ヴァルキリープロファイル 神に挑む者   作:ばんどう

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8.カミール村編(完) 神に挑む者

 天空にいるレナス・ヴァルキュリアは凛とした面持ちに怒りをにじませ、下界を見下ろした。

 

 ――怒り。

 

 本当にそう分類していいのかは、彼女自身にも分からない。だがレナスは地上を見下ろし、眉間に深いしわを刻んだ。

 

「あの、人間め……」

 

 眼下に広がる鬱蒼とした森林の向こうに、小さな村がある。地上界によくあるさびれた村だ。

 レナスは忌々しげに目を細めた。

 

 …………

 

 

 ラッセンを出立して数日後、ロウファの寄越した早馬が金髪の少年(ルシオ)の情報を持ってきた。放浪の賞金稼ぎとして名をはせる彼を見た、という冒険者が現れたのだ。

 アレンはまず情報の真否を確認するために、冒険者を追うことに決めた。ジェラベルンに向かいかけた足を引き返し、一路、アルトリア領内カミール村に向かう。目撃した冒険者の男が、ギルドから依頼を受けてここに向かったというのだ。

 

「に、兄ちゃん……」

 

「アレンさん……」

 

 どこにいても賑いを忘れない亜人の少年たち――ロジャーとルシオですら、村の異様さに息を呑む。

 巨大な岩山を背中に抱くカミール村は家のほとんどが岩をくりぬき、そのなかに木造家屋を押し込めている。さびれた山村にしては大きな一軒家が多く、見る者の目を奪うが、それ以上にロジャーとルシオを震え上がらせたのは、広場に散乱する石像だ。

 

 男、女、子ども、老人――……。

 

 本物と見まがうほど精巧につくられた石像は、例外なくすべて壊されている。買い物に行く途中の娘や、孫と遊んでいた老人、薪を担いでいた男性など表情の細部に至るまでが生々しく、村人がだれひとりいないこともあって不安をあおる。

 

「あれは……」

 

 アレンがつぶやいて、視線を上げた。村の奥にある遺跡の入り口に、冒険者風の男女が立っていた。こちらは石像ではなく、生身の人間だ。

 

「おぉ! ちゃんとひとが居たじゃんかぁ!」

 

 ロジャーが飛びつくように駆け出した。遺跡の入口にいる男女が、びくりと肩を震わせてふり返る。若い二人組だった。青年のほうが、ロウファの使いが言っていた金髪の少年(ルシオ)の目撃者だろう。彼はロジャーたちを見るなり大きく目を見開いた。

 

「村の生存者!? ……じゃあ、ない……か……」

 

 黒髪をうなじでひとつにまとめた青年――カシェルは、ロジャーとアレン、ルシオを順に見やって、ため息を吐いた。青銅の鎧は簡素だが使い込まれている。失望したようなカシェルを見やって、アレンは首をかしげた。村の異様さの原因を知っているような顔だった。

 カシェルは見慣れない――やや錆びた剣を握っていた。

 

「我々は先ほど村についた者です。生存者、と言われましたが、これは一体……?」

 

 慎重にアレンが問うと、カシェルの隣にいる茶髪の女剣士――セリアが、陰鬱な表情で答えた。

 

「私たちは、情報屋の依頼でこの村にきたの。村が魔物に襲われたから、助けてくれって」

 

「だが、実際は見ての通りさ。ここにいる村人は……全員石化された上で、破壊されちまってる。村を出るなら、早いほうがいいぜ」

 

 カシェルは握った錆剣を見下ろして、やり切れない調子でつぶやいた。アレンの傍らから、ルシオが首をかしげる。

 

「そうすると、兄ちゃんたちはどうするんだ? もう事件は終わってるように見えるけど、兄ちゃんたちは、まだ村を立ち去りそうにないぜ?」

 

「とりあえず、村の生存者を探すさ。せっかく石化解除の薬を用意したんだ。一度くらい、使っておきたいだろ?」

 

 動いている村人、という期待は捨てた。

 カシェルの言外の言葉に、セリアの表情が曇る。

 アレンは視線を落とし、カシェルが握っている古い剣を見てたずねた。

 

「村人全員を石化させる相手に、なにか心当たりが?」

 

「おそらく、メドーサだ。村人以外は石化してない。石化させたあとは必ず破壊する。そんな知恵がある魔物と言えば、な」

 

「では、その剣は?」

 

「この建物の閂代わりになってた剣だよ。刀身にルーン文字が刻まれてて……、えっと、セリア?」

 

 なんと書かれていたのか思い出せなくて、カシェルがセリアを見やる。連れの女性は力なく微笑(わら)った。

 

「【蒼穹の煌きを集め鍛えし剣、グラン・スティング。我、この地に絶対悪を封ずる】と刻まれていたの」

 

「“ぜったいあく”ってなんだ?」

 

「それに、封じてあったものを外してもいいのか? 兄ちゃん?」

 

 矢継ぎ早に問いかけてくるロジャーとルシオに、カシェルは折り合い悪く頬を掻いた。

 

「それは……まあ」

 

 アレンも遺跡に続く階段を上り、入り口に立った。村のなかでも一際存在感のある巨大な建物の扉が、わずかに開いている。

 アレンは閂のあった場所と、カシェルの持っている剣を見比べて目を細めた。

 

「……すでに封印は解かれたあとのようだ」

 

 つぶやくアレンを見て、カシェルが意外そうにまたたいた。

 

「アンタ、魔導師かなんかなのか?」

 

「……ええ」

 

 アレンが半開きになった遺跡の扉を押し開ける。錆びた鉄がこすれあって間延びした鈍い金属音が鳴り響いた。開かれた鉄扉の向こうにあったのは、地下への階段だ。遺跡特有の埃っぽい空気。階段をしばらく降りていくと、祭壇のある部屋を見つけた。床に、なんらかの魔法陣が描かれている。

 

「あれは……!」

 

 後ろからセリアが驚き、一行を追い抜くように駆けだした。石造りの部屋のなか――祭壇に腰掛けた少女の石像がある。

 セリアが上ずった声で叫んだ。

 

「奇跡よ! 石化した状態でそのまま残っているなんて。カシェル、薬をちょうだい!」

 

「……そういうことか」

 

「え?」

 

 セリアが不思議そうに相棒をふり返る。いつもなら、自分と同じように生存者の無事を喜ぶ彼が、緊張で声を強張らせていた。

 遅れて入ってきたカシェルは堅い面持ちのまま、床に描かれた魔法陣のうえで足を止めた。

 

「子どものいたずらで、魔物の封印が解かれたのさ。こんなところに子どもがいるの、おかしいだろ?」

 

 セリアの表情から、喜色が消える。

 ルシオが眉をひそめた。

 

「子どものいたずらだって!?」

 

 驚きに目を見開くルシオに、カシェルがうなずいた。アレンの足許でロジャーが、ぴょんぴょんと跳ねる。

 

「こらぁっ! そんな危ないモン封印してんなら、ちゃんと入れないように、貼り紙の一つでもしろってんだ! 危なっかしいにも程があるじゃんよぉ!」

 

「……まったくだ」

 

 ルシオもあきれたようにうなずいた。

 村から避難しろ、というカシェルたちの忠告は、どうやら三人とも聞く気がないようだった。カシェルはそんな彼等を横目に、セリアをふり返る。懐から石化の解薬が入った小瓶を取り出し、肩をすくめた。

 

「いますぐ石化を解く必要はないよな。子どもの泣き声は苦手なんだ」

 

「……そうね。村を出てからでも遅くはないけど――」

 

