ヴァルキリープロファイル 神に挑む者   作:ばんどう

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11.アークダイン編(完) 第二級神フレイ

 青年(ルシオ)が現れる数刻前。

 

「……ひとが眠っている……?」

 

「アレン兄ちゃん! ともかく助けようぜ!」

 

 シルメリアに導かれ、アレンたちはアークダインの遺跡最奥の石室にたどりついた。室半分を覆う巨大魔水晶のなかで若い女が眠っている。年恰好は二十前後といったところか。緑がかった長い金髪が腰まで流れ、両手を胸のまえで重ねた体勢のまま水晶漬けとなった姿は、魔女の異名に反して聖女のごとき神聖性を感じさせる。

 予言の魔女、リセリア

 ヴァン神族の始祖ユーミルの血に連なる者とされる魔女は、上等な法衣のうえから麻のマントを羽織り、寂しげな表情(カオ)で目を閉じている。その肌は陶器のごとくきめ細やかで、左右の横髪をそれぞれ赤い紐で結っている。

 ロジャーがこの魔女を助けんと魔水晶めがけて手斧をふりかぶったとき、静かな声が亜人の少年を押し止めた。

 

 ――お待ちください。

 

 驚いた三対の視線が、魔女を見上げる。

 

 ――わたしは、自分自身で制御できないおのれの力の強大さに絶望し、命を絶ち、その魂をここに封印しました。このけがれた魔女をみだりに解放してはなりません……。

 

「あなたの考え方の、どこが魔女なのですか?」

 

「姉ちゃん、すげえ寂しそうな顔してるぜ? オイラたちと一緒のほうが楽しいじゃんよ!」

 

「心配ねえよ。俺たちがついてるから」

 

 ――……え……?

 

 リセリアが戸惑って言葉に窮した。力を求めてここを訪れる人間は数百年の間にいくらかいた。だが普通の人間に対するように声をかけられたのはリセリアにとって生まれて初めての経験だ。リセリアは沈黙する。予知はおのれの得意分野のはずが、彼ら三人の未来が視通せない。

 

 ――偉大なる魔女リセリア殿。お迎えに上がりました。

 

 ふいに女の声が聞こえてきた。リセリアはまぶたを震わせる。目の前にいるのは青年と少年二人だけだ。だが、よくよく目を凝らすと青年の胸のあたりからわずかに浅葱色の光がこぼれているのがわかる。

 

 ――あなたは……魂の御使い、戦乙女ヴァルキュリアさま……?

 

 ――ゆえあって、いまはこの人間のなかに身を隠しております。あなたさまのお力をお貸し願いたいのです。

 

「なに?」

 

「どうした、アレン兄ちゃん?」

 

 シルメリアの語りかけにアレンが思わず目を丸めると、女神の声を聴けぬロジャーとルシオが首をかしげてアレンを見上げた。リセリアのまぶたが揺れる。

 

 ――浅葱の戦乙女さま……。わたしは、ここをお訪ねくださるのは蒼穹の戦乙女さまだと思っておりました。長き長き眠りのなかで、わたしは自分を止めてくれる者をいつしか待ち望んでいたのです。

 あなたさまにそれができますか? わたしの苦しみと悲しみを取り除くことが……

 

 リセリアの眠る魔水晶が燐光を放つ。急速に魔力がリセリアに集っていく。シルメリアの『やりなさい、アレン』という冷たい声がアレンの耳を打った。アレンが眉をひそめ魔女を見上げる。

 

「自死してなお、あなたの願いは他人に(たお)されることなのですか」

 

 ――わたしは、世界に存在してはならないのです。

 

 ――アレン、剣を抜きなさい。

 

 押し黙ったアレンがハッと背後をふり返った。物陰から猛烈に突進してくる青年(ルシオ)。敵意に燃えた青年の青瞳がアレンの心をさらにえぐった。

 

 

 

 レナスはとっさに掻き抱いたルシオの(からだ)を室の隅に慎重に横たえた。血みどろになったルシオの躰が淡い光に包まれ、見る間に傷が癒えていく。レナスには見慣れない方陣――異界の魔術アレンの治癒紋章術(ヒーリング)だ。

 神である彼女が、なぜ生きている人間をとっさに抱き留めたのか。

 なぜいま、安堵したのか。

 そんな疑問は彼女のなかで広がる由もない。アレンをふり返り抜剣する。

 

「覚悟はいいか、人間よ」

 

 背を向けて目を閉じていたアレンが、ゆっくりとレナスを見据えてきた。

 

「ヴァルキリー、プラチナという人間に覚えはないか」

 

「さきほどの人間の記憶を賢者の石で読み取ったのか。どこまでも人間の領分を超えた真似を」

 

「教えてほしい。プラチナについて知らないか」

 

 アレンの目は真剣だった。レナスの表情の変化、彼女の左人差し指にはまった指輪――主神に忠誠を誓う指輪(ニーベルンゲンの指輪)――がかすかに明滅しているさまをじっと見ている。

 レナスはいま神族らしい冷めた表情だった。

 

「ひとの身で知る必要などない。私の任はお前を討滅し運命を平定することと、魔女リセリア殿を神界に導くことだ」

 

 ――レナス、目を覚ましなさい。あなたの記憶と能力を封印しているオーディンが、リセリア殿の力を求めるとはどういうことか。本来のあなたならわかるはずよ。

 

 レナスの頬が震え、目を丸くしてアレンを見る。じっと目を凝らしても彼のなかにいる女神(シルメリア)の存在は見通せない。シルメリアの意識がまだ回復していないことと、アレンが念のためにほどこした霧の紋章術でシルメリアの存在を隠しているためだ。

