ヴァルキリープロファイル 神に挑む者   作:ばんどう

5 / 13
5.アルトリア編(完) 運命を変える者

 ロウファが地下牢に向かうと、そこに目的の人物はいなかった。

 ロイが鉄柵越しに、暗い視線を向けてくる。ロウファは慌てて番兵に詰め寄った。

 

「もうひとりの囚人は、どうしたんです!?」

 

「……い、いくら尋問しても口を割らないので、先に処刑することに……」

 

「っ、っっ!」

 

 ロウファは番兵の胸倉を乱暴に手放すと、ロイに一瞥だけを送って地下牢をあとにした。

 

(くそっ! あの人が殺されてしまったら、本当にアリューゼさんの潔白を証明する人がいなくなる!)

 

 走った。

 アルトリアの代表的な処刑法は、ギロチンだ。牢獄から屋外に出ると、城壁を挟んでギロチン台がある。周りは木柵で、市民たちが希望すれば処刑の様子を見ることもできる。

 アレンの容疑が、ただの不審者でないことをロウファも分かっている。王族殺しの犯人として祀り上げられては、ロウファにはどうすることも出来ない。

 

(だから――!)

 

 それまでに彼を捕らえねばならない。

 祈るような気持ちでロウファは処刑場に続く道を走る。

 あと一歩。

 処刑場に続く、鉄扉を開ければ――。

 そこで

 

 わぁあああ……っ!

 

 歓声が、ロウファの耳に届いた。

 

「くそぉっ!」

 

 固く閉じられた鉄扉をロウファは力任せに殴った。

 この扉を開ければもはや首なしの証人が、そこに――。

 悔しさで涙が滲んだ。

 ――そのとき

 

「なんとしても捕えろ!」

 

「手の空いている者はすべて奴の捕縛に向かえぇ!」

 

「……え?」

 

 ロウファは瞬いた。

 歓声と思ったその声が、実は兵士によるものだったのだ。処刑場から聞こえる声は、よくよく聞くと城内からだと分かる。

 ロウファは目を剥いた。

 

「まさか……!」

 

 考えるより先に、走り出した。

 事情は分からない。だが彼が死んでいないのであれば、まだ話を聞くことは出来る。

 まだ最悪の事態は防げる――。

 そう信じて、ロウファは走った。

 

「はっ、はっ、はっ!」

 

 一歩を踏みしめる度、甲冑がカシャカシャと音を立てる。槍を手にし、彼は全力で走った。

 今度は――、アリューゼのときのように遅れるものかという一心だった。

 

(頼む……!)

 

 間に合え、と祈るような気持ちで招集されていく兵士の先を追った。

 謁見の間に続く廊下に、転がるようにして駆けこむ。

 

 そこに例の囚人がいた。

 

 並み居る近衛騎士たちに囲まれていながらも、堂々と立つ囚人が。

 

「くそっ! なんて強さだ!」

 

 忌々しげに舌打った近衛騎士は、自分の折れた剣を見下ろした。

 相手はひとり。

 先ほど城の廊下を歩いているアレンが目撃され、捕らえようとしたのだが、この男の強さに負けて捕縛できずにいる。

 囚人の背には物干し竿のように長い、二メートル強の筒があった。だが実際に近衛騎士の剣を折ったのは、男の貫手。

 彼は素手だった。

 

「もう一度、言う」

 

 静かに、厳かに。

 アレンは兵士たちを睨み据えた。思わず、兵士たちが背筋を伸ばす。

 

「城主に会わせろ。言うべきことがある」

 

「解せぬことを。お前は処刑されるべき囚人。口を慎むが良い!」

 

 凛と声が響き、ロウファはハッと目を剥いた。ふり返る。すると自分の肩を叩く父とすれ違った。

 

 近衛騎士団長。ロウファの父だ。

 

 白銀の鎧を纏った近衛騎士団長を前に、アレンは目を細めた。

 

「……王の側近か」

 

 騎士団長の立ち振る舞いもさることながら、アレンの目に留まったのは、己の偉業を誇るような騎士団長の胸の勲章だった。その数が、作りが、普通のものよりも華美である。

 精彩のない城下の民からは想像もつかないほどに。

 アルトリアをよく理解していないアレンにも、今の国内情勢が読めてきた。

 

 なんと虚勢に満ちた国なのか。

 

 勲章など、称号など。

 すべて壊れ、滅びてしまえば、なんの価値もないというのに。

 

(曇っている)

 

 疲れた顔をした町の人々を思い出して、アレンは騎士団長を睨んだ。

 凍てつくような、同時に、激しく燃え盛るような、怒りの瞳で。

 

「これを見ても、同じことを吐くつもりか」

 

 アレンは声を押し殺した。感情は乗せない、抑揚のない口調だ。

 内ポケットから取り出したのは、脱獄後、ロンベルトの室で見つけた暗号文である。

 それをアレンは騎士団長にもはっきりと見えるよう掲げた。

 

 ヴィルノア宛の、ロンベルト直筆の報告書だ。

 

「……それは!」

 

 ロウファが息を呑む。さしもの騎士団長も顔色を変えた。

 ロンベルトの筆跡で書かれたその報告書は、ヴィルノア言語と魔術文字を交えた暗号書だ。小型解析機(クォッドスキャナー)のあるアレンと違い、ふたりがすぐに解読できるわけではない。

 だが報告書の最後にあるヴィルノアの刻印が、ふたりを凍り付かせたのだ。

 ロンベルトの報告書にはアルトリアの内政は勿論、次の出兵予定、数、傭兵を雇い入れる準備期間、――そして。アルトリア諸侯に金銀財宝を保証するかわり、諸侯のもつ騎士団を解体させて奴隷上がりの安い傭兵をあてがい、最後的にはアルトリアの防衛力をまったく空洞化させる計画。とどめにアルトリア王位第一継承者ジェラードをさらい、うまくいけばヴィルノアの人質として監禁、失敗すればジェラードを関係者ごと皆殺しにするという、その第一段階が終わったことの経緯が詳細に書かれていた。

 

「ロンベルトが……、ヴィルノアのスパイだと?」

 