 瞬間、セリアの表情が固まった。

 

〈その少女は百年後に目覚めさせる予定だ。私からの謝礼としてな……。そのほうが、幸せだろう?〉

 

 地を這うような低く禍々しい声が響いた。この場にいる誰のものでもない、第三者の声だ

 一同が構える。各々、自慢の得物に手をかけ、油断なく周囲を見渡すが、声の主は見当たらない。――冷たく、硬く、どこか不吉な声だった。

 

「この野郎! 姿を見せやがれ!」

 

 カシェルが体格に似合わぬ大剣を抜いて威嚇する。返ってきたのは、不吉な第三者の忍び笑いだ。

 

「善意と悪意を両立させて、なにが面白いの!? 事実を覆い隠しても、なにも変わらないわ!」

 

 細身の剣(レイピア)を鋭く構えながら、セリアが叱責する。

 瞬間。

 石室の闇が、ぬらりと動いた。

 

「危ねぇっ!」

 

 ロジャーとルシオが同時に叫ぶ。カシェルはただ、首を傾げていた。

 

「――え?」

 

 セリアが、カシェルを見て表情を凍りつかせる。その瞳が、恐怖に揺れた。

 火花が散る。

 カシェルの視界に、白いなにかが、蛇のように地面に落ちていった。兼定(カタナ)を納めていた、白筒が。

 

〈なにっ!?〉

 

 カシェルの背中を狙い打った『その者』が、驚愕する。『その者』の手にした槍が――カシェルの背を突き刺さんとした矛先が、音もなく切り落とされたのだ。

 

「……お前が首謀者か」

 

 ぽつりとつぶやいたアレンが、抜き打った。

 

〈――くっ!〉

 

 『その者』が舌打ちし、咄嗟にあとずさる。二メートル近い剛刀の間合いを、人間とは思えない跳躍力で『その者』は逃れた――はずだった。

 

〈馬鹿なっ!?〉

 

 剣尖から疾風が生じ、槍を握る『その者』の腕が切り落とされる。

 

「……す、ごい……!」

 

 セリアが、ぽつりとつぶやく。カシェルはぼうぜんとしていた。

 

〈ぐぅ……、貴様ァッ!〉

 

 落とされた右腕を抱えて、『その者』がカッと目を見開いた。石室の闇が集約され、黒い渦になっていく。あるとき、『その者』を中心に闇が爆発した。

 

〈ハァッッ!〉

 

 壮絶な気魄とともに突風が巻き起こる。カシェルは咄嗟に両腕で頭をかばい、その場に伏せた。吹き荒ぶ風が、カシェルの長い髪を強かに打ちつける。

 

「な、なんだ……!?」

 

 事態が把握しきれず、カシェルは身を伏せたまま視線をめぐらせた。傍らで兼定を握るアレンは、集約した闇が放つ烈風をまるでそよ風と感じているのか、平然と立ったままだ。

 カシェルと同じく身を屈めたセリアが、両腕の隙間から驚きの声を上げた。

 

「不死者――グレーターデーモン!?」

 

悪魔(デーモン)だと!?」

 

 カシェルも目を見開く。

 集約した闇のなかから魔物が現れ、巨大な四肢を広げて低く吼える。

 

――グォオオオ……!――

 

 天井に頭がつきそうな巨躯だった。人型の魔物は、頭と手足は鋭いトゲ状になっており、胸から腕、腹から脚にかけて人間の筋肉を異様に発達させたような硬い鎧皮におおわれている。尻から爬虫類のしっぽが生えていた。

 魔物はアレンを見下ろし、いびつな唇を割った。

 

〈この姿となれば貴様に一片の勝利もない! 死ね、人間よ!〉

 

 灰色の筋骨隆々とした腕をグレーターデーモンが掲げると、その掌にまた闇が集約する。空気を丸ごとゆがめて押し込めるように風が巻き起こり、カシェルは心の底から恐怖した。

 

(殺される――!)

 

 冷たい汗が、額を、背を、手を這う。人間には理解できない異次元の現象。なにが起きているのかわからない恐怖が、身をすくめさせる。

 

「同じことだ」

 

 アレンの声が、カシェルの震えをぴたりと止めた。

 

「……え?」

 

 ぼうぜんとアレンを見上げる。アレンの身の丈以上もある剛刀が、ふり抜かれていた。闇を掲げるグレーターデーモンを真横に両断する銀弧が走る。

 

〈ば、馬鹿な!? こんな、こんなことが……!〉

 

 目を見開くグレーターデーモンの、集約していた闇が霧散する。ゆっくりと、バランスを崩したグレーターデーモンの巨体が突如、光に包まれた。

 光の翼を広げた、女神によって。

 

「!」

 

 アレンがわずかに視線を上げる。そのときには既に、銀色の髪をなびかせながら、女神(レナス)の手にした剣が、グレーターデーモンを頭から一刀両断していた。

 

――グァアアアアア……ッッ!――

 

 断末魔の悲鳴を上げて、グレーターデーモンが光のなかで散っていく。

 そのさまをじっと見据え、カシェルは空から降るように現れた、女神を見つめた。

 

「戦乙女、ヴァルキリー!?」

 

 蒼穹の鎧に身を包み、女神は溢れんばかりの光を放ちながら地上に降り立った。

 金糸で刺繍された豪奢なスカートから、すらりとした彼女の脚が見え隠れする。手にした剣と、蒼穹の鎧。戦士の武具を身にまといながらも女性らしい神々しさを放つ、美貌の女神。

 カシェルの驚きなど女神の眼中にはなかった。

 

「忠告はした。覚悟は出来ているか、人間よ」

 

 凛としたレナスの声が、アレンに向かって鋭く放たれる。対峙したアレンが兼定を納め、レナスに向き直った。

 

「この場でだれかが命を落とすことが、あなたの見た運命、ということか?」

 

「そうだ。お前の存在は、主神オーディンが定めた運命を狂わせる」

 

 答えたレナスは剣先をアレンに向け、言い放った。警告はそこまでだった。レナスの(からだ)が消えたかに見えたとき、彼女はすでに剣を上段から打ち込んでいた。

 

(速い――!)

 

 カシェルが思わず息を呑む。明らかにグレーターデーモンをも上回る実力。異次元の存在に、カシェルは冷や汗が滲むのを感じた。

 火花を散らして、剣戟が交じり合う。カシェルが瞬いたときには、アレンが黒刀を手に、レナスの剣と刃を合わせていた。

 兼定ではない。

 この黒刀は、持ち主の意思に合わせて形状を変えるアレンの世界の武器(レーザーウェポン)*1だ。

 

「なっ……!?」

 

 レナスを含めて、カシェル、セリアが驚愕に目を見開く。

 

「どこから、あんなものを……!?」

 

「ヴァルキリーと、互角の剣速だと!?」

 

 セリアとカシェルの驚きが、レナスの舌打ちと重なる。レナスの背に、光の翼が具現化された。

 

「我と共に生きるは冷厳なる勇者、出でよ!」

 

 薄暗い石室に光が満ちる。ばさりと音を立てて光の翼が広がると、あまりのまぶしさにカシェルたちは目を細めた。光のなかから、カシェルの見知った男が現れるとも知らずに。

 

「……容赦しねぇぜ」

 

 石室に響き渡る、重低音。その声を聞いたとき、カシェルの首が跳ね起きた。大きく目を見開く。恐怖以外の感情で、ぶるりと(からだ)が震える。

 

「そ、の声は……っ!」

 

