「もう止めろ! 過去に囚われたまま戦うなんてやめるんだ!」
アスランの悲痛な叫び声が響き渡る。シン・アスカが乗るデスティニーガンダムはほとんどの兵装を失い、満身創痍の状態で佇むだけだった。
しかし、それでもデスティニーガンダムの搭乗者シン・アスカは戦う事を諦めようとしなかった。
「そんな事をしても何も戻りはしない! お前が欲しかったのは本当にそんな力か⁉」
「ふざけるなよ……俺が戻りたいと思った場所や一緒にいたかった人を奪ったのが誰だと思ってやがる! 未来だと? 俺が作っていきたいって思った未来を殺したのが一体誰だと思っている⁉」
シンの戦いの炎は消えてなかった。唯一残った兵装は手に持った大剣型の武器『アロンダイト』だけだったが、それを必死に動かし、まだ自分に戦闘意欲がある事をシンはアスランに見せると、立て続けに叫ぶ。
「それに! 失った過去を護るのは間違いで、今ある現実だけを守るのが正義なのか⁉ それを決めていいのはアンタじゃない! 俺自身だ!」
何から何まで決めつけられてたまるかとばかりに、シンは叫ぶとアロンダイトを振りかざして、アスランが搭乗するインフィニットジャスティスガンダムに襲い掛かる。
「この馬鹿野郎!」
だが既にSEEDの力を発動させたアスランの前でそれは蟷螂の斧であり、瞬く間にデスティニーガンダムの四肢は切断され、シンの悲痛な叫び声と共に撃墜されていく、だがアスランに勝利を喜ぶ余裕はなかった。
シンをここまで追い込んでしまったのは自分自身なのだと罪悪感ばかりが胸を占めていたが、今のアスランにそんなセンチな感情に浸る暇などない。
ギルバート・デュランダル議長が施行しようとしている『デスティニープラン』が実行されてしまえば、人々は完全に一部の強者によって全てを管理された自由の全くない世界が形成されてしまう。
平和な世界のためにもデュランダルとレイ・ザ・バレルだけは止めなくてはいけない。その想いだけがアスランを動かしていた。
***
月面に叩きつけられたシンは自分が負けた事を実感させられ、一分一秒を長く体感していた。
何もかもがどうでもいいとばかりに無力感に苛まれ、その時シンの脳裏に過ったのは数々の苦い記憶。
毎日のように殴られ、否定され、自分が守りたかった物は何一つ守れず、失ってばかりの毎日。
もしラクス・クラインが全てを掌握するようになったら、どうなるのだろうかと考えると、シンは一瞬悪寒に襲われる。
「冗談じゃねぇぞ……」
その時、再びシンの中で怒りの炎が燃え上がる。何もかも失ったからこそ、何もかもがどうでもよくなっていた。
最早今のシンを突き動かすのは責任でも任務でもない。ただ怒りだけ。
毎日のように否定ばかりする同僚、何かにつけて自分を殴り飛ばす上司、自分に優しくしてくれない環境。
最早何も考える事は出来ない。何とかして愛機を動かそうと、シンはコクピットを乱雑に叩き続ける。
「オイ! 動け、動けよ! デスティニー!」
まるで古いテレビを強引に動かすように何度も何度も叩き続ける。
当然そんな事をしても精密機械であるモビルスーツが動く訳がない。だが今のシンにそんな事を考える余裕などなかった。
拳から血が吹き出しても殴る事を止めない。そして何回か殴った時、シンの中で何かが切れた。
「いいから動けっつってんだろうが! このクソが!」
完全に怒りに支配されたシンは自分の敗北を認めるのが嫌なのか、コクピットのパネルを叩き壊すと乱雑に中のケーブルを引きちぎって強引にでも動かそうとする。
するとデスティニーガンダムは無茶な行動の前に誤作動を起こしたのか、ツインアイから血の涙のように見えるオイルを流しながら、あらぬ方向へと飛んでいく。
普通ならばこの異常な状況にSOSを出すのだが、シンの中にあるのは怒りだけ。
最早任務も信念もない。最もシンプルな感情に支配されて、シンは前を飛ぶインフィニットジャスティスに向けて飛んでいく。
***
アスランはムウと合流するために宇宙の海を飛んでいたが、その時正体不明の熱源をレーダーに感知し、何事かと思い振り返るとそこにいた存在にアスランは驚愕してしまう。
「シン……」
「うわあああああああああああ!」
武装も何もないスクラップ同然のモビルスーツにも関わらず、シンはインフィニットジャスティスに向かって体当たりを食らわす。
だがそんな物が通じる訳もなく、アスランは腕を払って振り切ると、再びシンと向き合おうと通信を入れようとするが、電波ジャックを試みても、何故かデスティニーガンダムと通信が繋がらなかった。
