ヴァルキリープロファイル 神に挑む者   作:ばんどう

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2.コリアンドル村編(完) 招聘の鐘

 乳白色の雲海が、宮殿の群れに垂れこめている。白とも黄金ともつかないきらめきを放つ宮殿は、どれも古色蒼然として象牙細工の美しさを秘めている。

 なかでも、雲海から突き出す大山脈よりさらに高くそびえる巨大宮殿の尖塔は、まるで天空に散ったほかの島々を見下ろすように鎮座していた。

 豊かな自然を抱える天空の島々。その島のひとつにスズランの草原が広がっている。スズランの白く丸い小さな花弁は風にあおられ、サラサラと揺れながら時には散り、頑強な砦を、精緻な橋を駆け抜けていっせいに舞い上がっていった。

 

「なんということだ……」

 

 その神界の草原から下界を見下ろす、浅黒い肌をした少年神は眉をひそめた。

 

「冥界の者が時もわきまえずに下界に出しゃばるとは。……だが招聘(しょうへい)の鐘は間もなく奏でられる。いま主神(オーディン)の目に触れるのは得策ではない、か」

 

 少年神がほっそりとした顎に長い指をそえ、声を落とす。翡翠色の瞳が見据える先は、長い刀を握った異界の人間だ。

 

「――これは……、いったいなんだ?」

 

 終末の時は近い。

 些細な存在に運命(さだめ)のうねりが流れを変えるはずなどないが、神のなかでも珍しく、慎重な気質を持つ彼は下界――地上界(ミッドガルド)へと一度降りる意志を固めた。

 安穏と笑いあう神々に背を向けて。

 

 

 

 

「さあ、もがき苦しみ、死んでゆけっ!」

 

 ウィルフレドが高速で突きこんでくる。左。アレンが(からだ)退()き、見切る。避けた瞬間、ウィルフレドが残像を残しながら、さらに追い打った。

 

「やばいっ!」

 

 岩まで逃れたルシオが身をかがめる。ウィルフレドはこれまで人の姿をしていた。だが、その瘴気が強くなりすぎ、いまは完全に闇の獣と化している。赤い瞳をたぎらせ、人間(アレン)に襲い掛かる。

 甲高い剣戟音が絶え間なく響いた。斬線が宙に網の目のごとく(はし)る。アレンが鋭く吼えた。これまでと違い、膂力(りょりょく)でウィルフレドに押し負けている。だが技はアレンに分がある。ウィルフレドの剣撃をすべて跳ね返し、アレンが剛刀をふりきる。ひときわ、大きな音が鳴った。ウィルフレドが四つん這いで地面を強く掻き、後ろに退けられる。

 

「――ほう?」

 

 感心したように、ウィルフレドが眉をあげた。さきほどまでの切羽詰まった様子はない。

 ウィルフレドが左手をかかげる。指先に光が集い、光は矢となって鋭く空を切った。矢が三本に分かれ、上、中、下段から不規則な弧を描きながらアレンに迫る。アレンが一の矢を右に()け、二の矢をひるがえって薙ぎ払う。三の矢は刃を立て正面から受け斬った。

 三の矢は、アレンの太刀に触れただけで真っ二つに切り裂かれ、宙に掻き消えていく。冗談のようなアレンの刀の切れ味を見ても、ウィルフレドは驚かない。獣の追撃は止まず、深く切り込んでいる。アレンの左側にステップインで潜り込むや空の左手で拳を繰り出す。四発。拳が音速の壁を超えボッと空気が破れる分厚い音がした。

 肉のぶつかる音がはじける。うち一発、アレンが右手でつかみ止めている。ウィルフレドが蹴りこんだ。拳を離し、素早く下がるアレン。アレンが立っていた空間をウィルフレドの長い脚が薙ぎ払った。今度は逆の足で中段に鋭い蹴打が突きこまれる。アレンが左の膝蹴りで止める。その頭部へ鋭い上段蹴りが迫る。

 

(――これも見切るか。……なにっ?)