 上ずった声でカシェルが叫ぶ。光のなかから、三つの影が現れた。アレンの兼定よりも更に長い、三メートル近い大剣を苦もなく握り、挑発的な、不敵な笑みを口許に浮かべた凄腕の傭兵――アリューゼ。そして、アルトリア王唯一の実子にして第一王女、ジェラード。東国クレルモンフェランの若き弓士、ラウリィの三人だった。

 

「馬鹿な……! あいつ、確か死んで……!」

 

 アリューゼを見据えて、カシェルは混乱する頭で視線を左右にふる。カシェルの目に留まったのは、戦乙女ヴァルキリーの姿だ。

 一時は王女殺害の犯人と疑われ、死んだアリューゼの魂は――、

 

「そう、か……! 勇者の魂(エインフェリア)になってやがったのか!」

 

 一瞬だけカシェルを見やったアリューゼが、に、と笑ってみせた。

 

「ヴァルキリー、手加減しなくていいんだろ?」

 

 大剣を構え、アリューゼがアレンを見やってつぶやく。

 対峙したアレンが口端をゆるめて、ロジャーとルシオをふり返った。

 

「兼定を頼む。ロジャー、ルシオ」

 

 二メートル強ある剛刀を横たえ、自分の腰にも満たない少年たちにそう言うと、少年たちは自慢げに、おぅ、と答えた。見た目にも重そうな剛刀が、アレンからロジャーたちの手に渡る。

 

「ちゃんと持てよ! バカダヌキ!」

 

「お前こそバランス崩すんじゃねぇぞ! アホネコ!」

 

 ぎゃいぎゃい言いあいながら、二人は自分の身長の三倍はありそうな剛刀の端と端を持つ。それを見届けるなり、アレンはアリューゼをふり返った。

 

「……こい」

 

 アレンが黒刀を象ったレーザーウェポンを、居合いの体勢で構える。対峙したアリューゼが、にっと笑った。

 

「ふんっ。行くぜ!」

 

 重く鋭い音を立てて、アリューゼが踏み込む。通常からは考えられない間合いで、アリューゼが大剣をふり下ろした。豪快に風を切って、アレンを叩き潰すように刃がふり落ちる。

 

「ハァッ!」

 

 その威圧的な風が、カシェルたちにも届きそうだった。アリューゼがふり切る寸前でアレンも踏み込む。重力に従い落ちる大剣を、抜刀術で薙ぎ払うように迎え撃ったのだ。

 こすれ合う刃の音が、火花を散らして不快に響いた。

 刀と化した特殊武器レーザーウェポンと三メートル強の大剣。アレンとアリューゼ。得物の上でも、体格の上でもアリューゼが勝るが、つばぜり合いとなった両者は、ぴたりと固まっていた。

 

「……やるじゃねぇか」

 

 卓越した筋肉を軋ませながら、アリューゼ笑う。アレンも、にっと笑い返すと、くるりと鍔を返した。横薙ぎから面打ち――アリューゼの脳天を叩き切らんと走る斬線に、アリューゼは息を呑むと同時、大剣を横に構えた。

 ありえない爆発音が起きた。

 

「ぐ、ぅっ!」

 

 みしみしとアリューゼの腕が軋む。一瞬、握力が飛んだ。そんな彼の目に飛び込んできたのは、対峙した青年の、容赦ない追撃。

 

(突き――!?)

 

 目をみはる間もない。強烈な面打ちで完全に動きを止めたアリューゼに、アレンが刀を握りこむなり、踏み込んでくる。

 

「疾風突きじゃんよ!」

 

 ロジャーの気楽な叫びとともに、黒刀に白い風を巻いたアレンの突きが、アリューゼの大剣と(からだ)を軋ませた。また爆発音が鳴る。爆発の正体は――気功だ。

 

「アリューゼ!」

 

「アリューゼさん!」

 

 唸るアリューゼに、ジェラードとラウリィが目をみはる。アリューゼは歯を噛み、後方に吹き飛びそうな衝撃を耐えた。遺跡の床を掻いて後退したアリューゼに、アレンが追い打つ。

 瞬間。アレンは目を見開いた。

 背中に怖気。

 

(拳ッ!)

 

「兄ちゃん!」

 

「アレンさん!」

 

 ロジャーとルシオの叫び。同時、アレンの刀をかいくぐって、アリューゼの裏拳が走っていた。

 前ぶりもなく最短の距離で走るアリューゼの拳が、アレンの前髪をさらう。アレンが気付かなければ直撃したバックスピンナックルが、不気味な轟音を立てて空を切った。

 

「破ッ!」

 

 アレンが上段からふりかぶる。電光石火の速度で打ち込まれる刃を、アリューゼはわずかに身をひねってかわす。と、

 

「俺の勝ちだ」

 

 にやりと笑うアリューゼの大剣に、炎が宿った。

 

「奥義、ファイナリティブラスト!」

 

 さきほどの礼をするようにアリューゼの気が(からだ)から爆発する。燃え盛る炎が大気を揺らし、重い踏み込み音が弾けた。アレンよりもさらに強力な、炎をまとった強烈な突きである。

 アレンがとっさに受け太刀する。アリューゼの巨体による強烈な突きとともに炎の爆発が、波状攻撃でアレンの腕を痺れさせる。

 

「……っ!」

 

 アレンが息を呑む。アリューゼの走り抜けたあとを、さらに火柱が続いた。石室が焼ける。幾筋もの火柱が地面から生え、襲いくる。アレンがとっさに剣で切り払った。

 

「っ!」

 

 しのいだかに見えたアレンが、アリューゼの次ぐ切り上げの追い打ちで吹き飛ばされる。

 炎が爆ぜる。

 

「……っカ!」

 

 衝撃に耐え切れなかったアレンが、息を吐いた。地面に叩き落ちていく。

 

「アレン兄ちゃん!」

 

「アレンさん!」

 

 ロジャーたちが兼定を握り、叫ぶ。

 弾けるような音と同時、白い煙のなかから刃が走った。地面を這う疾風の刃。

 

「空破斬だっ!」

 

 ルシオの嬉しそうな声をよそに、アリューゼが大剣を払って防ぐ。

 

「……チィッ!」

 

 アリューゼが毒づいた。

 炎に焼かれた煙が晴れたころには、アレンが刀を手に立っている。刀の柄を、両手で握り込んで。

 

「……ほぅ」

 

 静かに口端を吊り上げたアリューゼは、そこでレナスをふり返った。

 

「手ぇ出すんじゃねぇぞ。ヴァルキリー」

 

 大剣を横たえ、アリューゼは己の領域(テリトリー)を示す。剣を構えたレナスが、アリューゼを一瞥する。

 

「奴は、俺の獲物だ」

 

 レナスにはなにも言わせないよう、アリューゼも好戦的な笑みを浮かべたまま、大剣を握りこんだ。

 アレンがわずかに、目を細める。――微笑う。

 

「貴方とは、一度本気でやりあってみたかった」

 

「俺もだ。だがな――」

 

 アリューゼのファイナリティブラストを喰らって、アレンとアリューゼの間合いは三メートル強。剣戟の間合いとしては、遠い。得物の差でアリューゼに分があった。

 アリューゼは鼻を鳴らすと、手にした大剣を振り上げた。

 

「だったら、自分(テメエ)の得物。抜いたらどうだ!」

 

 アリューゼの踏み込み速度が上がる。上段からのふり下ろし。火の粉を散らして、刃を寝かせ受けるアレン。

 瞬間。

 アリューゼの大剣が、息つく暇なく切りたててきた。踏み込もうとするアレンを押しのけ、卓越した腕力で大剣をふるい、間合いに入れさせない。

 

「っ!」

 