 だが声だけが聞こえる。知らない声のはずなのに、なぜか胸に染み入ってくる声。レナスが小さく呻き、頭を押さえる。

 

「どういうことだ、記憶を封印? あの指輪か」

 

 ――そう。あれはオーディンに忠誠を誓わせるニーベルンゲンの指輪。そこに記憶封印の魔術がかけられている。

 

 アレンの問いに、シルメリアがこともなく答えてくる。

 

 ――オーディンはレナスを人形にしてまで、リセリア殿の力を神界戦争に使うつもりよ。だからアレン、あなたが阻止しなければならない。

 

 アレンは答えず、リセリアを見上げる。悲しげな魔女の顔。死してなおおのれの力におびえ、他者に斃されることを望む魔女。アレンの脳裡に二年前のおのれの姿が重なった。

 

 ――殺してくれ……。俺が、俺でいられるうちに――兼定っ!

 

 完全な神の代行者(エクスキューショナー)となるため自我が喰われいくなか、消えかける意識をどうにかたぐりよせて刀に請うたあのとき。

 

「俺は」

 

 拳を握りしめる。指先が震えていた。あのときの絶望、怒り、悔しさを魔女とのたまうリセリアは何百年も味わってきたのだ。

 

「俺は、このひとを戦火には巻き込まない」

 

 ――なんですって?

 

 シルメリアの声が驚きに跳ねた。リセリアもまた、目を丸くしている。

 レナスの冷たい瞳がアレンを射抜いてきた。

 

「人間よ、お前との戦いもここで終わりだ! 我とともに生きるは冷厳なる勇者、出でよ!」

 

 レナスが言い放ち、地を蹴って飛び上がった。空中で(からだ)を丸めた女神の背中から光の翼が左右に広がっていく。翼がひるがえり羽音が立った。光の翼は粒子となって三つの光球を生み出し、それが勇者の魂(エインフェリア)を徐々に(かたど)っていく。黒髪短髪巨躯の傭兵、アリューゼ。豪奢な縦ロールをなびかせるドレス姿の王女、ジェラード。金茶髪の小柄な弓兵、ラウリィ。

 カミール村で対戦した面々である。

 

「ようやくだぜ」

 

 光のなかから現れたアリューゼが嬉しそうにこぼした。その隣で、ジェラードがルビーの宝玉がはまった杖をふりたくる。

 

「アレンよ、小僧との戦いぶりを見ておったがやりすぎじゃ! そなた加減というものを知らんのか! 小僧が可哀想であろうっ!」

 

「アンジェラに小僧呼ばわりされんのも大概(たいがい)だがな」

 

「姫さま、落ち着いてください。迂闊(うかつ)に動くのは危険です!」

 

「黙れアリューゼ、ラウリィ! ゆくぞヴァルキリー! わらわが代わりに成敗してくれる!」

 

 ジェラードがまさに詠唱を始めようとしたそのとき、黙っていた少年たちの獣耳がぴくりと震えた。

 

「んんっ!?」

 

「アレンさん! だれかくる!」

 

 言葉とともに、金色の光の剣がアレンの背後にそびえる魔水晶めがけて走っている。三本。レナスがハッと魔水晶で眠る女性を見上げた。

 

「リセリア殿っ!」

 

 三方向から襲いくる光の剣がまばゆく光った。アレンが枯れ枝でも払うように刀で跳ね切り、金属がぶつかり合う音を立てて光の剣を払い落していく。

 

「戦闘モード。攻撃対象七名。長剣二名、剣一名、弓矢一名、魔杖一名、斧一名、短剣一名……」

 

 舌足らずな少女の声が室内に響いた。人間味を感じさせない平らな声質。レナスがふり返ると、声にたがわぬ可憐な少女がひとり、室の入り口に立っている。少女の濡羽色の髪は腿までまっすぐに流れ、あどけない人形じみた白い顔がじっとレナスを見返してくる。

 

「こいつは……!」

 

 アリューゼが驚くのも無理はなかった。少女がまとっているのは黒い鎧――レナスが着ている蒼穹色の鎧に酷似した、戦乙女の軽鎧だ。人間が、視認できぬはずの神の姿を模している。場の空気が一気に張り詰めた。

 少女の赤い瞳がわずかに輝いて見えた。

 

『これはこれは。魔水晶の輝きに魅せられてきてみれば、このような宴が地上で行われていたとは!』

 

 ぱち、ぱちとアークダインの石室に乾いた拍手がむなしく響く。興奮した男の声はどこから聞こえているか、周りを見渡せどわからない。レナスの脳裡にアルトリアの街道で見かけた人間――丸眼鏡をかけた男魔術師――がよぎった。あのときよりはっきりとした術式の発動で察せられる。【遠見】だ。媒介を通して遠くの場所からこちらを覗き見ている。人間界で失伝したはずの魔術を少女の向こう側にいる人間が使っている。

 

「人間が、どこまでも領分をわきまえぬことを!」

 

 レナスが剣を抜きはらい、少女に向かって踏み込む。勇者の魂(エインフェリア)たちもそれぞれ武器をかまえた。

 

「捕縛対象、確認しました。これより任務を開始します」

 

 黒髪の少女がリセリアを見て、言った。

 アレンは後ろに控えた少年二人に向き直る。

 

「ロジャー、ルシオ。あそこのルシオを頼む」

 

「兄ちゃん、大丈夫か?」

 

