ヴァルキリープロファイル 神に挑む者   作:ばんどう

1 / 13
chapter1
1.コリアンドル村編 冥界からの復讐者


 ――消える。

 なにもかも、はかなく揺らめき、空間に溶け消えていく。

 

「フェイト……、本当は……こんな姿になってもまだ、お前やクリフに、一緒に帰ろうと言われて嬉しかったんだ……ありがとう」

 

 少し前まで銀河連邦軍人だった『彼』は、久しぶりに『ひと』の言葉を発した。『彼』の目の前にいる青髪の青年(フェイト・ラインゴッド)と同じ、十九歳。金髪碧眼。四百年前の英雄*1の血脈に連なる者として周囲にもてはやされ、幼いころから武術・剣術・紋章術(まじゅつ)を極める義務を負ってきた『彼』は心底ほっとした顔だった。

 神が創った無窮(むきゅう)の暗黒空間のなか、足許から消えいく自分をかえりみる暇はない。視線はただ前に。こちらを見て凍り付いている青髪の青年(フェイト)におのれの意志を託す。それだけがかすかに残った自我の、最期の望みだ。

 

「…………おまえなら……みん……を、……まも……」

 

 話の途中から欠けていった唇でどうにか笑った顔を、目の前の青年はどう見たのか。

 創造主に創り出された隔離空間のなかで、アレンは肉体もろとも消滅した。

 

 神の代行者(エクスキューショナー)

 

 創造主(開発者)たちはバグフィックスプログラムと呼ぶ、世界(ゲームデータ)を管理・修正する歯車の一端が、アレンの正体だ*2。進み過ぎた文明(プログラム)破壊(ゼロに)し、再構成を促すプログラム。かつて銀河連邦軍人としてひとびとを護ってきたアレンという『個』はまたたく間にすりつぶされ、存在すらも許されなかった。

 そんな無力な『個』が最期に意志を託した青年を中心に、勇者たちの働きによって世界は救われた。銀河の大半の勢力が失われたこの大惨事は、のちに『FD事変』と呼ばれ、ひとびとに恐怖の記憶として刻まれている。

 そのFD事変から二年余りが過ぎたころ。

 

 

 

「やっぱり間違いねえ! 指輪が光ってるじゃんよアレン兄ちゃん!」

 

 遺跡内部の薄暗く狭い祭壇の間で、黒髪の少年・ロジャーが高らかに叫んだ。今年で十四歳になる彼の背丈は昔と変わらず、ヒューマンの腰の高さもない。メノディクス族というタヌキを祖にもつ亜人の少年は、あどけない丸顔を好奇の色で輝かせて、ぴょんぴょんと跳ね回りながらアレンを見上げてきた。

 唸るように低く息を吐くアレンもまた、金髪の奥にある切れ長の目を細めて、自分の右人差し指にはめた指輪を見つめている。

 

「エレナ女史からいただいたこの『星界の指輪』、FD世界のエネルギーに反応するとは聞いているがまさかまた(・・)光るとはな」

 

 消滅したはずの自分がこうして生きていることを含めて、いま世界には不可思議なことが起きている。

 アレンの瞳と同じ色の蒼い宝石は、元創造主(F)側の世(D)界の住人()のエレナから贈られたものだ。解析不能のオーパーツをアレンたちが持っているスキャナーより高い次元で見抜く力がある。詳しい使い方はアレンもまだ測りあぐねているが、これまで創造主たちと戦ったあとの一年間だけ、この宝石は明滅を繰り返してきた。

 指輪の製作者、エレナは語る。『この世界は創造主の手を離れ、新たな理を得たわ*3。だからいま、その反動で世界は元の状態に戻ろうとする力が働いているの。次元は乱れやすく、本来ならば有り得ない現象が起きてくるはずよ、世界が新しい状態に慣れるまでね』

 彼女の説明を裏付けるようにFD事変後の最初の一年は目まぐるしい事件にいくつも見舞われた。だが最近は静かなものだったのだ。

 アレンが奇妙な夢を見てこのモーゼル古代遺跡を訪れるまでの、いままでは。

 

