聖櫻学園運命記   作:文鳥丸

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大人は子供を正しい方向に導くためにある。


第十一話 暴力だけしか知らない君へ

 この日もいつも通りに学校へ通い、シンは移動教室のため理科室へと向かう。

 その前にトイレへと向かおうとすると、大きい方だったのでどこもたまたま満杯だった。仕方ないと思いながらもシンは理科室とは違う階層へと向かい、事を済ませようとした。

 そして時間に余裕を持って事を済ませて、理科室に向かおうとした瞬間、非日常な光景が彼の前に広がる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 最初に声をかけて安否を確かめるが、返事はなかった。

 薄緑色のロングヘアーの少女はくの字に倒れ込んだまま、ピクリとも動かなく。明らかに気を失っているのは分かっていた。

 スカートの色から上級生なのは分かっていて、このまま放っておく訳にはいかないと判断したシンは、彼女を背中におぶさると保健室へ向かおうとする。

 

――戦争はヒーローごっこじゃない!

 

 その際思い出した苦い記憶は反りの合わない上官に平手打ちを食らった記憶。

 あの時も自分には誰一人味方はおらず、自分の行動を批判する者ばかり。

 今回も彼女を保健室に送れば、自分は確実に次の時間の授業は遅刻をするだろう。

 だがそんな事は関係ない。怒られたらまた悪男を相手にストレス解消をすればいい。

 あの時とは違う。決して自分は力のない子供ではないと判断し、シンは小柄な先輩をおぶったまま保健室へと向かう。

 二時間目に行こうが、五時間目に行こうが遅刻は遅刻だ。

 ならばと出来る限り先輩に負担をかけないように、シンは保健室へと向かった。

 

 

 ***

 

 

 神崎の適切な処置によって、今小柄な先輩は保健室のベッドの中で気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 取り合えずの安否が確認出来たのを見ると同時にチャイムが鳴り、シンは後の事は神崎に任せて、自分は理科室へと向かおうとする。

 

「あ、待って」

 

 神崎に呼び止められて、シンは歩みを止め、彼女の話に耳を傾ける。

 今保健室で寝息を立てている少女は、3-B所属の正岡真衣。病弱な彼女はかつては入退院を繰り返すほどの生活をしていたが、高校に進学しても予断を許さない状態であり、保健室の常連となっていた。

 クラスメイト達も気にはかけているのだが、今回はたまたま体育で急いでいた事もあり、このような事態になってしまう事も少なくはない。

 なのでシンにはとても感謝をしていると、神崎は自分なりにシンがした事を褒め称えて認めた。

 

「理科室の担任からは私の方から伝えておくわ。シン君は人助けをしたから何も悪くないって」

「あざっす」

 

 短く言うとシンは今度こそ授業へと向かう。

 それと同時に真衣は目を覚まし、その背中を見つめていた。

 自分とは違い大きく頼りがいのある背中を。

 

 

 ***

 

 

 神崎の伝達が上手く行ったのか、シンの遅刻は咎められずに済み、この日の授業も無事に終わり、昼休みに入り、シンは一人で昼食を取ろうとしたのだが、そこに木乃子とレイが割って入り、近くの空いている椅子を持ってくると、三人は並んで食事を取る。

 

「何だ?」

「何だはないだろう。お前放っておいたら、いつまでも一人ぼっちだろうが」

「陽子ちゃんにうるさく言われるから、適当にコミュ力は育てろって言っただろ。昼飯イベントは好感度アップに的確だからな。こう言う小さな積み重ねが大事なんだぞ」

 

 そう言うとレイは菓子パンの袋を開け食べ出し、木乃子は母親が作ってくれた夕食の残り物が詰められた弁当を食べ出す。

 シンが用意したのは自分で作った弁当であり、適当なありあわせで作ったにも関わらず、上手そうな作りの弁当に二人は目を輝かせて弁当を覗く。

 

「何だ?」

「シンって一人暮らしだよな? それお前が作ったのか?」

 