「アレンさん、加勢します」

 

 突如現れた少女の危険性を察している二人の少年には緊張が走っていた。

 アレンが口許をほころばせて首を振る。

 

「心配ない。任せておけ」

 

「わかった!」

 

「あいつは任せてください!」

 

「ありがとう」

 

 言いおいて、アレンが兼定(カタナ)を握った。アリューゼを筆頭に散開し攻め込んでいく勇者の魂(エインフェリア)たち。少女と激突する寸前、

 

 ――力を求め、争い合う……。やはりひとは、変われぬものなのですね。

 

 ふとリセリアの声を聴いて、アレンは背後を仰いだ。遺跡最奥部の壁一面を覆う巨大な魔水晶。結晶奥深くで眠る魔女が、寂しげにアレンを見下ろしている。

 

「……心配ない。あなたは俺が護る」

 

 アレンが告げたその瞬間、鋭い剣戟音が石室に反響した。アリューゼの驚いた声が上がった。

 

「なんだとっ!?」

 

「これは……まさか不死者っ?」

 

「あの娘、屍術師(ネクロマンサー)かっ!」

 

 ふり返れば、アリューゼの大剣が紫色の全身甲冑を着たアンデッドに止められている。全部で三体、手に燃え盛る紫炎の剣を握っている。巨躯の紫騎士たちは型遅れの鎧だが、兜の天頂から伸びる赤い羽根飾りが瘴気の風でなびいている。もとは名のある騎士が不死者化したのだろう。対峙するだけで、言い知れぬカリスマ性がある。

 

「ちがう。わたしはいずれヴァルキュリアになる者。われとともに生きるは冷厳なる勇者っ!」

 

 少女が鋭く宣言するや紫騎士の空洞な目許が赤く光った。アリューゼが「ちぃっ!」とこぼしながら紫騎士の焔剣を切り払う。二体目、紫騎士が猛烈に突進してきた。正面から受けたアリューゼが両脚で踏ん張り、低く呻く。アリューゼをしてその巨躯が揺れるほどの衝撃だ。レナスがスライディングで割り込むもびくともしない。レナスの顔がゆがんだ。三体目、態勢がくずれたレナスとアリューゼを上段から叩き切らんとふりかぶってくる。

 

「させないっ!」

 

 ラウリィの矢が正確無比に三体目の紫騎士の眉間を穿(うが)った。鈍い音とともにわずかにふり遅れた三体目に向かって

 

「ハッ!」

 

「オラァッ!」

 

 レナスとアリューゼの斬撃が同時に叩き込まれた。紫騎士の上半身が揺れる。剣を払い上げたレナス、横殴りに薙ぎ払ったアリューゼの見事なコンビネーション。そこからさらに追い打ちかけんとしたとき、紫騎士が左に跳んだ。(ひるがえ)って一体目の紫騎士がすれ違いざまに胴薙ぎを打ち込んでくる。

 

「ちぃっ!」

 

「散れっ!」

 

 レナスとアリューゼがぱっと散開する。杖を突き出したジェラードがにやりと笑った。

 

「わらわに戦いを挑もうとは愚か者めっ! バーンストーム!」

 

 王女の詠唱で石室の空気が圧縮していく。紫騎士たちがいた地面は真っ暗な空洞と化し、炎が空洞の奥から噴きあがったと見るや瞬時に半球状に膨れて石室全体を巻き込み爆発していった。

 

「やった!」

 

 ラウリィが歓声を上げた。

 

「ヴァルキリー!」

 

「そこだっ!」

 

 アリューゼとレナスが、爆発のなかから突進してくる騎士たちの剣を真っ向から迎え撃つ。鈍い剣戟音とともに二人の顔がゆがんだ。それほど剣戟が重い。受け太刀した二人の腕がしびれている。宙に浮かんだ光の剣があらゆる角度から弓を引き絞るようにいったん下がったあと、二人の剣士に向かって鋭く走った。

 

「ヴァルキリーさまっ! アリューゼさんっ!」

 

 ラウリィが慌てて弓をつがえる。間に合わない。剣の檻に囚われた二人が光の剣を切り払う。だが二人の背後から迫る剣をとっさに払い損ねたそのとき、鋭い斬線が空間に横一文字を引いていった。硬く砕ける物音が立ち光の剣がひび割れ、壊れ散っていく。

 自分たちの背後に音もなく現れたアレンを横目見て、アリューゼがにやりと口端をつり上げた。

 

「おい、いいのかアレン? 俺たちに背なんか向けてよ」

 

「アリューゼ、あの子が召喚した不死者は、どうやら普通じゃない。気をつけろ」

 

 アリューゼが鼻を鳴らす。向かいくる紫騎士に上段から打ち込み返す。右にレナス、左にアレン、三者背中をあずけあう体制だ。三騎士が囲み、さらに外から光の剣が無数にレナスたちを狙い、浮かんでいる。

 

「人間よ、お前の罪が消えるわけではない」

 

「あとで相手になる」

 

「だったら行くぞ! オラァッ!」

 

 アリューゼが長剣を振り下ろすと同時、三者が地を蹴る。紫騎士の目が光った。

 

 

 

 レナスがアークダインの遺跡に向かう数刻前。

 

「人間風情が、ブラムスと対等に渡り合っただと」

 

 獅子とヤドリギの意匠が彫り込まれた神の玉座で、まっすぐな銀の短髪を後ろに撫でつけた壮年姿の男神は眉をひそめた。つねに落ち着き払っている瓦顔が、腹心の報告を受けて鋭くかげる。最高神オーディン。神々の頂点に立つ主神は薄い唇をひきしめ、切れ長の灰瞳で下界ミッドガルドを映す魔晶石を睨んだ。

