鎮守府の日常物語=お前のような提督がいてたまるかっ!?=   作:バルバトスルプスレクス

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吹雪、着任しました

 

 深海棲艦と呼ばれる存在が世界中の海に出現し、それに対応すべくかつて存在していた戦艦の魂を宿す艤装を武器とする艦娘たる存在が生み出された現代。日本のみならず、アメリカやドイツなどで運用された艦娘達は来る日も来る日も深海棲艦を駆逐していったが、それでも深海棲艦の完全駆逐には至ってはいない。

 艦娘は十代前半から二十代後半の己の意志で戦う事を決めた女性達で構成されている。彼女たちはかつて海原を駆けた戦船(いくさぶね)を模した艤装を装着し、海原を駆ける。陸地にいる戦えない人たちを守る為に、戦場を駆け抜けるのだった。

 

 

 赤レンガが特徴的な建物が並ぶ中で、一際目立つ運動場では二つの影がぶつかり合っていた。時に拳を、時には蹴りを突き出して己の限界を引き出して戦っている。

 ここ、茨城県のとある鎮守府の運動場に二人組の男女がいた。

 渾身のハイキックが決まろうとしたら腕でふさがれ、そこからカポエラを繋げるも軽くいなされる。しかしそれでも、男は拳と蹴りを相手の女に繰り出していく。対する女もそれらを避けつつ、男に手刀や回し蹴りを繰り出す。

 

「はぁ……はぁ……っ、まだ決まらねぇかこんちきしょーぅ」

 

「無論だ。更にペースを上げるぞ、付いてこれるか?」

 

「とーぜん!」

 

 ぶつかり合っていたのは二人の男女。男の方はこの鎮守府において指揮官に相当する提督の肩書を持つ男、(くろがね)(あきら)。対して女の方は長門型戦艦一番艦にしてビッグ7の一人である秘書艦の長門。

 互いに拳を交える中、流れる汗が太陽光を反射して飛び散った。その様子を呆れかえりながら眺めるは長門型戦艦二番艦の陸奥。腕を組み直し、溜息を吐いて冷めた目をしていた。

 

「……いや、何してんのよアンタら。何で格闘してんの?何で汗流して青春してんの?何でこんな事に二時間も三時間もやってられんの?!これ提督のする事なの?絶対違うでしょこれ!!」

 

「何を言ってんだむっちゃん。いつ深海棲艦の連中が陸に上がるかもわからないんだぞ!これはその時の為の訓練なんだぞ!」

 

「提督の言う通りだぞむっちゃん。拳を笑う者は拳に泣くぞ!」

 

「二人してむっちゃん言うなし!!」

 

 滴る汗を拭う明と長門は特に何の疑問を持ったわけではなく陸奥をあだ名で呼ぶも突っ込み返される。

 

「むっちゃんはむっちゃんだろ。なぁ、長門」

 

「そうだな提督。陸奥はむっちゃんだそれ以上でもそれ以下でもない!」

 

 何を当たり前のことを、と言いたげに真顔で返される。この二人には常識が通用しないのだろうか。

 夜明け頃から始まったこの格闘訓練は既に二時間弱も経過していた。いい具合に身体が温まってきた明はベルトに挟んでいたハンドタオルで軽く汗を拭い、執務室へと歩き出した。

 鎮守府内の一画にある提督用の執務室。明は己の戦場に身を置き、額から流れる吹き残した汗の感触など気にも止めず、背後に控える二つの陰に怯えながらもあまり好きではない書類作業を黙々と進める。

 明の勤務態度は概良好だ。真面目な部類と言っても良い。だがしかし、真面目にまともにやったとしてもそれでもやはりプレッシャーと言う全身を覆うような重圧感は決して良いものではない。

 

「あの、大淀さんに龍田さん。一体俺が何をしたって言うんですか?」

 

 振り返ることなく今もなお明に向けて目が笑っていない微笑みを贈り続ける二人の艦娘は、明の問いに答えることなく黙々と書類作業しながら時々不敵に鼻で笑うだけ。何故この二人に、長門と互角に戦えていた男が恐れ慄いているのか。それは龍田と大淀の発する内なるオーラが明を恐れさせているのだ。

 しかしこの原因は明自身理解している。

 提督としての職務開始時間が十分以上遅れているのだ。社会人としてあまり褒められたモノでは無いのは当たり前である。であるにしても、大淀のかけている眼鏡は時々怪しく光り、龍田の笑顔の半分も影がかかっている。