 まるで市販の弁当のような作りのレベルの料理を見てレイは驚愕しており、シンは彼女の問いかけに対して静かに頷く。

 見ているだけで食欲をそそられる料理を見て、木乃子は食い入るように見て、まだ手を付けていない自分の弁当と交換しようとシンに持ちかける。

 

「なぁ交換しないか? マジで美味そうなんだけど、あたしのと交換しようぜ! こう言う小さな積み重ねがフラグの第一歩に近付くんだからな」

「その弁当作ったのは誰だ?」

「当然ママンだ!」

 

 決して威張って言えた事ではない事を木乃子は堂々と言う。

 予想通りの答えであったが、改めて真相を知ると、シンは小さく首を横に振って拒否の意を示す。

 

「だったらダメだ。その弁当は姫島のためにお母さんが作った物なんだろう? 俺が食べる訳にはいかない」

「そんな固い事言わないで……」

「なぁ姫島」

 

 食い下がろうとする木乃子を止めたのは、トーンが一段階下がったシンの真剣な口調。

 思わずレイも菓子パンを食べる手を止め、彼の話に耳を傾けてしまう。

 

「食事を作ってくれる人が居るのはありがたい事なんだぞ。俺はもう作ってくれる人がいないから、軍で自炊のスキルを叩きこまれたに過ぎない。それを俺が食べる訳にはいかない」

 

 ただの料理上手だと思っていたが、予想以上に重たい答えが返って来た事に、レイも木乃子も言葉を完全に失ってしまう。

 

「あのすみません……」

 

 今度こそシンが食事を始めようとした瞬間、聞きなれない声が後ろから響く。

 三人同時に振り返った先に居たのは、先程シンが助けた少女正岡真衣が恥ずかしそうにおずおずと立っていて、シンの様子を伺っていた。

 シンは一旦二人を待たせると、真衣の元へと向かい、彼女の要件を聞こうとする。

 

「確か午前中の……」

「ハイ、その節はお世話になりました。改めて自己紹介させて下さい。私は3-B所属の正岡真衣と申します」

「いえいえとんでもない」

 

 誠実に接する真衣に対して、シンも誠実に接し返す。

 真衣はお礼も兼ねて昼食を一緒に食べようかと誘おうとしたのだが、先約が既に二人入っているのを見て、自分は邪魔だと判断したのか、そのままおずおずと去ろうとするが、シンは二人の方を向くと、自分の分の弁当を取って、真衣の前に立つ。

 

「あの二人とはいつでも食べられますし、今日は正岡先輩に付き合いますよ」

「いいんですか? 何か申し訳ありません」

「とんでもない」

 

 決して人付き合いが上手そうではない真衣を見て、シンは今日の時間を彼女に割く事を決め、そそくさと適当な場所に向かった二人を見て、取り残された二人はまた一つ反省をする事となってしまった。

 シンの抱えている傷は予想以上に大きく、彼は自分達が思っている以上に壊れた存在だと言うのを。

 

 

 ***

 

 

 裏庭にあるベンチで適当に二人は腰かけ、各々の弁当を食べ進める。

 真衣は自分よりもずっと大きく逞しいシンに興味津々であり、何とかお礼も兼ねてアプローチをしたいと思っていたが、どうしていいか分からず、ただただ黙々と弁当を食べる事しか出来なかった。

 そんな彼女を見て、シンは作った一枚の名刺を彼女に手渡す。

 何だろうと思い、真衣が名刺を見ると、そこにはこう書かれていた。

 

『お助け部部長 シン・アスカ』

 

 名刺を受け取って自分の存在を改めて認識したのを見ると、シンは忘れていた自己紹介を始める。

 

「改めて自己紹介をします。俺はシン・アスカ、まぁ形式上吉田新太って名前になっていますが、そう呼んでもらえると嬉しいです」

「分かりました。シンさんって呼んでいいですか?」

「構いませんよ。また何かあったらこの名刺に記されたアドレスに連絡を下さい。学園の治安維持と言う名目の悪男の撃退が主な活動ですが、依頼さえあればこの学校の生徒の依頼なら、お助け部は可能な限り引き受けます。また助けが必要な時はこちらのPCアドレスに連絡を下さい」

 