「馬鹿な⁉ こんなボロボロの状態で戦おうって言うのか⁉」
最早アスランの目の前にある存在はモビルスーツを呼べる代物ではない。
いつ爆発してもおかしくない爆弾の中にシンは閉じ込められているようなもんだと、察したアスランは慌ててシンに投降するように命じる。
「もう止せ! 投降するんだ!」
「うるせええええええええええ!」
シンの叫びはアスランには届かず、アスランの説得の言葉もシンには届かない。
だがそれでもアスランは理解していた。シンは怒っている。今までで一番キレていると言う事を。
「どいつもこいつもうぜぇんだよ! テメェらなんかに俺の何が分かるって言うんだ⁉」
怒りだけが今のシンを動かしていた。後の事など何一つ考えず、乱雑に操作パネルを殴り続けると、中のケーブルを引き抜き、無理矢理にでもデスティニーガンダムを動かす。
そして自分の想いの丈を誰にぶつけるわけでもなく、叫び続ける。
そうしてないと自分の心が壊れてしまうから。
「二言目には『ガキ』『ガキ』と否定ばかりしやがって! 毎日のように殴りやがって! 偉そうに上から目線で物を言って『大人になれ』と分かったような事ばかり言いやがってよ! 弱い者イジメはさぞ気分がいいだろうな⁉ そんなに説教オナニーが気持ちいいか⁉」
まるで駄々っ子がぶつかるかのように突っ込んでいくデスティニーガンダムに対して、アスランは振り払うだけの最小限の動作しか出来なかった。
止めようと思えば止められる。だが今のアスランにあるのは恐怖だけ。
完全にシンは壊れている。怒られ過ぎてメンタルブレイクを起こしてしまったと判断したアスランは、何度も通信ボタンを連打し、シンにコンタクトを呼びかける。
「落ち着け! そんな事をしたら、またルナマリアに怒られて殴られるぞ! そんなの嫌だろ⁉」
「うぜぇ! うぜぇ! うぜぇ!」
通信は届いていないはずなのだが、ルナマリアの名前を出した途端、シンの怒りの炎は更に燃え上がり、コクピットを殴る力がますます強まる。
「何が叱ってくれる人はありがたいだ! ただ単に自分が出来るから俺にも強要させているだけじゃねぇか! 俺はテメェの奴隷じゃねぇんだぞ!」
「落ち着けって!」
相変わらず体当たりしか出来ないデスティニーを振り払うだけだが、アスランはその姿に狂気を感じ、更なる恐怖の感情に囚われてしまう。
だがここで引く訳にはいかない。何とかして駆動部分のエンジンだけを貫こうとライフルを構えると、シンに最後通告をしようとする。
「シン、今からエンジンのみを貫くから俺が撃ったらすぐ脱出するんだ! 話はそれからいくらでも聞くから……」
「いいから殺させろ!」
だがビームを発射するよりも前にデスティニーガンダムに限界が来る。何度も何度も駆動部分から黒煙が吹き出し、まるでデタラメな方向に飛ぶゴムボールのように飛んでいく。
「俺はやっと気付いた! 戦争のない世界⁉ 俺のように親がない子供達を増やさない⁉ そんなのどうだっていいんだよ!」
どうせ自分は最後までアスランに勝てない。
ならばせめて怨嗟を撒き散らして、最後まで戦おうとする。
それがシンの最後の抵抗だった。
「俺はただ怒りや憎しみぶつけられりゃ、それだけで満足だ! テメェらは好きなだけ殺しあって、好きなだけ憎みあってろ! 俺は……俺はな……」
「シン!」
アスランの叫びも空しく、デスティニーガンダムは彼の目の前で大破してしまう。
火の海に飲まれる中、ボロボロのシンは最後まで怨嗟の叫びをアスランにぶつける。
「俺は家族の元へ行く! 絶望しろ! この人殺しが!」
それが最後のシンの抵抗であり、最後の最後の最後まで怨嗟をなげかけ、シン・アスカは16歳の短い生涯を終えた。
目の前で爆死した嘗ての後輩を見て、アスランの目からは自然と涙が零れ落ちる。
「何だよそれ……何でお前はいつもそうなんだよ? 何で話し合おうとしない? そんなに俺が嫌いかよ!」
最後までシンを闇から救う事が出来なかった罪悪感から、アスランは涙ながらにコクピットパネルを弱弱しく叩くと、シンに対して感情をぶつける。
「この馬鹿野郎が!」
どんなにやり直したいと願っても、もうそこに彼はいない。
アスランはどうしようもなく悲しかった。最後まで永遠にシンは子供のままで終わってしまった事が。
***
シンが目覚めた時、そこはまさしく天国と呼ぶに相応しい空間であった。