 我が目を疑う騎士団長に、アレンは無言のままうなずいた。

 

「ロンベルト様が……」

 

 茫然と、ロウファもつぶやく。

 今は亡き宰相と、あまり話したことがないが、そういった謀略をするような男には見えなかった。少なくとも、ジェラード王女の教育係として立っていた彼は。

 騎士団長はしばらく黙っていたが、すぐに表情を元に戻した。

 

「それで。……これを見せたことで、己の罪が払拭できると言うつもりか? その証拠は、提示していないというのに」

 

「父さん!」

 

「黙っていろロウファ!」

 

「!」

 

 ロウファに引き下がる気はなかった。今回の、このことだけは。

 だが、ロウファが決起して口を開く前に、視線で、アレンに止められた。

 そして――、

 アレンは騎士団長を見、苦笑した。

 騎士団長を前に、思い出したのだ。

 自害する直前のアリューゼにかけた、騎士団長の言葉を。

 

 ――アリューゼ。私にも剣を向けるのか?

 

 そのときの、この男の顔を。

 彼は、アリューゼが剣を向けないと知っていた。

 その上で――

 アレンは固く、拳を握りしめた。

 

「そうやって、アンタはスパイに激怒した誇り高い戦士の死を不意にし、その弟まで罪人だと、国の決定だからと殺すつもりか? 俺の言葉を信じないのは構わない! だが。ならばなぜ、調査の手掛かりを不意にした! なぜその手で真相を調べなかった! なぜ、自分と親しい人間の死を、その意を汲んでやらなかった!」

 

 アレンの恫喝で、場の空気が一気に緊張する。金縛りにでもあったように、皆、息を呑んで動けない。

 激しい怒り。

 今にも処刑される身の、ただの極悪犯の男に浮かんだ怒りが、蒼の瞳が、兵たちの胸の奥にあるなにかを、激しく揺さぶる。

 【忠義】という名の。

 

「父さんに、捜査願を……?」

 

 静寂に満ちた廊下で、ロウファはぽつりとつぶやいた。力なく、呆然と。

 

「……ああ」

 

 アレンは静かにうなずいた。

 途端。

 ロウファの瞳が、感情を帯び始める。

 どれだけ嘆願しても、たとえ証拠が見つからなくとも、ロイだけは釈放すべきだとロウファが進言したときの、父の顔を思い出しながら。

 

「……なぜ、僕に黙っていたんですか。父さん……!」

 

 アリューゼの死の真相に関する情報を、調べることすら許さなかったというのか。

 尋ねる息子を前に、父の返事は素っ気ないものだった。

 

「お前には、知る必要がない」

 

 能面のような父の無表情を見据えて、ロウファの顔色が怒りに染まった。

 途端、くぐもった鈍い音が、城の廊下に響く。

 ロウファは目を剥いた。

 かっと頭に上がった血が、一瞬、冷えた気さえした。

 

「ぐぅっ!」

 

 たたらを踏んで――それでも堪え切れず、父の(からだ)が廊下に崩れた。左頬に内出血。父の唇から、一筋、血が流れた。

 

「っ!」

 

 見上げる父の顔色が、怒りを帯びる。それを見下ろして、騎士団長の左頬を容赦なく殴り倒したアレンは、静かに問うた。

 

「殴られると、腹が立つか?」

 

 淡々と、無表情に。

 囚人でありながら、自分を見下ろす男。

 許される無礼ではない。それでも騎士団長の唇は痛みで強張り、くぐもった呻き声を上げるだけだ。

 反論すら、ない。

 (アレン)の瞳がゆらりと揺れた。

 

「……アンタの怒りは、その程度のものか!」

 

 右腕一本で騎士団長の襟首を掴み、乱暴に立たせる。怒りで騎士団長を睨みつけたが、騎士団長はアレンと視線すら交わそうとしなかった。

 ――曇っていた。

 どうしようもないほど。

 

 当然だろ。民間人の死は悲惨だが、軍人の死は立派。そんなもんだ。

 

 昔、同僚が言っていた言葉を――唯一、自分と考えのまったく違う同僚(なかま)と、アレンが共通した考えを――軍人の、戦士の【死】を、この騎士団長は、ただの犬死に貶めたのだ。

 戦場で散るのは【立派】。

 そうやって【立派】に死ぬのが軍人の務めだと、己に言い聞かせて戦場に立つ男たち。

 だがそれは同じ信念を持った仲間が後ろにいるからこそ、勇んで向かえるのだ。それをこの騎士団長は共に戦うどころか、後ろから突き放した。

 

 弱り切った国力をひた隠し、アルトリアは万全だとその夢を見続けるためだけに。

 

 

 軍人として、もっともやってはならないこと。軍人の誇りを、泥で汚すような行為を平気で行ったのだ。

 アレンには、それがどうしても許せなかった。頬を打たれた痛みなど、戦友を亡くした痛みに比べれば取るに足らない。

 ぎり、と奥歯を噛み締めて、アレンは騎士団長を無造作に跳ね除けた。重い尻餅をついて騎士団長が倒れる。だがアレンももう、見向きもしない。こつこつと響き渡る靴音を耳にしながら、兵士たちは呆然とアレンの背を見送った。その中に、彼を追いかけるだけの気概のある者はいなかった。

 

 抜けていた。

 欠けていた。

 腐っていた――。

 

 軍人としての誇りも、信念も。

 どうしようもない数の人間が、救いようもないほど根の部分で。

 

 ――お前に話したところで、もうどうにもならねぇよ。

 

 ロンベルトを手にかけたあと、アリューゼが言っていた意味が、今のアレンにははっきりと理解できる。

 それでも恩師に刃は向けられぬと信義を貫き通した彼の強い心。

 アレンは目を閉じ、己の怒りを静めるように、ふ、と息を吐いて、歩き出す。

 謁見の間は、もう目の前にあった。小国アルトリアに、あまりにも不釣合いで華美な虚栄の扉。その扉に手をかけて、アレンは静かに拳を握った。

 

 自分の行為は無駄になるかもしれない。

 