 

「――そろそろ時間ですね」

 

 壁に架かった時計に目をやった大淀がようやく声を出した。それについで明も漸く自分の犯したミスを認識することが出来た。

 今日は確かこの鎮守府に艦娘が新たに一人着任する日だった。長門との特訓に勤しみ過ぎて本業を疎かにしてしまうとはなんと情けないことか。己の不甲斐なさに嘆く前に、今日の仕事で遅れを取り戻すしかない。

 ドアの向こうから誰かが三度ノックする。明は入室を促して新しく来た艦娘を迎え入れた。

 

「は、初めまして。駆逐艦吹雪、本日付でここ茨城第参鎮守府に着任いたしました!!」

 

「うん。俺はこの茨城第参鎮守府司令の鐵明。今日からよろしく頼むよ。じゃさっそくだけど、養成所でも教わった通り俺たちの仕事を言えるかな?」

 

「はっ、はい!私たちの役目は、深海棲艦から市民の皆さんの生活を守ることです!」

 

 海上自衛隊もしくは海上保安庁の巡視船が深海棲艦出現の一報を受けたのち、一度神奈川県の大本営という政府から一任された各鎮守府の大元から一番近い鎮守府に出撃の指示を出す流れになっている。

 初めのころは深海棲艦が出現するたびに閣僚会議やら何やらで時間がかかり、多くの被害を被る結果となってしまった。そうならない様にその後深海棲艦に対する様々な法案が可決され、現在の鎮守府制度が出来上がったのだ。

 

「っし、基本は大丈夫みたいだな。じゃあ龍田さん、早速ですが吹雪の案内をお願いします」

 

「わかったわー。吹雪ちゃん、こっちよー」

 

 やや間延び間のある口調で新人吹雪を執務室から連れ出す龍田の背中を見送って、デスクの上に積まれた書類の山と格闘する明。資材の申請やら、周辺海域に出没する深海棲艦に関する報告書の作成などやることはたくさんある。

 

「すまない提督に大淀。遅れてしまったか?」

 

「いや、問題ない」

 

 黒く美しい長髪を靡かせて執務室の扉を開けた長門が、開口一番に遅刻を詫びる。ロングコート風の改二制服に袖を通した腕の先には小さく光る指輪が一つ。彼女と入れ替わるように退室した大淀は明がサボらぬよう長門に釘を刺した後、次の仕事に移るべく別の仕事部屋に移動する。

 

「じゃ、今日も一日よろしくお願いいたします!」

 

 「うむ」と、明に短く返して今日も明の提督業が始まった

 

 

 龍田に案内されている吹雪は一通り案内された後、休憩がてらに鎮守府内に構えている甘味処『間宮』にて本日のおすすめの羊羹を味わっていた。『間宮』で提供される羊羹は鎮守府ごとに種類が豊富で抹茶羊羹や白あんの羊羹など多岐に渡る。そして今二人が味わっているこの練あん羊羹は鎮守府内では大変人気らしい。

 今まで洋菓子(スイーツ)好きだった吹雪も今この瞬間和菓子の魅力に気が付き始めたようだった。ふと、足元にもふもふと柔らかい感触に気が付いて視線をそちらに向ける。

 

「にー」

 

 茶虎の猫だ。スリスリと吹雪のスネに身をこすり付けていたのはこの猫だ。

 

「あらー、マロンちゃんどうしたのー?おやつかしらー?」

 

 龍田に抱きかかえられてまた「にゃー」と鳴いたマロンと呼ばれた猫は新顔の吹雪が気になるようで、抱きかかえられたまま顔を凝視していた。

 マロンだけではない。キジトラ猫に黒猫、三毛猫だけでなく雪よりも白い猫までどこからか「にゃーにゃー」鳴きながら現れ、更に『間宮』だけでなく鎮守府内の至る所から続々と姿を見せ始めたのだ。

 

「ね、猫を飼っているんですか?この鎮守府って」

 

「飼ってるっていうのは、ちょっと違うかしらねぇ」

 

 この鎮守府は大本営から特別な許可を得て保護猫活動を行っており、捨て猫や野良猫を保護し、新たな飼い主への橋渡し活動をしている。そのため、猫たちには必要最低限のしつけを施し、鎮守府内に蔓延るネズミの駆除をさせている。