 

 ウィルフレドの目の前に、巨大な炎が襲い掛かった。拳。ウィルフレドが認識したとき、強烈な炎をまとったアレンの拳が、ウィルフレドの顔面をとらえた。

 派手な爆発音とともに、ウィルフレドが吹き飛ばされる。地面に倒れるその寸前で、ウィルフレドはくるりと身をひるがえし、左手をついて体勢を立て直す。アレンは追撃せず、まだ元の位置に立ったままだった。

 アレンが、眉をひそめた。

 

「いまの動き……、お前のものじゃないな。技に違和感がある」

 

 アレンの慎重な問いに、ウィルフレドが高らかに笑った。

 

「そうだ。これはこの俺の糧となった仲間と呼ばれた者たちの技! やつらは感謝すべきだろう? この俺とともに戦乙女を殺せる力となるんだからなっ!」

 

 ウィルフレドのつんざく笑い声が森に響く。

 アレンの脳裏に浮かんだのは、ウィルフレドが使用した不気味な羽根――ウィルフレドは『神の羽』と呼んだもの――だ。そしてエレナからもらった指輪が見せた、おそらく人間だったころのウィルフレドの記憶。

 

「人間を贄とし、贄となった者の技を盗み取る……?」

 

 アレンが仮説をたどるように、エーリスを見た。静かにたたずむ妖女は黒いコルセットの前で両手を重ね、紫色の唇を左右に広げる。

 

「私はただ、ウィルフレド様の手伝いをしただけですよ。選んだのは、ウィルフレド様です」

 

「……そうやって弱った人間を追い込み、人外に堕とすのが貴様の役割か。そして――」

 

 アレンがウィルフレドを見る。その蒼瞳がわずかに揺らいでいた。

 

「お前はこれまで辿った道を否定できずに、恨むしかないのか。神を」

 

「貴様の言葉は、癪にさわる。……だが、たやすく葬るにはまだ……。まだ、贄が足りない……」

 

 びくんっ、びくんっとウィルフレドの(からだ)が不気味に脈打つ。深い霧のなか、赤い瞳だけが変わらず煌々(こうこう)と輝き、ひときわ目立っている。

 

「神を恨む気持ちだけは、俺にも理解できる。……ただ俺の幸運は、絶望に誘う者よりさきに託せる希望と出会っていたことか」

 

 アレンの独り言は、だれの耳にも届くことはなかった。

 まばたきひとつ落としたアレンの瞳に、鋭い気がこもる。もはや同情も憐れみもない。

 両者、強烈に吼えるや全力で打ち込み、中央でぶつかり合った。ウィルフレドが上段から斬りかかる。アレンも深く踏み込み、電光石火の速さで抜き打っていた。

 飛び交う両者。

 ウィルフレドの胸から袈裟懸けに血がしぶいた。だが、ウィルフレドは素知らぬ顔で突進する。狙いは岩陰、ルシオと――プラチナだ。

 

「無駄なことをっ!」

 

 アレンが吐き捨てる。岩陰まであと少しと迫ったそのとき、霧深い空のかなたから星のきらめきが地上に突き刺さった。天空の星から野太い矢が落ち、ウィルフレドの背を貫いたのだ。落雷じみた轟音が空間を、地面を揺るがす。【スターライト】というアレンの世界の旧い紋章術(まじゅつ)だ。

 

「亡者どもぉっ!」

 

 星の矢で地面に張り付けられたウィルフレドが怒鳴る。霧のなかから、泡立つ音が無数に湧き起こった。泡の数だけ、半死体の男たちが一斉にせりだしてくる。

 

「一太刀で仕留められないなら、粉みじんにしてくれる!」

 

 アレンが吼え、剛刀をふり下ろした。剛刀の剣尖から巨大な疾風が湧き起こり、生まれた端から亡者たちを切り捨てていく。鬼気迫るアレンの太刀がさらに連続斬で追い打ちをかけた。細切れとなる亡者たちのなかで唯一、ウィルフレドだけが太刀風の嵐からどうにか逃げおおせている。不死者の強靭性・不死身性をもってもしても、アレンの間合いより(うち)には進めない。

 とはいえアレンもまた、ウィルフレドを(たお)す攻勢には至っていなかった。

 エーリスがしっとりと笑い声を立てた。

 

「ウィルフレド様の力は無限大……。戦えば戦うほど強くなる。それを超えることができるかしら? フフッ、見物ですね」

 

「せいぜい高みの見物をしていろ。この次は、貴様だ」

 

「威勢のよろしいこと。ですが、こういうのはいかがです」

 

 アレンが問う間もなく、エーリスがドレスの裾をちょこんとつまみ、膝を折って一礼した。頭にのった白いカチューシャを見せつけるように深く頭を垂れてからエーリスが微笑みを見せる。彼女の紫瞳がぼんやりと輝いた。反応したのは、アレンの指輪だ。金属がこすれるような甲高い音を立て、指輪が蒼くきらめきだした。