「まずいぞアレン兄ちゃん! こんなことがフェイト兄ちゃんに知れたら『まだそんな指輪持ってたのか!? 絶対いわくつきだから早く捨てろってあんなに言ったろ!』ってどやすに決まってんだ! さすがのオイラもあのマシンガントークにはついてけねえぞ?」

 

 アレンがかすかに肩を揺らして笑う。視線をロジャーから祭壇奥の壁に移すと、その表情に覇気が宿った。本来は煉瓦造りの古めかしい石壁が、いまは水面を張ったように波打ち、光る渦へと変わっているのだ。

 

「懐かしいな……。モーゼル古代遺跡から創造主(ルシファー)のいる隔離空間に向かう次元の扉。これを俺が、まさか『ひと』としてくぐれる時がくるとは」

 

「ちょっ!? ちょ、ちょちょちょ! 待てよアレン兄ちゃん! こいつぁみんなに言うべきじゃんよっ? また変な空間(とこ)に連れてかれてモンスターばっかのダンジョンとか化け物サンタが出てくる洞窟とか女の子が世界をぶっ壊しにくる悪夢が起きるかもしんねえぜ!」

 

「その小さい女の子が世界を破壊する悪夢については、みながいたところでノックス団長が一緒に戦ってくれるくらいだろう。ほかはひとを盾に、我先に逃げんとする輩だからな……。特にフェイト、やつは許さん」

 

「………………。うふっ♪」

 

 急に黙り込んだロジャーが、頬に手をそえて、くねくねと体を揺らしている。

 アレンが話の終わりを察してロジャーをふり返った。

 

「心配ない。加勢が必要なら戻ってくる。どのみち偵察は必要だ」

 

「アレン兄ちゃん……」

 

「確証はないが、この扉の向こう側から『助けて』と声が聞こえるんだ。いまにも消えそうな、小さな声でな。俺はもう連邦軍人じゃないが、だれかが困っているなら助けたい。――もし、二日経っても戻らなければみんなにも伝えてくれ。頼む、ロジャー」

 

 アレンが言い終えるなり軍靴を鳴らして光の壁のなかへと消えていく。ロジャーは見送ったあとで、あわわわわわ、と叫びながら両手をふりまわし一路、故郷サーフェリオへと駆けていった。

 

 

 

 

 夜の森は、少女たちが踏みしめる草の音とうごめく生き物たちの気配に満ちている。

 

「わたし、やっぱり家に帰りたい」

 

 蒼銀の髪を持つ少女、プラチナは吐く息が白くこもるのを無垢に見つめた。丸い額、眉のうえで切りそろえられた前髪、アーモンド形の大きな目、鼻筋の通ったちょこんとした鼻先、ふくふくした頬。同年代の少女たちよりひとまわり小さな体は、でこぼこの獣道を意外にもしっかりと踏みしめる。寒村で生まれ育ち、時に外で眠ることもある彼女にとって、夜の森は静かで物悲しい場所だ。いまは分厚い雪に覆われることもなく、飢えさえ凌げば凍死のおそれはない。

 

「だめだ!」

 

 普段めったに怒らない幼馴染のルシオが、さっとふり返ってくる。彼の茶色がかった金髪が勢いで跳ねた。

 プラチナは珍しい蒼銀色の瞳をぱちぱちとまたたかせ、長いまつ毛を震わせつつもこてんと首をかしげた。

 

「どうして? まだお母様に聞いたわけじゃないもの。身売りのことも、ルシオの勘違いかもしれないでしょ? きっといまごろ心配してるわ。…………ルシオ?」

 

 いつも目を合わせてくるルシオが、うつむいたまま動かない。金色のつむじを見つめていたプラチナがルシオの顔を覗き込むと、ルシオは短い息を吐いたあと言った。

 

「黒い服を着た、うさんくさい奴らを見ただろ? 俺の家にも来たことがあるんだ。次の日、妹がいなくなってた。父ちゃんも母ちゃんも、なにも教えてくれない」

 

「えっ? 私は病気で不幸があったって聞いたわ」

 

「消えちまう病気なんてあるのか? 俺の家には医者に診せる金なんてないぞ! 俺は、お前と離れたくないんだ……!」

 