 先ほど吹雪にすり寄ってきたマロンと呼ばれた猫は龍田に抱えられゴロゴロとのどを鳴らしてリラックス状態で全身を龍田に預けていた。

 

「黒猫のショコラちゃん、白猫のホイップちゃん、三毛猫のマーブルちゃん、他にはイチゴちゃんクルミちゃん。ここにはいないけど、さくらちゃんとかもみじちゃんって猫ちゃんがいるのよ」

 

「そうなんですかぁ、みんな可愛いですね」

 

 一番近くにいた黒猫のショコラを抱き上げると、初めて見る新人の顔をじっと見たかと思えば途端に興味をなくしたのかそそくさと去っていった。

 猫というのは本当に気まぐれだ。こちらが忙しい時にしつこくすり寄ってくるも、いったんこちらが構えば先ほどのショコラのように去って行ってしまう。名残惜しそうに手を伸ばす吹雪だが、そんなもの知るかとショコラは振り向きもせずに消えていった。

 

「ここの猫ちゃんの名前ってかわいい名前ばかりですね」

 

「あ、全部提督が名前つけてるのよー。変わってるでしょー?」

 

「あぁ、そうなん……え?」

 

 

 吹雪の着任の挨拶から時間が経った。本日の業務を一旦終えた明は、窓際に歩き出す。長い時間座ったままでは体にかかる負担も少なくない。そんな覗き込んだ窓の外。日中は在籍する艦娘たちが自分に合った様々な訓練をするグランドだけでなく空母勢の弓道場、工廠に入渠施設等が併設されている。

 更にそこから少し離れたところにあるのは艦娘寮。その中で一際賑やかさが伝わってくるのは駆逐寮。

 

「この鎮守府も大分賑やかになってきたな」

 

「今更すぎんぞ。お前が来る前に隼鷹が来たときは賑やかじゃ済まされなかったけどな」

 

 苦笑いを浮かべてこの鎮守府の提督職に就任してから今日までの事を振り返り、長門からコーヒーの入ったカップを明は受け取る。

 最初この鎮守府には工廠のスタッフや警備員以外では明と暁型四番艦の電だけだったが、月日が経つにつれ軽巡に重巡、空母や戦艦だけでなく、潜水艦に海防艦と増え続けて今では所属艦娘は総勢百人を超える大所帯。毎日が良くも悪くも刺激的な毎日だ。

 

「……それはそうと、提督。吹雪の歓迎会の日程は決めてあるのか?」

 

「三日後のヒトハチマルマルに。大淀さんがそう決めた」

 

「そう、か」

 

 グイっとコーヒーを飲みほしてほっと一息つく明。

 

「そういえば、提督。吹雪の教導は香取で良いんだな?」

 

「いや、香取さんは有給取ってしばらくは休んでるから、お前やってみないか?」

 

 鎮守府に配属したての艦娘一年生は、その配属先の提督が所属する練習巡洋艦または他の先輩艦娘が一定期間その艦娘一年生のコーチ役を任命し、ある程度の練度になるまで組まれたメニューをこなしていく必要がある。が、この鎮守府唯一の練習巡洋艦である香取は所用で長めの有給を取っている。

 ならば、と明はシフト表を取り出して指先でなぞりうんうん唸って適任者を探す。

 

「長門、お前やるか?」

 

「それだと吹雪はバ火力一辺倒になるがそれでいいか?」

 

「やっぱ無しで。んなら……天龍で良いか?あいつ何だかんだで後輩の面倒見良いし」

 

「これ以上奴の妹分を増やしてどうするんだ」

 

「だよな。駆逐艦来るたびに押し付けすぎてたな……じゃあ」

 

「日向はどうだ?」

 

「それはそれで瑞雲教信徒増やしてどうするよ」

 

「…すまん」

 

 あーだこーだ、とコーチ役にする艦娘の名前を挙げていき、最終的に矢矧に吹雪を任せることにした。

 半ば押し付けのようではあるが、長門も矢矧の事は信頼しているほうだし、特に問題はないだろう。変な趣味も無ければ、厳し過ぎるわけでもない。厳し過ぎるのは阿賀野に対してだが。

 そんなこんなで、吹雪のコーチ役も決まったことで、明の本日の提督業は終了する。

 

 

続く

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