9.ブラムス城編 浅葱の戦乙女
不死者たちの王――ブラムスの城がそびえるのである。
アレンたちは島の丘に鎮座する白亜の城内に入りこみ、細長い廊下を延々と突き進んでいく。金刺繍の入った紅い絨毯は廊下のずっと奥まで伸び、紺色の大理石の床に道を示す。通路の左右は巨大な藍色の装飾布が天井から斜めに垂れさがっており、その奥で等間隔に並ぶランセット窓や
侵入者をただ前に。この紅絨毯の示す先へと誘いこむ構造だった。
城内を横行する不死者――ウサギの頭蓋骨に似た頭を持つ人型の槍使い、デモン・サーヴァントが鋭く三方からロジャーめがけて襲いかかってくる。「ほっ、よっ、とっ!」とロジャーが軽快に声をあげた。1つ目の槍を左足を引いてかわすや、二の槍は宙でくるりと回って跳び越え、三の槍を手斧ではじくと
「エクス・アーム!」
デモン・サーヴァント三体が一か所にまとまった瞬間を狙って、気で巨大化させた爪を鋭く突きこんだ。ドリル状になった渦巻く爪に巻き込まれたデモン・サーヴァントたちがなすすべもなく空中で跳ね回ったあと浄化され、青い光の玉となって消えていく。
苦もなく不死者を倒してみせた亜人の少年はしかし、丸い頬を震わせ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「兄ちゃん……、なんかこの先に、すげえやばいやつが居る気がするじゃんよ」
「……ああ。この感じ、間違いない。気を引き締めていこう」
アレンがロジャーとルシオに呼びかける。ロジャーは自分の推測を否定されなかったことで「ひぇっ」と喉を鳴らした。ルシオも手許の短刀を握りしめて硬い顔でうなずく。アレンの脳裏をかすめるのは外から見た城の全体像だ。白亜城の巨大さもさることながら、建物自体が陽炎のようにほのかに揺らめていた。
(これほど巨大な建造物が、
城から感じる気配も相当な数である。いまロジャーが倒した不死者も、町の冒険者がおいそれと手を出せる相手ではない。
――……たすけて……
ふと、少女の声が聞こえてアレンは目を丸くした。周りを見渡す。城内にあるのは不死者と蝋燭くらいだ。ロジャーとルシオが不思議そうにこちらを見上げてくる。
――……たすけて
聞き間違いではなかった。しかもこの声には聞き覚えがある。アレンが初めてこちら側の世界にくるとき――
アレンは心のなかで問いかけた。
(きみはだれだ。どこにいる?)
「アレンさん! 指輪が光ってます!」
ルシオの言葉にハッとし、自分の右人差し指を見下ろす。蒼石の指輪が明滅している。蛍のような小さな光だった。
「このさきに、なにかあるのか……?」
「またなんか見えたのか? アレン兄ちゃん?」
すかさずロジャーに問われ、アレンは首を横に振った。
「いや。だが……また『助けて』と声が聞こえたんだ。この城の奥から」
「アレンさんが言ってた、女の子の声ですか?」
「ああ」
ルシオの問いにさらに答えようと、アレンが指輪に意識を凝らしても、なにも見えてはこない。冥界の者たちと戦ったときのように、ここではないどこかの景色やひとの声は感じられない。
「てことは! この先で、か弱い乙女が捕まってるじゃんね!」
ロジャーが目を見開き、拳を握って鼻息を荒くする。アレンは「わからない」とだけ答えた。
三人はブラムス城の奥をあらためて見つめる。この先に、王が待ち受けているはずなのだ。
アレンたちが城主の望むまま十数個目のアーチをくぐると、ひときわ目を惹く大きな壁彫刻の下――金の玉座にある男が、脚を組んで座っていた。扇形の階段を数段のぼったさきで、男は燐光を放つ紅眼をまっすぐこちらに向けてくる。
「また命知らずの人間が死ににきたか」
低く張りのある声だった。不死者らしい土気色の肌、獣じみた鋭い顔貌、尖った耳、ハリネズミのごとく逆立ち伸びた黒いざんばら髪、引き締まった体躯。
これが不死者王ブラムス、とアレンが確信し、口を開きかけたそのとき、ロジャーが一同の前に出た。
「お前が、か弱い女の子を閉じ込めてる悪いやつだなっ! このロジャーさまが成敗してやるぜ!」
「ロジャー、不用意だ!」
「バカダヌキ! よせっ!」
二人の制止が飛ぶのと、ロジャーが自分の
「ラスト・ディッチ!」
高速で飛ぶロジャーが扇形の階段に差し掛かるそのとき、男が玉座に影を残して消えた。またたいたときにはロジャーの背後に回っている。ルシオが悲鳴に近い声で「バカダヌキ!」と叫ぶ間もなかった。男が飛行中のロジャーの腹に拳を突き刺している。ロジャーの小さな
「カッ!」
「バカダヌキィッ!」
ルシオの悲鳴が響く。ロジャーの
「あのロジャーを、一撃で気絶させた……?」
一瞬の出来事に、アレンはにわかに状況を理解することができない。
ロジャーはただの少年ではないのだ。FD事変*1を始め、数々の修羅場をくぐってきた歴戦の猛者。それを不死者王と思しき男は、正面から一撃で叩き伏せた。
空寒い現実に、アレンの頬に冷汗が伝う。
(この男から、ロジャーを取り返せるか……?)
