聖櫻学園運命記   作:文鳥丸

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進み続けるだけが勇気ではない。


第十六話 戻る事は逃げる事ではない

 それなりに大きなモデル事務所があった。

 会議室の片隅で栗色の長い髪で、前髪を編み込んだ髪形が特徴的な長身の少女は、疲れた顔で一枚の書類を提出していた。

 彼女の名は見吉奈央。高校生でありながらモデル活動も行っていたのだが、自分の実力に限界を感じ、休職届を出す。

 これまで自分を支えてくれたマネージャーにそれを手渡すと、これからの方針を話していく。

 

「じゃあこれまでのようにコンスタントな活動は控え、これからは読者モデル程度の仕事は行うって話でいいんだね?」

「ハイ……」

 

 優しく諭すように言うマネージャーに対して、奈央は申し訳なさそうに返す。

 高校生とモデルの両立は思っていた以上に厳しい。友人はジャンルこそ違うが、それを両立している。

 その友人にも相談したのだが「奈央が考えて決めた事だから」と言って、彼女を侮蔑するような事は一言も言わなかった。

 マネージャーは彼女の決心が固い事を知ると、休職届を受け取り、一言告げる。

 

「まぁ奈央は高校二年生だ。今の内に学業に専念するのも一つの生き方だと私は思うよ」

「本当にすみませんでした……」

「いいんだ。君と過ごせた時間は楽しかったよ」

 

 そう言ってマネージャーは次の仕事現場へと向かい、会議室には奈央が一人取り残された。

 自分の限界を感じ、来る日も来る日も色んな物にがんじがらめな毎日に嫌気がさしていた。

 だが奈央の心に開放感はなかった。むしろ喪失感の方が圧倒的に大きかった。

 しかし、そんな物を感じて何になると言うのだろう。それを埋めるだけの根性も、才能も、信念も自分にはないのだから。

 ただ失った事だけが辛く、奈央はその場でテーブルに突っ伏し、さめざめと泣き出す。

 自分は結局何がしたかったんだと嘆きながら。

 

 

 ***

 

 

 この日の夜もシンは自分の中の怒りや憎しみを抑える事が出来ず、悪男を殴り飛ばしてイライラを抑えようとしていた。

 殴る相手なら事欠かないのだが、何のリアクションもなく消えていく悪男がシンは気に入らず、既に戦意を失った悪男相手に馬乗りになって怒りをぶつけ続ける。

 

「何とか言ったらどうなんだよ⁉」

 

 自暴自棄になって何度も何度も拳を悪男に振り下ろす。シンがそれを止めるのは、悪男の姿が煙と共に消えてなくなるまで。

 静寂がシンにせめてもの落ち着きを取り戻させるが、それもすぐに怒りがかき消す。

 自分には何も出来ない。キラ・ヤマトやラクス・クラインと共に新しい平和な世界など作る気になれない。出来る事とやりたい事のギャップに苦しめられ、ただただ力任せに怒りをぶつける事だけが、シンに取って至福のひと時だった。

 そしてこの日も朝日が昇り始め、ようやくシンの蛮行は終わりを告げる。

 

「ざまぁみやがれ。何が平和な社会だ。俺はこれからも怒り続けるぞ。怒らせるお前らが悪いんだ……」

 

 もうどうする事も出来ない。せめて一人でいさせてくれ。

 否定するだけなら関わろうとするな。それだけがシンの胸中を占めており、僅かながらの睡眠時間を求めて、シンは家へと帰る。

 何もない。それが唯一のシンの癒しなのだから。

 

 

 ***

 

 

 二時間弱の睡眠時間でも、過度なストレスから不眠症となっているシンに取っては十分すぎる時間。この日も不機嫌な顔を浮かべながら、ブスっとた顔で歩いていると、後ろから背中を叩く二つの感触に気付く。

 

「オイッス」

 

 こんな自分に話しかけるのは木乃子とレイぐらいしかいないのは分かっていて、シンは短く「オウ」とだけ返すと、二人を気にする事なく歩き出そうとするが、そんなシンに対して二人は色々と話し出す。