 曇った騎士団長の目を、死んだアリューゼの目を思い出して、アレンは思う。

 だが生きていく限り、立ち向かわねばならない。どんなに不合理なことでも、己の本懐を遂げるためには、背を向け、逃げてはならない。それが父から唯一学んだ家名(ガード)の誇りだ。

 豪奢な内装の、空虚な部屋を睨み据えて、アレンは一歩、踏み出した。

 

「……!」

 

 その背を見据えて、ロウファは目を(みは)った。

 なぜか、この青年がアリューゼと被って見えたのだ。

 

 ――己のみを信じて生きる、強靭な精神力が。

 

 ロウファは拳を握りしめると、きっ、と顔を上げた。

 

「僕もつきあいます」

 

「ロウファ!?」

 

 父の叱責に近い声がかかる。だがロウファは、父に構わなかった。

 

「……いいのか?」

 

 騎士団長を視界の端に、アレンがロウファを見る。

 ロウファは謁見の間へと続く扉を見据えて、言った。

 

「僕も、アリューゼさんの真意を知りたいと願っている者のひとりですから」

 

「そうか」

 

 つぶやいたアレンは、ゆっくりと扉を開けた。

 

 

 

「ま、真を申しておるのか!?」

 

 度肝を抜かれたような顔で、アルトリア国王は渡された紙とアレンを交互に見比べた。

 

 アレンに渡されたのは、三枚の報告書。

 

 ロンベルトが最期に書いた、ヴィルノアへの報告書だ。アルトリアの重鎮だった彼の文字を、国王は一番よく知っている。報告書と共に、ロンベルトの部屋からグール・パウダーの原料をアレンが手渡してきた。

 

「その報告書とは別に、この瓶がロンベルトの机の小箱に入っていました。自分が話した現場に行けば、これと同じ物が見つかるはずです。王女を凄惨な死に追いやった、この瓶と同じ物が」

 

 そう言って、アレンはロウファを見た。

 うっ、とロウファが息を呑む。王女捜索隊の部隊長が手にしていた小瓶と、まったく同じ型の小瓶を目にしたためだ。

 

「それじゃあ、ジェラード王女を殺したのは……!」

 

 ロウファが言いかけて口をつぐむ。国王は状況を理解できないでいるのか、死んだ魚のような目をアレンに向けて、首をかしげた。

 

「その小瓶が、なんだと申すのだ?」

 

「グール・パウダーです」

 

「グール・パウダー?」

 

 さらに首を傾げる国王に、本来ならばグール・パウダーの説明など必要ない。

 なぜなら、玉座の傍らに、豪奢な杖があるからだ。

 魔導師の端くれならば一度は耳にするグール・パウダーの名。ネクロマンサーの研究過程で生まれる副産物という常識を、しかし、王は知らなかった。知識の象徴たる杖を、玉座の隣に置いていながら。

 だが、そんな常識など知らないアレンは、起こった出来事から言うべきことを伝えた。

 父親に見せるには――あまりにも無残な、娘の遺骸を思い出しながら。

 

「人間を魔物に変える薬です。アリューゼは、魔物に変わってしまった王女を救おうとした。だがそれも(かな)わず、ロンベルトの策略を知って先日の暴挙に出たのです」

 

「そん、な……!」

 

 あまりの真実に、ロウファは言葉を失った。

 それでは、あんまりだった。

 

 ――そうやって、スパイに激怒した誇り高い戦士の死を不意にし、その弟まで罪人だと、国の決定だからと殺すつもりか!

 

 先ほどのアレンの言葉に、今更ながらにぶるりと背筋が凍った。

 彼がいなければ、アリューゼは、ロイはどうなっていたのか。

 

「な、なな、なんじゃと!? ならばなぜ、その理由を余に話さなんだのだ?」

 

 震える唇で、国王が本当に不思議そうに目を丸くする。

 アレンは、じ、と蒼の瞳で王を見据えた。

 

「耳を、澄まされましたか?」

 

「……なに?」

 

「あなたは国を治める方だ。高貴な身分と引き換えに、はてなく重い責務を負った方だ。あなたはその責任を果たすために、多くの声を聞き、多くの家臣と力を合わせねばならない。その意に反する者も、利用せんとする者も多くいるでしょう。あなたは諸侯だけでなく城下の民の言葉にも気を向けられましたか?」

 

 澄んだ蒼の瞳に浮かんでいたのは、最早怒りの色ではなかった。

 

 ――深い、哀しみ。

 

 王族という血筋に生まれたがために枷を受け、誤りを正す家臣も、事実を伝える者もなかった王を憐れんでいるのか、

 それともこの王によって命を落とした、多くの兵を(いた)んでいるのか。

 王は死んだ魚のような目を見開いて、ごくり、と固唾を飲み込んだ。

 目の前の青年は、語調は穏やかだが、あの男を思い出させる。

 

 ははは……哀しいな、王よ。

 

 高貴な自分を(あざけ)った、傭兵風情を。

 

 ――俺はこんな茶番に付き合うほど暇じゃあない!

 

 あの、傭兵風情と――。

 

「……ぅ……っ」

 

 同じように、己の間違いを真っ向から正されて、国王は手で顔を覆った。

 否。

 侮辱からの回避方法を、彼は知っている。

 国王は掌の下で憤怒の表情を作ると、指の隙間からアレンを見据えて――、ぎ、と奥歯を噛み締めた。

 

「無礼者が!」

 

 恫喝というよりヒステリックな怒声でアレンを(いさ)めると、目の前の青年はかすかに目を細めた。その彼に、国王は、びっ、と人差し指を突きつける。

 

「ロンベルトがスパイじゃと? ジェラードが化け物に変えられたじゃと? あの傭兵風情が、娘のために命を投げ出したじゃと!?」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り始めると、アレンを指差す指にも、力が籠もった。

 不審人物として捕らえた男の虚言と、そう思ってしまえばなんのことはない。

 

「貴様、一体何様じゃ!? なんの根拠があって――」

 

「陛下!」

 

