夜廻 振り返ってはならない夜の道   作:はるばーど

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前回の答えは「バショウカジキ」です。因みに、持久力最高の魚はあの皆大好き「クロマグロ」などのマグロ類だったりします。

今回は、番外編を書いてみました。工場で少女に何があったのか、というお話も書いてみたかったのでやってみました。

では本編をどうぞ


漆章 丑三つ時

これはルキアが拐われた少女を探し回っている間、工場で少女の身に起きた体験談である。それを少女目線でお伝えしよう。

 

 

 

今、わたしは『お姉ちゃん』と一緒に『お姉ちゃん』を探している。一人はわたしが小さな頃から一緒に暮らしている正真正銘の姉。そして、もう一人のお姉ちゃんはさっき道端で出会った灰色で綺麗な髪の毛を持つ優しい人。名前は『ルキア』という。外国の人が持っているみたいな名前で少し格好いい。何も事情を知らないのに何度も助けてくれて、それでもまだお姉ちゃんを探すのを手伝ってくれている。

 

 

でも、さっきわたしはもう一人の家族を失ったばかり。小さいころにお姉ちゃんが拾ってきた白い子犬。わたしが死なせてしまったのだ。毎日、道路を元気いっぱいに走る鉄の塊、あれに跳ねられてしまった。夕暮れ時までいつものようにお散歩していたのに、今ではもう彼はあの冷たいお墓の中にいる。

 

 

辛くて、苦しくて悲しい感情で胸がいっぱいになった。でも、ルキアお姉ちゃんはそんなわたしを励ましてくれた。大丈夫、泣かないでって。彼女は敬語で喋る癖があるが、わたしにはそう聞こえたのだ。

 

 

今では彼女はもうわたしの家族みたいな存在になってきている。そういえば、これまであまり気にしてこなかったが、ルキアお姉ちゃんの家族はどんな人なのだろう?お父さんはいるのかな?お母さんはやっぱりお姉ちゃんみたいな綺麗な白い髪の毛をしてるのかな?聞いてみたいことが次々と浮かび上がってきた。

 

 

そうだ、折角だから今聞いてみよう。この先会えるか分からないし、この落ち込んだ空気も少しは良くなるかもしれないから。わたしは我慢できずに思わず聞いてしまった。彼女にとって禁句の言葉とも知らずに。

 

 

「・・・ところでルキアお姉ちゃん。お姉ちゃんにはお母さんはいるの?」

 

 

「・・・。」

 

 

お姉ちゃんは少し驚いたように此方を見た後、わたしから目を反らした。お姉ちゃんは答えてくれなかった。

もしかしたら、お姉ちゃんもわたしと同じでお母さんがいないのかも。わたしもお母さんは気づいたときにはいなくなっていた。でもお姉ちゃんにとっては穏やかにできる話ではなかったみたい。

 

 

でも、ルキアお姉ちゃんならそんな辛い事が過去にあったとしても、話してくれると思った。だって、お姉ちゃんは強いから。わたしなんかよりもずっとずっと。

暫くわたしたちは沈黙しながら、暗い夜道を歩き続けていた。あれからお姉ちゃんは口を利いてくれなくなったので、わたしは心配して俯いた彼女の表情を覗き込んでみた。

 

 

お姉ちゃんは泣いていた。よっぽど辛い事を思い出させてしまったのか、滝のように涙を流して泣き崩れていた。それでもわたしに怒ろうともしなかったのは、やっぱり大切に思ってくれているからなのか、それとも恥ずかしいと思う彼女なりのプライドがあったからなのか。

詳しくは分からないけど、わたしはお姉ちゃんを悲しませしまったことは間違いないみたい。

 

 

わたしたちは口を閉ざしたまま、家に向かって歩き続けた。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

結局、何も分からないままわたしたちは家に帰ってきた。そして、ルキアお姉ちゃんは泣き崩れてわたしとお姉ちゃんの自室へとフラフラと向かい、そのまま寝込んでしまった。擦ってもお姉ちゃんは無言でただ涙を流しているだけで、一言も喋らない。

 

 

もしかして、もう限界だったのかも。だって、お姉ちゃんはいつだってわたしのことを助けてくれた。でも、平気そうにわたしに対して振る舞ってくれていたのは、わたしを悲しませないようにするためなだけで、本当はただの痩せ我慢だったのかな。

 

 

だけど、お姉ちゃんは一切答えてくれない。なら、お姉ちゃんは休ませておこう。わたし一人でもなんとかなるかもしれない。そうとなればぐずぐずしていられない。わたしはお姉ちゃんには黙って夜道を探索することにした。

