さぁ、夜の世界へ行きましょう
あれから幾度もの時が流れたのでしょうか。もう随分と長い間、眠りについていたような気がする。時間の感覚すら失われているのか今、何時なのかすら分からない。何故ならば今、私が存在している場所は辺り一面、暗黒に包まれた暗闇だけの世界にぽつんと取り残されているからだ。
左右どちらに歩いても、無限の回廊が続き、上と下の概念すら感じさせない。ただ、自分の姿はスポット照明に照らされているかの如く、はっきりとその空間に映し出されているのです。実際に光は存在しないはずなのに、はっきりくっきりと。
何処もかしこも暗闇しか存在しない。まるで私にこれ以上、何かを求めてはいけないと言わんばかりに。
誰もいない。何もない。邪魔するものもいなければ、話し掛けてくれる人もいない。正に虚無の空間。私が普段願っていたことが今叶ったのかもしれません。
「死んでも、天国も地獄もない虚空の空間にずっと閉じ籠っていたい」と。
ですが、こんなに孤独に感じるなど思ってもみなかった。音も響かないこの場所が恐ろしい。一秒だって耐えられない。猛烈に誰かに会いたい衝動に刈られた。誰か、誰でもいい。兎に角、返事をしてほしい。
「だっ…………………誰かッ………………!」
今にも悲しみの感情が吹き出してしまいそうな声で私は助けを求めた。だが、こんな声では外にいる人間処か、影達にだって届かない。
届かないと理解していながらも、必死に助けを求めながら、この漆黒の空間を私はただ歩き続けました。けれど次第に自分が何処を歩き、どうやってここまで来たのかすら分からなくなってきました。
幾ら進んでも終わらない暗黒の回廊。
段々と心も折れ始め、足を進める気力も徐々に衰えていく。
悲しみや脱力する感情すら奪われていく。
絶望することも許してはくれない。
私はついに心折れ、足を止めてしまった。そして、地面(?)にへたりこむ。頭を抱えて、思考をしようとするも何も浮かんでこない。頭の中もこの空間と同じくらい虚空になっていたのだ。
「こんなもの……………、端からどうすればいいのですか………!」
人間の扱える範疇を越えている。コレが先祖代々続いていること………?父さんも母さんもお婆ちゃんも彼に捕まったのだろうか。皆これを味わって死んでいったのだろうか。この何も存在し得ない空間を出ることが出来たのでしょうか。
…………まぁ、望みは薄いでしょうが。
すると、背後から謎の気配が出現するのを感じました。嫌な予感がし、振り返るとそこには
五十歩百歩と分かっていても私は、その場から反射的に走りだし、逃走を図りました。今まで逃げ回ってきた影響なのか、身体が本能を察知し、知らぬ間に対象をしているのだ。
暗闇の中を延々と走り続ける。しかし、私は薄々気が付いていた。
この世界には出口がない。
更に言うなれば、隠れる所すらない。裸にされているように身も心も弱みも全てさらけ出されている。
故に、いずれ体力が尽きて追い付かれてしまう。 何処まで向かおうとも深淵が続き、ヤツとの距離が離れる処かむしろ狭まってきているのです。
足を速め、全速力で逃げ続ける。しかし、幾ら走り続けても逃げきれる未来が見られない。
「はぁ………………、はぁ………………。」
息が上がり始め、足も重石をくくりつけられたかのようにずっしりと重量を増し、動きが段々鈍くなってきました。
燃え盛るような見たくもない灯りが背後から迫っている。
だ、ダメです。こんな所で止まってしまっては。ここで足を止めてはそれこそヤツの思うつぼだ。どれだけ足が重かろうと今はどうでもいい。
ただ、ここから逃げきることだけに考えを切り換えましょう。
しかし、身体がその思いについてこれていないのも事実。どれだけ意識しようとも、速度は低下していくばかりだった。
振り返ってみてもヤツは消耗して低下するどころか、さっきよりもどんどん速度が上がっているように見えました。
でももう無理だ。逃げることはできない。何せもう足は限界を迎えていたのです。考えてみれば、この1日私はまともな休暇をとっていません。
自宅から家出をし、町中を歩き回った。右足も負傷しました。電車に引かれそうにもなった。工場まで友を迎えにも行った。
それでいて、神社で腕を折られてさらにはその腕を支えながら再び町を走り回っているのです。
当然といえば当然。
普通の人間では限界をとうに超えている。それでも走ることを止めなかった私ですが、急に目線が傾き、ぐらついた。そして、体制を立て直そうと試みるも足が動かない。
そう、私は足が動きを止めたことで地面(?)に倒れ込み動けなくなっていたのです。
(ダメダメダメ、こんなところで止まっては………!動いて…………私の足!殺されるのですから頼みますよ!)
自問自答を繰り返し、自分を鼓舞するも効果は当然ながら何も起こらない。奇跡など望むつもりはさらさらなかったが、願いたかった。でももう運は尽きた。
もう無理だと諦めようと考えそうになったその時━━━━━━━
誰かが前方から歩いてくる。それも女性。美しい白い髪に凛々しく整った顔。少し気弱そうに見えなくもないが、何せよこの世界に私以外にも人がいたなんて……………!
まだ、希望があるかもしれない。そう受け取った私は今にも棒になりそうな足を何とか動かし、一筋の光に向かって歩きだす。
歩く速度を少しずつ加速させ、その人の側に向かってひたすら進み続ける。
折れた左腕や今にももげそうなくらいの足の痛みが身体を襲うが、そんなことは今は関係ない。
誰でもいい。兎に角、助けてほしい。その一心で突き進む。
しかし、ついに足の体力が限界を迎えたのか全くといっていいほどピタリと動きが止まりました。そして再び倒れ込みそうなった瞬間、
女性が目の前まで来ており何も言わずに地に倒れかけた私の体を支えてくれた。お陰で私は地面に倒れることはなかった。
あぁ……………助かりました……………。これでまだ逃げきる望みが出来た…………。
いえ、まだ油断は出来ません。何しろまだ、あの男が追ってきているのです。いずれは私達二人とも焼き殺されるに違いありません。
女性の手を借りて私は姿勢を戻し、ヤツはまだいるか背後を確認するとヤツの姿は忽然と消えていた。まるで最初から存在していなかったように気配がしない。
不気味なくらい不自然な現象が発生しましたが、取り敢えず危機を脱した現状に目を向け、私は胸を撫で下ろしました。
取り敢えず、暫くは命の危機に脅かされることはないでしょう。
私は手をさしのべてくれた女性にお礼を申そうと頭を上げ、女性の顔を確認する。
私は目を見開いた。そんな馬鹿な。有り得ません、だってだって…………彼女は、いやあの方はもう死んだも同然のはずなのに…………。
驚愕の気持ちと感動の思いが混合し、複雑な気分へと陥る。
あぁ、その女性が誰なのか語っていませんでしたね。そこにいた女性とはなんと………………
私の大好きだった母だったのですから。