 言葉の途中でルシオの声は震えていた。青瞳から涙がこぼれ、彼は服の袖で乱暴に拭う。声をかけようとしたプラチナの表情もくもる。目の前の少年は意地っ張りな反面、嘘をつかない。

 

「ルシオ……。どこか遠くに、連れて行ってくれる? ルシオが一緒ならどこだっていいから」

 

 プラチナが微笑むと、うつむいていたルシオが顔を上げた。絶望と哀愁の入り混じった青瞳に光がともっていく。見つめてくる少年に、プラチナがうなずき返す。頬をほころばせるルシオがそれまで着ていた薄汚れた上着(ベスト)をプラチナの肩にかけてきた。プラチナは小さな白い手でルシオの手を握った。

 ――二人、寄り添いながら森の奥へ奥へとずいぶん歩いたころ。

 月の光が完全に遮られた木々の合間から、霧が出てきた。

 

「ここはどこだろう?」

 

「わからないわ」

 

 左右は高い木々の陰で吸い込まれるような闇と化し、すこし先の景色すら霧と風に阻まれて見通すことは出来ない。

 一歩先を行くルシオの掌が、一層強くプラチナの指を握りしめてきた。遠く聞こえていた獣の声はいつの間にか消え、ただ低くうねる風の音が辺りを震わせる。

 

 ――ぅ、ぅううううう……っ!

 

 ふと、ルシオが足を止めた。ほのかな生臭さが鼻先をかすめた。ルシオの顔が強張っている。どこか一点を見つめるルシオの視線の先を追いかけると、霧の向こうにいくつもの人影が見えた。

 

「まずいっ!」

 

 手を引かれて、プラチナも茂みのなかに身をひそめる。ルシオは人影を眺めたまま、もっとかがめ、とプラチナの頭を押さえてきた。

 不思議な夜だった。夏とは言え、冷え込む夜に、生温かい風が吹きつけている。風のうねりはさらに強さを増し、肌にはりつく空気のなかにつんと錆鉄と腐肉のすえた臭いが徐々に立ち込めてくる。

 

「なんだ……。なんなんだよ、あれはっ!」

 

 ルシオが息を呑む。生温かい風がさらに強くなっている。ルシオの視線は奥の人垣に貼りついたままだ。引きつった彼の横顔に鼓動が早まるのを感じながらプラチナもまた森の異変から人垣へと意識を向けた。

 

 ――ううううううっ!

 

 ひっ、とプラチナの喉が鳴る。風に思われた唸り声は、人垣が発していたのだ。

 それもよく見れば、生きたひと(・・・・・)ではない(・・・・)

 男たちは青白く伸びた両腕をだらりと地面に垂らし、一歩踏むたびにいまにも倒れそうなほど体を揺らして、ゆっくりと向かってくる。ボロボロの青いズボンはところどころに血がにじみ、歩くたびすわらぬ首が揺れ上向く彼らの顔には眼球がなかった。落ち窪んだ真っ黒な眼窩に赤い光の球が浮かんでいる。

 

「っ、ぁ、ぁあ……っ!」

 

 この群れ――ざっと三十はある。プラチナはあまりの衝撃に、ふっと身体が浮き上がるような感覚に襲われた。視界が急に暗くなる。

 少女はドッと物音を立てて、地面に倒れていた。

 

「プラチナっ!?」

 

 ルシオが慌ててプラチナを揺さぶる。反応がない。だがか細く、その胸は上下している。

 

「ちくしょぉ……っ!」

 

 ルシオが唇を噛み、化け物の群れを睨む。意識を失ったプラチナを担いで逃げるのはあまりに無謀だった。霧が濃く、森の地形もよくわからない。

 化け物たちはもうすぐそこまできている。

 気付かれ、襲われてはひとたまりもない。

 

(このまま隠れていればやり過ごせるのかっ? くそっ、一体どうすりゃいいんだ、くそっ! くそっ!)