雲の地面に暑くも寒くもない穏やかな気候。そこは誰もが夢見た天国だと判断したシンは、先程まで感じた痛みも苦しみも忘れ、本能的に一直線に走り出す。
確信はなかったが予感があった。走り続けた先にはきっと自分が求めている物があると信じていたから。
そして、その予感は見事に的中した。
4つの人影はシンが一番求めていた人達なのだから。
「父さん、母さん、マユ、ステラ! 俺もこっちに来たよ……」
家族やステラはきっと自分を温かく迎えてくれるだろうと思っていた。だが現実は違っていた。
その場にいた全員がたださめざめと泣いていて、その胸に飛び込もうと思っていたシンはただただ困惑し、一同と距離を置いて話を進める。
「な、何で泣いてんだよ? 俺もこっちに来たんだぜ。嬉しくないのか?」
「そんな悲しい事言うなよシン。子供が死んで嬉しい親が居るか……」
父親の言葉を皮切りに家族たちはシンに想いの丈をぶつける。
「怒られすぎて辛いの分からない事はない。でもこんな方法は選んじゃダメ。お母さん凄く悲しい」
「確かにお兄ちゃんはヒーローにはなれないかもしれない。お兄ちゃん優しすぎるから軍人には向いてないよ、でもマユこんなの嫌だよ!」
「ステラも凄く悲しい!」
シンの母親、マユ、ステラも涙ながらにシンの行動は間違いだと主張する。
普通ならばここで罪悪感に苛まれてしまうのだろう。だが今のシンに皆の心情を理解出来るだけの余裕はなく。再び感情をぶつけてしまう。
「何だよそれ……俺は家族にすら否定されなきゃいけないって言うのかよ⁉ 死んでも俺は否定されて、怒られてばかりなのかよ⁉」
「そうじゃない!」
再び生きていた頃と同じように怒りと憎しみに支配されそうになってしまうシンを止めたのは、父親の一喝。
叫び声に一瞬でもシンが冷静さを取り戻したのを見ると、父親は子供をあやすような口調で話し出す。
「いずれはお前も私たちと同じところに来る。だがそれがこんな形を選んだのが悲しいって話だ。シンだって、普通に女の子と恋愛したり、青春したりするところを私たちは見たかったんだよ……」
「女の子と恋愛だと……」
一瞬は冷静さを取り戻したシンではあったが、父親の一言で再び嚇怒し、感情のままに叫ぶ。
「冗談じゃねぇ! 女なんてコリゴリだ! ただ口うるさく、暴力的で、面倒な事ばかり押し付けて、基本的に上から目線で人を見下し! 自尊心をグチャグチャにするだけの存在じゃねぇか!」
シンの中にあったのはルナマリア・ホークとの思い出だった。
楽しい思い出だってあったのだが、それを思い返す余裕など今のシンにはなかった。
根本的なところで合致しない存在である事は他人の目から見れば分かる事だが、あの頃の二人は何でもいいから目的が欲しく、互いの傷を舐め合うように二人は恋人関係となった。
だが今思い返せば、それは常に蛇行運転をする車のような物。
それが唯一のシンの女性との思い出だと想うと、一同は悲しくなり、気が済むまでシンが叫んだのを終えると、母親はゆっくりと語り出す。
「何も全員が全員とは言わないでしょ。お母さんはお父さんと出会えて本当に幸せだったわよ」
「俺には無理だよ……」
母親の説得の言葉に対して、シンは弱弱しく返す。
自分だけが否定され、周りは皆ルナマリアの味方のため、すっかりうんざりしていた。
シンは最早何も出来ないと判断していた。だからこそ嚇怒に身をゆだね、ほとんど自殺のような形を選んだ。
その事実がどうしようもなく悲しく、マユとステラは語り出す。
「そんな事言わないで……マユもあの人嫌い! お兄ちゃんに怒ってばかりで!」
「それを笑う周りも周りだよ! シンは物凄い素敵な人なのに、シンの魅力を分かってくれない人ばかりで、シンの悪い所ばかり見て否定ばかりして……」
「じゃあどうしろって言うんだよ⁉」
二人の説得の言葉も今のシンには届かなかった。
もう全てを終わらせた。それでも自分は否定されなければと思うと、シンは怒りのままに叫ぶ。
「もうここには俺と皆しかいないんだぞ! 恋愛も青春も出来る訳ないだろ! 俺の一生はあれでよかったんだよ! だからこそ、俺はここで皆と幸せに暮らせられるんだからよ!」
「もう一回だけでいいから……」
涙ながらに怒り狂うシンを止めたのは、母親の涙ながらの一言。
母親の涙を前にシンは困惑し、言葉に耳を傾ける。
「どう言う事だよ?」
「私達はずっとシンをここから見ていた。悲しみと憎しみしかないあなたの人生が悲しくて悲しくてやりきれなくて……」