 シンは適当に受け流しながら話していると、おずおずと控えめな気配に気付き、一旦二人をどかせると気配の方向を向く。

 

「あ、あの……シン君、おはよう……」

「ああ、おはよう」

 

 二人の時とは違い、無愛想ながらもキチンと挨拶を返す。

 ピンク色の髪の毛を後ろでひとまとめのお下げでまとめた少女は、シンとの挨拶を終えると恥ずかしそうに頬を朱に染めながら、自分のクラスへと急ぐ。

 突然何だろうとレイは訝しげな顔を浮かべていたが、木乃子は手帳を懐から取り出すと、今走り去った少女の情報を開示していく。

 彼女の名は2―D帰宅部の花房優輝、引っ込み思案で大人しすぎる性格から、クラスでも埋没した存在となっている。

 そんな娘がシンとどう接点を持ったのか気になり、レイはシンに尋ねた。

 

「不良に絡まれている所を助けただけだ」

「どんなダイナマイトパンチが飛んだんだ?」

「そうする前に不良の方から俺の顔を見た途端、平謝りして逃げていったよ。祐天寺先生が認めた一番の舎弟とか勝手な噂が広まってな」

 

 うんざりした調子でシンは返す。

 引っ込み思案な彼女なら、別に拒絶する必要もないだろうと思い、放っておく事をシンは選び、そのまま昇降口で上履きに履き替えようとした時、再びレイでも木乃子でもない声が響く。

 

「おはよ~」

 

 けだるそうな声が響き、シンが振り返った先に居たのは奈央。

 彼女は相変わらず大あくびをしながら、けだるそうに頭をかいていて、木乃子は友達である奈央の事を紹介しようと、彼女の前に立ち、奈央の紹介を行う。

 

「そう言えばシンは初めてだったな。彼女は見吉奈央。高校生ながらにモデルを務めているんだ」

「正確には元だけどね。今はちょっと休業中~」

 

 相変わらずけだるそうに話す奈央だったが、シンの姿を見ると目が大きくパッと開き、これまでのグータラな態度が嘘のようにテキパキと動き出し、一足先に教室へと向かう。

 取り残された三人は突然何が起こったのかと思うが、原因であろうシンをレイは責めた。

 

「シン、お前何か見吉に悪さしたのか?」

「そんな訳ないだろう。彼女とは今日初対面だ」

 

 原因が今一つ分からない事に二人は困惑しながら話を進めていたが、木乃子だけは相変わらず意地の悪い笑みを浮かべながら、一言心の中でつぶやく。

 

――クックク、またフラグ立ててやんの。

 

 

 ***

 

 

 その後も奈央はまともにシンと顔を合わせようとせず、そのままお昼休みに入った。

 奈央は木乃子とレイに誘われて、昼食を一緒に済ませようかと言われたが、どうせならとシンも呼ぼうとする。

 

「ねぇシンくんも一緒に……」

「シン」

 

 シンを誘おうとした時、ドアの方から別の声が聞こえる。

 奈央がドアの方を見ると、るいが二人分の弁当を持って立っていて、誘われたシンは彼女の元へと向かう。

 

「料理の練習したくてお弁当作ったの。手伝ってくれる?」

「分かった。だがこう言うのはこれっきりにしてくれ。俺は自炊程度なら出来るからな」

 

 そう言うとシンは自分が作った弁当箱を開いて中を見せる。

 色とりどりのおかずが詰め込まれた見てるだけで食欲をそそられそうな一品に、るいは彼が自分以上の家事スキルを持っていると判断して、頭を抱えて落ち込んでしまう。

 食べるかどうか聞かれたので、メインである唐揚げを一つ食べると、今まで食べた唐揚げの中で一番美味しいと思ってしまい、自分のスキルのなさに項垂れてしまう。

 そんな露骨に落ち込んでいる彼女を見て、シンはるいが自分のために用意してくれた弁当を手に取ると、自分が作った弁当を三人の前に置く。

 