 息を呑むアレンに、アリューゼの不敵な笑みが向けられる。

 

「兄ちゃん!」

 

「兼定を早く! アレンさん!」

 

 少年たちの悲壮な声。

 

「剣のふりが速い!」

 

 ロジャーたちの傍らで固唾を飲んでいたセリアが、うわごとのようにつぶやく。

 一際甲高い金属音が立つと同時、激しい火花が散り、アレンが後ずさった。豪速の、アリューゼの剣。その破壊力と剣速に、カシェルが舌を巻く。

 

「アリューゼの奴、俺が知ってるときよりも、ずっと強くなってやがる……!」

 

 知らぬ間に、いつもカシェルたちの想像を超えていくアリューゼ。その彼の凄まじさが、勇者の魂(エインフェリア)となって磨きがかかったようだ。

 レナスの傍らに立ったジェラードが、得意顔で叫ぶ。

 

「思い知ったか無礼者が! アリューゼに勝とうなぞ、百年早いわ!」

 

 腰に手を当てて、ジェラードがふんぞり返る。ロジャーとルシオが鋭く反応した。

 

「んだとぉ!」

 

「アレン兄ちゃんはこんなもんじゃねぇ!」

 

 噴気するロジャーたちとは離れたところで、いままで戦いとは縁遠かった新たな勇者の魂(エインフェリア)、ラウリィはほぅとため息を吐いていた。

 

「……凄い……! どちらも、凄すぎる……!」

 

 アリューゼの猛攻をアレンは紙一重でさばき切る。間合いは変わらず、アリューゼに分がある。しかしアレンは剛剣のある一撃を完全に見切り止めるや、強引に鍔迫り合いに持ち込んだ。

 ――そこから、踏み込む。

 

「行っっけぇええ!」

 

 ロジャーとルシオが拳を握って叫ぶ。

 刃をスライドさせながら前進するアレンに、アリューゼがカッと目を見開いた。

 

「甘い!」

 

 一瞬で鍔迫り合いを払い、アリューゼの水平切りが走る。風が起こった。水平の斬線がきらめくように、銀の弧がアレンに迫る。

 

「あれに対応するのかよ!?」

 

 悲鳴に近いカシェルの驚き。

 刀を払い除けられた瞬間。アレンは構えを取っていた。アリューゼの水平切りに、突きを合わせる。

 

「疾風突きだ!」

 

 目を輝かせるロジャーたちの宣告通り、アレンの刀が風を巻き、蒼く輝いた。

 鋭い踏み込み音を立てて、アレンが滑走する。空間ごと叩き切るアリューゼの剛剣と、空間ごと貫くアレンの速剣が、ぶつかり合う。

 両者が真っ向から激突した瞬間。妙な風が、同心円状に広がった。

 

「な、ッ!?」

 

 目を見開くアリューゼ。アレンは突きを放っていた。水平切りに合わせた突きと、もうひとつ。

 

「――――!」

 

 全く同じ威力を持って走る突きに、アリューゼは舌打ちする。拳で叩き落した。力など込める間もない。半ば強引に、自分と(アレン)の間に拳を割り入れただけだ。

 

(更に、だと!?)

 

 アリューゼが目を見開くより先に、弾いたはずの刀が、アリューゼに向かって走っていた。

 三連疾風突き。

 その悪魔的な突きの連撃に、アリューゼは命からがら、上体反らしでどうにかかわした。自分の真上を走る太刀風が、寒気を呼ぶ。

 同時

 アレンの斬線が、増殖した。

 

「こいつぁ……! 夢幻鏡面刹じゃんっ!」

 

 ロジャーの声にこたえるように、音もなく、増殖した斬線がアリューゼを襲う。ぱっと見ただけでも一瞬で十を超える斬線だ。残像と実体、その分別は――不可能に等しい。

 

「ぉおおっっ!」

 

 大剣の柄を握り、アリューゼが吼えた。息つく間もなく浴びせられる斬線に、アリューゼの大剣が重なる。火花が散る。怒涛の乱撃に、アリューゼの食いしばった歯の根が、ぎしぎしと鳴った。

 

(くっ! 速ぇ――!)

 

 アリューゼが呻くと同時、アレンの刀が輝いた。白く、青く。

 アリューゼが息を呑むと同時、輝くアレンの白刃が、受け太刀したアリューゼの(からだ)ごと、上空に吹き飛ばした。

 

「破ァッ!」

 

 アレンの裂帛の気合と同時、光の刃と化した刀が、アリューゼを切り上げる。

 轟音を立てて、アリューゼの巨体が浮かぶ。だが、すぐに体勢を立て直したアリューゼは、上空に飛んだ状態から拳をふり下ろした。

 

「ハァッ!」

 

 口の端に垂れた血など、拭う暇もない。アリューゼは中空でくるりと反転するなり、アレンに向かって走った。同時。腰溜めに握った拳を、アレンも繰り出す。炎と気を巻いた、己に放てる最強の拳を。

 

「覇ぁッ!」

 

 アレンが叫ぶと同時、両者の拳が、ぶつかる。

 衝撃波と熱風。全く互角の拳が、遺跡の中央で激突し合う。

 

「そんなっ!?」

 

「兄ちゃんのバーストナックルと、互角だって!?」

 

 目を見開くルシオとロジャーを置いて、壮絶に笑んだアリューゼが大剣を握り締めた。

 

「奥義、ファイナリティブラストぉをっっ!!」

 

 超近距離から、アリューゼの突きが放たれる。大剣が炎を巻き、突きのあとに火柱が走るアリューゼの奥義。

 ルシオとロジャーが、かっと目を見開いて叫んだ。

 

「危ねぇっ!」

 

 アリューゼの突きが豪速で走る。

 ――だが高い音を立てて、ファイナリティブラストの突きが、あっさりと受け流された。

 

「なっ!?」

 

 アリューゼが目を見開く。その立ち直りも早い。瞬時に大剣を切り上げるアリューゼに、アレンが身をわずかにずらしてかわした。

 アリューゼの大剣が、火柱が、虚しく空をつかむ。直後。アレンが上段から打ちこんだ。アリューゼの着地際を狙う、ふり下ろしから発せられる地上を這う真空刃――空破斬を、アリューゼは舌打ちと同時、大剣をしのいだ。

 だんっ、と力強く着地したアリューゼが、間合いを空けてアレンと見合う。

 アレンは悠然と、刀を構えた。

 

「なんじゃと!? アリューゼのファイナリティブラストを、あやつ……!」

 

「そんな……!」

 

 息を呑むジェラードの隣で、ラウリィも蒼白になった顔で、目をまたたかせた。アレンが静かに言う。

 

「俺に、一度見せた技は通じない」

 

 アリューゼはカッと目を見開くと、肩を震わせた。くつくつと湧き上がる衝動に、アリューゼは素直に従った。

 

「ハハッ! コイツぁ良い! 最高だ! ……初めてだぜ。俺の全力を試すに足る相手!」

 

 右手で顔の半面を押さえて、アリューゼが盛大に笑う。それを見据えて、アレンも不敵に笑い返した。

 

「簡単に倒れんじゃねぇぞ。アレン」

 

 つぶやくアリューゼの目つきが、変わる。対するアレンも無言のまま、刀の柄を握りこんだ。

 空気が、張り詰める。

 そのとき、傍観していたレナスが、アリューゼの前に割り入った。

 

「座興はそこまでだ。アリューゼ」

 

 静かに放たれるレナスの言葉。ふり返ったアリューゼが、眉間に皺を寄せた。

 

「なんの真似だ、ヴァルキリー」

 