 傍らに控えた第二級神フレイもまた、魔晶石に映るレナスを見つめている。

 

「いかがなさいますか、オーディン様。やはりこの男、いまのヴァルキュリアでは――」

 

 ブラムスとの戦いぶりと、カミール村での一戦。神族でも最高峰の実力を持つ女神、フレイですら声を固くする事態だ。オーディンが眼球だけを動かしてフレイを横目見る。フレイは飴色の髪を腰まで流した、妙齢姿の女神である。作りものめいた陶器肌で、理知的で小ぶりな顔立ち、タイトなグリーンドレスで浮き彫りになる完璧な肢体を見せつけるように背筋をぴんと張ってたたずんでいる。

 オーディンは口許に薄い笑みを浮かべると、魔晶石を見つめた。温度を感じさせない爬虫類じみた灰色の瞳は動かさず、頬杖をついたまま言い放つ。

 

「さしたる問題ではない。あの人間から、刀を奪えば良いだけの話だ」

 

「刀とは、やはり」

 

 フレイが唇をひきしめる。オーディンが静かにうなずいた。

 

「兼定と言ったか。あの刀、恰好(ナリ)は違えど四宝にも匹敵する力だ。ラグナロクに備え、手中に収めて損はないだろう」

 

「ならばその任、私にお任せください」

 

「ほう?」

 

 オーディンが興味を惹かれ、片眉をあげる。フレイは険しい表情のままだ。

 

「あの人間の持つ刀。ヴァルキュリアには荷が勝ち過ぎているようですので」

 

「……ふむ。成果を期待している」

 

「はっ」

 

 フレイが(うやうや)しく膝を折り、空間に波紋を描いていずこかへと消えていく。それを視界の端に、オーディンは零れた笑声を口のなかに留め置いた。

 

「異界の四宝をも収めれば、我らアース神族の繁栄は必定だ。――首よ、恐れるがいい。我が全能を」

 

 ユーミルの首と対話するとき、オーディンは必ずほかの者を傍に置かない。それはオーディンに対し、絶対の忠誠を誓うフレイとて例外ではない。

 

 

 

 アリューゼが長剣を薙ぎ、襲いくる光の剣を粉砕する。剣そのものに意志が宿る少女の魔術。紫騎士単体の実力も一対一なら問題なく倒せるレベルだ。だがこれが三体になった途端、騎士全体の強さが格段に跳ね上がる。コンビネーションに隙がない。さらにあの少女が放ってくる光の剣が、アリューゼたちに連携を許さない。

 

「ちっ。さっさと片付けてやりたいところだが、ちょこまかしやがって」

 

「……あの子の魔術は、どの世界(どこ)からきたんだろうな」

 

「余裕じゃねえか、アレン!」

 

 紫騎士がアリューゼとアレンに襲いかかった。一度ぐるんと剣を回し、突きこんでくる。二人がぱっと左右に分かれた。寸でのところで二人身をひるがえし紫騎士の左右からアリューゼとアレンが刃を払い切る。鈍い金属音が弾け、火花が散る。紙一重、三体の焔の剣にさばかれている。

 

「……兼定を、止めた?」

 

「こいつら」

 

 二人が驚きながらも着地する。紫騎士たちは徐々に、こちらの動きを覚え始めている。一流の剣士が戦いのなかで急速に成長するさまを思わせた。言葉も交わせぬはずの低級不死者が。

 騎士の一体がレナスに照準を定め、斬りかかってきた。

 

「ハアッ!」

 

 レナスも上段から打ち込んで応戦する。剛剣と細身の剣が鍔迫り合う。そのとき、べつの一体が追い打ってきた。

 

「くっ!」

 

 迫り合った剣を素早く薙ぎ払い、新たな剣戟を受け太刀する。あまりの衝撃に震える両腕。だが、レナスは目を見開く。完全に止めたはずの騎士の剣。それがレナスの胴を跳ね切り、強烈な痛みと熱が走る。紫騎士が打ち込むと同時に薙ぎ払っていた、神速の十字斬。

 

「ヴァルキリーさまっ!」

 

 さらに切り立てんとする紫騎士の頭をアレンが炎をまとった拳で殴り倒した。けたたましい轟音が立ち、騎士が後ろに跳んで倒れ、なおもバウンドする騎士の胸にラウリィの黄金矢が三本、突き刺さる。その間にレナスが呻きながらも後ろにさがった。

 

「てめえっ!」

 

「痴れ者が、焼き払ってくれるっ!」

 

「退がっていてくれ。二人とも」

 

 ふとアレンが剣尖をあげて、二人を制した。アリューゼとジェラードが眉をひそめる。背を向けるアレンの表情はわからないが抜きはらった兼定の刀身が白く輝きアレンの全身から覇気がみなぎっている。

 

「な、なんじゃ? アレン?」

 

「てめえひとりで片付けようってのか?」

 

「……この兼定に、斬れぬものはない」

 

 アレンがつぶやき剛刀を強く握りこむ。この兼定(カタナ)で『斬る』と決めて斬れなかったものは――口惜しくもフェイト・ラインゴッドの破壊の力(ディストラクション)をおいてほかにない。それ以上の例外は誇り(プライド)が許さない。

 言葉以上に物語るアレンの背中を見て、アリューゼが眉をあげつつも皮肉な笑みをうかべた。

 