「悪いけど今日はるいに付き合う事にした。それはお前たちで食べていいから」

「マジか⁉ よっしゃ今日はラッキーデーだ! シンの飯は美味いからな。なぁ東雲⁉」

「ああそうだな。遠慮なくもらうぞ」

 木乃子とレイの食事はこの日もカップ麺と菓子パンだけだったので、二人は唐揚げを取り合いながら、シンの弁当を貪る。

  一人輪の中に入れない奈央は呆けていたが、奈央の存在に気付くと、二人は唐揚げを譲る。

 

「悪かったな。見吉の事忘れてた」

「私はいいよ……」

「そう言うなって一口食べてみろ。本当に美味しいから」

 

 木乃子とレイに促され、奈央は恐る恐る唐揚げを食べると、二人が言うように今まで食べた唐揚げの中で美味しく感じ、この日の昼食が楽しい物となっていた。

 一しきり食べ終えると、木乃子は意地の悪い笑みを浮かべながら、先程尋ねたるいの話をしだす。

 

「しかしシンの奴、スーパーウルトラ級のチートスキルもないくせして、順調にハーレムを形成してやがるな」

「そんなに女友達多いのか? ボク達以外に話を聞いてくれる奴なんてアイツに居るのか?」

 

 レイはそんな事はないだろうと思っていたが、木乃子は手帳を取り出すと、今現在シンと繋がりのある女子生徒の情報を語っていく。

 

「まぁ担任のよーこちゃんや、目を付けられている祐天寺先生は別として、分かっているだけでも、B組の椎名、A組の上条、更に三年では村上の人、クロエちん、ああ今日でD組の花房も追加だな」

 

 今判明しているだけでも、多くの女生徒と親しい付き合いを持っているシンの現状を聞き、奈央の頭は真っ白になってしまう。

 完全にフリーズした奈央に構わず、レイはだからと言ってモテると言うのは違うだろうと、否定をしていく。

 

「あんな性格だから目の届く範囲に置かないと問題起こすってだけだろ? 椎名も上条もボクと違って優等生だからな。村上先輩だってそうだ」

「ならクロエちんはどう説明する? 花房みたいなコミュ障までシンに近付こうとしているのは?」

「すがる対象が欲しいだけだろ。この間見たけど、アイツ、クロエが相手だと呆れながらも、クロエのアホな行動を諭して訂正し、彼女のフォローに回っているからな」

 

 その事を一回レイはからかったのだが、それに対してもシンは「仕事だからやっているだけだ」とつっけんどんな態度で返す。

 二人はケタケタと下品に笑いながら、シンをからかっていたが、奈央の胸中は決して穏やかな物ではなかった。

 今でも食事をわざわざ用意してくれる娘が居るだけではなく、クロエのような有名人まで彼を慕っていて、その上話を聞く限り決して人付き合いが上手ではない娘まで、シンにコンタクトを取っている。

 これはもう行動に移すしかないと判断した奈央は、真剣な顔で木乃子に尋ねる。

 

「シンくんとコンタクト取る方法知ってる?」

 

 鬼気迫る様子で聞く奈央に多少圧倒されながらも、木乃子はシンが渡してくれたお助け部の名刺を彼女に渡す。

 携帯のアドレスも記されているので、早速奈央はお助け部に依頼を出した。

 

『放課後音楽室で待っています』

 

 

 ***

 

 

 夕暮れが校舎を覆う中、シンは呼び出されていた音楽室で奈央の到着を待っていた。

 奈央は真剣な顔で入ってきて、早速用事があるならと奈央に要件を聞こうとする。

 

「悪いけど次からはちゃんと要件も書いてくれ。こっちにも準備があるからな」

 

 もっともなダメ出しをするシンだが、奈央はそんな事構わずに何度も小さく深呼吸をして、自分を落ち着かせようとしていた。

 彼女の気持ちが落ち着くのを待とうと思ったシンは、何も言わずに奈央の次の行動を待つ。

 

「あ、あの……」

「大丈夫だから落ち着いて」

 

 未だに気持ちだけが前に出ている状態の奈央を手で制すると、奈央は再び深呼吸を繰り返す。

 今度こそ落ち着きを取り戻せたのか、奈央は今回の依頼内容を話していく。

 