「私の任務はこの男を倒し、主神の定めし運命を平定することだ。アリューゼ、お前にはそれなりに時間をやった。ゆえにこれ以上、お前の戯れに付き合ってやる気はない」

 

「……テメエ!」

 

「あくまでも続けるというのであれば、お前は下がっていろ。私が決着をつける」

 

 冷厳なレナスの物言いに、アリューゼは苦虫を噛み潰したような表情(カオ)を浮かべた。

 数秒の沈黙。

 アリューゼは諦めたように短い息つくと、アレンに向き直る。

 

「と、そういうわけだ。悪いが、ここからは四人でやらせてもらうぜ」

 

「構わない」

 

 一分の迷いなく、アレンは答えた。同時。レナスが剣を一気に抜き放つ。

 

「人間よ、魂を冒涜した罪は重い」

 

「んぁ? “ぼうとく”?」

 

 ロジャーが要領を得ず、首を傾げる。と、ルシオが、レナスを睨むようにして叫んだ。

 

「罪だって!? アレンさんが、一体なにしたってんだよ!」

 

「……そうだぜ! 兄ちゃんはただ、困ってるひとを助けてるだけだぃ!」

 

 ルシオとロジャーの言葉は、完全に無視された。

 レナスは構わず、剣を握り込む。

 

()は、(しょう)(もと)に滅せよ!」

 

 アリューゼのバックスピンナックルが、風を切って強暴に走る。重い爆発音を立てて動きを止めた拳は、アレンの刀の柄でぴたりと止められていた。

 

「なっ!?」

 

「……チィッ!」

 

 アリューゼが舌打つと同時、拳に衝撃が走った。鈍い金属音を立ててアリューゼの拳が切り払われる。同時。アリューゼに隙。その傍らを、レナスがすり抜けた。

 

「ハァッ!」

 

 鋭い踏み込み音を立てて、レナスの剣がふり落ちる。だが、 アレンの返す刃が速い。一瞬でひるがえった黒刀が、レナスの剣を受け太刀する。ちかちと鍔を鳴り合わせながら、アレンがレナスを見据える。

 

「ひとの運命を変えることが、魂の冒涜だというのか」

 

 静かに放たれるアレンの言葉は、感情を殺したように抑揚がなかった。

 

「そうだ。主神オーディンの定めし運命を変える――これは何者にも許されぬ大罪」

 

 アレンの無表情に構わず、レナスも険しい色を瞳に宿す。そのとき、目の前の蒼瞳が、すぅ、と力を帯びた。

 

「つまり、これ(・・)もオーディンとやらが仕組んだことなのか。平穏に暮らしていた少女が薬で化け物にされたことも、ひとがひとを憎んで呪い殺そうとしたことも、この村人が全員石化されたことも! 貴方は、容認しろと言うのか! 俺に、……俺に、ひとを見捨てろと!」

 

 怒りの色が、アレンの瞳に宿る。

 瞬間、至近距離からアレンの上段から打ち込んだ。刀をふり下ろすのと同時、真空の刃がレナスを襲う。レナスが舌打ちし、サイドステップでかわした。地面を掻いてあとずさったレナスが、口許に冷ややかな失笑を浮かべて言い放つ。

 

「人間の作った物ごときが、神の武器に敵うと思ったのか?」

 

 レナスの宣言通りに、アレンの手許で、金属がひび割れる甲高い音がした。――アレンの黒刀に、ヒビが入ったのだ。ロジャーとルシオが身を乗り出す。アレンは構わず、右に視線をやった。

 

「神の名の下に!」

 

 弓をつがえるラウリィが、黄金の光を集らせる。直後、それは無数の矢となってアレンに降り注いだ。

 

「奥義、レイヤーストーム!」

 

 石室を一瞬、黄金に染め上げるほどの無数の矢の嵐だった。

 

「そんな……っ!」

 

 すべて紙一重で見切られている。まるで針の穴を通すかのような矢と矢の合間を縫って、アレンは最小限の動きでレイヤーストームの矢をすべて回避してくる。

 息を呑むラウリィの前で、踏み込んだアリューゼが凄絶に笑う。

 

「そうこなくちゃ面白くねぇぜ!」

 

 大剣に炎が宿る。弾丸のような、豪速の突き。

 

「奥義、ファイナリティブラスト!」

 

 突き、衝撃波、火柱。

 三段階からなるアリューゼのファイナリティブラストに、アレンが抜刀から受け太刀した。

 受けた者の両腕をもぎ取るような衝撃が、刀を通して伝わってくる。

 アレンは突きと衝撃波を完全に受け切って、その勢いがわずかに弱まった所に踏み込んだ。

 

「砕っ!」

 

 鋭く吼えると同時、手中の刀が青白く輝いた。雷撃を孕んだ、アレンの横薙ぎ。

 両者、交差する。

 アレンの斬撃に、雷が走った。――横に一閃。アリューゼの突きとアレンの雷がのたうつ。その技の終わり際を狙ったのは、ジェラードの大魔法だった。

 

「我焦がれ、誘うは焦熱(しょうねつ)への儀式、()に捧げるは炎帝の抱擁(ほうよう)! イフリートキャレス!」

 

 ジェラードの持つ赤い宝珠の杖がきらめく。瞬間、石室が闇に包まれた。

 

「な、なんだなんだなんだぁっ!?」

 

「ど、どどど、どうしたってんだ!? 一体!」

 

 きょろきょろとロジャーとルシオが辺りを見渡す。

 アレンの周囲に、漆黒の闇の中でも燦然(さんぜん)ときらめく炎の円陣が描かれた。それはアレンの頭上で一本の赤い炎の線で繋がれると、巨大な炎の波となって走った。――まるでマグマだった。

 石室の気温が増す。伏せたカシェルとセリアの頭上を、熱風が撫でた。その炎のなかで、アレンが笑う。

 

魔法(スペル)防御(ガード)!?」

 

 セリアが目をみはった。杖を掲げたままのジェラードも、ぅ、と息を呑む。

 

「あやつ、魔法使いか!?」

 

「魔法も使いやがるのかよ!」

 

 ジェラードとアリューゼの声が重なる。その二人の驚きに割って入るように、レナスが踏み込んだ。

 

「見事だ。だが、神技は破れるか!」

 

 レナスの剣が、縦横無尽に走る。まさに神速の連続攻撃。それにアレンも刃を合わせる。幾重にも重なる剣戟音が、まったくの同じ剣速で刃を交し合う。

 だんっ、と強く地面を蹴ったレナスが、背中に翼を具現化させて、上空高く飛び上がった。

 

「神技!」

 

 レナスの掲げた右手に、青い光が集い始める。光が――巨大な槍となる。

 

「ニーベルン・ヴァレスティ!」

 

 レナスの身の丈以上もある巨大な槍が、青い光を放ち、光の鳥となってアレンを襲う。

 鋭い口を開けて、迫る麗鳥を見上げて、アレンが刀を握りこんだ。

 

「……光の鳥か」

 

 瞬間。

 アレンの(からだ)から赤い煙が巻き上がった。ゆらりと形を成さぬ煙が、朱雀を象る。赤く、白く、輝く朱雀。それを背に、アレンが蒼瞳をたぎらせる。

 ひとを丸呑みするほどの朱雀が吼えた。アレンの握るレーザーウェポンが、異様に輝く。

 同時。

 アレンは地を蹴った。レナスの放った光の鳥に向かって。

 

「朱雀疾風突きじゃんっ!」

 

