料理好きな提督と金剛の、世界で一番おいしいご飯のお話。

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初めましての方は初めまして。瑞穂国と申します。

少し前から温めていた、金剛さんと提督のお話です。
内容はタイトルの通りです。


世界で一番おいしいカレー

 小さなうちの基地には、そんなに大した食堂はない。中央の大きな鎮守府なら、それこそ何十人という規模で艦娘がいて、食堂を使うんだろうけど。僕を入れてもたった八人ぽっちの基地で、大きな食堂というのも贅沢過ぎる。食堂のおばちゃんも一人だけで、しかもパートさんだから、土日祝日は基地にいない。

 幸いなことに、というか。長らく料理を趣味にしてきた僕にとっては、これはむしろ都合のいいところでもあった。食堂のおばちゃんのいない日は、朝から僕が厨房に立って、料理ができる。嬉しいことに、基地の艦娘からも評判がよく、以来土日祝日の食事は、僕が担当することになった。

 今朝も、相棒とでもいうべき前掛けを締めて、僕は食堂に立っている。叢雲の要望で、今日は純和風の朝食だ。

 八人分の塩鮭の焼き加減を見つつ、味噌汁と、昨夜作り置きしておいた煮物の具合を確かめる。玉子焼きも焼いたし、もう少ししたらご飯も炊ける。

 煮物のだしを小皿にすくって、一口含む。朝にはぴったりの、優しい味がする。塩っけと甘さのバランスが丁度いい。僕が納得して頷いたその時、横から小皿を奪っていく手があった。

 

「んー、今朝もいい出来デスネ」

 

 たった今僕が味見しただしを口にして、全身でおいしさを表現する艦娘が一人。明るい色の長髪を、「それはどうやってまとめてるんだい」と思わず訪ねてしまった複雑な髪形にしている彼女。長い睫毛の目を細めて、朝から元気一杯に笑っているのは、金剛だ。僕の基地では唯一の大型艦で、秘書艦も務めてくれている。明るく快活で、面倒見の良い性格も相まって、他の艦娘たちからも慕われている。

 そんな金剛は、味見――という名のつまみ食いの常習犯だ。僕がご飯を作るとき限定で、彼女はふらっと厨房へ現れる。ニコニコと僕が調理しているところを見つめ、時折手伝ったりして、完成する頃に一口味を見る。今朝はだしの味見だけに留まっているが、場合によっては海老天が二本、無くなっていたりする。

 でも、ただつまみ食いするだけではない。金剛は、こと味のセンスにおいてはピカイチだ。時には味見すらせず、足りていないものを言い当てたりする。彼女の的確なアドバイスは、僕にとってはいつでも目から鱗、感心することばかりだった。いつからか、金剛のお墨付きが、僕の料理の判断基準にもなってきている。

 今朝の料理は、金剛的には十分合格だったようだ。

 

「あとは、ほうれん草のお浸しでも、作りマスカ?」

「そうだね。お願いしてもいいかな」

「オッケー、任せるネ」

 

 まくった腕を叩いて、金剛がウィンクする。随分と様になったウィンクに、頬を緩めて、残りは彼女に任せることにした。僕は鮭の見張り番になるとしよう。

 慣れた手つきで、ほうれん草を茹で始める、金剛。鼻歌交じりに菜箸を動かす手つき。彼女はいつも、楽し気だ。ご飯を作っている時も、ご飯を食べている時も。金剛はいつも笑っている。

 

「ンー?」

 

 僕の視線に気づいたのか、金剛がコテンと首を傾げた。急に気恥しくなって、僕は目線を逸らす。

 鮭が焼けて、ご飯も炊けた頃、基地の皆が食堂にやって来る。今朝も楽しい、ご飯の時間だ。

 

「いただきます」

 

 八人で手を合わせ、声を揃える。和食をリクエストした叢雲が、早速箸を取って、卵焼きを頬ばっていた。幸せそうな微笑みに、自然と僕の頬も綻ぶ。

 叢雲だけではない。お浸しを口にする狭霧も、ふりかけご飯をかきこむ朝風も、お味噌汁をすする江風も、満足そうに箸を動かしている。

 料理人冥利に尽きる、というのはこういうことを言うんだろう。

 

「今朝もおいしいデスネ」

 