 そう言うと自分の伝えたい事は全て伝えたと思い、そして頃合いだと判断したのだろう。シンは次の授業のため教室に戻ろうとするが、最後に控えめな声で呼び止められる真衣の声に反応して、首だけ振り返る。

 

「あのPCだけですか?」

「近々スマホを買えると思うので、その時にまた連絡をします」

「依頼以外で話はダメですか?」

 

 自分にアプローチをかけようとしている真衣を見て、シンは少し考えた後、自分の見解を告げる。

 

「それはまたスマホを持ってから話しましょう」

 

 先送りにする事でこの問題を解決する事をシンは選ぶ。

 真衣は頬を軽く朱に染め、今までにない感情に心をときめかせていたのだが、シンの胸中は決して穏やかな物ではなかった。

 

(冗談じゃない。俺は異常者なんだ。あんな優しそうな女の人を巻き込むわけにはいかない……)

 

 シンは決して自分のやっている事が100%の正義ではない事は分かっている。

 だがそれでも悪男の撃退には大義名分があり、役に立っているのは事実。

 ならばとそれを利用して、過去のトラウマをぶつける相手を欲し、夜な夜な悪男を狩る毎日。

 それを止める事は出来ない。この世界で楽しい思い出が出来ても、それはそれ。これはこれで割り切ってしまうのだから。

 そんな二人のすれ違う様子を遠くから見ていたのは祐天寺であり、前々から考えた行動を実行に移そうか考えがまとまっていた。

 

 

 ***

 

 

 学園長室で学園長と月白はおねがいマイヒーローのデータを見て、頭を悩ませていた。

 あれからシンは安アパートに引っ越し、寮暮らし及び生活保護受給者から卒業したのだが、それでも夜中の悪男狩りは少しペースが落ちた程度であり、相変わらず続けられていた。

 この案件に関して一度月白は問いただしていた。

 この学校に何か不満でもあるのか? イジメでも受けているなら相談に乗って欲しいと、月白は真摯にシンと向き合ったのだが、次に彼が返した言葉にゾっとする物を感じた。

 

「そんな事はありません。ここの人達は皆良くしてくれています。それには感謝していますよ。でも、それはそれ、これはこれって奴です。純粋に殴るのが好きなだけなんですよ俺は。まぁ趣味みたいなもんですよ。趣味の最低限のラインとして人に迷惑はかけないってのは守るつもりですので」

 

 真摯にし、そして誠実に軽く笑いながら返すシンを見て、その日月白は何も言う事が出来なかった。

 シンは本気で暴力を楽しんでいる。このまま社会に出すのはあまりにも危険だと判断した月白は、学園長に助けを求め、現在に至っている。

 学園長はパイプを楽しみながらも、苦々しげな表情を浮かべていた。

 

「こう言うある意味メンタルが完成してしまっている輩は厄介だぞ。歪んでようが腐ってようが大人は大人だからな」

「今まで戦争で抑圧されてばかりだから、恐らくは解放されて手に負えない状況になってしまったのかと、何とか私の方でももう少し踏み入ってみますので……」

「待って下さい!」

 

 その間に割って入ったのは祐天寺だった。

 突然の乱入者に二人は驚くが、彼女はそんな事構わずに学園長の前に立ち、自分の意見を述べる。

 

「シン君のカウンセリングの役目、私にやらせて下さい! シン君は昔の私なんです!」

「何を突然……」

「お願いします! 手を上げるような事は絶対にしません。そうすれば私を解雇処分にしてくれて構いませんから!」

 

 祐天寺は何が何でも引かないと言う姿勢を見せ、学園長に懇願をしており、月白は彼女の圧に押されて何も言えないでいた。

 しかし感情だけで行動を認めてしまうのは大人の世界では御法度。

 何故そこまでシンにこだわるかを学園長は祐天寺から聞こうとする。

 

「学園長にも私が生徒として在籍時にはご迷惑をおかけしましたよね?」

 

 祐天寺の問いかけに対し、学園長は静かに首を縦に振る。

 月白も祐天寺の過去は知っている。昔は手に負えない不良少女であり、その時代の大体の暴力沙汰は皆彼女が関わっていると言われていて、学園内に派閥も作っているぐらいであり、当時彼女の担任だった藤堂ぐらいしか、彼女と向き合っている者は居なかったと言われている。