 ロジャーの嬉しそうな声が響く。

 レナスの光鳥と、朱雀と化したアレンの突きが激突する。凄まじい光と熱が石室を呑みこみ、爆散した。

 烈風が吹きすさぶ。

 乱暴に逆立てられる髪を押さえつけると、暴発した力と力が、むせ返る様な熱気を帯びた。

 軽やかにレナスが着地する。剣を払ったレナスは悠然と、反対側に着地したアレンをふり返った。

 

「アレンさん!」

 

「兄ちゃん!」

 

 ルシオとロジャーが慌てて声を張り上げる。

 アレンの黒刀が、音もなく砕け散る。と、アレンの(からだ)が、がくん、と崩れ落ちた。

 たたらを踏み、体勢を立て直したアレンは、ニーベルン・ヴァレスティの余波で血まみれだった。技の威力は互角。だが、剣の強度が違いすぎる。アレンが放つ朱雀疾風突きの剣気に、レーザーウェポンでは耐えられない。

 手許の黒刀を見下ろして、アレンは息を吐いた。

 

(やはり……)

 

 レーザーウェポンの(コア)が壊れている。もう刀の復元は不可能だ。技の威力に、この武器も持たない。

 最早鉄屑ですらないレーザーウェポンを握るアレンを見据えて、レナスはつぶやいた。

 

「神技を受け切ったか。だが、次で終わらせる」

 

 剣を返し、レナスが構える。アレンは、ロジャーたちをふり仰いだ。

 

「兼定を」

 

「オッケ!」

 

 待ち焦がれていたように、ロジャーとルシオが顔を見合わせ、同時に兼定を投げつける。それを片手で受け取ったアレンは、壊れたレーザーウェポンを懐にしまうと、レナスに向き直った。

 

「ほぅ、ようやくその刀を手にしやがったか」

 

 口端を吊り上げるアリューゼ。レナスはただ冷ややかに、アレンを見据えた。

 

「武器を持ち替えたくらいで、神が破れると?」

 

 アレンは答えず、兼定を腰溜めに構えた。

 瞬間。

 彼を取り巻く気配が、変わった。空気の塊が、アレンを中心に弾ける。走る剣気。その場にいる全員が、思わず息を呑む。その中で唯一、レナスだけは顔色を変えない。

 アレンが兼定を握った。

 

「この兼定に、斬れぬものはない」

 

 自分の――己が放つ技すべてに応えてくれる、この刀だけは。

 

 続く言葉を呑みこんで、アレンは静かにレナスを見据えた。

 空気が張り詰まる瞬間、アリューゼを初めとした勇者の魂(エインフェリア)たちが動き出した。

 

「面白ぇ! 試してやらぁ!」

 

 アリューゼが鋭く踏み込む。弓をつがえたラウリィが、黄金の光を矢に集約させて、放つ。

 

「神の名の下に! 奥義、レイヤーストーム!」

 

「奥義! ファイナリティブラストぉをっ!」

 

 無数に走る光の矢の間を、アリューゼの炎の突きが駆け抜ける。今度は針の穴ほどの隙もないレイヤーストーム。

 ――かわせない。

 続いて、ジェラードが赤い宝玉の杖をかかげた。

 

奉霊(ほうれい)の時来りて此へ集う、(じん)の眷属、幾千の放つ漆黒の炎――カラミティブラスト!」

 

 大魔法の影響を受け、石室内が再び黒く染まる。

 前方に光の矢の雨(レイヤーストーム)炎の突きと波状に迫る爆発(ファイナリティブラスト)。そして、ジェラードの頭上に集まった、巨大な炎の弾頭――カラミティブラスト。

 炎と光が交じり合い、爆ぜるなかで、カシェルは頭を庇いながら叫んだ。

 

「やべぇ……ッ!」

 

 アレンに対して、の言葉ではない。強大な気と熱の塊が、石室の中で爆発しようとしていたのだ。

 カシェルの視界がすべて、金と赤で埋め尽くされる。

 ――そこを、

 

「覇ァッ!」

 

 黄金の(・・・)真空刃が切り裂いた。石室全てを覆い尽くすような爆発を、石室ごと切り裂く巨大な真空刃が一閃したのだ。

 

「ぐぁあああっ!」

 

「うわぁああっ!」

 

「ぁああっ!」

 

 音という音をも飲み込む世界の中で、アリューゼたちの悲鳴が上がった。

 黄金の刃に断ち切られ、行き場を失った技の余波が勇者の魂(エインフェリア)たちに返ったのだ。どれほど強力な光を放っていようと、強烈な炎を滾らせていようと、決して揺るがない、黄金の刀の下に。

 アレンは兼定をふり切った体勢から立ち直ると、レナスをふり返った。

 

「……来い。どんな理由があれ、俺は――俺の道を行く」

 

 兼定を握りこみ、低く構えるアレン。

 瞬間。

 それまで抑えられていた彼の敵意が、レナスに向かって放たれた。

 強烈な圧迫感(プレッシャー)としてアレンに内包されていた気が、一瞬、顔を覗かせたようでもあった。

 アリューゼが唸りながら、立ち上がろうと大剣を杖代わりに力を込める。ジェラードとラウリィは、爆発の衝撃波だけで軽い脳震盪を起こしたようだった。

 

「そんな……力が違いすぎる……!」

 

 立ち上がろうと(からだ)に力を込めても、思うように動かない。不安定な頭を押さえながら、白くなった顔でラウリィはつぶやいた。

 ジェラードが目を見開く。

 

「ア、リューゼ……!」

 

 それでもアリューゼだけはひとり、まともに黄金の空破斬を喰らったというのに、立ち上がろうとしている。震える下肢は、力むたびに悲鳴を上げ、耳障りな音を立てて血が床を汚す。そんなアリューゼの全身には、ぱっと見ただけでも生々しい、深い刀傷が刻まれていた。

 

「下がっていろ、勇者の魂(エインフェリア)たちよ」

 

 レナスが剣の切っ先で止める。立ち上がろうとしたアリューゼの強い眼差しが、レナスを睨み上げた。

 

「……ヴァルキリー」

 

 抗議の目ではない。ただ、アレンの持つ危険性をレナスに伝えようとしていた。

 こいつはひとりでは倒せない。

 レナスは小さくうなずくと、アレンに向き直った。ジェラードが恐怖で身をすくませながら、つぶやいた。

 

「これは……、強敵ではないのか……!?」

 

 兼定を持つ、アレンを見据えて。

 アレンは身じろぎもせず、冷えた眼差しをレナスに向けていた。凄絶な圧迫感(プレッシャー)。しかしレナスは、剣を強く握り締めて、言い放った。

 

「人間風情が、調子に乗るな」

 

 鋭い踏み込み音を立てて、レナスが跳びこむ。神速の連続攻撃がレナスから放たれた。そのレナスと、全く互角の剣速だったアレンの剣が――レナスを押し切る。

 

「くぅっ!」

 

 アリューゼとカシェルが、茫然と目を見開いた。

 

「なにっ!?」

 

「ヴァルキリーが、打ち負けるだって!?」

 

 思わず叫ぶ。ロジャーとルシオが、得意げに胸を張った。

 

「あったりめぇじゃん! 兼定持った兄ちゃんに、連続攻撃なんてムダムダァ♪」

 

「行っけぇえ! アレンさん!」

 

 ルシオに呼応するように、アレンの剣速が上がる。

 

「……っく!」

 

 レナスが舌打つ。同時、強烈なアレンのふり下ろしが落ちた。

 みしみしと、受け太刀したレナスの細腕が悲鳴を上げる。それも数秒の間で、レナスの剣が、突如真っ二つに折れた。存外、軽い音を立てて。

 

