年が変わり、季節は本格的な冬となった。
シンはある程度自分の荷物が出来た事から、藤堂のマンションに居候から、聖櫻学園の寮へと引っ越していて、この日もシンはやる事がないかと言う理由で勉強に勤しむ。
だがその表情は晴れやかな物ではなく、完全に目は死んでいた。
ここの人達は決して自分の事を悪く言わない。
シンが軍に所属していた頃は毎日のように否定され、からかわれ続け、そこから喧嘩になって袋叩きに合い、そして自分一人だけが責任を取らされて独房行きとなる。
自分の事を何一つ知らないのだから当然なのは分かっている。だがそれでもシンは居心地の悪さを感じていた。
それは将来に対する不安だ。
まず一つは戸籍、この世界ではもうシン・アスカとして生きる事は出来ない。全くの別の名前を名乗らなくてはいけない事に腹立たしさを覚えた。
次にこれからの生活費についてだ。奨学金と言う形を取ったが、これは言うならば借金生活のような物。
ここに来るまでに奨学金の闇に付いては調べたつもりだ。この不況の日本で20年近く返しきれるかと聞かれれば正直微妙な所だ。
元々後ろ向きでネガティブ思考が強いシンだったが、アスランに決定的な敗北を食らってから、その傾向はますます強くなった。
ハッキリ言ってシンの今の立場は八方塞がりもいい所だ。
外出制限もされている寮の暮らしは決して快適な物とは言えず、シンの中に過るのは数々の苦い思い出。
何一つ誰一人救う事が出来ず、ただ辛く悲しいだけの日々をこれからも過ごさなくてはいけないかと思うと、その瞳には涙が浮かび出し、持っていたシャープペンシルを粉々に打ち砕いてしまう。
「もう今日は無理だ……」
今日やっていたのはあくまで復習であり、改めて頭に定着させるための物。
もう十分やっただろうと判断したシンは消灯時間には少し早いだろうと思ったが、床に就く事を選んだ。
それ以外に自分が出来る事など何一つないから。
***
だが夢の中でシンを襲ったのはいつもの悪夢。いやコズミックイラ時代よりも酷い悪夢であった。
家族を失った光景に加え、アカデミーや軍での辛く悲しい思い出ばかりがフラッシュバックし、シンを苦しめる。
過去だけじゃない。どうせこれから先の未来もろくな人生を歩めないとシンは決めつけてしまっていた。
何もかもに絶望する。力のないシンが出来る事はそれだけだった。
数々の苦い思い出の中で最後にシンガ見た光景。それは慰霊碑の前でキラ・ヤマトと握手をして分かり合うと言う内容の物。
「……ざけんな……」
この瞬間見ている物が夢だと理解し、シンの中で嚇怒が沸き上がる。
怒りだけが体を支配し、血液が沸騰する感覚に襲われると、体中に汗を浮かばせながら、安物の掛布団を足で吹き飛ばし、シンは飛び起きる。
「誰がテメェなんかと仲間になんてなるか!」
目の前にあったのはパイプベッドと勉強机だけがある簡素な部屋だった。
本来は二人用の部屋なのだが、寮を使うのは留学生か家が遠い所にある生徒のみであり、今は空き部屋の方が多い状態である。
近々取り壊しも視野に入れているため、本来の寮よりは緩い規約となっている。
それだけがシンに取って救いだった。今の怒鳴り声を聞けば、また喧嘩になるのは分かっている事だから。
しかしそれでもシンの怒りは収まらない。水一杯飲むにしても食堂まで行かなければいけない。
髪を乱雑にかきむしり、頭を何度も強く拳骨で殴っても、晴れやかな気持ちにはならない。
こんな時周りはどう言うだろうと思うと、再び負のスパイラルに入ってしまう。
『大人になれ』『過去の事にウジウジするな』『そんな人を増やさないために頑張らないと』そう言う言葉は逆にシンの神経を逆なでさせるだけであった。
従わなければ鉄拳制裁が飛ぶ。会う人、会う人に否定しかされた事ないシンの心は最早限界にまで達していた。
「何でもいい……もう何でもいい……」
シンは藤堂に買ってもらった紺色のパジャマを脱ぎ捨てると、前の住人が置きっぱなしにしていた真っ黒なジャージに手を伸ばして着る。
フードを頭から被り自分とバレないようにすると、窓を開けてそこから飛び降りる。
三階からそんな事をすれば普通は骨折物なのだが、訓練を受け、コーディネーターの身体能力を持ったシンに取ってこの程度は命綱なしでも脱出が可能な範囲。
こうして夜の闇に紛れて監視の目を盗み、シンは夜の街へと繰り出す。
自分が僅かでもすがれる物を見つけるため。
***
夜の繁華街をあてもなくシンは歩く。
調べてみた所、自分が居る場所は日本でも最大の歓楽街がある東京ではなく、神奈川の横浜だと言う事が分かった。
しかし横浜も東京ほどではないにしろ、中々の繁華街であり、町は綺麗にネオンで煌びやかに光り輝いていた。
しかし、シンにそれらを楽しむ余裕などない。
無一文で放り出されたのに加え、シンの年齢では風俗もカジノも利用する事は出来ない。
飲食店に入っても補導されるのがオチだろうと分かっていたので、ただ極力裏道を進んでいくしかシンには選択肢がなかった。
フラフラとあてもなく歩き続け、完全に街灯も灯らない裏路地へと迷い込んだ時、シンは自分に対しての殺気を感じ取って振り向く。
だがそこには誰も居なく、居るのは自分だけだと分かると再び歩を進めようと前を向く。