 ロウファが国王を止めようとして、アレンに制された。しかしロウファも、アリューゼに冤罪を着せたままにしてはおけない。

 睨みつけるようにアレンをふり返ると、アレンが首を横にふった。

 ここは任せろと。

 彼の瞳が言っている。

 

「…………」

 

 ロウファは不服ながらも、とりあえず黙した。

 アレンが言う。

 

「ロンベルトがスパイという証拠は、今、陛下が手にされている書類を見れば明らかです」

 

「黙れ無礼者が! どうせ、これは貴様の作った紛い物じゃろうが!」

 

 怒鳴りつけると、アレンは小さく、自嘲気味に笑った。

 

「……なるほど」

 

 この時代にもある筆跡鑑定をすればすぐに分かることだが、どうやらそれも聞く耳は持たないらしい。

 そして騎士団に証拠を探させようにも、あの騎士たちでは――。

 アレンはちらりとロウファを見やると、言った。

 

「馬を借してくれ。この人には、見せるべきものがある」

 

「見せるべきもの……?」

 

 急に話題をふられて、ロウファが首を傾げる。それも一瞬のことだ。

 ロウファはぐっと表情を引き締めると、小さくうなずいた。

 

 

 

 アレンに連れてこられたその場所は、ロウファたちが調査に来たレーテ街道だった。

 馬が思わず足を止める、異臭に満ちた、あまりにも醜い場所。

 そこに無残に朽ち果てた騎士団の遺体が横たわっていた。

 あまりにも禍々しい光景に、国王は口を両手で覆った。

 

「き、きき、貴様貴様っ! ……よ、よよ、よくも余を、こんな所に連れてきて……!」

 

「件のグール・パウダーを所持している遺体は、こちらです」

 

 喚く王には取り入らず、アレンは無残に朽ち果てた騎士団の――捜索部隊の小隊長を務めていた男の遺体に歩み寄った。ロウファたちも見たものだ。

 

「確かに、彼が小瓶を握っていました。陛下」

 

 ロウファが言うと、国王は顔をしかめながらもうなずいた。

 アレンが問う。

 

「彼が握っていた小瓶の底に、粉が付着していなかったか?」

 

「緑色の粉のことでしょう? しかし、あれは仲間にも確認してもらいましたが、グールパウダーと断定することは……」

 

 あまりにも極微量の付着物に、ロウファが困惑する。

 アレンは微笑(わら)った。

 

「なら、グールの死体があれば納得出来るな」

 

「……グールの死体、だと?」

 

 後ろをふり返って国王が問うと、アレンは小さく頷いた。

 

「あれです」

 

 一瞬、憂いの色を浮かべたアレンは、崩れた荷馬車を指差した。

 無残に飛び散った、ジェラードの物と思われる衣服の残骸を。

 これにはロウファよりも国王の方が反応を示した。

 

「う、ううう、嘘じゃ!」

 

 かっと目を見開き、国王が首を横にふる。異形の死体はなかった。それでも、異形の血がついた馬車はひしゃげ、ボロ切れと化したジェラードの服には見覚えがある。

 馬車の周りについた、おびただしい不死者の血が。

 

「こんなものが……!」

 

 カシェルたちと来たときは気付かなかった。

 思わずロウファがつぶやくと、国王は場所を指差して怒鳴った。

 

「き、きき、貴様貴様っ! これ、こここ、これっ、これが!? これが……、ジェラード……じゃと?」

 

 (はなはだ)だしい無礼だ。とてつもない、侮辱だった。

 怒りで目の前が暗くなりそうだ。

 だがそれと同時に、国王の視界に入ってくるのは、変わり果ててはいるが、見知った騎士団の顔ぶれ。

 どれも、自分が王女捜索のために差し向けた騎兵たちだった。

 

「これが……ジェラード……じゃと?」

 

 もう一度、つぶやく。

 

 人間を、魔物に変える薬。

 魔物――。

 

 この男はそう言った。

 だが。

 だが――、

 

「ジェ、ラ……ド……じゃと?」

 

 面影など微塵もない。愛らしく整った娘の顔も、聞かん気の強そうな瞳も、美しく伸びた、あの金色の髪も。

 どれも、この禍々しい馬車の痕からは見られなかった。

 

「……嘘じゃ、嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ!」

 

 娘が、こんな身で死んだなど!

 ロンベルトが、ヴィルノアのスパイだなど!

 こんな男の言うことが、すべて現実にあるなど!

 

 国王は首をふって、すべてを否定した。

 血の上った頭でアレンを睨み据える。こんな気味の悪い場所まで連れてきて、凝った芝居で自分をたぶらかそうとした、この男を――

 

(余を……!)

 

 そのとき、国王は目を剥いた。

 後ろにいたアレンが、深く、目を閉じていたのだ。

 騎士の死を、王女の死を(いた)むように。

 彼は蒼瞳を閉じ、冥福を祈るように右手を握って立っていた。彼を虚言者とのたまうには、その光景は厳粛で、清廉で、そしてあまりにも――残酷だった。

 

「………………ぅっ」

 

 国王の頬に、涙が伝った。

 嘘であって欲しかった。

 すべて虚言で、すべてが悪い夢であって欲しかった。

 

「うぅ……っ、っっ!」

 

 娘の遺体――とも言えない、馬車の残骸を見据えると、王は力なく膝をついて、例えようのない絶望に涙した。

 どうして――。

 

(ジェラードを……、娘をこんな卑しい姿にするぐらいなら、どうして余を殺さなんだのじゃ……!)