瞬時に十数パターンの戦術を巡らせたそのとき、
「こんの野郎おおおおお!」
ルシオが二振りの短刀を引き抜いていた。「ルシオっ!」とアレンが呼び止める間に、踏み込んだルシオを大きなものが遮った。男がロジャーを片手で投げ放ち、ルシオの気勢を完全にくじいたのだ。ルシオが「ぅわっ」と悲鳴をあげ、とっさに降りかかってきたロジャーを抱きかかえる。
ルシオが、はた、とまたたいた。目の前に、いま取り返そうとしたロジャーがいる。
相手は不死者であるのに、ロジャーが素直に返ってきたのだ。しかもルシオの踏み込むタイミングを、この男は完全に見切っていた。
そこでようやく、自分の行動と相手との実力差に気づいたルシオが、蒼白になった顔でアレンに問いかけた。
「……アレンさん、勝てるよね?」
「さあな」
アレンが本心を告げると、ルシオの頬が引きつった。そのルシオを後ろに下げるようにアレンは前に出て、ブラムスと対峙する。
「あなたが、不死者王ブラムスか」
「いかにも。城の者を退ける程度には腕が立つらしいな、人間よ。だがそこの少年程度のレベルでは、私の相手にはならない。それでもなお挑むつもりか、この私に」
ブラムスは両腕を組み、横柄に構えている。人型の不死者は人間に似た服を着る習性があるのか、この王も例外ではない。紋様入りの緑色のミリタリーベスト調の服を土気色の素肌のうえから羽織り、腰回りはベストと同じ緑のレザーメイルで覆い、両手足に黒紫の籠手と具足を着けている。軽装ながらも実用的な姿だ。
燐光を放つブラムスの赤眼は、こちらの出方を待っている気配があった。
「あなたに聞きたいことがある」
アレンが問うと、ブラムスは鋭い顔貌を崩さず、聞いてきた。
「ほう? なんだ」
「ここにルシオという名の金髪の少年が来たかということと、玉座のうえに浮かんでいるあの女性についてだ」
アレンが、ブラムスが座っていた玉座のうえ――天井近いところに浮かんでいる大きな水晶を指さす。青い水晶のなかで軽鎧をまとった妙齢の女性が眠っている。羽根兜こそかぶっていないものの女性の軽鎧はどこか
ブラムスが鼻を鳴らす。
「さあな。その少年とやらに関しては知らぬ。私に挑んできた命知らずなどそれこそ星の数ほどいる。そして彼女に関しては、貴様が知る必要はない」
「その先は力づくで、ということか」
アレンが白筒から兼定を解き放ち、その柄を握る。
ブラムスが満足そうに口端を広げると、組んでいた腕をほどいて拳を握った。
「ようやくか。火付けの悪い人間だな。……久しくなかったぞ、この私の血をたぎらせてくれ!」
ブラムスがさらに拳を握り込んだ瞬間、強烈な魔気が室内に
ルシオが後ろに撫でつけられる髪をかばいながらアレンに問う。
「アレンさん! ちょっとやばいんじゃないかな!」
「ロジャーを連れてさがっていろ!」
言葉を残すなり、アレンの
ブラムスが片眉をつり上げる。
「ほう? 思った通り、だが――それが全力か?」
「お互い様だ」
「ならば引き出してやろう」
互いに睨み合い、構えた瞬間。両者、同時に地を蹴った。
(やべえ! 見えないっ、俺の目にも――!)