 幸せそうといえば、ここにも一人。僕の隣で、鮭を口に運ぶ金剛も、幸せそうに箸を動かしている。元気溌溂とした印象とは裏腹に、彼女の所作は一つ一つが丁寧で、優雅だ。本能の赴くままに箸を運ぶ駆逐艦とは対照的で、より一層、金剛の所作が際立つ。保護者の三文字が、頭に浮かんだ。

 玉子焼きを咀嚼しながらも、金剛はずっと他の艦娘を見ている。朝からかしましく会話を弾ませる少女たちを見つめている。それからふっと笑みをこぼして、またおいしそうに、味噌汁をすするのだ。

 

「金剛は、いつもおいしそうに、ご飯を食べるね」

 

 何度目になるかわからない感想を、僕は呟いていた。

 ご飯を口に含んでいた金剛は、またも「ンー?」と首を傾げる。こくりと口の中のものを飲み込んでから、彼女は白い歯をのぞかせて満面の笑みを浮かべた。

 

「当たり前デス!皆と食べるご飯が、世界で一番、おいしいご飯ですカラ」

 

 答えはいつもと変わらない。一点の曇りもない笑顔でそんなことを言われては、僕も笑うしかない。

 何にせよ。ご飯を食べて、誰かと笑えるなら、それがきっと、一番だ。

 

 

 

 小さなうちの基地も、場合によっては多数の艦娘で溢れる時がある。大規模作戦の前線基地や中継基地に選ばれた時なんかがそうだ。そのための設備は用意されているし、相応のキャパシティはある。

 食事についても、そういう時は司令部の方から給糧艦が派遣されてくる。普段数十人分の食事を作っているだけあって、彼女たちの手際はすこぶるいい。

 だから、僕が厨房に立っているのは、本当に趣味の範疇だ。こういう時だと、味の研究用に、少ない量の料理を作りやすい。

 夕食終わりの厨房で、小さな鍋と向き合う。一口一口、味を確かめながら、おたまで中身をかき回していた。

 久しぶりに、カレーを作っている。海軍では、金曜日の夜がカレーと決まっている。休日担当の僕には、なかなかカレーを作る機会は巡ってこない。こういう時でもないと、新しい隠し味とか、気になってた香辛料とか、試してみるタイミングもなかった。

 鍋と睨めっこをしていると、ふとした物足りなさを感じて、顔を上げる。厨房には僕一人。こういう時、いつもひょっこり現れて、「何作ってるノー?」と話しかけてくる金剛の姿が、今夜はなかった。

 それもそのはずだ。金剛は今朝から出撃していて、帰りが遅くなると連絡があったばかりだった。他の基地の艦娘を送り届けてから、うちへ戻ってくるという。

 

――『ご飯用意しててネ』

 

 そんな電文を寄越した彼女のために、僕はカレーを作っていた。

 鍋のカレーは、もう完成に近い。艦船勤務の頃から親しい烹水員に分けてもらった、護衛艦特製のルーに、いくつか香辛料と隠し味を入れてみたものが、今日のカレーだ。夏も近いから、具はたくさんの野菜。金剛の好みに合わせて、ジャガイモも大きめの、ごろごろしたやつを入れた。味の染み込んだ表面が、少しずつ煮崩れてルーに溶けている。

 

「んー、いい匂いっ」

 

 その時、どこからともなく、声がした。非常に聞き覚えのある声に、僕は思わず、厨房から身を乗り出す。少し早く、金剛が帰ってきたのかと思ったからだ。

 しかし、カレーの匂いを嗅ぎつけて、夜の食堂に現れたのは、金剛ではなかった。

 食堂の入り口に立っているのは、金剛とよく似た、しかしより快活な印象を抱かせる、短髪の少女だった。金剛の妹で、比叡という少女だ。大規模作戦中、中継基地として、うちの基地にやって来ていた。金剛とは久しぶりの再会だったようで、随分とはしゃいでいたのを思い出す。

 

「こんばんは、中佐」

 

 比叡は僕に気づいた様子で、ニカッと笑ってお辞儀をした。それに、僕も会釈を返す。

 そのまま、比叡は僕の方へと歩み寄ってきた。興味津々という様子で、つぶらな瞳を輝かせている。

 