 

 本当は、分かっていた。証拠と差し出された書類を目にしたときから。

 あまりにもロンベルトが推し進めていた政策に沿った報告書の内容と、ロンベルトの癖字を、誰よりも国王は理解していたのだ。

 見間違えるハズもない。

 だが。

 

 信じた家臣が、スパイだった。

 卑しい傭兵が、娘の仇を討った恩人だった。

 娘の無念を晴らすため、その身を犠牲に、汚名まで被ってロンベルトを討った――。

 

 それは王にとって信じたくない現実だ。

 

「ふぅ……ぅぅ……っっ!」

 

 首を横にふる。手で耳を塞いで、嫌々する子供のように、うずくまって首をふった。

 一番大切なものを奪われた。

 昨日、傭兵に娘が殺されたと聞かされたときよりも、ずっと。

 惨めな現実が――真実が、弱い王の心には、受け止めようもなくのしかかる。立つ気力さえ、湧いてこないほどに。

 

「これ、が……」

 

 骸さえも残っていない娘のボロ切れと、騎士団の遺体を見据えて、ロウファがつぶやく。

 生前の王女を、当然騎士であるロウファも知っている。

 あの可憐な少女が――いまはこんな姿で。

 

(この人が脱獄しなければ、こんな場所(トコロ)で、野晒しとなっていたのか……)

 

 こんな寂しい場所で。

 そう思うと、ぶるっ、と身が震えた。

 今なら分かる。

 アリューゼがこんなものを目にして、黙っているはずがないと。だからこそ、アリューゼなのだと。

 父の本性を知って絶望した今、アリューゼの、あまりにも真っ直ぐな信念がロウファの胸を叩いた。

 

(アリューゼさん……)

 

 涙が、込み上げてくるような気さえした。

 アリューゼが、自分の思い描いた通りの人物であったことに改めて安堵して、それと同時に、それを失ったどうしようもない悲しみに、ロウファは喉の奥にある熱いものを飲み込んだ。

 

「……弔ってあげましょう。我々に出来ることは、もうそれしかない」

 

 静かにつぶやくアレンに、失意の王は首を横にふった。

 

「なぜ、じゃ……! なぜ、……こんなことに……!」

 

 深く目をつむる。他の言葉を聞かないように、王はわめく。

 涙が、(からだ)中の力という力を、洗い流すように落ちていく。

 

(……もう、立てぬ……!)

 

 だらしなく嗚咽を吐いて、王は無念に膝を折るしかない。

 もうなにも、したくなかった。

 

「……それに関する答えは、もう知っておいででしょう? 本当は、ずっと前から」

 

 上から降るアレンの言葉が、深く、えぐるように胸に刺さる。

 なぜ――。

 アレンの言う通り、国王は知っていた。

 なぜ、こんなことが起きたのか。なぜ、これを未然に防げなかったのか。そしてなぜ、自分はそれを理解しようとしないのか。

 

「よ、……余……、……余、が、……悪い……のか……っっ!」

 

 うずくまる自分が、惨めだった。

 

 違う! 父上はなにも悪くなどないのじゃ!

 

 そう言って励ましてくれていた娘は――もう、この世にいない。

 

「余、が……!」

 

 愚王だと、罵るばかりで具体的にどうすれば良いかなど、誰も教えてはくれなかった。

 民の声――。

 民の声とは一体、なんだというのだ。

 愚王と、罵る臣下と一体なにを話せというのだ。

 

「余は……、余は」

 

「……失礼を」

 

 うなだれた国王の頭上から、アレンの声が届いた。

 白くなった頭の中で王は首を傾げるが、(からだ)が反応しない。

 王の襟首が掴まれ、片腕で、アレンに(からだ)を持ち上げられていた。

 

「!?」

 

 目を白黒させる。何事か、王が事態を把握するよりも先に――

 

「いつまで寝惚けている!」

 

 街道の脇に広がる草原に、恫喝が響き渡った。

 びくり、と硬直していた王の(からだ)が動き出す。顔を上げると、王の、死んだ魚のような瞳を刺し貫くように、蒼の瞳がこちらを睨み据えていた。

 

「アンタは娘の死を前に、それでも自分の愚かさから背を向け、逃げるつもりか!? ――立ち向かえ! 歯を食いばれ! 泥水を飲み、辛酸を舐める覚悟で乗り越えろ!」

 

 ロウファは目を見開く。あまりに突拍子のないアレンの行動に、目を疑った。

 王の目が見開かれる。本当に、今、目が覚めたかのように。

 

「……ぁ……」

 

 つぶやく国王を見据え、アレンはゆっくりと、国王の襟首から手を離した。

 国王の持ち上げられていた(からだ)が、支えを失って崩れ落ちる。腰から尻餅をつくように座り込んだ。ぺたりと地面に手をついて、国王は力のない瞳をアレンに向ける。

 どれほど脱力しようとも、蒼瞳から、目を背けられなかったのだ。

 この男を前に、拒否権はない。

 一切の、甘えを許さない戦士の瞳だった。

 

「……ぁぁ……」

 

 痛感させられてしまう。

 国王の苦悩が、この男の前ではちっぽけな言い訳に過ぎないと。

 見下ろすアレンが、じっとこちらを見据えている。澄んだ蒼瞳が。

 

「……このまま、ヴィルノアの好きにさせるのか?」

 

「!」

 

 静かに問われて、国王は、ぐっと歯の根を食いしばった。

 

 ――娘を、こんな姿にした大国(ヴィルノア)を。

 

 許しておけるはずがない。だが現実はヴィルノアに立ち向かえるほど、アルトリアは強くない。

 大国に比肩するには、この国はあまりに非力だった。

 

「……っ、っっ!」

 

 悔しさで目がかすむ。本当なら、ロンベルトの報告書を見た時点で決断しなければならなかった外交問題。

 見てみぬフリをするべきか、否か。

 ジェラードのことがなければ、考えるまでもなかった弱腰外交。

 だが、

 だがそれでは――。

 

「くち、おしい……! 口、惜しい……っ!」

 

 なにも言えない自分が、なにも出来ない自分が。今も、昔も――そして、将来も。

 国王は拳を握り、歯の根からこぼれる嗚咽と、伝う涙に必死でこらえた。

 どうしようもない屈辱だ。騎士団の弱体化という現実を知っているわけではない。だが、知らなくとも分かる。

 ヴィルノアに勝てるはずがないと。

 それほど、ヴィルノアは世界の脅威だった。

 

「屈するのか? そうやって」

 

 静かに降ってくる声に、国王は怒りの瞳をアレンに向ける。死んだ魚の目ではない、愛娘を殺された父親の怒りの目だ。

 しかし、それを見下ろすアレンは冷たく、容赦がなかった。

 