「今日は突然呼び出してごめんなさい。私見吉奈央って言います」

「ああ姫島から聞いたよ」

「こんな事いきなり言うのおかしいかもですけど……」

 

 一世一代の初体験のイベントを前に、奈央の心臓は早鐘のように鳴り響く。

 細胞の一つ一つに新鮮な空気を取り込んで落ち着かせながら、奈央は自分の率直な気持ちをシンにぶつける。

 

「あの……私シンくんの事好きです! 一目惚れしました! 私と付き合って下さい!」

「ダメだ」

 

 精一杯の勇気を振り絞った告白をあっさりと却下された事で、奈央の意識は一気に遠い所へ持っていかれそうになってしまう。

 だがここで失恋のショックに身を任せて、気絶して逃げるのは違うだろうと判断し、奈央はのけぞりそうになった体を必死で起こして、何故告白を断ったのか聞こうとする。

 

「もう好きな人居るの? 付き合っている人居るの?」

「そうじゃない。俺はもう人を愛するなんて事は出来ないんだ」

「何で⁉」

 

 あまりに自暴自棄になっているシンを見て、奈央はつい声を荒げてしまう。

 興奮気味の奈央をシンは手で制しながら、自分の事情を話していく。

 

「俺がガンダムの世界から来た異世界人だって言うのは姫島から聞いたか?」

「うん。木乃子ちゃんから、そう言う人が居るって話は聞いたよ。でもまさかシン君みたいなのとは思わなかったから」

「こんなガキが戦場に出てるなんて思わなかったか?」

「そうじゃないよ! シンくん、ワイルド系で物凄い私のタイプだったから……」

 

 単純に顔がタイプだったと言う邪な意見が表立った事に奈央は顔を赤らめて恥ずかしがる。

 だがそれでもシンの態度は変わらない。奈央の心情に構わず、何故自分が人を愛せられないかを語っていく。

 戦争で家族を全て亡くし、14歳で軍の養成学校に入学した事、嘗て戦場で敵の兵士を愛してしまった事、そんな彼女を自分の力では守れずに敵の本部へと引き渡し、その結果彼女は生体ユニットと化して軍人として落とすしかなかった事、そして拠り所を見つけて、同僚の女兵士に泣きつき、傷の舐め合いのような恋愛と呼ぶにはおこがましい行為に走った事、全てを伝えた。

 あまりに悲惨すぎるシンの経歴を聞き、奈央は一気に顔色が真っ青になってしまうが、そんな彼女に構わず、シンはもう自分は誰も愛する事が出来ないと諭すように言う。

 

「彼女には悪い事をしたと思っているよ。こんな弱く情けない男の自己満足に無理くり突き合わせてしまってな」

「そんな! そんな事は……」

「それに俺が求めているのは今でも喪った嘗ての家族だ。新しい温もりや、新しい家族ではない。そんな状態の人間と付き合った所で見吉が傷つくだけだ」

 

 自分なりに出した答えを奈央に伝えると、シンは鞄を持って出ていこうとするが、奈央は黙ってジッとシンを見ているばかりで、その場から逃がす事を許さなかった。

 彼女の気が済むまで相手をしてやろうと思ったシンは、彼女が何を言いたいのかを聞き出そうとする。

 大方説教だろうと思い、シンは近くにあった椅子に腰かけて聞く準備をしたが、次の瞬間奈央の言葉はシンの予想外の物であった。

 

「その気持ち分かるよ……やろうとしたんだけど出来なくて上手くいかなかったんだよね」

 

 自分に寄せる発言に、シンは驚きの顔を隠せず、シンが辛い過去を話してくれたのだから、今度は自分の番だとばかりに、奈央はここまでの自分の話をしていく。

 幼い頃から背が高く目鼻立ちがくっきりとしている奈央は、小学生の頃から浮いた存在で、友達も中々出来ず、一人でグータラと寝ているだけの子であった。

 そんな彼女が少しでも変わるきっかけになればと思い、奈央の母親はモデル活動をしてみないかと奈央に問いかける。

 するとそこで奈央の才能は開花した。普段のグータラ振りが嘘のようにテキパキと行動し、カメラマンの要望に応えて多くの素晴らしい作品を残してきた。

 