 

「なにっ!」

 

 アレンがとっさに左手で右人差し指を握る。外さんとするときにはすでに、また映像がアレンの脳に叩き込まれていた。

 

「くっ、ぐ――っ!」

 

賢者の石(そのオモチャ)……貴方がお召しになるのはまだ早かったようですね」

 

 くすくすと笑うエーリスの声はもはやアレンに届かない。

 ()えるのは――

 

 凍った川、

 くたびれた女性、

 古びた水車、

 鋭い風、

 一面に咲くスズランの草原――どこか遠くの、はるか彼方にそびえ立つ巨大な鐘楼。

 さまざまな場所の環境音がけたたましく重なり、聞こえてくる。不快な騒々しさに瞼を強くつむった。

 

「もうすべて、忘れて、しまい、たい……」

 

 少女の疲れ果てた声がなかでも響いてくる。次元の扉を越えるまえに聞いた、何者かの声に似ている。

 だがそれよりも――

 

「戦いの、邪魔だあっ!」

 

 紋章力(ちから)の一方的な流れをねじ切らんと、アレンが指輪を投げ捨てる。強烈な破裂音がアレンの鼓膜を焼いた。脳裏の映像が途絶える。視界に火花が走り、立っているのも難しい。それでもすぐにアレンが確認するのは岩陰の二人だ。プラチナを横たえさせ、ルシオが両腕を広げ、立ちはだかっている。そこに銀髪の黒い塊が襲い掛かっている。ぼんやり視える輪郭と、それぞれの髪色でアレンは瞬時に状況を把握した。

 

「兼定ぁあああ!」

 

 アレンの剣尖が、まばゆく黄金色に輝く。全身から蒼炎が噴きあがり、ふり上げた剣尖に集う。

 エーリスが目を丸くした。

 

「この人間……っ」

 

 アレンが、鋭く刃をふり下ろす。斬線が銀弧を描き走る。と同時、剣尖に集った蒼炎が巨大な龍と化し、ウィルフレドの(からだ)を横から()(さら)った。

 

「ぐああっ!」

 

 悲鳴をあげたのはウィルフレドではなかった。ルシオだ。アレンが即座に駆け寄る。ルシオの左腕から血が流れている。二の腕を噛まれたのだ。

 

「ヒーリング!」

 

 即詠唱で放たれる回復紋章術(まじゅつ)が、ルシオの傷を見る間にふさいでいく。

 

「無事かっ! ほかに怪我は?」

 

「え? ぁ、いや……さっきのかすり傷だけだ」

 

 鬼気迫る勢いで問われ、ルシオが戸惑いながらも答えた。ルシオは自分の左腕を不思議そうに眺める。傷が跡形もない。

 アレンは「そうか」とだけ答え、おのれが放った龍に引き倒されているウィルフレドをふり返った。

 

「……やってくれたな」

 

 アレンの蒼瞳に凍った殺意が宿る。アレンは左手で握った刀を横たえると剣尖に右手を添え、裂帛の気合を放った。

 

「覇ァッ!」

 

 瞬間、空気が変わった。アレンの全身から炎が噴き、天に向かって走る。

 甲高く、尖った鳥の鳴き声が鋭く空気を震わせた。天に伸びた炎は十字に形を変え、そこから生まれてきたのは巨大な朱雀だ。森を閉ざしていた冥界(ニブルヘイム)の霧を晴らし尽くす、強烈な炎の獣だった。

 その天空から下界を見下ろす神獣が、アレンの背に現れ、付き従っている。

 

「この力……、神……?」

 

 エーリスが神獣にあっけにとられている間も、ウィルフレドは地面に伏したままだった。左半身を龍に焼かれ、重傷なのもあるがそれだけではない。

 

「ぐ、ぅ、ォッ……!」

 

 ウィルフレドの目の前に、赤黒い羽根が浮かんでいた。ルシオの血を吸った神の羽。それが、ばくんっ、ばくんっと不気味な音を激しく奏でながら明滅している。

 ウィルフレドが呻きながらもその羽根ににじり寄り、つかんで、おのれの剣に押し付ける。

 

「ウィルフレド様、いかがなさいました?」

 