「あなたが招いた結果だ。玉座にふんぞり返ったまま、この国のいまに真剣に向き合わなかったあなたの責任」

 

「黙れ! 蛮族風情が!」

 

 くつくつと沸く怒りが、アレンの瞳をも睨み返した。それも長くは続かない。次の言葉が、国王の胸に突き刺さったからだ。

 

「なぜあなたはそうやって、身分ばかり気にする? 貴族も平民も、あなたの前では同じ、アルトリア国民だというのに」

 

「っ……!」

 

 弾かれたように顔を上げ、国王は眉根を寄せた。

 

「アルトリア国民……じゃと?」

 

 脳裏を過ぎったのは、あの、異例の表彰式だった。

 蛮族退治で活躍した傭兵の男を、表彰したあのときのこと。

 

 ――傭兵風情が……。貴様も蛮族と変わらぬクセに。

 

 あのときの毒づきを、まるで知っているかのように。

 

「き、さま……」

 

 ふるふると握る拳に力が入った。もっての外だ。なにを隠そう、あのような傭兵風情と、貴族と平民を、等価に見るなど――

 

「出来ないことじゃない。あなたが指導者として力を発揮していたなら、貴族からの献金を安直に忠誠ととらえていなければ」

 

「っ、っっ!」

 

 氷塊を背に押し付けられたような気分だった。なぜかは分からない。

 臣下が王に財産の一部を献上するのは神聖な行為だ。だが目の前の男は、それだけで満足するのを許さないように、冷えた目をしていた。

 

「あなたが、国政から目を逸らさなければ」

 

 つぶやかれた言葉とともにアレンは一歩、前に踏み出した。それと同時に、国王は地面を這って後ろに下がる。

 ひっ、と緊張した喉が声を洩らした。

 壮絶な緊張感。頭に上っていた血が、残らず冷えていくのが分かった。

 

「都合の悪いときだけ、臆するのか?」

 

「っ!」

 

 我に返って、国王はアレンを睨み上げる。目の前の青年はどこまでも冷たく、静かな表情だった。

 

「そして自分を守るために、怒ったフリをする」

 

 アレンは国王の前で膝を折った。目線が同じ高さになる。見開いた国王の目には、同じ高さの視線が、はるか高みにあるような気がした。自分とは、まったく違う次元の高みに。

 

「ぅ……」

 

 唾を飲み込んで、国王は覚悟を決めたようにアレンを見る。緊張で顔が引きつった。だが、その緊張が恐怖からのものではないことに、国王はまだ気付かない。

 

「それではなにも変わらない。――変われないんだ」

 

 アレンの瞳が、和らいだ。

 国王をはらんでいた緊張が消える。肩の荷が、す、と下りたような錯覚さえした。

 しかしそれでも、哀しい瞳だった。目の前の青年の瞳は。

 国王は息を呑む。いくらか緊張が解けた分、王には余裕が出来たが、先程のように青年を罵倒する気になれなかった。

 ただ、

 変われないと。

 青年の言葉が、ずしりと胸に沈み込んだ。ヴィルノアに屈するしかない。その現実は変えようがないと思うと、国王の拳が震えた。

 

(不思議な、男じゃ……)

 

 アレンを見上げて、国王は思う。こんなみずぼらしい恰好の男に相当の無礼を働かれたというのに、国王の心は――視界は、妙にすっきりと晴れていた。

 

(この男は……余に、勇気をくれる……)

 

 亡くした娘のように。

 精彩のない家臣たちとは違う。アレンの意志を持つ光に、王の心は揺れていた。

 

「余に……、余に、立ち直れと申すのか……?」

 

 死んだ魚の瞳が、希望の光を見つけて、アレンを見返す。先程の怒りの目ではない。

 今はまだ小さな、小さな光を眼に宿して、すぅ、とアレンを見る。

 その国王の変化に、アレンはわずかに口端をゆるめた。

 

「自分の弱さを知った人間は必ず強くなれる。いまのあなたのように、意志の光を宿せたなら」

 

「……余が、つよ……く?」

 

 初めて耳にした言葉に、国王は目を丸くした。あまりにも縁遠い言葉過ぎて、一瞬、言葉の意味を理解出来なかったほどに。

 うなずくアレンの姿が、鮮やかに、王の目に焼きついた。

 

「人は過ち、迷い、見失うものです。自分のことも理解出来ないのに、相手のことも理解しなくてはならない。……あなたの過ちは悲しい因果を生んだ。だが、あなたが歯を食いしばり、その過ちに正面から立ち向かったなら。王女の死は、ただの死ではなく、あなたにとって最も重要な、意味のある死になる。――少なくとも、私はそう考えています」

 

「……余は、お前を投獄し、処刑までしようとしたのじゃぞ? ……なのにそれを、(ゆる)すと言うのか?」

 

 どうして、この男は保身を考えない。

 どうして、この男は最初から国王を奮い立たせるために、ここまでするのか。

 自分が殺されるかもしれない、そんな状況だというのに。

 

(……なぜ、余を恨まないのじゃ……)

 

 ここまで賢明な、近衛騎士団でさえ明かせなかった真実を、解き明かすほどの男だというのに。

 アレンは国王をふり返ると、首を横にふった。

 

「いいえ。私が貴方を赦すときは――この国に、笑顔が戻ったときだ」

 

「国の笑顔……それが、民の笑顔、と?」

 

 神妙な顔で、しかし、本当の意味で【民の声】を理解していない王は、自信がなさそうに声を落とした。

 すると、この不思議な青年は、冗談事のように言った。

 

「よろしければ手伝いましょうか? 城下がどんな町なのか。その目で確かめてください」

 

 王の無知を、少しも責めずに。なぜなら王の目覚めは、今このときだと理解しているから。

 意志の光を帯びた、王の瞳を見据えて、アレンは微笑(わら)った。

 

 

 

「絶対、右だ!」

 

「いんや、絶対左だ!」

 

 アルトリア山岳に続く街道のど真ん中で、二人の少年はいがみ合っていた。

 

 ひとりはタヌキの耳としっぽを持つ、八十五センチの小柄な少年。

 もうひとりは、黒猫の耳としっぽを持つ、百センチ前後の――小柄な少年。

 

 二人はきりきりと奥歯を噛み、互いを睨む。

 最早、どちらの道が合っているかなど関係なかった。

 

(右だ! 絶対、右に行ってやる……!)