 

 焦りが思考をさまざまな方向に散らしている。プラチナを抱きしめる。絶対に、この娘にだけは触れさせるか、と涙が溢れてくるのを感じながら強く思った。

 

「ついに見つけたぞ……」

 

 霧の向こうから男の声がした。

 化け物の群れの奥からだ。よく通る、若い男の声。

 ルシオが目を凝らすと、霧の奥から人影がゆっくりと浮かび上がってきた。不思議なことに、黒い泥からひとが形作られるのを観た気がした。

 

 銀髪の男だった。声の印象どおり若い。ぼさぼさの銀髪は腰まで垂れ、肩で二つに結っている。長い前髪から覗く瞳は蒼い。象牙色の肌は藍色の安っぽい鎧に覆われ、両腕に銀の籠手をはめている。中肉中背。背には剣が二振り。差しかたも特徴的だ。一振りは肩から対角状に、もう一振りは抜き放ちやすいよう腰の位置で横たえて差している。

 

 藍の鎧から、赤のマントが風にたなびく。

 男の後ろには、付き従うように若い女がついていた。

 男は、はっきりとルシオたちのいる方を見て、言った。

 

「お前の言ったとおりだな、エーリス」

 

「お褒めにあずかり光栄です、――ウィルフレド様」

 

 エ―リスと呼ばれた女は、ぷっくりとした唇を左右にひろげて、しとやかに言った。紫がかった黒髪を腰下まで伸ばした、物静かな雰囲気の女だ。彼女の足首に届く濃紺のワンピースのスカート部には青い花弁と金の蔓が大ぶりに描かれている。

 ルシオが普段目にする機会のない、上流階級の人間の装いだった。

 ウィルフレドと呼ばれた銀髪の男が、こちらを(にら)み、吐き捨てる。

 

「戦乙女……まさか人間になっているとはな。汚らわしいものだ。死神が、人間の姿を気取るか……っ!」

 

「えっ?」

 

 強い嫌悪のこもった罵声は、ルシオの腕で気を失っているプラチナに向けられている。

 ウィルフレドが腰の剣を抜く。霧のなかで、剣尖が鈍く光った。

 

「……八つ裂きにしてやる。亡者どもよ! その爪で、小娘の(からだ)を引き裂いてやれ!」

 

 ――ウ、オぉォおオオお!――

 

 幾多もの歓声が、地面を揺らす。骨格を感じさせない男たちは、また体を大きく揺らしながら近づいてくる。

 ルシオの周りは、気付けば化け物たちに囲まれていた。

 

「しまった!」

 

 逃げ場がない。あったとしても、プラチナを抱えて逃げ切れるかは微妙だ。

 獣臭い息が鼻をつく。震える体を叱咤し、ともかく走り出す方角を選んだ。

 

「虫けらが」

 

 冷たい声が背にかかる。ルシオは目を見開いた。金縛りにあって動けない。心臓の音がうるさく耳をつんざいてくる。

 

(プラチナ、プラチナ、プラチナ、プラチナ……っ!)

 

 腕のなかの少女の重みだけが、ルシオの正気をつなぎとめている。

 

「フフッ、ウィルフレド様。……どうやら、そう簡単には参りません」

 

「フン、あんな小虫などに、俺の邪魔ができると言うのか?」

 

「いいえ。ただ――そちらの方は、私たちを止めるおつもりでしょう?」

 

 エーリスが問いかけてくる。ルシオはなんのことかわからず、視線をさまよわせた。そのとき、ルシオの目の前に立ちはだかった化け物の一体に銀色の一線が走るや、その(からだ)がゆっくりと左右に分かれて倒れていった。剣閃。ルシオが理解するまえに、かしん、と小さな金属音が鳴る。

 異臭立ち込めるこの場を戒めるような、澄んだ鍔鳴りの音だった。

 

「やはり(ゲート)をぬけて正解だったな」

 

 ルシオが顔を上げると、金髪の青年が目のまえにいた。手に、身の丈よりも長い刀をたずさえている。

 金髪の青年・アレンはルシオと目が合うと、蒼瞳をおだやかに細めて微笑んだ。

 

「もう心配ない。きみたちを助けにきた」

 

 ルシオはきょとんとまたたいた。――助かった。金髪の青年の顔を見て無条件に直感した。

 

「た、……」

 

