聖櫻学園運命記   作:文鳥丸

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僅かな愛情や優しさは、怒りと憎しみの前に消えた。


第六話 それでも俺は止まらない

 この日も窮屈な寮の生活にシンは激しい苛立ちを覚えていた。

 幸いにも新入生の中で寮を使う生徒はおらず、シンは相変わらずの一人暮らし状態ではあったが、それでも集団生活と言うだけでシンの苛立ちは募る一方。

 今日は木乃子が話しかけてくれた。それは嬉しかったのだが、どうしてもシンは過去にこだわってしまう人間。

 それが原因でほぼ自殺のような特攻まで決めてしまったのだから。

 気を紛らわせようと勉強をしていたが、それももう自分で限界に達するのが分かっていた。

 もう何本目か分からないが、また一つシャープペンシルを握り潰してスクラップにすると、窓を開けて再び夜の街へ繰り出そうとする。

 

『まずはあたしぐらいで手を打っておけって』

 

 いつもならば殴れる事に喜々としていたシンだったが、この日頭に過ったのは木乃子の言葉だった。

 自分を気遣ってくれたのは嬉しい。だがその気遣いに応えてやれるだけの度量は自分にはない。怒り狂っている間だけが唯一、惨めな自分を忘れられる瞬間なのだから。

 例え間違っていると分かっていても、感情がそれを許さず、理性よりも感情に負けてしまう。

 考えた所で辛いだけだ。どうせ何も変わらないのだから、なら何も考えなければいい。それがシンの出した結論だった。

 

 

 ***

 

 

 この日も様々な変態を片っ端から見つけては手当たり次第に無茶苦茶に殴り飛ばす。

 幸いにも悪男の方から向かってくるので、殴る相手には事欠かない状態であり、この日も怒声と罵声を思い付く限り浴びせ倒し、悪男を片っ端から消滅させていく。

 この瞬間だけは言いようもない幸福感に包まれていて、食事よりもオナニーよりも欲求が満たされる感覚にシンは酔いしれていた。

 自分のしている事が正義など微塵にも思わない。ただやりたいからやっているだけ。

 正義に燃えて戦争を止めようと戦っていた時よりも、今の方がずっと充実していると判断して、ただただシンは乾いた笑いを放つだけだった。

 

「悪く思わないでくれ姫島。俺はこう言う生き方しか出来ないんだよ」

 

 自分で言っいて何て痛い奴なんだと思っていたが、事実なのだから仕方ない。

 思い通りにいかなければ殴り飛ばして黙らせる。そう言う風にしか教えられてない自分が、他の生き方など出来る訳がない。

 これが自分の見つけた大人と言う形なのだと強引に話を終わらせると、朝日が昇り出したのを見て、シンは帰路に就く。

 その際思うのはまたあの窮屈な寮に戻らなくてはいけないのかと思うと、シンは再び憂鬱になってしまう。

 

「金が欲しい……」

 

 金がなくては何も始まらない。それは家族を失ったその時から分かっていた事。

 何もかもを亡くした自分がアカデミーに所属する事が出来たのは、常にトップを走り続けていて、学費を免除させられていたからこそ。

 だが今は違う。奨学金はいずれ返さなくてはいけないし、常にギリギリの状態で自分が自由になる金など一つもない。

 何もかもが管理された現状は軍に居た頃と何一つ変わってない。

 今を変えたいと言う想いが歪んだ形ではあったが芽生えていた。

 それを成長と言ってくれる人は、コズミックイラの世界にも、この世界にも居なかった。

 

 

 ***

 

 

 週が明けて月曜日、月白は学園長から渡された一つの資料を見て愕然となっていた。

 それは『たすけて! マイヒーロー』と言う悪男をどれだけ撃退したかと言うランキング表であり、そこでいきなりトップに現れた名前。

 

『一位 シン・アスカ』

 

 突然のニューヒーローの存在に一部では騒がれた。それはこのランキングは一朝一夕で載れる物ではないのだから。

 シンがこの世界に来て半年も経ってないのに、この結果を残した事に月白は膝から崩れ落ちそうになってしまうが、辛うじて堪えるとスマートフォンを取り出して、どうすればこんな事になってしまうのか計算を行う。

 すると毎日最低でも6時間以上は戦い、その全てに勝利しなくてはいけないと言う結果が出たのだから。

 

「信じられない。元気炭酸も用意されていないのに……」

 