「まあいい。お手並み拝見といこうじゃねえか」

 

 アレンがうなずく。少女が舌足らずに言った。

 

「攻撃対象、長剣一名。残存六名。これより各個撃破します」

 

「予告しておく。ひとりめで終わる」

 

 少女がムッと眉を寄せた。紫騎士は動き始めている。一体目が体当たり。二体目が一体目の肩を踏み台にして跳躍し大上段からふり下ろしてくる。三体目が一体目の影に隠れ、すれ違いざまに回転突きを一閃してくる。

 アレンの動きは最少だった。まず一体目の肩を跳び越え襲い掛かってくる二体目の大上段からのふり下ろしを剣尖で払いよけ、アレンの傍に着地した二体目をかばうような一体目の体当たりを半歩退がってかわす。とんでくる三体目の回転突き。苛烈に散る火花すら両断して、下段から青白く輝く剛刀(カタナ)の一閃が払いあげられる。凄まじい太刀風が三層の疾風となり、三体目の騎士甲冑が両断されていく。剣技【弧月閃】。

 アリューゼたちが目を丸める間に、剣戟を流された二体目が斬りかかっていた。格段に速くなった紫騎士の打ち込みがふり抜かれるまえ、アレンが電光石火の速さで抜き打っている。石室を照らした銀の弧が横に一閃走ると二体目の胴が斬り離されていった。

 

「敵負傷者予測……〇名、任務達成率0.103%……?」

 

 人形じみた少女の顔が不安と焦りにかげる。光の剣が飛びかかっても、アレンは防御すらしない。魔術障壁が無効化している。

 

「……そんな」

 

 少女の絶望的な声とともに、残る一体目が焔の剣をたかぶらせ、右腕をぐるんと回した回転突きをアレンにくり出していた。鈍く激しい音がはじけアレンを通り越して突きこんでいった紫騎士の兜がゆっくりと左右に分かれ、最後の騎士甲冑が両断されていく。

 

「残るは、ひとり」

 

 静かに底光る蒼瞳が少女を睨む。

 

「敵負傷者予測〇名、任務達成率0.09%……、敵負傷者予測〇名、任務達成率0.004%……」

 

 少女は怒りと不安がないまぜになったような顔だった。何度も演算をくり返しては、結論が気に入らないとばかりに首を横にふる。

 アレンが言った。

 

「ここで退くならよし。退かないなら……きみは痛い目にあう」

 

「……ひかない。絶対、ひかない……シャイロさまは、わたしが助けるっ! だから! われとともに生きるは――」

 

 少女の詠唱が終わるまえにアレンは音もなく少女の背後にいた。少女の首許に手刀が決まると、幼い(からだ)が力を失いがくりと沈んでいく。地面に倒れるまえアレンが左腕で少女を抱え、剣を向けてくるレナスを見た。

 

「人間よ、その娘をどうするつもりだ」

 

「事情を聴きだす。その必要があると判断した」

 

 ――アレン、逃げなさい。いますぐに!

 

 脳に直接届いてくる女神(シルメリア)の声に、アレンがハッと周囲に気を散らした。透明な気配。レナスよりも高次元に澄んだ気配はシルメリアの警告がなければ気づかないほど空間になじんでいる。レナスの傍らがゆらりと揺れたかに見えるとき、空間は波打ちはじめ波紋の中心から光の球が生まれてくる。清らかな光はやがて強く大きくなっていった。

 

「……フレイ!」

 

 レナスの驚きの声とともに、光球から、美貌の女神が迫り出してきた。豊かな薄茶色の髪をなびかせて、第二級神・フレイが降り立ったのだ。

 

「レナス。今日は加勢にきたわ。さっさとそこにいる人間もろとも魔女を選定しましょう」

 

 フレイが笛の音を思わせる明瞭な声ではっきりと言い、アレンと、アレンがかついだ戦乙女もどきの少女をじろりと見下してきた。

 

「けがらわしい。人間の被造物が、よもや神を名乗ろうだなんて」

 

 フレイが細い眉をつり上げ、不快げに言い放つ。塵芥でも見るような瞳だ。燐光を放つフレイの高貴なオーラが、石室のかび臭い風を一掃し、神の威厳をひりひりと肌に伝えてくる。アレンは直感した。この女神は、レナスとはまったく違う。むしろアレンからすべてを奪った創造主、ルシファーを思い起こさせる。

 

 ――0と1との存在に過ぎない貴様らが、創造主に逆らおうなどと思い上がりもはなはだしいわ!

 

 アレンの蒼瞳に鋭い光が走った。

 

「お前たち神は、ここで静かに眠っている女性を連れだし、無理やり戦火に巻き込むつもりか」

 

 フレイが眉をひそめる。アレンの(うち)にいるシルメリアが、アークダインの遺跡最奥に魂を封印した魔女の存在を説いたことをフレイの瞳をもってしても見通せない。アレンの紋章術(まじゅつ)の精度が【星界の指輪】で極限まで高められた結果、フレイが意識を凝らせど違和感以上のものは感じ取れない事態が起きていた。

 

「人間が、神と対等に話せると思って?」

 

「話す必要はない」

 

 アレンの全身から黄金の焔がくゆり始める。握りしめた兼定。今度こそ消えゆく肉体ではない。アレンはそっと幼い少女を足許に横たえる。アレンの焔が急速に膨れ上がりフレイの神気を押し返さんと石室全体に広がった。

 

「うぉっ!」

 

 さかまく暴風にアリューゼが頭を庇う。ジェラードとラウリィが悲鳴をあげ、飛ばされそうになる。強烈な気のぶつかり合い。レナスがジェラードとラウリィを見やって勇者の魂(エインフェリア)たちの実体化をほどいた。

 レナスの左人差し指にはまったニーベルンゲンの指輪が白く輝く。鈍い頭痛がレナスを襲う。呻き、またたいた戦乙女の瞳が、次に開いたときには迷いなき敵意がアレンを向いていた。

 フレイが微笑む。

 

「レナス、力を貸してちょうだい。一気にカタをつけるわ」

 

「ええ」

 

 アレンが兼定を青眼にかまえた。

 

 ――なにをしているの、アレン! 逃げなさいっ! 人間が、神と戦ったところで勝てないと分からないのっ!?