 

(左! つったら、左だぜぃ!)

 

 迫力のない、しかし、やる気だけは伝わってくる睨み合いを繰り広げながら、二人は、むむむ、と眉を寄せる。

 

 どこかに消えていったアレンを探して、早三日。街に下りたのはいいが、目撃証言が街の外にまで及んだため、こうやって街道まで出てきたのだ。

 それから、クレルモンフェランとヴィルノア、どちらに向かうか悩んだ。考えても分からないので、結局じゃんけんで決め、東に向かうことにする。

 

 クレルモンフェランがある東。

 この時点で、アルトリアにいるアレンと会える可能性がなくなっていることに、二人は気付かない。

 大小の山々が連なるアルトリア山脈を、不毛な言い争いを続けながら歩いていく。

 しばらくして――、

 

「つぅか、おかしいじゃんか! さっきから二時間も歩いてんのに、ちっともアレン兄ちゃんに会わないぜ!?」

 

 ロジャーは地団駄を踏んだ。

 鬱蒼(うっそう)とした山合を歩いていくと、次第に街道から外れてしまったのだ。不毛な言い争いに夢中で、前をよく見ていなかった所為(せい)もある。

 

「う、ぅぅ、うっせうっせ! 最初に町の外に出たとき、東に行けっつったのは、お前だろが!」

 

 昼間だというのに、そこは鬱蒼とした木々で暗くなっていた。

 ルシオが視線を左右にふりながら不安の色を浮かべる。だが、それをロジャーには気取られまいと、敢えて大声を張り上げた。

 対するロジャーは、そんなルシオの心境など気付かない様子だ。

 

「棒切れ持ってきて倒れたほうにしたのは、お前じゃんか!」

 

「う、うっせ!」

 

「んだとぉ!」

 

 ぷんぷんと、頭から蒸気を出さん勢いでロジャーがぴょんぴょんと跳ねる。

 それを視界の端で見ながら、ルシオが一層、不安そうな色を顔に浮かべた。

 

「……お、おい。バカダヌキ」

 

 声をひそめて、ルシオが茂みに身を隠す。

 

「んだよ、アホネコ?」

 

 ロジャーは無頓着だ。

 不用意に声を暗い森に響かせるロジャーの口を、ルシオがひっと喉を鳴らしながら、手で押さえた。

 

(バッキャロ! ……アレ見ろ)

 

 もごもごとルシオの手の中で暴れるロジャーを制して、ルシオが茂みの中から指さした。

 石造りの建物だ。かなり年季の入った物と思われる。

 アルトリア山岳遺跡と呼ばれる場所だった。

 ルシオの手を払い除けたロジャーが、嬉しそうに目を光らせる。

 

(おぉ! でかしたぜ、アホネコ! まさに兄ちゃんが首を突っ込みそうな遺跡じゃんか♪)

 

 口笛でも吹かんばかりの勢いで、ロジャーは背中に差した手斧を握るなり、さくさくと茂みから出て行く。

 

「お、おい!」

 

 その彼を引きとめようとルシオが手を伸ばすと――ふり返ったロジャーが、に、と口の端をつり上げた。

 

「よっし、今はとにかく冒険を楽しむぞ♪ アホネコっ♪」

 

 ぴょんと一つ高く飛んで、ロジャーは遺跡の中に入っていく。そのあとに、あわててルシオも続いた。

 

「ま、待てコラ! 抜け駆けは許さねぇぞ!」

 

 迷走、続く――。

 

 

 ………………

 

 

「マジかよ……」

 

 陰惨とした馬車のあるレーテ街道の空に、既に肉体をなくした二つの魂が、地上を見下ろすように浮かんでいた。

 ひとりは長身巨躯の、生前は最強の傭兵として名を馳せていた男。

 もうひとりは、豪奢なピンク色のドレスに、美しく波打った金髪が印象的な、人形のように顔の整った姫。

 生前、ジェラードと呼ばれていた少女だった。

 

「まったくじゃ!」

 

 彼女は可憐な顔を真っ赤に染めて、父の傍らに立った男を噛み付かんばかりに睨み据えた。

 

「父上をあのように罵倒するとは、なんたる無礼! 万死に値するぞ!」

 

 手に握った杖を、叩き折らんばかりの勢いで、アレンに向かって罵倒する。

 少女の傍らで同じく成り行きを見守っていたアリューゼが、顔をしかめて首を横にふった。

 

「逆だ、ジェラード。奴はお前の父親の、あの死んだ目を醒ましやがったんだ。……愚王としか言いようのなかった、あの不甲斐ない王をな」

 

「な、なななんじゃと、アリューゼ! 父に対する一度ならぬ二度の暴言! 最早我慢ならぬ、妾が(じか)に引導を~!」

 

 杖をふりかぶって、高々と詠唱を始めるジェラードを、アリューゼは片手でむんずとつかんで押し止めた。

 やはり信じられない、と驚愕した目を、アレンに向ける。

 

「……大した野郎だ」

 

 もしかしたらこの男は、弟のロイを助けることやアリューゼたちの無念を晴らすだけでなく、アルトリアそのものを変えるのかもしれない――。

 そんな突拍子もないことを、感じさせる男だった。

 

「早まるんじゃなかったぜ……!」

 

 ぐっと拳を握り、口惜しげにふるふると首をふる。

 せめて奴と一戦交えるまで。それまで生きていた方が――

 

「もがぁ~! もが、もがぁ~!」

 

 押さえ込んだ王女が、暴れつつもなにか叫んでいる。

 その王女に視線を落として、アリューゼは冗談混じりに考えた思考を笑って掃き捨てた。

 

「……ん? どうかしたのか、ヴァルキリー」

 

 本当なら来たくもなかったジェラードの遺体残る地に、有無を言わせず連れてきた戦乙女を仰ぎ見る。

 なぜか驚いたように、アレンを見る彼女を――

 

(馬鹿な……。四宝(ドラゴンオーブ)をなくした地上界(ミッドガルド)の混乱を……治さめるというのか、人間が)

 

 アリューゼの言う通り、国王の心情の変化はレナスも感じていた。

 国王の、顔つきが変わったのだ。

 愚王と。

 そう揶揄(やゆ)されていた男とは思えないほど、なにかが変わった。

 

 

 ――そして、

 

 

 一カ月後。

 

 王都アルトリアを一望できる丘の上に、ロウファとアレンは居た。

 ここはロウファにとって、かつてアリューゼと訓練後に訪れた思い出の場所だ。

 アリューゼは丘の上に群生する草を一房掴んで、さっと風になびかせた。

 

 ――お前は風に吹かれっぱなしの草か?

