目を覚ますとそこにあったのは見知らぬ天井だった。
首だけで辺りを見回すと本格的な病院と言う訳ではなく、一施設の簡素な救護室らしき場所だとシンは即座に判断をする。
あの時見た光景が夢かどうかは分からない。だが自分の当初の目的を果たす事が出来なかった事が分かると、緑色の患者衣に包まれた体を動かし、パイプベッドから上半身だけを起き上がらせ、一つため息をつく。
「目が覚めた?」
声がする方向に振り向くと、そこには豊満な胸を惜しげもなく晒し、もう少しで大事な部分が見えそうなぐらいギリギリにまで短いタイトなスカートに身を包んだ金髪の美女が居た。
白衣に身を包んでいる事から、彼女が自分の怪我の治療をしてくれたのだと思い、シンは死んだ表情のまま静かに首を縦に振って、お礼の意を示す。
「助けてくれて感謝します。自分はザフト軍、ミネルバ所属、プラント国防委員会直属の特務部隊FAITHのシン・アスカです」
「ハイ?」
突拍子もない言葉が立て続けに出た事に医師と思われる女性は素っ頓狂な声を上げてしまう。
だがシンの表情は真剣その物であり、冗談を言っているようにはとても思えない。
まずは彼とコンタクトを取って、彼の人となりを理解しない事には何も始まらないと判断し、医師は自己紹介から始める事にする。
「そう。私は聖櫻学園の養護教諭をやっている。神崎ミコトよ、ここには同じ学校に勤めている祐天寺先生が運んでくれたのよ。ちょうど私も帰る所だったんだけど急患が来てね。まぁまぁ治療には骨が折れたわ」
「学校?」
まだ詳しい事は何も分かっていないが、先程まで宇宙で戦争をしていた自分が学校に居る事が信じられず、今度はシンの方が素っ頓狂な声を上げてしまう。
何が何やら全く理解が出来ず、お互いに警戒し合うようにシンと神崎はジッと見つめ合う。
「色々と聞かせてもらっても構いませんか?」
「ええ。お互いに情報交換をしあう必要が私達にはありそうね」
祐天寺の話では彼は隕石の中から現れた少年だと聞いた。
神崎はこの少年はただの子供ではないと判断し、これから話し合う事を一期一句丁寧に聞き届けようと、真摯に向き合う覚悟を決める。
彼女の方に覚悟が決まったのを見届けると、シンはこれまで自分が体感した全てを語り出し、彼女と情報交換を行う。
***
神崎の話ではここはシンの世界では既に合併吸収された国日本だと知り、現在はコズミックイラより遥か過去の時代、まだ人類は宇宙にも進出しておらず、コーディネーターもナチュラルもない時代だと言う事を理解する。
そして神崎もシンの話を聞いて驚きの色を隠せなかった。
目の前にいる普通の少年は遺伝子操作を受けて、人為的な進化を遂げた人間だと言う事を。
そしてアニメでしか聞いた事がない『ガンダム』のパイロットだと言う事を。
話を全て聞き、驚愕の表情を浮かべたまま固まる神崎を見て、シンの方から質問をする。
「随分あっさりとこんな突拍子もない話を信じるんですね。俺には異世界からし来た事を証明する物なんて何一つないって言うのにあるのはこの体だけだ」
シンが言うように自分が乗ってきたと思われるデスティニーガンダムの残骸は、恐らく今頃警察が隕石として回収しているだろう。
彼が毎回持ち歩いていた妹の携帯電話も、ステラの貝殻のペンダントも、もうそこにはない。
シンが言うように彼は今、裸一貫の状態で何もない異世界に放り出されたような物。
そんな与太話を真に受ける神崎が信じられずに皮肉交じりに話すが、彼女はそんなシンに対して真摯な対応で返す。
「実は異世界から来た存在はあなた一人じゃないのよ。過去私達は異世界から来た少女をこの学校の生徒として保護しているわ。ミス・モノクロームちゃんって言うんだけどね。彼女は今家の一年生よ」
「その子もコーディネーターだって言うんですか?」
「いえアンドロイドよ」
自分を落ち着かせるために適当な作り話でもしているのでは。そう思ったシンは神崎の言葉を適当に受け流そうとするが、思いもよらなかった一言に目を見開いて神崎の方を見る。
神崎の顔は真剣その物であり、とてもじゃないが嘘をついていない事は分かり、その話を詳しく聞こうとする。
「ミス・モノクロームちゃんは、異世界から来た単三電池一本と海苔弁当が大好きなアンドロイドで現在、六畳一間のオンボロアパートに暮らしながら、聖櫻学園に通う一年生よ。まぁ今はアイドル活動が主になっていて、こっちには月に一度通えるかどうかぐらいなんだけど……」
「そんなアホな話信じろって言うんですか⁉」
あまりにぶっ飛び過ぎた設定に、反射的にシンは鋭い突っ込みを入れてしまう。
