地上本部総司令官になってから三年が過ぎただろうか?
羅輯の改革によって、ミッドの犯罪率はレジアス時代よりも低下した。
本来、こうした改革には時間がかかるのだが、羅輯は持ち前の優秀さで成し遂げた。
仕事を終えた羅輯は今日も湖に船を浮かべ、のんびりと昼寝をしていた。
「まったく、最高の天国だよ」
彼はワイングラスを高々に揚げて言った。
彼はすっかりアイザワのことなど忘れていた。
アイザワも彼のことをすっかり忘れていた。
そもそも、両者は所属が違うのだ。
だから、ここ一か月は会ってすらいなかった。
だが、最初に思い出したのはアイザワだった。
「・・・今回も欠席かい」
八神はやての機嫌は最悪だった。
この数年間、地上本部総司令官はずっと本局との会議に出席していない。
「最近は代替わりしておらんと聞いたんやけどな」
アイザワは羅輯のことを久しぶりに思い出した。
そして、心臓が凍り付いたかのようになった。
(しまった!完全に忘れてた!)
「えっ、えっと。閣下はあまり人に会いたくないと・・・」
トヨタロウ・オオタが羅輯の代理として、会議に出席していた。
「へえ、それでよく数年間も執務が続けれるんやなあ」
「か、閣下はそれでも地上のためを思って仕事をしているので・・・」
トヨタロウはアイザワのほうを見る。
その眼は「どうにかしてくれ!」と言っていた。
「まあまあ、はやて君。俺も今の地上本部総司令は知っているが、彼は実に優秀な人材だ。レジアス以上のね。大目に見てくれ」
その時、はやてはアイザワを睨む。
「アイザワ准将、何か隠してませんかね?」
「いえ、何も(今度から出席させなくては)」
その夜、羅輯は久しぶりにクラナガンを訪れた。
「たった数年なのに、懐かしいなあ」
昼間ほどではないとはいえ、夜でも人通りが多い。
治安が良いからだ。電灯に照らされているからだろうか?市民たちの顔は明るい。
かつてのミッドでは考えられないことだった。
「よしよし、ちゃんと改革の成果が出てるな」
羅輯はある酒場に向かった。
そこは第九十七管理外世界風の居酒屋で、羅輯のお気に入りの酒場だった。
見た目と内装の矛盾はあるが、そこも乙なものだった。
「ええ!フェイトちゃんも知らんの!?」
「言われてみれば、今の地上本部総司令官が誰なのか知らないや・・・」
酒場の中には狸とその仲間たちがいた。
「それって結構ヤバいんじゃないか?誰も地上のトップを知らないなんて」
背が一番小さいのはヴィータだろう。
「確かにレジアスのころとは違って、ニュースにも出てこないわね」
そう言ったのはシャマルだ。
「それほど大した人物でもないのだろう」
羅輯はかつてシグナムと友人だった。
羅輯自身の性格が災いして、だんだんと疎遠になったが。
羅輯は店に入るのをやめた。ちょっと気を悪くしたからだ。
なんて恩知らずなんだろう。今のミッドは自分のおかげなのに。
だが、すぐに切り替えた。別の酒場に行こうと考えた。
なにしろ、クラナガンにはたくさん酒場がある。
「確か、あの店だったらこの道を行けばいいはず」
羅輯が入っていった道は人通りが少ない道だった。
進むたびに、人はまばらになり、ついには羅輯一人となった。
「待ってください」
羅輯が一人になるのを見計らったかのように、誰かが羅輯を呼び止める。
振り向くと、背後にバイザーをかけた女性が立っていた。
「地上本部総司令官・・・羅輯ですね?」
「おや、今の地上本部トップを知ってるなんて。君はちゃんとしてるね。アインハルト君」
「・・・どうして、わかったんですか?」
アインハルトはバイザーを外す。彼女の特徴であるオッドアイは月光に反射して輝いていた。
「教え子の大人モードの姿を忘れると思うかい?」
「そういう人でしたね。羅輯先生は」
アインハルトはあまり笑わない少女だ。
羅輯も一年間彼女を見ていたが、笑ったところを見ることはなかった。
「どうだ?一杯飲んでいくか?」
アインハルトは首を横に振って言った。
「今日は羅輯先生にお手合わせ願いたいのです」
「ははは・・・たぶん、戦わなくても結果は明らかだよ。ぼくが負ける」
「ペテンのルオが敗北宣言をするときは、勝つ自信があるということでは?」
「ぼくはもうペテンのルオじゃない。ただの羅輯司令官だよ」
羅輯はそのまま去ろうとした。しかし、腕を掴まれる。
「・・・まるで君は最近噂の通り魔みたいだな?」
「わかっているんですよね?だったら、お手合わせを」
羅輯は困った。下手をすれば、地位を失いかねない。
そこで、羅輯は正直に言うことにした。
「君を下手に傷つけると、ぼくの地位が危ないんだ」
「羅輯先生、あなたは結局そういう人間なんですね」
アインハルトの目は悲しそうだった。
「あなたが今までやってきたことは全て、保身のためだったんですね」
「ああ、そうだ。でも、みんな幸せじゃないか」
地上本部の軍事力による強制的な民生の改善は夜明けをもたらした。
犯罪に走る理由の一つがなくなったのだ。
噂によると羅輯を神格化するグループもいるという。
羅輯自身はそんなグループの存在を信じていなかったが。
「こんな世界、私は望んでなかった!」
彼女の叫びは大気を震わせ、羅輯にもその波動が伝わった。
「・・・信じてもらえるかはわかりませんが、私には覇王の記憶があるんです」
「信じるも何も、君のフルネームは知ってるからね。ベルカ系だったら不思議じゃない」
羅輯は腕を振りほどこうとするが、アインハルトは離さない。
「ここには守るべき国も、守るべき世界も、守るべき人もない!」
「そりゃそうだ。君の守るべきものは何もない。それはぼくの仕事だからね」
羅輯はお得意の「ペテン・スマイル」を顔に浮かべる。
「さて、通り魔のお嬢さん。ぼくに対する暴行はやめといたほうが良い」
「今更何をいって・・・!」
「不幸にも目撃者がいるんだ。ただの痴話喧嘩だと思ってはくれなかったらしい」
赤髪の女性が暗闇から姿を現した。
「あのペテンのルオだから痴話喧嘩だと思ったんだけどな。まさか通り魔に襲われてたとは」
アインハルトは羅輯の腕を離した。
「・・・ストライクアーツ有段者、ノーヴェ・ナカジマですね。聖王と冥王についてお尋ねしたいのですが」
彼女のターゲットはノーヴェに変更されたのだ。
その隙に羅輯は走った。走って、走って、逃げた。
この後展開されるであろう戦いに自分が参加したら、ややこしいことになるのは確実だからだ。
しばらくクラナガンに近づくのは控えよう、羅輯はそう心に決めた。
後日、またクラナガンに行くことになるのだが。