ルシオの頬を冷や汗が伝う。両者、踏み込むと同時にあらぬ方向でぶつかり合っている。強烈な風と激突音がルシオの目で追いきれないスピードであらゆる箇所から聞こえ、衝撃波がこちらにまで襲い掛かってくる。
「う、うう……」
何度目かの激突で、また衝撃波が起こる。ロジャーにかぶさるようにして頭をかばっていたルシオは、見えないながらもどうにか二人の姿を捉えんと目を見開いている。そのルシオの腕のなかで目覚めたロジャーは、決死の顔をした悪友を見上げて首を傾げた。
「おいアホネコ、なんでそんな間抜け面さらしてんだぁ?」
「気が付いたのかバカダヌキ」
「いててててて、オイラなんでこんな腹が痛えんだ。アレン兄ちゃんはなにをやってんだよ?」
ルシオから離れ、ロジャーが腹を押さえて丸くなる。
ルシオが深刻な顔のまま言った。
「目の前だよ」
「ん?」
地面をひきずる音がして、ロジャーが首を巡らせる。ちょうどアレンが足で大理石の床を後ろに掻きながら着地したところだった。
「おお、兄ちゃん! もうやっちまったかあ?」
ロジャーの気楽な声はそこまでだった。アレンの目の前にブラムスが迫っている。
激しい衝突音が立った。
ブラムスの正拳突きとアレンの上段から右袈裟懸けに振り下ろした斬閃が、ぶつかり合う。室内の空気が一瞬ぶつかり合った点に向かって集約し、二人の力の大きさに悲鳴を上げるように破裂する。床が巨大な円を描き、二人を中心にベコリとへこんだ。
ルシオとロジャーの小さな
「いってええ! なんて傍迷惑なやつらじゃんかあ!」
ロジャーは眉をつり上げ、抗議するように拳を突き上げた。
「こら兄ちゃん! まだ決着つけてなかったのか!」
「うそだろ。アレンさんとここまでまともにやり合えるやつなんて初めて見たぞ……」
ルシオは壁に打った痛みさえも忘れて、ぼうぜんとしている。
ロジャーが丸い顎に手を当てた。
「こりゃ、フェイト兄ちゃんが相当本気じゃなきゃ見れねえ
「え? あのひとそんなに強かったの?」
「フェイト兄ちゃん*2はオイラたちの希望だぞ? デカブツ*3よりアホだけど」
「それってお前よりアホってこと?」
「どういう意味だ、アホネコぉ! デカブツやフェイト兄ちゃんがオイラより頭いい訳ねえだろう!」
ひときわ強烈な激突音とともに、不死者王とぶつかり合ったはずのアレンが後ろに吹き飛んだ。
「兄ちゃん!?」
「アレンさんが、打ち負けたっ?」
ルシオとロジャーが息を呑む。ロジャーはやれやれとため息を吐くと、笑顔のままブルブルと震える手で自慢のヘルメットを押し上げた。
「おいおい……冗談だろ? 向こう素手だぜ、兄ちゃん」
アレンから遅れて、アレンの目の前に現れ、着地したブラムスが目を細める。
「ほぅ、この私の一撃を受けて
(どういうことじゃんか? 真っ向勝負でアレン兄ちゃんがふっ飛ばされた? こいつはもしや……旗色が悪い?)
ロジャーはたらたらと流れる冷や汗をそのままに、しゅたっ、と勢いよく右手を挙げた。
「兄ちゃん! オイラちょっとこの城から出てっていいか?」
「お前ぇ! アレンさんを見捨てんのか!?」
ロジャーの極上の笑顔での提案を、ルシオが信じられないものを見る目で止めてくる。ロジャーはルシオの傍に寄ってその胸倉をつかむと、容赦なく平手打った。
「アホネコ!」
「な、なにすんだこの野郎!」
「いいか! アレン兄ちゃんの朱雀が赤いうちに逃げるじゃんよ?」
「ど、どういうことだよ……」
戸惑うルシオに、ロジャーは目を伏せて首を横に振った。
「もうわかるだろ? 赤い色の朱雀の時点で、二人がぶつかった余波でオイラたちは死にそうになったんだ。これで兄ちゃんに火が付いたら、メラやべえことになるじゃんよ」
「下手したら辺り一面……」
「荒野じゃん」
ルシオがごくりと息を呑み、震えだす。ロジャーがこくりとうなずいた。
「兄ちゃんの理性が残ってるうちに、オイラたちは逃げるじゃんよ!」
「ほう。やはり貴様、力を隠していたようだな。拍子抜けさせるな、久しぶりに私も全力を出せるような相手が現れたのだ。この闘いをつまらんものにだけはするなよ?」
ロジャーたちの会話が聞こえていたのか、ブラムスが興味深くアレンを見やる。
ロジャーが満面の笑みを浮かべた。
「兄ちゃん、オイラたちは出て行くからあとは楽しんでるじゃんよ?」
「アレンさん! 俺たちは邪魔しないようになんとかします。だから思いっきりやっちゃってください!」
そそくさと去るロジャーの背を、ルシオも納得してついてくる。ロジャーの顔に堪えても堪えきれない笑みが浮かんだ。
(ふっ、さすがアホネコ。兄ちゃんのことに関しちゃチョレェもんだぜ!)