 ――大人は信用しない。両親ですら妹を売った。無事生きたいと望むなら、大人など信じていいわけがない。貧村が育んだルシオの生存術だ。

 それなのに。

 ルシオは舌がもつれるもどかしさをこらえながら、叫んでいた。

 

「助けてくれっ! 頼む!」

 

「任せておけ」

 

 アレンが即答しルシオとプラチナを背に、立つ。町の兵士たちがみせる仰々しさはない。音もなく傍にきていた彼は、とくに構えらしい構えも取らずウィルフレドを睨んだ。

 ウィルフレドがうろんげに鼻筋にしわを寄せた。

 

「そういうことか。……フン。人間ごときが、我ら不死者の邪魔ができるとでも思っているのか?」

 

 聞き慣れぬ単語に、アレンが眉をひそめる。

 

「フシシャ?」

 

「やれ」

 

 返ってきたのは、ウィルフレドの冷たい号令だ。

 周りの亡者たちが一斉に吠え、白く伸びた腕をぐにゃりとふり上げる。瞬間。小さく折り畳まれた亡者の身体が、引き絞った弓のごとく弾み全方向から鋭く跳び込んできた。

 

「っ!」

 

 ルシオがプラチナを抱きしめる。反射的に目をつむった。

 しばらくして聞こえてきたのは、また鍔鳴りの音だ。

 少なすぎる物音にルシオは耳がおかしくなったかと不思議に思いつつも瞼を開けた。直後、鈍い落下音がした。ルシオたちから数十歩離れた先で寸断された異形の(からだ)がほうぼうに転がっていった。

 

「この兼定(カタナ)の間合いより内側に踏み込めると思ったのか?」

 

 アレンが片眉をあげる。

 ウィルフレドの顔がはっきりと歪んだ。

 

「人間風情が、俺の復讐を阻もうなどと思い上がった真似を」

 

「プラチナがだれかに恨まれるようなこと、するもんか!」

 

 ルシオはとっさに叫んでいた。アレンがわずかにふり返ってくる。その視線の先は、気絶したプラチナだ。ルシオの腕のなかで銀髪の少女は瞼を閉ざしたままだ。軽く顎引くアレンとは対照的に、ウィルフレドは冷笑をルシオに浴びせてくる。

 

「とんだ戯言だな。そいつは俺の父親を、俺の母の心を壊した。俺からすべてを奪った者。……だから今度は俺がすべて奪う。まずはその身をズタズタに引き裂いて、『死なぬ』というのなら冥界の女王、ヘルに魂を喰らわすまで。――それでもなお、死なずに済むのか楽しみだ……。なぁ、戦乙女?」

 

 ウィルフレドが低くのどを鳴らす。暴発寸前の大砲を無理やり押し込めているような、不穏な笑みだった。時折、引きつった甲高い笑声が混じる、うつむいたウィルフレドの顔の陰から、青いはずの瞳が赤く光っているのが見えた。

 

 ――こいつは、不死者だ。

 

 ルシオはやっと理解した。いままで言葉を話すウィルフレドをどこか人間と思い込んでいた。だが事実を受け入れた途端に肌が粟立ち、唇が震える。早まる鼓動がルシオの思い込みを剥がしていく。この霧は黄泉のもの。つまりこの男に捕まったが最期、永遠の死の苦しみがその先に待っている。

 

 ――う、そだろ……プラチナがこんな奴に、なんで……、戦乙女? どういうことだ、わけがわからないっ……!

 

「お前の相手は、俺だ」

 

 アレンの静かな声が、ルシオの思考を断ち切った。

 ウィルフレドが鼻で笑っている。

 

「ならば貴様から死んでいけ!」

 

 ウィルフレドが地を蹴る。乾いた落ち葉は音を立てず、深い泥を蹴った水の音がした。激しい剣戟音がルシオのすぐ傍で鳴る。火花。ウィルフレドが腹から吼え、斬り立てていく。アレンはルシオの目の前から一歩も動かない。刀を中段に据えたまま、攻めくる剣を、淡々と受け流す。一見、アレンは派手に動いていないのに、その周りは見る間に剣戟の火花で埋め尽くされていく。

 

 ――すっ……げ……!