 

 騎士団長の息子として、周囲の羨望、嫉妬、期待、失望……。

 いろいろな感情を含んだ好奇の目にさらされていたロウファは、あの頃伸び悩んでいた。

 何度練習しても槍の腕が上がらず、なんのために槍を持っているのか。

 ただ日々を生きて、時間に身を委ねるだけだった頃。

 アリューゼがふとこの丘に呼び出して、言ったのだ。

 ロウファを、草と。

 

「………………」

 

 今でも目を閉じれば、アリューゼがくれた言葉の一つ一つが、ロウファの脳裡に蘇ってくる。

 丘に吹き上げる風を感じて、ロウファは目を細め、アリューゼよりも一回り小さい、自分と同い年くらいの青年を見据えた。

 

「ありがとうございます、アレンさん。あなたのおかげでアリューゼさんの濡れ衣はおろか、アルトリアも少しずつ、良くなっている気がします」

 

 丘から王都を眺めていたアレンは、ロウファの声でふり返った。

 ロウファより淡い金髪が、風になびく。アレンの髪は色彩の淡さを物語るように、陽に当たると白く透けた。

 

 ロウファほど繊細な面立ちではないが、それでもロウファと変わらない体格の彼が所持している【剛刀】はいささか青年が握るには違和感がある。なぜなら得物の大きさは同じでも、ロウファのように【槍】ではなく、彼が持っているのは【剣】なのだから。

 白袋から解放された【兼定】は、街灯にも匹敵する長大な姿をさらしていた。

 

 ロウファは槍斧を握りしめる。

 アレンは王都に視線を向け、首をふった。

 

「アリューゼのことも、この国のことも。解決させたのは、――これからも解決していくのは、君と国王陛下だ。俺はきっかけを作ったにすぎない」

 

「そんなことはありません。……少なくとも、そのきっかけがなければ、我々はとんでもない過ちを犯すところだったんですから」

 

「……ヴィルノアか」

 

「ええ。陛下と協議して、新しい騎士団の構想が出来たんです。できれば貴方もそのなかに入っていただきたい」

 

 アレンは首を横にふった。

 

「すまない。人を待たせてるんだ。君に捜してもらっていた、子どもたちとは別に。……てっきり王都内で待っていると思ってたんだが、どうも外に移動したようでな。これから、そちらも捜さないといけない」

 

 苦笑混じりに嘆息するアレンに、ロウファは小さく微笑(わら)った。

 

「そうですか……。不思議ですね。貴方なら断ると思ってました。【騎士】なんて柄じゃないって。……貴方はどこか、アリューゼさんと似ているから」

 

「俺が?」

 

「ええ」

 

 うなずいたロウファは、ザッと槍斧を構えた。

 

「アレンさん。どうせこの国を出るなら、最後に一度。僕と手合わせ願えませんか? その剛刀の実力、しかと目に焼き付けておきたい。――この国を変えた、貴方の実力を」

 

「……悪いが、この刀は人に向けるものじゃない。だが相手にはなろう。アリューゼに比べれば力不足かも知れないが、全力で行かせてもらう」

 

 アレンは言うと、剛刀を脇に置き、ジャケットの懐から一本の筒を取り出した。

 

 

 

 

 アルトリア国家防衛軍。

 国王が立ちあげた新制度は、それまで金で雇うだけに過ぎなかった傭兵を、希望すれば王立試験に挑ませ、突破した者に正規兵として王が認め雇用する、アルトリアの新騎士団のことだ。

 貴族と傭兵。

 かけ離れた身分の差に、発足当初は衝突が絶えないと予想された新騎士団だったが、就任した若き騎士団長、ロウファの働きにより事態は大きな混乱を見せなかった。

 そしてもう一つ。

 新騎士団が発足されるのと同じころ。

 アルトリア王都に、ちょび髭を生やした貴族風の男が、度々現れた。その男に生活苦について相談すると、なぜか次の日には国から救済措置が政策として発表されるらしい。

 そんな明るい都市伝説が王都を賑わせ、街が、国が、変革を始めた。

 その影に、変装が下手すぎて側近に怒られながらも、城下を歩こうとする王と、

城の抜け道を心得た、長刀を操るひとりの青年がいたことを、アルトリアの国民は誰も知らない……。

 

 

 

「さて、と」

 

 徐々に活気を取り戻し始めた王都を見下ろして、アレンは旅の一式を肩に担いだ。

 片手間に通信機を展開する。ロジャーとルシオに渡しておいた通信機が作動していれば、彼らの現在地が特定できる。

 ほどなくして、ぴぴっ、という電子音。

 画面に、ロジャーとルシオの現在地が示された。ここからちょうど三十キロほど下った地点だ。

 アレンは溜息を吐いた。

 

「結局、土産らしい土産を用意できなかったな……。怒ってないといいんだが」

 

 困ったように頭を掻きながら、アレンはアルトリアに背を向けた。

 

 

 

 長い旅を、続けるために――……。

VPキャラが生存するか、エインフェリアとなるか題名等で注意書きしたほうがよろしいですか?

  • 勇者の魂となるなら題名に注意書きがほしい
  • 生存・勇者の魂化どちらでも注意書きほしい
  • 勇者の魂化するかどうか一覧公表してほしい
  • どれも必要ない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。