スカーフェイスと約束した四日目が来た。しかし、アンタレスとスレイマニは疲労で動くことができない。四日間ずっとF-15S/MTDの後席に誰かを乗せて昼夜を問わず飛び続けたのだ。動けるほうがどうかしているだろう。
「エイセス、行かなきゃ......」
「............」
流石のスレイマニも疲れ果てて声すら出さない。
そんな時にどこからか聞いたことのない悲鳴が聞こえてきた。
「だ、ダメっ、ダメです! そこはっ......」
「どうだ、ルッキーニ?」
「んー、残念賞ー」
「ひ、ひどいです。アンタレスさんたちに会いに来ただけなのに」
声の主はタリズマンだった。ルッキーニに胸を揉まれて腰砕けになっている。どうやら敏感なようだ。
「やーやー。タリズマン久しぶり。俺はもう疲れたよ、タリズマン」
「そ、そんな死んでしまいそうな声で、そんなこと言わないで下さい」
解放されたばかりというわけでもないが、まだ顔を赤らめ、息を荒くしながら胸を押さえているタリズマンは、なんとなく小動物のようでそそるものがあった。もしアンタレスの身体がまだ男性の頃で今疲れていなかったならばあったら、かの有名な怪盗のように一挙動で服を脱ぎ捨てて水中に飛び込むように素っ裸でダイブしていただろう。
「ど、どれだけ待ってもなかなか、来てくれないので、み、見に来たんです」
「ごめんよー。考える時間すらなくってさー、もうあと一日でいいから時間くんねーかな?」
「ま、まあいいですけど、私はあなたたちの、意見を聞いてこないと帰れないので、できるだけ、は、早くして欲しいです」
「あー、考えとくー」
「あの、キャラ、その、変わって、ます、よ?」
「んあー? 気にするなー」
あまりにも疲れているせいでアンタレスは何かを考えようともしない。今も感覚だけで話しているのだ。タリズマンは今日は帰れないと覚悟した。
次の日。スレイマニは自室から出てこない。アンタレスは出てきてもフラフラとしていて聞ける状態ではない。
また次の日。アンタレスに回復の兆しが見えた。スレイマニは昨日一日中寝ていたのか、幾分スッキリした顔だったが、まだ少しぼうっとしているようだ。
そのまた次の日。いつまで経ってもタリズマンが帰ってこないので、ビショップが様子を見に来た。
「何かあったのかタリズマン」
「あ、ビショップさん。その......」
タリズマンが状況を説明する。
「それは......、なんと言うか、しょうがないな」
「私、帰っていいですか?」
「それはメビウスかスカイアイに聞くしかないだろう」
「うう、マーカスぅ......」
タリズマンはエメリアが首都グレースメリアを侵攻して来た時からの僚機で、アバランチやウィンドホバーなどのやたら濃いメンバーに囲まれていたせいか、唯一まともに心を開いて話すことのできた彼女の唯一無二の親友(お父さん?)、シャムロックの名を呼んだ。
「とりあえずここからは私が受け持つ。戻るといい」
流石にかわいそうになったビショップがタリズマンに帰るように促す。
「あ、ありが、ありがとう、ございます」
目を潤ませてビショップの豊かな胸に飛び込むタリズマン。ウェーブした金髪がふわりと波打ち、背中を優しく叩くビショップの手を覆い隠した。
「ふあ〜あ。あー、よく寝た。ようやく目が覚めたぜ。......って、百合百合な光景を起きて早々見るってのはキッツイな」
「ようやく起きてきたか」
「あ、アンタレスさん」
「悪いね、タリズマン。俺はあんたらと一緒に行く。あまり探りを入れられるのは嫌だからな」
アンタレスは出てきた。あとはスレイマニだ。だが、スレイマニが自室から出てくる気配はない。
「スレイマニ見てねえか?」
「いや、見てないな」
「っかしいなー。部屋にもいねえんだよなー」
「「え?」」
タリズマンはここに来てから一回しか見ていないし、アンタレスもストライクウィッチーズもみんなここしばらくスレイマニの姿を見ていない。
「あいつ、また裏切ったのか!?」
「格納庫を見に行くぞ!」
三人は慌てて格納庫へと走る。そこにはミーナをはじめとする少女たちと争うスレイマニと、三人の女性がいる。三人とも会ったこともないのにどこかで見たことがある気がする。しかし思い出せない。