「馬鹿な!? エーテルコーティングされた武器を、人間ごときが!?」

 

 思わず悲鳴に近い声でレナスが叫んだのも束の間、彼女が地面を蹴って距離を取った。光の翼を具現化させ、高く、宙に飛ぶ。

 

「ならば! 神技、ニーベルン・ヴァレスティ!」

 

 上空に飛んだレナスが、翼をはためかせ、巨大な槍を具現化させた。青く、白く輝く光の槍をアレンに向かって投げると、それは光の鳥となって鋭い咆哮を上げた。

 アレンが兼定を握りこむ。その刀身が青白く輝く。

 同時。

 アレンの背に、朱雀が現れた。兼定と同じ、澄み切った蒼瞳の朱雀だ。アレンと、朱雀が共鳴するように吼える。

 ――黄金の、朱雀だった。

 

「さっきと色が違う!?」

 

「な、に……!」

 

 息を呑むラウリィの隣で、アリューゼもあまりのことに目を見開いた。

 兼定の――あの剛刀に集約された莫大な気の量に、黄金の朱雀が放つあまりにも神々しい光に、息が詰まる。

 ニーベルン・ヴァレスティの光の鳥よりも、なお輝かしい光。それは女神の放つ光を月とするなら、すべてをあっさりと消し去る太陽のようだ。

 

「ヴァルキリー!」

 

 ジェラードの悲鳴。同時、地面を蹴ったアレンが、レナスに迫った。

 朱雀と化したアレンの突きが、一瞬でニーベルンヴァレスティを貫き、レナス自身をも飲み込む。

 

「ヴァルキリィイイ!」

 

 目をみはったジェラードが、レナスに向かって叫ぶ。だがあまりの轟音に、声が音をなさなかった。

 ただ、白い光が全てを包み込み――、

 

 …………

 

 静寂を取り戻したところで、膝をついたレナスの姿が、アリューゼたちの前に現れた。

 

「ヴァルキリー!?」

 

「ヴァルキリー様!」

 

 勇者の魂(エインフェリア)たちが、声を揃えてレナスを呼ぶ。だが、肩で荒い息を繰り返すレナスには、答えるだけの気力は残っていなかった。そのレナスを静かに見下ろして、アレンは兼定を納める。

 

「……行こう。ロジャー、ルシオ」

 

 アレンはレナスから興味を失ったように背を向けて、石壇にある少女の石像を抱き上げた。

 

「くっ!」

 

 剣を握り呻くレナスを、ロジャーとルシオが横目見ながら、遠慮がちにアレンのあとに続く。カシェルとセリアは、事態を呑みこめず、ぼうぜんと成り行きを見守っているままだ。

 

「待て!」

 

 傷を負いながらも、レナスは剣を杖に立ち上がろうとした。アレンが肩越しにふり返る。ぴたりと足を止めたアレンの表情は、それまで彼がレナスに向けていたものより、ずっと静かだった。なんの感情も映し出さない蒼瞳。

 ――無。

 レナスはアレンを睨んだ。

 

「この、程度で……神が、破れると……!」

 

 血が滲み、失血のせいで唇が震えた。それでもどうにか言葉を紡ぐレナスを――アレンは一瞬だけ、寂しそうに見据えた。

 ――ほんの、一瞬だけ。

 

「今の()()()じゃ無理だ。……剣を交えて分かった。アンタの剣は、軽すぎる。ひとの死を、ひとの心を縛るにしては、あまりにも」

 

 アレンはレナスに向かって、一言だけ付け足した。

 

「……付いてこい」

 

 そう言って、まっすぐに遺跡の外へと向かう。その背を忌々しげに見据えて、レナスもあとを追った。剣を杖代わりに、(からだ)を引きずりながら。

 

「……、くっ!」

 

 勇者の魂(エインフェリア)にかけた物質化(マテリアライズ)が、知らぬ間に解けていた。徐々に透明になっていくアリューゼを見て、カシェルが目を剥き、叫んだ。

 

「アリューゼ!」

 

 ふり返ったアリューゼが口端を緩めるより先に、勇者の魂(エインフェリア)たちの姿は、カシェルの目の前から中空に、すぅ、と溶け消えていく。

 まるで白昼夢にでもあったように。

 石室に、静寂が満ちる。

 

「…………一体……、なんだってんだよ……?」

 

 取り残されたカシェルが、やり切れずにつぶやいた。セリアが、はた、とまばたきを落として、慌てて立ち上がる。

 

「カシェル! 彼らのあとを追わないと!」

 

 アレンが石像の少女を連れ去ったのを思い出して、思わず声を荒げると、カシェルも手を叩いて、その場から立ち上がった。

 

「そうだな! 急ごうぜ!」

 

 激戦のあとを物語るように、あちこちに巨大な傷跡を残した石室を出て、カシェルたちは村に向かった。ちょうど、アレンが村の中央で、兼定を水平に掲げていたところだ。

 

「俺は、俺の道を行く」

 

 レナスに向かって、アレンは宣言した。あの無傷な石像の少女は、アレンの目の前に安置されている。

 

「お、おい」

 

 アレンに、カシェルが声をかけようとした所で、光の紋章陣(まほうじん)が、アレンを中心に描かれた。村全体を、すっぽりと覆い尽くすような、巨大な紋章陣だ。

 空気が晴れる。

 ゆるやかな微風が起き、アレンの金髪がなびいた。

 アレンが目を閉じる。

 

「フェアリーライト」

 

 兼定を握る彼の右手に、淡い、蒼白の光が宿る。それはふわふわと彼の髪を撫でる風に乗って辺りに広がると、転瞬、アレンの右手を中心に、まばゆい輝きを放ち始めた。

 

「な、なんだ!?」

 

 目の前に広がる景色全体が輝きだし、カシェルが思わずあたりを見渡す。傍らにいたセリアが、かすれた声で言った。

 

「これは……! 凄い魔力!」

 

 セリアの驚きの声は、カシェルの耳に途中から入ってこなかった。ぽかんとだらしなく口が開く。カシェルはぼうぜんと空を見上げていた。

 そこから降るように現れた、美しい女性を見るように。

 

「……エイ、ル……?」

 

 アレンの傍らで、女性を見上げたレナスがつぶやく。エイル――アース神族において、治療を司る女神の名だ。

 レナスをふり返った女神は、小さく微笑っただけで答えなかった。レナスが知っている癒しの女神より、よく見れば幼い。エイルは二十代後半の魅力を持った女神だが、アレンの呼び出した女神は、まだ十代後半の面影をわずかに残していた。

 

 癒しの女神はまとった白衣から、波打つ亜麻色の髪から、優しい蒼白の光を放つ。

 

 全身から己の姿を光の粒子に換えるように、女神が徐々に透けていく。

 光が強くなり、一帯が白く染まった。

 

「っ、うわっ!」

 

 思わずカシェルは目を閉じた。だがその間にも、蒼白の光は輝きを増し、カシェルの頬を、(からだ)を、村全体を撫でていく。

 波紋が、ゆらりと広がった。静寂という空気を、優しく波立たせるように。光の粒子が、一面に広がっていく。

 そうして――……、光が晴れた。

 恐る恐るカシェルが手を除ける。すると変わらぬ村の様子が、カシェルの目の前に広がっていた。彼は一瞬、首を傾げる。

 

「べつになにも……」

 

 変わっていない、と言いかけて、口を噤んだ。

 確かに変わっていない。

 

 ――破壊された村人の石像が、完全に修復されていること以外は。

 

「っ、奇跡……!」

 