 

 現実感のない光景だった。

 剣戟音が重なり、ルシオの腹にも響く。ウィルフレドは、大樹すら両断する威力の剣で襲い掛かっているのだ。その証に、アレンの刀の間合いの一寸外の地面はえぐれ、遠く離れた木々がウィルフレドの斬線に触れるや次々と倒れていく。

 

 ――俺は、夢でも見てるのか……?

 

 思わず頬をつねった。遠くで、細く息を呑む音がした。

 戦いを見守っていた従者の女、エーリスだ。

 

「まさか、ウィルフレド様を人間風情がこうまで寄せ付けないとは……」

 

 細い指を口許にあて、エーリスの紫瞳が見開かれる。

 苛烈に攻め立てるウィルフレドも、いったん飛びのき、もったいぶった動きで剣を大きくふりかぶってから鋭く打ち込んだ。

 ――これも、防がれる。

 単純な力比べ、鍔迫り合いに持ち込んでも、アレンは涼しい顔だ。人外の膂力(りょりょく)をもろともしていない。ウィルフレドが鼻筋に深いしわを刻み、低く言った。

 

「不死者であるこの俺にここまでついてくるとは。……貴様、人間ではないな?」

 

「……お前の執着は、どうやら『人間』にも向いているな。人外と成り果ててなお、お前の剣には未練が染み付いている」

 

「知った口をっ! 虫けらあっ!」

 

 ウィルフレドが力任せに鍔迫りを薙ぎ払った。そのときだ。アレンが深く踏み込み、電光石火の速さで抜き打った。ウィルフレドと飛び交っている。腰を低く落としたアレンは、しばらく刀をふり切った態勢で止まっていた。アレンが剣尖を下げる。ゆっくりとウィルフレドをふり返っていった。

 ウィルフレドはアレンに背を向けたままだ。ひどく億劫そうにふり返ろうとしては立ち止まり、頬をぴくぴくと震わせながらアレンを睨む。

 

「ゴフッ!」

 

 胸を袈裟懸(けさが)けに斬られ、ウィルフレドが吐血する。血しぶきが盛大に散った。屈んだ痩躯(そうく)がいまにも膝から崩れ落ちかけている、不死者でなければ即死の傷だった。剣術で、まったく勝負になっていない。

 とどめを刺さんと向かいくるアレンに、ウィルフレドは胸の傷を抑えながら、血走った目で叫んだ。

 

「付けあがるなよ虫けらが! この俺の力が『足りぬ』というなら(にえ)を喰らうまでだ!」

 

「なに?」

 

 ウィルフレドが腰に()げた布袋から取り出してきたのは、赤黒い光を放つ白い羽根だった。人間の血と冥界の瘴気を幾重にも浴びた、まがまがしい光。

 その羽根を高々と(かか)げ、ウィルフレドは叫んだ。

 

「血塗られた神の羽よ……。その力、我に示せ!」

 

 羽根が光を増す。聞き慣れない不思議な音が場を占めるそのとき、アレンの右人差し指にはまった指輪もまた、強烈に輝き始めた。

 

「っ! これは――!」

 

 アレンが指輪の光を遮ろうととっさに左手でかばう。だが、指輪は静まらない。アレンが低くうめき、膝を折った。

 

(まずい、これは――! セフィラに触れたときと同じ――……っ)

 

 暴力的な紋章力(まりょく)の奔流。

 アレンの瞳孔が完全に見開かれ、脳に直接、見知らぬ場所の光景が流れてくる。

 

 寒村。

 雪、

 平原、城、荒野。

 そして戦場――純白の翼を広げた、青い鎧をまとった天使。

 天使の前には、甲冑姿の男たちが立っている。

 

 ――我が主、戦乙女のために! 行くぞ、ウィル!

 

 次々になだれ込んでくる映像のなかで、ある壮年の男の声がひときわ大きく聞こえた。

 

 ――俺には、もう戻る道はないんだよ! 父さんっ!