 エーリスの声は届いていない。

 ウィルフレドがつかんだ羽根は、音もなく剣に吸い込まれていった。ちゃぽん、と水音が反響するとともに、ウィルフレドの刃にも波紋が広がっていく。

 変化は劇的だった。

 鍔元の刀身から血が勢いよく噴き出す。ウィルフレドの白刃は一瞬で真っ赤に染まった。それでも出血し続ける刃は、よく見れば血ではなく炎であることがわかる。粘り気のある液体に似た禍々しい炎は、剣を片刃の反りがついたものへと変化させた。

 

「フ、フフフフフッ! ク、ハハハハハッ!」

 

 ウィルフレドの白眼もまた血走り、肌が土気色に衰えていく。死人の肌だ。大木が(きし)んだような音がして、ウィルフレドの口許に獰猛な牙が生える。

 ウィルフレドから放たれる霧がさらに濃く、周囲をかすませる。相対する朱雀の、強烈な陽光をさえぎらんとする冥界の霧。

 

「これだ、この力こそが俺が求めていた力ッ! みなぎり、あふれてくるっ……! さあ、弱者よ。似合いの終焉を迎えるがいい!」

 

 様相を一変させた両者が、同時に地を蹴る。黒い瘴気をまとうウィルフレドがただ突き進むだけで木々がなぎ倒れていく。岩を、地面を、木々をめくり上げながら、不死者の剣がアレンに迫る。

 アレンは反して、高速で滑空する。全身からあふれる火の粉が、アレンの通ったあとをさらって舞う。両者がぶつかる。強烈な爆発音で森が揺れた。連続斬の応酬。ぶつかるたびに雷が起きるも両者意に介さず、何度も何度もぶつかり合う。

 ひときわ巨大な爆音があがったとき、アレンが黄金に輝く剛刀をふり下ろしていた。

 

「な、ニっ……?」

 

 受け太刀したまま、ウィルフレドは凍った顔でアレンを見上げていた。炎を噴き上げる禍々しい剣が、なかほどから折られ、ウィルフレドの顔の正中にも一線、黄金の斬線が刻み込まれている。

 

「おレは……、斬獲セし者の剣ヲ……ッ、戦乙女を、こロ、すつるぎヲ!」

 

 言葉の続きがつむがれるまえに、アレンの剛刀が無尽に走る。ウィルフレドの全身に黄金の斬線が網の目のごとくが刻まれる。その自分自身の(からだ)をみつめて、ウィルフレドは困ったようにエーリスを見た。

 

「えー、リす……」

 

「はい、ウィルフレド様。ご心配にはおよびませんよ」

 

 エーリスが微笑みながら光のなかに溶け消えていくウィルフレドに手を差し伸べ、指先から放った冥界の霧でウィルフレドの(からだ)を包むと自分のたもとに召喚して、抱きしめた。

 

(まあ、なんと嘆かわしい。浄化の光……。人間ごとき下等で矮小な生き物が、私のオモチャを壊そうだなんて。おこがましいこと)

 

 エーリスの紫瞳が輝く。彼女の周りの霧が濃さを増し、光の粒子と化すウィルフレドを包み込んでいく。

 

「さあ、ウィルフレド様、もっと憎んでください。この世のすべてを。戦乙女を。あの下等な生き物が絶望に染まる悲劇(トコロ)を私に観せてください」

 

「……レ、ハ……ふクシゅうを……っ!」

 

「そう。その調子。ウィルフレド様。私を喰らい、すべてを闇へと……」

 

 ウィルフレドが震える両手でエーリスの細い肩をつかむ。エーリスの黒髪が豊かな胸のまえにこぼれ、その白い首筋があらわになった。ウィルフレドが柔肌にかぶりつく。

 

「……な、っ……!」

 

 ルシオがうろたえた。女のひとが喰われている。しかもその女は、自分を喰う男の頭をおだやかに撫で、アレンを見て微笑んでいる。

 エーリスの(からだ)はやがて紫暗色の粒子と化し、ウィルフレドの肉体に吸い込まれていった。

 

「うぅううううう……!」

 