 

 内なるシルメリアが、警鐘を鳴らしてくる。アレンはゆっくりと息を吐いた。

 

(ああ。たしかにそうだ。かつての俺は、神に反抗の意思を見せたが最期、(からだ)が消えいく呪いにかかっていた……。だが、いまは)

 

 兼定がわが身の自由を喜ぶように甲高く鳴いて(・・・)いる。刃は黄金色に輝き、アレンの闘志をあますことなくくみ取ってくれる。戦乙女もどきの少女の背後にまわった際、リセリアと対面する形になったアレンは、不安げにこちらを見つめてくる魔女と目が合った。

 

 ――アレンさま……、わたしは……

 

 アレンが少し口端を広げてうなずいた。いまは観ていろ、と。

 女神フレイにとってみれば、繊細なリセリアの心の機微など塵芥にすぎないだろう。アレンにはわかる。いま目の前に現れた女神は、おのれの聖域以外すべてを消し去る者の()だ。レナスの指輪がさきほどからチラチラ光っては、こちらに向けてくる敵意を増していることにも気づいている。

 『逃げろ』と警告してくるシルメリアに向かって、アレンははっきりと言った。

 

「いまの俺には、兼定がある。だれかに託さずとも、ひとを護る力が」

 

 ――なんて馬鹿げたことをっ……!

 

 意識内でシルメリアが息を呑んだのがわかった。

 

「行くわよ、レナス!」

 

「ええ」

 

 宙に浮かんでいたフレイが光に溶けこむや、レナスが腰を沈め鋭く抜き打ってきた。下段ぎみに払い切られた剣尖が、宙に銀色の弧を描いて火花を散らし震え止まる。レナスが目をみはった。刀の柄頭でレナスの剣尖を止められている。アレンの背後に現れたフレイがみぞおちめがけて蹴り穿った。つかんだのは空。左足をひいたアレンの前髪が揺れる。女神の(からだ)が鋭く反転し、さらに上中下段に狙いを散らして刃のごとき蹴打を突きこむ。音速を切る分厚い空気の音が矢継ぎ早に起こった。息をもつかせぬ女神の追い打ちは、兼定がふれぬ接近戦だ。アレンの拳が焔を噴き、女神の蹴打を正確にさばき落としていく。

 

「あのフレイって女神サマ、戦い慣れてるじゃん……っ」

 

「アレンさんが防戦一方だ……!」

 

 重い激突音ののち、火の粉が噴いた。ぶつかった反動で両者がのけ反る。わずかな距離が空いた。瞬間。アレンがふりかぶっている。フレイを完全に捉えていた。

 

「やった!」

 

 ルシオの歓声もつかの間、打ち込んだアレンが捉えたのはフレイの幻影。太刀風がフレイの影を断ち、後ろに控えたレナスを襲い、とっさに剣で止めた戦乙女(レナス)(からだ)を石室の壁に張りつけた。

 

「かはっ!」

 

「――ヤアッ!」

 

 パッと頭上に現れた女神(フレイ)の左手から、光刃が無数の斬撃となって降る。斬撃のきらめきが空間に光の檻をつくり無尽に走った。アレンが腰を落とし抜き打った。兼定を一閃、薙ぎ払ったのみだ。野太い銀弧が空間に横一文字を描くや光の檻が根こそぎ薙ぎ倒されていく。フレイが一瞬、驚きに頬をこわばらせた。

 アレンがさらに跳びあがらんとした頭上の先で、女神フレイがたわめた両手のなかに光を集めていく。

 

「ならば、これでどう。浄化してあげるわ!」

 

 言葉通りこの石室はおろか、アークダインの遺跡そのものを消し去るほどの神気がフレイの両手のなかで膨らんでいく。アレンの蒼瞳と兼定の刃が壮絶に光った。

 

「ぉおおおおおおっ!」

 

 アレンの背に、黄金の朱雀が派手な咆哮をあげて現れる。剣技【活人剣】。極限に高められたアレンの練気が神速の打ち込みとともに龍を放ち、朱雀と同化して巨大な黄金龍と化す。以前、レナスに放ったカミール村での一撃よりさらに強烈だ。神界最強クラスの第二級神フレイもまた、究極に高めた神気をためらうことなくふり下ろした。

 

「神技! エーテルストライクっ!」

 

「これは……!」

 

「やべっ!」

 

 レナスがつぶやき、ロジャーが短く悲鳴をあげる。壮絶な熱気と光のぶつかり合いが石室すべてを呑み込む。遺跡の天井、壁、床はまるで砂でできた城のごとく見る間にめくれ、はがれて壊れていく。両者のぶつかり合いで空が赤く、青く、虹色に染め上がった。戦乙女レナスは自身の実体化(マテリアライズ)をほどいた。ロジャーたちがあわあわ言いながら逃げ惑う。

 

 ――早く、わたしの後ろに!