「貴女たちは誰です? ここに来るのはビショップ中佐だけだと聞いていますが?」
「君には関係ないよ」
「だから、俺たちは隊長に会いに来たんだって」
「お前らしつこいぞ!」
「おい! 何やってんだ!」
アンタレスが割って入ると、
「お、お前アンタレスか!? ははっ、久しぶりじゃねえか!」
「何い!? 赤蠍だと!?」
「久しぶりだね、アンタレス」
ようやく思い出した。この口調。
「まさかお前らライジェル隊か?」
「ヴィルコラク遊撃隊だっ!!」
「あ、お前ガビリアだな」
見るからにアホそうな顔をしている。何と無くお母さんっぽい雰囲気を出す女性はオルマだろう。で、サーニャと同じオラーシャ人っぽいが、対照的にツンッとした雰囲気の少女はキリアコフか。
「何しに来たんだ?」
「僕たちが君たちともう一回仲良くしようとでもいいに来たと君は思うのかい?」
「そう言うと思ったよこんちくしょう!」
腰の拳銃を構える。するとオルマも同時に拳銃を構えた。
「お前に俺たちが撃てるか?」
バアン!! と銃声。弾丸がオルマのこめかみを掠め、茶色の長い髪を数本持っていく。そのままヴィルコラクの上を飛び越えて壁にめり込む。
「なっ、おまっ、本気で撃つか馬鹿野郎!?」
「いや、撃てるか、とか挑発してくるからさー。けど、外したろ?」
硝煙の立ち昇る拳銃をふっと息で吹き消す。なかなか様になっていた。もっとグラマーでライダースーツだともっと良かっただろうと思う。
「で、どうすんだよ。スレイマニ。お前はそいつらと行くってのか?」
「............俺は」
空白。
「俺は、やはり強い奴と一緒にいるよりも、強い奴と勝負がしたい。ネウロイも、人間も含めた、全ての空の強者と」
ここにはアンタレスだけでなく"大空のサムライ"や"黒い悪魔"などの歴史に名だたるエースたちがいる。彼らと勝負がしたい、すぐそこには自分たちと同じように異世界から来た最強のエースたちもいる。
「そうかい。好きにしな。その方がお前らしいぜ」
「あ、アンタレスさん?」
「こいつらは東京で俺たちアンタレス隊やバーフォードを裏切った。だから何と無く予測はしてたのさ」
前にエイセスでヴィルコラクが確認されたという話を聞いた瞬間にスレイマニの元にこいつらが来たら、という最悪の予想はしていた。
「アンタレスさんとスレイマニさんは敵だったんですか?」
宮藤が疑問を呈す。
「その通りだぜちっこいお嬢ちゃん。俺たちは元々マーティネズ・セキュリティー社っていう民間軍事会社のM42飛行中隊で一緒だったのさ。それで俺たちは茶番が嫌になって裏切った」
「ま、最初は金と戦い目当てだったんだけどね」
「丁寧な説明ありがとよ。オルマ、キリアコフ。連れて行きたいんなら連れて行きな」
案外あっさりとしたアンタレスの態度に少女たちは驚く。
「アンタレスさん!? スレイマニさんは貴女の仲間だったのでしょう!?」
「お前はなんとも思わないのか!」
タリズマンやビショップでさえ驚いていた。だが、アンタレスは本当になんでもないことのように告げる。
「あのさあ。オルマも言ってたろ? 『俺たちは元々マーティネズ・セキュリティー社って民間軍事会社のM42飛行中隊で一緒だった』って。民間軍事会社ってのは要するに傭兵ギルドなんだ。傭兵ってのはさ、正規軍みたいにお国のために、国民のために戦うってわけじゃない。依頼者から金を積まれて、自分たちの今日明日の生活のために働く。だから自分のために働くのであって、仲間であっても所詮は赤の他人。今日同じテーブルで晩飯を食ってた奴が明日には自分たちと敵対する奴に雇われて自分の敵として自分の前に銃口や剣の切っ先を向けてる可能性だってあるのさ」
「............所詮傭兵はその程度ということか!」
「そうさ。所詮雇われ兵なんだからな」
「トゥルーデ!」
「構わないさ。本当のことなんだから」
「ミーナ! だがこれだけは言わせてくれ!!」
ミーナが諌めるが、バルクホルンは止まらない。
「流石に失望したぞ! ここにいるタリズマンやビショップとやらとともにどこへなりとも行くがいい!」
これには流石にアンタレスもプチッときた。