 ウィルフレドの背に、見たこともない化け物の影が現れる。アレンの朱雀にも匹敵する大きさの化け物は、ひとに近い姿だった。金色の四角い顔の中心に、巨大な蒼石があり、ひとの目を縦にしたような形で埋め込まれている。顔の左右から金色の山羊角が下向きに弧を描いて生え、その肌すべてに鋭いとげを持っている。太い首。胴は人間の女の豊かな胸とくびれた腰に似た曲線を描き、それより下半身は丸々と肥えたトカゲのしっぽを思わせた。曲線を縁取るごつごつとした体躯の両側から短い腕が生え、曲刀を幾重も溶け合わせた爪のみが進化した巨大な両手が(からだ)の三分の一ほどの大きさもあった。化け物の背中からはウィルフレドが手にした剣と同じ、粘ついた炎が六対、翼のように広がっている。

 

「……闇に堕としてなお、冥界の玩具だと?」

 

 アレンが低く声を落とす。

 異形を背負うウィルフレドが、ぎらつく赤瞳を見開いた。

 

「いまさら命乞いをしても遅いぞ! 虫けらぁっ!」

 

「ウィルフレド、と言ったか。お前の剣に染み付いた未練の正体、俺にもようやく理解できたぞ。お前のなかに残ったひとの心の欠片。いくら消そうとしても消しきれない欠片が、いまなおお前の(うち)で現実を見ているんだ」

 

「黙れっ! 俺の未練は戦乙女をいまだ殺していないことだけだ。貴様を片付け、そこのおぞましくも人間の真似をした小娘を八つ裂きにしてくれる!」

 

「だったら『戦乙女を殺す』と心に決めたお前は、なぜ()()()()()()()()()全力を賭したその先、おのれの底力(ほんりょう)を発揮できない」

 

 アレンの言葉を打ち消すように、ウィルフレドが剣を薙ぎ払った。背負う異形も魔手を交差させる。瞬間。強烈な突風と氷塊の嵐がアレンを襲った。

 

(無詠唱でこうも紋章術を駆使するか)

 

 集中豪雨の勢いをもった氷塊。さらに突風が氷雨の軌道を読ませない。瞬時に繰り出される紋章術(まほう)の強さが桁違いだった。

 氷塊が降れるその瞬間、アレンの周囲に斬撃の檻が生まれた。一歩も動かず、視線すら動かさず、アレンが左手一本で無造作に握った長刀が無数の氷塊を真っ向から叩き切る。直後、アレンが踏み込んだ。ウィルフレドの目が、間近にあった。

 (ゴォ)っ、と鋭く空間を切り裂く音が、黄金の刃がふり落ちたあと遅れて響いた。雷が空を割る。刀はウィルフレドの左手の剣に止められている。ウィルフレドがニヤリと口端をつり上げた。止めた体勢からウィルフレドがさらに横殴りに剣を払いあげる。異形の膂力が、アレンを軽く吹き飛ばした。風船のごとく空に跳ねあがったアレンが宙で(からだ)をひねり着地する。ウィルフレドが狂ったように切りたてる。背の異形、冥狼ガルムの竜巻と氷塊の嵐がさらにその一撃一撃を加勢する。

 

「覇ァッ!」

 

 アレンが裂帛の気合を放つと冥狼の氷と風が、炎の壁を前に跡形もなく消し飛んだ。ウィルフレドの剣とアレンの剛刀がぶつかり合う。連続斬同士の戦い。変わらず技はアレン、力はウィルフレドに分がある。

 すさまじい爆音が響き渡った。アレンが後方に飛ばされる。手数は五分。だが威力で、押し負けたのだ。アレンの口許に笑みが浮かんだ。

 

「どうだ! ごちゃごちゃ御託を並べたとて、これが彼我の実力差だああっ!」

 

 ウィルフレドが瞬時に距離を詰める。右手の剣を一閃する。耳を()く金属音。止められた、とウィルフレドが直感したとき、アレンと目が合った。さきほどのウィルフレド同様、左手だけで握った刀で、ウィルフレドの剣を完璧に受け止めている。

 

「そんなに見たいか。兼定(このカタナ)の実力を」

 

「ほざけっ!」

 

 ウィルフレドが右手の剣で切りつける。アレンが剣尖を軽く跳ね上げた。いとも簡単に受け太刀がほどけ、捉えたはずのアレンが、その前髪を揺らしただけにとどまる。また、見切られている。

 

「うぉあああっ!」

 

 小馬鹿にされたと踏んだウィルフレドがさらに苛烈に攻め立てる。幾度目かの高速連斬の応酬。アレンは、おのれの身の丈よりも長い剛刀の柄を両手で握りこんだ。

 ウィルフレドが左剣を薙ぐ。剛刀の柄頭が、左剣の剣尖を撃ち落とした。追いすがる右剣がアレンの心臓に突きこまれる。一寸、届かない。アレンが左にかわした拍子で、剛刀を袈裟懸けに打ち込んでくる。左剣で止めた――はずだった。