 ランキングの上位と呼ばれる面々は所謂お助けアイテムを多用しているのが要因。

 それはお金と引き換えに手に入れられるドーピングのような物であり、故にマイヒーローの上位は事実上の長者番付のような扱いもされていて、女性陣からも注目を集めている。

 しかしシンは純粋な身体能力だけで頂点に立つ事が出来た。

 悪男は女性には倒す事が出来ないと言う妙なルールが存在している。

 故に祐天寺は参加出来ないが、もし彼女が悪男討伐に参加すればこれぐらいの結果は残せるだろうと月白は思ったのだが、そんな事はどうでもよかった。

 

「このままにしておく訳にはいかない……」

 

 自分の生徒が悪の道へ片足踏み込んでいると判断し、月白は学園長に自分の意見を伝えようとする。

 シンは最早物珍しさだけで見ている存在ではない、月白に取って大切な生徒なのだから。

 

 

 ***

 

 

 この日も終礼のチャイムが鳴り、生徒達は足早に帰路に就いたり、部活へ向かおうとしていた。

 そんな中でもシンは相変わらずのブスっとした顔を浮かべるばかりだったが、後ろから肩を叩かれて振り返る。

 

「またぼっちモードに入ってるぞ。しょうがないな~」

 

 未来の世界の猫型ロボットのような口調で木乃子はシンをおちょくるが、そんな彼女に対してシンの態度は変わらず、何も言わずにジッと木乃子を見つめるだけ。

 これじゃ何も変わらないと判断し、木乃子は強引にでもシンにこちらの世界に興味を持ってもらおうと、彼の腕を取って引っ張ろうとする。

 

「何の真似だ?」

「いいから家でゲームするぞ。ゲームの面白さをシンにも教えてやるよ」

「ついこの間面識を持った人間を自分の部屋に連れ込むのか? もう少し貞操観念を強く持った方がいいぞ」

「大丈夫だ。家にはママンも居るし、それぐらいしないとシンは色々とヤバいだろうよ」

「その通りだ。だがそれは今日じゃない」

 

 突然第三者の声が響いた事に、シンと木乃子は同時に声の方向を見る。

 そこに居たのは眼鏡を直して気合を入れ直した月白であり、木乃子は自分がまた何かしでかしたのではないかと思い、バツの悪そうな顔を浮かべるが、月白はシンの前に立つと親指でシンを誘導し、生徒指導室まで来るよう命じる。

 シンは何も言わずに彼女の後に続き、そんな二人を前に木乃子は唖然となっていたが、最後に一言月白に対して叫ぶ。

 

「あんまり怒っちゃダメだぞ! よーこちゃん!」

「分かっている。だけど陽子ちゃんは止めなさい」

 

 これが自分に出来る精一杯の行為だと思ったが、ここで帰るのが本当に正解なのかと木乃子は二の足を踏んでしまう。

 今の状態でゲームをやった所できっと集中など出来る訳がない。進む事も戻る事も出来ず、木乃子はただただ茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

 ***

 

 

 月白の後ろを歩いている途中、シンの中では怒りに満ち溢れていた。

 それは過去何度もルナマリアに怒られた記憶がフラッシュバックするばかりだらからだ。

 どうせ今回も人のやることなす事否定ばかりして、最後は殴り飛ばして黙らせるんだろう。

 そんな負の感情だけが今のシンを支配していて、月白に促され生徒指導室に入り、パイプ椅子に座ると次の月白の行動は予想外の物だった。

 

「コーヒーでいいか?」

 

 月白は二つのマグカップを取り出し、自分の分とシンの分のインスタントコーヒーを作ろうとしていた。

 一瞬呆気に取られていたシンではあるが、すぐ気の抜けた声で「ハイ」とだけ言うと、月白はコーヒーを二つ作り上げて一つをシンの前に置くと、ファミリー用のお得パックのお菓子を開けてトレイの上に放つ。

 

「お菓子食べるか?」

 

 これから煩わしいだけの説教が始まるのだと思っていたが、思っていた以上の好待遇に呆けながらもシンは一礼をしてお菓子を一つ食べて、コーヒーを一口飲む。

 インスタントの安物ではあるが、気を落ち着けるにはちょうどいい物であり、ある程度リラックスが出来たのを確認すると、月白は彼とテーブルを挟んで向かい合わせに座り、何故自分が呼び出したのかを話そうと、一枚の紙をシンの前に差し出す。

 それはおねがいマイヒーローのランキング表であり、突然一位になったシンの存在を指さすと、ここから本格的に話を進めていく。

 

「まずシンは何を倒しているのか分かっているのか?」

「いえ。ただ向こうが殴りかかるから、身に振る火の粉を払っただけです」

 