「ああ、出て行ってやるよ! 四日間馬車馬の如く働かせやがって! 空飛ぶのが好きとはいえ、ほぼ二十四時間飛ばされてこの扱いなんて思ってもなかったさ! 見ろよ俺のイーグル! もうボロボロじゃねえか!」
四日間酷使し続けたアンタレスのS/MTDはもうボロボロになっていた。整備しても直るかどうか、と言ったところだろう。
「乗せろとせがんで来た上に吐くなよって忠告してやったのに本当に吐きやがって! コックピットに入り込んだらどうするつもりだ! 臭い取るのも大変だったんだからな!」
手に持っていたヘルメットを床に叩きつける。バイザーの一部が砕け散った。それを放ってアンタレスは格納庫を出て行く。残されたタリズマンはもちろん、他の格納庫にいた全員が急展開に着いて行くことができずに混乱している。とりあえずタリズマンがアンタレスのヘルメットを拾い上げた。
「行くぞビショップさん、タリズマン!」
「「り、了解」」
「ヴィルコラク遊撃隊、行くぞ」
「「「了解!」」」
スレイマニがストライカーをヴィルコラクに積んで、コックピットに乗り込む。
「じゃあな、アンタレス。次に会う時は、敵だ」
その言葉とともに、キャノピーが閉まる。エンジンが点火され、三人とともにタキシング。そのまま何処か遠くへと旅立って行った。
「もう二度と来るな!」
「絶対来ねえよ、バーカ!」
アンタレスもキャノピーを下ろし、エンジンを始動させる。ゆっくりとタキシングして二人とともにアフターバーナーを炊きながら飛び出した。
海上
「いやー、アンタレスがブチ切れたの、初めて見たぜ」
「怒っても激怒することはなかったからねなあ」
「ほんと、よく口がまわる奴だよ」
「あれが演技だった事には気づかなかったか......」
「「「え?」」」
マスクの中でため息をつく。本当に気づかなかったようだ。
「これだからお前たちは奴に撃墜されるんだ」
「それは心外だぜ、隊長」
「あれのどこが演技だったっていうのさ」
「目だ。目を見てれば分かる」
目は口ほどにものを言うということわざがあるように、アンタレスの目は演技だった事をしっかりと目で伝えていた。目が泳いでいたのだ。バルクホルンも込みで。アンタレスは単純だが怒ることはあまりなく、それこそ本気で怒ったらむしろ静かになる男(女?)だった。
「まあいい。行くぞ」
同じく海上。
時折プスンという謎の怪音を聞きながら、アンタレスもため息をついた。
「ふいー。こんな形で飛び出して悪かったよ。二人とも」
「いや、私は構わないが、いいのか?」
「いいのさ。後でトゥルーデちゃんがなんとかしてくれるさ。だってあれ演技だったし」
「え、演技だった、んですか?」
「なかなか良い演技だっただろー」
リバースしてしまった何人かの中にバルクホルンも混ざっていた。ネウロイが出てしまったからしょうがなかったとはいえ、元はと言えば後ろにまだ慣れてないバルクホルンを乗せたまま、何度も戦闘機動を繰り返してしまったアンタレスが悪い。しかし、バルクホルンは元はと言えば自分が弱かったからだと責任を感じてしまい、何か一つどんな事でも手伝うとアンタレスに言い出したのだ。もちろん最初の内は断っていたが、しつこく食い下がっていたので、いいことを思いついた。男だったらあんな事やこんな事やそんな事を頼んでいたかもしれないが、自重した。それで出て来たのが、あの大げんかだった。
「俺がしばらくフラフラだったのはそれが理由だったのさー。ずっと練習してたから」
最初の大根役者っぷりはすごかったが、急にアドリブを込めたらすごく本格的になってしまった。
「ま、その話は後でするとして、さっさと行こうぜ。速くいかないと本気でイジェクトしなきゃまずい気がしてきた」
二人の顔がさっと青ざめた。
その頃、ストライクウィッチーズ基地の格納庫ではへたり込んでしまうバルクホルンの姿があったとかなかったとか。
先週こちらの事情で投稿できなかったので、ちょっと調子に乗りすぎました。次からはいつも通り3000〜4000字以内で書き上げるようにして行きます。
せっかく出したかったヴィルコラク遊撃隊出したのにアンタレスの語りを入れたせいでほとんど放置になるなんて......。