「そんな調子で私は小学校、中学校のほとんどをモデル活動に費やしたの。おかげでその頃の友達なんて一人も居なかったよ」

「モデル同士の交流は?」

「モデル同士って言うのはお互いライバルなんだよ。特にその世代って言うのは大人の付き合いって言うのも出来ない感情的になりやすい年代だから、女の子同士でも取っ組み合いの喧嘩なんて、珍しくもなんともなかったよ」

 

 そんな光景を嫌だと思いつつも、奈央は求められるがままモデル活動に勤しんでいた。

 だが高校生になってから、急激にレベルアップした世界の違いに、奈央は絶句してしまう。

 

「小中ぐらいまでは成長期もあるから、多少は甘い目で見られたんだけどね。高校生ぐらいになると一気に大人と同じように扱われて、罵声や怒号もこれまでの比じゃなかったの」

「しかし見吉の話を聞いている限り、それが嫌でモデル活動を休職したって訳じゃないみたいだけどな」

「うん。それも私は必要な物だと思って、精一杯努力をしたの。でもね、ある日ふと思ったの」

 

 高校生ぐらいになると、ジュニアモデルから一気に本格的なステージへと立つ輩も少なくなく、これまで以上にバチバチな関係になっており、元々のんびり屋でマイペースの奈央に取っては、そこの居場所は恐ろしく悪い物だと感じた。

 そこで奈央は一つの不安に襲われてしまう。自分は一生このままこの窮屈な世界で一生を終えるのかと。

 女の子らしく恋もせず、家庭を築く事もなく、ただ群衆が求めるだけの人形に成り下がってしまうのかと思うと、たまらなく怖くなってきて、事務所と相談した結果一年の後半から少しずつ仕事量を減らしていき、現在は休職状態にしてもらった事を伝えた。

 改めて自分の現状を振り返ると、奈央は感情を抑える事が出来なくなり、目からはポロポロと涙がこぼれていく。

 

「ゴメンね。結局私辛い現実から逃げる口実に、シンくんを利用しているだけだったみたい……シンくんに言われて分かった。私スゴイ嫌な女の子だって……もう関わらないから……」

 

 そう言って、その場から走って逃げ去ろうとする奈央の腕を反射的にシンは掴む。

 振り解こうとする奈央だったが、シンは何も言わずに持っていたハンカチをポケットから取り出して、彼女に手渡す。

 

「シンくん?」

「それはくれてやる。まずは顔を拭け、話はそれからだ」

 

 言われるがままハンカチで涙を拭くと、目が真っ赤に晴れた酷い顔ながらも、奈央はシンと向き合う。

 これ以上辛い目に合うのは出来れば避けたい事案ではあるが、シンは奈央から手を離すと彼女の事情を汲み取って言葉を選んでいく。

 

「見吉は逃げていると言うがそれは違う。俺は見吉の行動は凄い勇気が必要な物だって思う」

「何でよ⁉ 私はモデルの世界から逃げ出した弱虫だよ! 陽菜ちゃんや部長さんは私なんかと違って、自分の世界で輝いてるって言うのに!」

 

 奈央が言うのは、ヘアアレンジを得意としている新垣陽菜と、既にプロのデザイナーとして活躍している手芸部部長の時谷小瑠璃の事であり、夢を諦めた奈央に取っては彼女達がとても眩しく見えた。

 しかし二人はモデルを休職してからも、今までと変わらずに奈央に接してくれていたが、その優しさが奈央には辛かった。自分に二人の友達で居る資格はあるのかと。

 感情を爆発させる奈央に対して、シンは先程の自分の話を交えながら話を進めていく。

 

「なら俺はどうだ? 俺は間違いなく負け犬だよ。戦争を二度と起こさないために必要な事、それは隣人を許す事が第一歩と言われている。だが俺にはそれは不可能だろう。こんな俺はいつまでも過去の事にグジグジ囚われたクソ野郎だろう?」