 

 

心配するかな・・・?いや、お姉ちゃんには散々助けて貰ったんだ。今度はわたしが頑張る番。こんなに助けてもらってお姉ちゃんを助けてもなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。ルキアお姉ちゃんみたいな格好いいお姉ちゃんになれるように頑張らないと。

 

 

わたしは玄関から再び外へと外出し、正門を抜けた。門に取り付けられた赤いポストには何か手紙が入っていた。しかし、それはただの嫌がらせの手紙。属にいう『不幸の手紙』というもの。ただ悪口を書いて嫌だったり、嫌いと思う人の家に行ってポストに入れるという極めて軽い嫌がらせ。

わたしの家には何故か夜になると毎日届くとお姉ちゃんが言っていた。どうせいつものような内容が書かれているのだと思い、わたしはポストから手紙を引き抜き、封を切って中身を確認した。

手紙にはボールペンのような字面で一文だけ書かれていた。

 

 

 

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背後にゃ気をつけな。足元すくわれるぞ。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

何これ・・・。そう思って振り返ると突如、わたしは何者かに麻袋のようなものを被せられ気を失った。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

気が付くと得体の知れない場所にいた。辺りは一面茶色の塗装が施された壁。というより鉄の壁が錆びて茶色くなっているだけみたい。そして、狭い。何かに閉じ込められているのかな。

わたしは手探りで壁に触れていくと、突然蓋が外れたかのように壁が前方へと倒れ、鉄の箱から解放された。

 

 

「ひゅいッ!?」

 

 

言葉にならない悲鳴を上げてしまった。わたしは恐る恐る這いずりながら、箱の外へと出て今まで入っていた物体を確認してみると、どうやらコンテナに押し込まれていたらしい。壁が外れたように思えたが、ただ蓋が外れただけだったよう。 辺りは外よりも暗く冷たい雰囲気に覆われていて、ガタンガタンと鉄が鳴る音が聞こえてくる。

 

 

「うぅ・・・怖いよぉ・・・。」

 

 

あまりにも暗いので、思わず弱音を吐いてしまう。足元もろくに確認できない。心臓の鼓動が速くなる。こ、こんなことじゃお姉ちゃん達に笑われちゃう。わたしは懐中電灯を点灯させ、勇気を振り絞って建物の中を歩きだした。

でも、十歩ほど進んだ先に巨大な門が見えた。ゲートのような形をしていて、頭上を見上げると煙突のような突起物が建物のてっぺんに目視できた。

 

 

ここは工場なのかな。ど、どうしよう、早くここから出なきゃ。わたしはゲートが開かないか試みたがびくともしない。開かないと分かった瞬間に焦りと恐怖が募りだし、冷や汗が頬を伝わる。背筋がゾクゾクしてきた。

すると、ゲートの向こう側に袋を持った軟体動物のような物体が接近してきた。顔と思われる部分には仮面がついているかのようにツルツルしていて、横に割れたヒビの部分が目に見えた。

 

 

「な、なに・・・。」

 

 

すると、 突然それは

 

 

 

裏返った

 

 

 

無理矢理皮を裏返し、全身が肉塊に覆われている形へと変貌した。真ん中には縦に亀裂が入っていて、そこには歯がびっしりと並んでいる。袋を持った軟体動物の姿をしていたとは思えないほど風変わりしている。そしてそれはこっちにいきなり突っ込んできて、ゲートに直撃した。

凄まじい衝突音が建物中に響き渡る。

 

 

わたしは反射的に出口とは反対方向へと逃げ出した。今までのお化けとは何か違う。確かに今に至るまで何度か見掛けたことはあるけれど、襲い掛かってくることは一度もなかった。

もう一度、振り返るとゲートをすり抜けてきたかのように、門の内側に入られていて此方を食べようと大口を開けて迫ってきている。

 

 

 

必死になってわたしは逃げた。そして、 さっき入っていたコンテナの中に逃げ込み、蓋を閉める。何とも言えない音がわたしの周りを蠢いているのを感じる。やめて、来ないで・・・!

 

 

すると、もう一つ何かがやって来たのか、生き物の息づかいが聞こえた。コンテナの中が蒸し風呂のように暑くなった。これがルキアお姉ちゃんが言っていた・・・!ルキアお姉ちゃんは時々、急に暑くなったと言っていたのを思いだした。お姉ちゃんの気のせいだと考えていたけどまさかお化けの仕業だったの・・・?