こんな突っ込みを入れられても尚、神崎の表情は真剣その物であり、信じられない気持ちもあるが、理解しようとしているシンのため話を続ける。
「ええ。そう言われても仕方ないのは認めるけど事実よ。だから私はシン君の言う事も信じるわ」
その真剣な表情を前にシンは何も言えなくなってしまい。これ以上の議論は無駄だと判断する。
そして目の前に居る神崎は決して自分に取って不利益な存在ではないと判断すると、シンはこれからの事を話し出そうとする。
「それで俺はこれからどうすればいいんですか? 助けてもらった事に感謝はしますよ。でも戸籍すらない俺がどうやってこの世界で生きろって言うんです?」
「その事は私と一緒に話し合いましょう」
保健室に神崎の物ではない声が響く。
声の方向を二人が振り向くと、祐天寺がいそいそと保健室に入り込み、シンがもう大丈夫な様子を見ると安堵の表情を浮かべて、彼に向って手を差し出す。
「よかったわ。無事で、さぁ私と一緒に学園長の元へ向かいましょう」
「あなたは?」
「この人が君を助けてくれた祐天寺弥生先生よ。ちゃんとお礼を言うのよ」
目の前に居るピンク髪のロングヘアーの女性が自分を助けてくれたのだと知ると、シンは静かに首を縦に振ってお礼の意を示す。
その行動に対して祐天寺はニッコリと穏やかな笑みを浮かべると、シンの手を取ってベッドから起こそうとする。
「一人で立てる?」
「ええ。まぁ……」
一応気持ちだけは受け取っておこうと、立ち上がるまでは祐天寺の手を借りようとシンは思っていたが、次の瞬間自分の手に凄まじい負荷がかかるのを感じ取る。
このままでは自分の脳天は地面に激突してしまうと判断したシンは、空いている左手で祐天寺の肘を手に取ると、そのままの体勢で座ったまま飛び上がり、空中で一回転して地面に静かに着地をする。
二人の間に一瞬何が起こったのか理解出来ず、神崎は茫然とした顔を浮かべてしまうが、祐天寺は変わらずに張り付けたような笑みのまま、ゆっくりと語り出す。
「ああ、ごめんなさいね。掴むとつい反射的に投げ飛ばそうとしてしまう癖が私あるから」
「いえ……」
「でもシン君凄いわ。今まで私の投げに反応出来て、それを切り返す事が出来たのなんてシン君ぐらいだもの」
祐天寺はシンの高い身体能力を認め、彼の頭を優しく撫でる。
だがシンはそんな彼女を呆れながら見ながら、彼女の後に続いて学園長室へ向かおうとしている最中、一つの思想だけが頭を占めていた。
(この人絶対元ヤンだ。それもかなり性質の悪い……)
***
学園長室にたどり着くと、祐天寺は軽いノックをした後、ドアを開けて中に入り、シンもそれに続く。
そこに居たのはロマンスグレーの髪を無造作にまとめ上げ、同色の髭を貯えた紳士がパイプを嗜みながら、肘掛椅子に座っている姿だった。
(またキャラクターが濃いな……)
「彼がシン・アスカ君かね?」
シンが失礼な事を考えていると、学園長はパイプから白煙を吹き出しながら、祐天寺からシンの事を聞こうとする。
祐天寺は同行していた神崎と一緒に、シンの事情を説明すると、学園長はシンを一瞥して、彼と話をしようと前に立つ。
「君年齢は?」
「16歳です」
「そうか。君は一番に戸籍の件を心配していたが、そこは私の方で何とかしよう。記憶喪失の振りでもして仮の戸籍を定着させてしまえばいい。その間身柄は家で預かろう」
「つまりこの学校に俺も通えって事ですか?」
「そう言う事だ。子供は学校に通って学ぶ物だ」
今回もミス・モノクロームのようにすんなりと落ち着いたと思い、祐天寺と神崎は互いに見合って安堵の表情を浮かべた。
しかし学園長は気付いていた。従順な振りをしているが、シンの瞳はどす黒い漆黒の意志で埋め尽くされている事に。
学園長は二人を手で追いやり、部屋の端へと誘導させると、再びシンと向き合って話し合いを行う。
「シン・アスカ君。シン君と呼ばせても構わないかね」
「ハイ……」
「では言うよシン君。言葉だけの感謝の意は必要ないよ。君は今激しい憎悪に満ちている」
思ってもみなかった言葉に祐天寺と神崎は言葉を失って茫然としてしまうが、シンはため息を一つつくと、何も言わずに死んだ魚のような目でジッと学園長を見つめるだけだった。
「だとしてもあなたには関係のない事です……」
「そうはいかない。私達の預かりになる以上、私は君を正しい方向へ導かなくてはいけない。何故そうなってしまったか理由だけでも教えてはもらえないか?」
それは今までにない反応であった。
シンがこう言う反抗的な態度を取って、彼に施されたのは今までずっと暴力と否定の言葉だけだったのだから。