 だが左剣の刃はなかほどまで斬られ――ウィルフレドごと断たんとする。ウィルフレドが鋭く吼え、右剣も交差させて受け、アレンを押し切る。退()がったアレンが、一転、苛烈に攻めてきた。ウィルフレドはその斬戟に真っ向から切り返す。だがこれまでのように正面からぶつかり合えない。剛刀の、切れ味がおかしいほど増している。左剣で、剛刀の払いあげを流しながら右剣で突く。これは(アレン)の横薙ぎを相殺した。ついでふり落ちる凶悪な剛刀を、両手の剣を交差させ、今度はがっちりと受け止める。

 睨み合うアレンとウィルフレド。

 互いに、その場から剣を繰り出し合う。

 

「――心の痛みを知れ! ヴェンジェンス・エッジ!」

 

「そうだ、お前の底力(ちから)、もっと見せてみろ!」

 

 無心に、ただおのれに勝つために剣をふるう不死者をさらに奮い立たせるように、アレンとアレンの背にある朱雀がまた炎の勢いを増し、膂力(りょりょく)を上げていく。

 ウィルフレドの全身を覆う黒い霧も強さを増した。両者のすさまじい斬撃が、周りの木々を、地面をズタズタに切り裂いていく。

 砲撃が轟く音が空間を震わせる。

 両者、剣撃を交えていた中心地から後方へ吹き飛んでいた。同時に着地。

 

「――弱者に似合いの結末を用意してやる。死ねえっ!」

 

「戦いの場で操り糸を断てないかぎり、いや()()()()お前に、究めた一撃を放つことはできない」

 

 ――ウィルフレド様、さあ、すべてを闇へと――

 

「うぉおおおおあああああああ!」

 

 ウィルフレドが両剣を交差させ、渾身の一撃を放つ。アレンの首を、完全にとらえた。

 

(でかい口を叩いてこんなものか……。弱者め!)

 

 ウィルフレドに笑みが満ちる。そのとき、声がした。ひどく落ち着いた男の声が。

 

「冥途の土産にみていけ。これが俺と兼定の極めた一撃だ」

 

 ウィルフレドは黄金の光のなかで、朱雀が猛々しく鳴く姿を観た。そのまえでふり上げられた剣尖の、あまりに見事な金の輝きに、しばらく見惚れていたのかもしれない。

 左肩から右わき腹にかけて、強烈な衝撃と黄金の光を感じると同時、ウィルフレドは空を見上げて勢いよく肺にたまった空気と血を吐き出した。

 

「があああっ!」

 

 星々光る夜空が見えていたのもつかの間、視界が急転し、硬い地面にまともに全身を打ちつける。崩れ落ちた(からだ)は光に包まれ、ウィルフレドはもはや指一本動かすこともできなかった。

 

「こ、の俺が、負ける……? お、の、れぇぇえ……っ! だが、だがこの俺は死なん……! この俺は死なんぞ! 俺は必ずこの地に舞い戻り、戦乙女をこの手で引き裂いて、やる……!」

 

 現世から消え入る(からだ)をかえりみることなく、ウィルフレドが怨嗟を吐き捨てる。その首許に立ったアレンは、感情を読ませぬ蒼瞳でウィルフレドを見下ろしながら言った。

 

「何度でも相手になってやる。俺も、仲間がそうしてくれたことで地獄から這い戻った。俺の力は、お前の羽を強化するにも役に立つだろう」

 

「き、さまっ……」

 

「アレンだ。アレン・ガード」

 

「アレン……。くっ、……! せいぜいいまは勝ち誇っていろ。いずれ貴様を羽で取り込み、殺してやる。……フフ、フハハハッハッハハハハっっ!」

 

 ウィルフレドが光の粒子となって空間に散っていく。

 さきほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、岩から顔を出したルシオが慎重に周囲を見渡しながら尋ねた。

 

「おわった、のか……?」

 

 ルシオが問うも、アレンはふり返らなかった。代わりにルシオとプラチナの周りに、ドーム状の光の壁ができている。絶対物理防御(プロテクション)絶対魔法防御(リフレクション)を掛け合わせ、改造したアレン独自の紋章術(シェルター)だ。外から攻撃が入らない代わりに、内側から外に働きかけることもできない。