 

 

思考している内に化け物のような唸り声がした。どうやら、外にいる肉塊の化け物に威嚇しているよう。そして、煙が吹き出しているみたいな噴出音が鳴り出し、腐敗した卵のような悪臭がする。

山登りした時によく臭ってくるやつだ。鼻が曲がりそうなくらい酷い臭い。でもわたしは両手で鼻と口を両手で押さえて、必死に息を殺す。ここでくしゃみでもしてしまえば、居場所がバレてしまう。少しでも静粛を保つため、わたしは体育座りをして音をこの場から消し去った。

 

 

数十秒後、外で聞こえてきた紛争の音が嘘のようにピタッ、と治まった。しかし気温はそのままだし、まだ腐敗臭が鼻の中に入ってくる。どうやら、あの肉のお化けは何処か行っちゃったみたいだけど、もう1体いるお化けは残っている。

息づかいが再び聞こえてくる。近くに来ているのか、蒸し風呂から火山にでもいるような気温にはね上がった。あまりの暑さに汗がポタポタと額から落ちてゆく。

 

 

絶体絶命だ。このままでは熱死してしまうだろう。でもかといって、何の考えもなしに飛び出してしまえばお化けに襲われて終わり。どうすることも出来ずに、わたしは体育座りをしながら息を潜めているしか出来なかった。

すると突如、あの猛暑日のときみたいな暑さが急激に低下し、元の涼しげな温度へと戻った。それと同時にコンテナから伝わる温度で感じていたお化けの気配も煙のように消えていた。

 

 

もう行ったかな...?わたしは入り口の方へとジリジリと近寄っていき、ゆっくりと蓋を開けた。そこには最初から誰も居なかったかのように静まり帰っている工場の光景が目に飛び込んできた。安心して胸を撫で下ろしたわたしはコンテナから出て、安全を確認する。だが危機はまだ去ってはいなかった。足音がするのだ。カツン...カツン...と靴を履いているときの足音がゆっくりと忍びよる。

 

 

音のする方向を確かめようと耳を傾けてもここは工場。壁中に音が反響してあらゆる方向から聞こえてくるため、何処から近付いてきているのか把握できない。でもこのままここで踞っているわけにもいかない。びくびくしながらここに隠れていてもお化けに捕まるのは時間の問題だ。

 

 

 

意を決してわたしはコンテナを飛び出し、工場の中をひたすら走り回った。宛もなくただひたすら走る。息が上がってきてわたしは走るのは限界を感じて急停止する。心臓が痙攣している音が全身に伝わってくる。振り返るともう足音は聞こえてこなくなった。安全を確保したと思い、前を向き直して、懐中電灯を付けると

 

 

「ばぁッ!!」

 

 

と脅しの声が目の前で発せられる。わたしは今まで以上に驚愕し、思わず尻餅をついてしまった。懐中電灯も落としてしまい、一瞬チカチカ明かりが点滅する。

 

 

「ハッハッハッ!見事に引っ掛かったな。サプライズは大成功か?・・・ん?何をそんなにびくびくしているんだ?別に私はそんな怪しい者じゃない。ほんの冗談だよ。ほら立て。」

 

 

わたしは手を引いてもらい立ち上がらせてもらった。手を引き上げてくれたのは外国人の男だった。ボサボサの金髪に、垂れ目に青色の瞳。服装は黄土色のジャンパーにジーンズ。いかにも欧米の人っぽい身なりだ。顔立ちからして40代前半の中年期くらいだろうか。身長はルキアお姉ちゃんよりも大きい。

 

 

でもなんでこんなところに男の人がいるんだろう。ただでさえ、普通の人でもなかなか寄り付かない場所なのに。 しかも大人だし外国人。子供以外にはお化けの姿は認識できないと本当のお姉ちゃんが言っていた。でも襲われるのには違いはないはずなのだ。そしてあまりにもヘラヘラとしているその軽快な様子にわたしは少し恐怖を感じた。

 

 

「なんでわたしを脅かしたの?」

 

「歩き回ってたら、いたいけな少女がビクビクと怯えながら工場を彷徨っていたもんでな。ちょっくら可愛がってやりたくなっただけさ、へへ。」

 

「おじさんはどうしてここへ?」

 

「んあ?あぁ、そうだな・・・。ちょっくら人探しってとこか。」

 

「じゃあ、ここは危ないよ。だってここには...