「中佐がカレーを作ってたんですか?」

「うん。新しい隠し味の研究中」

「覗いてもいいですか?」

「もちろん」

 

 やった、とガッツポーズを握って、比叡は厨房を覗けるカウンターに位置取った。頬杖をつき、ニコニコとこちらを見ているところに、金剛の姿が重なる。

 

「隠し味は何を入れたんですか?」

「企業秘密です。ルーは、昔乗ってた護衛艦から、拝借してきました」

 

 えー、いいじゃないですか。比叡が笑う。それに相好を崩して、僕は一口分、カレーをすくった。アツアツで湯気の立つ、カレーのルー。すくった分をすすると、すぐに刺激的な香りが鼻孔をくすぐる。舌にまとわりつくように、濃厚な味が広がっていく。全体のまとまりが、普段よりまろやかになったと感じるのは、入れてみたコーヒー牛乳のおかげだろうか。

 

「どうですか?」

 

 比叡の質問に、僕は改めて考える。

 出来は、悪くない、と思う。色々と新しい試みをしてみたけど、全体的に綺麗にまとまった。個人的には、もう少しパンチがあってもいい気がするけど、疲れて帰ってくる金剛には、優しい味付けの方がいいだろう。

 あとは、金剛の評価次第だ。

 

「いい出来だよ。あとは、金剛の評価を待つばかり、かな」

「?どういうことですか?」

 

 キョトンと、比叡は首を傾げる。ああ、そうか。彼女は、いつも金剛が味見をしていることを、知らないのか。

 

「僕の料理は、いつも金剛が味見しているからね」

 

 僕の答えに、比叡は益々、理解できないという表情になっていく。

 何か、彼女と決定的に、認識の齟齬が生まれるようなことがあっただろうか。僕が疑問に思い始めた頃、ようやく比叡が口を開いた。

 

「中佐、何言ってるんですか?お姉様、もう、味なんてわかりませんよ?」

 

 ……今、彼女は、何と言ったのだ。

 比叡の言葉が全く理解できなかった僕は、その場で身動きができなくなってしまった。どこもかしこも軋んでピクリともしない関節のうち、唯一首だけが動いて、比叡に顔を向ける。急に感覚の無くなった手から、おたまが落ちてカランと音を立てる。

 言葉が出ない。頭が空っぽになっていく。妙に静寂を感じる寝静まった夜に、煮えているカレーの音だけがこだます。まとまらない思考の中、困惑した比叡の顔だけが、やはり現実との乖離を物語っていた。

 

 

 

「提督、帰ったヨ」

 

 待ちわびていたはずの人は、ぱちりと食堂の電気をつけて、僕を呼んだ。厨房近くの一区画だけが蛍光灯に照らされる。決して眠れない微睡みにあった僕は、机の上に体を起こす。

 夜だというのに、燦然と輝く太陽の笑みを見せて、金剛が立っていた。出撃から帰ったばかりのはずなのに、彼女から疲れた雰囲気は全く感じられない。いつもと同じ調子で、ステップでも踏むようにこちらへ歩み寄った金剛は、白い歯を見せて僕の前に座る。

 

「待っててくれたんデスカ?」

「……うん。金剛と、新作カレーを食べようと思って」

「ワオ、今夜はカレーデスカ!楽しみデス」

 

 音楽隊を指揮するみたいに、楽し気に空中で指を躍らせる金剛。僕は苦笑いを一つ浮かべて、席を立った。いささか冷めてしまったカレーに、火を入れる。

 焦げないよう鍋の世話を見つつ、保温状態だった炊飯器からご飯をよそう。お皿の半分ほどを盛って金剛に見せると、オッケーというハンドサインとウィンクが返ってきた。自分の分もよそって、程よく温まったルーをたっぷりかける。僕が言うのもなんだけど、本当に、おいしくできたんだ。

 僕が運んだカレーに、金剛は手を叩いて歓声を上げる。オーバーなくらいの反応は、いつも彼女の本心だと、わかってしまう。だから嬉しくて堪らなかった。

 

「いただきマース!」

 

 二人で手を合わせる。挨拶もそこそこに、金剛はスプーンを取って、カレーに差し込んだ。スプーン一杯に乗った、野菜とルーとご飯。それをうっとりと見つめて、彼女は大きな口で頬張る。