「そんな訳ないじゃん! シンくんはどうしても許せないんでしょ⁉ だったら別の道を探すのは当たり前の事だよ! 皆が皆手を取り合うなんて出来る訳ないんだからさ!」

「モデルの世界だって同じだろう。付いてこれないなら自ら退くのは勇気だ。新しい道を探すって言うのはこれまで通って来た道を進み続けるより、ずっと難しい事だからな」

 

 再びシンの辛い過去に触れてしまった事に、奈央はハッとした顔を浮かべてしまう。

 また自分はシンを傷付けてしまった。そんな罪悪感に奈央が苦しんでいるのを見て、シンはこの一件に関して決着を付けようとする。

 

「ありがとうな。わざわざ話したくない辛い過去を話させてしまって、俺を元気づけるために話してくれたんだろう?」

「逆! 私の事を元気づけるために、シンくん、辛い過去話してくれたんでしょう⁉」

「まぁそれは言い合いになってしまうから、そこまでにしておこう。それでこの一件だがな……」

 

 すっかり先送りになってしまった事案だが、これから正式にフラれると思うと、奈央の気分は重い物へと変わっていく。

 だがシンの言葉は彼女の予想外の物だった。

 

「俺は人を愛する事なんて出来ない。でも見吉とは友達にはなれると思うんだよ。辛い記憶を忘れたい、別にいいじゃないかそれでも、友達でよければ見吉とは付き合ってやるよ」

 

 そう言って手を差し出すシンに奈央は希望を持った。まだ可能性は0ではない事に。

 考えてみればいきなり出会って付き合ってくれなんて言う非常識な女にここまで付き合ってくれたのだ。

 シンの内面を知り、彼の事をますます好きになった奈央は、勢いよく抱き着いて、シンに好意をアピールする。

 

「うん! これからよろしくねダーリン!」

「ダーリンって……友達だって言っただろ! 見吉!」

「や~だ! 奈央って呼んで!」

 

 まるで猫のように頬ずりを繰り返して甘える奈央に困り果てながらも、何とか離れてもらおうと、シンは顎の下を撫でて、奈央と距離を取る。

 

「分かったよ奈央。まぁこれからよろしくな」

「うん! 私絶対今より素敵な人になってダーリンの事メロメロにさせちゃうんだから!」

 

 新たな目標が奈央の中で見つかり、奈央はシンに撫でられる事を心地よく思い「もっと撫でて」と言って甘える。

 そんな彼女に困りながらも、シンは一つ考えがまとまっていた。

 

(まぁこんな物は一時的な現実逃避だ。すぐに俺の元なんて離れるだろう)

 

 

 ***

 

 

 翌日、木乃子とレイは昨日あれから奈央とどうなったのかをシンに聞く。

 シンは決して不誠実な行動は取っていないとだけ言うが、はぐらかされた感がある二人は深く追求しようとする。

 

「おはよ~ダーリン~」

 

 突然後ろから奈央の声が響き、何事かと二人は思ったが、シンは背中に向かって抱き着いて来る奈央をそのまま受け止めると、一言「おはよう」とだけ言って構わずに歩こうとするが、奈央は甘えるように頬ずりをして、シンとスキンシップを求める。

 

「ダーリン眠いから教室までおんぶして~」

「馬鹿な事言ってないで歩きなさい」

 

 そう言ってシンは奈央の頭と顎の下を同時に撫でて、シンに撫でられると奈央は「ふみゅ~」と気持ちよさそうな声を出してシンの腕に自分の腕を絡ませて並んで歩く。

 奈央から「想いは届いた」と言うメールを二人は受け取っていて、それがどう言う事なのかシンに聞こうとしたのだが、その様子は付き合っているカップルには見えず、木乃子とレイは率直な感想を述べる。

 

「大型犬を可愛がる飼い主にしか見えん……」

 

 二人はこう言う愛情のかけ方もありなのかと疑問に思ったが、奈央はシンと一緒に歩ける事を心から喜んでいた。

 どんな形であれ、流される事なく、自分だけの力で一つ夢をかなえたのだから。




今回はグータラモデルの見吉奈央をシンと絡めました。
原作ではバリバリにモデルとして活動していますが、私の所ではこうしました。
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