 

「お化けが出る・・・だろ?知ってるよそれぐらい。承知の上でここにいる。」

 

 

おじさんは全ての質問に軽く答えた。本人は怖いとか恐ろしいという感情を思っている様子はなく、よく昼間のときにみる暇している社会人の態度だ。お父さんよりも度胸があるというか、怖いもの知らずというか・・・。

 

 

「おじさんは何をしに来たの?」

 

「あぁ、......いやいや、俺ばっかりが質問されてる側じゃないか。機械じゃないんだ。私にも質問させろ。お前こそ・・・なんでここにいる?もうとっくに子どもはおねんねの時間だろ。」

 

 

指を此方に指しながら、彼は疑問を問い掛けてくる。わたしは正真正銘本当の事を伝えることにした。

 

 

「お姉ちゃんを探しに来たの。でも、よまわりさんに拐われてきちゃって・・・。」

 

「ははぁ~ん。なるほど、あのフェミニスト野郎が・・・。まぁいい、お姉ちゃんってのはどんな見た目をしてる?かなり長い間ここに居座ってるからもしかしたら、見掛けたかもしれない。助けになるよ。」

 

 

ジェスチャーを駆使しながら、おじさんは質問を返してきた。かなり怪しく不気味な人ではある。けど見た目ほど悪そうな人でもなさそうなので、思いきってわたしは全てを打ち明けることにした。お姉ちゃん達の為だったら、どんなことをしたって構いやしない。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「ふむふむ、分かったぞ。あの嬢ちゃんだな。つい数時間ほど前なんだが......君と同様にコンテナに閉じ籠っている奴がいたんだ。その制服を来ていたか定かではないが、それくらいの奴が一度やって来たことくらいは覚えてる。」

 

「本当?じゃあ、今お姉ちゃんがどこにいるのか分かるの?」

 

「分かるにゃ分かるが、今はもうここにはいないぞ。」

 

「?」

 

「なんていうか......腕みたいな奴が来て連れ去っていったな。おっと、怒るなよ。私だって君の重要人物だって知らなかったんだ。」

 

「そう......分かった。」

 

 

わたしは下を俯き、考え込んでしまった。一度お姉ちゃんはここに来ていたのにわたしはみすみす逃すようなことをしてしまったのだ。これ以上宛もないので、どうしようと困惑してしまっている。

こんな時、ルキアお姉ちゃんがいてくれたら・・・。そんな事をつい考えてしまう。でも、ルキアお姉ちゃんは今、体調がすぐれないのだ。無理矢理、捜索させる義理も権利もわたしにはない。ひたすら思考を重ねていると、おじさんが何かを閃いたかのような仕草をとり、話し掛けてきた。

 

 

「よし、こうするってのはどうだ?お前の探し人は残念ながら行方知れずだから捜索を手伝ってやれないが、この鉄臭い工場から逃がしてやる。それの見返りとして、私が捜している奴を見つけてもらう。これでどうだ?悪い話でもないだろう?」

 

 

わたしは少し悩んでしまった。確かにわたしにとって今、重要すべき行動はこの工場から脱出し、お姉ちゃんを助けにいくこと。これほど美味しい話もない。疑うべきなのだろうけど、背に腹は代えられない。

この時、わたしは多少の疑問をも持たずに済ましてしまったが、この時に断るべきだったのかもしれない。この後、もう一人できた新しい家族を危険に晒してしまう選択してしまったとも知らずに。

 

 

「うん......分かった。」

 

 

すると、彼は指をパチンと鳴らして歓喜の表現を行う。

 

 

「そうこなきゃ。家族と命に代わるものはないもんな。利口な選択だ。ほれ、あそこを見てみろ。」

 

「・・・?」

 

 

おじさんは工場の上に指を指した。そこには巨大な煙突が聳え立っていた。風化していおり、当然ながら活動を続けている様子は微塵も感じられない。あの中に何があるというのだろうか。

 

 

「あの煙突が見えるか?あの中にはここの工場のメインゲートを開くことができる鍵がある。それをとってこい。そしたら、出口まで案内してやるよ。」

 

「おじさんは?来てくれないの?」

 

「それじゃあ、意味がない。さっきのゴタゴタ騒ぎ見てたぞ。お前お化けに立ち向かうとか、逃げないとか、考えたこともない口だろ。これはおじさんからのいわば挑戦状だな。本当に家族を救う気があるなら、迷わず行けるはずだ。」

 

 

わたしは少し足を踏み出すの躊躇した。でもお姉ちゃんを救うためだったら、怖くない。それに家にはまだルキアお姉ちゃんもいるんだ。置いてきてしまった責任もある。行かなきゃ、いや行かなければいけないんだ。