 

「まぁ君との勝負に対して、私は何度も返り討ちにしたがな」

 

 そんな祐天寺を子供をあしらうように返す学園長も相当な物だと思い、青ざめつつも月白は呆れた顔を浮かべていた。

 しかしそれと今回の件が何の関係があるのかを学園長は祐天寺に聞く。

 

「シン君は苦しんでいるんです! 暴力しか拠り所がないから、それに縋る事しか出来ない! でも私はシン君が優しい部分もちゃんと持ち合わせている事だって知っています! だからこそ、シン君には私と同じ道を歩んで欲しくないんです!」

「つまり同族だからアイツに擦り寄って話し合えるのでは。祐天寺先生はそうお考えなのですか?」

「その通りです。月白先生はこれまで通り、私は私で違う方向からシン君の心を開かせようと思っています」

 

 その目は真剣その物であり、新任の祐天寺にカウンセリングと言う難しい仕事を任せてもいいかと思ったが、自主性を重んじるのが聖櫻学園のモットー。

 学園長はパイプから白煙を勢いよく吹き出すと、一言彼女に告げる。

 

「火曜日は空いてますか?」

「ハイ……」

「火曜日はあなたの担当です。未来ある若者を導いてあげなさい」

 

 学園長からOKを貰うと、祐天寺は元気に「ハイ!」と返事をして、その場を後にした。

 彼女は今でこそ更生しているが、それでもカウンセリングは全くの別問題なので月白に不安はあったのだが、学園長は一言告げる。

 

「私達が一方的に導くなど傲慢もいい所だろう。私達も共に成長するんだ。だからこそ学校と言う場は面白いのだから」

 

 理想論ではある。だが、そこまで上手く行くには並大抵の努力では務まらない。

 これからも中々に頭を悩ませる問題だろうと思い、月白は一人心の中で決心をした。もっと頑張ろうと。

 

 

 ***

 

 

 火曜日の放課後、シンは祐天寺に呼び出され、社会科準備室に行た。

 シンが居る事が分かると、祐天寺はニッコリと微笑みながら、彼に話しかける。

 

「正岡さんに対しての行動は素晴らしかったわ」

「見ていたんですか?」

 

 問いかけに対して、祐天寺は首を静かに縦に振りながら、小さくシンに向かって拍手を送る。

 そしてそんな優しい部分も持ち合わせているシンだからこそ、このまま悪男狩りだけで終わらせる訳にはいかないと、これからの事を話していく。

 

「月白先生から聞いたわ。シン君は純粋に殴る事に喜びを感じているのだと」

「その事を断罪しますか?」

「いいえ。シン君の行為は害虫駆除のような物でしょ? 仏教でも人に害をなす生き物を殺す事は認められてはいるわ。でもね……」

 

 そう言うと祐天寺の顔から笑みが消えた。

 脅す時は笑いながらも黒い影が残ってしまうのが彼女の特徴ではあったのだが、今の彼女は顔こそ真剣なのだが、決して怒っていると言う訳ではない。

 まるで自分自身と向き合うかのように真摯な顔を浮かべながら、祐天寺は話を進めていく。

 

「それだけだとやがて暴力無しでは生きて生けられなくなるわ。まずは私から話すわ……」

 

 そう言うと祐天寺は高校時代のヤンチャな毎日を語っていく。

 本人はその日々を反省しているように思えたが、シンは全く別の感情を抱いていた。

 

(そうじゃない。俺はただいじけているだけだ。今の祐天寺先生は十分幸福ですよ。でも俺のような幸福もある。理解してくれとは言わないけど、放っておいてくれ)

 

 心の内を直接話そうとはしなかった。そうした所で上から目線での教育と言う名の煩わしい行為が待っているだけなのだから。

 孤独と言う名の自由を満喫する。

 それだけがシンが今を保ってられる唯一の手段なのだから。




今回は祐天寺先生と病弱先輩の正岡真衣さんと絡ませました。
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