 うわごとのようにつぶやくセリアに、アレンが小さく表情を和らげた。

 

「…………」

 

 レナスは、そんなアレンを、じっと睨む。アレンが召喚した女神の慈悲は、平等にレナスにも降り注ぎ、彼女の傷をも完全に治していた。

 閑散とした村には、青々とした草花が生い茂り、くたびれた家が、生き生きと元の姿を取り戻している。

 

「……このひとたちを、もう一度殺すというのなら容赦しない」

 

 完全に復元された村人の石像を見据え、アレンが言った。レナスを見据える蒼瞳に表情(いろ)はなく、ラッセンで礼を言ってきた時とは、別人のようだ。

 レナスは癒えた自分自身を抱きながら、口を開いた。

 

「石化した者は、草花と同じ存在だ。私が直接干渉することはなく、捨て置いたところで、不死者にもならない。……この村人の石像を、私が今一度破壊したところで、石の破片が増えるだけ」

 

 レナスはそこで、だが、と言い置いた。アレンがジッと見据えてくる。レナスは見返し、ゆっくりと青瞳に、敵意の色を浮かび上がらせた。

 

「貴様が運命の輪を乱していることに、代わりはない」

 

 淡々と告げるレナスに、迷いはない。アレンは一つ、うなずいた。

 

「……アンタの慈悲は、死者だけに向くものなのかと思った」

 

 小さく、つぶやくように言って、アレンは一瞬だけふっと微笑った。――ほんの、一瞬だけ。

 

「いつでもこい。受けて立つ」

 

 兼定を掲げて、アレンが言い放つ。するとレナスは、唇を真一文字に引き結んだまま、空に消えていった。

 

「……良かったな! アレン兄ちゃん!」

 

 空を見上げ、レナスを見送ったロジャーが言った。

 ふり返ったアレンが、微笑のままうなずく。あの様子ならば、ベリナスたちは無事のようだ。安堵の息が、アレンの肩にのしかかるようにこぼれた。

 

「ああ……。本当に、良かった」

 

 つぶやくと、緊張の糸が切れた。

 『良かった』。

 言葉の意味が、重くアレンにのしかかる。安堵の理由が、ベリナスたちの無事と、もう一つ。

 ――レナスの、心。

 女神の去った空を見上げて、アレンは小さく苦笑した。

 それを満足そうに見上げて、ロジャーはカシェルたちに向き直り、けたけたと明るい笑い声を上げて言った。

 

「よ。兄ちゃんたち! 石化を解く薬っての、間に合いそうかぁ?」

 

 問われて、カシェルは、ぽかん、と開いた口を、とりあえず閉じた。

 

 ――運命を、変える。

 

 戦乙女が何度か言っていた言葉を思い出して、カシェルは心のうちでうなずいた。

 確かに、彼ならば変えるかもしれない。この死に満ちた世界を、ひとの望む未来に。絶望を――希望に。

 

「いい、のかよ……。こんなことして……」

 

 先ほど、神に命を狙われたばかりだというのに。

 思わずつぶやくカシェルに、アレンは悪びれずにうなずいた。

 

「問題ない。俺はもともと軍人だ。民間人を守ることは、軍人(おれたち)の誇り。誰にも、邪魔はさせない」

 

 アレンが空を見上げて、わずかに目を細める。

 あそこに、なにがあるのかは分からない。レナスが――戦乙女がいつも降りてくる、上空。

 ひとがひとを助けることをも否定する神。それは、ひとがひとに干渉することを認めない神だ。

 有り得ない。

 同じ世界(ミッドガルド)にいる限り、ひとがひとに干渉しないなど有り得ない。本当に神が運命を決めているのならば尚のこと、人間が起こす多少の揺らぎなど承知のはずだ。

 

(……なにかある)

 

 恐らくアレンの行動を承知で、しかし、その行動が神にとって不都合な理由が。

 それが、まだはっきりとは分からないが。

 アレンは一種のきな臭さを感じていた。

 

「アンタ、軍人なのか? ……アルトリア軍が、ひとりでこんなトコに?」

 

 首を傾げるカシェルに、アレンは首を横にふった。ここ、カミール村は、アルトリア領内にある村だ。カシェルの誤解は、妥当なものだった。

 

「俺の勤めていた軍は、もうないんだ。少し前の、大きな戦争で」

 

 つぶやいたアレンが、わずかに目を伏せる。つられて表情を曇らせたセリアも、しかし、不思議そうに首を傾げた。

 

「大きな戦争? ヴィルノアや、クレルモンフェランとは、また違うの?」

 

「ああ」

 

 短くうなずいたアレンは、そこで話題を切るように、完全に復元された石像の村人たちに向き直った。

 

「さて」

 

 アレンが再び兼定をかかげる。セリアたちにとって風変わりなアレンの魔法が展開されていく。彼の使う魔法陣はあまりにも独特で、最初、セリアには理解出来なかった。

 彼が放つ魔法そのものが、高位の僧侶でしか習得することの出来ない、状態異常回復の魔法――オーディナリィ・シェイプであることを、彼女は魔法発動後に、気付いた。

 それも、ひとりの石化された人間に対してではなく、村全体を一瞬で――。

 

破呪(ディスペル)

 

 彼はそう、呼んでいたが。

 蒼白の光に飲まれた瞬間、村全体がひらひらと輝いた。

 

(やっぱり、なんて魔力なの……!)

 

 魔法剣士として、魔法知識を有しているセリアが、ごくりと息を呑む。それを顔色一つ変えずに行ったアレンは、兼定を白い筒――居合い袋に納めるなり、肩に担いだ。

 

「……おや?」

 

 宿の前に立っていた男が、夢から覚めたようにまばたきを落とす。男の前にある大通りに立っていた老人が、杖を手に首を傾げた。

 

「なんじゃあ? ……今日は陽が暖かいのぅ」

 

 それを契機に、他の村人たちもだんだんと、意識を取り戻していく。

 

「……あら? こんな所に、花が!」

 

「そうそう! 買い物、買い物しなきゃ!」

 

「あれ? でも、さっきまで……朝じゃなかったっけ?」

 

 誰かが、空を見上げてそう言った。朝にしては、昇りすぎた太陽に。

 

「……あ!」

 

「えぇ!?」 

 

「確かに……!」

 

 村人たちが、不思議そうに互いを見合う。その彼らを嬉しそうに見据えて、アレンはカシェルをふり返った。

 

「そういえば、あなたはルシオ……賞金稼ぎとして生計を立てているという金髪の少年のことをご存じだそうですね? アルトリア騎士団のロウファさんからうかがいました。詳しくお話を聞いても?」

 

「え? ……あ、ああ。なんか……最近ギルドで名をあげてきてるやつだよ。たしか今度は、あの不死者王ブラムスに挑むとかなんとか、噂で聞いたぜ」

 

「噂? 彼と会ったわけではないのですか?」

 

「ん? あ、ああ。ギルドでちょっと見かけるくらいはあるけど」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 アレンは深々と頭を下げると、ロジャーとルシオに言った。 

 

「行こう。ロジャー、ルシオ」

 

「おぅ!」

 

「はい、アレンさん!」

 

 応えるルシオとロジャーにうなずいて、アレンは最後に、セリアとカシェルに一礼だけして、村を去った。

 まるで長い眠りから覚めたように、不思議そうに顔を見合わせる村人たちを、その場に残したまま――……。

 

 

 カミール村に活気が戻るまで、長い時間は必要なかった。

 

*1
通常は三十センチほどの黒筒。握ると持ち主の意思に合わせて形状を変える銀河連邦軍の主要武器。


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