「そこで私達は大いなる意思に頼んだ」
「何を?」
父親の言葉に対して間抜けな声をシンは上げると、マユとステラも一緒になって語る。
「もう一度だけ人生を楽しむ権利。つまりはここじゃない別の世界でもう一度人生をやり直すの」
「そこでもしかしたらシンは別の仕事をして、女の子を好きになって家族を形成するかもしれない。少しでもいいからステラ達はシンに笑ってほしいの」
「そんなの無理だ!」
その時シンの脳裏に過ったのは数々の苦い思い出。
否定して殴られた事しかない自分はどこに行っても何も出来ないとシンは判断した。
だからこそシンは家族に助けを求めた。だがそこでも自分は見捨てられるかと思うのが怖く、シンは必死に叫ぶ。
「もう俺は笑う事も泣く事も出来ない! 皆の前でしか笑えられないよ! クソ弱い俺には何にも出来ないんだからさ……」
「それは向こうの世界に行ってからでも遅くないでしょ」
もう決まった事だからとばかりに母親が言うと同時に、シンの体は半透明に透けていく。
そこからいなくなるのが嫌なのかシンは家族に向かって必死に手を伸ばすが、そんなシンに対して家族とステラはシンに最後のエールを送る。
「あの世界は歪んでいるよ。でも私達は信じたいんだ。親バカと言われてもいい。私達の息子を」
「もう一度やって、それでダメだったら、もう何も言わないわ。ここでずっと私達と楽しく過ごしましょう。愛しているわシン」
「お兄ちゃん。マユお兄ちゃんの事信じているから」
「向こうの世界でも怒りんぼやめられなかったら、ステラがシンのお嫁さんになるから。だから、そんなに泣かないで、怒らないで、ステラ、シンの幸せ願っているから」
父親、母親、マユ、ステラは最後までシンを見送り、最後までシンを元気づけようとした。
「gaaaa!」
だがシンはそれらの想いに応える事が出来ず、ただただ駄々をこねるだけで、その場から消え、新たな世界へと転生していく。
静寂だけが戻った中でマユは母親の胸に飛び込み大声で泣きわめき、ステラはその場でさめざめと泣き出し、そんな彼女を父親は優しく肩を抱いた。
全員が信じていた。シンの明るい未来を。
***
聖櫻学園の新任教師祐天寺弥生は、この日の業務を終え、夕焼けが町を染める中、愛車の真っ赤なスポーツカーに乗り、帰路に就こうとしていた。
まだまだ新任教師の祐天寺に教師の仕事はとかく覚える事が多く激務であり、祐天寺はこの日も自分が思い描く目標と現実が合致できなかった事に弱弱しくため息を漏らす。
「こんな事じゃダメよね。もっとしゃんとしない……」
物思いにふけようとした瞬間、突如轟音が鳴り響き、祐天寺は身を強張らせ、反射的にブレーキをかける。
後続に車がないかと慌てて外へと飛び出すが、幸いにも今並木道を走っているのは祐天寺一人であり、彼女は胸を撫で下ろす。
だがそれは目の前にある轟音の正体と思われる物体を見て、祐天寺は再び困惑してしまう。
そこにあったのは焼け焦げたような大きな岩のような物。
巨大な隕石が落下でもしたのかと思い、祐天寺はこう言う時どこに電話をすればいいのだろうかとパニックになっている自分を落ち着かせながら、鞄からスマートフォンを取り出し、取り合えず警察に電話をしようとする。
「隕石の処理なんて警察でやってくれるのかしら……え?」
隕石だと思っていた物の前面がドアのように前倒しに開き、その中にいたのはパイロットスーツに身を包んだ年端もいかない少年だった。
泣きながら気絶しているように見えたその少年を見て、祐天寺は驚愕するよりも先に体が動く。
反射的に少年を後部座席に乗せると、この辺りで一番近く治療が受けられる場として、祐天寺が選んだのは自身が通う聖櫻学園の保健室を選んだ。
「頑張って生きるのよ!」
祐天寺は安全運転を心掛けながらも、法の範囲内で出せる全力を出し、聖櫻学園へと向かっていた。
絶対に目の前にある命を死なせはしない。
彼女を動かしていたのは、その強い使命感だけだった。
よくストライクフリーダムとデスティニーが両手両足切り裂かれた状態でも戦っていたので、本作でもあの後も戦い続けると言った展開でこの様に転生した訳です。
最初に言っておきます。シンルナ派の人は本当に申し訳ありませんでした。ルナマリアはいい娘だとは思うんですが、シンとは合わないと私的な見解です。
そして次回から本格的にシンの聖櫻学園での生活が始まっていきますので、よろしくお願いします。