 

「お、おう! あんがとな!」

 

 ロジャーたちが魔水晶の裏に駆け込んだ。リセリアの魔力障壁をもってしても力の激しさはびりびりと伝わってくる。視覚、聴覚、触覚――すべてを奪わんばかりの力の競り合いのなか、アレンの気合声がひときわ響いた。

 

「兼定あああああ!」

 

 押し合っていた光が黄金龍の大口についに呑み込まれ、天を貫きほとばしっていく。

 瞬間転移(テレポート)で空に現れたフレイの顔がやや青褪め、驚きと怒りに震えている。

 

「私の神技を破った? ……人間ごときが、生意気な」

 

 フレイの青瞳がぎらりと光る。主神の意向は絶対だ。やはりあの兼定という刀、人間などが持っていてはならない。

 両者が同時に仕掛け、ぶつかり合った。フレイの全身に神気が宿り、蹴りでアレンの剣戟すら止めてみせている。対するアレンも、剛刀とは思えぬ神速の剣技でフレイを切り立てる。力、スピード――どちらもゆずらず、高次元に噛みあっている。

 重力をまったく意に介さないフレイの戦い方は変幻自在だ。正面から攻めてきたと思えばパッと消えてあらぬ方向から蹴り穿ってくる。かと思えば神気の刃が無尽にふり下ろされ、人間が女神の攻撃パターンを読み切ることは不可能だった。

 それなのに決められない。

 これこそがアレン・ガードが生れ落ちてから磨き続けてきた闘いの勘だった。

 どれほど斬り合ったのか。

 陽が傾き始めたころ、アレンの後ろに寝かされていた黒髪の戦乙女を模した少女――アリスは気絶から目覚めた。まるでおのれを護るように一歩も動かず、第二級神と斬り合う人間が、目の前にいる。

 

「……え……?」

 

 アリスは状況が理解できずにまたたく。

 

「どうして、わたしをまもってくれるの……?」

 

 問いに答えてくる者はおらず、ただ至高の一撃をもって最終局面を迎えんとする神と人間の戦いがぶつかう。

 黄金色の焔をまき散らすアレンが最後に選ぶのは、渾身の右袈裟懸け。おのれの全身全霊を込めた一撃がまさに電光石火の踏み込みから放たれんとしたそのとき――

 

「っ!」

 

「塵となりなさい!」

 

 フレイがいまいたその場所に、パッとレナス・ヴァルキュリアが現れた。実体化(マテリアライズ)までされている。アレンの手許が緩んだわずかな隙、フレイの神技(エーテルストライク)が超至近距離から撃ち込まれる。巨大な神の光球はアレンの全身を呑み込み、さらにその後ろにいるアリスにも襲いくる――はずだった。

 

「ぐ、ぉお、あああああ!」

 

 とっさに受け太刀したアレンが、しぶとく神技を受け止め、跳ね返さんと悲鳴混じりに吼え声をあげる。フレイの唇が震え、眉がつりあがる。アレンの背中には執念と――かつてアリスに『必ず神を(ほふ)ってみせる』と語った主君の姿が重なって見えた。

 

「けがらわしい……! 消え去りなさいっ!」

 

「させない……、このひとはわたしが、まもるっ!」

 

 アリスが人形めいた整った顔をきゅっと引き締め、光の剣をフレイ目掛けて無数に放つ。だが至高の力のぶつかり合いのまえにアリスの剣はなすすべなく蒸発した。何度撃っても牽制すらできない。フレイの瞳に冷酷な光が宿った。

 

「レナス!」

 

 蒼穹の鎧をまとった戦乙女が、アリスに鋭く打ち込む。呻き、アリスが魔術()の剣で応戦するも、一対一では本物の戦乙女には勝てない。魔術師らしく距離を取らんとするアリスを蒼穹の戦乙女が追いかけ、がむしゃらに切り立ててくる。

 

「く、ぅぅっ!」

 

 防ぎきれない。アリスが確信したそのとき、すべてを断ち切らんとする黄金色の太刀風が彼女のすぐ傍らを過ぎていった。アリスの長い黒髪が太刀風の余波でなびく。光速に地面を疾駆した【空破斬】が、受け太刀したレナスごと三メートルほど後方に吹き飛ばした。

 アレンの全身からは煙が上がっている。血まみれだった。

 

「あ、あなた……」

 

「心配ない」

 

 アレンが頬に流れてきた血を肩で拭い、フレイを睨み据える。

 

「貴様」

 

「ブラムスと渡り合ったとは聞いていたけれど、まさかここまでけがれていたとはね。人間ごときが我が神技を受け止めたこと、現世の誉れとするがいいわ」

 

 フレイは微笑み、宙に浮かんで長い脚を組んでいる。勝敗は決した。そう言いたげな顔だった。

 兼定の刀身とアレンの蒼瞳、さらに彼が右人差し指に嵌めている【星界の指輪】が蒼く輝き始める。アレンの血が焔の勢いにのり、くゆり、蒸発していく。黄金色の焔に包まれた青年の背中を見て、アリスは場違いな感想を抱いていた。

 

「きれいな、ひかり……」

 

「ア、アレンにいちゃん! やべえなら逃げるのもアリじゃんよっ!?」

 

「……かっっっけぇ……!」

 

 ロジャーがあわあわ言いながらフレイを横目見ては撤退を促す傍らで、少年(ルシオ)がほうけた顔でつぶやく。

 アレンが抜刀姿勢を取る。フレイから微笑みが消えた。

 

 ――アレンっ!