一瞬話そうかどうか迷いはしたのだが、この場でだんまりを決め込んでも何も解決しないと判断したシンは話せる範囲で自分の心情を伝える。
「ここには俺が求める物など何一つない。そしてそれはこれからも何も変わらない」
「未来は分からないだろう」
ありきたりな言葉で説得を試みようとする学園長にシンの額に一瞬青筋が浮かぶ。
それは何度も否定され続けたシンだから、反射的に拒絶の言葉を敵と全て認識してしまうのだろう。
だがここでも自分は殴られて終わるだけだと判断したシンは自嘲気味に一言言う。
「それなら殴り飛ばして無理矢理にでも従わせればいいでしょう。大人が暴力振るうぐらいなんだ。それは正しい事なんでしょう?」
「ちょっと! それは流石に……」
あまりにも自棄になっているシンを祐天寺は止めようとしたが、学園長は彼女の進行を手で制して止めると、パイプをテーブルの上に置いてある灰皿の上に置くと、再びシンと向き合って拳を握りこむ。
「よかろうただし一発だ。怪我人の君に本気を出す訳にはいかない。それにまず君からかかってきなさい。一方的に殴ったのではフェアではない。殴り合うからこそフェアになるのだ」
「了解……」
どうせ負けるだろうと思っていたシンだが、そんな事はどうでもよかった。
早く家族の元へ向かいたいと思っていたシンは何も考えずに学園長の顔面に叩きこもうと、拳を振り上げるが、その瞬間学園長のカウンターの左ボディが綺麗にシンの鳩尾に深くめり込む。
その瞬間シンは吐瀉物を胃から吐き出しそうになってしまうが、元々何も食べていなかった事もあり、辛うじて胃液だけで済んだ。
腹の痛みに悶絶しながら蹲るシンを見て、祐天寺と神崎はすぐに駆け寄って彼の安否を気に掛けるが、シンはそんな二人に目もくれず、再びパイプを楽しむ学園長を見上げながら一言言う。
「あなたの勝ちだ……」
言葉では学園長の勝利を認めたシンではあるが、心の中は憎悪しかなかった。
また自分はこうして暴力で屈服させられ、無理くりやりたくもない事を押し付けられてしまうのかと。
諦める事さえ自分には許されないのかと負の感情だけが占める中、学園長が次に発したのはシンの予想の斜め上を行く発言だった。
「つまらん勝利だ……」
今までこう言う状況になった時、シンが見てきたのは勝ち誇った顔しかなかった。
だが今の学園長の顔は勝ったにも関わらず、まるで敗北したかのような沈んだ顔であり、学園長は悲しそうに自分の心情を吐露していく。
「心に迷いを持った相手に拳を振るった所で何も得る物はない。君は激情に身を任せて何もかもを忘れようとしているが、その実は激しく悩み迷っている」
「俺が迷っているだって……」
思ってもみなかった言葉にシンは憎しみも忘れ、困惑の表情を浮かべてしまう。
今まで自分が投げかけられてきた言葉は『ガキ』と『馬鹿』の二つしかなかったのだから。
自分でも分からなかった自分の心情を言われると、シンは自分が何に悩んでいるのかと困惑するばかりであったが、その間に電話を終えて学園長は一言彼に告げる。
「分からないのなら考える事だな。その間勝負は貴様に預けておく、敗北者を名乗る事は許さんぞ」
言い捨てると同時に新たな女性が学園長室へと入る。
紫色の腰まで伸びたロングヘアーを靡かせる30代半ばと思われる女性は、シンに肩を貸すと彼を抱えたまま、その場を後にしようとする。
「あなたは?」
「私は今日から君の身元引受人になる。この聖櫻学園で教頭を務める。藤堂静子と言う。学園で預かるとなったが、それでも編入試験は受けてもらい、合格しなければ家への編入を認める訳にはいかないからな」
藤堂の最もな主張にシンは何も言えなくなってしまい、これからの生活への激しい不安が襲う。
自分の知識など過去の世界では何の役にも立たない。それどころか文字すら自分は読めるかどうかも定かではない。
完全に意気消沈してしまうシンであったが、藤堂は構わずに話を進める。
「だが安心してほしい。まだ試験まで三か月ある。今は11月だから、2月の編入試験にまでは何とか間に合うようにしてみせる」
「よろしくお願いします……」
言葉だけの生返事であったが、それでも藤堂は「ええ」と言ってシンの決意を受け入れた。
腹は相変わらず痛いままであったが、シンは自分の感情に困惑するばかりであった。
否定されたにもかかわらず激情に身を委ねない自分に。
と言う訳で、まずは神崎ミコト、祐天寺弥生、藤堂静子らと接触させました。
因みに祐天寺先生の実力はシンと同レベルです。
これを祐天寺先生が凄いと捉えるか、シンが大した事ないと捉えるかは。
皆様にお任せします。