わたしは恐怖を乗り越えつつ、黙って煙突へと足を進めた。それを見ていたおじさんは、これからどうなるのか、まるで楽しみにしているかのようにニヤけていた。

 

 

煙突に入ると、外の町よりも暗い暗黒が立ち込めていた。当然、照明のスイッチを切り替えても灯りが付く様子はない。頼りになるのはやはり、手元に持っている懐中電灯のみ。暗闇に潜むものを唯一照らすことができる道しるべを信じて暗闇の奥へとわたしは突き進んでいった。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

わたしは今、走って逃げていた。何に追われているかというと『よまわりさん』だった。鍵を無事に取れたと思ったその直後、いきなりでてきてわたしを食べようと襲い掛かってきたような状況。よまわりさんは鍵を取られたことにとても怒っていてしつこく追いかけてきている。

 

 

おじさんが待っているはずの煙突の入り口まで戻ってきたけど、そこには誰もいなかった。恐らく、わたしがやって来ると見越して先に行ったか、それとも逃げ出したか。わたしなら後者の方を選ぶと思うな。そうでなければ、気が触れているとしか思えない。

 

 

逃げていく内にいつの間にか巨大な配管を渡っていた。ツルツル滑って思うように渡ることができない。配管の下は高さ8メートル程離れていて、落下でもすれば無事ではすまない。さらには、ヒビと思う部分が錆び付いてギシギシと音を立てている。今にも折れてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

 

 

しかし、もう道は残されていない。背筋が凍り付きそうなくらいの恐怖が身体全体に伝わるが、今は悠長なことを言っている場合ではない。後ろには、お腹を空かせたお化け、前には崩れ落ちそうな逃げ場。

気が付いたときには、わたしはその配管の足場を無我夢中で走っていた。全速力で走ったためか、あっさりと配管を通過することができた。

 

 

一方、よまわりさんも此方側に来ようと同じ道を通過しようとしていたが、重量の関係で足元の配管が錆び付いていた部分でポッキリと折れてしまい、真っ逆さまによまわりさんは落下していった。金属が地面と衝突したと音と同時に、肉が勢い良く突き刺さったような生々しい音が耳に飛び込んできた。

辺りを見回すと丁度、下へと続く階段があったので、それを下り様子を調べにいくと、よまわりさんは落下先にあった古びた電柱に突き刺さっていた。死にかけた芋虫ののようにピクピクと痙攣している。串刺しになって身動きはとれないけど、まだ生きているみたい。お化けに生きていると言っていいのか定かではないけども。

 

 

今の騒ぎのうちに、いつの間にか出口であるゲートの前にあったコンテナの場所まで戻ってきていた。わたしは無意識にコンテナの中を覗き込んでいた。理由は分からない、惹かれるように身体が勝手に判断したのだ。何かが残されていると。

 

 

よく見ると、コンテナの奥の角に布で作られた物体が落ちていた。手を伸ばして拾ってみるとそれは御札だった。お姉ちゃんが毎日持っていたあの御札。強く握りしめていたのか、すっかりヨレヨレになっている。つまり、かつてここにお姉ちゃんは来ていたことになる。あのおじさんの話は本当だったのかもしれない。

 

 

「お姉ちゃん・・・。」

 

 

そんな事を考えていると、出口の方面からあのおじさんがフラフラとやって来た。気の緩そうな顔にズボンのポケットに手を入れている様子から察するに、よまわりさんに襲われずに済んだようだ。わたしは安全を確保出来たと思い込み、ひとまず胸を撫で下ろした。

 

 

「お~い、無事か~?まさか本当にやれるとは思ってなかったから、見捨てようかと思っちゃったぜ。あの野郎から逃げ切るだけじゃなく、串刺しにするとは。くぅ~、あれはスカッとしたぜ。」

 

 

相変わらず、緊張感が一切感じられない声でわたしに呼び掛けてくる。少々、緊張感を持ってほしいと願ったが、この人に限ってそれを望むのは無駄だなと子どもながら思った。

 

 

けど彼の様子が少しおかしい。顔の半分が一瞬だが爛れているように見えたのだ。テレビでよく起こる映像のずれみたいな感じで。彼の表情には変化が感じられないが、若干殺気も放っているみたい。

それにまた気温が上昇しているのか、周囲が少し蒸し暑くなり始めた。手元を見るとお姉ちゃんの御札が微量の光を放っていた。彼が接近した影響なのかは分からないが、嫌な予感がして、心臓が痙攣を始めた。