 

「上下の真理は変わらないのよ」

 

 シルメリアの叱責のなかフレイが光に消えた。鋭い蹴打がアレンの背後を捉えている。瞬間、フレイは人間(アレン)の手許がかすかに閃いたのを見た。神気で高硬度と化した蹴打が剛刀の刃と切り結び、甲高い音を立てる。風が通り抜けていった。フレイのはちみつ色の長い髪がさっと広がり波打っていく。

 

「なに……?」

 

 フレイの全身から血が噴いた。おびただしい刀傷が全身に刻まれる。剛刀の刃はフレイの蹴りを止めているはずだ。刃に思われたものが太刀風と気づくまで、フレイはしばらく時間を要していた。

 アレンの右袈裟懸けがフレイの左肩から右腰までを正確に両断する。黄金の刃を刻みつけられた女神は実体化(マテリアライズ)がほどけレナスとともに光の粒子となって神界に戻り(消え)いくなかで現実をまったく理解できずに目を見開いていた。

 

「ばかな、にんげん、が……? そんな、こんなはずは……」

 

 言葉は最後まで続かず、光が散っていく。平地と化したアークダインの跡地に人間と亜人、戦乙女もどきの少女と魔女が残った。

 アレンが兼定を一閃し、納刀する。黄金色の焔はまたたく間に風とともに散り消えていった。

 

「大丈夫か、みんな」

 

 アレンがふり返る。魔水晶の影に避難していたロジャーがへなへなと地面に座り込んでいた。

 

「にいちゃ~ん。暴れるなら暴れるって合図くんねえと心臓に悪いじゃんよぉ……っ!」

 

「すまない。余裕がなかった」

 

 アレンが言って、アリスを助け起こそうと手を差しのべる。アリスはその手を取ろうとしたところで、またたいた。顔色がさっと青褪める。

 

「わたし、いかなきゃ」

 

「行くとは? きみはどこからきたんだ?」

 

「ごめんなさい」

 

 アリスが悲しげに眉をひそめた。その足許に赤黒い光が走っている。

 

(五芒星?)

 

 アレンが方陣の中身を読み解こうとしたときには、戦乙女を模した黒髪の少女は光のなかに消えていった。

 

 ――あれは……移送方陣。

 

 リセリアのつぶやきに視線をあげる。魔女は魔水晶に肉体を残して魂だけでこちらに降りてこようとしていた。

 

「いそうほうじん?」

 

 ――方陣内にいるものを遠くの場所へと転移させる魔術です。私が生きていた時代でも、使える者は数えるほどの貴重な魔術でした。

 

 ――アレン、両手をかざしなさい。リセリア殿に向かって。

 

 リセリアとシルメリアの言葉が同時にきて、アレンは目を白黒させながらも言われた通りに両手をかかげる。シルメリアは少し押し黙ったあと、声音を落とした。

 

 ――フレイを地上界から退けたあなたなら、できるかもしれない。

 

「なにを?」

 

 問いに答えが与えられるまえに、アレンはすぐ目のまえに降りてきたリセリアがおだやかに微笑んでいるのを見た。どこかでみた光景だ、とブラムス城での一件を思い返す間もなく、アレンの胸のあたりから白い光がほとばしりリセリアを包み込んでいく。

 

 ――アレンさま、あなたなら、きっと……

 

 光のなかでリセリアの声が聴こえてきた。両手をかかげるアレンに事態を把握するのは困難だったが、その両手が、つと細く白いやわらかな手に握られる。

 傍で見ていたロジャーと少年(ルシオ)から驚きの声が上がった。

 

「い、ぃいい!?」

 

「すっげえ……!」

 

 アレンは目を丸くしてまたたく。目のまえに、魂だけの存在となったはずのリセリアが肉体をともなって立ち、微笑んでいる。

 

「アレンさま、あなたの旅にわたしもご一緒させてください」

 

「水晶の封印が、解けた……?」

 

 ――実体化(マテリアライズ)よ。リセリア殿には魂と肉体の両方が揃っていた。ならばそのふたつをつなぐ銀の鎖をつむげば、現世するのは当然でしょう。

 

「蘇生魔術のようなものか……?」

 

 シルメリアが神の理屈を並べてくるが、アレンにはさっぱりわからなかった。ただ自分の胸許から生まれた光はアレンの紋章力ではない――シルメリアの神気だ。

 視線の合ったリセリアがゆっくりとうなずいてくる。

 

「……そうか。無事でよかった。こちらこそ、よろしく頼みます」

 

「はい」

 

 アレンが微笑んで言うと、リセリアははにかんで笑った。

 

「それでアレン兄ちゃん。アホネコと同じ名前のこの兄ちゃん、どうすんだ? 置いてくかぁ?」

 

 ロジャーの間延びした声でアレンはハッと我に返り、青年(ルシオ)に駆け寄った。おだやかな呼吸をくり返す青年(ルシオ)は普段あまり眠っていないらしい。治癒紋章術(ヒーリング)の影響で(からだ)を癒すため意識がまだ醒めずにいる。

 

「ともかく近くの町まで行こう。プラチナの話もある」

 

「おうっ!」

 

 アレンが青年(ルシオ)を担ぎ、歩き出す。それにぴょんぴょんとついて回る二人の少年たちに続いて、リセリアもゆっくりと歩み始めた。数百年前の現世ではありえなかった、おだやかな光のなかを歩める――そんな予感が予言の魔女の胸に広がっていた。

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