危機を察すれば即逃げる。数々の危険な戦場をくぐり抜けてきたロジャーたちの、唯一にして絶対の生存術だ。
だれが相手だろうと立ち向かっていく命知らずは、アレンや仲間の少数派に過ぎない。
アレンはロジャーたちが玉座の間から完全に去っていったのを見届けたあと、つぶやいた。
「そうだな」
「名を聞いておこう」
「アレン・ガード」
「ふっ。アレン、か。この不死王ブラムスをその気にさせたこと、冥府の女王ヘルにでも自慢するがいい!」
ブラムスの全身から、さらなる覇気が爆発する。アレンが身構えたそのとき、
――助けて……
少女の声が、アレンの気を一瞬反らした。「くっ」と低く呻きながら、アレンが余波で弾き飛ばされる。
一方のブラムスは、頭上の水晶で眠る女性の瞼がわずかに開いたのを見た。
(なにっ? シルメリアが……この人間に反応しているというのか)
ブラムスが口端を広げる。目の前の人間が、巧妙に隠そうとしても隠しきれない実力――ブラムスと圧倒的実力差がありながら、この人間の体
「どうだ? これが俺の全力だ! 貴様も力を隠したまま俺に勝てると思うか? それともそれが限界か!」
ブラムスの挑発に乗ったのか、アレンが目を見開くや気を込めて金縛りを解く。
踏み込んでくる
強烈な激突音とともに、ブラムスの体躯を貫き衝撃が玉座を粉々に打ち壊した。
だが、ブラムスの見事な腹筋には、傷一つない。
アレンがさらに踏み込み、下段から刀を振り上げる。剣閃から弧を描く衝撃波が三つ巻き起こり、ブラムスを直撃する。だがブラムスの髪がなびくだけに過ぎなかった。
「それで終わりか?」
ブラムスの問いに、アレンが目を見開き、気を高める。
「受けてみろ!」
アレンが振りかぶった剣尖に、巨大な蒼い気の龍が姿を現す。アレンが振り抜くとともに蒼龍は大口を開け、ブラムスに襲い掛かる――だけでなくアレンの背に従っていた朱雀も蒼龍のあとを追い、赤い炎をまとった巨大な龍の気砲がブラムスを、ブラムスの後ろの城ごと薙ぎ払っていく。
すべてが蒼い光と炎に包まれ、視界が晴れたそのとき、無傷のまま鎮座する不死者王と、ブラムスがいた方角の城が消し飛んだ荒野だけが残っていた。
「……我が魔力で作り上げたこの城をここまで完膚なきまでに破壊するとは。だが、いまので最大の一撃だというのならばこの俺に傷ひとつつけることはできんぞ」
ブラムスの言葉を、アレンは肩で息を切りながら聞いている。
「なるほど。俺ひとりの力では、あなたには勝てないか」
アレンがひとり言のようにつぶやき、ブラムスが首を傾げたそのとき、アレンの握る兼定の刀身が、黄金に輝き始めた。
「この光……! 神、いや、まさか」
ブラムスがわずかに目をみはる。アレンはブラムスを見据えたまま、ゆっくりと下げていた兼定を正眼に構えた。
「すまない、我慢をさせたな兼定。だがここからは遠慮はいらん。思い切りやろう」
アレンの背に現れる朱雀がひときわ大きく鳴き、その炎が赤から黄金色へと変わっていく。静かに、圧倒的にアレンを包む空気が変わる。
「まさか神獣……! この男、神獣を従える人間だと?」
ブラムスが息を呑む。アレンが静かに言った。
「次はさきほどと同じように行かせてもらう」
「むっ!」
「受けられるものなら受けてみろ」
ブラムスが身構えたそのとき、強烈な気の塊がブラムスの鳩尾を貫いていた。
「ぐおぉおっ!?」
今度は耐えられず、ブラムスの
(この力、この速さ! さきほどまでの比ではない! この男、一体!?)
