鳴空』
乱暴で突き放すよう、だがしかし、慈父の様に導くようなその言葉は折れてしまいそうだった風鳴空の心に強く強く響いた。
そして、思い上がりを自覚した。
「(……俺はガワだけか)」
『そうとも。お前、見た目が同じだから本人になれると思うなよ。そんなのは物語の中だけの御都合主義だ。ウィリアム・ベルグシュラインになる夢ならここで置いていけ』
「(………そう、だな)」
そして、同時に自分がいつの間にかなろうとしていたものが、目指していたものがすげ変わっていたことを自覚する。
「(俺がなりたいものは、『
『そうだな。で?どうする』
「(俺は風鳴空のまま『
『なら、強くなる為に足掻くがいいさ、我が末・風鳴空』
折れかけた心は既に元に戻り、空の思考は整えられていき状況を整理し始めていた。
真っ先に思い浮かぶのはハジメを襲った火球。間違いなくアレはハジメを狙って放たれたものであり、決してミスなどではなかった。ならば意図的に誰かがハジメを狙ったという事になる。
で、あればいったい誰が?
「(───そんなもの一人しかいない、か)」
真っ先に浮かび上がった容疑者へと空は鋭い視線を向ける。
自分が起こした事に震えているが傍から見ればクラスメイトが奈落へ落ちて死んだという事実に震えている他のクラスメイトらと何も変わらないように見えるだろう。では、どうするか。
このまま糾弾するか?
そう考えるがしかし、直ぐにそれは立ち消える。
「(やったところで天之河が口を挟み、王都へ戻ったあとは教会が口を挟んでなあなあで済ませるのだろうな)」
そう断言して、視線を別の人間へとズラす。倫理観が無いとは言えないが割りと平然と手を汚せるタイプの友人に視線を向け、すぐに釘を刺さねば、と考える。
中村恵里はそういう類の人間だ。
何より彼女が手に入れて秘匿している力を考えれば、下手をすればどう罰してくれようか、と考えている下手人を察して一人勝手にやらかしかねない。
実際、人形にしてしまえば色々と楽である事は間違いないのだが───流石に日本人相手にその選択肢は選べなかった。では、どうするか。
「(必ず報いを受けさせる。だが、今ではない)」
そう決めて、今はどのようにして己を鍛えていくのかを風鳴空は思考していく。
二度と、第二、第三の南雲ハジメを生まないためにも────
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