 

 

「だが、お前はやってはいけないことをした。」

 

 

付け加えるように彼が話し始める。すると、顔の右側が完全に爛れた姿へと変貌した。溶岩にでもそのまま浸かったかのように、皮膚がどろどろになっていて、黒焦げだ。その姿は最初に出会ったあの黒焦げのお化けを連想させる。いや、それよりももっと酷い。あれは単純にわたしたち生きているもの達への妬みや怒りだったけど彼は違う。まるでこの世の全てを破壊してしまいそうほどの憎悪に包まれているのだ。怨霊など可愛く思えるほど真っ黒な気配を漂わせていた。

 

 

化け物の身体が肌が爛れ続けている中、瞳の色素が朱色へと変わった。燃え盛る炎のみたいに白目の部分は真っ赤に燃えているのに、漆黒の色をした黒目がじっと此方を見つめている。その黒目から放たれる冷酷で残虐な眼光はわたしを恐怖で縛り付けるには充分だった。

 

 

「その布切れだけはできれば拾ってほしくなかったぞぉ。後、少しであの白い髪の小娘を私のものにできたのに......。」

 

 

悔しそうに拳を握りしめる彼。布切れ?お姉ちゃんの御札の事だろうか。御札には不思議な力が込められているみたいで、今まで正体を隠してきてきたおじさんの化けの皮を剥ぐことができたのかもしれない。後、白い髪の小娘って?まさかルキアお姉ちゃんの事?何が望みなのだろう。お嫁さんにするとか......?

 

 

「ならば仕方ない。悪いがお前には少々、人質になってもらうぞ......!」

 

 

彼の背中から穴の空いた突起物が出現し、蒸気が吹き出す。辺りには火の粉が舞い、火山にでも立っているような熱気が伝わってきた。

逃げなきゃ......!このままでは間違いなく殺される。わたしはその場で方向転換し、思わず走り出した。必死になって、逃げているとあの出口のゲートが見えてきた。そこにはルキアお姉ちゃんが来ていて、門の錠をなんとか解錠できないものかと手探りしている様子が伺えた。

 

 

「こともさん!」

 

 

ルキアお姉ちゃんがわたしの存在にに気付いて、大きな声で呼び掛けてくれた。まさかわたしを心配してここまで来てくれていたとでもいうのだろうか。お姉ちゃんを置いてきて一人で出掛けて、勝手に拐われただけだというのに?わたしは何てことをしてしまったのか。これほどまで自分勝手な行動をしたわたしをまだ心配してくれるなんて。やっぱり、家族が一番だよ。

 

 

わたしは煙突で借りた鍵を使って門に掛かっていた南京錠を外し、工場から脱出する。すると、急に脱力感と安心感が身体を襲い、気づいたときには、無意識にルキアお姉ちゃんに抱き付いていた。お姉ちゃんは頬を赤らめ、困惑した様子でいる。

 

 

「ちょ、ちょっと・・・。」

 

 

怖くて堪らなかった。あの肉だんごみたいな形になった『よまわりさん』と地獄から剥いでてきた悪魔みたいな姿をした『謎の男』が何よりも恐ろしかった。お姉ちゃんも結局行方知れずだし、どうすればいいのか分からなくなった。次第に瞼に涙が溜まりだして、溢れ出た涙が頬を伝う。

 

 

「お姉ちゃん・・・怖かったよぅ。」

 

 

思わず弱音が口から溢れる。でも、そんなわたしをルキアお姉ちゃんは優しく静かに抱きしめ返してくれた。心地いいぬくもりが身体を包み込んでくれる。人ってこんなに暖かいんだ......。工場の方を振り返るとあの男はもう追いかけてきていなかった。諦めてくれたかどうかは定かではないけど。

 

 

泣き止んだ後、一度わたし達は家に帰ることにした。気持ちの整理をつけたら、またお姉ちゃんを探しに行こう。でも、あの男が此方を見詰める暗く冷たい眼光と「白い髪の小娘を手に入れる」という言葉がいつまでも頭から離れなかった。

 




次回は、いよいよ本編最後の話です。果たして少女とルキアはお姉ちゃんを救うことができるのか!?是非是非楽しみにしていてください。


問題です。最近、よく見掛けるであろう「セミ」や「カマキリ」、「タイコウチ」はとある虫に近い仲間です。ではそのとある虫と一体何か?答えは次回まで
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