 

「さて、始めようか」

 

 アレンの言葉に応えるように、星空は曇り、かげり始めた。赤黒く染まった空で、ウィルフレドの背負っていた影が実体化していく。ひとに似た禍々しい巨大な異形、ガルム。四角い顔の中央にはまった、ひとの目を縦にした形の蒼石が、ぎょろりと動いてアレンを見下ろした。

 

「ああ、なんて愚かで下等で矮小な生き物なのか。私とウィルフレド様の契約を壊そうなどと、思い上がりもはなはだしい。ウィルフレド様は私に使われていればいいのです。そして私はウィルフレド様に付き従う。私が飽きて捨てるまで、永遠に」

 

 悪意で塗り固められた言葉の粒は、アレンの逆鱗をあますことなく撫でた。それが異形の狙いであることも理解できるアレンは、こらえてもこらえきれない笑みをこぼした。

 

「そうか。俺は上等で偉大な存在とやらを、これから斬れると思うとぞくぞくするが。意見が分かれたな」

 

「少々胆力がある程度の人間が、そこまで図に乗ってしまわれるとは滑稽なものですね。仕方がありません。冥界の闇の深さを教えてさしあげましょう。せいぜい悲劇(ショー)を盛り上げてください」

 

 ガルムが、巨大な棘におおわれた手を無造作に払う。瞬間。強烈なトルネードが連続的に起き、天まで木々を土埃を巻き上がながら方々からアレンを襲った。ウィルフレドの影でいたときとは比にならない破壊力。雨のごとく降る氷塊は、一つの氷塊がひと一人分をゆうに呑み込む巨大さである。

 それがアレンの四方八方から放たれ、アレンとアレンの赤い朱雀を一瞬で呑み込む。

 周辺の森林――だった荒野は、ふたたび霧に包まれ、ブリザードの奥から朱雀の断末魔が聞こえてきた。

 

「ふふふ、御馳走さまです……。堪能させていただきました」

 

 ガルムは冷めた目でそのさまを見ていた。ウィルフレドに余計な影響を与えた罪で、じわじわとなぶり殺すつもりが、つい力を込めすぎてしまったようだ。

 

(ウィルフレド様の記憶……、また少し書き換えてさしあげねば)

 

 冥界に戻ってからの算段を立てていたそのとき、死んだはずの朱雀と、目が合った。まぶしい太陽のごとき黄金の朱雀と、黄金の光を放つ剛刀の刃がガルムの脳天からしっぽの先までを、真っ二つに切り裂いている。

 

「なっ、に……! 馬鹿なっ」

 

 いま起きていることが信じられず、ガルムはアレンを見る。全身黄金に輝くアレンが、ガルムを見上げて言ってきた。

 

「俺は貴様が絶望しようがしまいがどうでもいい。貴様は『斬る』。言ったはずだ」

 

「ウィルフレド様と戦っていたときが全力ではなかっ――!」

 

 ガルムが気づいたときには、異形の巨体は正中からアレンが刻んだ斬線に沿ってゆっくりと左右に分かれ、光の粒子となって地上から消え失せんとしていた。

 

「お、のれ……! く、ふふ、また、お会いしまショウ。次は確実に、冥府にお迎えいたします。フ、フフ、フフフフフ……!」

 

 怨嗟の言葉を残し、ガルムが霧散する。

 一帯を覆っていた霧が晴れていく。

 アレンの姿もまた、輝かしい黄金の光はゆっくりとなりを潜め、黄金色の朱雀が空に溶け消えるや、周辺一帯には静けさが満ちていった。

 アレンが剛刀を納める。嘘のように静まり返った荒野のなかで、鍔鳴り音がひときわ響いた。

 ルシオをふり返ってくる。

 

「ほかに怪我はないか? そちらの子は?」

 

「俺は……、大丈夫だ。プラチナも。それより今度こそ終わった、のか?」

 

 静けさを取り戻した――もはや森とも呼べぬ荒野を見渡して、ルシオがおぼろげな顔で問う。ルシオの常識ではありえないことが起こりすぎて、まったく理解が追い付かなかった。

 アレンはさきほど投げ捨てた指輪を地面から拾いあげると、右人差し指にはめながらうなずいた。

 

「ああ。もう心配ない」

 