 桃色の唇から、目が離せなかった。

 朱に染まる頬から、目が離せなかった。

 幸せそのもので細める目から、目が離せなかった。

 意を決して、僕は尋ねる。

 

「……おいしい、かな」

 

 もぐもぐと口にしたカレーを咀嚼する金剛は、それはそれは嬉しそうに、首肯した。今にも頬を落としそうにしながら、彼女は微笑む。

 口の中のものが無くなって、金剛はようやく、言葉を発した。

 

「もっちろん、デス。提督の料理は、今日もとっても、おいしいネ」

 

 その言葉に、嘘偽りは感じられなかった。

 心臓が嫌な音を立てる。ずきりと、形のないはずの心が締め付けられる。でも、聞かないわけには、いかなかった。

 

「……本当に?」

「本当デスヨ?」

「……金剛は、」

 

 言葉が詰まる。すくった二口目を口に運ばず、「どうしたノ」と首を傾げる金剛を、直視できなくなる。

 一口も手を付けていないカレーへ視線を落とす。ぎゅうぎゅうと、自分の肺を振り絞って、僕は最後まで言葉を紡ぐ。

 

「君には、もう、味覚がないんだろう」

 

 平謝りしていた比叡が、教えてくれた。金剛が、味覚障害であること。何を食べても、全く味を感じないこと。少なくとも、うちの基地に来た一年前にはもう、味覚のほとんどを失っている状態だったこと。

 比叡は、悪くない。そんなこと、全く知りもしなかった僕の落ち度だ。

 僕は、金剛に、謝らなくてはいけない。何に謝る?何を謝る?言葉は不鮮明で、思考は混乱したままだ。

 もしも。金剛が、僕に気を遣って、味覚障害のことを言い出せず、あまつさえ「おいしい」なんて言葉を言わせてしまっていたのなら。きっと、謝っても、許されるものではない。味のしない食事を採り続けることほど、苦痛なものはこの世にない。

 金剛は、何も言わなかった。バツが悪そうな顔をした彼女は、そのまま二口目のカレーを口にした。ゆっくりと三十回咀嚼した金剛は、「やっぱり、おいしいネ」と呟いて、ようやく僕へ向き直る。

 

「……比叡ちゃんが、言っちゃったのカナ。まあ、口止めしてなかったデスし、私の落ち度デスネ」

 

 淡い望み。味覚障害なんてもうないと、そんなものは治ってしまったという言葉は、金剛からは出てこなかった。僕は確信する。彼女は本当に、何の味もしない、おいしさとは無縁の世界で、生きているのだと。

 

「……それじゃあ、本当に」

「うん。私、味はまったくわかりまセン。匂いは少しするけどネ」

 

 金剛は、さも大したことでないように、そう語った。

 腿に置いた両の拳に、力が入る。動かない全身で、そこだけに、力が集まったように。指が手のひらに食い込むほど、拳を握る。

 泣くな。僕は謝る方なのだから。

 

「黙ってて、ゴメンネ」

 

 言葉に詰まっているうちに、金剛が先に頭を下げてしまった。僕は慌てて、口を開こうとした。上手く回らなかった舌がもつれて、言葉が繋がらない。

 

「金剛、僕は……」

「でもね、提督」

 

 舌足らずな僕の言葉を遮るように、金剛が瑞々しい唇を開く。少し前のめりになった彼女は、いつもと変わらずに、笑っている。お日様の輝きを宿した瞳で、僕を見つめてくる。

 

「提督のご飯がおいしいのは、嘘じゃないヨ」

 

 喉まで出かかった「でも」は、金剛の微笑みに押し留められる。やっぱり今日も、彼女の言葉に、嘘は感じられなかった。金剛は真っ直ぐに、正直に、本当のことを言っているようにしか、思えなかった。

 それは、雲なんて晴らしてしまう、明るく煌めく金剛の笑顔ゆえなのだろうか。

 口を引き結んだままの僕に、金剛は「もう、鈍感なんだカラ」と、何がおかしいのか、クツクツと肩を揺らす。一しきり笑ってから、彼女はとても穏やかに、僕に問いかけた。

 