 

 ばつんっ、という何かがぶつかる音がして、目まぐるしく動く映像がようやく止まった。いま()えるのは、ある部屋での男女のやりとりだ。四十がらみの女性が木椅子に腰かけ、うつろに微笑み、ドアから入ってきた青年に話しかけている。

 

「あら、あなた……。ウフフ……もう帰ってきたの?」

 

 銀髪の青年の頬が、悲しみと絶望で震えたのがわかった。

 戦争で父を失った彼の家は、彼がまだ幼く、母にも稼ぐ手立てがなかったために貧しく追い込まれていった。

 

 ――お兄ちゃん! 遊びに連れて行って!

 

 明朗快活な妹は、次第に困窮する生活のなかでゆるゆると飢えて死んでいった。ウィルフレドの目の前で。

 娘を餓死させてしまった母は心を壊し、成長した青年がいくら自分は息子だと言って聞かせても、二度と彼をウィルフレドとは呼ばない。――平和だった昔のようには、二度と。

 

 ――そして

 なにも知らなかったウィルフレドが、

 

 ――嫌だッ! 死にたくない! こんなとこで死にたくない!

 

 冥界の住人にそそのかされ、父の仇討のためにと持たされた『女神の羽』で最初に殺した、一番大切だった親友の断末魔が――彼の心を完全に打ち砕く。

 

 

「うぉおおおおおおああああああああっっ!」

 

 

 ウィルフレドの絶叫が、アレンの意識を現実に引き戻した。

 

「貴様っ、よくも! よくも人間だったころの、神の道具にすぎぬ矮小な虫けらの存在を、思い出させたなあああああっっ!」

 

 ウィルフレドの赤い瞳から、血の涙が流れている。顔は憤怒に塗り固められ、彼がまとう冥界の瘴気が爆発的に膨らんでいく。

 アレンは息を呑み、背後のルシオに言った。

 

「もう少し、さがれるか? できれば、あの岩のところまで」

 

「ア、アンタ……あんなの、どうにかなるのか……っ」

 

 涙混じりに問いかけるルシオに、アレンが微笑んだ。

 

「心配ない」

 

 ルシオから目の前のウィルフレドに視線を移し、言い放つ。

 

「奴は、俺が斬る」

 

 

 

「ひぃいいい!」

「ぎゃああああっ!」

 

 ふいにつんざく悲鳴が飛び込んできた。ルシオが声のほうを見る。恰幅のいい男たちがいた。あ、と思わず声が出る。――人買い。昼間、プラチナの家にきた男たちだ。

 彼らは宙に浮いていた。赤黒い光の羽根が、彼らの頭上にある。羽根は己を天頂として球状の光の袋をつくり、そのなかに男たちを囚えているのだ。ウィルフレドが低く激しく呻きながら、全身の瘴気をさらに沸き立たせる。彼は瘴気の闇に沈みながら、アレンを見て、にぃーっと笑った。

 ウィルフレドが前に突き出した手を、握る。

 

 瞬間。

 

 袋状に広がっていた羽根の光が男たちを飲み込んだまま急速に縮み、強烈な断末魔を幾重にもまき散らし、ついには一滴の赤い雫となってウィルフレドの剣にぽたりと落ちていった。刃が水面のように波紋をひろげ、雫が隅々にまでしみわたっていく。ウィルフレドの剣がどす黒く輝く。ウィルフレド自身もまた、強烈な力を得てうっとりと顔を天に向け、歓喜の声を上げた。

 

 

「さあ、お前を八つ裂きにしたうえで、そこにいる戦乙女を斬り裂き、証明してやる! この俺が、神をも上回る存在だとな!」

 

*1
SO2の主人公たち

*2
SO3では四次元(fourth dimension、略してFD)の人間が主人公たちの住む世界をシミュレーションゲームとして製作したことが発覚する。神、創造主とは四次元世界にあるゲーム会社のオーナーのこと。毎度おなじみ裏ダンジョンではその四次元世界すらも創られたものというマトリョーシカ方式

*3
次元そのものに干渉できる『特殊紋章(VPでいう失伝魔法っぽいもの)』を遺伝子操作により埋め込まれたSO3主人公フェイト、ひとりめのヒロイン・マリア、ふたりめのヒロイン・ソフィアの力が合わさって四次元世界から完全に切り離された独立した新世界が創造された

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。