「気のせいか……」
しかし次の瞬間明らかに自分を殴り飛ばそうとする風圧を感じ取って、シンは前を向いたままジャンプしてかわすと、ファイティングポーズを取って振り返る。
だが振り返った瞬間、自分を襲おうとした輩を見て、シンは空いた口が塞がらなくなっていた。
そこに居たのはラーメンのどんぶりを頭から被って、背中には暖簾を背負い、両手には麺を持った非常識を絵に描いたような男が居たのだから。
しかしシンの心情を待ってくれず、ラーメン男は両手に持った麺を鞭のようにしならせて、シンの顔をしばく。
刺さるような痛みが走った事で、呆れから一気に怒りがシンの脳内を支配し、これまで苛立っていた事も手伝い、拳を振るってラーメン男に殴りかかる。
「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
それは誰に向けて言った言葉なのかは分からない。だが今のシンに取っては殴れれば何でもよかった。
麺をかき分けて放つ渾身の右ストレートは綺麗にラーメン男にクリーンヒットし、男の体はのけぞる。だがその程度でシンの怒りは収まらない。そのまま怒りの言葉と共に立て続けにラーメン男を殴り続ける。
「確かに俺は何も出来ない負け犬だよ! だからと言ってなテメェみてぇなドクズにまで見下される筋合いはねぇんだよ!」
後方に倒れこんだラーメン男の上に馬乗りになると、シンは立て続けに男の顔面にマウントパンチを放ち続ける。
面白いようにクリーンヒットし続けるパンチがシンの感情を更に怒りへと導く。
「どいつもこいつもむかつくんだよ! 俺の事をいいように利用するだけのレイ! 分かったような事ばかり言って否定しかねぇルナ! 糞みたいな政治しかしねぇアスハ! うぜぇだけのアスラン! 自分の言葉が全て正しいと踏んでいるラクス・クライン! そして俺の家族を奪ったキラ・ヤマト! そして俺だけが悪者として扱われる世界! もううんざりだ!」
軍ならばここで全員に馬乗りにされて強制終了させられ、独房行きがいつものコースだろう。
だがここは誰も居ない路地裏、プロレスラーのような体格を持った相手にも喧嘩を挑んだが、返り討ちにあった事もあるシンは生まれて初めて圧倒すると言う経験に酔っていた。
「テメェみてぇなクズに俺の何が分かるってんだよ⁉ どいつもこいつも否定ばかりしやがってよ! ガキで何が悪い! バカで何が悪い! それが俺なんだよ! もう俺は一生死ぬまで俺でしかねぇんだよ!」
完全に感情のタガが外れてしまったのか、怒りに身を任せて何度も何度も拳をシンは振り下ろす。
そしてラーメン男が完全に戦意を喪失して動かなくなったと同時に起こった現象を見て、ようやくシンは落ち着きを取り戻した。
「何だこりゃ⁉」
それまで伸し掛かっていたラーメン男の体は半透明になって消えると、まるで蒸発するかのように消えてなくなった。
尻が地面に着地すると同時にシンは理解した。これをも人間に振るっていたら、どうなっていたかと。
だが同時に危険な考えがシンの中を占めて、口元だけを歪ませた邪悪な笑みを浮かべると、シンはゆっくりと立ち上がる。
「あれが何かは分からねぇけどよ……あれぐらいならいくらでも殴れるし、別に犯罪でもねぇだろ……」
最早完全に本来の目的を見失い、暴力の快楽を知ってしまったシンは次の獲物を求めて、フラフラと町をさまよう。
シンは気付いていなかった。今倒したのは聖櫻学園の周辺のみに現れる問題となっている存在『悪男』であり、この悪男をどれだけ撃退する事が出来るかが、この世界においてのステータスだと言う事を。
***
今までにないくらい晴れやかな気持ちで真冬の朝にも関わらず、シンは体中に浮かぶ汗を拭いて爽やかな笑みを浮かべていた。
その後もシンは悪男を見つけては狩り続け、暴力の快楽に酔いしれていた。
他人から見れば最低な行為であろう。だがシンの胸中は今までにないぐらい晴れやかな物であり、まるでスポーツで汗を流したかのような感覚に酔いしれる。
「これを目的にするのも悪くないかもしれないな」
異世界の中で一つ目標が出来た事に喜びを覚えると、シンは朝の点呼の時間に間に合うように寮へと足早に戻る。
この瞬間聖櫻学園のデータベースには一人新たにランキングに登録された人物が現れる。
その名は『シン・アスカ』
***
そして季節は桜が舞い散る春になった。
桜並木をゆっくりと歩を進めるのは露骨に不機嫌そうな顔を浮かべた一人の少年。
黒髪に赤い瞳を持ったワイルドな顔立ちの整った少年は、一見すれば男前の部類に入るのだが、その見る物全てが気に入らないと言った不機嫌そうな表情に全員が彼を遠ざけていた。
学校指定の制服をきっちりと着込み、背中に学生鞄を背負った少年は無事に転入試験に合格し、ポケットから生徒手帳を取り出すと、自分が所属するクラスへと向かう。
彼の名は聖櫻学園2-C所属、シン・アスカ。またの名を
戸籍の問題から、シンには偽名を用意させました。
偽名に関しては苗字は監督の名前を少し変化させ、名前はそれに合うのを適当に選んだ感じです。
このゲームにおいてランキングの上位に行くのは大変な事ですが、それもシンなら何とかなるだろうと思い、このような処置を施しました。