「ねえ、提督。『おいしい』は、味だけデスカ?味さえよければ、『おいしい』デスカ?」

 

 首を傾げて尋ねる金剛の質問に、僕は答えを持ち合わせていない。質問の意図がわからず、僕は黙って、金剛の話を聞いている。

 声音と同じ、静かな微笑みを湛えて、金剛は語る。

 

「ご飯はネ、大切な誰かと、大好きな誰かと、一緒に食べるからおいしいんデス」

 

 まるでこの世の真理を得たように、金剛は得意げに笑って、カレーを頬張った。こちらが見惚れてしまうほど、彼女は全身で感情を表現して、カレーを食べている。楽し気に揺れる体が、カレーの歌のリズムを刻んだ。

 惜しむようにカレーを飲み込んで、金剛はなおも口を開く。

 

「例えば、評判のレストランがあったとシテネ。大切な人と一緒に行ったら、『おいしいね』って笑って、会話が弾んで、それだけで幸せデス。一人で行っても、『次は大好きな人と来よう』って、おいしかったらきっとそう思いマス。――ご飯がおいしい、ってそういうことデスヨ」

 

 次は何を食べようかと、金剛がスプーンを動かす。一口では食べきれない、ごろりと大きなジャガイモに、彼女は嬉しそうにスプーンを入れる。

 

「提督のご飯はネ、食べると皆笑顔になりマス。一緒に食べてる皆が、幸せになれマス」

「……うん。皆、本当に、おいしそうに食べてくれる」

「本当においしいんデス。皆で食べる提督のご飯は、最高においしいデス」

 

 四口目のカレーをスプーンに乗せて、金剛は今日一番の笑顔を見せる。頬を薔薇色にして、桃色の唇から白い歯を覗かせ、優しい色の瞳を細めて、ニコリと笑う。

 

「大好きな人と一緒に食べるご飯は、世界で一番、おいしいデス。だから――提督と一緒に食べるご飯は、世界で一番、おいしいデス」

 

 ぱくり。金剛はカレーを口にする。僕の作ったカレーを――彼女に食べてもらおうと作ったカレーを、それはもう、天にも昇りそうな調子で、食べている。

 あんまり、おいしそうに食べるものだから。その笑顔が、あまりにも幸せそうだったから。僕はようやく、目の前のカレーに、手を付ける決心した。

 金剛と同じように、スプーンを手に取る。つやつやと輝くカレーに、ごくりと唾を飲む。ご飯と一緒にすくったそれを、顔の前に掲げて、しばらく見つめた。スプーンの向こう側で、金剛と目が合う。「おいしいデスヨ」と、彼女の瞳が語っている。

 ぱくり。口にした途端、よく慣れ親しんだ、幸福の味がした。思わず頬を緩めて、その味を噛み締める。噛めば噛むほど、口一杯に幸せが溢れ出た。そんな僕に、向かいの金剛が、それはそれはおいしそうに、微笑んでいる。

 

「……そういえば、私が一目惚れ――いえ、一口惚れ?したのも、提督のカレーでしたネ」

 

 ふと、金剛は懐かしそうに、そんなことを言った。僕はまた、何のことかわからなくて、首を傾げる。金剛は「本当に鈍感デース」と苦笑して、ほんの少し遠い目になった。

 

「私に、誰かと食べるご飯のおいしさを教えてくれたのは、提督だったんデスヨ?」

「そう……だったか?」

「そうデスヨ。だから私は、提督のところに来ようと思ったんデス。あなたとなら、きっとおいしいご飯が食べられるって、思ったカラ」

 

 改まって言うと、照れるネ。それまでとはまた別の赤に頬を染めて、金剛は笑う。なおもおいしそうにカレーを頬張る彼女に、僕は一年と少し前のことを、ようやく思い出した。

 金剛に倣って、二口目のカレーを、口に含む。それを見ていた金剛は、もう一度、温かく微笑んで、問いかける。

 

「提督は、私と食べるご飯、おいしいデスカ?」

 

 僕の答えは、きっと、最初から決まっていた。

 

 

 

 今夜のカレーも、世界で一番、おいしいよ。




金剛さんは、どんな困難でも振り払って、笑って幸せを掴む方だと思います。

彼女の前には、きっとどんな障害も、障害たりえないのでしょう。

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