まるで別人だった。同じ攻勢だろうと――いや同じだからこそ、その異常性が強く感じられる。
「破ぁあッ!」
アレンの気合声と同時、振り上がった剣尖に宿った
城を苦もなく消滅させ、天まで上った龍は空を一瞬、夜の暗さから昼の明るさへと変えた。
もうもうたる煙が立ち込める。
アレンは刀をふり切った位置から動かず、煙に向かって問いかけた。
「どうだ。俺と兼定はあなたの全力に見込むだけのことはあるか?」
地面からむくりと立ち上がった不死者王の上半身は、まとっていた羽織りものが消し飛び土気色の引き締まった筋肉があらわになっている。
不死者王はわずかにうつむいたまま、鋭い犬歯を剥いた。
「……貴様。さきの一撃、なぜ外した」
「手許が狂った」
「このブラムスを前に! そのような理屈を並べ立てるかああ!」
ブラムスが目を見開き、猛々しく吼える。ブラムスの魔力はさらに強さを増し、紅い
「人間! 命は要らんと見える!」
「始めよう、ここからが勝負だ」
「いいだろう! 轟然たる我が魔力の胎動!」
ブラムスを中心に、同心円に魔力が波打ち、広がる。アレンもまた振り上げた剣尖に気が集まり、金の龍が形作り始めていた。
「奥義ブラッディ・カリス!」
「兼定よ、すべてを打ち貫けぇえッ!」
極限まで高め、振りかぶられた両者の力が同時に振り抜かれ、激突する。音、光、風――すべてを呑み込む衝撃の強さが、互いの最高の技を突き抜けて両者に襲い掛かった。
受け太刀することも、受け身をとることもかなわない。
ともに互いの奥義をまともに浴びた二人は、またたく間に全身血まみれとなり、それでもなお膝を屈さず互いを睨み据えた。
「貴様ああああッ!」
「おのれぇええ!」
ブラムスとアレンが、さらなる最強の一手を打ち交わさんとしたそのとき、
――シルメリアを、助けて!
これまでか細く聞こえていた少女の声が、はっきりとアレンの耳に届いた。同時に、ブラムスは目を見開いて頭上を見上げる。水晶のなかに閉じ込められていた女性――長き眠りについていた女神を。
「シル、メリア……っ!」
ブラムスの声とともに、上空にあった水晶は全体の至るところがひび割れていき、大きな破裂音とともにパラパラと砕けていった。そのなかに眠っていた女性の
「ヴァルキリー……?」
水晶で眠っているときは見られなかった羽根兜が、いま目の前の女性の黄金色の頭の上に乗っている。シルメリアという名の女神はアレンと目が合うと、可憐な顔つきからは想像もつかない冷たい視線でアレンを射抜いた。
「アリーシャが導きし人間よ。私とともに歩むというなら、その先は茨の道だと知りなさい」
「アリーシャ?」
アレンが首を傾げている間に、女神はアレンの目の前をすり抜けて、空間に溶け消えていった。
アレンが周りを見渡せど、女神の姿はどこにもない。
ただ、これまで対峙していたブラムスが難しい顔で押し黙っていた。
「いったい、なにが……」
「彼女を頼んだぞ、アレン」
「どういう意味だ、ブラムス」
ブラムスもまた、もうすぐ朝を迎えるために、消えかからんとしている。それを追いすがるように問いかけると、ブラムスは燐光を放つ赤眼をアレンに向け、言った。
「シルメリアが永き封印をふり払い、お前のなかで眠ったのだ。彼女が本来の力を取り戻すまで、しばらくかかるだろう」
「俺のなかで眠る?」
「じきに分かる。彼女のことを知りたくば、ディパンに向かえ」
それだけを言い残し、不死者王は城の残骸とともにいずこかへと消えていった。
取り残されたアレンが自分自身を見下ろす。
(アリーシャが導いた?)
それがアレンの聞いた、アレンに助けを求めていた少女の名だろうか。
ふつふつと湧く疑問に思考が渦巻き始めたそのとき、丘のふもとから顔を出してきたロジャーとルシオが「おぉ~い!」と笑顔で手を振っているのが見えた。
――ディパンに向かえ。
ブラムスはそう言った。アレンが捜し求める金髪の少年・ルシオの安否はまだわからない。
(だが、まずは――)
アレンは視線を上げると兼定を納め、ロジャーたちのいるふもとへと歩み始めた。