 確かに悪男は放っておけば男女問わず害をなす存在。

 だから駆除する事自体は間違っていないのだが、シンの場合は数が尋常ではなく多い。

 まずは悪男が何なのかを分からせる事から月白は始める事にした。

 

「なら教えるよ。君が今まで倒していたのは悪男と言って、この世界に害をなす存在だ」

「途中で消えてなくなりましたけど、あれ何なんですか? 人間じゃないですよね?」

 

 最もなシンの疑問に対して、月白はバツの悪そうな顔を浮かべて目を背けてしまう。

 悪男に関しては何も分かっていないからだ。

 分かる事はたった一つ放っておけば、女の子を襲い害をなす事。ある程度の戦闘力を持っていれば撃退出来る事。男性にしか撃退出来ないと言う事。その正体は何一つ今のところ分かっていない事、それら全てを月白は的確に伝えた。

 

「話を聞けば聞くほどファンタジー世界みたいな内容ですね」

「それを言われると何も言い返せないな……しかし今日シンを呼び出したのはそう言う事じゃないんだ」

 

 ここから本題であるシンの問題点に付いて月白は話し出す。

 悪男その物を駆除する事は悪い事ではない。

 だがシンの場合その数が異常に多すぎる事を問題視し、何故そこまで悪男に固執するのかを訪ねる。

 少し迷ったのだが、シンはその場の圧に負け、ゆっくりと語っていく。

 

「一言で言うなら憂さ晴らしです。金もない、自分の名前も名乗れない、奨学金なんて借金まで背負っている。そんな八方塞がりな状況でも殴っている間だけは忘れられますからね」

 

 シンの本音を聞き、月白は顔を覆って嘆く。

 確かに何もない異世界に体一つで転移したシンに同情の余地はある。

 だがモノクロームと違って目的も指名もないシンを何とかしようと、月白は説得に当たる。

 

「自分でも分かっているだろう? そんな事したって何も変わらないって事ぐらい」

「それは分かっていますよ。でも俺は止めるつもりはありません。寮生活は窮屈でしょうがないからですね」

「イジメにでもあっているのか?」

 

 月白の問いかけに対して、シンは小さく首を横に振ると、何故こんな事になったのかを語り出す。

 戦争で家族を失い、その後の人間関係にも何一つ恵まれず、最後はテロリストの暴力に屈し、ラクス・クラインの下で働くのが嫌で、アスランを相手に特攻をかまし、現在に至る事をシンは告げた。

 シンの環境に同情出来ない事はなかったが、シンの行動を一つ窘めようと月白は話し出す。

 

「だから集団生活をしていると軍の嫌な記憶がフラッシュバックし、こう言う行動に移るんだな?」

「イエス」

「シンの環境に同情しない事はない。だがこんな非生産的な行動は控えなさい。シンに必要なのは暴力ではない」

「だが金はどうする事も出来ないでしょう」

 

 学生の身分で金を稼ぐなどたかが知れている。それを理解しているシンはあっけらかんと言う。

 その何もかもを諦めたような口調のシンを見て、月白は何とかしなくてはいけないと言う使命感に駆られ、一つの提案をする。

 

「その件に関しては追々やっていく事にするよ。一つ提案があるんだがな」

「何です?」

「シンに必要なのは話をする人間だ。今日は月曜日だから毎週月曜日は私と話す時間を取ろう。話を聞く限り、カウンセリングが必要だからな」

「そんな物教師の一任で決められる物なんですか?」

「大丈夫約束をする。少なくとも殴るような真似だけはしないと」

 

 月白に関しては信じてもいいのではと思い、この日の話し合いはこれだけだと言うと、シンは解放される。

 何も言わずに鞄を持って、その場を後にしようとしたシンだが、ドアの前で立っていた小柄な少女を見て、興味はそっちに移る。

 

「待っていたのか? 帰ってくれてもよかったのに」

「そうはいかないだろうよ……」

 

 木乃子は待っていてくれたのを見て、シンは今日は彼女に付き合おうと、木乃子と並んで歩き出す。

 

「ゲームするんだろう? 教えてくれよ。俺やった事ないからさ」

「オウ! 任せておけ、シンにゲームの素晴らしさってのを教えてやるからよ」

 

 二人は並んで校門へと向かう。

 並んで歩くシンと木乃子を見て、月白は微笑ましい表情で見ていた。

 少しずつでもシンは進んでいるんのだと思っていたから。




まずカウンセラーとして月白先生を宛てました。
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