 アレンの言葉で、ルシオの胸をざわつかせていたフワフワとした感覚が、落ち着いていく。ようやく、深呼吸できた。数時間ぶりに吸う空気を、ルシオはうまいと感じた。

 

「……ルシオ。俺はルシオだ。あんた、あらためて名前を教えてくれないか?」

 

「アレンだ。ルシオ。それで、その子はまだ目覚めないのか?」

 

 アレンが心配そうにプラチナの顔をのぞき込む。ルシオもハッと我に返った。

 

「そうだ、プラチナ! しっかりしろ、プラチナ!」

 

 痛くない程度にプラチナの頬をぺちぺちと叩く。

 

「ん……っ」

 

 プラチナの瞼が震え、身じろぎしてきた。「ルシ、オ……?」とさらに彼女がか細くつぶやくのを聞いて、アレンが安堵の息を吐く。

 

「どうやら大丈夫そうだな」

 

「けど、これからどこに行けばいいんだか」

 

 プラチナの前では決して吐けなかった弱音を、ルシオは自然と口にしている。

 アレンが服の内ポケットから四角い物体を取り出してきた。四角いものはアレンが指先でなにやら触ると空中に光の板を生み出し、ピピっ、というルシオが聞いたこともない軽快な音を立てた。

 

「ここから街までは少し遠いようだ。よければ、一緒に行こう」

 

 アレンの提案にルシオの顔がほころんだ。

 そのときだ。

 

「驚いたな。ホムンクルスでもハーフエルフでもないのに、神の器、か……。しかも器のもとは我らが主神をも上回っている、か?」

 

 なにもない、ルシオたち以外にだれもいないはずの荒野に、褐色の肌をした黒髪の少年が立っていた。ルシオと変わらぬ年恰好だが、ひょろりとした痩身で、着ている赤い服がシンプルなのに奇抜だ。

 

「神だと?」

 

 問い返すアレンもまた異常を感じているのか、警戒した様子で黒髪の少年を見ていた。

 黒髪の少年は歳に似合わぬ優美な微笑みを浮かべている。

 

「フフッ、きみにはまだちょっと早かったかな」

 

 黒髪の少年が空を見上げた。細長い雲が大きな満月にかかっている。月がいつもより大きく見えること以外は、ルシオにはわからない。

 少年に視線を戻すと、彼がそっと差し出した右手の先に、光の渦ができていた。光の渦はアレンの足許にも生じ、小さなつむじ風を巻き起こしている。

 

「……そうだな。あともう少ししたら、くるといい」

 

「待て、お前は何者だ」

 

「それも、あとでわかるさ」

 

 アレンがこちらを見、なにか言ったようだったが、光の渦は強さを増し、アレンの言葉ごとひと一人分の空間を呑み込んでいった。残されたルシオが左右を見渡す。黒髪の少年ももういない。

 

「どうなってんだ……、いったい」

 

「ん……、ルシオ……どうしたの?」

 

「プラチナ! 目が覚めたのか!」

 

 ルシオが驚いているのを、プラチナは不思議そうに見上げていた。

 荒野と化した森を二人はまた、とことこと歩き始める。細くうねった獣道は、やがて山肌一面を覆うスズランの草原へと続いていた。

 

 

 天空の遥か彼方。

 神界にそびえたつ鐘楼で、始まりの鐘が、高らかに鳴り響いた。

 少年の悲鳴が、人知れず月夜をにぎわせる。大きな運命のうねりが動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 ――――神界戦争まで、残り192period――――

 




アレンのステータス紹介(※VP-LV換算)

通常(素手) LV40程度(最終戦ちょっと厳しい)
通常(兼定装備) LV50程度(ゲームクリア程度)
赤朱雀(兼定+活人剣) LV60程度
金朱雀(兼定+活人剣+練気全開) LV95程度(セラフィックゲート仕様)

というイメージです。
エーリスはLV60程度の相手をひねりつぶそうとして出遅れたのでした。

アレンのステータス紹介(※SO3-LV換算)だと
通常(素手) LV65程度(最終戦ちょっと厳しい)
通常(兼定装備) LV80程度(ゲームクリア程度)
赤朱雀(兼定+活人剣) LV150程度
金朱雀(兼定+活人剣+練気全開) LV250程度(対幼女神戦)
です。参考までに。

知っている原作はどちらですか?

  • スターオーシャン3
  • ヴァルキリープロファイル
  • どちらも知っている
  • どちらも知らない
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